◆気になる(オールド)ニュース(2007年)
表紙ページに随時掲載している「気になるニュース」の2007年分です。
日本の15歳の学力は?(07/12/06)
国際学習到達度調査(PISA)の2006年のデータが一部公表された。この調査は、経済協力開発機構(OECD)が3年ごとに15歳の子供を対象に実施しているペーパーテストで、それまでの教育で得た知識や技能を応用できるか見ることが主眼となっている。日本については、科学的応用力・読解力・数学的応用力の各分野で順位・得点が前回(2003年)よりも下がっている。参加国が増え一部の国が平均点を押し上げているので、必ずしも日本の学力が低下したとは言えないが、学力の向上を目指す努力が奏功していないことは確かだろう。以下では、細かな分析は避けて、主に科学的応用力(performance in science)の結果をまとめてみよう。
科学的応用力(以前の調査では科学的リタラシー)については、突出しているフィンランド(563点)とを別にすると、日本(531点)は、やや成績の良い香港(542点)の他、カナダ・台湾・エストニア・ニュージーランド(530〜534点)などとともに、上位成績グループを形成している。ただし、OECD加盟国中の11カ国の成績変動のグラフ(下図)からわかるように、2000年の調査で日本と韓国が突出していたのに比べて、低落傾向にあることは否定できない(韓国は、読解力と数学的応用力は今回の調査でもトップクラスである)。
成績が突出しているフィンランドと、日本およびアメリカの得点分布を比較すると、フィンランドでは、成績が悪い者の割合が著しく低いことがわかる。学校教育についていけない者を切り捨てず、いかに能力の向上を図るかが、今後の課題と言えそうだ。
このほか、科学に関連するアンケート項目について、OECD30カ国を順位付けした表を掲げておく。これを見れば明らかなように、日本の15歳は、他のOECD諸国と較べて際だって特異な科学観を持っており、多くの指標が最下位付近となっている。参考のために、アメリカとフィンランドの順位も強調しておいたが、アメリカは日本とは対照的であり、フィンランドの方がより日本に似た回答となっている。ただし、「科学の一般的な価値」と「科学の楽しさ」に関しては、フィンランドの指標がはるかに高くなっており、この辺りに成績で差を付けられた理由があるのかもしれない。
ヒトの皮膚からiPS細胞(07/11/21)
京都大学の山中教授らは、人の皮膚細胞から、さまざまな組織に分化できる多能性を持った幹細胞を誘導することに成功した。同様の細胞は山中教授らによって2006年にマウスで作製されていたが、人の細胞で成功したことで、再生医療に向けて大きなステップが踏み出された。
今回作製されたのは、iPS細胞(誘導多能性幹細胞)と呼ばれるもので、体細胞に4つの遺伝子を導入して作る。患者本人の体細胞を利用して移植用の組織を培養することもできるため、拒絶反応のない移植医療が可能となる。
iPS細胞より分化能の高い細胞にES細胞(胚性幹細胞)があるが、ヒトのES細胞を作製するには、不妊治療で使われなかった受精卵や、ヒト未受精卵に核移植を行って作ったクローン胚を、成長の途中で破壊する必要があるため、生命倫理上の問題が大きい。iPS細胞は体細胞しか利用していないので、卵子の入手や胚の破壊に伴う問題は回避できる。先日、世界最初の体細胞クローン哺乳類ドリーを作ったことで知られる英エディンバラ大学のウィルムット教授が、ヒトクローン胚を利用した難病治療の研究を断念すると発表、関係者に衝撃を与えたが、その背景には、クローンES細胞を代替できるiPS細胞の開発がある。
ここにきて再生医療の本命と見る人も増えてきたiPS細胞だが、課題も残されている。特に、導入する遺伝子がガンを誘発する危険性が高いことが問題視されており、今後は、安全性の確保に向けて研究が必要となる。
一方、時期を同じくして、ES細胞の研究でも重要な進展が見られた。アメリカ国立オレゴン霊長類研究センターのミタリポフらは、アカゲザルの皮膚細胞から採取した核を除核卵子に移植して作ったクローン胚からES細胞の細胞株を樹立したと発表した(11月14日付Nature電子版)。この成果は、今年6月にオーストラリアで開催された国際幹細胞学会で発表されたものだが、ヒトクローン胚からES細胞を作製したとする2004年の黄禹錫・ソウル大学教授の研究が捏造だったという苦い経験があるため、オーストラリアの研究チームが検証を行っていた。研究成果が事実であることを確認する発表も、同じNature電子版に掲載された。クローン胚からES細胞を作成することは、これまでマウスでしか成功していなかった。
ミタリポフに率いられたチームは、霊長類でクローン個体を誕生させようと研究を続けてきたが、10年間にわたり1万5000個もの卵子を用いて実験を繰り返してもクローンザルの誕生には至らなかった。そこで、2006年にクローン胚(除核卵子に体細胞の核を移植して胚盤胞まで成長させたもの)からのES細胞作成に方針転換、何回かの失敗を経た後、アカゲザルの皮膚細胞から採取した核を304個の除核卵子に移植して作った21個のクローン胚から2つのES細胞株を樹立することに成功した。成功と失敗を分ける鍵ははっきりとしていないが、未受精卵からマニピュレータを用いて核を除去する作業での技術の向上が大きな役割を果たしたらしい。霊長類では、除核の際に周辺の細胞質が一緒に失われると、卵子の成長が止まってしまうため、DNAを格納している部分だけをピンポイントで取り除くことが必要である。今回の実験では、DNAの位置を可視化する装置が用いられており、効率的な除核ができたと考えられる。
世界大学ランキングの最新版発表(07/11/18)
大学情報誌THES(タイムズの付録)と大学就職情報会社QS社は、世界大学ランキングの2007年版を発表した。1位は4年連続でハーバード大学、10位以内は全てアメリカかイギリスの大学だった。日本の大学では、昨年、北京大学とシンガポール国立大学の後塵を拝してアジアトップの座を失った東京大学が、17位と非英語圏最高位に返り咲いた。200位以内に京都大学など11校がランクインしているが、旧帝大系が多く、私大は慶応(161位)と早稲田(180位)だけだった。
2007年 | 2006年 | 大学名 | 国/地域 |
1 | 1 | Harvard University | 米 |
2 | 2 | University of Cambridge | 英 |
2 | 3 | University of Oxford | 英 |
2 | 4 | Yale University | 米 |
5 | 9 | Imperial College London | 英 |
6 | 10 | Princeton University | 米 |
7 | 7 | California Institute of Technology | 米 |
7 | 11 | University of Chicago | 米 |
9 | 25 | University College London | 英 |
10 | 4 | Massachusetts Institute of Technology | 米 |
11 | 12 | Columbia University | 米 |
12 | 21 | McGill University | カナダ |
13 | 13 | Duke University | 米 |
14 | 26 | University of Pennsylvania | 米 |
15 | 23 | Johns Hopkins University | 米 |
16 | 16 | Australian National University | オーストラリア |
17 | 19 | 東京大学 | 日 |
18 | 33 | 香港大學 | 香 |
19 | 6 | Stanford University | 米 |
20 | 35 | Carnegie Mellon University | 米 |
20 | 15 | Cornell University | 米 |
THES-QSによる大学のランク付けは2004年から行われており、信頼性は比較的高いと言われるが、イギリスとオーストラリアの大学が全体的に日本・ドイツ・フランスより高位を占めているなど、英語圏偏重となっていることは否定できない。その理由としては、相互評価スコアの比重が高いために研究者の多いアメリカが有利になる、有力な学術誌(Science, Nature, Cell, Physical Reviewなど)が英米で出版されているため論文掲載数のカウントに偏りが生じる−−などが考えられる。
光化学オキシダント、1割超が大陸起源(07/10/29)
環境省の検討会は、「本州付近で観測されるオゾンの10〜16%が東アジア起源」とする中間報告をまとめた(2007年10月29日付け日本経済新聞)。オゾンなどの光化学オキシダントによる光化学スモッグ被害は、1970年代半ばに多発し、各都道府県での光化学オキシダント注意報発令日が全国総計で最大300件を越えた。その後は、(1990年を除いて)70〜170件程度に減少したが、ここ数年は180件前後に増加していた。また、光化学オキシダントの日最高濃度も漸増傾向にある。
オゾンは、主に、窒素酸化物が太陽光を受けて分解し、空気中の酸素と反応することによって生成される。日本国内で測定される窒素酸化物濃度は、1990年代で横這い、2000年代には漸減傾向にあった。これに対して、東アジア全体での窒素酸化物排出量は1980〜2003年で2.8倍、中国では3.8倍に増えており、この窒素酸化物に起因する光化学オキシダントが日本での光化学スモッグ被害増加の一因と推定される。ただし、猛暑による気温上昇やオゾン層破壊による紫外線量増加も光化学オキシダントを増やす性質があり、必ずしも大陸からの移流だけが増加要因ではない。総合的な環境対策が必要である。
IPCCとゴアにノーベル平和賞(07/10/13)
ノルウェーのノーベル賞委員会は、2007年ノーベル平和賞を国連「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」とゴア米前副大統領に授与すると発表した。IPCCは、気候変動が環境や社会に与える影響を科学的な観点から研究するため、国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)が1988年に設立した組織で、最新データに基づく評価報告書は、各国政府の環境政策に大きな影響を与えている。クリントン政権下で「大統領より有能な副大統領」と言われたゴアは、2000年の大統領選でブッシュに敗れた後、世界各地で温暖化の危機を訴える講演を行っており、その内容に基づくドキュメンタリー映画『不都合な真実』はアカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞した。
地球温暖化に警鐘を鳴らすIPCCとゴア氏の活動は、世界の平和に直接寄与するものではない。しかし、地球温暖化は水不足と洪水の多発を通じて生産活動の減退をもたらし、その結果として飢餓や紛争の拡大を引き起こすため、長期的に見れば、人類の平和を脅かす最大の要因と言って良い。科学的に厳密な方法で人間の活動に起因する温暖化を実証したIPCCと、科学的には不正確な点が多いものの訴求力のある表現で温暖化の危険性を人々に伝えたゴア氏は、まことに平和賞にふさわしい。
現在、人口増加と水を大量に消費する産業の拡大に伴って世界各地で水不足が深刻化しているが、この危機を温暖化が増幅している。中央アジアのアラル海やアフリカ中央部のチャド湖の急激な縮小は、過剰な灌漑に温暖化が追い打ちを掛けたものである。アメリカ中西部に拡がるオガララ帯水層は、周辺の農家が雨量の減少を補うために盛んに汲み上げを行った結果、一部地域では水位が90%以上も低下した。さらに、気温の上昇は土壌水分の蒸発を促すため、西アジア・北アフリカ・アメリカ中西部・オーストラリアなどで干魃が深刻化することが予想されている。一方、海水温の上昇に伴って熱帯低気圧の勢力は増大する傾向にあり、ハリケーンやサイクロンによる洪水被害が増える可能性が高い。こうした環境の激変がもたらす人間社会への影響は深甚である。
地球温暖化の脅威を多くの科学者が認識し始めたのは、1980年代後半である(1970年代までは、大気汚染に伴う寒冷化への懸念の方が大きかった)。1992年にリオデジャネイロで開かれたいわゆる環境サミットを契機として、温暖化への危機感は一般市民にまで浸透するかに見えた。しかし、いち早く温暖化対策を始めたEU諸国に比べて、経済を重視する日米の政府や企業の対応は鈍い。さらに、急成長を続ける中国やインドなど新たな二酸化炭素排出国が現れたことにより、危機的状況は以前にも増して深刻なものになっている。今回のノーベル平和賞をきっかけとして、少しでも温暖化対策が進めば幸いである。
エストニアでサイバーテロ?(07/10/08)
今年4月にエストニアで政府や銀行のコンピュータに対する大規模な分散型DoS攻撃が発生、NATOが対策を検討していることが判明した(2007年10月08日付け毎日新聞)。DoS攻撃は、政府や銀行などのサーバに多数のアクセスを集中させてダウンさせるもの。今回の攻撃では、当初はロシアからの信号が大部分だったが、その後、NATO諸国やアメリカ、日本からの信号も確認され、「攻撃のスケールと複雑さは過去に例を見ない」という。
社会のインフラとなる中枢的サーバをダウンさせて混乱を引き起こすサイバーテロの危険性は1990年代から指摘され、アメリカでは連邦議会が hacker(コンピュータの裏知識にまで精通した人)を呼んで公聴会を開くなどの対策が講じられていた。しかし、危機感を煽る声が大きい一方で、これまでに報告された実際の攻撃は、大部分が上級初心者レベルの自称 hacker(いわゆる「厨房」)による散発的なものにすぎない(被害金額が莫大になることはある)。日本では、2000年1〜2月に、科学技術庁や総務庁・運輸省など10以上の省庁・公的機関のウェブサイトが改竄される事件が発生したが、これは、OSのアップデートやファイアウォールの設定を怠るというセキュリティの杜撰さが原因で、「鍵を掛けていなかったので泥棒に入られた」と揶揄された。イラク戦争の際にも、イラクからアメリカにサイバーテロが仕掛けられるという噂があったが、杞憂に終わった。こうしたことから、サイバーテロについて騒ぎすぎているという見方もあった。
今回エストニアで起きた分散型DoS攻撃は、報道内容を見る限りではかなり本格的であり、サイバーテロを侮ってはいけないという警告になる。攻撃方法の詳細は明らかにされていないが、コンピュータウィルスの一種であるBOTを利用して多数のパソコンをゾンビ化し、これらを踏み台として特定のサーバにいっせいにアクセスしたと推測される。充分なセキュリティを施したシステムでも、こうした攻撃にさらされると、サーバや回線が容量オーバーとなってダウンしやすい。また、攻撃を仕掛けてくるのが一般ユーザの(ゾンビ化された)パソコンであるため、攻撃に利用されている回線を遮断すると、無関係の市民にまで影響が拡がってしまう。
分散型DoS攻撃では、首謀者の特定が難しいという問題がある。今回のケースでも、ロシアの政府機関が絡んでいるという意見が一部にあるが、真相は分からない。ロシアのネット掲示板にエストニアへの攻撃を呼びかける書き込みがあったことから、多くの自称 hacker が「祭り」に参加したとも考えられ、どこまでが計画的でどこからが偶発的な攻撃だったのかも明らかでないというのが実状だ。
EU独禁法違反訴訟でMS敗訴(07/09/19)
欧州司法裁判所の第一審裁判所は、EU欧州委員会による独占禁止法違反の判定が不服だとして米マイクロソフト(MS)が起こしていた裁判で、欧州委の決定を支持する判決を下した。欧州委は、MSが基本ソフト(OS)Windows の独占的な立場を利用して事実上の抱き合わせ販売をしているとし、2004年に、技術情報の開示や音楽再生ソフトの分離などの是正措置の実施と約5億ユーロの制裁金の支払いを命じていた。判決は、是正命令は妥当で制裁金の金額も変える必要がないと認めたが、是正措置が実施されたか判定する監視人を置くことには法的根拠がないとした。
MSが現在の地位を獲得するきっかけになったのは、IBM PC用のOSを受注したこと。OSの開発能力のなかったMSは、他社が開発したOSの権利を買い取ってIBM PCに移植したが、IBMとはPCの出荷台数に応じてロイヤリティを受け取るというライセンス契約を結んだため、IBM PCが標準機として売り上げを伸ばすに連れて、莫大な利益と独占的な地位を得ることができた。その後は、Apple社と技術提携してGUIの研究開発を行いながら、必要なノウハウが得られると契約を打ち切って Windows 2 を自社開発するなど、先行する会社の技術を巧みに取り込んで OS の機能拡充を図るという経営戦略により、独占企業としての地歩を固める。それとともに、もともとはプログラムを立ち上げるためのプラットフォームだった Windows は、Netscape社の Netscape Navigator と良く似た Internet Explorer、Sun Microsystems社の JAVA に対抗する Active X などの付加機能を詰め込まれて肥大化していった。価格で見ると、1980年代には OS が無料〜数千円、ワープロなどの業務用ソフトが数万〜十数万円だったのに対して、現在では、OS が2万円前後、業務用ソフトは(MS製品を除いて)無料〜数千円となっており、完全に逆転した格好だ。
欧州委の是正命令では、音楽・動画の再生ソフトである Windows Media Player と Windows の抱き合わせ販売が槍玉に挙げられた。しかし、何が違法な抱き合わせで何がそうでないかは、高度に技術的な問題が絡むため、判定が難しい。Windows には、音楽や動画のエンコード・デコードを行うコーデックがあらかじめ多数組み込まれており、そのための費用が OS の価格に上乗せされている。これに較べると、Media Player の実行ファイルを開発する費用など大したものではない。欧州委の命令に対して、MSは Media Player を削除した Windows を搭載版と同じ価格で売り出すという対応を取ったが、 Media Player だけによる価格上昇分を考えれば、これは必ずしも不埒な態度ではないのである。さりとて、OS から音楽・動画のコーデックを取り外してしまうと、使用方法を動画で説明するヘルプが利用できないといった不便が生じる。MSがOS市場を独占しているために、ユーザには重くて高い Windows を購入するしか選択肢がないのは事実だが、それではどのようなOSにするのが望ましいかは、簡単には答えられない問題である。
「かぐや」月へ(07/09/15)
三菱重工業と宇宙航空開発研究機構(JAXA)は、14日午前に月探査衛星「かぐや」を種子島宇宙センターからH2Aロケットで打ち上げ、衛星軌道に投入することに成功した。この試みは、宇宙ビジネスと月探査という2つの側面から意義がある。
宇宙ビジネスに関して、日本はアメリカ・ロシア・欧州に大きく後れをとり、中国・インドと争う後発組に属する。一時期は、H2ロケットの失敗が続いたために宇宙ビジネス参入が絶望視されていたが、設計を全面的に見直した後継機のH2Aが、2001年の初打ち上げ以来、13回中12回で成功、打ち上げ成功率92.3%となって、採算ラインとされる成功率90%をクリアした。ただし、欧州のアリアン5やロシアのプロトンは、すでに200〜300回打ち上げて成功率90%前後を維持しており、今後6回連続して打ち上げに成功しないと90%を割り込むH2Aは、まだ信頼性に欠ける。
さらに大きな障害となるのがコストの壁。かぐやの打ち上げには110億円ほどを要したが、アリアンなどと比べて2割ほど高く、このままではビジネスチャンスはない。三菱重工の社長は、他のロケットとの部品共有化などによって早期に打ち上げ費用を1割削減すると語っている(2007年09月15日付け日本経済新聞より)が、H2AがH2に比べて費用を30〜40%削減できた実績を生かせるかどうか。
このほか、打ち上げ基地の問題もある。ロケットは、地球の自転の勢いを利用して周回軌道に達するので、赤道付近で打ち上げるのが最も効率的である。種子島は、日本国内では低緯度の地域だが、赤道に近い南米ギアナに打ち上げ基地を持つアリアンと比べる、重量の大きい衛星の打ち上げには不利になる。
今回は、宇宙事業を国から三菱重工に移管して初めての打ち上げ。三菱重工としては宇宙ビジネスの試金石としたいところだが、難問山積というのが現状だろう。
一方、月探査という科学面では、月形成の有力理論とされる
ジャイアント・インパクト説が検証できるかどうかに、期待が集まっている。
点検時期の通知を義務づけ(07/09/09)
経済産業省は、瞬間湯沸かし器など6品目に関して、販売から約10年後に、点検時期が来たことを利用者に通知することをメーカに義務づける方針を固めた(2007年09月09日付日本経済新聞より)。利用者の注意を喚起して、経年劣化による家庭での製品事故を減らすのが狙いで、秋の臨時国会に消費生活用製品安全法の改正案を提出する予定。
製造物責任法によれば、製品の欠陥に起因する事故での損害賠償責任がメーカに生じるのは、製造から10年以内のものに限られる。ところが、この8月に三洋電機製の扇風機が原因で火災死亡事故が発生した際には、製造後30年以上経過していた製品なのでメーカの製造物責任は時効で消滅したと考えられるにもかかわらず、謝罪会見で社長が深々と頭を下げた。安全に対する要求水準が高くなっており、そうでもしなければブランドイメージが損なわれると判断した上での対応だろう。30年以上前と較べると近年の製品は品質が著しく向上しており、それとともに長期にわたって使用する人も増えているが、その一方で、メーカは経年劣化という時限爆弾を抱え込むことになったわけだ。最近の例で言うと、昨年、パロマが一酸化炭素中毒事故の危険を公表して改修を行ったガス瞬間湯沸かし器約2万台は、製造後16〜26年経った製品である。
メーカが危機感を強めているのに対して、利用者の側は、あまり危険を感じていないというのが現状だろう。火災を起こした三洋電機製扇風機の場合、利用者は本体が過熱することに気がついていながら使用を続けていたという。10年以上前(できれば15年以上前にしてほしい)に作られた古い製品の使用は、本来なら利用者の責任において行うべきなのだが、そこまで考えずに使っている人が大多数だろう。特に、高齢者は、使い慣れた製品を壊れるまで使う場合が多い。今回の「点検時期が来たことを通知する」という方法は、こうした利用者に経年劣化の危険を伝えて注意を喚起するためのものだが、利用者が「顧客情報カード」に必要事項を記入して返送することが必要となり、どこまで機能するかは未知数である。
経年劣化による事故を防ぐには、製品開発に際してそれなり設計思想が必要となる。どんなに品質が高く使い勝手が良くても、古くなると火災を起こすというのでは製品として落第である。製品開発者は、どの部品が先に劣化するかを見極め、最後は静かに動かなくなる「安楽死する製品」を作るように努めるべきだろう。
中華航空機、着陸後炎上(07/08/21)
20日午前、台北発中華航空ボーイング737-800型機が那覇空港に着陸後、駐機場で炎上・爆発した。乗客・乗員165人は、全員避難した。
ボーイング737は、小型の短距離用旅客機として1965年に開発され、現在まで5000機以上を生産したベストセラー機。800型はその第3世代機とされるが、777の技術を取り入れたハイテク機で、機体断面が旧型機と類似するものの実質的には最新鋭機と言って良い。日航が2007年3月から国内線に就航させるなど、日本でも導入が始まっている。
今回の事故は、着陸後に右翼の燃料パイプから燃料のケロシンが漏れ、引火したものと考えられる。ケロシンの引火点(着火する最低温度で、燃焼熱が大きければ持続的に燃え続ける)はおよそ50℃であり、ケロシンと空気の混合ガスが高温のエンジン付近に進入すれば発火する可能性が高い。燃料漏れの原因ははっきりしないが、製造後5年の新しい機体なので、振動や腐食による経年劣化とは考えにくい。2001年のカナダ航空の事故と同じく、部品交換のミスの可能性もある。コックピットには、エンジン火災を知らせる警報はあるものの、微量の燃料漏れを直接通報するシステムはないため、パイロットが直ちに事態を把握できなかったのは仕方がない。事故機の場合、地上整備員が燃料漏れを視認して機長に通報、緊急避難を要請したため、大惨事が避けられたようだ。
中華航空は、ここ20年の間に4〜5年周期で次のような重大事故を繰り返している。
- 1989年、台湾・花蓮から離陸直後にボーイング737が山腹に激突、乗員乗客54人全員死亡。
- 1994年、名古屋空港滑走路に着陸直前のエアバス機が墜落、乗員乗客271人中264人が死亡。
- 1998年、台北中正空港近くの住宅街にエアバス機が墜落、乗員乗客全員と住民併せて202人が死亡。墜落原因は1994年の事故と類似。
- 2002年、台湾海峡上空でジャンボ機が空中分解、乗員乗客225人全員死亡。原因は日航ジャンボ機墜落事故と類似。
過去の大事故と同じ原因の事故を起こしたケースが目立ち、安全管理体制の不備が推測される。
【追記】事故調査委員会のその後の調査で、事故原因となった燃料漏れは、脱落したボルトが燃料タンクを破ったために起きたことが判明した。問題のボルトは、右主翼前縁部にある可動翼(スラット)の駆動機構に取り付けられていたもので、着陸後にスラットを収納する際、脱落したボルトがタンクに押しつけられる形となったと考えられる。ボルトが脱落した原因としては、設計・製造のミスや整備不良などがあり得るが、現時点では不明。(07/08/25)
広告メールの規制強化へ(07/07/29)
経済産業省は、特定商取引法を改正して、受取人の事前承諾なしに広告メールを送信することを禁止する方針を検討中(2007年07月29日付日本経済新聞より)。商品・サービスの広告メールに関する現在の規制では、広告メールであることを示す「未承諾広告※」を件名に入れること、送信を行っている業者の住所・氏名を記入すること、受信拒否の方法を明記することなどが定められている。しかし、大半の広告メールは、件名に「未承諾広告※」がなく、送信者も偽名であり、さらに、受信拒否のメールを送ると逆に大量の迷惑メールが送りつけられるといった問題も表面化している。このため、受信者保護を目的とする広告メール規制強化の必要性が叫ばれていた。
パソコンから自動的に大量のメールを送信すると、1通あたりの送信費はきわめて安くなるため、入金するうっかり者がたとえ千人に一人であっても、充分に儲けを得られる(高額の振り込みが期待される場合は、アルバイトを使った人海戦術による送信も行われる)。このため、広告メールを中心とするスパム(迷惑メール)の数は増える一方である。現在、世界中で送信される全電子メールの70%以上がスパムだと推定されており、その処理のために莫大なコストが発生している。最近では、セキュリティの脆弱なパソコンをボットウィルスでゾンビ化してスパムの送信拠点とするなど、新しい技術が次々と開発されており、対策が追いつかないのが現状だ。
広告メール受信を希望する人のリストを作成し、このリスト以外への送信を一律に禁止する規制は、EU指令で導入が勧告されており、イギリスなどいくつかの国で法制化済みである。しかし、迷惑メールの3分の1以上は、規制の緩いアメリカ・中国・韓国発だとされており、国際的な規制を導入しなければ、充分な効果が上げられないと言えよう。
中越沖地震で原発に被害(07/07/17)
16日に発生した中越沖地震のため、東京電力・柏崎刈羽原子力発電所で変圧器火災などの被害が発生、原発の耐震性に関して関心が集まっている。
発生した被害は、次の2つ:
- 使用済み核燃料プールが震動であふれ、放射性物質を含む1.2トン以上の水が放水口から海に流れ出た。また、低レベル放射性廃棄物貯蔵庫のドラム缶が倒れて蓋が開いた、排気口から微量の放射性物質が飛散した−−などの報告もあった。ただし、漏出した放射性物質の量はきわめて少なく、環境被害が生じるおそれはないと見られる。
- タービン建屋近くにある所内電源用変圧器から火災が発生、2時間後に鎮火した。
いずれも、冷却水喪失のような重大事故につながるものではなく、原子炉そのものは今回の地震でも安全に保たれていた。しかし、被害が軽微だったとはいえ、地震による放射能漏れや原発施設内での火災は異例の事態であり、原子力関連施設の耐震性強化が必要になるかもしれない。
柏崎刈羽原発は、1981年に改訂された国の耐震指針に基づいて設計された。この指針では、「敷地周辺に存在する活断層による地震」および「M(マグニチュード)6.5の直下型地震」に対して安全が保たれることが要請されている(「M6.5」という基準は、2006年の指針改訂で「過去の地震観測記録に基づいて発電所ごとに設定」と変更されたが、新指針に基づく安全性評価の見直しは現在進行中である)。しかし、今回の震源になった海底活断層は、同原発の設計段階では発見されておらず、また、地震の規模がM6.8と大きかったため、結果的に、想定値の273ガル(M6.5の直下型地震による)を大幅に越える680ガルという加速度が加わることになった。耐震性に充分な余裕をもたせて建設されるため、原子炉が危険な状態に陥る事態は避けられたが、耐震指針の想定値が甘かったことは認めなければなるまい。
日本の原発は、冷却水を得やすい海岸沿いに建設されることが多いため、充分に調査されていない海底活断層の脅威にさらされているとも言える。中部電力は、来るべき東海地震に備えて、中央防災会議が想定する最大地震動395ガルではなく、1000ガルの加速度にも耐えられるように、浜岡原発の補強工事を進めているという。地震を避けることが困難な日本国内の原発には、この程度の耐震性があっても良いのではないか。
【追記】18日になって、柏崎市長は、安全性が確認できないと判断し、柏崎刈羽原発に対して消防法に基づく緊急使用停止命令を出した。さらに、原発の北9キロにある震源の活断層は、原発敷地の直下付近まで伸びている可能性が指摘されており、運転再開に影を落としている。
NYで飲食店のトランス脂肪酸規制(07/07/04)
ニューヨーク市で、約3万2千件の飲食施設を対象に、揚げ油やマーガリンに含まれるトランス脂肪酸(TFA)の量を1食当たり0.5グラム未満に抑えるように義務づける条例が施行された。違反した店には、200〜2000ドルの罰金が科せられる。TFA規制はアメリカでは初めてのものだが、デンマークでは、2004年から食品中のTFA含有量を2%未満(油脂100g当たり2g未満)とする規制が設けられている。
TFAはトランス型の二重結合を持つ不飽和脂肪酸の総称で、LDLコレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)を増加させ心臓疾患のリスクを高めると言われる。植物油や魚油の二重結合がほとんどシス型なのに対して、牛肉や牛乳の脂質には数%のTFAが含まれている。また、植物油を高温で脱臭する際にもシス型二重結合がトランス化することがある。しかし、摂取量が最も多いのは、液体の植物油に水素を添加して固体化する際に生じる人工TFAであり、主に、マーガリンやショートニング(常温でクリーム状の油脂で揚げ油などに使用される)に含まれる。日本のマーガリン類では脂質の7%程度がTFAとされる。
植物油に対する水素添加が盛んに行われるようになったのは1930年代。水素の量をコントロールすることで融点が自由に変えられるので、「口に入れたときにトロリと溶ける」といった食品を作ることができる。また、ショートニングでフライや焼き菓子を作るとサクサクした食感が生まれ、時間がたってもベチャリとなりにくい(“short”は「もろい」「サクサクした」という意味)。加工食品の製造にはもってこいの食材である。植物油が原料なので、バターやラードよりも健康的だと言われていた。しかし、2003年にWHOやFDAが相次いで「虚血性心疾患のリスクを増大させる」という報告書を発表してから、TFAを含む食品に対する風当たりが強くなった。
1日あたりのTFA摂取量は、日本で1.3g(生産量からの推定値)ないし0.7g(食品別TFA含有量と摂取量からの積み上げ方式による推定値)であるのに対して、アメリカでは5.6g(積み上げ方式)、EUでは、男性が1.2g(ギリシャ)〜6.7g(アイスランド)、女性が1.7g(ギリシャ)〜4.1g(アイスランド)(いずれも積み上げ方式)となっている。日本の場合、摂取量が少ないため規制は必要ないとの見方もあるが、「外食が多い」「菓子類を多食する」といった偏った食生活を続けている人はリスクが高くなるため、せめてTFA含有量の表示を義務化するなどの対策を考えても良いのではないだろうか。
【参考文献】食品安全委員会ファクトシート「トランス脂肪酸」
東芝が米原発受注(07/07/01)
東芝は、米電力大手NRGエナジーからテキサス州に建設予定の沸騰水型原子炉(BWR)の受注を内定した。総事業費は約6000億円。今回の受注の背景には、改良型BWRである柏崎刈羽原発6号炉の建設実績があること、昨年10月に加圧水型原子炉(PWR)の主要メーカだったウェスティングハウス(WH)を買収したことなどによって、原子炉メーカとしての東芝の信頼度が高まったと言われる。
1979年のスリーマイル島、1986年のチェルノブイリと大きな事故が続き反原発運動が盛り上がって以来、ほぼ20年にわたって“冬の時代”が続いてきた原子力発電だが、ここにきて、地球温暖化に寄与しない発電方法として欧米で再評価され始めた。長らく原発の新規発注が途絶えていたアメリカでは、ブッシュ大統領の原子力推進政策の影響もあって、今後、30基ほどの新設が見込まれている。反原発運動の盛んだったヨーロッパでも、フィンランドやイギリスが方針を転換し原発新設に乗り出した。東芝は、冬の時代に原子力部門の事業規模を縮小していたWHをタイミング良く買収し、PWRの分野でアメリカのマーケットに切り込んでいたが、今回の受注内定により、PWR・BWR両タイプのメーカとしての地歩を築いた。日本勢では、三菱重工が3月に米テキサス電力からBWRを受注したほか、日立製作所もGEとの合弁会社を設立して次世代型BWRを請け負っており、海外での攻勢が続いている。
一方、日本国内に目を転じると、相次ぐトラブル隠しの発覚によって原子力に対する信頼は失墜したままであり、原子力産業のV字回復は望めない。もっとも、炉内に危険な高レベル放射性廃棄物が溜まるという原発の宿命は改良型原子炉でも変わるはずがなく、核廃棄物埋設処分場の建設候補地すら見あたらない現状では、致し方ないことなのかもしれない。
低周波電磁波についてWHOが勧告(07/06/21)
電気毛布などの電化製品や高圧送電線が出す低周波電磁波が健康に及ぼす影響について、世界保健機関(WHO)は、「小児白血病との関連が否定できない」として、各国に対策を呼びかける勧告をまとめた。WHOは、「0.3〜0.4μT(マイクロテスラ)の低周波磁場に常時さらされていると小児白血病の発症率が2倍になる」というアメリカなどでの疫学調査結果を重く見て、「電磁波と健康被害の直接的な因果関係は認められないが、予防的な対策が必要だ」とした。
100Hz以下の低周波が人体に悪影響を及ぼすのではないかという議論は1960年代からあるが、社会問題化したのは、1970年代後半に、社会病理学者のウェルトハイマーが、コロラド州デンバーで行った疫学調査に基づいて「0.1〜2μTで小児白血病の発症率が2倍になる」と発表してから。これ以降、他の研究チームによって追試が行われ、1990年代末までに、電磁波と小児白血病の相関についてのデータ(その大半は相関はないというもの)がかなり集められた。それでも、科学者の見解は分かれた。例えば、アメリカの国立環境衛生研究所は、1998年にいったん「電磁波は発ガンの原因になり得る」という諮問委員会の報告書を提出したものの、1999年には「送電線から発生する電磁波と周辺住民の発ガンの因果関係は薄い」とする調査結果を発表している。
科学者の見解が分かれるのは、人間を対象とする疫学調査と、動物や細胞を用いた実験で結果が食い違っているせいでもある。実験では、電磁波による生体機能の変化・寿命・遺伝子発現の異常などは認められなかった。しかし、さまざまな疫学調査の結果を総合すると、送電線周辺で子供の白血病発症率が(誤差範囲内とも言える程度で)高いことが示される。これは、「白血病が増加しない」という多くのデータと、「白血病がかなり増加する」という少数のデータを混ぜた結果である。疫学調査は、調査対象の選定などに際して、(白血病が相次いだという話を耳にしてから調査を始めるというように)研究者の意識によるバイアスが加わっている可能性もあり、全面的には信頼はできない。その一方で、ごくわずかな健康被害は動物や細胞を用いた実験では見いだしにくいという事情にも、配慮する必要がある。結局、「それほど危険ではなさそうだが、かと言って全面的に安心できるほどではない」と言わざるを得ないのである。
0.3〜0.4μTの磁場は、地磁気による静磁場の100分の1程度であり、健康被害をもたらすとはにわかには信じがたい。しかし、電磁波に囲まれている文明社会の現状を考えれば、あまりコストの掛からない範囲で予防的な措置を講じておく方が安心だろう。
ポスト京都議定書へ始動(07/06/11)
主要国首脳会議(ハイリゲンダム・サミット)は、「2050年までに地球規模の温室効果ガスの排出を少なくとも半減させるよう真剣に検討する」という曖昧な文言の合意をもって閉幕したが、国際的な温暖化対策は、ポスト京都議定書の枠組みを巡って、これから正念場を迎えることになる。
京都議定書は、先進国に対して、2008年〜2012年の平均温室効果ガス排出量を1990年比で一定値以上削減することを義務づけている。主要国の削減率は、日本6%、米国7%、EU15ヶ国8%、カナダ6%、ロシア0%などとなっており、全体で5%以上の削減を目指していた。2001年にブッシュ米大統領が議定書からの離脱を表明したため、一時は空中分解の危機にさらされていたが、2004年にロシアのプーチン大統領が署名し、ともかくも発効にこぎ着けることができた。しかし、京都議定書の実効性は、次のような点で疑問視されている。
- 最大の温室効果ガス排出国であるアメリカが参加していない。アメリカでは、二酸化炭素排出量(化石燃料由来のもの、以下同じ)が20%増加している(1990年に比べた2003年の数値、以下断りのない限り同じ)。
- 中国(2003年の二酸化炭素排出量2位)、インド(同4位)、韓国(同9位)が開発途上国という理由で削減義務を課せられていない。二酸化炭素排出量は、中国73%増、インド88%増、韓国89%増である。
- ロシア(同3位)では、ソビエト崩壊後の混乱もあって、2003年の二酸化炭素排出量が1992年に比べて25%も減少している。しかし、ロシアは、この減少分を排出権取引に利用しようとしているため、かえって地球全体での排出量削減の努力を削ぐ結果となる。
- 日本(同5位)では、2005年の二酸化炭素排出量が1990年に比べ13.1%増、メタンや代替フロンなど他の温室効果ガスと併せると、7.8%増となっている(環境省発表値)。産業部門(工場など)では5.5%減少しているが、その他の部門での増加がこれを上回った。京都議定書の目標達成は絶望的。
- EU諸国では、ドイツ(同6位)が、主要産業である石炭部門の効率化と旧東ドイツの旧式な設備の改善などによって、二酸化炭素排出量の大幅削減(18%減)に成功したが、イギリス(同8位)は2%と微減、イタリア(同10位)14%増、フランス(同13位)3%増、スペイン(同17位)46%増となっている。EU15ヶ国では、かろうじて京都議定書の目標を達成できる見通し。
- カナダ(同7位)では排出量が36%増加しており、京都議定書の目標達成は不可能。
(日本以外の二酸化炭素排出量の出典: Marland, G., T.A. Boden, and R.J. Andres. 2006. Global, Regional, and National CO2 Emissions )
このように、京都議定書の理念は、ヨーロッパでのみ何とか命脈を保っているが、世界的に見るとボロボロの状況である。ポスト京都議定書の枠組み作りでは、議定書から離脱したアメリカをどうやって引き戻すか、中国・インドなど急激に発展している国にいかなる義務を課すか、そして、口先ばかりで実行力のなかった日本にどのような制裁を加えるかが課題となる。
REACH規則施行(07/06/01)
EU の新たな化学物質規制 REACH (Registration, Evaluation, Authorisation and Restriction of Chemicals)が6月1日にスタートした。これは、化学物質のリスク評価を事業者に義務づけ、安全性に関する情報を共有するための枠組みとなる規則で、健康と環境の保全とともに、EU の相対的優位性を維持することを目的とする。その主な内容は、次の通り:
- 登録(Registration):年間の製造量・輸入量が事業者当たり1トン以上の化学物質に関しては、化学物質の種類・用途・有害性情報などの技術書類を欧州化学物質庁に提出する(2008年6月から予備登録開始)。10トン以上の化学物質は、さらに、化学物質安全性報告書を提出しなければならない。
- 評価(Evaluation):化学物質庁は化学物質安全性報告書の内容を評価し、必要ならば追加情報を要求する。
- 認可(Authorisation):特にリスクの大きい物質(発ガン性物質、残留性の強い物質など)を使用する場合、事業者は申請して認可を得る必要がある。
- 制限(Restriction):化学物質庁は、リスク評価の結果に基づいて、必要ならば製造・使用を制限する。
REACH は EU 域内への輸出品にも適用されるので、日本やアメリカなどの企業にも影響が大きい。電気機器や自動車に含まれる化学物質を部品や素材の段階にさかのぼって調べ上げ、その安全性評価や登録手続きを行うには、膨大な費用と手間が掛かる。このため、EU への輸出を手控える企業も出てくるだろう。しかし、将来の健康・環境のことを考えると、REACH はきわめて有意義な規制であり、国際標準として採用される可能性も充分にある。化学物質の中には、殺虫剤の DDT のように当初の研究で安全だとされながら後に危険性が明らかになったもの、内分泌攪乱物質のようにリスク評価が技術的に難しいものも少なくない。したがって、有害物質をリストアップしてこれを規制するよりも、まず全ての化学物質に規制の網をかけ、安全性についての情報を集めながら適切な使用法を模索していくのが、方法としては順当である。REACH 導入によって世界全体で数千億円のコスト負担が必要になると言われるが、人類が安全に暮らしていく上で必要な経費だと考えるべきだろう。
全日空でシステム障害(07/05/28)
全日空国内線の旅客管理システムで障害が発生、発券や搭乗手続きの遅滞により130便が欠航、7万人が影響を受けた。このシステムは、予約・発券・搭乗手続き・手荷物管理などを一元的に行うシステム。これが正常に作動しないと乗客と手荷物が共に乗っているかが即座に判明しないため、爆発物によるテロを回避しようとすると、なかなか飛び立てない。また、携帯電話を利用したチケットレス化が押し進められていたため、コンピュータ・システムなしには払い戻しも容易に行えず、手続きに手間取る結果となった。利便性の追求が裏目に出たとも言える。
今回のシステム障害の原因はまだ明らかになっていないが、ホストコンピュータと業務端末を接続するシステムのソフトウェアを更新したばかりであり、これを古いソフトに戻したところ復旧したことから、新ソフトに原因があると見られる。システムを更新した際に大規模な障害が発生したケースとしては、「東京証券取引所のシステム障害で午前中の売買停止(2005)」、「東京航空交通管制部のフライトプラン管理システムがダウンして250便欠航(2003)」、「みずほ銀行の新システムで口座振替の引き落とし漏れなどが大量発生(2002)」がある。東証と東京管制部のケースでは、更新前の状態に戻すことにより数時間で復旧したが、新銀行として発足したみずほ銀行では、合併前の状態には戻せないため、1ヶ月にわたってトラブルが続いた。
現在のコンピュータ・システムがきわめて複雑なものになっている以上、完璧なソフトウェアを一度に作成するのは現実問題として困難であり、システム障害の発生確率をゼロにすることはできない。しかし、システムを多数のモジュールに分割して段階的に更新していくことで、被害を可能な限り小さくする方法もあるはずだ。この場合、あるモジュールがネックになってスピードが遅いといった不便さが生じるかもしれないが、システムの安定性を優先するならば、利便性をある程度まで犠牲にするのはやむを得ないだろう。
ダークマターのリング?(07/05/21)
アメリカ航空宇宙局(NASA)は、ハッブル宇宙望遠鏡によって、ダークマター(暗黒物質)の痕跡とも言えるリング状の構造が見つかった発表した。見つかったリングは、地球から50億光年彼方にある銀河団CL0024+17 内にあり、差し渡しが260万光年に及ぶ。2つの銀河団の衝突によって生じたダークマターの揺らぎのために、背後にある銀河の光が曲げられ、本来は見えないはずのダークマターの構造を浮き上がらせたという。
ダークマターは、いまだ観測によって検証されていない仮想的な存在だが、過去においては銀河の形成にかかわり、将来においては宇宙全体の命運を左右する。ダークマターの必要性は、銀河形成論の行き詰まりがきっかけとなって、強く叫ばれるようになった。銀河形成論には、まず小さな球状星団ができ、これらが集まって巨大銀河に成長したというピーブルスらのボトムアップ説と、最初に超銀河団規模の構造が形成され、これが分裂して小さな銀河に分かれたというゼルドヴィッチによるトップダウン説の2つが提出されていた。ボトムアップ説に対しては、宇宙初期の放射によって球状星団の“タネ”になるべき質量分布の揺らぎがなくなるという反論が示され、一時期は棄却されかかっていた。高温で放射エネルギーが大きい初期の宇宙では、ちょうど砂場をホウキで掃いたときのように、小さなでこぼこは均されてしまうのである。一方のトップダウン説は、ホウキで均しきれないような大規模なでこぼこが銀河を形成したと仮定することで、この反論を逃れていた。しかし、1992年にCOBEが検出した宇宙背景放射に、そうした大規模なでこぼこが見られないことからトップダウン説も否定され、再びボトムアップ説に脚光が当たるようになる。このとき、放射で質量分布の揺らぎが均されないと主張するために、光とは相互作用しないが重力作用は及ぼすという宇宙スケールのダークマターの存在が要請されたのである。ダークマターは、ダークエネルギー(真空を押し広げる作用を生み出すエネルギー)とともに、膨張宇宙モデルと観測データのつじつまをあわせるためにも使われる。
理論からは強く要請されるが、観測にはひっかからない。ダークマターは、まさに19世紀におけるエーテルのような存在である。今回の発見は、(本当にダークマターの痕跡か疑問の余地がないわけではないが)ダークマターについて研究を進める上で、大きな一歩になるかもしれない。
バイオガソリン販売開始(07/04/27)
植物由来の燃料を混ぜた「バイオガソリン」の試験販売が首都圏で始まった。2010年までに全国販売を目指す。
バイオガソリンは、植物由来のバイオエタノールにイソブチレンを加えて合成したETBEをガソリンに加えたもので、フランスなどで導入されている(ブラジルやアメリカでは、バイオエタノールをそのままガソリンに混ぜて使用している)。枯渇資源である化石燃料の使用量を削減できる、光合成で固定された炭素が含まれるので地球温暖化の進行を遅らせる−−などの点で、環境に優良な製品だという声もある。
しかし、実際にバイオガソリンが環境負荷を低減するかどうかは、必ずしも明らかではない。バイオエタノールの生産は、粉砕・加熱分解・発酵・蒸留などの過程を含み、その際に多くのエネルギーを消費する。また、エタノールはパイプラインでの輸送が難しくトラックで運搬することになるので、そのためのディーゼル燃料も必要となる。アメリカでの研究によれば、1J のバイオエタノールを得るために0.74J の化石燃料が消費され、エネルギーの節約効果はあまり大きくないという。さらに、現在、バイオエタノールの原料には、食用にもなるトウモロコシやサトウキビなどのデンプン・糖類が使われているため、バイオエタノールの生産拡大は食糧需給の逼迫を招きかねない。実際、メキシコではトウモロコシの価格が高騰して、抗議デモに至った。今後、燃料用のトウモロコシ・サトウキビの作付け面積が増えると、森林伐採や過剰灌漑による環境悪化に拍車を掛けることになるという懸念もある。
実は、環境負荷を低減するバイオ燃料の本命として期待されているのは、現在のバイオエタノールではなく、開発中のセルロースエタノールの方である。トウモロコシのデンプン成分が植物体の3割以下であるのに対して、草のセルロースは7割を占める。トウモロコシのように多量の水を必要としない作物や、食用にならない農業廃棄物からも生産でき、デンプンなどを分離する工程が必要ないので、エネルギー効率は高い(1J のセルロースエタノールを作るのに必要な化石燃料のエネルギーは 0.1J とされる)。日本では、地球環境産業技術研究機構が、遺伝子組み換え技術を利用して、さまざまなタイプのセルロースを発酵させてエタノールを生成するバクテリアを開発しており、実用化に向けて目処が立ったところだ。
今回のバイオガソリンの試験販売は、それだけで環境対策になるものではなく、あくまで、セルロースエタノールを使ったバイオ燃料の利用に向けての地均しと考えた方が良さそうだ。
東洋町・町長選で核処分場反対派が当選(07/04/23)
前町長が高レベル放射性廃棄物最終処分場候補地選定の文献調査に独断で応募、町議会の反発を浴びて辞職した高知県東洋町の出直し町長選で、応募撤回を公約に掲げた候補が当選、候補地選定作業は振り出しに戻った。
原子力発電所から出される使用済み核燃料は、再利用可能なウラン・プルトニウムを再処理工場(日本では青森県六ヶ所村に建設済み)で取り除いた後、放射能の強さによって高レベルと低レベルの放射性廃棄物に分けて処分される。このうち、放射能のきわめて強い高レベル放射性廃棄物は、少なくとも数千年(可能ならば数万年)の長期にわたって生活環境から隔離しなければならないため、ステンレス容器に密封したガラス固化体として地下300メートル以上の安定した地層に埋設されることが決められている。日本国内の使用済み核燃料は、すでにガラス固化体で2万本に相当する分量が生じており、さらに毎年1100〜1500本相当が発生する。埋設処分をスムーズに実施するためには、2010年頃までに処分場建設の候補地(精密調査を行う地区1〜2ヶ所)を選定しなければならない。このため、2002年12月から原子力発電環境整備機構(NUMO)が候補地の公募を始めたが、進んで核のゴミ捨て場になりたがる自治体は現れなかった。そこで、経済産業省が、応募した自治体に支給する交付金を2007年度から大幅に増額することを決定したところ、2007年1月に最初の候補として東洋町が名乗り出たわけである。
この応募の目的が、文献調査中に支給される交付金(単年度の限度額2.1億円、周辺市町村を含めるとさらに多額)にあることは、「文献調査の応募は必ずしも最終処分場の誘致ではない」という前町長の言葉からも明らかである。四国東南の沿岸部にある東洋町は、南海地震の被害も予想され、最終処分場の好適地とは言えないため、文献調査の段階ではねられると期待したのかもしれない。しかし、町長が独断で行った行為は、結果的に自身の失職を招くことになったわけであり、交付金をエサに何とか候補地選定に持ち込もうとする政府の目論見は、早くも暗礁に乗り上げた格好である。
最終処分場の建設がどうなるか、いまだに不透明だが、かと言って、ダーティボム(放射性物質を撒き散らす爆弾でテロリストによる使用が懸念される)の材料となる核廃棄物の処分を海外に委託することは、安全保障の上からも好ましくない。日本の原子力行政のやり方は、言わばトイレのない住宅を建ててしまったようなものであり、そのツケは、財政の苦しい自治体のどこかに回されることになりそうだ。
「あるある」捏造で検証番組(07/04/04)
「発掘!あるある大事典2」で捏造された内容を放送した問題に関して、番組を制作した関西テレビは、捏造が生まれる背景などを検証した番組を全国ネットで放送、あわせて社長の降格を発表した。同局は、すでに行政指導では最も重い「警告」を受けている。
「あるある」の捏造疑惑が週刊誌などで大きく取り上げられのは、今年1月に「納豆ダイエット」について放送されてから。検証番組では、特にこの回で捏造が生じた過程を詳しく解説した。
(1)「あるある大事典2」は、関西テレビが日本テレワークに制作を委託した番組。中核となる情報VTRの制作は、日本テレワークから再委託された9つの制作会社が請け負っており、制作期間は2〜3ヶ月。番組予算約3200万円の大半はスタジオ収録時に出演するゲストのギャラなどに使われ、VTR制作には880万円しか回されていなかった。
(2)8月に開かれたテーマ会議(関西テレビと日本テレワークの担当者が出席)で1月7日放送分として視聴率の稼げるダイエットの話題を取り上げることを決定、「短期ダイエットプログラム・最強食材X」というテーマは決めたものの、具体的な食材の選定は制作会社に任せることにした。
(3)9月末にVTR制作を発注された制作会社アジトでは、リサーチャがインターネットや健康情報誌などを調べ、大豆タンパクに含まれるβコングリシニンに内臓脂肪を減らす効果があるとの情報を得る。これをもとに、アジトの担当ディレクタは納豆をテーマとする企画案を作成、10月27日の企画会議で関西テレビ・日本テレワークのプロデューサらに対してプレゼンを行い、了承された。
(4)11月初め、研究団体から「体重減少効果があるという実験はサプリメントを使用したもので、納豆にβコングリシニンが含まれるかすら明確でない」と報告され、方針転換を余儀なくされた担当ディレクタは、あるテレビ番組がDHEAを「若返りホルモン」と紹介、「納豆を食べるとDHEAが増える」とコメントしているのを見て、これを取り上げることを思いつく。インターネット検索で得た断片的な知識をもとに「納豆に含まれるイソフラボンが体内のDHEAを増やし体重減少をもたらす」という仮説をでっち上げ、このラインに沿ってインタビューの受け答えまで含むロケ台本を作成、スタジオ収録(=VTR納入期日)を24日後に控えた11月23日の構成会議で、関西テレビ・日本テレワークのプロデューサらに対してプレゼンを行い、了承された。以前の企画の「βコングリシニン」が「DHEA」に置き換えられていることは、問題とされなかった。
(5)アジトに委嘱された在米コーディネータがDHEAの研究を行っている大学教授を探し出してコンタクトを取ったが、化学的に合成したDHEAをネズミに投与したときに体重減少効果が見られるというデータを示されただけで、特定の食物によって体内のDHEAが増加するという仮説はあっさりと否定された。この報告を受け取った担当ディレクタは、アメリカでの取材に成功しなければ番組が成立しないとの危機感の下に渡米し、教授に3時間にわたって話を聞いたものの、期待したコメントは得られなかった。落胆したディレクタは、「番組を面白くわかりやすくする上で仕方のない選択」(本人の談話)として、インタビュー映像に「体内のDHEAを増やす食材がありますよ、イソフラボンを含む食品です」というロケ台本通りの吹き替えを加えた。
(6)ロケ台本に従って、応募してきた一般人に2週間2パックの納豆を食べ続けてもらうという実験を行ったところ、食生活が規則正しくなったせいか体重が減少した参加者もおり、VTRでは華々しく紹介されていた。ただし、実際に測定していないにもかかわらず、コレステロール値・中性脂肪値・血糖値が低下するという虚偽の報告が付け加えられた。
(7)このほか、納豆摂取後の血中イソフラボン濃度変化を示すグラフをでっち上げるなど、主に担当ディレクタ個人の編集作業によって複数の捏造が行われた。
以上の経緯から明らかなのは、関西テレビ・日本テレワークのプロデューサらに見られる科学リテラシの欠如である。科学の基礎を身につけた人間にとって、健康を害さずに短期間で顕著な体重減少をもたらす食品が存在しないことは、常識である。たとえ存在したとしても、一般人を使った2週間程度の実験でその効果を検証することは、不可能に近い(科学的な厳密さを期すためには、他の条件を均等にした対照群との比較が不可欠であり、膨大な手間と費用が掛かる)。短い制作期間と僅かな予算の枠内で、ありもしない食品を探し出し、出来もしない実験をするように命じられた下請け企業が、やむを得ず捏造に走ったことは、許せはしないものの同情はできる。今回のケースでは、関西テレビが集中砲火を浴びているが、制作サイドに科学的な常識のないことを伺わせるテレビ番組は、決して少なくない(「マイナスイオンは体に良い」「アポロ11号は月着陸していなかった」など)。今後は、番組制作に当たって、専門知識のある中立な立場の人にチェックを依頼するといった体制を作ることが望まれる。
タミフル、10代への投与中止(07/03/22)
投与された患者に異常行動が生じるとの報告が相次いでいることを受けて、厚生労働省は、インフルエンザ治療薬「タミフル」の10代の患者への原則使用中止を決定、輸入販売元の中外製薬に緊急安全性情報を出すよう指示した。タミフル投与後の事故として報告されているのは、10代の転落などの事例が2004年以降に15件(死亡4人、骨折などのけが11人)、年齢は10〜17歳で、男子が14人、女子が1人だった。このほか、成人の転落・転倒も、昨年以降だけで7件ある。
3年間で15件という数は、報告されていない無数のケースがあることを考えると、かなり多いようにも見える。しかし、タミフルは6年前に発売されてから国内で約3500万人分が売られており、発症率としては必ずしも高くない。さらに、高熱を発している患者(特に小児患者)にしばしば見られる熱性譫妄や、より重篤なインフルエンザ脳症(5歳以下に多い)でも、幻覚・意識障害・異常言動などの症状が見られ、タミフル服用後の異常行動が、薬の副作用か病気の症状かを識別するのは難しい。今後は、タミフルの投与を受けた患者と受けていない患者の間で異常行動の発生率や行動パターンに差異が見られるかについての調査が続けられるだろうが、発症率の低さを考えると、タミフル投与と異常行動の間の因果関係が解明されないままで終わる可能性も大である。
タミフル投与の是非は、リスクと便益の大きさをいかに判定すべきかという問題の1例である。10代への投与中止という厚労省の決定は、(1)異常行動を起こすのは未成年者が多い、(2)10歳未満の患者は保護者によって危険な異常行動を阻止しやすい、(3)インフルエンザによる死亡率が高い幼児(1歳児以上)や高齢者にとってタミフルの便益は大きい(10代の患者はタミフルを使わなくても死なずに済みそうだ)−−などの点を考慮したものと言えるが、異常行動による事故を薬害だとするマスコミの批判に応じたという面も否めない。BSEや劣化ウラン弾の報道でも見られるように、マスコミはリスクをことさら大きく言い立てる傾向があるため、行政側は、マスコミを主たる情報源とする市民から対応が生ぬるいと非難されがちである。こうした非難をかわしながら、医学的な妥当性を失わない方策として、10代への投与中止という決定は、ギリギリの妥協案と言えるだろう。
北陸電が臨界事故隠し(07/03/16)
北陸電力の原子力発電所で臨界事故が発生したにもかかわらず、国に報告せず8年にわたって隠蔽したことが判明した。事故は、1999年6月、志賀原発1号機の定期点検中に発生。制御棒の動作確認テストを行った際、制御棒を水圧で動かす装置の弁の操作を誤って3本の制御棒が炉心から抜けた状態になり、手動で制御棒を戻すまでの約15分間、核分裂が連鎖的に起きる臨界状態が続いた。出力は定格の1%未満で、格納容器の蓋は外されていたが、放射能漏れや従業員の被曝は起きなかった。所長らは、臨界の発生は確認したものの、国への報告をせず運転日誌にも記載しなかった。
部分的に臨界状態に達したとは言え、89本の制御棒の残りは炉内に残されており、200本以上の制御棒の大部分を引き抜いてしまったチェルノブイリ原発のケースのような核暴走に至る危険はなかった。しかし、単純な操作ミスで、安全の要であるはずの制御棒が抜けてしまい、これを即座に戻せなかったことは、(定期点検中で制御棒の緊急停止装置が解除されていたとはいえ)原発の安全性に対して不信感を抱かせるに充分だろう。最大の問題は、事故を隠蔽した点である。安全文化の基本は、事故に至らない事象(いわゆるヒヤリハット事象)までもきちんと報告し、関係者の間でリスク情報を共有しながら、常に安全への対策を怠らないこと。たとえ深刻な事態に至らなかったとしても、トラブルの隠蔽は安全水準の低下を招く危険が大きい。
原子力発電所は、強い放射能を持つ核物質を保持し大量の熱水を循環させるいうシビアな稼働条件が課された巨大で複雑なシステムであるだけに、全てのパーツを完璧な状態に保つことは難しい。こうした状況を考慮して、フェイルセーフなどの多重防護の考えが採用され、たとえノーマル・アクシデント(日常的に発生し得る事故)が起きたとしても大事故につながらないように設計されている。にもかかわらず、原発に向けられる市民やマスコミの目は厳しく、多重防護の仕組みで安全を保てるようなトラブルであっても、大きく取り上げられ関係者が批判に晒されることが少なくない。このため、技術的に見てそれほど危険でないトラブルに関して、原発関係者は公にしたがらない傾向が強いようだ(シュラウドのひびを隠した東京電力のケースなど)。しかし、これは誤った態度である。むしろ小さなトラブルでも隠さず発表した上で、こうしたトラブルが大事故につながらないような安全システムが装備されていることをアピールした方が、原発に対する警戒感を沈静化する効果があるはずだ。今回のケースでは、事故そのものの深刻さ(おそらく国際評価尺度でレベル1程度)よりも事故を隠したことが、これからの原子力事業における最大の懸念材料となるだろう。
巨大風車が倒壊(07/01/11)
発電用の巨大風車が根元から倒れる事故が発生した。倒壊したのは、青森県下北半島の岩屋ウィンドファームにある25基のうちの1基で、高さが68メートル、羽の長さが29メートル、支柱の太さは最大3.6メートルにもなる。操業開始は5年前で、設計では秒速60メートルの風にも耐えるとされていた。
風力発電は、低公害自然エネルギーの主力と考えられている。1980年代に税制上の優遇措置によってデンマークで急速に発展し、現在では、ドイツ・スペインなど偏西風が定常的に吹く風況の良い地域で重要なエネルギー源になりつつある。モンスーン地帯にあり台風も襲来する日本では、風の状態が不安定なためにヨーロッパに比べて導入が遅れていたが、買電制度の導入もあって、ここ数年は、人口密度の低い海沿いの地域などで風車の建設が行われていた。風力発電の欠点としては、(1)年平均風速が毎秒6メートル以上ないとコスト的に見合わない、(2)発電量が不安定になりやすい(偏西風地帯では広い範囲で平均すると安定する)、(3)風切り音がうるさく騒音公害を引き起こす、(4)野鳥が衝突する危険がある(衝突死の報告例は必ずしも多くない)、(5)景観上の問題がある−−などが指摘されていたが、今回の事故は、さらに倒壊の危険性も考慮しなければならないことを示唆する。これほど簡単に倒れるとなると、発電量あたりの死傷事故のリスクは、火力発電や原子力発電と比べて低いとは言えない。
風車が倒壊した原因は、まだ明らかではない。倒れた風車は、発電機の不具合のため風向きにあわせてモーターで軸の向きを変えることができなかったようで、風を受け流せずに強い抵抗が生じた可能性もある。しかし、現場の最大風速はせいぜい秒速25メートル程度だったとの報道もあり、これが主因となって倒れたとは考えにくい。2003年に宮古島で発電用風車が倒壊したときには、最大瞬間風速74メートルの強風が吹き荒れていた。製品の欠陥か施工不良が考えられるが、原因の究明とともに、巨大風車の安全基準の制定も進めなければならないだろう。
©Nobuo YOSHIDA