前ページへ 次ページへ 概要へ 表紙へ

§2.拡大生産者責任

 環境問題が深刻になるにつれて、社会の各構成員に応分に負担を課すという考え方が定着してきた。工業製品に関して言えば、従来は、製造→使用→廃棄という一方向的な流れの中で、生産者と使用者の間の取引だけが経済的活動として扱われ、廃棄処分は、自治体が税金を使って行う公共的な仕事だと見なされることが多かった。しかし、経済的なシステムとして循環型社会を実現するためには、生産者・使用者ともに、環境に対して責任を負うべきだという見方が広まっている。リサイクルについては、次のような役割分担となる :

 家電リサイクル法などに盛り込まれた排出者責任の原則に従えば、費用は製品を廃棄する当人(通常は使用者)が負担すべきだということになる。しかし、生産者は、最終的には環境に負荷をかけることになる製品の製造・販売によって利益を得ているので、社会的責任としてリサイクル費用も負担しなければならないという主張もある。

 このように、生産者が製品の廃棄・再生にまで責任を負うという考え方は、「拡大生産者責任(Extended Producer Responsibility)」と呼ばれ、世界的な潮流になりつつある。生産は、単にユーザに喜ばれる高性能製品を作ればよいということではなく、設計段階からリサイクルを念頭に置いた長期的な視座に立って行わなければならない。リサイクルにおいて生産者が果たす役割の大きさを考えれば、持続可能な循環型社会が実現されるかどうかは、拡大生産者責任の考えが社会に根付くかどうかに懸かっていると言っても過言ではあるまい。


■インバース・マニュファクチャリング

 リサイクルの責任を負うとなると、生産者の製品開発戦略は、根本から練り直さねばならなくなる。これまでは、ユーザが望む製品の性能や品質の向上によって売り上げを伸ばすことが第一義的な目標となっていた。しかし、リサイクルを効率的に行うためには、設計段階から「リサイクルしやすい」製品を指向することが必要となる。このように、まず廃棄物を減らすという目標を掲げ、製品寿命が長くリサイクル率が高い製品を設計・生産していくという「逆転の発想」に基づく生産方法を「インバース・マニュファクチャリング」と呼ぶ(この用語はカタカナで表記するのはいささか長すぎるが、適切な訳語がないため、このまま使用させていただく)

 廃棄物を減らし環境負荷を減らすための設計の工夫には、次のようなものがある :


■ライフサイクル・アセスメント

 環境へのダメージを最小限にするために生産者に求められるのは、単に使用後の廃棄量を削減する努力だけではない。製品が環境に与える影響を製造・流通・使用・廃棄のすべての段階において評価し、これに基づいて、トータルに見て環境負荷を最小にするように改善していかなければならない。このような全体的な評価を「ライフサイクル・アセスメント(LCA)」と呼ぶ。インバース・マニュファクチャリングを実施する場合は、あらかじめLCAを行い、全体として環境負荷を最小にすることを目指すのが理想的である。

 LCAは、「環境負荷を減らすためには何が重要か」を明らかにする上で大きな意味を持つ。きちんとしたアセスメントを行わないと、かえって環境にダメージを与える危険性があることを認識しなければならない。例えば、太陽光線を電気エネルギーに変える太陽電池は、自然エネルギーを利用するために一般に「環境にやさしい」製品だと思われているが、古い製品の場合、発電効率が低い割に製造に多くのエネルギーを消費し、また一部製品はカドミウムなどの有害物質を含んでいるため、ライフサイクル全体で見ると、発電エネルギー当たりの環境負荷はかなり大きい。ここ数年、エネルギーの変換効率が上がって、ようやく環境へのダメージが小さいと言えるようになったのである。

 すでにいくつかの大手メーカーは、自主的にLCAを実施している。トヨタ自動車は、エンジンとモーターの2つの動力を備えることにより、ガソリン車特有のアイドリングをなくし、ブレーキを掛けた際に余分な運動エネルギーを電力に変換して蓄電器に貯めるハイブリッド車プリウスを発表して、環境問題に前向きな企業であることをアピールした。これに対して、プリウスは2系統の動力機関を製造するのにガソリン車以上の資源を投入しているのではないかとの批判が寄せられたため、独自にLCAを行い、プリウスのライフサイクル全体での二酸化炭素排出量はカローラ(ガソリン車)より36%少ないというデータを得て、地球温暖化問題に関してはハイブリッド車がガソリン車より「環境にやさしい」ことを実証した。

 ライフサイクル全体で評価したときに環境負荷を小さくするためには、原材料として環境にダメージを与えないものを選ぶことも必要である(もちろん、再生品を使ったために製品寿命が短くなるとしたら、そのプラス・マイナスをトータルに評価しなければならない)。「環境にやさしい」原材料を優先的に購入する方式は、グリーン調達と呼ばれる。キリンビールは、1999年度に60%だった包装資材の再生品使用率を2005年度まで80%にする予定であり、他にも多くの企業がグリーン調達を進めている。以前は、グリーン調達は、化学物質管理の観点から使われている素材の調査を中心に行うことが多かったが、現在では、社員に対する環境教育までチェック対象になっており、取引先の選別に環境経営度を取り入れる企業が増えているという。


■複写機のリサイクル

 すでにメーカーによってインバース・マニュファクチャリングによるリサイクルが進められている製品の代表例が、複写機である。同じようにオフィスで使用されているパソコンなどに比べて、複写機は「リサイクルの優等生」と言われるほどリサイクル率が高い。これは、通常の家電製品やパソコンが買い切り製品で最終的には粗大ゴミないし中古品として使用者側が処分しているのに対して、複写機は、一般にリース契約を結んで一定期間使用するものなので、新製品とリプレースする代わりに旧機種がメーカーに返却されてしまうからである。メーカーとしては、自社の負担を最小限にするために、部品の再使用や素材の再資源化を進めざるを得ない。複写機のリサイクル率の高さは、メーカーがリサイクルに本腰を入れたときの効果がきわめて大きいことを物語っている。

 代表的な複写機メーカーである富士ゼロックスは、年間約10万台(重量で1万8000トン)の複写機を回収しているが、その全素材をリサイクルするシステムを確立した(2000.9.)。1998年9月から複写機100台(約18トン)を使った実験では、リサイクル率99.7%(重量比)を達成、さらに2000年には、リサイクル率99.97%という驚異的な数字を報告している。1990年に年間2000トンの埋立ゴミを排出していた竹松工場では、97年にゼロエミッションを実現した。富士ゼロックスが行ったリサイクル対策は、次のようなものである :

 1999年度のリサイクルコストは92億円で、ゴミゼロ化のためにコストは約2割上昇した。一方、部品の再使用による調達費の抑制効果は63億円であり、リサイクル事業だけに限れば赤字である。今後は、調達費の抑制分を70〜80億円に高めるほか、処理コストの低減化を図り、数年以内にリサイクルの黒字化を目指すという。


■自動車のリサイクル

 現在、家電や建設資材などとともにリサイクル率の向上が強く要求されている製品が自動車である。自動車は、再使用できる部品や再資源化可能な金属素材を多用していることに加えて、鉛やフロンなどの有害物質を使用しており、適正な処理が必要な製品である。

 廃車処理される自動車は年間500万トンに上る。現在、重量比でその75%は次のようにしてリサイクルされている。

  1. 解体業者が使用可能な中古パーツやエンジン、バッテリー、タイヤ、触媒を取り外す
  2. 部品を取り外した車体はシュレッダー業者によって破砕、磁力選別により鉄くずが電炉メーカーに販売される
  3. 残ったプラスチックなどがシュレッダーダストとして埋め立て処分される

 特に問題になっているのが、シュレッダーダストである。これは、破砕処理し鉄などを回収した残りの廃棄物で、鉛などの有害重金属が相当量含有されているため、遮水シートを張って廃水処理するなど環境管理を行う必要がある。95年4月から安定型処分場への持ち込みが禁止され、管理型処分場(処理費用は安定型の3〜5倍)への最終処分が義務づけられた。処理費用が高い上に、一部の処分場でシュレッダーダストの引き取りを拒否しいることもあり、自動車業界は、シュレッダーダストの減量化に尽力している。

 業界がリサイクル推進に向かわざるを得ない背景には、自動車に対する風当たりの強さがある。環境団体は、地球温暖化や大気汚染などの環境悪化をもたらす元凶の1つとして、常に自動車を指弾し続けてきた。こうした事情を考慮して、自動車メーカーは、燃料電池車のように排気ガスのクリーンな車を開発するとともに、そのリサイクル率を少なくとも85%(できれば90%以上)に高めて、環境に前向きであることをアピールしようとしている。

 各メーカーが採用している方策には、次のようなものがある。

 こうした努力が奏功して、本田技研では、1993年に1万2000トンあった埋立廃棄物が、2001年にはほぼゼロになった。トヨタも2003年までのゼロエミッションを目標としている。

 ここで問題となるのは、こうしたリサイクル費用を誰が負担するかである。日本で2004年施行予定の自動車リサイクル法では、破砕くずの他、フロンやエアバッグなども回収・再資源化を義務づけているが、その費用は、新車の購入代金に上乗せして徴収、第三者機関が資金管理することになっている。前払いにしたのは、後払い方式では処理費用を惜しんで不法投棄する不心得者が現れると予想されるため。金額は1台2万円程度になる予定で、実際に掛かる処理コストより低めのため、「リサイクルしやすい」自動車作りを促進する効果がある。

 自動車のリサイクル費用を誰がいかなる方法で負担するかについては、国によって異なる。興味深いのは、ドイツのケースである。ドイツでは、1998年4月にスタートした業界(ドイツ自動車工業会ほか関連13団体)の自主規制により、制度発効後に新規登録された乗用車の無料回収が行われており、廃車処理の費用を全額メーカーが負担することになった。最終的には販売価格に転嫁されることになるが、急激な値上げによる買い控えを避けるために、しばらくはメーカーがこれまでの営業利益を取り崩して処理費用を負担することになる。このドイツ方式をEU全体に拡大しようという動きもあり、法案の提出も行われているが、各国の自動車メーカーが猛烈に反発することが予想され、実現されるかどうかははっきりしない。

 ドイツ方式は、メーカーに過酷なまでの負担を強いるものだが、その一方で処理コストを下げようと設計段階で努力することになるため、複写機の場合と同様に、結果的に「リサイクルしやすい」製品が生み出されると期待される。

 販売価格にリサイクル費用を明示的に上乗せするやり方としては、デポジット方式と廃車権方式がある。

 デポジット方式は、あらかじめ相当額を預託金として徴収しておき、廃車の際にそこから処理費用を差し引いて、残りを車の所有者に返却するものである。このやり方は、不法投棄を防止するのに効果的ではあるが、リサイクル率を高めるメーカーの努力を引き出すインセンティブにはならない。

 一方、廃車権方式は、購入時に廃車のための費用を先払いして廃車権を取得するものである。中古市場でも廃車権を価格に上乗せすることができれば、新車購入者にとってもマイナスにはならないだろう。この方式を採用すると、リサイクルを進めることによって先払いされた価格と実際の処理費用に差額が生じると、その分がメーカーにとって利益となるため、結果的にリサイクル率が高まるはずである。ただし、事前に廃車権の登録を行う体制を整えておかなければならない。

 いずれにせよ、リサイクル推進のためには、メーカーの協力が決定的な要素となることは間違いない。




©Nobuo YOSHIDA