◆気になる(オールド)ニュース(2006年)
◎表紙ページに随時掲載している「気になるニュース」の2006年分です。
犯罪目的のPCウィルスが増加(06/12/29)

 トレンドマイクロ社が発表した2006年度ウィルス感染被害レポートによると、日本国内における感染被害報告数は88,106件となり、前年の件数(41,749件)に比べて倍増している。こうした広義のウィルス(スパイウェアやトロイの木馬などを含む不正プログラム全般)の多くは、もはや単なるイタズラではなく、情報の搾取や不正アクセスの足場づくりといった明確な目的をもって作成されており、犯罪性が強まっている。画面に派手なメッセージを表示する古典的なウィルスとは異なり、ユーザが感染していることに気がつかないケースも多く、長期間にわたって情報の流出や不正アクセスが続いてしまう。中には、インターネットを介して自分自身をアップデートする高度なウィルスも存在する。ただし、今年前半にマスコミを賑わした暴露ウィルス(Winnyなどのファイル交換ソフトがインストールされているパソコンから情報を流出させるウィルス)は、古典的な愉快犯によるもので、犯意の乏しいイタズラが重大な結果を招くというネットワーク社会の特性を改めて浮き彫りにした。
 一方、アメリカやヨーロッパでは、ゾンビマシンが猛威を振るっているという。ゾンビマシンとは、ウィルスに乗っ取られて外部から操られるようになったパソコンのことで、迷惑メールの送信を行ったりサイバー攻撃の足場として利用されたりする。Commtouch社の推計によると、ゾンビIPアドレスは全世界で600〜800万に上り、毎日50万台のゾンビマシンが新たに登場する。同社は、全メールの9割を占めると言われる迷惑メールのうち、およそ85%がゾンビマシンから送信されると見ている。
 コンピュータ・ウィルスは、もともとプログラマの“お遊び”から生まれたものである。1988年に ARPA ネットに侵入して(当時としては)大きな被害をもたらしたワームは、大学院生がイタズラ目的で作成しており、コンピュータがダウンしたのは、重要なファイルを破壊されたからではなく、単に増殖したワームにメモリを食い尽くされたためである。現在のウィルスは、こうした愉快犯的なものに比べて遥かに悪質であり、手口も巧妙になっている。ウィルス被害を防ぐためには、個々のユーザの努力だけでは不充分であり、公的なサイバーポリスによる組織的な捜査を積極的に進める必要がある。
【参考】IT社会の脆弱さ
Winny開発者に罰金刑(06/12/13)

 ファイル交換ソフトWinny を開発し著作権侵害の幇助罪に問われていた被告に対し、京都地裁は、罰金150万円(求刑懲役1年)の判決を下した。被告は控訴する方針。
 ファイル交換ソフトが問題視されるようになったのは、CDからコピーした音楽ファイルの交換を主たる目的とした Napster が世界的に流行した1999年頃から。Napster は最盛期には数千万人のユーザに利用されたが、セントラル・サーバに蓄えられたファイル所有者のリストを利用してファイル交換を行う方式だったため、米連邦高裁によってサーバを運営するナップスター社の著作権侵害が認定され、サービス中止に追い込まれた。Napster を使って音楽ファイルを無料で多数入手していたユーザは、全米レコード協会から提訴され、かなりの人が数千ドルの和解金を支払わされることになった。こうして、企業が運営するファイル交換サービスは下火となる。しかし、サーバを使わない純然たる P2P(ピア・ツー・ピア)方式のファイル交換ソフト(Gnutellaなど)が開発され、個々のユーザ同士が直接ファイルを交換するようになると、取り締まりの困難さもあって、映画やゲームソフトの交換が横行し始める。日本では、ファイルを暗号化し大元の送信者を特定しにくくした Winny に人気が集まり、数十万人が利用した。
 日本の著作権法では、個人が楽しむために著作物をコピーすることは許されているが、不特定多数のユーザ向けに映画や音楽のファイルを公開することは、著作物の送信権を侵害するので明らかな違法行為である。インターネットに接続された環境下で Winny を使用すると、交換するファイルの一部が多くのパソコンにコピーされ、それが新たな送信元となるため、ダウンロードしているだけのつもりであっても、著作権侵害に荷担する結果となる。Winny は、こうした著作権侵害の横行を招いたソフトではあるが、その一方で、効率的にファイル交換を行えるという利便性もあり、著作権の問題さえクリアされれば利用価値は高い。Winny 開発の責任を問うことは、著作権侵害の事実と技術的可能性の双方への目配りが要求される難しい案件である。
 Winny 開発者を有罪とした今回の判決の背景には、アメリカに端を発するデジタル著作権重視の流れがあるだろう。アメリカでは、デジタル化されたデータのコピーなどを厳しく規制するデジタルミレニアム著作権法が2000年から施行され、映画や音楽の海賊版に対する取り締まりを強化している。2005年には、音楽・映画のファイル交換ソフトの開発が著作権の侵害を助長しているとして、米連邦最高裁が開発会社の責任を認める判決を出した。「ベータマックス訴訟」の最高裁判決(1984)では、家庭用VTR の販売は著作権侵害の幇助に当たらないとされたが、ファイル交換ソフトは、不特定多数の人がデジタルデータを次々とコピーするために使われるので、個人が1本のコピーを作成する VTR とは質的に異なると判断されたようだ。アメリカでは1100万世帯がファイル交換ソフトを利用しているとの調査結果もあり、映画・音楽業界にとって、断固たる態度をとらざるを得ない問題なのである。
 Winny の開発者が、著作権を侵害するファイル交換が行われることを承知の上でソフトを作成・公開したことは、2ちゃんねるの書き込みなどからほぼ明らかである。Winny による著作権侵害の横行が事実である以上、その幇助罪が成立するという見方には、それなりの正当性がある。また、著作権侵害を積極的に勧めたわけではないので、量刑を懲役ではなく罰金にとどめたことも、充分に理解できる。しかし、Winny で交換される海賊版を作成した著作権侵害の“主犯”をわずか(判決で触れられたのは2人)しか逮捕していない中で、技術者の罪を先行させたやり方がベストだったのか、割り切れなさも残る判決である。
【参考】ネットワーク犯罪
ポロニウムで暗殺か?(06/12/03)

 ロシア国家保安委員会の元幹部リトビネンコ氏がロンドンで変死した事件で、死因は放射性物質ポロニウムによる多臓器不全と見られ、暗殺の可能性も浮上してきた。同氏は、11月1日に入院し23日に死亡したが、その直前に尿からポロニウム210が検出されていた。
 ポロニウムは、1898年にキュリー夫妻がウラン鉱石から発見した原子番号84の元素で、夫人の故郷ポーランドにちなんで命名された。安定な同位体は存在せず、全てのポロニウム(208Po、209Po、210Poなど)が放射能を持つ。半減期138.376日でα崩壊して鉛に変わるポロニウム210は、ラジウム226やプルトニウム239に比べて半減期が短いため、1グラムあたりの放射線量が多い。α線は皮膚角質層でブロックされるので体外にあるときの危険性は小さいが、体内に入ると深刻な被曝を引き起こす。放射線の50%致死線量を4シーベルトとして単純に計算すると、吸引した場合のポロニウム210の致死量は、約1億分の1グラムとなる(経口摂取した場合はこの数倍)。
 α線は物質に吸収されて熱に変わりやすいので、ポロニウムを人工衛星や月面探査車のエネルギー源として利用することもある。ポロニウムは自然界にはほとんど存在しない(ウラン鉱石中にごくわずかに存在)ため、必要な分は、ビスマスに中性子線を照射することによって人工的に生産される。このとき原子炉か粒子加速器を用いることから、大型の装置を備えた施設でしか生産できない。アメリカではオークリッジ国立研究所で作られるが、ロシアでの生産体制は不明。
 放射性物質を殺人に用いる場合、投与から死亡までに時間が掛かるという特徴がある。致死量を大幅に上回る放射性物質を投与したとしても、通常は直ちに死亡するわけではない。染色体が放射線によるダメージを受け、腸上皮細胞や造血細胞などの再生系細胞が増殖能力を失い、少しずつ、しかし確実に死に向かうことになる。もっとも、放射性物質の使用が疑われたときには、放射能検出器によってごく微量の同位体まで検出可能なので、犯行が露見するだけでなく入手経路が特定されやすい。
ネアンデルタール人は現代人と交わらなかった?(06/11/18)

 ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルターレンシス)の骨から採取した核DNAの解読により、現代人(ホモ・サピエンス)との混血に関する議論が大詰めを迎えている。
 1856年、ドイツのネアンデル谷で最初の化石が発見されたネアンデルタール人は、約20万前に出現し2万数千年前までヨーロッパを中心に生息していたヒト(Hominidae)の一種で、一部では複雑な石器や骨を使った装飾品を製作する知的な文化を発達させた。当初は、現代人よりがっしりした骨格と短い四肢を持つ別系統の存在と見なされていたが、その後の研究で、こうした形態学的特徴の多くは寒冷な気候に適応した結果だと考えられるようになり、現代人との近縁性が強調されるようになる。一時は、ネアンデルタール人が現代ヨーロッパ人に進化したとの学説も現れたが、1997年、ネアンデルタールの化石から抽出されたミトコンドリアDNAの塩基配列が現代人と大きく異なっていることが判明し、ネアンデルタールがわれわれの直接的な祖先である可能性は否定された。しかし、1998年にポルトガルで発見された2万4500年前の4歳児の化石は、ネアンデルタール人と現代人の特徴を併せ持っており、両者が広く混血していたとの見方が浮上する。さらに、ルーマニアで見つかった3万5000年前の化石も、下顎はネアンデルタール人の、頭頂部は現代人の特徴を兼ね備えていることが示され、混血説を巡る論争が盛んになった。
 こうした論争に一石を投じたのが、Science誌11月17日号に発表された米独研究チームの論文(J.P.Noonan et al., Science 314 (2006) 1113)である。この論文によると、ネアンデルタール人の核DNAの塩基配列を現代人のものと比較した結果、両者は70万6000年前に共通の祖先から分かれ始め、解剖学的に現代人と同定される種が登場する前の37万年前に完全に分離したことが判明したという。研究に用いられたのはクロアチアで発見された3万8000年前の化石で、既にバラバラになっていたDNAを最新の方法で解析し、6万5250の塩基対を復元した。この塩基対に関して、ネアンデルタール人・現代人・チンパンジーとの間で共通部分と異なる部分を比較し、統計学の手法によって分岐時期を導いた。ただし、試料のDNA欠損のため誤差が大きく、70万6000年という数値は、95%の信頼度では46万8000年から101万5000 年の範囲になる。また、特定のモデルを用ってシミュレーションを行うと、現代人の多様性にネアンデルタールとの混血が寄与している割合はほぼゼロという結論になるが、誤差のせいで必ずしも確定的でない。
高校履修漏れ、対応策固まる(06/11/03)

 全国に拡がっている高校必修科目の履修漏れに対して、文部科学省は対応策を教育委員会等に通知した。それによると、全体の8割を占める70コマ(2単位、1コマは50分授業)以下の履修漏れに対しては、50コマ程度の補習に加えてレポート提出を課すことになりそう。70コマ以上の履修漏れに対しても、70コマの補習プラスレポート提出があれば、校長の裁量で卒業ができる。通常の授業でも多くの高校が3分の1程度までの欠席を認めていることから、補習時間を規定コマ数より少なくする救済策が講じられた。
 今回の履修漏れ騒動は、受験対策に偏る高校での授業のあり方に加えて、学習指導要領の不備が背景にある。私大入試の場合、文系では英語+国語+社会1科目、理系では英語+数学+理科1科目という科目設定になることが多いが、文系で選択される社会の科目は、暗記項目が比較的少なくて済む地理か日本史が好まれ、世界史選択者は少ない。にもかかわらず、社会科での選択の自由度が理科に比べて小さく、世界史が必修になっていることが履修漏れを生むきっかけになった。そもそも、社会科という教科は現在ではなぜか地歴と公民の2つに分割され、各教科での必修科目が次のように定められている:
地歴世界史は必修、日本史か地理のうち1科目必修
公民現代社会または倫理・政経のいずれか必修
(A,Bの区別は省略した)

これに対して、理科は、「理科基礎,理科総合A,理科総合B,物理I,化学I,生物I,地学Iのうちから2科目必修」となっており、選択の幅が広い(理系教科として1999年から導入された情報は「情報A,情報B,情報Cのうちから1科目必修」と制限が厳しく、この科目についても未履修がかなり報告された)。世界史を必修科目として特別扱いしたのは、「歴史的思考力を培い、国際社会に主体的に生きる日本人としての自覚と資質を養う」ことが目的だとされるが、「歴史イコール暗記科目」と誤解される現状のままでは、この目的が達成されるとは考えにくい。理科の分野に携わる者としては、社会に関しても、現代社会と地理を通時的な現代史と共時的な社会学(文化人類学や消費社会学を含む)および国際関係論に分割・再編した総合科目を数科目新設し、地歴・公民の旧科目を併せた中から2〜3科目を選択必修にする方が妥当だと思われる。
 履修漏れが起きたもう1つの理由は、授業時間数の不足にある。かつては、受験を重視する進学校であっても、全科目を履修した上で、さらに受験対策の授業を週に何回か行うだけのゆとりがあった。しかし、授業時間数を削減する「ゆとり教育」のせいでゆとりがなくなり、遂には必修科目の授業を圧縮せざるを得ないところまで追いつめられたようである。義務教育でない高校教育に関しては、文部科学省が細かく授業内容を規定する必要はなく、授業時間数を含めて多くを現場の裁量に任せるべきだろう。
北朝鮮、核実験を強行(06/10/10)

 北朝鮮の朝鮮中央通信は「地下核実験を安全に成功裏に行った」と発表した。正確な爆発規模は不明だが、韓国地質資源研究院によるとTNT火薬で0.4〜0.8キロトン相当であり、TNT15キロトン相当の広島型原爆と比較すると、かなり小さい。
 原爆には、長崎に投下されたプルトニウム型と広島に投下されたウラン型の2つのタイプがある。プルトニウム型は、原子炉を使って燃料となるプルトニウムを比較的容易に生産できるが、起爆装置の製造が技術的に難しい。一方、ウラン型は、起爆装置は簡単に作れるが、超高速遠心分離器によってウランの高濃縮を行わなければならないため、核燃料の生産が困難である。今回の実験でどちらのタイプが用いられたかは発表されていないが、北朝鮮では、これまで原子炉によるプルトニウムの生産が行われてきたため、プルトニウム型である可能性が高い。
 プルトニウムは、きわめて核分裂を起こしやすい元素であり、臨界質量まで圧縮すると直ちに核爆発を起こす。圧縮が均質に行われないと、臨界状態に達した部分が先に爆発して核分裂前のプルトニウムを吹き飛ばしてしまうため、大規模爆発には至らず、“未熟な爆発”と呼ばれる小規模な爆発に終わる。プルトニウムを均質に圧縮するためには、マンハッタン計画で開発された爆縮と呼ばれる技術が用いられる。これは、プルトニウムの周囲を取り囲むように配置された火薬を正確に同期された点火装置で爆破し、その際に生じる衝撃波で瞬間的にプルトニウムを圧縮するという高度な技術である。北朝鮮では、数年前から爆縮による起爆装置の開発が進められてきたようだが、今回の核爆発の規模がかなり小さかったことから、爆縮に失敗して“未熟な爆発”に終わったと見られる。
 アメリカやロシアでは、小型のプルトニウム型原爆を搭載した核ミサイルが配備されているため、北朝鮮でも、テポドンなどの弾道ミサイルに核弾頭が取り付けられるのではないかと心配する人が少なくない。しかし、今回の実験で起爆装置がきちんと作動しなかったとすると、北朝鮮の核技術は小型の核弾頭を製造できる段階にはほど遠いと言える。弾道ミサイルの実験にたびたび失敗していることを考えあわせると、当分の間、核ミサイルを恐れる必要はないだろう。
ソニー製電池、全世界で回収へ(06/09/30)

 ノートパソコンに搭載されているソニー製リチウムイオン電池が過熱し発火事故を起こしたことから、これを回収・交換する動きが全世界で拡がっている。8月にデルとアップルが電池の回収を決定した時点で、ソニーは、この2社のパソコンとの相性が問題であり、これ以上のトラブルは発生しないと発表していた。しかし、その後、レノボ製パソコンでも同様の発火事故が起きたことからソニーの信用が揺らぎ、東芝、富士通なども相次いで回収を決めた。回収費用は500億円を超える見込みで、電池が主力製品である同社電子部品部門の営業利益を上回る。事故原因は、製造過程で電池内部に混入した金属微粒子がショートを起こすためと見られるが、充電時に過剰な電圧が加わることが一因だとする見方もあり、必ずしも解明されていない。
 1990年にソニーが世界に先駆けて商品化したリチウムイオン電池は、携帯電子機器のキーテクノロジーである。携帯電話のほぼ全ての機種で採用されているほか、ノートパソコンでも利用が進んでいる。リチウムイオン電池の特長は、従来のニッケル水素電池などと比べて、高電圧で寿命が長い割に小さいこと。携帯電話が、かつての「弁当箱サイズ」から現在の大きさにまで小型化された最大の要因が、ここにある。その一方で、過充電によって加熱しやすいという性質があり、取り扱いが難しい。このため、リチウムイオン電池を搭載する電子機器には、マイクロコンピュータで電圧を制御する保護回路が組み込まれており、過充電を防ぐように工夫されている。今回のソニーのケースは、こうした技術改良を通じて安全が確立したと思われていた分野で、製造過程での不純物の混入という初歩的なミスが引き起こした大失態である。
 携帯電子機器の高機能化が進んでいる現在、電源に対する要求はどこまでも高くなる傾向にある。サービスを考案するソフトウェア技術者は、あまり電源のことを考えず、高輝度カラー画面のような高電圧を必要とする部品を組み込みたがるからだ。今回の事故を良い教訓として、電源こそ電子機器の要であるという道理をもう一度思い出してほしい。
ドイツでリニア衝突事故(06/09/24)

 ドイツ北西部にある高速リニアモーターカー「トランスラピッド」の実験線で、乗員・乗客31人を乗せた試験車両が清掃用の作業車両と衝突、23人が死亡した。ドイツでは1998年に、新幹線 ICE が走行中の車輪破損のため脱線、橋脚に激突して死者101人を出すという惨事が起きており、相次ぐ超高速鉄道の事故に、鉄道技術先進国の威信が揺らいでいる。
 事故を起こしたトランスラピッドは、推進にリニアモーターを利用する磁気浮上方式の超高速列車で、一般にリニアモーターカー(和製英語)と呼ばれる(技術者はマグレブと呼ぶことが多い)。低速のものは1980年代にイギリスで実用化されたこともあるが、超高速のリニアモーター・磁気浮上方式鉄道は、ドイツと日本だけで開発が続けられてきた。2002年には、ドイツが技術供与した上海トランスラピッドが営業運転を開始した。空港から市街地までの33kmを最高時速430kmで約8分かけて走行する。トランスラピッドは、常伝導電磁石の吸引力を利用して常に軌道から5〜8mm程度浮き上がる方式で、超伝導電磁石の誘導反発力を利用して高速走行中のみ10cm程度浮上する日本のJR方式とは異なる。トランスラピッドの方がJR方式よりランニングコストが安いが、浮上間隔が小さいため、大地震などの際に軌道と車体が接触する恐れがある。
 今回の事故の原因はまだ判明していないが、管制センターが軌道上に作業車両があるという情報を把握しないまま、コンピュータによる無人運転を始めたようだ。捜査当局は人為ミスの可能性が高いとしているものの、通報システムなどの技術的欠陥が原因だとすると、アメリカ・中国などに対して進められている今後の販売計画に深刻な打撃を与えることは避けられない。
 超高速リニアモーターカーは、できるだけ直線に近い軌道を確保しなければならず、都市部で開業しようとすると土地収容だけでも莫大なコストが掛かる。日本では、「飛行機より遅く、新幹線よりアクセス難で、どちらよりも料金が高い」ことが予想されるため、長距離での営業開始は絶望的。短距離でも、開業コストの回収が望める地域は皆無に近い。ドイツでは、ミュンヘン空港と市街地の間の40kmを結ぶ路線の開発計画が煮詰まっていたが、今回の事故で白紙撤回となりかねない。新たな都市開発を進める新興国などでの需要があるため、技術開発は続けた方が良いとの見方も強いが、収益性・安全性・利便性の全てを見据えた上でリニアの今後を考えていくべきだろう。
アメリカで遺伝子組み換え作物拡大(06/09/20)

 アメリカにおける遺伝子組み換え作物の作付け面積が拡大し、ダイズの89%、トウモロコシの61%を占めることがわかった(2006年09月20日付日本経済新聞より)。いずれも、6年前の調査より35ポイント程度増大している。日本では、重量比で原料の5%以上に遺伝子組み換え作物を使用する食品の多くに表示義務が課せられているが、消費者に嫌われるために、大手食品メーカーは、少々コスト高になっても非組み換え原料を調達しているところが少なくない。ただし、醤油・食用油など表示義務のない食品には、かなりの割合で組み換え原料が混入していると推定される。
 アメリカで遺伝子組み換え作物が広く栽培されているのは、農家にとってメリットが大きいためである。特に作付け面積が多いのが、除草剤耐性作物(特定の除草剤に耐性があるため、この除草剤を大量に散布すれば組み換え作物以外の雑草を根絶できる)と害虫抵抗性作物(殺虫成分を分泌する遺伝子を持ち、茎の内側など殺虫剤の空中散布では殺せない場所に潜んでいる害虫も駆除できる)で、大手種苗会社が農家向けに種を販売している。アメリカには、ヨーロッパに比べて科学技術の成果を積極的に受け入れる伝統があるせいか、消費者の反発は比較的少ない。もっとも、これは遺伝子組み換え作物が主にダイズのような(アメリカ人にとっての)飼料作物に限られているからであって、遺伝子組み換え小麦や遺伝子組み換え牛の牛肉などが販売されるようになると、アメリカの消費者団体も動き出すかもしれない。
 遺伝子組み換え作物の安全性に関しては、現在なお議論が続いている。認可された食品に関しては、今のところ、具体的な危険性は認められていない。ただし、殺虫成分を産生するなどの余分な代謝活動を強いられる結果として、組み換え作物の栄養価が非組み換えのものと比べて低下している可能性はある(実際に、一部にそうした報告もある)。また、現在の技術では染色体の特定箇所に遺伝子を挿入することができないため、場合によっては、たまたま挿入された箇所の近隣にある重要な遺伝子の機能が阻害され、何らかの悪影響が生じる危険性がないとは言えない。さらに、耐性昆虫の発生や野生種との交雑を通じて生態系にダメージを与えることも考えられる(科学者の多くは、食品としての安全性よりも、むしろ生態系への影響を心配している)。
 遺伝子組み換え技術そのものは、きわめて応用性の高い優れた技術であり、人類にとってプラスとなるさまざまな応用が考えられる。それだけに、農業ビジネスの道具として使われているアメリカの現状には、いささかの不安を禁じ得ない。
【参考】遺伝子組み換え作物
「うるう秒」から「うるう時間」に変更?(06/09/10)

 原子時と天文時のずれを調整するため、これまで数年に1回の割合で「うるう秒」が挿入されてきたが、これを、数百年に1回の挿入で済む「うるう時間」へと変更する案が浮上している(2006年09月07日付日本経済新聞より)。国際電気通信連合の無線通信部門では、6年前からうるう秒についての議論が重ねられており、来年にもうるう時間への変更が正式決定される見通しだ。
 現在、1秒の長さは、原子時計を使って10桁以上の精度で決定されている。一方、地球の自転から決められた1日は、60×60×24秒よりわずかに長い上、他の天体からの重力や地殻変動の影響もあって、不規則に変動している。このため、1日が正確に60×60×24秒であるような時計(原子時)と、天体観測に基づく時計(天文時)は、少しずつずれてきてしまう。このずれを0.9秒以下に抑えるため、数年に1回の割合で原子時計の表示時刻に1秒を挿入し、1日が(60×60×24+1)秒となるようにしたものが、こんにち、世界の標準時として採用されている協定世界時(UTC)である。地球の自転周期が不規則に変化するため、うるう秒の挿入は定期的に行われるわけではない。最初にうるう秒が加えられたのは1972年で、それから10年間は毎年うるう秒が挿入されていたが、その後は実施される年とそうでない年がある。今年(2006年)の1月1日には、1999年以来7年ぶりにうるう秒が挿入され、日本標準時では、9時になる前に8時59分60秒が存在した。
 うるう秒の挿入は、情報通信技術が急速に普及しつつある現在、社会にとって大きな負担となってきている。NTTでは、うるう秒挿入の100秒前から時報の1秒を正確な値より100分の1秒ずつ長くして調整したという。一般に利用されているソフトウェアには、1分が60秒であることを前提としているものも多く、うるう秒が挿入されると誤作動する危険もある。その一方で、電子商取引などで正確な契約時刻の記録を残しておかなければならないケースも増えており、時間の混乱はビジネスに大きなダメージを与えかねない。
 国際電気通信連合無線通信部門は、2006年1月1日のうるう秒挿入に際して、対応に当たった世界各国の事業者から意見を集めており、こうした調査データなどから、数年に1度の割合で不定期にうるう秒を実施することは、デメリットが大きいと判断したようだ。うるう秒からうるう時間に変更されれば、協定世界時の調整は事実上不要になるが、その一方で、天文時とのずれが蓄積されていくという問題もある。
「ストーブから有害物質」で販売店に賠償命令(06/09/01)

 電気ストーブから放出された有害物質によって障害を受けたとして、男性が販売店(イトーヨーカ堂)に1億円の賠償金を請求していた訴訟の控訴審で、東京高裁は、請求を棄却した一審判決を破棄、販売店に500万円あまりの支払いを命じた。
 今回の判決は、欠陥品を巡る損害賠償の裁判としては、いくつかの点で異例のものである。第1に、欠陥が原因となって損害が発生したことの立証が、必ずしも充分に行われていない点。原告側は、カバーに使用された樹脂が熱によって気化し、それが原因となって中枢神経機能障害と後遺症としての化学物質過敏症になったと主張しているが、化学物質の放出と疾病との因果関係が医学的に明確にされたわけではない。換気しない部屋で1ヶ月ほどストーブを使用し続けた後に症状が現れたことから、因果関係があると推定されただけである。第2に、メーカーではなく販売店に賠償命令が出された点。問題となった電気ストーブは、台湾のメーカーが中国で製造したものであり、製造物責任法によれば、製品を輸入した台湾メーカーの日本法人が責任を負うことになっている。出火や爆発ではなく、化学物質の放出という専門知識を要する欠陥に関して、販売業者にまで責任を拡大するのは、あまり一般的ではない。第3に、予見可能性を尋常ではないほど幅広く認めた点。判決では、メーカーに対して「異臭がする」などの苦情が多く寄せられていたことを根拠に、販売店にもクレームがあったと推認し、このクレームから危険性を予見できたはずだと結論しているが、使用開始時に化学物質が揮発して臭いを発する製品は多く、それらとの区別が可能であったかは述べられていない。
 技術の中身が見えにくく欠陥品かどうかわからない工業製品が増えている中で、企業に厳しい法律を使って消費者を保護することは重要である。しかし、法律による保護には、論理の裏付けが必要である。論理を逸脱してまで消費者保護を図ることは、社会にとってプラスにはならないだろう。
冥王星、惑星降格(06/08/24)

 国際天文学連合は、太陽系の惑星から冥王星をはずす決議案を採択した。惑星は、水星から海王星までの8個となる。
 標準的な太陽系形成論によると、太陽系は、「原始太陽系星雲」と呼ばれる円盤状の星雲から生まれたとされる。原始太陽系星雲は、水素・ヘリウムなどのガスを主成分とするが、それ以外に、水・メタン・アンモニアなどの分子や、鉄・ケイ素のような岩石を構成する元素も含んでいる。星雲の中心にガスが凝集して原始太陽ができると、太陽に近い水やメタンの結晶はその放射によって気化し、残った岩石の成分が集まって、水星から火星までの地球型の岩石惑星が形成された。火星軌道の外側には、惑星にまで成長できなかった天体が集まったベルト状の小惑星帯(メインベルト)ができた。それより遠方では、太陽からの放射が少ないために蒸発しなかった水・メタン・アンモニアの結晶が核となり、重力で大量のガスを集めた巨大なガス惑星が生まれた。ただし、太陽から離れるにつれて星雲の密度が低く惑星の成長速度が遅くなるため、天王星と海王星は木星・土星より一回り小さい。成因は必ずしも解明されていないが、海王星軌道の外側には、主に氷でできた小惑星の帯(カイパーベルト)が拡がっている。さらにその外側には、カイパーベルトから弾き飛ばされた天体などが球殻状に分布するオールトの雲があると推測されている。これらをまとめると、太陽系の構成は次のようになっている:
  地球型惑星(4個)−メインベルト小惑星−木星型惑星(4個)−カイパーベルト天体−オールトの雲
 これ以外に、メインベルトに属さない特異小惑星や、カイパーベルト・オールトの雲を起源とする彗星などがある。
 冥王星は、その衛星カロン、海王星の衛星トリトンなどとともに、カイパーベルト天体が海王星の重力で引きずり出されたものと考えられている。カイパーベルトには、発見されたものだけで1000を越える小惑星が存在しており、冥王星と同程度の大きさのものも十個以上あると予想されているので、多くの天文学者は、以前から冥王星を惑星としない分類が妥当だと見なしていた。
 冥王星が惑星に分類されたのには、歴史的事情がある。
 19世紀から20世紀初頭にかけて、アメリカ合衆国は急速な経済発展を遂げていたが、学問・芸術の分野では、依然ヨーロッパより一段格下だと見なされていた。アメリカ国民の間に「ヨーロッパに追いつけ、追い越せ」という意識が高まる中で、資金を投入して巨大望遠鏡を建設すれば直ちに成果が得られる天文学に目が向けられることになる。リック天文台(1888)、ローウェル天文台(1894)、ウィルソン山天文台(1908)が建設され、銀河系の構造・渦巻銀河の運動・アンドロメダ星雲までの距離などに関する新発見が相次いだ。1920年代には、天文学の中心はヨーロッパからアメリカに移ったと言って良い。太陽系に関しては、1846年に英仏の天文学者によって海王星が発見されてから新惑星が見つかっていなかったため、その探索が続けられていた。ローウェル天文台を建設したローウェルは、海王星軌道の観測データが理論的な計算値とずれていることから、その外側に惑星があることを予測、1915年まで探索を行った。1916年にローウェルは死去するが、探索を引き継いだ弟子のトンボーが1930年に冥王星を発見、これが、海王星の軌道を乱した新惑星だと主張した。その後の観測で、冥王星は海王星の軌道を乱すほど質量が大きくないこと、そもそも海王星の軌道が乱れているというデータに誤りがあったことなどが判明したが、冥王星の発見がアメリカの科学水準の高さを示すものとして喧伝されていたため、「冥王星=第9惑星」という見方が定着してしまった。
首都圏で大規模停電(06/08/15)

 14日午前7時35分頃、東京・千葉・神奈川の3都県で140万世帯に及ぶ大規模な停電が発生、鉄道の運行停止・エレベータの閉じ込めなど大きな影響が生じた。原因は、旧江戸川にかかる送電線に浚渫作業に向かうクレーン船のクレーンアームが接触し、送電線を損傷させたこと。作業を効率化するために、航行中であるにもかかわらず、舞浜大橋を超えた地点で安全確認をせずにアームを上げたという。
 今回の停電は、送電線の1ヶ所が損傷するだけで多くの機能がストップするという都市基盤の脆弱さを浮き彫りにしたが、その一方で、2時間20分で全面復旧した点は、東京電力のバックアップ体制が整っていたことを示すものとして評価すべきだろう。大都市圏では、複数の電力供給ルートが用意され、万一の事態に備えている。しかし、貯蔵することができない電気は、常に需要と供給のバランスを取っていなければならず、送電線の損傷のような突発的な事故が発生すると、どこかに大電流が流れないように安全装置を作動させた上で、全体の需給バランスを調整する必要があるため、数分といった短時間での供給再開は難しい。2003年8月14日にニューヨーク・カナダで起きた大停電では、送電のネットワークがうまく働かず、電力供給が再開されるまでに29時間、完全復旧には3日を要した。発電所に近い上位系統の送電線が損傷してから3時間足らずでの復旧は、最善ではないものの、比較的順調だったと言えよう。
 本線とともにバックアップの送電線も損傷したことに対して、フェールセーフが不充分だったとの指摘もあるが、これは過大な要求である。送電線が2系統用意されているのは、主に雷対策のためであり、クレーンの接触といった大型機器による事故は想定されていない。送電施設の二重化や送電線の地下埋設などの方法も考えられるが、ごくまれにしか起きない事故の対策としてはコストが掛かりすぎ、費用対効果が低い。むしろ、個々の施設で停電対策を実施すべきだろう。すでに、病院や高層ビルでは非常電源装置が設置されているが、低層のビルでも、エレベータを最寄り階に停止させる程度の電力を確保しておくことが望ましい。
大戦時の核研究に新資料(06/08/03)

 第二次世界大戦時の日本で行われた原子核研究の一端を伝える資料が、ワシントンのアメリカ議会図書館で発見された(2006年08月03日付日本経済新聞より)。荒勝文策研究室にいた二人の科学者が残したメモで、1941年以降に行われた基礎的な核反応実験のデータなどが記載されているという。
 日本は、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツ・ソ連などとともに原爆開発を目指した国の1つであり、理化学研究所の仁科芳雄を責任者とする陸軍の「ニ号研究」と、京都帝大の荒勝文策を責任者とする海軍の「F計画」が存在したことが知られている。しかし、その内容については不明な点が多く、「実は原爆を製造していた」という怪しげな話(GHQの資料にある)から基礎データにも誤りの多い未熟なものだったという見方まである。また、原爆開発に着手した動機も、技術的に無理だとわかっていながら軍に強要された、基礎研究の継続や徴兵の回避のための隠れ蓑として行ったと言われているものの、戦後の証言に基づく推測が多く、必ずしも信頼できない。1940年代前半に、日本の科学者(特に原子核の研究に携わっていた者)たちが何を考えどのように行動したかについては、よくわかっていないのが現状である。
 荒勝は、日本における原子核実験の第一人者で、1930年代に台北帝大でコッククロフト・ウォルトン型加速器の建設や、これを使って発生させた中性子ビームを原子核に照射する実験を行った。さらに、1939年には、ハーンらによる核分裂発見の報告を受けて、京都帝大で萩原篤太郎とともに核分裂の際に放出される中性子数を計測し、2.6というほぼ正確な数値を得ている(博士号申請に単名の論文が必要だったため著者名は萩原のみ)。こうした業績は、世界の最先端に位置するものである。もっとも、彼の関心は基礎研究に向けられていたようで、核分裂の連鎖反応を利用した爆発物の製造に興味があったとは思えない。海軍が荒勝に原爆開発の協力を要請したのは1942年頃とされるが、今回発見されたメモによって、当時の研究姿勢が少しでも明らかになってほしいものである。
北朝鮮ミサイルの威力は?(06/07/13)

 7月5日、北朝鮮から弾道ミサイル7発が発射され、いずれもロシア沿海州南方の日本海に落下した。1発がテポドン2号で、他の6発は短距離のスカッドか中距離のノドンと推定される。この事件を巡っては、マスコミが過熱気味の報道を繰り広げたが、中には、国民の不安をいたずらに煽るミスリーディングな内容のものも含まれており、技術的な観点から検証が必要である。
 テポドン2号は、射程6000kmに及び、「アラスカやグアムなどアメリカ領土の一部が攻撃可能」だとされる。しかし、これは正確ではない。前身となるテポドン1号を用いて1998年に行った人工衛星の軌道投入実験は、固体燃料に点火する第3段階で失敗している。今回のテポドン2号の発射実験も失敗に終わったと見られており、北朝鮮は、大陸間弾道ミサイルの打ち上げに必須の第3段階の実験に1度も成功していない。「アラスカが攻撃可能」とは、「多額の資金を投入して技術改良に励んだ場合」という仮定の話である。
 日本にとって、さしあたって脅威となるのは、中距離のノドン・ミサイルである。ノドンは、800kgの弾頭が搭載可能で、射程は1000kmを越え、日本全土が攻撃可能だと言われる。CEP(半数命中半径;発射したミサイルの半数が収まる円の半径)は2〜3km程度(ただし、新型ノドンでは改善されている可能性がある)。CEPが大きくピンポイント攻撃が困難なので、戦術的に効果を上げるためには、弾頭の威力を高めるか、多数のミサイルを連射する必要がある。しかし、技術的な限界から、そのいずれも難しい。一部の論者は核弾頭の存在を懸念しているが、ミサイルに搭載可能な小型の起爆装置を開発するには多額の資金と高度な技術が必要であり、現在の北朝鮮には不可能と言えよう。化学兵器・生物兵器の搭載も技術的な困難がつきまとう上、国際的な非難を免れ難いので、破壊力が限定的な高性能炸薬しか用いられないはずである。また、ノドンは注入に手間の掛かる液体燃料を使用しているため、多数のミサイルが次々に撃ち込まれる可能性も小さい。ノドンの威力は戦術的にはそれほど大きくなく、むしろ相手に恐怖心を抱かせるための戦略兵器と見なすべきだろう。
 一方、北朝鮮に対抗するために日本でもミサイル防衛網を整備しようとの動きもあるが、これも実状を正しく理解しておく必要がある。湾岸戦争の際には(マスコミに流された虚報とは裏腹に)アメリカ軍はイラクからのミサイルをほとんど撃ち落とせなかったものの、現在では、技術の向上によって迎撃可能性は増している。しかし、高い確率で撃ち落とせるのは、あくまでスカッドのような速度の遅い短距離ミサイルに限られており、移動式で発射ポイントを特定できず大気圏外から超音速で落下してくるノドンを迎撃するのは不可能に近い。ノドンを迎え撃とうと1兆円以上を掛けてミサイル防衛網を整備しても、よれよれの矛とぼろぼろの盾を突き合わせるようなもので、新たな“矛盾伝説”を生み出すのが関の山である。
血液製剤の過去と未来(06/06/25)

 大阪地裁は、21日、全国5地裁で起こされた薬害C型肝炎事件の集団訴訟に対する初の判決で、C型肝炎の感染とフィブリノゲン製剤の投与との間の因果関係を認め、国と企業に対して賠償金の支払いを命じた。売血によって得られた血漿中にC型肝炎ウィルスが混入しており、ウィルスの不活化処理も不完全だったため、これを原料として製造された血液製剤中にウィルスが残存し感染を引き起こしたとされる。
 血液製剤とは人間の血液から作る医薬品の総称で、血漿に含まれるタンパク質の一種フィブリノゲンを主成分とするものがフィブリノゲン製剤と呼ばれる。このほかにも、感染症などの治療に用いる免疫グロブリン製剤や、血友病患者に投与する血液凝固因子(第VIII/IX因子)製剤などがある。感染リスクが高いとされる売血(有償採漿)による原料の調達は、日本国内では1990年まで行われていた。また、現在に至るまで、安定供給のため売血を行っている国からの輸入に頼っており、「国内自給が基本」と定めた「安全な血液製剤の安定供給の確保等に関する法律」(1956)の目標は達成されていない。こうした中で、今回判決が出されたC型肝炎の事件や、1970年代後半から80年代にかけて血友病患者が汚染血液製剤によってエイズウィルスに感染した薬害エイズ事件などが起きたわけである。
 血液製剤による薬害を避けるには、病原体の検査や不活化を徹底させることが必要だが、不特定多数から集める血液の中には未知の病原体が含まれていることもあり、完全を期すのは難しい。そこで、現在研究されているのが、最先端バイオテクノロジーを応用して、血液製剤の成分を人工的に作り出す試みである。
 すでに、インスリンや成長ホルモンなどは、ヒトの遺伝子を組み込んだ大腸菌によって生産されているが、血液凝固因子のような血漿タンパク質は、分子量が大きすぎるなどの理由でバクテリアに作らせることは難しい。そこで、乳腺で発現するためのプロモータを加えたヒトの遺伝子をヒツジやヤギの受精卵に挿入し、人間に必要なタンパク質を乳汁中に分泌させる方法が開発された。日本でも、農業生物資源研究所でヒト遺伝子を組み込んだシバヤギが誕生している。ヒトのタンパク質を作らせる動物は、誕生時から衛生管理に留意しつつクリーンルームで育てることができるので、不特定多数の人間から血を集める場合に比べて、病原体に汚染される危険性が小さい。実用化までにはまだ何年かかかりそうだが、期待の持てる技術である。
 赤血球や血小板のような血球細胞は、再生医療の手法によって作成することが可能である。止血機構を担う血小板をES細胞から作成する試みは、今年、東大の研究チームが世界で初めて成功している。東大の別のチームは、ES細胞から効率的に赤血球を作り出す方法を開発しており、献血に頼らない血液製剤や輸血用人工血液の開発が現実味を帯びてきた。
【参考】動物の遺伝子操作
エレベータに制御プログラム・ミス(06/06/18)

 東京都港区で死亡事故を起こしたエレベータの製造元であるシンドラー社は、1991〜93年に設置した計52基のエレベータで、制御プログラムのミスのため、扉が開いたまま昇降する可能性があると報告した。現在なお欠陥プログラムを搭載したままエレベータは、全国に少なくとも9基あり、同社は早急にプログラムの更新を進める予定。ただし、死亡事故を起こしたエレベータはこの中に含まれず、事故原因はいまだ不明という。
 問題となっているプログラムのミスは、扉が閉った直後(0.25秒以内)に「開」ボタンを押すと、ドアが開いたままで最上階か最下階まで昇降する恐れがあるというもの。この欠陥は93年に発覚、シンドラー社はプログラムの修正を行ったが、修正が必要な製品のリストに漏れがあったり、別の改修を行った際に誤って修正前のプログラムに戻したりしたため、一部製品で欠陥プログラムが残ったままになっていた。
 このケースは、バグのないプログラムを作ることの難しさを改めて教えてくれる。コンピュータ制御される機器の多くは、さまざまな入力デバイスやセンサを備えており、コンピュータの内部状態と入力される信号の組み合わせが作り出すパターンの総数は膨大なものになる。その全てのパターンで正しく動作するようなプログラムを作成することは、現実問題として至難の業である。プログラムのミスは、本来、試運転中に洗い出すべきだが、検証すべきパターン数が多すぎると、どうしても見落としは避けられない。特に、リアルタイムで逐次的に入力がなされる場合は、先に受け付けたタスクの処理がどの段階まで進んでいるかによってコンピュータの応答が異なるため、完璧を期すことは難しい。こうした問題が表面化した有名な例として、1986年に起きた放射線治療機の事故がある。電子線照射のために「e」のキーを押すべきときに、オペレータが誤ってX線照射を指示する「x」キーを押し、さらに、カーソルキーを使って 8秒以内に この誤りを修正すると、X線照射用の高出力で電子線を照射して患者を死傷させる事故を引き起こす。試運転段階では、こうした条件設定でチェックすることまでできなかったため、プログラムのミスが見落とされたという。
 コンピュータ制御は便利な物ではあるが、プログラムのミスをなくすことが難しい以上、万全とは言えない。扉が開いているときにはバネの力でロックが掛かるといった機械的な安全制御も、どこかに残しておくことが必要かもしれない。
【参考】反抗するコンピュータ
「いとかわ」の素顔明らかに(06/06/04)

 昨年、小惑星「いとかわ」へのランデブーを成功させた日本の探査機「はやぶさ」の成果を報告する論文7本が2日付Science誌に掲載され、小惑星の形成過程などに関する貴重なデータが明らかにされた。
 「はやぶさ」は、宇宙航空研究開発機構が2003年に打ち上げた小惑星探査機で、イオンエンジン(イオンを電場で加速して推進力を得るエンジン)をメインエンジンに採用した。小惑星に接近した探査機には、2001年に「エロス」への軟着陸に成功したしたNASAの「ニア」などがあるが、「はやぶさ」では、着陸後に試料を採取した上で地球に持ち帰るというきわめて野心的な挑戦が試みられた。この挑戦には失敗した模様だが、イオンエンジンによる長距離飛行、および、小惑星への微速ランデブーとタッチダウンという難しいミッションに成功しており、宇宙探査史上に大きな一歩を残したと言える。
 Science誌に掲載された論文によると、「いとかわ」は、長さ535 m、幅が294×209 m の細長い形をしており、質量は (3.51±0.105)×107トン。通常のコンドライト隕石の密度が3.2 g/cm3 なのに対して、「いとかわ」は (1.9±0.13) g/cm3 しかなく、内部の間隙率は41%に達する(「エロス」など通常の小惑星の間隙率は30%程度)。これは、大きな母天体が壊れた後に、小さな相対速度で運動する岩石が重力によって再集合して「いとかわ」が形成されたことを示唆する。
 このほか、近赤外線やX線の観測を通じて、「いとかわ」表面が普通コンドライト(LL5かLL6)であることなどが示された。
 「はやぶさ」は、2007年に地球に帰ってくる予定だったが、燃料漏れで姿勢制御が充分に行えなくなり、現在、2010年6月の帰還を目標に調整を続けている。
新型光学顕微鏡でコルジ体の輸送機構解明(06/05/15)

 理化学研究所は、細胞内の構造を生きたままで観察できる新しい顕微鏡システムを利用して、ゴルジ体内部におけるタンパク質輸送機構を解明したと発表した(2006年05月15日付け理化学研究所プレスリリース)。
 利用されたのは、理研と横川電気・NHKなどが共同で開発した高速高感度レーザー共焦点顕微鏡システム。細胞内のナノサイズ(1ナノメートル=10億分の1メートル)の構造を観測するためには、分解能の高い(5ナノメートル以下)電子顕微鏡を用いることが多いが、試料を凍結ないし化学固定するため、生きた細胞の動的な変化を調べられないという欠点を持つ。近年利用されるようになったレーザー共焦点顕微鏡は、試料が発する蛍光を微細なピンホールを通して検出することで、100ナノメートル以下と通常の光学顕微鏡の10倍以上の高い分解能を持つが、感度や測定速度に難があった。新たに開発されたシステムでは、約1000本のレーザービームを同時に試料に照射し、ピンホールを多数開けたディスクを回転させながら超高感度カメラによって画像を得るという方法で、0.01秒という短い間隔で細胞の動的変化を観測することを可能にした。
 ゴルジ体は、小胞体で作られたタンパク質を取り込み、糖鎖の付加などの化学的修飾を行ってから分泌する細胞内器官。偏平な袋状の嚢(シス嚢・中間嚢・トランス嚢)がいくつも重なった構造をしており、その中をタンパク質が輸送される過程で酵素によって修飾される。この輸送がどのようなメカニズムで行われるか、これまで不明な点が多かったが、出芽酵母を用いた今回の観察により、異なる酵素を持つ嚢の膜がダイナミックに融合と分離を繰り返しながら、嚢自体が性質を変化させることが明らかになった。
エゾシカが人気食材に?(06/05/05)

 食害が問題になっているエゾシカが、食材として流通し始めたという(2006年05月05日付毎日新聞朝刊)。北海道では、殖えすぎたエゾシカを間引くため年間数万頭の捕獲が行われているが、捕獲後の有効利用はこれまでほとんどされなかった。しかし、「もったいない」という道民の声を受けて、近年、衛生管理の整った食肉処理施設が開設され、道内を中心に焼肉店に出荷されるようになってきた。
 北海道でエゾシカが食害をもたらすまで増殖した背景には、天敵だったエゾオオカミが19世紀末に絶滅したという事情がある。オオカミやシカを含む動植物は、もともと北海道の原生林周辺で安定した生態系を形成していたが、明治期の開拓民が、鹿肉を得る目的でエゾシカを大量に捕獲する一方、本来の食料を失って家畜を襲い始めたエゾオオカミを毒餌などで駆除してしまったため、生態系が崩壊した。野生のエゾシカは、乱獲と大雪で個体数が激減、1920年に捕獲が禁止されたものの一時は絶滅したと思われていた。しかし、天敵がいなくなったことと、森林伐採によって生まれた周辺の草地が好適な生息域になったことから、戦後になって急速に個体数を回復し、1980年代後半からは、逆に増えすぎて、樹皮を食い荒らす食害が深刻になってきた。現在では、最も被害の多い道東で約20万頭のエゾシカが生息すると推測される。
 エゾシカの食害は、人間による生態系の破壊がいかに長期的な影響をもたらすかを物語る。生態系とは、頂点にオオカミのような捕食者が位置することで安定する。頂点を壊すだけで、生態系全体が崩れてしまうのである。北海道と同じように、増えすぎたエルク(大型のシカ)による食害に直面していた米イエローストーン国立公園では、カナダから数十頭のハイイロオオカミを公園内に運び込むというドラスティックな対策が取られた(日経サイエンス2004年9月号)。2004年現在、オオカミは約10頭ずつの16の群に分かれて生息し、それぞれの群が平均して1日1頭のエルクを捕食している。1990年代には2万頭もいたエルクが1万頭以下に減少したほか、オオカミを恐れてエルクが見通しの悪い地域に立ち入らなくなった結果、その地域でヤナギなどの植生が回復し、ビーバーをはじめとする他の動物の増加につながっているという報告もある。ただし、こうした影響が本当にオオカミ移住の結果なのか、また、安定した状態で継続するのかは、必ずしも明らかではない。
 人間の居住域が森林と近接している日本では、大型の肉食獣を移住させるという対策が成功するとは考えにくい。移住種が生態系に逆に悪影響を与える危険性も小さくない。もし、人間自身が鹿肉を食べることによって捕食者の役割を代行できるならば、自然生態系の回復に代わる比較的好ましい方策と言えるのではないか。これを成功させるためには、個体数などエゾシカの状態を正確に把握し、単に増えた個体を間引くだけでなく、生息域をコントロールして安定した生態系を実現することが必要となる。うまくいけば、人間が自然の生態系と共存する好例となるはずである。
チェルノブイリ事故、最大9000人のガン死者?(06/04/17)

 WHO(世界保健機関)は、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故によってガンを発症し死亡する人が、ウクライナ・ベラルーシ・ロシアの3国で最大9000人に達するとの報告書を公表した。すでに、5000人ほどが放射性ヨウ素に起因すると推測される甲状腺ガンの治療を受けているほか、汚染地域にいる500万人以上の居住者には原因不明の健康被害が多発しているという。
 チェルノブイリ事故の健康被害に関しては、WHOのほかIAEA(国際原子力機関)とUNDP(国連開発計画)が参画した「チェルノブイリ・フォーラム」が、2005年に影響評価報告書を発表、放射線を浴びた周辺住民ら60万人のうち、事故に起因するガンや白血病で3490人の死者が出ると推定した。この数値に対しては、医療関係者などから過小評価ではないかとの疑問が提出されていたが、今回のWHOの報告書では、分析の対象者を、汚染レベルの低い地域の居住者も含めて680万人に拡大している。
 被害の大きさが確定できないのは、放射線被曝の影響が完全には明らかにされていないためである。放射線が人体に与える影響については、主に広島・長崎での被爆者のデータが利用されるが、チェルノブイリ事故の場合は、原発特有の放射性物質を体内に取り込んだことによる内部被曝や、低い線量の放射線を長期にわたって浴び続けるタイプの被曝が多く、利用可能な医学的データが乏しい。これまで、チェルノブイリ事故が原因だと断定できる患者は、急性放射線障害の200人余り、および、通常はきわめて稀な疾患である小児甲状腺ガンの約800人に過ぎず、大半の患者では、事故との因果関係が明確ではない。しかし、事故処理作業員などの間でガン発症率は有意に増加しており、統計的に見ると、事故による健康被害が拡がっていることは確実である。広島・長崎では、被曝後20年を経てガン発症者が増加しており、チェルノブイリ事故の影響は、今後も拡大し続けると考えられる。
【参考】チェルノブイリ原発事故
佐賀県などプルサーマル受け入れ(06/03/27)

 佐賀県と同県玄海町は、玄海原発(九州電力)でのプルサーマル発電実施を受け入れると発表した。プルサーマル発電とは、使用済み核燃料の再処理で回収されたプルトニウムをウランに混ぜたMOX燃料を通常の原子炉で利用する方法で、国の核燃料サイクル政策の中核をなすものだが、データ改竄などの不祥事によって実施計画がたびたび白紙撤回されてきた。
 プルサーマルに対しては、(1)毒性の強いプルトニウムを燃料として使用する、(2)ウラン資源の節約効果がコストに見合うほど高くない、(3)従来のウラン燃料に比べて、発熱量が大きい上に制御棒の効きが少し悪い−−などの理由で批判する人も少なくない。しかし、その一方で、プルサーマルを実施しなければならない喫緊の事情もある。まず、イギリス・フランスに委託して使用済み核燃料の再処理を進めた結果、日本が保有するプルトニウム量が、中韓など周辺諸国から不信を買うほどに大量になったという問題がある。もともとは、大量にプルトニウムを消費する高速増殖炉を稼働させる予定だったが、「もんじゅ」のナトリウム漏れ事故によって高速増殖炉計画は頓挫しており、代わりにプルサーマルを推進する必要に迫られている。再処理を止めてアメリカと同様に使用済み核燃料をそのまま埋設処分しようにも、高レベル放射性廃棄物の最終処分場は候補地すら決定しておらず、施設の完成までには30年近くかかる。
 プルサーマルを実施すべきかどうかは、定量的なリスク評価に基づいて妥協点を見いださなければならない問題の1つである。素朴に考えると、プルサーマルの実施はリスクを増すので、批判があるのも肯ける。しかし、技術が完成していない高速増殖炉に比べると、フランスなどですでに実績があがっているプルサーマルのリスクは、非常に高いというわけではない。余剰プルトニウム及び最終処分場の問題と併せて考えると、プルサーマル実施は、やむを得ぬ選択と言えるかもしれない。
【参考】核燃料サイクルと放射性廃棄物
専門家の過失と罪(06/03/21)

 2001年に起きたニアミス事故で、乗客57人を負傷させたとして業務上過失傷害罪に問われた管制官2名に対し、03月20日、東京地裁は無罪を言い渡した。この事故では、日航907便と同958便が静岡県上空で接近した際、管制官が958便に出すべき降下指示を誤って907便に出した。この直後、航空機衝突防止装置が958便に降下を、907便に上昇を指示したが、907便が管制官の指示に従ったため両機が異常接近、衝突を避けようとして急降下した907便で乗客が重軽傷を負った。裁判長は、「誤った指示は不適切だったが、それだけで衝突を招く危険な行為だったとは言えない」として、刑法上の過失責任を否定した。
 一方、2004年に帝王切開中に大量出血によって患者が死亡した医療事故で、担当した産婦人科医が、業務上過失致死罪、および、異状死の届出義務違反で今年2月に逮捕・起訴されたことに対し、日本産科婦人科学会などは、「故意や悪意のない医療行為に対し、個人の刑事責任を問うのは疑問」と抗議した。地検検事は、「大量出血が予見できたにもかかわらず、癒着した胎盤を無理にはがした判断ミスが原因」と基礎の理由を説明したが、学会側は、「癒着胎盤の症例は少なく事前の診断が困難であり、適切な処置をしても救命できないことがある」と反論している。
 いずれのケースでも、考えられる最善の措置が執られていれば、事故は避けられたと思われる。しかし、高度に専門的な作業においては、各人がいかに努力したとしても、まれに起きるヒューマン・エラーを完全になくすことは不可能だ。誠意を持って業務を遂行していた専門家の過失を、刑法によって断罪することに対しては、批判も少なくない。ニアミス事故では、航空機衝突防止装置と管制官の指示が食い違ったときの方針の決定(この事故を契機に衝突防止装置優先が原則とされた)や、管制官のミスを防ぐ支援システム開発の必要性が示された。また、癒着胎盤のケースでは、人員が足りず輸液が充分に行えなかったことが症状悪化の一因となっており、医師が不足する産婦人科の現状が背景にある。事故後の対策としては、専門家による事故調査委員会によってこうした問題点を明らかにすることが重要であり、たまたまミスを犯した人に罪を押しつけるだけでは、再発防止につながらないだろう。
Winnyで捜査資料流出(06/03/05)

 岡山県警の警察官が使っている私物パソコンから、被害者の個人情報を含む捜査資料が大量に流出したことがわかった。この警察官は、使用していたパソコンが故障したため、許可を得て自宅の私物パソコンにデータを一時的に移動したが、これを消去し忘れたままファイル交換ソフト Winny を利用していたところ、ウィルスに感染してデータ流出が起きたと見られる。Winny を介したデータ流出事件はこのところ多発しており、今年だけでも、海上自衛隊の機密情報、法務省の受刑者名簿、東京地裁の競売関係者名簿、信金の手形決済情報の流出が相次いで発覚した。
 Winny は、インターネット上でファイル交換を行うソフトだが、匿名性を高くするための機能が搭載されており、音楽・映画の海賊版やポルノ画像の交換に利用されることが多い。ファイル交換用フォルダにあるデータは、Winny を使用している不特定多数の人に公開されるため、ここに海賊版が置かれていると、著作権侵害に問われる可能性がある( Winny 開発者は著作権違反幇助の疑いで逮捕された)。また、大量のデータを過剰に送信してトラフィックを逼迫させる。こうしたことから、その使用に批判的な人も少なくない。Winny をインストールしたパソコンが ANTINNY などの「流出型ウィルス」に感染した場合は、パソコン内にあるデータがファイル交換用フォルダにコピーされ、インターネット上に公開されてしまう。ウィルス対策ソフトも作られているが、新種のウィルスが次々と登場し、対策が追いつかないのが現状である。
 Winny による情報流出を防ぐにはどうしたら良いか。最も簡単な方法は、Winny などのファイル交換ソフトを使用しないことである。サーバを使わないP2P(ピア・ツー・ピア)のファイル交換ソフトはそれなりに便利ではあるが、著作権とセキュリティへの対応をきちんと施したソフトが開発されるまでは、使用を控えた方が無難だろう。さらに、重要なデータが記録されている業務用のパソコンと私用のパソコンははっきりと区別し、前者は、ファイル転送などの機能を制限しておくべきである。もちろん、最新版のウィルス対策ソフトをインストールすることも必要である。また、 LAN に接続されたパソコンからWinny を探索して強制的に削除するソフトも開発されているので、セキュリティが要求される組織は、これを利用することも考えられる。
【参考】ネットワーク犯罪
PSEマークでリサイクル混乱?(06/02/26)

 電気用品安全法の猶予期限が3月末で切れるのに伴って、中古家電のリサイクルショップが対応に追われている。2001年から施行された同法によって、自主検査で安全性が確認された電気製品にはPSEマークが付けられているが、5年間の猶予を経た今年4月からは、テレビ・冷蔵庫・洗濯機など259品目に関して、このマークのない製品の販売(個人間の取引を除く)が禁止される。大手リサイクルショップの多くは、すでにPSEマークのない製品の買い取りを取り止めているものの、中小の店舗や消費者には、この制度が周知徹底されておらず、家電の製品リサイクルを巡って混乱が拡がりそうである。
 安全性の確保とリサイクルの推進は共に重要な課題であり、どちらを優先させるかはかなり悩ましい問題だが、今回のケースでは、猶予期間が短すぎたとの見方も根強い。家電は平均して10年程度の寿命があり、このままでは、まだ充分に使えるのに、製品リサイクルのルートが閉ざされることになってしまう。製造物責任法(1995年施行)による責任期間は一般に10年とされるので、メーカは、その程度の期間は安全に使える製品を作っているはずである。事実、家電製品PLセンターに寄せられる年間の事故相談件数は、電気用品安全法の施行以前からたかだか30数件程度に留まっており、PSEマークのないものを早急に排除しなければならない必要性はあまりない。独自検査によるPSEマークの添付や、安全保証を付けた長期レンタルなどによって、旧製品のリサイクルを続けることが望まれる。
東芝、ウェスティングハウスを買収(06/02/07)

 東芝は、英核燃料会社(BNFL)のグループ会社である原子力大手のウェスティングハウスを、総額54億ドルで買収すると発表した。東芝は、これまでGEや日立とともに沸騰水型原子炉を推進していたが、加圧水型原子炉の最大手であるウェスティングハウスを買収することにより、両方式を手がける総合的な原子力事業に乗り出す見込みだ。ただし、1999年にBNFLがウェスティングハウスを取得したときの価格は12億ドルであり、今回の買収金額は高すぎるとの見方もある。
 東芝が強気の戦略に打って出た背景には、世界的な原子力巻き返しの流れがある。アメリカでは、1979年のスリーマイル島原発事故以来、新規の原発発注が途絶えていたが、原子力推進を掲げるブッシュ政権誕生以来、原発建設を再開する機運が高まってきている。1980年代に反原発運動が吹き荒れたヨーロッパでも、温暖化に寄与しない発電方式として原発が見直されつつあり、フィンランドが原発の新規建設を決定、スウェーデンが原発廃止の方針を撤回するなどの動きが見られる。旧ソ連・東欧圏では、電力不足解消のために西側の技術援助を得て原発建設が続けられている。原子力推進の動きが最も活発なのは、日本を除くアジア諸国である。特に中国は、2020年までに30基を新設する方針を掲げ、アメリカ・フランス・日本に次ぐ原発大国になる勢いだ。こうした流れの中で、東芝は、中国とアメリカの原子力需要を見込んで、今回の買収を決定したようだ。
 もっとも、今後に関しては不透明な点も多い。原子力産業にとって最大の難関は、使用済み核燃料の処理問題である。数千年にわたって放射能が残存する高レベル放射性廃棄物となるとともに、再処理によって核兵器の燃料となるプルトニウムを抽出することもできる。安全保障もかかわる技術だけに、アメリカ・中国など各国政府の対応も気になるところである。
【参考】原子力
米国産牛肉に危険部位混入(06/01/22)

 米国から輸入した牛肉に、BSE(狂牛病)の特定危険部位の1つである脊柱が混入していたことが判明、政府は、輸入の再停止に踏み切った。米国産牛肉は、昨年12月、特定危険部位の除去、月齢20ヶ月以下、肉骨粉飼料の規制などを条件に輸入を再開したばかりであり、アメリカの食肉管理体制に対する不信感が高まっている。ジョハンズ米農務長官は、農務省の検査官が「脊柱除去の必要性を認識していなかった」と述べた。
 今回の騒動の背景には、BSEに対する危機意識の差があると考えられる。アメリカでは、飼育頭数に比してBSEの発生数が少なかったこともあって、もともと対策はおざなりであり、国内向け牛肉の場合、月齢30ヶ月以下と判定されれば危険部位の除去も行わずに出荷される。一方、日本では、BSEの発生数は少なかったものの、農水相が不見識な発言をしたこともあって国民の不安が高まり、結果的に、全頭検査など世界的に見ても厳しい規制が導入された(全頭検査に関しては緩和の方針が打ち出されている)。
 域内でBSEが流行したEUでは、早くから食肉規制が進められていたが、近年、その動きが鈍化している。イギリスでBSEが大流行したのは1990年代前半であり、1992年には4万頭近くがBSEと判定された。しかし、1988年から実施されていた肉骨粉飼料の規制などが奏功し、これ以降、BSEの発生数は急減、2005年には150頭余りに留まった。一方、BSE感染牛を食した結果と推測される変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の死者数(疑わしいケースを含む)は、2000年の28人をピークに減り続けている。1992年のBSEのピークと2000年のvCJDのピークの間に強い相関があるとするならば、飼料規制などの措置によってBSEの危険性は大幅に低減したと考えられる。これを受けて、ヨーロッパ各国では、BSE対策としての食肉規制を緩和し始めている(骨付き肉販売規制の緩和など)。日米欧の間で、BSE問題に対する温度差はかなりありそうだ。
 そもそも、BSEとvCJDに関して、科学的に完全に解明できているわけではない。少数派だが、BSEの原因物質がプリオンではないと主張する科学者もいる。さらに、vCJDの死者数がピークを越えたとの見方に対しても批判がある。プリオン病の一種であるクールーなどの症例をもとにvCJDの潜伏期間が十数年以上だとする指摘もあり、今なお多数の潜在患者がいる可能性も否定できない。BSE対策に関しては、科学的なデータを踏まえて慎重に進めることが必要である。
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