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§4.エネルギー効率の向上

 永続的に使用可能なエネルギー源としては太陽光や風力などがあり、数百年以上の長期にわたって現代文明を維持するには、いつかは化石燃料や原子力からシフトしていかなければならない。しかし、こうした自然エネルギーはコストが高く、また、現時点では安定供給が難しいという難点がある。このため、エネルギー問題(資源枯渇・地球温暖化など)を段階的に低減していくための当面の方策として、エネルギー利用効率の向上にも努めるべきである。この分野で、技術的に特に注目を集めているのが、燃料電池とゴミ発電である。


■燃料電池

 燃料電池とは、水素と空気中の酸素を電気化学反応させて、水の電気分解とは逆の反応:
  2H2 + O2 → 2H2O + 電気エネルギー
L14_fig25.gif で電気を作る装置である(“電池”という呼称は、あまり適当ではない)。発明自体は19世紀に遡るが、実用化されたのは1960年代に入ってからで、それも、製造コストが高く装置も大型だったため、有人宇宙船の電力源などきわめて限られた用途にしか使われなかった。しかし、1990年代にバラード社(カナダ)が高出力の単セル(発電用ユニット)を開発して以来、理想的な発電装置として期待が高まっている。従来のように、過疎地に建設された大型の火力・水力・原子力発電所で大量の電気を作り出し、これを高圧送電線で都市部に送るのとは異なり、電気機器のすぐそばに燃料電池を併設して発電するため、送電の際のロスが小さくて済む上に、副次的に発生する熱を給湯用などに利用することも可能になり、効率がきわめて高くなる。順調に技術開発が進めば、2020年までに、全世界で関連施設を全て含めると1兆7千億ドルの超巨大市場が育つと見られる。

 燃料電池には、次のような特徴がある:


○次世代低公害車の動力源

 燃料電池の用途として特に期待されているのが、次世代低公害車の動力源である。燃料電池車では、搭載した燃料電池を用いて車上で発電し、モーターを駆動することになる。

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 低公害車としては、以前は、バッテリーを搭載しモーターで走る電気自動車が本命視されていた。しかし、走行距離が短く頻繁に充電しなければならないなどの短所があることに加えて、二酸化炭素排出の点でも、必ずしも圧倒的に有利ではない。電気自動車は、走行中には全く排気ガスを出さないが、充電のために化石燃料を利用するので、燃料製造時に二酸化炭素を排出することになる。走行距離あたりに換算すると、その量は、ガソリン車の60%弱になる。これに対し、燃料電池車の二酸化炭素排出量は、水素ガスを搭載するタイプのものではガソリン車の50%、メタノールを車上で改質して水素を得るタイプのものでは58%となり、電気自動車とほぼ互角である。こうしたことから、次第に開発のターゲットが燃料電池車へ移っていった。

 低公害車としては、すでにトヨタのプリウスなどのハイブリッド車(エンジンとモーターの2系統の動力源を持つ車)が市販されており、従来のガソリン車のエネルギー効率が(アイドリングなどの無駄があるために)せいぜい15%程度だったのに対して、ブレーキの際に運動エネルギーを電気エネルギーに変換するなどの技術を用いて、30%を越える効率を実現している。しかし、燃料電池車は、技術的な改良が進めば(現時点ではまだ30%台だが)40%以上のエネルギー効率も達成可能だと期待されており、ハイブリッド車をも過去のものにしてしまう可能性がある。

 2002年、トヨタとホンダが燃料電池車を世界で最初にマーケットに投入し、世界の自動車メーカをあっと言わせた。ただし、いずれも製造には1億円以上掛かるため、当面は、リース方式となる(リース料金80-120万/月)。いずれも水素ガスをタンクに高圧で注入するもので、技術的には最もシンプルである。

【燃料電池ハイブリッド乗用車TOYOTA−FCHV】
定員5人
航続走行距離300km
最高速度155km/h
燃料純水素
貯蔵方式高圧水素タンク
最高充填圧力350気圧

 現在、燃料電池の分野で世界最高の技術を誇っているのは、かつて潜水艦用の電池を製造していたカナダのバラード社である。バラード社は、燃料電池に使われる単セルを従来の数分の1に薄くし、燃料電池の小型軽量化に成功した。ダイムラークライスラー社は、バラード社と提携してメタノールを燃料とする燃料電池車の開発を進めており、ネカーと名付けられた試作車を発表している。すでに1999年には水素タンクを搭載した燃料電池バスを発表し、バンクーバーとシカゴで営業運転に利用されている。フォード社や三菱自工も、ダイムラークライスラー/バラード陣営に参画している。トヨタは、当初、メタノール改質方式を検討していたが、その後、GMとの技術提携を模索した後、最終的には、水素ガス方式に力を注いでいる。ホンダは、トヨタとともに水素ガス方式の車を発表した時点ではバラード製燃料電池を採用していたが、現在では、自社開発に成功している。一方、GMは、石油大手のエクソンモービル社と組んで、ガソリンを燃料とする独自の燃料電池を開発している。研究開発費の30%を燃料電池事業に投じており、後発ながら一気にトップに躍り出る可能性がある。GMと提携しているオペルは、シドニーオリンピックのマラソン先導車を提供した。このほか、日産とルノー社が技術提携して燃料電池車の開発を画策しており、この新技術を軸に、世界の自動車メーカーの再編が進んでいる。

 水素の供給方法には下の表にまとめたように数種類あるが、いずれも一長一短である。ダイムラークライスラーが開発を進めているメタノール車が技術的に最も進んでいると言われるが、大手石油資本は既存のインフラを利用できるガソリンの利用を推しており、燃料電池車の普及に弾みがつくと言われる2010年頃まで標準規格争いが続きそうだ。順調にいけば、2020年頃までには、燃料電池車が旧来のガソリン車に取って代わる地位を獲得するだろう。

燃料 長所 短所
水素ガス
(ボンベ)
改質装置が不要
発電効率が高い
供給施設を整備する必要がある
気体のため扱いが難しい
ボンベがかさばる
事故時に爆発の危険
水素ガス
(水素吸蔵合金)
車体が重くなる
液体水素 極低温に冷やす必要がある
メタノール 液体なので扱いやすい
安価で入手しやすい
供給施設を新たに整備する必要
毒性がある
ガソリン 既存のガソリンスタンドが利用できる 改質温度が高くスタートに時間が掛かる
イオウを除去する必要

○小規模の業務用・自家用発電機

 オフィスビル・ホテル・病院・工場・集合住宅などいろいろな業種の建物に燃料電池を設置し、建物内に電気や熱を供給する。燃料の供給方法としては、水素ボンベ・石油やメタノールのタンク・都市ガスなどがある。電気出力が50〜300kWクラスの小型の燃料電池は、都市ガスの配管をつなぐだけで運転できる。すでに一部で設置・運転され、発生した電気は建物内の照明などに、また熱は給湯などに利用されている。2004年現在、製造コストがkWあたり2000万円に上り、発電部品の寿命も2000時間程度と短いため、コストダウンと長寿命化のための技術開発が進められており、2010年までに、製造コスト16万円/kW、寿命4万時間の達成を目指している。戸建て住宅向けのシステムが低価格で市販されるようになると、既存のガス配管を利用して各家庭で電気と熱のコジェネレーションを行うことが可能になる。

○携帯機器の電源

 2001年頃から、携帯機器用に小型・薄型化した燃料電池の開発が急速に進んできた。すでに厚さ3mm以下のフィルム状の電池が試作されており、携帯電話は1ヶ月、ノートパソコンは1週間も連続使用できるという。小型水素ボンベから燃料をつぎ足すだけで(電極の白金触媒が劣化しない限り)長期間使い続けられるので、利便性はきわめて高い。メタノールを燃料とする製品が2004年度中に市販される見込み。

○燃料電池の問題点
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■廃棄物発電

 無駄の多い現在のエネルギー消費を改善する手段として、近年、脚光を浴びているのが、ゴミの中に含まれる有機物のエネルギーを利用する廃棄物発電である。従来は、高温にすると発生する塩化水素などによってボイラーが傷むのを避けるため、タービンを回す蒸気の温度を低く抑えており、発電効率が5-15%と低かった。しかし、近年、技術改良により発電効率20-25%のゴミ発電が可能になり、実用段階に達した。バイオマス・プラスチックを含むゴミを燃料とする発電が盛んになりつつある。

 特に期待されているのが、次の2つの方式である:

RDF発電
廃棄物から焼却できないものを取り除いた後、破砕・圧縮・加熱して炭状の固形燃料(RDF)に加工し、発電燃料として利用する。プラスチックが混入していて発熱量が大きく高温で燃焼するため、ダイオキシンの発生が抑制される。 通常のゴミ発電に比べて安定燃焼が可能で、最大35%と火力発電所並の効率を実現した。
※2003年、三重県のRDF貯蔵サイロで火災が発生、5日後には爆発が起こり、消火作業中の消防職員2名が死亡した。アメリカと同じ仕様のRDF製造装置を使ったため、生ゴミが多い日本の家庭ゴミでは乾燥が不十分となり、生き残ったバクテリアによって発酵が進み可燃性ガスが発生したため。ゴミ処理と発電が同時に行える「夢の技術」として多くの自治体で導入されているが、さまざまなゴミが混入した燃料を使用するため、安全性が確立されていない。家庭ゴミを混ぜず、古紙・廃プラスチックを粉砕・圧縮した固形燃料(RPF)を燃料とする発電方式もある。
ガス化溶融発電
次世代廃棄物発電炉として技術開発が進められている。廃棄物を酸素の少ない状態で蒸し焼きにして可燃性のガスを発生させ、これを完全燃焼させて廃棄物を溶融させるとともに、排ガスの熱を利用して発電も行う。灰の減量化・ダイオキシンの発生抑制・高効率発電が同時に行えるため、将来のゴミ焼却炉の主流になると期待される。



©Nobuo YOSHIDA