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§3.環境経営

 20世紀的な大量消費社会を改め、持続可能な循環型社会を実現するためには、企業の協力が不可欠である。工業製品の場合、製造業者が、あらかじめ再使用・再資源化に適した設計を採用し、メンテナンスやリサイクルの体制を整備することが、廃棄物を削減し資源の無駄な消費を抑制する上できわめて効果的である。このため、環境問題にどれだけ配慮しているかを見る市民の目も厳しさを増しているほか、企業が環境対策を進めやすくするような仕組みを作る動きも目立ってきた。

 こうした「環境経営」は、一般に経営利益に寄与するものではないので、これを実施させるには、何らかの“外圧”が必要となることが多い。具体的には、各種のリサイクル法や「埋め立て税」の導入などの法的整備、汚染物質の排出に対する市民の監視などがある。さらに、環境問題についての理解が人々の間に広がると、環境に配慮しないことがマイナスイメージとなって直接的に業績に打撃を与えるようになるため、企業側が自主的に環境経営を進めるようになる。

 環境経営によって利益を上げることも不可能ではない。欧米では、早くから対策を講じて効果を上げている企業も多い。例えば、米デュポン社は、ゴミゼロ対策に年間3億ドルを投じ、2000年には化学物質の排出量を87年比で90%以上削減、処理費・輸送費の軽減やリサイクル品の販売によって10億ドルを手にしている。


■環境会計

 企業の環境対策を財務分析に反映させる「環境会計」は、もともと先進的な企業が独自に導入を始めたものなので、企業ごとにさまざまなバリエーションがあるが、近年は、環境保全のための投資の費用と効果を対照する形でまとめるアメリカ流の手法が定着しつつある。この手法に関しては、米環境保護局が1995年に入門書を発行して普及に努めている。

 日本では、環境庁がアメリカに倣って環境会計の統一基準作りを行っており、2000年5月にコストの算出方法に関するガイドライン(「環境会計システムの確立に向けて」(環境会計システムの確立に関する検討会))を提示した。環境保全コストに関しては、次の6つの項目に分類して詳しく解説している。

  1. 生産・サービス活動により事業エリア内で生じる環境負荷を抑制するための環境保全コスト(公害防止コスト、地球環境保全コスト、資源循環コスト)
  2. 生産・サービス活動に伴ってその上流または下流で生じる環境負荷を抑制するための環境保全コスト(グリーン購入のコスト、リサイクル・コスト)
  3. 管理活動における環境保全コスト(環境教育コスト、環境マネジメントシステムの構築・運用コスト)
  4. 研究開発活動における環境保全コスト
  5. 社会活動における環境保全コスト
  6. 環境損傷に対応するコスト(土壌汚染・自然破壊の修復コスト)

 こうした「環境コスト」に対して、期待される効果には2種類ある。すなわち、省資源による経費節減やリサイクル収入などの直接的効果と、リスク回避の効果である。リスク回避とは、環境を汚染した場合に賠償金や浄化費用の支払いが生じる危険を事前の環境対策で避けるというもので、支払わずに済んだ金額が投資効果に計上される。ただし、後者に関しては、具体的な集計方法などは提示していない。

 スーパーファンド法(総合的環境対策・補償責任法、1980年制定)など環境汚染に対する補償責任を定めた法律の整備が進んでいるアメリカでは、責任当事者が莫大な浄化費用を支払わなければならなくなるケースが多々ある。1989年にアラスカ沖でエクソンのタンカー・バルディーズ号が座礁して大量の原油が流出したケースでは、エクソンは浄化費用として20億ドル以上を拠出することになった(ただし、実行された中和剤撒布などの浄化作戦は、2次汚染を引き起こすなど必ずしも成功しなかったと言われる)。こうした莫大な補償費用の支払いを回避するための環境投資は、当事者企業にとって経営面での効果があるばかりでなく、環境破壊や健康被害を避けられるという点で、社会的なメリットも大きい。


 日本で環境会計を算出している企業は、まだ1割程度にすぎないが、「算出する予定」ないし「算出する方向で検討中」を加えると、過半数の企業が環境会計に前向きであるという結果が出ている(1999年11月26日付け日経新聞第二部、478社を対象とするアンケート結果)。すでに環境会計を公表している企業には、富士通・ソニー・松下・リコー・大林組・日立・東芝などがあり、費用に関しては環境庁のガイドラインに即してきちんとした数値を上げているが、効果に関しては必ずしも統一性はない。下に、富士通の例を掲げておこう(1999年7月19日付日経新聞)

富士通が公表した環境会計(98年度実績、生産拠点を持つ連結会社を含む)
費   用 (億円) 効   果 (億円)
大気汚染などの防止費
環境ISOなどの規格対応費
リサイクルの費用
省エネ対策費
環境対策の研究開発費
社会貢献費や情報開示費
環境リスク対応費用
 78
 26
 20
  9
  3
  5
  6
環境活動の工場への貢献額
エネルギー費削減分
リサイクル品などの収入
住民補償などのリスク回避額
環境ソフトなどの販売貢献額
ペーパーレスなどの環境活動の効率化
専門家養成など社内教育効果
 58
  9
 41
 46
  7
 16
  5
合   計 147   182

 富士通のケースでは、環境投資は35億円の黒字になっている。ただし、リスク回避のような仮定に基づく効果の計算には、充分な正当性があるとは言い難い。

 アメリカ流の環境会計は、企業がどのような環境対策を行っているかを社会に知らせる(環境対策費が巨額な場合は充分に宣伝材料になる)だけではなく、環境投資が充分にペイすることを投資家に納得させる意味を持つ。法的に環境汚染の補償責任が明確になっている場合は、環境投資は一般に黒字になるため、環境会計を導入すると資本主義的な利潤追求の立場から環境対策が促進される結果になる。こうした手法は、排出権取引の導入によって温室効果ガスの削減を進めようとしているケースと同じく、市場メカニズムを尊重するアメリカの立場を明確に示している。


■環境報告書

 一方、環境投資の費用と効果を対照させるアメリカ流のやり方とは異なる環境報告書を公表している企業もある。特に、企業の社会責任を重視するヨーロッパ系の会社では、企業活動がもたらす環境負荷とその年次変化を公表するところが少なくない。例えば、イギリスの大手化学企業ICIは、1990年に世界の大手メーカーとして初めて「自社による地球汚染度」を公表し、年間に排出した全化学物質(有害/非有害)の総量を放出経路ごとに明らかにしている。この排出量の減少が、環境投資の実質的な効果と見なされる。日本では、宝酒造やリコーなどごく一部の企業が、環境負荷の絶対値に基づく環境報告書を公表している。

 以下に、宝酒造が発表した「宝酒造が与える環境負荷」(出典:TaKaRa緑字決算報告書1999)を引用しておこう。
1997年度1998年度改善率
1.原料調達
原材料11万t10.6万t3.6%
容器包装品3.6万t2.8万t22.5%
2.資源エネルギー調達
用水725万m3682万m36.0%
電力3,324万kWh3,458万kWh-4.0%
燃料2.78万kl2.54万kl8.6%
3.大気排出・排水
CO251,000t-c47,000t-c7.8%
NOx290t245t15.5%
SOx169t142t16.0%
排水583万m3579万m30.8%
4.工場廃棄物・非再資源化分
廃プラスチック、陶磁器屑、汚泥等16,462t1,950t88.2%
5.容器包装・非リサイクル分
ガラスビン
アルミ缶
スチール缶
紙パック
ペットボトル
ダンボール
計3.7万t2.9万t21.9%

 宝酒造は、独自の評価基準を元に「緑字決算」(環境負荷の軽減度を表す)を公表し、「ECO」という単位で数値化している。98年度は、工場からの廃棄物削減(廃棄していた廃棄物の88%をリサイクルに回すようにした)が大きく貢献して、97年比+22ECOの改善があったとされる。

 企業が環境に与えているダメージを公表することは、自社のマイナス面を明らかにすることにもなるため、消極的な企業が多い。しかし、ヨーロッパでは、詳細な環境報告書の公表はエクセレント・カンパニーの条件とも言われており、企業の社会的責任を果たすために必要だと考えられている。


■企業の環境格付け

 環境会計が企業自ら(市民および投資家向けに)発表するものであるのに対して、環境対策の優劣に基づいて外部から企業を差別化しようという動きも始まっている。その例をいくつか紹介しよう。


○投資信託「エコファンド」

 「エコファンド」とは、全上場企業と店頭登録企業の中から環境経営度の高い企業を選び、その中から財務内容でもしっかりした企業を選別し、それでポートフォリオを組んだ一種の投資信託である。投資家は、収益だけでなく企業活動のあり方も考慮しなければならないとする「社会的責任投資(SRI)」の考えに基づく。欧米では、スイスのUBSが1997年に「グローバル・エコファンド」導入して以来、着実に普及しており、その規模は米国で2兆3000億円、欧州で3900億円と推定される。日本では、1999年8月に日興証券が第1号を発売して以来、数社が追随しており、当初予想を超えて、発売開始以来4ヶ月ほどの間に資金総額が1600億円を超した。購入者の99%(金額ベースで90%)が個人客で、女性が圧倒的に多い。環境優良企業には将来性があるという期待もあろうが、それ以上に、儲からなくても環境に配慮する企業を応援したいという「緑の投資家」が日本にも現れたと考えた方が良いだろう。


○環境マネジメントシステムの国際規格ISO14001

 ISO14000シリーズは、優れた環境対策をしていると認められた組織(企業や自治体など)に与えられる国際規格で、日本では「日本適合性認定協会(JAB)」が定めた審査登録機関が、申請した組織がこの規格に適合しているかどうかを審査する。ISO14001の場合、審査基準は、経営者が策定する環境方針の内容や、これに基づく環境計画の設定・実施・改善および見直しの状況をチェックするというもので、決して形式的な認証ではない(ただし、審査の裏をかくことが全く行われていない訳ではなさそうだ)。環境ISOの取得は、エコファントの対象になるためにも必須の条件とされる。2000年1月現在、ISO14001の認定を受けた企業・事業所・地方自治体は3166件に上る。


○格付け機関による環境経営度評価

 一部の格付け機関は、アンケート調査などに基づいて環境経営度に関する格付けを行っている。例えば、日経リサーチと日経新聞による環境経営度ランキング(1999.12.)は次の通り。
 1.リコー 2.横川電機 3.キャノン 4.東京電力 5.NEC 6.富士ゼロックス

 また、ニッセイ基礎研究所(日本生命保険のシンクタンク)やNTTデータ経営研究所は、独自の指標を元にした環境格付けを、2001年から開始する予定。ニッセイ基礎研の場合、売上高や営業損益と環境負荷物質の排出量の比などを使って「環境経営インデックス」を作成、この値の大きさによって、いかに少ない排出量でより多くの売上ないし利益を得たかを示す。大手電機メーカーのインデックスを試算したところ、NEC113点、リコー108点、ソニー86点になったという。




©Nobuo YOSHIDA