◆気になる(オールド)ニュース (2001年)
◎表紙ページに随時掲載している「気になるニュース」の2001年分です。
コンピュータ・ウィルス報告、月間最多を記録(01/12/29)

 情報処理振興事業協会のまとめによる12月のコンピュータ・ウィルス届け出件数は、27日現在で3000件を越え、単月ベースで過去最多となった。個人の届け出が急増して全体の4割を占めるに至っており、ブロードバンドの普及に伴うインターネットの常時接続がウィルスの蔓延を助長していると考えられる。ウィルス別では、メールを介して拡がる「バッドトランスB」が最も多い。
 コンピュータ・ウィルスの侵入を完璧に防ぐことは、現実問題としてきわめて難しい。市販されている対策ソフトは、既知のウィルスに関するデータを元に防御を行っているため、最新のウィルスには必ずしも効力がない。多くのウィルスは受信データの自動処理がきっかけとなって動き出すが、だからと言って自動処理を行わせないようにすると、大量のデータを捌ききれなくなる。通信量の少ない個人ユーザならば、いちいち人間が判断して対処することもできるが、不適切な操作を促すメッセージに欺かれる可能性もある(迷惑メールの一種であるチェーンメールは、手動で複製されるウィルスである)。昔のようにデータ形式を文書と画像に限れば、ウィルスの危険性は限りなく小さくなるが、それではインターネットの魅力は半減してしまうだろう。
【参考】IT社会の脆弱さ
サルで脊髄再生実験に成功(01/12/10)

 これまで、損傷した脊髄の再生は困難だと考えられてきたが、胎児の神経幹細胞を移植することにより機能回復する可能性があることが、サルを用いた実験で確かめられた。慶応大学と実験動物中央研究所の共同研究によると、脊髄損傷のため腕が動かない成体のサル5匹の首の付け根に、胎児から摘出して培養した神経幹細胞を数十万個ずつ移植したところ、腕の機能が4−5割回復したという。
 培養細胞を移植して損耗した組織の機能を回復させる再生医療は、ここ数年の間に急速な進歩を遂げており、かつては治療不能とされてきた病気や怪我にも応用できる段階にまで達しつつある。その一方で、元になる細胞をどこから入手するかという新たな倫理的問題も生じてきた。患者本人の組織を一部摘出して培養し、再び移植するという自家移植が可能ならば、問題はない。しかし、中絶された胎児の組織や、破棄された受精卵ないしクローン胚のES細胞を利用しようとする場合、それが人倫にもとらない行為かをきちんと検証する必要があるだろう。医学の進歩は、全く新しい問題を人類に突きつけている。
【参考】「人体改造時代の幕開け」
「ファイル交換ソフト」による著作権侵害を摘発(01/11/30)

 京都府警ハイテク犯罪対策室は、コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)の協力を得て、「WinMX」によるビジネスソフトのファイル交換を行っていた男性2名を著作権侵害の疑いで逮捕した。容疑者は、ピア・ツー・ピア(P2P)型のファイル交換ソフトであるWinMXを自宅のパソコンにインストールして、Adobe Photoshopなどのソフトを、他のインターネットユーザが自由に入手できるように“公開”していた。
 CDからコピーした音楽ソフトをユーザ間で自由に交換できるとして2000年に爆発的な人気を呼んだ Napster が、著作権裁判における運営会社の実質的敗訴とその後のサービス縮小によって衰退したのに代わって、現在では、「Gnutella」や「WinMX」などのP2Pのファイル交換ソフトが多く利用されている。これらは、交換可能なファイルのリストが運営会社のサーバに置かれている Napster と異なり、ネットワークでつながったパソコン同士が、データの検索や交換を直接行うというもの。代金の授受がないとはいえ、不特定多数の間で有料ソフトを無断交換して互いに便宜を図っているため、私的使用の範囲を逸脱しており、著作権法の侵害に当たる(法律的には、改正著作権法の送信可能化権を侵害する)。しかし、犯行を暴くには何百万といるユーザの一人ひとりを捜査しなければならず、摘発はかなり難しい。今回の逮捕は、ACCSの全面協力があってはじめて可能になったようだが、P2Pソフトユーザに著作権の重要性を認識させる一罰百戒的な効果を期待してのものと思われる。
【参考】ネットワーク犯罪
「サイバー犯罪条約」に30ヶ国が署名(01/11/24)

 ハンガリーのブダペストで開かれている国際会議で、サイバー犯罪に対する各国の法律を調和させる条約に、日米欧などの30ヶ国が調印した。この条約は、調印国に、(1)コンピュータ・ウィルスの開発や配布、(2)不正アクセスやデータの不正な書き換え−−などを禁止する国内法の制定を義務づける。これによって、国境を越えたサイバー犯罪やサイバーテロに対処することを目指す。
 コンピュータ・ウィルスの中には、台湾の学生が作ったCIHや、フィリピンから広まった "I LOVE YOU"ウィルスのように、サイバー犯罪に対する取り締まりが厳しくない地域から全世界に広がっていったものも少なくない。さらに、インターネットが普及したことにより、コンピュータ技術に習熟している人ならば、世界のどこからでもサイバーテロを仕掛けることが可能となっている。深刻な事態を回避するためには、サイバー犯罪に対する国際的な取り締まり体制を確立する必要があり、今回の条約は、その第1歩とも言える。しかし、自由に情報を交換するためのツールとして急速に発展したインターネットに対して、国家が厳しい規制を課すことに疑問を感じる人もいるようだ。
【参考】IT社会の脆弱さ
京都議定書、2002年発効へ(01/11/11)

 地球温暖化防止マラケシュ会議で、先進国の温暖化ガス削減目標を定めた京都議定書の運用ルールに関する合意が成立した。世界最大の二酸化炭素排出国であるアメリカが離脱を表明したため、京都議定書の発効は難しいと見る向きも少なくなかったが、日本やロシアに対してEUが譲歩することで、ようやく米抜き発効に向けて動き出す体制が整った。
 1997年に採択された京都議定書で、日本は、2008-12年までに温暖化ガス排出量を1990年比で6%削減することになっているものの、1999年時点で、すでに90年より排出量が6.8%増加しており、目標達成は困難な状況である。そこで、日本は、(1)目標が達成できなくても罰則を科さない、(2)排出権取引に対する制約を撤廃する、(3)森林が吸収する二酸化炭素を削減分に繰り込める−−などの条件を強く要求、日本の離脱によって議定書が空中分解することを恐れたEUからかなりの譲歩を取り付けることに成功した。もっとも、経済成長にとって重しとなる温暖化対策に及び腰の政治家も多く、排出量がどこまで削減できるか疑問も多い。また、離脱したアメリカや削減義務のない途上国からの排出によって温暖化ガスが増え続けるという予想もあり、温暖化問題はいまだ楽観を許さない。
【参考】地球温暖化
京大倫理委、ヒトES細胞作りを承認(01/11/05)

 京都大学の「ヒト幹細胞に関する倫理委員会」は、京大再生医科学研が申請していた人間の受精卵から胚性幹細胞(ES細胞)を作る研究計画を承認した。ES細胞は、受精卵やクローン胚から得られる特殊な細胞で、血液や心筋細胞などさまざまな組織に分化させることが可能なことから「万能細胞」と呼ばれる。損耗した組織を新品と取り替える再生医療を実現する上で、欠かせない存在である。これまで研究者は、ES細胞をアメリカの研究期間から取り寄せて利用していたが、今回の承認によって、国産化への道が開かれた。
 ES細胞は、医療に革命をもたらす画期的な素材として期待される一方で、倫理的な観点から批判の対象ともなっている。個体発生を始める初期の胚からしか得られない細胞であるため、その入手には、受精卵から発生した胚か、それと同等の能力を持つクローン胚を用いなければならない。受精卵としては、不妊治療のために体外授精した卵のうち子宮に戻されなかったものが使われるが、もともと人間を生む目的で作られた受精卵を研究・治療のために流用することに対しては、倫理学者や市民団体から根強い批判がある。人間または動物の除核未受精卵に患者の細胞核を移植し、発生したクローン胚からES細胞を得る方法も研究されているが、クローン人間や動物と人間のキメラを生み出しかねない危うい行為であることから、嫌悪感を示す人も少なくない。倫理と医療を巡る議論は、ますます決着を付けにくいものになっている。
【参考】遺伝子操作による医療
横浜地裁、迷惑メールの送信停止を命令(01/10/31)

 横浜地裁は、大量の迷惑メールを送信していたサイトに対して、送信停止の仮処分を認める決定をした。対象になったのは、出会い系サイトの勧誘メールを140万通以上も送信していたグローバルネットワーク社で、一般の電子メールの送受信に障害が発生したとして、NTTドコモが送信停止の仮処分を申請していた。
 通信業者がメールの中身を検閲して「迷惑メール」と判断したものの仲介を拒否することは、電気通信事業法によって禁止されている。だが、適当なアドレスに片っ端からメールを自動送信するソフトが開発され、NTTドコモの携帯電話に送られる全メールの90%が迷惑メールだと推定される現状を放置すると、メールシステムそのものが崩壊しかねない。今回の地裁の決定は、迷惑メール追放を望む通信事業者に、一つの手段を与えるものではある。とは言っても、大量の迷惑メールを送りつける悪質なサイトを探し出しては送信停止の手続きを取るという「モグラ叩き」以上のことはできないため、直ちに迷惑メールが撲滅されるとは期待できない。また、海外からメールが送られてくる場合には、手の打ちようがない。便利なシステムに負の面が伴うことは、いかんともしがたいようだ。
【参考】ネット上の悪意
東海地震の発生は近い?(01/10/30)

 鹿児島市で開催された日本地震学会で、東海地域における最近の地殻変動と東海地震の発生を結びつける研究発表があり、注目を集めた。GPS(全地球測位システム)を利用した測定により、2000年末頃から東海地域での地殻変動が顕著になっていることが判明している。この現象は、今のところ地震を伴わずに地殻が滑る「スロースリップ現象」であるとの見方が強く、直ちに東海地震と結びつくものではないとされる。しかし、地殻変動が加速された場合には地震発生につながる可能性もあり、予断を許さない。地震学会では、山岡耕春名大助教授が、これから地殻変動が加速されると仮定した場合、2002年半ばに地震が発生するという予測を示した。数年以内に地震が発生する確率は必ずしも高くないが、何らかの防災対策を講じておいた方が良いことは確かだ。
ITER誘致先は茨城か青森に(01/10/19)

 国際熱核融合炉(ITER)の誘致先として、文部科学省専門家会合は、茨城県那珂町と青森県六ヶ所村の2ヶ所を高く評価する見解をまとめた(10月19日付日経新聞より)。専門家会合は、この2ヶ所に北海道苫小牧市を加えた候補地について現地視察をするなどして検討を進めてきたが、苫小牧市は地元で誘致反対の声もあるため、候補地は那珂町と六ヶ所村に絞られることになった。誘致の是非を含めた最終決定は、11月にも行われる見通し。
 熱核融合研究は、1980年代後半に、米国(TFTR)・欧州(JET)・日本(JT-60)のいわゆる「3大トカマク」を中心に進められてきたが、開発費が高騰する中で、国際協力体制を樹立する必要性が認められ、1986年に、米国・欧州・日本・ソ連による国際熱核融合炉計画として新たなスタートを切ることになる。1988年には概念設計活動が、1992年には次の段階として工学設計活動が開始され、プロジェクトは順調に進んでいるように見えた。しかし、実験炉の建設コストだけで1兆円を超すとの見通しが提出されると、米国は計画そのものに対して及び腰となる。その後、設計を手直ししてコストを半減させることでいったんは合意ができたが、結局、米国は議会の承認を得ることができず、1999年に撤退を表明、プロジェクトの先行きは混沌としてきた。
 熱核融合は、理想的な形で実現すれば、汚染物質をあまり排出せずに莫大なエネルギーを得られることになるとして、早くから未来のエネルギー源として期待されてきた。しかし、プラズマを一定時間閉じ込めるための技術的な障壁があまりに大きく、現状では、21世紀中の実用化もおぼつかない。ITER建設のための5000億円以上のコストは、遠い将来のための投資であり、数十年以内に回収することは困難である。巨大プロジェクトを誘致すれば経済的に何らかのメリットがあるという発想は、ことITERに関しては当てはまらない。日本経済の状態を考えれば、誘致にはもう少し慎重になった方が良いと思われるのだが、どうだろうか。
野依名大教授にノーベル化学賞(01/10/11)

 2001年度のノーベル化学賞は、特定の光学異性体を選択的に作り出す不斉合成の技術を開発したという理由で、アメリカの2人の研究者とともに、野依良治名大教授に授与された。化学物質には、化学式が同じでも、鏡映像のように左右が反対の立体構造を持つ異性体(光学異性体、キラル)が存在している。これらの中には、生物に与える影響が全く異なるものが少なくない。サリドマイドの場合、光学異性体の一方が鎮静効果を示すのに対して、他方は催奇形性を持っており、合成された薬に両方とも含まれていたため、鎮静剤を処方された妊婦からサリドマイド児が生まれるという薬害が発生した。光学異性体を選択的に合成することはきわめて難しいとされてきたが、野依氏は1966年に「不斉触媒」のアイデアを発表、80年に実用的な触媒の開発に成功した。
news001.gif  野依氏が利用したビナフチル系の化合物には、図の1-1'軸に対する捻れ方によって、R体とS体の2種類がある。ビナフチル系化合物と遷移金属が作る金属錯体において、他の配位子の位置にある分子同士が化学反応する際には、結合しているのがR体かS体かによって、分子の近づく方向が立体的に制限されるため、光学異性体間で反応効率に差が生じることになる。例えば、ビナフトールにリンを結合させたBINAPとロジウム(Rh)を利用したBINAP-Rh錯体触媒を使えば、メントールの2種類の光学異性体のうち、芳香を持つ(−)-メントールだけを選択的に合成することができる。この方法は、大阪大学・名古屋大学・分子科学研究所・高砂香料工業社の共同研究によって開発され、現在でもメントール生産に利用されている。
東海原発、解体作業の日程決まる(01/10/05)

 日本原子力発電は、東海発電所の解体を3段階に分けて行い、2018年3月までに作業を完了すると発表した。2010年までの第1期と第2期では、核燃料プールの洗浄・排水や周辺機器の解体・撤去が中心となり、高レベルの放射能を帯びている原子炉本体の解体は、2011年から始まる第3期工事以降になる。商業用原発として国内初の廃炉であり、解体に350億円、廃棄物処理に580億円を要すると見込まれる(2001年10月5日付け日経新聞より)。
 原子炉の解体には、単に巨額の費用が掛かるだけではなく、巨大な高レベル放射性廃棄物となる炉本体の処理に膨大な手間を要する。原子炉の設計寿命は約30年、傷みのない場合は40年以上使用可能だと考えられているが、それでも、ここ20〜30年の間に、国内に50基以上ある原子炉が次々に閉鎖されることになる。放射性廃棄物の最終処分場すら決まっていない状況で、果たしてその処理が順調に進められるか、いささか不安に感じざるを得ない。
【参考】核燃料サイクルと放射性廃棄物
電算ウィルスに新種登場(01/09/20)

 「W32/Nimda(ニムダ)」と呼ばれる感染力の強いウィルス(ワーム)が、日本やアメリカで猛威を振るっている。マイクロソフトのポータルサイトMSNに侵入したのをはじめ、省庁や企業のサーバでの感染例が次々に報告されている。感染した場合は、ウィルス自身を添付ファイルにしたメールを次々と発送する、システムファイルを書き換えたり自身を(readme.emlという名前で)ディスク上にコピーする、Cドライブをネットワークの共有ドライブにする、パフォーマンスを低下させる──などの悪さをする。
 ニムダの特徴は、さまざまな感染経路を有している点である。ウィルス本体であるreadme.exeが添付ファイルになっているメールの形で送り込まれ、ユーザがこれを実行するとシステムに入り込むという“良くある”パターンのほかに、感染サイトをブラウザで閲覧しただけで侵入する新手の方法を採用している。もともとインターネット用のブラウザは、テキストや画像など特定フォーマットのファイルを表示するだけなので、サイトの閲覧がウィルスの感染経路となる危険性はほとんどなかった。ところが、マイクロソフトとネットスケープがブラウザのシェア争いを繰り広げる過程で、一般ユーザの関心を惹こうとして動きのあるページを実現しようとさまざまな機能を付け加えていった結果、ウィルス・プログラムさえも勝手に実行してしまうようなセキュリティ・ホールが生まれてしまったのである。ニムダの場合は、サーバにあるhtmlファイルにJavaScriptの命令を書き加え、このページを閲覧すると、インターネット・エクスプローラが自動的にウィルス自身のコピーであるreadme.emlをオープンするようにしてある。.emlファイルはアウトルック・エクスプレスに関連づけられており、セキュリティの設定レベルが低いと、readme.emlを勝手に実行してウィルスに感染してしまう。
 ニムダに対しては、すでに駆除ツールや感染を防ぐ対策ソフトが配布されている。しかし、こうした泥縄式のやり方ではなく、個々のユーザがネットに潜む危険を認識し、ネット上で勝手にプログラムを実行しないセキュリティ設定を行うことが必要だろう(もっとも、JavaScriptをオフにしていると、何も見ることのできないサイトが──マイクロソフトのホームページも含めて──あまりにたくさんあるのだが…)。
【参考】IT社会の脆弱さ
狂牛病騒ぎの余波広がる(01/09/20)

 今月10日に農水省が「千葉県で狂牛病の疑いのある牛が見つかった」と発表して以来、各界にさまざまな影響が広がっている。厚生労働省は、月齢30ヶ月以上のすべての牛に対して狂牛病検査を実施する方針を決めているが、自身の対策の遅れを棚に上げて、畜産業者に膨大な手間を押しつけることになりかねない。頭部を狂牛病の検査に回しているにもかかわらず、胴体が肉骨粉に加工されたことについて、最初の検査を担当して敗血症と診断した千葉県食肉衛生検査所(あるいは、管轄官庁である厚労省)の責任を問う声もある。また、問題の牛を北海道の酪農家が出荷したことから北海道産の肉牛がキャンセルされたり、千葉県の35の市町村で牛肉の給食使用を控えるなど、やや過剰とも思える反応も現れている。
 牛はバクテリアを食べる動物だとも言われる。植物を根こそぎ引っこ抜き、臼のような歯で昆虫を噛みつぶした後、大量のバクテリアを含んだ土ごと植物体を飲み込んでしまう。胃の内部ではこの土壌バクテリアが繁殖し、植物体を分解して牛が吸収可能な栄養素を作り出す。ところが、現代的な畜産業は、こうした自然な共生関係を破壊し、人工的な配合飼料で牛を育てようと試みた。当然のことながら、たとえ含有される栄養成分が植物体と同じであっても、配合飼料だけでは牛は充分に育たない。そこで、畜産業者は、牛に栄養を付けようとして、動物性タンパク質を大量に与えるという方法を思いついた。羊や牛の脳や内臓から作った肉骨粉を飼料に混ぜたところ、確かに牛の成長は促進され、狙いは当たったかに見えた。しかし、この不自然な食生活の結果、羊が持っていた病原体プリオンが牛に感染し、さらに、人間が強制した共食いを通じて牛の間に狂牛病が流行することになったのである。人間の小賢しさが報いを受けたと思えなくもない。
【参考】プリオン(prion)とは
パソコン通信の名誉毀損、運営者に削除責任なし(01/09/07)

 パソコン通信の電子会議室に書き込まれた文書が名誉を傷つけるものだったとき、文書を削除しなかった会議室の運営責任者(シスオペ)やパソコン通信の運営会社に責任があるかどうかが争点となっていた裁判の控訴審判決が、東京高裁で下された。裁判長は、文書の内容は名誉毀損に当たると認定、書き込んだ会員に50万円の支払いを命じた一審判決を支持したが、シスオペや運営会社には削除責任がないとし、賠償を命じた一審判決を破棄した。
 パソコン通信の電子会議室やインターネットの掲示板は、会員(あるいはログインした一般の人)が自由に意見を交換し合う場として設けられているが、お互いに誰だかわからないという匿名性があるため、しばしば中傷や侮辱めいた発言が見られる。こうした文書が名誉毀損に該当する場合、書き込みを行った当人の責任が問われることは当然だが、場を提供した者の責任をどこまで認めるべきかについては、意見が分かれている。これは、パソコン通信やインターネットが、通信と放送の中間に位置する新しいタイプのメディアだからである。
 一般に、電子メールに他人の悪口を書いたとしても、名誉毀損罪は成立しない。これは、メールが私的通信のツールであり、罪を構成する要件となる“公然性”が満たされないからである。それでは、CC(カーボンコピー)機能を使って同じ中傷メールを複数の人に送ったらどうか、ランダムなアドレスを生成して不特定の人に送信した場合やメールマガジンとして多数の人に送った場合はどうなるのか。仲間内での私的通信と区別される境界線はあるのか。新しいメディアが普及するたびに、法律かを悩ませる新しい問題が生まれてくる。
【参考】ネット上の悪意
諫早湾干拓、事業縮小へ(01/09/01)

 公共事業の再評価を行う国営事業再評価第3者委員会は、8月24日に諫早湾干拓事業に関して「土地改良法改正の趣旨を踏まえ、環境への真摯かつ一層の配慮を条件に、事業を見直されたい」という答申を行った。これを受けて武部農相が事業を縮小する考えを示す一方、長崎県知事や県議会は、改めて計画通りの事業推進を訴えた。
 諫早湾干拓事業の見直しが検討されるようになったのは、環境への影響が予想よりも大きかったためである。農水省による費用対効果比の試算では、2500億円を投じたこの事業の収支は、防災効果が大きく寄与して結果的にわずかに黒字になる(比1.01)とされているが、この計算には干潟の浄化機能の喪失など「外部不経済」が考慮されていない。有明海におけるノリ不作やタイラギ漁の壊滅など、干拓事業との因果関係が必ずしもはっきりしていないものの、数十億円規模の経済損失として具体化したケースもあり、環境経済学的な観点からすると、この事業は“大赤字”だったのではないかと思われる。
【参考】湿地干拓
青色LED特許で訴訟に(01/08/24)

 青色発光ダイオード(LED)開発で決定的な役割を果たし、製造に必要な特許の大半を個人で取得した中村修二氏は、開発時に在籍していた日亜化学工業(徳島県)が発明に対して正当な報酬を支払っていないとして、同社に20億円の支払いを求めて提訴した。高輝度青色LEDは、カラー表示や大容量光記憶の基盤技術となるもので、かつては「20世紀中の開発は困難」とされていたが、地方企業の無名の技術者が独力で製造に成功し、世界中の半導体技術者を驚嘆させた。日亜化学は、1993年に青色LEDを商品化しており、(特許を巡って争いになっている他企業と共に)市場を寡占して多大な利益を上げている。これに対して、中村氏は、特許1件当たりにつき2万円程度しか受け取っておらず、以前から業績と報酬の格差が話題になっていた。
 プロパテントの流れの中で優れた発明を行う技術者を優遇しているアメリカ企業に対して、日本企業は、画期的な発明であっても、技術者個人に対する扱いは冷たい。特許を申請・取得できるのは特許法に従って発明者個人に限られるが、会社の施設や資金を利用した発明はあくまで職務発明とし、通常は、契約や就業規則で特許を会社に譲渡することになっている。この際、発明者は「相当の対価」を受け取る権利があると定められているものの、実際には、かなり低い報奨金しか支払われないのが現状であり、日亜化学の支払い額も日本国内ではさほど異例ではない。こうした技術者冷遇の実態について、開発時のさまざまなリスクを会社が肩代わりしていることなど、企業側にもそれなりの言い分はあるだろう。しかし、「技術が市場を制する」と言われる現代的な産業において、技術者のモティベーションを喪失させる制度は、企業の発展を阻害する要因にもなりかねない。すでに、キャノンや日立などいくつかの企業は、特許の実績に応じて上限を決めずに相当の対価を支払う制度を導入しているが、それでも、アメリカ企業と比べると報償は充分とは言えない。画期的発明で億単位の金を儲けるスター技術者が続々と現れ、理工系学生の憧れの的となるような状況は、夢物語だろうか。
【参考】知的財産を守る
日生とNTT、「環境格付け」に参入(01/08/18)

 ニッセイ基礎研究所とNTTデータ経営研究所は、来年度から、企業活動を環境面から格付けする「環境格付け」に参入する(8月18日付け日経新聞より)。ニッセイ基礎研は、環境に負荷を与える物質の排出量と営業損益の比率などをもとに「環境指標インデックス」を作成して、上場企業約1000社をランク付けする。一方、NTTデータ経営研究所は、環境リスクを中心に評価し、最高ランクの「AAA」から最低の「CCC」までの7段階で評価する。
 環境格付けは、環境優良企業に積極的に投資する「エコファンド」を推進する上で、重要な指針となる。環境経営の程度による企業の差別化は、1980年代から主にヨーロッパで盛んになっており、「社会的責任投資」(投資家は、収益だけでなく企業活動のあり方も考慮して投資すべきだという考え)の現れである。不況にあえぐ日本企業の場合、環境対策はともすれば後回しにされがちだが、環境への配慮は消費者に良い印象を与えて業績の伸びにもつながるので、高い環境格付けを得るべく企業努力が行われることを期待する。
【参考】環境経営
EU、化学物質の規制を強化(01/08/14)

 EU(欧州連合)は、化学物質に対する規制を大幅に強化、3万種類の物質を対象に登録制を導入して、利用企業に使用データや安全性評価の提出を義務づける。残留性を持つ有機化学物質など特に危険性の高いものについては、許可制とする。違反企業に対しては、販売停止などの制裁措置を執る方針。こうした厳しい規制はこれまでなく、ヨーロッパで化学物質を生産・販売する日本企業にも大きな影響を及ぼすと見られる。
 1960年代から始まる化学物質の規制は、主に、国が排出濃度などの安全基準を定め、それ以下に抑えてさえいれば企業は自由に使用できるというものだった。しかし、ごく微量であっても激越な身体反応が生じる化学物質過敏症の患者が報告されたり、環境ホルモンのように致死的な影響がなくても生態系に甚大な被害を与える物質が指摘されるようになり、従来の安全規制では不十分だという見方が広まってきた。このため、近年では、OECDの勧告に従ってPRTR(汚染物質排出移動登録制度)を導入し、各事業所が指定した物質をどれほど排出しているかを把握した上で、国家レベルで総合的に管理する国が増えている。日本でも、2001年から354種類の物質を対象に、データの集計・公表が実施される。今回、EUが打ち出した方針は、これをさらに厳しくしたもので、経済優先のアメリカと対照的に環境を重視するEUの姿勢をさらに明確にしたものと言える。
【参考】低レベル環境汚染
ネット犯罪が大幅増加(01/08/10)

 警視庁のまとめによると、今年上半期に警察が摘発したネットワーク犯罪は、昨年同期比で6割増の319件であった。昨年同期に1件しかなかった児童買春事件が46件に急増しているほか、ポルノ禁止法違反や猥褻物頒布などの摘発がいずれも約50件と、インターネット上を猥褻情報が飛び交っているという実感を裏付ける結果となった。
 ネットワークの急激な拡がりからすると、半年間に300件余りという摘発数は、かなり少ないように感じられるが、これは、警察がハイテク犯罪に充分に対応できていないことの現れと考えられる。買春や違法物品の売買のように具体的な行動や物品の移動が伴う犯罪が比較的しっぽを捕まえやすいのに対して、サイバースペースで情報がやり取りされるだけで現実空間における実体のない犯罪は、その存在自体が認知しにくい。実際、不正アクセス事件は、警察が把握しているだけで959件に上るが、そのうち不正アクセス禁止法違反で摘発できたのは17件だけである。もちろん、知られていない不正アクセスは、その何百倍もあるだろう。また、著作権侵害による摘発はわずか10件で、写真集からスキャンした画像などがホームページに堂々と掲載されているネット上の実態からは懸け離れた数字となっているが、これも、著作権者が自分でチェックしなければ侵害の事実を掴むのは難しい。ネット犯罪は、今後もさらなる勢いで増加し続けると予想されるだけに、これを取り締まるサイバーポリスの整備を急がなければならない。
【参考】ネットワーク社会の光と影
クローン胚利用の医療に規制さまざま(01/08/02)

 事故や病気で損耗した体内組織を“新品”と取り替える再生医療は、実用化されれば巨大マーケットに成長することが確実視されている。特に、患者本人のクローン胚から取り出したES細胞(胚性幹細胞)を培養する手法は、拒絶反応の出ない組織を作成できるために、研究者の間での期待度が高い。しかし、その一方で、そのまま母胎に戻せばクローン人間となる胚(胎児の初期段階)を治療のために利用することに対して、生命倫理の観点からさまざまな批判が投げかけられている。こうした中、クローン胚を利用する医療に対して、各国政府が独自の規制を制定しつつある。
 これまで民間のクローン研究に対する規制が全くなく、ジェロン社やACT社などバイオベンチャーの研究・開発によってこの分野で世界をリードしてきたアメリカでは、クローン胚の作成を全面的禁止する法案が下院を通過し(7月31日)、再生医療の研究が大幅に制約されそうな情勢である。医療研究のための利用に限って容認するという修正案も提出されたが、下院はこれを否決しており、ブッシュ政権誕生以降の保守化の流れが伺える。
 一方、日本では、昨年成立したクローン技術規制法によってクローン人間の作成は禁止されているが、倫理委員会の認可を受ければ、クローン胚を利用した再生医療に向けての基礎的な研究は可能である。イギリスでは、移植用組織の作成といった医療行為まで認められているが、フランスやドイツではクローン胚の作成自体が禁止されている。
 患者の救済と生命の尊厳を秤に掛ける難しい問題だが、クローン胚のES細胞を使わなくても成人の体内にある体性幹細胞から多くの組織が再生できるという報告もあり、今後の研究動向から目が離せない。
【参考】遺伝子操作による医療
宇宙帆船の実験始まる(01/07/29)

 太陽からの光を帆に受けて宇宙空間を航行する宇宙帆船の実験が、ロシアのミサイル技術を使って始められた。20日に行われた打ち上げ実験は、コンピュータのトラブルが原因で帆が完全に開かず、必ずしも満足のいく結果ではなかったが、実験を主導した米国惑星協会(非営利の民間団体)は、巨大ロケットを必要としない安上がりな打ち上げ・宇宙航行の手段として、今後も実験を続けていく意向だという。
 宇宙帆船は、数百万ドルの資金とロシアの協力があれば手軽に打ち上げられる新しいタイプの宇宙船である。まず、冷戦の終焉によって無用の長物となりかかっている潜水艦発射型ICBMを使って、数十kgの宇宙船を地球周回軌道に放出する。そこでポリエステルフィルムでできた巨大な帆を広げ、太陽から来る光の圧力を推進力として次第に高い軌道に移っていき、最終的には重力圏から離脱することを目指す。地球軌道上では、太陽光の圧力による推力は、最大でも1m2あたり900万分の1ニュートン程度だが、幅数百メートルの帆を揚げれば、無重力の空間を移動するのに充分な力になる。NASAでは、この方法を使って恒星間探査を実施する可能性が検討されているようだ。
塩ビ製のおもちゃを規制(01/07/29)

 厚生労働省は、環境ホルモンの疑いがあるフタル酸エステル類の一部を、乳幼児が口に入れる塩化ビニール製おもちゃには使用禁止とすることを決定した(7月27日)。フタル酸エステルは、塩ビ製品の軟化剤として広く利用されているが、基材に化学的に結合していないため使用中に漏出するおそれがある。昨年には、塩ビ製手袋から溶けだしたフタル酸ジエチルヘキシルが市販の弁当から検出され、社会問題にもなった。乳幼児向けの塩ビ製おもちゃには、おしゃぶりや歯固めのように長時間にわたって口の中に入れて使用するものがあるため、以前からフタル酸エステルの溶出が懸念されていた。
 環境ホルモンの問題は、科学的知見が不十分な段階でリスクと便益を秤に掛けることの難しさを如実に示している。PCBやDDT、ダイオキシンなどのように難分解性で生体濃縮を起こす物質の場合、胎児や乳児の段階で身体に蓄積されて、生殖能力の不全や知能の低下をもたらす危険性が高い。しかし、今回のフタル酸エステルをはじめ、給食用食器に含まれていたために大きな騒ぎとなったビスフェノールAや、カップ麺の容器から溶出すると言われるスチレンダイマーなどについては、人間の健康にとってどれほど危険なものなのか、必ずしもはっきりしていない(成人に及ぼす影響は無視できるとの見方が強いが、胎児・新生児に対するリスクはほとんどわかっていない)。そうした中で、これらの「便利な化学物質」をどのように扱うべきか、悩まされる問題である。
【参考】環境ホルモン
実現が難しい重要技術(01/07/21)

 文部科学省の科学技術政策研究所は、5年ぶりに行った技術予測調査の結果を発表した(概要は、科学技術政策研究所のホームページから入手できる)。これは、16分野1065課題に関して3000人を越える専門家にアンケート調査を行い、各課題ごとに重要度と実現時期を回答させたもの。例えば、ライフサイエンス分野で最も重要度が高いとされたのは、「ヒトの代表的生活習慣病であり、多因子による遺伝形式を示す糖尿病、高血圧、動脈硬化の遺伝子群が同定され、分子病因論的分類がなされる」という項目で、重要度指数は93、実現予測時期は2013年となっている。
 この調査結果に関しては、すでにいくつかの新聞等が解説記事を掲載しているので、データの詳細は省略させていただき、ここでは、「重要な技術」であるにもかかわらず「実現しない」という悲観的な見方をする人の多いものに注目したい。集計結果がリストアップされている各分野(ここでは科学技術系のものに限る)の重要度指数上位15項目の中で、「実現しない」と答えた人が10人以上の項目を列挙してみると、以下のようになる。ソフトウェアのセキュリティや地震の予測に関して、技術的に難しいと考える人が多いようだ。
課  題(分野)重要度指数「実現しない」と答えた人
/全回答者数
悪質なハッカーの攻撃から個人や集団のプライバシーや機密が保護されるような信頼度の高いネットワークシステムが普及する。(情報・通信)9313/189
ソフトウェア検証技術が進み、誤りのない大規模ソフトウェアの短期開発が可能となる。(情報・通信)8930/152
悪性ウイルスを自動検知し、これに対処するワクチンを自動生成する技術が開発される。(情報・通信)8120/163
オフィスの仕事の大部分が電子化・ネットワーク化され、企業規模に関わらず大部分の企業において、ペーパーレスに加えて業務効率向上が実現する。(情報・通信)7911/190
アルツハイマー病を完治させる治療法が開発される。(保健・医療)7010/87
被害の発生が予想されるマグニチュード7 以上の地震の発生の有無を数日程度以前に予測できる技術が開発される。(海洋・地球)9524/94
巨大な太陽電池板をもつ宇宙空間太陽光発電所が建設され、電力がマイクロ波またはレーザで地上に伝送されるようになる。(宇宙)7312/106
世界の二酸化炭素の大気中への排出量が1990年の20%減まで低下する。(環境)8421/198
環境汚染物質とアレルギー性疾患との関係が明らかになり、患者が半減する。(環境)6811/113
変換効率が50 %以上の積層太陽電池が実用化される。(材料・プロセス)8915/110
常温以上に転移点をもつ超電導体が開発される。(材料・プロセス)8717/115
地殻の歪みの分布や過去の地震履歴の分析等により、中期的(5〜10年程度先)な大規模地震(M8 以上)の発生を予測する技術が日本で実用化される。(都市・建築・土木)8823/155
プレート境界地震の初期微動を適切な箇所で検知し、(予測される地震動に対応する)破壊危険箇所を避けて列車を安全に停止させるシステムが開発される。(交通)7512/133
登校拒否、学級崩壊、学習障害等のメカニズムが明らかになり、対処方法が普及する。(サービス)7416/86
京都議定書の運命は?(01/07/14)

 日米の高官協議の席上、米国は京都議定書からの離脱を改めて主張し、19日からボンで開催される地球温暖化防止閣僚会議で、議定書発効に向けて日米欧の合意が成立することは困難になった。このままでは、京都議定書そのものが空中分解しそうな情勢である。
 米国が温暖化対策に乗り気でないのは、減速傾向の見られるアメリカ経済にとって足かせになると予想されるからである。実際、京都議定書の目標を達成しようとすると、米国のGDPが0.4%押し下げられるという試算(環境省・国立環境研究所)もあり、ブッシュ政権としてはおいそれと受け入れるわけにはいかない。一方、京都会議で議長国を勤めた日本は、本来ならアメリカの説得役を引き受けねばならないところだが、自身、景気後退に苦しめられている上に、1999年度の二酸化炭素排出量は、家庭でのエネルギー消費が増えたこともあって前年度比で2.1%増加しており、現状では議定書の目標を達成するのは不可能に近い。できれば、アメリカを議定書に連れ戻す代償として、排出権取引を大幅に認めてもらうなどヨーロッパから大幅な譲歩を引き出したかったところだが、明確な理念を打ち出せないまま欧米双方から見限られるという情けない結果となった。
 地球温暖化は、人類にとって最大級の危機であり、その防止には、先進国を中心とする国際的な協力が不可欠である。国内の利害に目を奪われて積極的な対策を講じられないようでは、人類の存続は危ういと言わざるを得ない。
【参考】地球温暖化
物質−反物質の非対称性を確認(01/07/09)

 米スタンフォード加速器センターの研究チームは、素粒子反応で「CP対称性」と呼ばれる粒子−反粒子の対称性(*)が厳密に成り立っていないことを確証するデータを得たと発表した。この成果は、銀河系をはじめとする諸天体がほぼ「物質」だけから構成されており、「反物質」がほとんど存在しない理由を明らかにするものである。
(*)正確に言えば、粒子と反粒子を入れ替え、さらに空間反転を施す操作に関する対称性
 反粒子のアイデアは、イギリスの天才物理学者ディラックが1928年に導いた電子の振舞いを記述する方程式(ディラック方程式)に、電子だけではなく、電子と質量が同じで電荷が反対の「陽電子」の解が存在したことに端を発する。さらに、この陽電子が電子と衝突すると、両者とも消滅して光のエネルギーになってしまうことが、方程式から示された。こうした奇妙な性質を説明するために、ディラックは、宇宙全体が電子に満たされており(ディラックの海)、過剰に電子が存在する部分がいわゆる「電子」で、電子が欠落している“孔”の部分が「陽電子」に対応するのではないかという大胆な推測を表明し、学界を震撼させた。その後、場の量子論の完成によって、粒子と反粒子は、“存在”と“不在”の関係ではなく一種のペアにすぎないことが示されるが、それでも、反粒子のみで構成されていて、物質と接触すると膨大なエネルギーを発して消滅してしまう「反物質」のイメージは、物理学者のみならずSFファンや天文マニアを魅了するに至る。特に、基本方程式の上では、粒子と反粒子は完全に対称的に見えるので、なぜ銀河系周辺に(反物質ではなく)物質ばかりが存在しているのかは、科学的に解明すべきパズルとして長らく物理学者の宿題となっていた。
 このパズルの解決には、2組の日本人学者が大きな貢献をしている。まず、1973年に、小林(高エネルギー研究所)と益川(京都大学)が、クォークと呼ばれる基本粒子が6種類以上存在して互いに変換されるようなケースでは、「CP対称性」が破れる可能性があることを、群論に基づく簡単な計算を通じて証明した(小林−益川論文は、当時主流だった4クォーク理論ではCP対称性が保たれることを示すものである)。さらに、1978年には、吉村(東北大学)が、非可逆的な宇宙膨張の過程でCP対称性の破れを伴う反応が進行すると、粒子と反粒子の個数に差が出ることを示し、初期宇宙での素粒子反応が物質優位の世界を生み出したという結論を導いた。クォークはすでに6番目のもの(トップクォーク)まで発見されており、素粒子論を援用したビッグバン理論も多くの点で成功を収めているので、CP対称性の破れを確認する今回の実験成果は驚きをもって迎えられるものではないが、世界を記述する基本的な理論の正当性がますます高まったことを実感させてくれる。
【参考】20世紀の物質像−第5章
ナスダックの取引システムが一時停止(01/07/01)

 米店頭株市場(ナスダック)で売買注文などを伝送する通信システムに異常が発生し、取引が1時間20分にわたって中断するというハプニングが起きた(6月29日)。原因は、基幹通信システムの定期点検を行っていた技術者の些細なミスだったようだが、売買高の増える上半期最後の取引日と重なったために混乱が大きくなった。システムのダウンによる取引の中断という事態は、1997年8月に東京証券取引所でも発生している。このときは、システムのソフト自体に問題があったため、自動的に立ち上がったバックアップ機もすぐに停止してしまい、午前中の取引に大きな影響があった。
 証券市場などに導入されているコンピュータ・システムは、すでに一人の技術者ではその全貌を把握しきれないほど巨大なものになっており、一部で異常が生じた場合、その影響が設計者の予想を超えてカオス的に各所に波及していく危険性がある。安定した動作を確保するためには、動作保証されている小システムをゆるく結合させた分散型の方が望ましいが、システム全体でデータの整合性を保つのに手間がかかるため、リアルタイムで機敏な応答が要求されるケースには向かない。基幹業務がコンピュータに依存している現代社会は、基盤に意外に脆弱な部分があることを心得ておいた方が良さそうである。
【参考】システムはなぜ脆いか
ADSLサービスで競争激化(01/06/25)

 電話回線を利用して高速インターネットを実現するADSL(非対称デジタル加入者線)を巡って、競争が激しさを増している。ADSLでは、電話局側と利用者側双方に専用装置を実装すれば、マルチメディア・データのダウンロードなど下り線の利用に際して毎秒1メガビット以上の高速データ通信が可能になる。当初、NTTは、2007年頃までに光ファイバによるブロードバンドのネットワークを構築する目標を掲げており、そのつなぎとしてISDN(総合デジタル通信網)を活用する予定でいたため、ADSLの導入には消極的だった。しかし、利用者サイドに高速回線に対する要望が強く、また、東京めたりっくなどのADSLベンチャーが名乗りを上げたこともあって、2001年に入ってから東西NTTがADSL事業に本格参入し、一気にシェアを拡大した。そのあおりを受けて東京めたりっくが経営不振に陥り、このままNTTの一人勝ちになるかと思われたが、ソフトバンクが東京めたりっくを買収、他社の半額以下となる月2280円でのADSLサービス提供を発表して、事態は混沌としてきた。
 日本は、光ファイバ網計画を発表した1990年の段階では情報通信分野で世界のトップに並んでいたが、その後、情報スーパーハイウェイ計画に基づいてインターネットを政策的に普及させたアメリカに大きく遅れを取ることになる。現在では、高速インターネットに関して、主にケーブルTVを利用しているアメリカはもちろん、ADSLを積極的に導入した韓国に比べても、情報インフラは著しく見劣りする(ADSLの利用者数は、韓国の350万人に対して日本は18万人(2001年5月)にすぎない)。IT革命によって経済復興を成し遂げようと本気で考えるならば、ソフトバンクのようなベンチャー企業の参入を促進することによって、情報通信分野の整備を大至急進めなければならない。
【参考】IT革命の今後
米、クローン規制の審議が本格化(01/06/23)

 米国で、クローン人間作りを禁止する法案の審議が進められている。日本やヨーロッパのいくつかの国では、すでにクローン人間を禁止する法律が制定されているのに対して、民間の研究活力を最大限に活用しようとする米国では、これまで、民間の研究に対してはクローン技術の利用に関する規制がなかった。しかし、一部の宗教団体や不妊治療を行う医院がクローン人間作りに前向きな姿勢を表明したこともあって、少なくとも人間の遺伝的コピーを誕生させることは禁止すべきだという声が高まり、下院でクローン人間禁止法案が提出されるに至った。
 法律でクローン人間作りを禁止しようとする場合、どこで線引きをするかが難しい問題となる。クローン技術は、単に個体を誕生させるためだけでなく、再生医療で重要な役割を果たすES細胞(胚性幹細胞/万能細胞)を作るのにも利用できるからである。ES細胞は、中絶された胎児から採取することもできるが、本人の体細胞を元にクローン胚を作ってそこから取り出した方が、拒絶反応も抑制できる上、「中絶」に絡む倫理的問題を回避できる。人間のクローン胚を作り出すことを完全に禁止してしまうと、再生医療を目指した研究まで大幅な制約を受ける結果になるため、特定の研究に関してはクローンを認めるべきだという意見が多いようだ。米下院で提出されている禁止法には2案があり、一方がクローン人間の誕生のみを禁止しているのに対して、他方は、すべての核移植を禁止するものである。バイオテクノロジー分野で他国の追随を許さない米国において、どのようなクローン規制法が制定されるか、研究者ならずとも気になるところである。
【参考】クローン技術
温暖化対策を巡り米・EUの交渉決裂(01/06/15)

 すでに京都議定書からの離脱を表明しているブッシュ米大統領は、ヨーロッパ訪問に際してEU首脳と温暖化防止対策についての話し合いを行ったが、途上国の扱いなどを巡って交渉は決裂、京都議定書の発効は難しくなった。アメリカが特に批判的なのは、京都議定書では二酸化炭素を大量に排出している中国やインドが削減を義務づけられておらず、国際的な公平さを欠くという点である。確かに、途上国が排出する温室効果ガスの総量は2010年に日・米・EUの合計を追い越すとの試算もあり、途上国にも何らかの規制を課すべきだという意見は根強い。しかし、過去に大量の二酸化炭素を放出し、現在の事態を招来するに至った先進国の責任を問わないままでは、全世界的な合意を形成するのは困難だろう。
 アメリカ政府としては、産業の足枷となる排出削減を強制して景気低迷を招くようなことだけは避けたいところだ。経済力によって他国の二酸化炭素削減分を買い取る「排出権取引」を活用すべきだという主張も、アメリカ流の自由主義経済体制を維持しようという強い意思の表れである。それに対して、ドイツやスウェーデンなどのいわゆる環境先進国では、20世紀的な大量生産・大量消費という産業スタイルそのものを変革する方向へと動きだしている。両者の間に横たわる溝は、想像以上に深いのかもしれない。
【参考】地球温暖化
「サイバー犯罪防止条約」の骨子固まる(01/06/08)

 日米欧が2002年発効を目指して検討を加えてきた「サイバー犯罪防止条約」の最終案概要が明らかになった。近年、国際的に広がって多額の被害をもたらしているコンピュータ・ウィルスに関しては、被害を与えた場合だけではなく、作成・販売・入手などの準備行為も処罰対象とする。政府は、国内法の改正や新規立法を行い、年内に調印する予定である。
 ネット犯罪がもはや1国だけの問題にとどまらないことは、フィリピンを発信源とする「I love you」ウィルスが全世界で数十億ドルの被害をもたらしたケースからも明らかである。日本では、先進国では最も遅く1999年に不正アクセス禁止法を制定したが、それ以前は、パスワード破りなどをして無断で他人のコンピュータに侵入してファイルを盗み見ても、ファイルの改竄などを行わない限り処罰されなかった。このように法整備の遅れている国があると、そこを拠点にしてウィルスを配信するといった国際的な「サイバーテロ」が行われかねない。ネット犯罪防止のためには国際的な協調が必要であり、この条約がその第一歩になると期待される。ただし、1980年代に研究者間の自由な情報交換のツールとして発展したWWWなどが厳しい管理の下に置かれることに対して、反発する声も少なくない。
【参考】IT社会の脆弱さ
NTTドコモ、次世代携帯は試験サービスから(01/05/30)

 NTTドコモは、次世代携帯電話サービス「FOMA」を、利用者限定の試験サービスとして東京周辺で開始する。データ通信速度が最高で従来の40倍に高められており、これまで難しかった動画・音楽ファイルの配信やテレビ電話が可能になる。
 次世代携帯電話サービスを巡っては国際的な競争が繰り広げられており、とりあえずNTTドコモが一番乗りしたわけだが、順風満帆の船出とは言えない。NTT(あるいはその前身の電電公社)は、もともと移動電話の普及に前向きではなく、モトローラ社などによる外圧で政府が動くまでは、端末はレンタルに限定し、通信方式も国際的に通用しない日本ローカル方式を採用していた。この結果、日本は携帯電話ビジネスの立ち上げ段階で躓き、普及率や端末生産のシェアで北欧や東アジア諸国に水をあけられてしまう。NTT分割によって身軽に経営戦略を立てられるようになったドコモは、使い勝手の良いサービスを積極的に導入することで出遅れを挽回しようと努め、iモードの成功によってようやく先行グループに追いつくことができたが、このまま一気にトップに躍り出るための戦略として画策されたのが、次世代サービスの早期導入である。ところが、開発期間を短縮して納品を急がせたこともあって、パソコンのアプリケーション並に巨大化したソフトにバグの不安がつきまとうことになる。実際、現行の503シリーズでは、プログラムのバグが原因でデータが消えるなどのトラブルが発生している。今回、商用サービス開始に先立って「試験サービス」を実施した背景には、社内でのバグつぶしが間に合わず、約4000人の利用者に端末トラブルを見つけるモニタとして協力してもらうという意図があると考えられる。
 FOMAがNTTの思惑通りすんなりと受け入れられるかどうか、もう少し見守る必要があるだろう。
【参考】21世紀へ向けて
米、原発推進政策に転換(01/05/17)

 ブッシュ大統領は17日に国家エネルギー政策を発表、原子力推進に政策転換を図ることを明らかにした。アメリカ国内では、スリーマイル島原発事故が起きた1979年以来、原子力発電所の新規発注が途絶えているが、近年では経済成長に伴うエネルギー需要に供給が追いつかず、カリフォルニア州で自由化政策の失敗から電力不足が表面化したこともあって、クリントン政権の下での慎重政策を改め、原子力を見直すことになった。
 アメリカで原子力発電への関心が下火になった最大の理由は、安全対策費用や原子炉解体費用まで含めた場合、火力発電に比べてコストが嵩むことにある。米エネルギー省は、以前から、国家安全保障のためにも原油依存体質を脱却し原子力発電を見直すべきだと主張しており、安全性が高くコストを抑えられる新型軽水炉の開発をバックアップしてきた。しかし、電力自由化が進み、ユーザーが料金の低い電力会社へシフトしやすい状況下で、あえて高コストの原子力に手を出す業者はなかなか現れなかった。むしろ、政治的配慮から原発建設を強行してきたテネシー渓谷開発公社に対して、資金の無駄遣いを批判する声が高まったほどである。また、高レベル放射性廃棄物の処分施設が計画されていたユッカマウンテンは、ネバダ州住民の反対にあって施設建設の目処が立っていない。今回の政策転換に伴い、米電力大手のエクセロンが新型原子炉による認可申請を行う動きを見せているが、実際に開設できるかどうかは定かではない。
【参考】原発の経済性・安全性/スリーマイル島原発事故
2邦人に遺伝子スパイ疑惑(01/05/10)

 米司法省は、世界トップクラスの研究機関であるクリーブランド・クリニックのラーナー研究所から、アルツハイマー病の遺伝子サンプルを盗み出したとして、理化学研究所勤務の研究者ら日本人2人を、経済スパイ法違反などの罪で起訴した。2人は容疑を否認しているという。
 一般的に言って、研究者が転職した折りに、トレードシークレットの漏洩を行ったとして民事で訴えられることは、アメリカではそれほど珍しくない。多くの場合、これは意図的なスパイ活動と言うよりは、解釈の相違による。研究者は、自ら蓄えた知見に基づいて研究を継続することが多いので、どうしても、前職に従事している際に得たデータを援用してしまいがちである。知的財産の流出を恐れる研究所側は、雇用の際に転職後のことまで想定して契約書を作成し、権利の帰属に関して事細かに規定するようにしているのだが、現実の研究においては、契約書でカバーしきれない多種多様な知見が利用されるので、どこまで研究者の自由になるかを巡って解釈が分かれるのは、むしろ当然である。特に、バイオテクノロジーのように莫大な富をもたらす戦略的な技術として囲い込みが進められている分野では、争いが深刻化しやすい。知的財産権に関して疎い人が少なくない日本人研究者は、外国の研究機関に所属する際に、充分に注意すべきである。
 今回の遺伝子スパイ疑惑に関しては、(データではなく)サンプルそのものを窃盗したとされており、事実とすれば、解釈の相違以前の問題である。ただし、実績のある研究者が単純な窃盗罪を犯すとは考えにくい、サンプルを失ったためアルツハイマー病の研究を打ち切ったという病院側の対応も奇妙である──など不可解な点があり、コメントするにはもう少し情報が必要である。
【参考】知的財産を守る/ヒトゲノムの解読と遺伝子診断
遺伝子改変の赤ちゃん誕生(01/05/06)

 不妊治療の目的で卵細胞に細胞質を注入した結果、ミトコンドリア遺伝子が母親のものとは異なる子供が誕生していたことが判明した。この治療を行ったのは聖バルバナス医療センター(米ニュージャージー州)のチームで、すでに30人の子供が産まれているという。
 今回公表された治療法は、卵子の細胞質に問題があって受精卵の成長が妨げられるケースに対応するもので、体外受精の際に別の女性から採取した卵子の細胞質を注入して発生能力を回復させる。核染色体の遺伝子を改変するいわゆる“遺伝子操作”とは異なるが、細胞質に含まれるミトコンドリアの遺伝子が母親由来ではなくなるので、結果的に遺伝子が改変された子供の誕生となる。通常の遺伝子操作より安全性は高いと考えられるが、核遺伝子とミトコンドリア遺伝子の相互作用に関しては未解明な点も多く、クローン動物の胎児死亡率が高い原因は両者の“ミスマッチ”にあると推測する生物学者もいる(体細胞クローンの場合、細胞核と細胞質は異なるドナーから提供される)。こうしたことから、医学者/生物学者の間では、安全性を十分に検討しないまま行った拙速の治療だと批判する声も出ているようだ。
【参考】クローン技術/遺伝子操作による医療
アメリカでクローン人間禁止法案が提出(01/04/28)

 アメリカ上下院議会で、クローン人間の作成を禁止し、違反者には最低百万ドルの民事制裁金または10年以内の懲役刑を科す法案が提出された。日本では昨年にクローン人間禁止法が成立しており、ヨーロッパでも同趣旨の規制が各国で制定されているが、アメリカでは、民間の研究活力を阻害するという考えもあって禁止法はなく、医院や宗教団体の中にはクローン人間の作製計画を公言しているところもある。
 多くの科学者はクローン人間作製に反対しているが、その主な理由は安全性に疑問があるためだ。1996年に哺乳類で世界初の体細胞クローン動物となるクローン羊ドリーを誕生させたウィルムット博士は、ジェニッシュとの共著論文で、"Don't Clone Humans!"と訴えている(Science,291(2001)2552)。この論文では、核移植された卵細胞のうちたかだか数パーセントしか誕生にいたらず、生まれた仔の多くも、呼吸器や循環器の不全で周産期に死亡していることが指摘される。一見正常に育っているように見える個体でも、出生時に体重が平均より重いという "large offspring syndrome" が見られるほか、免疫不全ないし腎臓や脳の異常が観察されることが多い。こうした異常の原因はまだ解明されていないが、クロマチンの再構成過程が正常な発生と異なっていることが関与していると推測される。クローン技術が抱えるこうした問題点は一般市民に充分に伝えられていないため、これを不妊治療に応用しようとする動きが見られるが、人間に使えるほど安全なものでないことは強くアピールすべきだろう。
【参考】クローン技術/クローン技術の利用法
日本の特許収入、黒字に(01/04/22)

 財務省によると、2000年の日本の特許収支は、支払額が前年比5.8%増の1兆1863億円、受取額は18.4%増の1兆1025億円となって赤字幅が大幅に縮小した。今年2月の収支は黒字に転じており、2001年には通年で初めて黒字になる見通し(日経新聞による)。1980年代にプロパテント(知的財産権重視)政策に転じた米国が、毎年200億ドルを超す大幅な黒字を計上しているのに対して、日本は、基本特許の少なさが災いして長年赤字を続けてきた。しかし、1990年代に入って特許を積極的に活用する企業が増加、半導体や自動車の製造部門で多くの重要な特許を日本企業が取得したこともあって特許収入は順調に伸び、漸く「欧米が開発した技術を使って儲ける国」という汚名を返上できるところまできた。
 IT革命が一段落した現在、バイオやナノテクノロジーが次の戦略的技術として重要性を増しつつある。こうした分野では、有効な特許を持つ企業が他社に対して圧倒的に有利な地位を築けるだけに、技術開発も熾烈を極める。残念ながら日本は、バイオに関してはアメリカに大きく水をあけられており、得意とされるナノテクでも、カーボンチューブなどの有用な素材の応用面で遅れをとっている。だが、経営者が特許の意義を正しく認識し、若い有能な技術者に適切なインセンティブを与えるならば、アメリカに対抗して基本特許を取得していくことも可能だろう。
【参考】知的財産を守る
メタンハイドレート開発に着手(01/04/20)

 経済産業省は、日本近海のメタンハイドレート(メタン水和物)を利用するための技術開発に着手することを決定、2010年頃の商業生産を目指す。メタンハイドレートとは、水深500メートル以上の海底の地下数百メートルに、氷の結晶中に閉じこめられたメタンが層状に堆積しているもので、総埋蔵量は、炭素換算で石油・石炭などの化石燃料を併せたよりも多いと推測される。低温高圧という条件を取り除くと、閉じこめられていたメタンが気化して通常の燃料として利用できるほか、燃料電池の水素供給源や化学工業の原料としても有用である。これまでに、北米沿岸のハイドレート海嶺やブレーク海嶺、北欧のノルウェー海やバレンツ海などに多量のハイドレート層が存在することが確認されており、日本の周辺でも、オホーツク海や四国沖に埋蔵していると推測される。
 メタンハイドレートは、埋蔵地域が深海に限られ採掘コストが高くつくため、これまで利用が進まなかった。しかし、現在のペースで石油の消費が続くと、近年中に「採掘しやすい」石油は枯渇して原油価格が急速に上昇することが予想されるため、相対的にメタンハイドレートの利用価値は高まる。日本をはじめ、いくつかの国がこの新たな資源に熱いまなざしを向けているのには、こうした背景がある。ただし、下手な採掘によってハイドレート層を不安定にすると、温暖化効果の強いメタンが一挙に放出される危険もあるため、開発には充分な準備が必要である。また、化石燃料と同じく地球温暖化の原因物質となる二酸化炭素を放出するため、これでエネルギー問題が一気に解決するという訳にはいかない。
【参考】エネルギー問題の現状
再生/移植医療に向けた研究進む(01/04/12)

 米カリフォルニア大学などの研究グループは、人間の脂肪組織から筋肉や骨の組織を作る実験に成功したと発表した。人間から摘出した脂肪細胞を、ビタミンやカルシウムなどの成分を調整した溶液中で培養したところ、新しい筋肉や骨の組織が増殖したというもので、脂肪組織中の幹細胞が環境に応じて変化したものと推測される。この技術を応用すれば、脂肪組織を使って再生医療用のさまざまな組織(皮膚組織・軟骨組織など)を作成することも可能になると期待される。世界中で研究が進められている再生医療では、主に、人間の胚(胎児の初期の段階)から採取した胚性幹細胞(embryonic stem cell; ES細胞)を利用して移植用組織を作り出すことを目標としているが、人間の胚を使うことに対して倫理的な観点から批判が寄せられている。吸引によって容易に得られる脂肪組織を利用する道が開かれれば、こうした倫理上の問題も解決できるだろう。
 また、英PPLセラピューティクスは、世界で初めて遺伝子操作を施した細胞からクローン豚を作り出すことに成功した。現在、移植用の臓器は人間の死体(腎臓など一部のものは生体)から摘出されているが、数量が絶対的に不足している。これを補うために、拒絶反応が起きないように遺伝子操作を施した豚から移植用臓器を取り出す研究が進められており、超急性拒絶反応に関しては、かなりの程度までコントロール可能になっている。遺伝子操作に成功した場合、この豚のクローンを大量に作れば、そこから心臓や肝臓を摘出して移植に利用することができる。今回の遺伝子操作クローン豚の作成は、こうした新しい医療をも射程に収めるものである。
【参考】動物の遺伝子操作遺伝子操作による医療
中華航空機事故、刑事責任は問えず(01/04/09)

 1994年4月、名古屋空港で着陸直前の中華航空機が墜落、乗員・乗客264人が死亡した事故で、業務上過失致死傷に問われていた中華航空幹部4人に対し、名古屋地検は「嫌疑不十分」で不起訴という判断を下した。この事故は、エアバス社のシステム設計の不適切さと、中華航空のパイロットの誤操作が重なって起きたものだが、愛知県警は、専門技術に関する議論に踏み込むことの難しさもあって早い段階でエアバス社についての立件を断念、操作ミスを起こしたパイロットと安全訓練を怠った中華航空幹部の過失に絞って書類送検した。名古屋地検は、1999年3月、パイロットについては「被疑者死亡」、中華航空幹部については「嫌疑不十分」で不起訴処分としたものの、名古屋第2検察審査会が「不起訴不当」の議決を行ったことから再捜査を行い、今回改めて不起訴の決定を下したものである。この決定により、中華航空機事故に関する刑事責任の追求は困難になる。
 大事故が起きたとき、日本では警察/検察により刑事責任が厳しく追及されるが、再発防止という観点からすると、これは必ずしも好ましいやり方ではない。アメリカでは、航空機事故などの場合、免責の決定をした上で関係者に証言を求めるのが一般的だが、この方が事故原因の究明には好都合だと考えられる。中華航空機事故に関して言えば、コンピュータを優先するエアバス社の設計思想がパイロットを混乱させたことが判明しており、どのようなインターフェースにすれば事故が防げたかをもっと論じるべきであった。だが、訴追を避ける目的もあって、エアバス社が最後まで事故原因は操作ミスだとする見解を崩さなかったため、この点に関する技術的な議論があまりなされないまま、事故が忘れられる結果となった。事故後、エアバス社が自発的にインターフェースの仕様を変更したことからもわかるように、事故から得られる教訓は決して小さくないはずであり、これを広く知らしめた方が将来のためになったのではないかとも思われる。
【参考】コンピュータ・クライシス
小中学校教科書、内容を3割削減(01/04/04)

 新指導要領に基づく小中学校教科書の検定結果が公表され、「指導要領を上回るため不可」とする指摘が検定意見の半分を占めていることが明らかになった。2002年度から実際に使用される教科書では、小学校理科で「ペットボトルを使った水ロケット」や「食物連鎖」、中学理科で「クローン生物」や「脳死・臓器移植」などの項目が削除される。文部科学省は、「指導要領は最低基準で、発展的学習は教育現場で学習状況を見ながら副教材等で行う」という見解を示しているが、小中学校における教科書の重要性を考えると、教育内容の質的低下は避けられない。
 科学的思考の出発点は、帰納である。複雑に見える現象を数多く観察していくうちに、その根底に単純な法則が潜んでいることが明らかになる。この思考法を学生に身につけさせるには、さまざまな素材を提示し、そこから共通項を自力で抽出させるようにすべきである。また、新聞やテレビで報じられるような素材を学習することにより、科学的知識が社会の至る所に応用できることを理解する手がかりとなろう。応用性の乏しい基本的な法則だけに絞り込んで教えても、「ゆとり教育」になるどころか、かえって咀嚼できずに負担が増すばかりである。できれば、百科事典のように分厚い教科書・副読本を貸与し、ニュース報道された、あるいは生徒が興味を示した素材を使って、世界の複雑さと法則の単純さを学ばせる方が、ゆとりをもって科学の本質を身につけられるはずである。
MOX燃料、新潟に到着(01/03/24)

 東京電力柏崎刈羽電子力発電所で使用する予定のプルトニウム・ウラン混合燃料(MOX燃料)を積んだ輸送船が、フランスから2ヶ月あまりの航海を経て、同原発の専用港に到着した。東京電力は、2001年中にこの燃料を原子炉に入れて「プルサーマル計画」を実現に移す方針だが、これに対して、新潟県知事がどのように対応するかが注目されている。
 原子炉内で生成されるプルトニウムをどのように扱うかは、高レベル放射性廃棄物の処理とともに、原子力発電を実行していく上で最大の課題となっている。政府は、高速増殖炉でプルトニウムを燃料として使用する方針を打ち出していたが、1995年に起きた「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故によって頓挫、代わって、ウランとプルトニウムを混合したMOX燃料を通常の原子炉で使用する「プルサーマル計画」がプルトニウム利用の柱となっている。東京電力は、当初、福島第1原発でプルサーマル導入を行う予定だったが、佐藤・福島県知事が受け入れを拒否したため、国内での実施見通しが立っていなかった。
【参考】核燃料サイクルと放射性廃棄物
ブッシュ大統領、CO2排出抑制に消極的(01/03/15)

 ブッシュ米大統領は、発電所から排出される二酸化炭素(CO2)を大気汚染物質として規制対象にしない方針であることを明らかにした。選挙期間中は、環境保護団体の支持を得る必要から、窒素酸化物とともに二酸化炭素の排出規制に前向きの姿勢を見せていたブッシュ氏だが、カリフォルニア州の電力危機が深刻になったこともあって、発電所規制が市民生活に打撃を与えないようにと配慮したものと見られる。
 二酸化炭素などの温室効果ガスが引き起こす地球温暖化に関しては、地域による温度差がかなりはっきりしている。温暖化によって国土の水没や凶作による飢餓が懸念される島嶼部や南アジアなどの国々が先進国の積極的な対応を強く求めているほか、ドイツやオランダを初めとするヨーロッパ諸国は、比較的前向きに取り組んでいる。しかし、最大の排出国であるアメリカは、二酸化炭素規制が経済の足を引っ張るとして及び腰であり、京都議定書への批准にも消極的な態度をとり続けている。日本も、1990年水準から6%削減するという目標について、達成困難だとする見解を先頃発表したばかりだ。地球温暖化は、汚染物質による公害のように直ちに市民生活を脅かすものではないが、悪影響が現れ始めたときにはすでに手遅れだと予想されるので、世界中の人々にその重要性を知らせることが急務となっている。
【参考】地球温暖化
ナップスター社、音楽の無料交換を中止(01/03/03)

 インターネット上で音楽ファイルの交換をサポートしてきた米ナップスター社は、サンフランシスコ連邦高裁が著作権侵害を認めたことを受けて、著作権が失効した古い楽曲以外の無料交換を中止すると発表した。この問題に関して、連邦地裁は昨年7月にナップスター社にサービス停止を求める仮決定を出していた。2月12日に出された高裁の判断では、この仮決定自体は「範囲が広すぎる」として差し戻しを言い渡したものの、著作権侵害を認定しサービスの制限が必要なことを明言しており、ナップスター社は、このままでは事業継続が困難だと考えて自主規制に踏み切ったようだ。
 もっとも、これでインターネット上の著作権問題にケリがついたわけではない。ナップスター社は、楽曲のソフトがどのコンピュータに記録されているかをサーバに記録していたために著作権侵害に荷担したと認められたが、グヌーテラのようなピア・ツー・ピアのプログラムを利用すれば、不特定多数の音楽愛好家たちが、好き勝手に楽曲ファイルの交換を行うことができる。技術の進歩に旧来の著作権の考えが追いつけないというのが現状である。
【参考】ネットワーク犯罪
自動車リサイクル、ユーザが費用負担(01/02/23)

 産業構造審議会は、自動車をリサイクルするために必要な費用をユーザから徴収する方針を発表した。フロンや鉛などの有害物質や、リサイクルの難しいシュレッダーダストは、徴収された費用を使って自動車メーカが処理する。徴収方法に関しては、「購入時点で販売価格に上乗せする」「廃車にする際に徴収する」など複数の方法を提示するにとどまった。
 自動車のリサイクルに関しては、昨秋EUがメーカに廃車の引き取り義務を課す指令を発して注目された。EU方式は、リサイクルの費用を基本的にメーカが負担するもので、ユーザの自動車離れを防ぐためにも、処理費用の全額が販売価格に上乗せされるとは考えにくい。この結果、メーカは自己負担を小さくしようとして、あらかじめリサイクルしやすいように自動車を設計するようになると期待される。日本の場合、メーカ側の反発を抑えるために費用をユーザ負担としているが、拡大生産者責任の考えに基づいてメーカ側にも応分の負担をさせなければ、リサイクル率の向上は望めないだろう。
【参考】拡大生産者責任
燃料電池車はガソリン方式に?(01/02/21)

 経済産業省は、次世代低公害車の本命とされる燃料電池車の燃料用に、官民共同で不純物の少ない「クリーンガソリン」を開発する方針を固めた。燃料電池車の開発に失敗した自動車メーカーは、20〜30年のうちに淘汰されるという見方もあるだけに、この方針は、さまざまな反響を呼びそうだ。
 燃料電池は、燃料となる水素を空気中の酸素と反応させて電気を作るもので、汚染物質の排出量がきわめて少ないことから、多くの分野での普及が期待されている。ビルや一般家庭での自家発電用燃料電池の場合、都市ガスを水素源として利用する方式が有力だが、モーターカーの動力源として燃料電池を用いる際の水素源をどうするかは、いまだ最終的な結論が出されていない。屋根に巨大な水素ボンベを搭載できない小型車に関しては、改質器によって車上で液体から水素を作ることになるが、この液体として何を使うかという点を巡って、メタノール方式のダイムラークライスラーとガソリン方式のGM−トヨタ連合の間で、熾烈な開発競争が繰り広げられている。技術面では実用段階の試作車(ネカー)を発表しているダイムラークライスラーが一歩リードしていると見られるが、メタノールは燃料供給のインフラが整備されていないため、経済産業省は、既存のガソリンスタンドが利用できるガソリン方式が現実的だと判断したようだ。ただし、ガソリンを改質するには、不純物の硫黄分を取り除いたり、改質温度を高くしたりするなど、技術的に克服しなければならない課題も多く、様子見の状況にある他のメーカーも巻き込んで合意が形成されるまでには、まだ時間が掛かりそうだ。
【参考】エネルギー効率の向上燃料電池車についてのQ&A
有明海のノリ被害 深刻に(01/02/06)

 全国の4割を占めるノリの産地として知られる有明海で、養殖ノリが黒くならない「色落ち」被害が広がっている。直接の原因は、リゾソレニアという植物プランクトンの異常発生であり、これが海水中の栄養塩を摂取するためノリが“栄養失調”に陥ってしまったわけだ。色落ちの兆候は昨年の12月頃から現れていたが、被害がはっきりしたのは1月に入ってからで、有明海4県のノリ販売額が前年同月に比べて100億円近くも減るという“大凶作”の様相を呈してきた。
 ノリの不作で有明海の問題がにわかにクローズアップされたが、実は、この周辺の生態系が大きく変動していることは、数年前から指摘されていた。一昨年のNHKの特集番組では、タイラギという二枚貝の繁殖数が激減し、タイラギ漁が事実上壊滅したことが報じられた。このほか、クチゾコ・クルマエビ・アサリなども収穫量が大幅にダウンしている。赤潮の発生回数も増加した。生態系は水流や気候のわずかな変化が引き金となって予測不能な動きを示すため、こうした変動の原因を特定することは一般に困難であるが、地球温暖化による海水温の上昇とともに、諫早湾干拓事業が何らかの影響を及ぼしていると推測するのが妥当だろう。諫早湾の干潟では、カイやゴカイなどが湾内の水を浄化する働きをしていたが、干拓によってこれらの底生生物が激減したため、分解されずに残った有機物を餌とするプランクトンが増殖したとも考えられる。今の段階で諫早湾の水門を開放しても生態系を元に戻す効果があるかどうか疑わしいが、人間が生態系の振舞いをコントロールできるという奢りを捨てて善後策を講じなければならない。
【参考】湿地干拓
ヒトの遺伝子は3万数千個?(01/01/22)

 ヒトのゲノム(DNAの全塩基配列)は2000年6月にほぼ解読されたが、巨大なDNA分子の上にとびとびに存在している“遺伝子”についてはまだ謎が多く残されており、その総数も、10万個前後ではないかという“定説”があるものの、はっきりしたことはわかっていない。科学者の仲間うちで賭けの対象にもなっているこの問題に対して、最近、いくつかの注目すべきデータが得られ、定説より大幅に少ない3万数千個ではないかという説が有力になってきた。いくつかの研究チームは、次のような予測値を発表している(1月22日付け日経新聞より)
理化学研究所ゲノム科学総合研究センター34000
米セレーラ・ジェノミクス社35000-36000
仏ジェノスコープ研究所27700-34300
米ワシントン大学35000
仮にヒトの遺伝子総数を3万5千個とすると、大腸菌の8倍、ショウジョウバエの2.5倍となり、体の大きさの割に遺伝子が少ないと言える。
 遺伝子は、しばしば「生物の設計図」と言われるが、これはあまり適切な表現ではない。遺伝子が規定しているのは、あくまで「特定の状態をとっている細胞がある環境下に置かれたときにどのような反応をするか」であって、それぞれが自律的な活動をしている数十兆の細胞が寄り集まって最終的にどんな生物ができあがるかは、環境との複雑な相互作用に根本的に依存しているのである。遺伝子の総数が予想より少ないという上の結果が正しいとすると、各細胞は、同じタンパク質(正確にはその前駆物質)を“使い回し”することによって複雑な機能を実現していると考えられる。
 近年、バイオテクノロジーが発展し、人間の遺伝的疾患──その中には、高血圧やガン、痴呆症が含まれる──も遺伝子治療によって克服できるのではないかという希望的観測を口にする科学者も現れてきた。だが、個々の遺伝子が単一の機能を受け持っているのではなく、複数の役割を担っているのならば、疾患をもたらすような一部の側面だけを見てこれに手を加えることは、きわめて危険な行為であると言わざるを得ないだろう。
【参考】遺伝子操作による医療
サルの遺伝子操作に成功(01/01/12)

 米オレゴン健康科学大学の研究者は、世界で初めてサルの遺伝子操作に成功したと発表した。それによると、アカゲザルの卵細胞にウィルスを使ってクラゲの遺伝子を導入し、人工授精後に雌ザルの子宮に戻したところ、3匹の子ザルが誕生、うち1匹に外来遺伝子が組み込まれていることが確認されたという。これまで、マウスなどの遺伝子操作は日常的に実施され、医薬品開発などに利用されていたが、霊長類の遺伝子操作に成功したのは初めてである。成功のカギは、遺伝子のベクター(運び手)として運搬能力に優れたウィルスを利用したことにあったようだ。
 現在、動物に対する遺伝子操作は、主に人間の医療に応用することを目的として進められている。具体的には、
  1. 高血圧やアルツハイマー病など人間と同様の疾病を持つ実験動物を作り、治療法の開発に役立てる。
  2. 遺伝子操作によって拒絶反応を抑制し、心臓・肝臓などの移植用臓器の供給源とする。
  3. 薬理効果のあるタンパク質をコードした遺伝子を組み込み、ミルクや尿から医薬品の成分を得る。
などの利用法が考えられている。しかし、この分野の技術が進むと、肉質の優れた肉牛やDHAを分泌する乳牛などを遺伝子操作で作成し、これをビジネスに利用することも可能になるだろう。また、今回、サルに対する遺伝子操作が成功したことから、同様の方法を人間に適用して、生まれてくる子供の遺伝病を卵細胞の段階で治療してしまうといった試みも行われるかもしれない。こうした新しい技術が、安全面・倫理面から見てどこまで許されるのか、慎重に検討する必要がある。
【参考】動物の遺伝子操作
日本学術会議、セレーラ論文の掲載中止を要求(01/01/08)

 日本学術会議は、米バイオベンチャーのセレーラ・ジェノミクス社が米科学誌「サイエンス」で発表を予定しているヒトゲノム関連の論文に対し、重要なデータを公開していないとして掲載に反対する姿勢を明らかにした。セレーラ社は、昨年6月にヒトゲノムの解読を完了したと発表、これに関連する論文をサイエンスに投稿している。科学論文においては、公開原則に基づいて追試に必要なデータを全て公表するのが一般的だが、今回の論文では、塩基配列の詳細は明らかにされない見込みである。セレーラ社にとって、塩基配列のデータは、今後、製薬会社などに有償で提供する重要な財産であり、おいそれと無償公開はできないということのようだ。こうした態度に対しては、日本学術会議のみならず、科学の成果は万人に共有されるべきだとする多くの研究者から、批判の声が挙がっている。
 アメリカでは、IT分野に続く成長産業としてバイオビジネスが脚光を浴びているが、ヒトゲノムに関しては、人間の体内にあって究極のプライバシーとも言える情報を、ビジネスの道具にして良いのかという疑問が常につきまとう。しかし、セレーラ社がコンパック社などのバックアップの下に国際共同研究の「ヒトゲノム計画」を出し抜いたことからもわかるように、ビジネスが絡むことによって研究開発が促進されることもまた事実であり、単純に非営利の方が好ましいとも主張できない。今後、遺伝子情報に基づくテーラーメイド医療や発症前診断が盛んになるにつれて、この問題はいっそう複雑になってくると予想される。
【参考】ヒトゲノムの解読と遺伝子診断
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