◆気になる(オールド)ニュース (2011年)
表紙ページに随時掲載している「気になるニュース」の2011年分です。
気になるニュース
Winny開発者の無罪確定へ(11/12/21)
著作権侵害幇助に問われていたファイル共有ソフトWinnyの開発者に対する上告審で、最高裁は二審の無罪判決を支持、検察側の上告を棄却した。Winnyの裁判では、一審有罪(罰金150万円)、二審無罪と判決が分かれており、最高裁判決が注目されていたが、裁判官5人中4人が無罪と判断した。
Winnyは、アメリカで開発されたファイル共有ソフトWinMXの欠点を改良する形で作られたもので、匿名性が高い(したがって、著作権侵害となるファイルのアップロードを行っても捕まりにくかった←最近は捕まります)、暗号化されたキャッシュがネットワーク中にばらまかれて共有される(したがって、一度流出した情報を回収する方法がない)−−といった特徴がある。こうした特徴は、著作権侵害となるファイルの交換を行う場合に有利であり、開発者は、そのことを認識しながら作ったのではないかと想像される。しかし、著作権侵害以外の場合でもファイル交換の際に身元を明らかにしたくないケースが少なくないこと、キャッシュが分散されるとサーバのクラッシュなどでデータが消滅する危険が大幅に減らせることなどから、Winny自体は著作権侵害以外の用途でも有用なソフトである。最高裁判決においては、(1)Winnyが違法行為にもそれ以外にも使える中立なソフトである、(2)開発者が「多くの人が悪用する蓋然性が高い」と認識していたとまでは言えない−−といった点が考慮された。
Winny裁判は、悪用され得る技術が開発された場合、開発者の責任をどこまで問うべきかを考えるモデルケースとなる。悪用の可能性に配慮しながら高性能を目指すという開発者の二律背反的な状況は、高度な科学技術に支えられた社会では避けられないだろう。
ヒッグス粒子の痕跡発見?(11/12/15)
欧州合同原子核研究機関(CERN)の2つのグループが、標準模型の中で唯一未発見だったヒッグス粒子の存在を示唆するようなデータを発表した。発表したのは、東大など国内15機関が参加した日米欧共同のATLAS(A Troidal LHC Apparatus)と、欧米中心のCMS(Compact Muon Solenoid)の実験グループ。CERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)では、加速リングが交差する4ヶ所で陽子同士を衝突させるが、ATLASとCMSは1ヶ所ずつ担当するライバルグループで、ともにヒッグス粒子や超対称性粒子の発見を狙っている。LHCでは、2008年にヘリウム漏出事故を起こした超伝導磁石結合部の修理が終わっておらず、重心系エネルギー14TeV(テラ電子ボルト=1012eV)という目標値の半分の7TeVで実験を行っていた。
実験結果の詳細は、「TWiki at CERN」などで読むことができる。ATLAS実験の報告(TWiki > AtlasPublic Web >HiggsPublicResults)によると、陽子同士の衝突の結果として生じる素粒子反応の中に、予想されるバックグラウンドを3.6σ上回る事象が観測された。これは、質量126GeV(ギガ電子ボルト=109eV)のヒッグス粒子が、(1)2つの光子、(2)(2つのZ粒子を経て)荷電レプトン(電子かμ粒子)とその反粒子のペア2つ、(3)(2つのW粒子を経て)荷電レプトンとニュートリノのペア2つ−−のいずれかに崩壊した結果と見なすことが可能である。このような事象が偶然に発生する確率は1%以下とも言われるが、少数の統計的な事象のふらつき(Look Elsewhere Effect)をきちんと考慮しなければならず、まだ確定的ではない。ヒッグス粒子の存在が確実になれば、標準模型を構成する最後のピースが見つかったことになり、超対称性理論などポスト標準模型の研究に拍車が掛かる。
京都議定書延長、日本は不参加(11/12/15)
第17回国連変動枠組み条約締約国会議(COP17)は、今後の温暖化ガス排出削減の枠組みを定めた合意文書を採択し閉幕した。合意の内容は、(1)2020年に主要排出国全てを対象とした新しい枠組みを発効する、(2)新枠組みのための交渉は15年までに終える、(3)13年以降は京都議定書を延長する、(4)京都議定書の延長期間や削減目標はCOP18で検討する−−など。日本は、カナダ・ロシアとともに延長される京都議定書には加わらず、批准国のまま自主的な排出削減を続ける。
12年までの削減義務を規定した京都議定書では、中国・インドなどの開発途上国が除外されている。これを不服としたアメリカは2001年に離脱し、今回の議論にも加わっていない。日本やロシアは、中印を含む主要排出国全てを対象することを求めたが、南アメリカやアフリカ諸国を含む開発途上国の反論にあって受け容れられなかった。最終局面では、主要排出国全てを含む新枠組みの発効時期を巡ってEUと開発途上国の綱引きとなり、2020年発効で決着した。
日本が京都議定書延長に反対したのは、不公平感もさることながら、国内の削減努力だけでは温暖化ガスを減らせないという実状があるため。2010年度の国内温暖化ガス排出量(速報値)は12億5600万トンとなり、前年度に比べて3.9%増。京都議定書によれば、08〜12年の平均で基準年(1990年)の排出量12億6100万トンから6%減らすことになっているが、排出量だけ見ると明らかに達成困難。産業部門では90年比で12.7%減だが、業務部門で31.9%増、家庭部門で35.5%増となっている。幸い、京都議定書では、国内での森林吸収分と海外からの排出枠購入分の加算が認められており、これらを加えると90年比10.3%減となる(林業が衰退して木々が伸び放題にされていたために助かった)。しかし、排出枠の購入に、08〜12年の総計で6000〜8000億円が必要とされ(日本経済新聞12月13日)、経済的な負担はかなり大きい。さらに、福島第1原発の事故以降、原子力発電の稼働率が大幅に低下、原子炉の大幅増設も見込めないことから、法的拘束力のある削減義務を課されては堪らないというのが本音である。
イレッサ控訴審、製造物責任認めず(11/11/18)
肺ガン治療薬イレッサによる副作用死に関して、輸入販売元のアストラゼネカと輸入販売を承認した国を相手に患者3名の遺族が起こした損害賠償訴訟で、東京高裁は、賠償を命じた一審の東京地裁判決を取り消し、会社および国には責任はないとし賠償請求を棄却した。原告は最高裁に上告した。
2002年に世界に先駆けて日本で承認されたイレッサは、白血病治療薬のグリベックや乳ガン治療薬のハーセプチンと同じく特定の分子を狙い撃ちする分子標的薬で、バイオテクノロジーに基づく新薬として期待が高かったが、間質性肺炎などの肺障害を引き起こす副作用が相次ぐ結果となった。これまでに副作用死が疑われる患者は800人を超える。ただし、肺障害の発症には特定の遺伝子がかかわっていることもあって民族差が大きく、欧米ではあまり問題になっていない(生存期間の延長がはっきりしないとして、アメリカでは承認されていない)。現在では、事前に遺伝子検査を行えば、副作用の危険性が高いかどうかを判定できる。
イレッサは、扱いの難しい薬である。一部の患者に対して著効をもたらすという報告がある一方で、効果のほとんどないケース、逆に深刻な副作用を引き起こすケースも少なくないが、実は、このような効果のばらつきは、抗ガン剤にはかなり一般的に見られるものである。体内に侵入した病原体をターゲットとする抗生物質などとは異なり、抗ガン剤は身体機能そのものに作用するため、効き方に個人差が大きい。したがって、抗ガン剤治療を行う際には、副作用情報に注意を払い、効能と副作用を常に観察しながら、患者に適した抗ガン剤を模索していかなければならない。ところが、イレッサの場合は、画期的な新薬という期待があまりに高かったため、指定された病状以外の患者に処方されるケースもあり、副作用情報が充分に蓄積されないまま、当初の予想よりも遥かに多い患者に対して一斉に使用され始めてしまった。しかも、イレッサが飲み薬であり、医師の目の届かない自宅で服用されることも多く、副作用が現れても、もともとの肺ガンが悪化したと誤解して飲み続けた患者が少なくなかったと思われる(分子標的薬であるイレッサは副作用が少ないと医師から聞かされていた人も多かったようだ)。こうした事情に加えて、日本人はたまたま遺伝的に副作用を発症しやすい体質を持っていたため、重篤な間質性肺炎に罹る患者が数多く現れる結果になった。イレッサに対する期待が過度に高まっていることを販売元のアストラゼネカは察知していたはずだが、その点を考慮して使用説明書で副作用に対する注意を喚起する責任があったかどうかは、見解の分かれるところである(製造物責任法によれば、予測可能な危険性に対して対策を講じなかった場合、賠償責任が生じる)。
イレッサにおける重篤な副作用の発症率が、他の抗ガン剤に比べて著しく高いという訳ではない。同時に多くの患者が使用を開始したこと、ニュースが呼び水となって副作用が多少なりとも疑われるケースが積極的に報告されたことから、短期間に数多くの副作用報告がもたらされ、危険性が喧伝されたが、イレッサ以外の抗ガン剤でもニュースにならない副作用死がかなりあることは、紛れもない事実である。イレッサは、効能と副作用を秤に掛けながら慎重に選ばなければならない多くの抗ガン剤の一つとして、今後も利用され続けることになるだろう。
ジョブス氏逝く(11/10/07)
米アップル社前CEOのスティーブ・ジョブス氏が膵臓ガンのため死去した。56歳だった。
ジョブスはITのカリスマ経営者と呼ばれるが、それは、ユーザが望むシステムを作り上げる抜群の手腕に起因する。1977年にスティーブ・ウォズニアックらとアップル社を設立すると、まず世界初の個人向け完成品パソコンである Apple II を発売して大成功を収め、売れ筋コンピュータは企業がビジネス専用に使用するものという常識を覆した。Apple II は、それ以前に細々と売られていたマニア向けパソコンキットとは異なって、グラフィックス表示機能を標準装備しており、ふつうの個人がパソコンを使う際に何を求めるかを明確に意識した製品だった。1984年には、ゼロックス・パロアルト研究所による GUI の技術を活用した Macintosh を開発、フォントや起動音まで一貫したデザイン・オリエンテッドな作りが評価され、デザイナーが積極的に利用するようになった。
1985年にアップル社を追放された後は、NeXT社を立ち上げてコンピュータ関連の仕事を続けるが、デザインにこだわりすぎたせいか、必ずしも成功していない。しかし、1997年、マイクロソフト社の Windows95 に遅れをとって業績が低迷していたアップル社に復帰すると、画期的な新製品を次々と生み出していく。1998年の iMAC も、半透明ずんぐりむっくりタイプというデザインの面白さでそこそこ人気を呼んだが、ジョブスのカリスマ性が発揮されるのは、2001年に iTunes と iPod によって音楽配信事業に乗り出してから。音楽配信のアイデアと技術は、必ずしも斬新なものではない。ネットを利用した音楽配信は、無料のファイル交換という形で以前から行われていたし、著作権侵害が指摘されて有料化された後の課金方式は、NTTドコモが1999年から始めた i-mode の着メロ配信などが参考にされている。mp3再生プレーヤーのアイデアと技術は、ソニーやサンヨーが先行していた。これに対して、ジョブスは、「音楽を自由に楽しみたい」という若者のニーズを的確に読みとり、大容量ハードディスク方式、シンプルな外見、指先で簡単に操作できるインターフェースなどを採用することで、かなり高めの価格設定だったにもかかわらず、爆発的なヒットに結びつけた。音楽も聴ける高機能ケータイを目指した日本のメーカとは、ニーズの読みに決定的な差があったわけである。
2007年の iPhone は、ジョブスの慧眼をさらに際だたせる製品である。携帯電話としての機能は、必ずしも最高レベルではない。しかし、タッチスクリーンに集約した操作や画像の滑らかな動きなど、ユーザが喜ぶポイントには、高度な技術を惜しみなく注ぎ込んでいる。このメリハリによって、おしゃれでスマートな先進的製品というイメージが生まれ、新世代スマートフォンとして人気を獲得したのである。
今後、ジョブスの何が凄かったかについていろいろと語られることだろうが、何よりも、それぞれの製品が登場したときに人々が感じたワクワクする思いを追体験するところから始めていただきたい。
ニュートリノは光より速い?(11/09/24)
欧州原子核研究機構(CERN)の OPERA 実験で、ニュートリノが光速を超える速度で運動したことを示す実験結果が得られたという。
(このニュースに関して質問が寄せられたため、
「Q&A」コーナーで解説しています。)
米、特許「先願主義」へ(11/09/11)
米上院は、先発明主義から先願主義への移行を含む特許法の改正法案を可決した。同法案は、すでに下院でも可決されており、オバマ大統領が署名すれば法律が成立する。
先願主義とは、先に出願をした者が特許を取得する権利を得るというもので、日本やヨーロッパなどほぼ全ての先進国で採用されている制度。この制度のメリットは、出願された特許の内容を公開することで技術の普及を促す効果がある点だろう。特許制度が整備されていない時代には、技術の流出を防ぐために、技術そのものを囲い込み、従業員に秘密を遵守させるのがふつうだった。こうなると、重要な技術が特定の組織に独占され、その恩恵が社会全体に行き渡らない。特許制度はこの弊を改めるためのもので、特許権を持つ者に技術に対する独占権を与える代わりに、出願書類に記載された特許内容を公開させる。技術を使用したい場合には、特許権者に特許を使う許諾を得ることが必要になる。さらに、特許には有効期限(日本では例外を除いて出願後20年)を設定し、技術の永続的な独占を防ぐ。多くの発明は製品化前の早い段階で特許出願がなされるので、販売開始後数年で特許の有効期限が切れることも少なくない(医薬品のように安全性の確認に時間の掛かる場合は、例外的に有効期限を延長することができる)。
一方の先発明主義は、先に発明した者に特許を与えるやり方で、先進国ではアメリカだけが採用してきた。これは、必ずしも製品化を想定せずに技術開発を続ける個人発明家や大学の研究者に有利な制度とも言え、革新的な発明のインセンティブになると考えられる。しかし、実際に特許を取得しようとすると、先に発明したことを立証するための資料が必要となるため、手続きが煩雑になるというデメリットもある。また、製品化された後で「自分の方が先に発明していた」と名乗り出る者が跡を絶たず、特許争いを紛糾させやすい。
エジソンのような発明家が産業発展の礎を作ったと自認するアメリカでは、長らく先発明主義を守ろうとする意識が強かったが、知的財産権の国際的なハーモナイゼーションの流れの中で、先願主義への方向転換を余儀なくされたようだ。
イトカワの解明進む(11/08/28)
Science誌最新号(2011年8月26日号)には、ハヤブサが持ち帰った小惑星イトカワの微粒子(平均40〜50μm、最大180μmの粒子約1500個)に関する論文が特集され、これまで必ずしも実態がはっきりしていなかった小惑星に関する新たな知見がまとめられている。
微粒子はさまざまな方法で分析されている。1例として、3つの微粒子に含まれる希ガスについて調査したグループの論文の概要を紹介しよう。微粒子をレーザで200℃→300℃→溶融状態と段階的に加熱したところ、微粒子中に閉じ込められていた4He、20Ne、36Arが放出された。このうち、NeおよびArに関する同位体比(20Ne/22Ne、40Ar/36Ar)と、NeとArの組成比は太陽風のものとほぼ一致しているため、太陽風に曝された微粒子の表面に原子が打ち込まれたものと推定できる。Heの値が太陽風のデータと異なっているのは、宇宙空間でHe原子が選択的に漏出した結果だと考えられる。NeとArがどれだけ含まれているかを調べると、3つの微粒子が小惑星の表面近くにあって太陽風に曝されていた期間(量の推定に不定性があるため、その下限)が推定でき、それぞれ410年、150年、550年(不定性を考慮すれば、実際にはこの数倍かもしれない)となる。微粒子が表面にあった期間はかなり短いが、これはイトカワが常に表面を削られているためで、100万年当たり数十cmの割合で小さくなっているイトカワの寿命は、太陽系の寿命よりかなり短い1〜10億年程度と予想される。
華やかさに欠け一般の人にはわかりにくい内容かもしれないが、こうした地道な研究が太陽系の謎を解明していくのに重要な役割を果たすことになる。
グーグル、モトローラ端末部門を買収(11/08/17)
米グーグル社は、かつて携帯電話機最大手だった米モトローラ社の携帯端末部門(今年1月にモトローラ社の会社分割で発足したモトローラ・モビリティ)を125億ドルで買収すると発表した。モトローラ・モビリティは無線通信技術に関する特許を数多く所有しており、スマートフォン分野で激化するアップル社やマイクロソフト社との知的所有権争いを有利に進めることが狙いと見られる。
すでに出荷台数でパソコンを凌駕し、数年以内に携帯電話全体の半分を占めると予想されるスマートフォンは、従来型携帯電話の進化形と言うよりは、パソコンの退化形とでも形容すべきものである。現在のパソコンは、ウィンドウズという膨大な機能を詰め込んだOSの上で、さらにアプリをインストールして走らせるという方式になっているため、ネット閲覧など限られた目的で使用するユーザにとっては、重くて使いにくい製品になっている。汎用性を諦めて一部機能に特化した製品を出した方がユーザに好都合であることは早くから指摘されていたものの、ウィンドウズをデ・ファクト・スタンダードとする業界の流れに逆らうメーカはなかなか現れなかった。こうした中で、独自OSを用いるパソコンシステムを作り続けた実績を持ち、iPOD によって「軽量で使いやすいおしゃれな携帯機器のメーカ」というブランド力を確立したアップルが、パソコンの機能を絞り込んだ専用マシンである iPhone や iPAD を販売し、タッチパネル以外は技術的にさして目新しくないにもかかわらず人気を集めたのは、必然かもしれない(スマートフォンの歴史はPDAにまで遡り、日本発のカメラ付き携帯技術が携帯電話の高機能化を促進したという経緯があるので、アップルの貢献が圧倒的という訳ではない)。グーグルはパソコン用ソフトの技術を生かしてスマートフォン用OSアンドロイドを開発、メーカに無償提供してシェアを急伸させたが、歴史が浅いだけに知的所有権の蓄えがなく、特許を巡る係争で弱みを見せていた。
日本のメーカは、ハードウェアの技術では欧米韓各社と比べて決して見劣りしないにもかかわらず、機能を絞り込むという事業戦略の先見性に欠けたために、苦しい立場に置かれている。ユーザが携帯機器に何を求めているかに加えて、何を求めていないかを見極めることが重要だろう。
最後のスペースシャトル打ち上げ(11/07/09)
スペースシャトルのラストミッションを目指すアトランティス号が、8日ケネディ宇宙センターから打ち上げられた。10日には国際宇宙ステーションとドッキングする。
スペースシャトル計画は、1981年の初飛行以来、アポロ計画に続くビッグプロジェクトとしてとしてNASAが莫大な費用を掛けて推進してきたものだが、経営上の観点からすると成功とは言い難い。当初の計画では年50回程度のフライトを行い、重量あたりの打ち上げコストを大幅に軽減する予定だった。しかし、実際にはトラブル続きで年数回のフライトしかできず、1回の打ち上げ費用は約4億5000万ドルに上り、重量あたりの打ち上げコストは当初予定の数十倍に達した。最大25トンの荷物と8人のクルーを載せることが可能だというメリットを生かして、ハッブル宇宙望遠鏡の修復といった高度なミッションを遂行してきたが、宇宙ビジネスの道具としては欧州宇宙機関やロシアの大型ロケットほどの利便性がなく、再利用可能な宇宙往還機を常設化するには至らなかった。
コストが高騰した要因は、宇宙往還機が抱える技術的な困難が予想以上だったため。ロケットの構造としては円筒形が最も頑丈であり、多段ロケットで打ち上げて先端のカプセルだけ回収するという方式が安全面・コスト面ともに優れている。これに対して、宇宙往還機は、打ち上げに際してはオービタの脇に燃料タンクやブースタを結合させなければならず、大気圏再突入後には翼で滑空する必要があるため、構造がきわめて複雑になる。スペースシャトルは2度の大事故を引き起こしたが、1986年のチャレンジャー号爆発事故は、Oリングに不具合のあったブースタが横方向にぶれて燃料タンクと衝突したため、2003年のコロンビア号空中分解事故は、打ち上げ時に剥落した断熱材が主翼前縁部にぶつかって破損させたためであり、いずれも宇宙往還機特有の構造が事故の引き金となっていた。事故後、安全対策や代替機製造の費用が発生した一方で、安全性を確保するためわずかなトラブルでも打ち上げを延期するようにした結果、打ち上げコストがうなぎ登りとなった。
科学技術は、容易に飛び越えられないような高めのハードルを設定したとき、予想以上に発展することがある。アポロ計画では、現在から見ると信じられないほどの貧弱な技術しかなかったにもかかわらず、6回の有人月面着陸を成功させており、技術者たちの熱意が困難を克服したケースと言える。しかし、スペースシャトル計画にはアポロ計画ほどの熱狂はなく、成功率99.8%以上という“安全飛行”の要求(実現できなかったが)は技術者にとって高すぎるハードルとなった。スペースシャトルは、科学技術の栄光と悲惨の両面を併せ持つものとして、語り継がれることになるだろう。
ウィルス作成罪が新設(11/06/20)
コンピュータウイルス犯罪などを取り締まるための「サイバー刑法」を盛り込んだ刑法改正案(「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」)が、6月17日に参院で可決・成立した。7月から施行される。
今回の刑法改正で大きな特徴となるのが、いわゆる「ウィルス作成罪」が新設された点である。正当な理由がないのに、無断で他人のコンピュータにおいて実行させる目的でウイルスを作成または提供した場合に適用され、3年以下の懲役または50万円以下の罰金となる(同じ目的でウィルスを取得・保管した場合にもウィルス保管罪になる)。従来はウィルス作成だけでは罪にならず、(1)ウィルスにアニメの画像が無断で使用されていた(著作権侵害)、(2)ウィルスを使って特定したファイル交換ソフト使用者から著作権侵害の和解金の名目で不当に金銭を搾取した(詐欺)、(3)ウィルスに感染したハードディスクが使い物にならなくなった(器物損壊)−−などの“別件”によって逮捕・起訴するしかなかった。今回成立したサイバー刑法によってウィルス作成そのものが罪となるため、立件がはるかに容易になる。
ウィルス作成罪に対しては、批判意見が少なくない。コンピュータ技術者がセキュリティのチェックのために自分で侵入プログラムを開発することがあるが、ウィルス作成罪があるとプログラム作成をためらうことも予想される。1988年に現れた史上最初のインターネット・ウィルスは、コンピュータ科学専攻の大学院学生がUNIXのセキュリティ・ホールを見つけて作成したもので、イタズラのつもりでシステムに感染させたところ、予想以上のスピードで増殖して多くのコンピュータをダウンさせた。一連の行為のどの時点から犯罪に該当するか一概には言えないはずだが、ウィルス作成罪の適用の仕方によっては、ウィルスを作った時点で罪になりそうである(ただし、今回の改正刑法でウィルス作成罪は故意犯とされているので、意図せずにウィルスと同じ動作をするプログラムを作った場合は罰せられない)。さらに、サイバー犯罪容疑でコンピュータを差し押さえる場合、どのプログラムがウィルスかを調べるため通信回線で結ばれているサーバからデータを収集しようとすると、捜査官が犯罪とは関係ない多くの情報を入手することになりかねない。
サイバー犯罪が増加している現状でウィルス作成罪が新設されるのは当然の流れではあるものの、その適用に関しては、充分な慎重さが必要となる。
国際的なサイバー攻撃続く(11/06/13)
国際通貨基金(IMF)がサイバー攻撃を受け、メールやファイルの一部が盗まれた可能性もあるという。今年に入ってから、ソニーやグーグルなどの世界的な企業に対するサイバー攻撃も起こっており、事態は深刻さを増している。
企業や政府のコンピュータに対するサイバー攻撃によって大きな被害が生じ得ることは、インターネットが普及した1990年代から指摘されていたが、当時は散発的に小さな不正アクセスが起きる程度だったこともあり、さして重大視されなかった。ところが、2007年にエストニアがDDoS(分散型サービス妨害;多数の端末から同時に大量のアクセスを集中させてサーバをダウンさせる)と呼ばれるサイバー攻撃を受け、電気や水道、銀行のオンラインシステムが一時停止した頃から、国家的な危機として認識されるようになる。2009年にはアメリカと韓国の政府・金融機関・新聞社などのサーバが攻撃され接続障害が発生、2010年と11年にはグーグルが攻撃されGメールのパスワードが盗まれるなどの被害があったが、前者には北朝鮮、後者には中国の政府機関が関与しているの声も聞かれた(事実関係は不明)。こうした情勢から、米国防総省は、原発や送電網など重要インフラを標的とするサイバー攻撃は戦争行為と見なすことを検討しており、武力行使の警告を発する可能性もあるという。
サイバー攻撃には、明確な犯意に基づく犯罪行為と、社会的な意思表明・セキュリティの警告・自己顕示や腕試し・祭りへの参加のような犯意の乏しい行為がある。今年4月にソニーのグループ会社が攻撃を受けて1億件の個人情報が流出したケースは、おそらく後者に属するだろう。攻撃のきっかけは、あるハッカーがPS3で海賊版の使用を可能にするルートキーをネットに公開したのに対して、ソニーが知的財産権侵害で提訴したこと。知的財産権による束縛を嫌うハッカーのグループが、社会的な意思表明として、脆弱性を放置していたソニー・ネットワーク・エンタテインメントのサーバに不正にアクセスして情報を盗んだようだ。この後、さらにソニーへのDoS攻撃などが続くが、これは、最初の不正アクセスに快哉を叫んだ他のハッカーたちが競うように攻撃を仕掛けたらしい。一方、犯罪行為としてのサイバー攻撃には、金銭目的(盗んだ情報の売買が多い)やライバル企業に対する妨害が多いが、社会に対するテロも含まれる。もっとも、どのような結果になるか自覚しないまま重要なサーバに侵入して大きな被害をもたらすケースもあり得るので、おとなしい市民による犯意なきテロというわかりにくい犯罪が生まれるかもしれない。
携帯電話に脳腫瘍リスク?(11/06/05)
世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関(IARC)は、携帯電話などで利用されるマイクロ波が脳腫瘍を引き起こす「可能性がある」という見解を発表した。IARCは、発ガンリスクを次の5段階に分類しており、今回の見解によれば、携帯電話のマイクロ波は Group 2b に相当する。
| group 1 | carcinogenic to humans |
| group 2a | probably carcinogenic to humans |
| group 2b | possibly carcinogenic to humans |
| group 3 | not classifiable as to its carcinogenicity to humans |
| group 4 | probably not carcinogenic to humans |
IARCによれば、これまでの調査データを解析した結果、携帯電話の使用者に神経膠腫(グリオーマ)や聴神経腫瘍のリスクが増す「限定的な証拠」が見いだされたという。ただし、携帯電話がそれ以外のガンを引き起こすリスクや、職業上ないし環境的にマイクロ波を浴びた際の発ガンリスクについては、結論を出せるだけの証拠はない。リスクの定量的な評価はしていないが、携帯電話を10年以上にわたって1日30分以上使用してきたヘビーユーザの場合、グリオーマのリスクが40%高まるというデータがある。
携帯電話の健康被害に関しては、これまでもたびたび議論されてきたが、「危険性がある」というはっきりしたデータは見つかっていない。過去に動物実験のデータが捏造されたケースもあるため、多くの研究者は結論を出すことに慎重になっている。今回問題とされたグリオーマは、脳腫瘍全体の20%程度(小児では40%程度)を占める代表的な病気であるものの、一生の間に脳腫瘍を発症する割合自体が百数十分の1と必ずしも高くないので、統計的に信頼できるリスク評価を行うのはかなり難しい。もし、さまざまな疾病について携帯電話の使用頻度との相関を調べたのならば、たくさんの病気の中の1つが偶然強い相関を示すことは高い頻度で起こるので、その病気に限定して疫学調査をやり直したのでなければ信頼できるデータとは言えない。また、携帯電話のヘビーユーザとそれ以外の人ではライフスタイルに差があることが予想されるため、たとえグリオーマの発症率がヘビーユーザの間で有意に高くなっていたとしても、携帯電話の電磁波が原因かどうかはわからない。このような事情をふまえた上で、IRCAの見解は、あくまで「あり得ないことではない」という可能性として受け容れるべきだろう。
iPS細胞作製に新手法(11/05/28)
大阪大学・森正樹教授らの研究チームは、マイクロRNA(miRNA)を利用することにより、ガン化しにくいiPS細胞の作製法を開発した(Cell Stem Cell, 26 May 2011, Brief Report)。iPS細胞は、体細胞に3〜4個の遺伝子を導入して各種細胞に分化する能力を回復させた多能性幹細胞で、再生医療や医薬品開発に役立つと期待されているが、その一方で、ガン化しやすいという大きな欠点を持つ。iPS細胞作製に利用される4つの遺伝子(山中4因子)の1つがc-Mycというガン遺伝子であることがガン化の原因だという見方もあったが、これを除いた3遺伝子のみで作製した場合でもガンが生じることから、レトロウィルスをベクターとして遺伝子を導入する手法自体に起因すると考えられる。ガン化の問題は幹細胞に遺伝子を導入する遺伝子治療でも表面化しており、フランスで行われた先天性免疫不全症候群の遺伝子治療は、治療を受けた子供の複数が白血病になるという残念な結果となった。ガン化を避けるために、遺伝子がコードしている化学物質を細胞に投与してiPS細胞を作る手法も研究されているが、作製効率が低いという問題を抱えている。
今回利用されたmiRNAとは、タンパク質をコードしていないRNAの一種で、細胞内で遺伝子の発現を制御していると考えられる。阪大チームは、数千種類あるmiRNAのうちiPS細胞やES細胞に多く含まれる約60種類を抽出、その中からさらに3種類を組み合わせて用いることで、iPS細胞と同様の多能性を持つ細胞を作製することに成功した。ガン化の問題が克服されれば、ヒトの受精卵を破壊して作るES細胞に比べて作製上の障害の少ないiPS細胞は、再生医療で重要な役割を果たすことになるだろう。
浜岡原発全面停止へ(11/05/11)
中部電力は、政府の要請を受けて、地震・津波対策工事が完成するまでの間、浜岡原発を全面停止すると発表した。夏の電力需給が逼迫するため、中部電力から東京電力への電力融通を取りやめるほか、火力発電の稼働率を高めることで対応する予定。
政府が浜岡原発停止を決定したのは、この地域で今後30年以内に震度6強以上の大地震が発生する確率が84%と算出されており、他地域に比べて際だって高いため。南海トラフ沿いに発生する東海・東南海・南海地震は、それぞれ100〜150年おきに起きているが、東海地震は1854年以降は発生しておらず、かなりのひずみが蓄積されていると見られる。さらに、3月11日の東日本大地震のせいで南海トラフでの地震が誘発される可能性もあり、最悪の場合は東海・東南海・南海3連動地震が誘発されて深刻な被害を引き起こす(相模トラフで発生する関東地震については、今回の地震でひずみが解放されたために発生確率が減少するとの見方もあるが、はっきりしていない)。前回の東日本大地震となる869年の貞観地震(M8.4以上)の際には、相互の影響関係は必ずしも明らかでないものの、9年後に関東地震(推定M7.4)、その9年後に南海地震(M8.0〜8.5)が発生している。
今後の原発被害を防ぐためには、福島第1原発で何が起きたかきちんと分析することが重要となる。福島第2原発と女川原発は、地震と津波を受けながら安全に停止しているが、これは冷却系が稼働できたため。福島第1原発では、外部からの電力供給が停止した上に、ディーゼル発電機も津波で壊れてしまった(揺れだけならば、大きな被害は生じなかったと推測される)。外部・内部の電力が喪失した際の対策として、原子炉の余熱を使って給水を行う隔離時冷却系が設置されていたが、これはあくまで電力が回復するまでの臨時システムでしかない。今回は数時間しか動かず、炉心損傷をくい止められなかった。このように冷却系が全く動かなくなることを避けるためには、ディーゼル発電機や取水ポンプを頑丈な建屋内部に設置し、津波から守る工夫をしなければならない。一方、防潮堤が巨大津波に対して必ずしも万全でないことは、今回のケースで示されている。原発停止中にどのような工事をすべきか、被害分析をもとに熟慮してほしい。
©Nobuo YOSHIDA