◆気になる(オールド)ニュース (2002年)
◎表紙ページに随時掲載している「気になるニュース」の2002年分です。
クローン人間誕生???(02/12/27)

 カナダを本拠地とする医療ベンチャー・クローンエイド社は、「世界初のクローン人間を誕生させた」と発表した。生まれたのは女児で、帝王切開による出産だったという。
 このニュースに関して、考えておくべき点が2つある。第1に、情報の信憑性である。哺乳動物におけるクローニングの成功率はかなり低く、せいぜい数%にすぎない。多数の未受精卵や代理母を用意してクローン人間作りを進めていたのか、それとも驚くべき幸運に恵まれたと言うのか、疑問が残る。クローン作成には高価な大型装置はいらないものの、卵の除核などマニピュレータを用いた作業には熟練の技が必要であり、専門技術者をどのように養成(あるいはスカウト)したかも気にかかる。
 第2に、事の真偽は別にして、クローン人間を作成することの是非である。クローン動物は、妊娠中ないし出産直後に死亡する割合が高い。以前は、クローン牛の健康診断結果などをもとに、この時期を乗り越えれば健康に育つという見方もあったが、その後、マウスを用いた研究で、免疫や代謝に異常が生じて寿命が有意に短くなるというデータが出されており、多くのクローン動物で遺伝子のスイッチングが正常に行われていないと推測されている。こうした危険な技術を人間に適用することは、明らかに時期尚早である。今回のニュースが事実だとするならば、まず、この点が糾弾されねばならない。
【参考】クローン技術
国際チーム、イネゲノム解読を完了(02/12/18)

 日中韓米英など10の国・地域にわたる研究機関が参加した「国際イネゲノムコンソーシアム」は、ジャポニカ米の一種「日本晴」で進めてきたイネゲノム解読を完了したと発表した。
 イネゲノムに関しては、2001年にアグリビジネス大手のシンジェンタ(スイス)が解読完了を宣言、データは全米科学振興協会(AAAS)を通じて(大学や公的研究機関には無償で、商業目的の利用に対しては有償で)提供されている。しかし、このデータはあくまで概要版(ドラフト)に過ぎず、配列の誤りや未解読部分が多く含まれる。今回の国際チームによる解読は、それよりも遥かに高精度であり、学問的価値は高い。
 ただし、ゲノム解読は、いまやビジネスに直結するものであり、たとえ拙速であっても、ライバル企業に先行する意義は大きい。イネの遺伝子データは、同じイネ科に属するコムギやトウモロコシのものと密接な関連を持っており、病虫害抵抗性などの基本遺伝子を押さえれば、世界の穀物市場に絶大な力を持つことにつながる。すでに、シンジェンタのグループ企業をはじめ複数の企業や研究機関が米国でイネの遺伝子特許を出願しており、競争は激しさを増している。
【参考】ヒトゲノム解読と遺伝子診断
砒素入りカレー事件で死刑判決(02/12/11)

 1998年に夏祭りのカレーを食べた67人に中毒症状が現れ、うち4人が翌日に死亡した事件で、カレーに砒素を混入したとして殺人罪に問われていた被告に対し、和歌山地裁は、動機を特定しないまま死刑判決を言い渡した。
 判決の当否はさておき、この事件では、犯人(とされた被告)が砒素の毒性を正しく認識していなかったと仮定すると、筋の通った解釈をつけることができる。犯人は、カレー事件以前に、砒素を使用した殺人未遂を4度も繰り返している(検察側主張)。毒物を経口摂取する場合、致死量を遥かに上回る量を口にすると、即座に嘔吐して死に至らないことが少なくない。4度とも被害者が助かったのは、料理に混入した砒素が多すぎたからだと推測される。しかし、犯人はこれを毒が少なかったためと錯覚、カレー事件の際には、食べた人に吐き気を催させようと未遂事件より少量の砒素を投入したが、多くの人が不味さを我慢して飲み込んでしまったため、結果的に多数の被害者を出すことになったのではないか。
 犯人が危険物に関する知識に欠けていたのではないかと推測される事件は、他にもある。1999年に横浜市で起きたマージャン店放火事件では、犯人が恨みを持つ相手にガソリンをかけて火を付けたところ、一瞬のうちに激しく燃え上がり、当事者2名の他、同じ店内にいた5人が巻き添えを食って焼死している。ガソリンは燃焼力が強く、通常の発火でも天井に届くほどの巨大な炎を生じ、気化して空気と適当な比率で混じった場合は爆発(爆燃)を引き起こす。そうした基本的なことを、犯人は知らなかったようだ。
「イレッサ」の副作用報告、291人に(02/12/08)

 厚生労働省の発表によると、肺ガン新薬「イレッサ」(一般名ゲフィチニブ)を投与された患者の間で、間質性肺炎などの副作用が291人に見られ、うち81人が死亡したという(12月5日付日本経済新聞)。「イレッサ」は、正常な細胞にも傷害を及ぼす従来の抗ガン剤とは異なり、ガンの増殖に関与する酵素を狙い撃ちする「分子標的薬」(チロシンキナーゼ阻害剤)で、重い副作用が少ない薬として期待されていた。日本とヨーロッパで行われた臨床試験(第2相)では、208人の投与患者の19%で腫瘍が縮小する効果が見られ、副作用も発疹や下痢などの軽いものが多かったという(アメリカでの臨床試験では、有効率がこれより低いが、副作用が軽かった点は同じ)。こうした結果を受けて、厚生労働省は、5ヶ月あまりの審査を経て今年の7月にスピード承認したが、その後、間質性肺炎などの副作用により13人が死亡したとの報告があったため、10月に緊急安全性情報を出して注意を呼びかけていた。販売元のアストラゼネカ社は、10月の時点で、イレッサが世界中で臨床試験などにより約3万人に投与され、急性肺障害・間質性肺炎の発生頻度は0.2〜0.4%だと発表している。しかし、今回の厚労省の発表によると、日本でイレッサを投与された約1万7000人のうち1.7%で副作用が現れたことになり、アストラゼネカの発表した数値と比べて有意に高い。
 イレッサの副作用が大きな問題としてマスコミに取り上げられた背景には、「副作用のほとんどない新薬」という過大な期待に対する反動があるようだ。当初、アストラゼネカが報告した副作用数が実際より少なかったことも、批判を招く結果となった。ただし、イレッサの場合、副作用の発生頻度が他の抗ガン剤と比べてきわめて高いというわけではなく、多くの患者で有効性も確認されており、厚労省のスピード承認に落ち度があったとも言えない(死亡率の高さは、副作用による肺障害の進行が早いこと、イレッサが経口薬で外来も可能だったことなどに由来する)。イレッサは、「進行非小細胞肺ガン」に有効な薬として承認されているが、期待が大きかったために、非適用症例にも投与された可能性がある。今後は、副作用の発生頻度がアストラゼネカの発表より高くなった原因を解明し、最も効果的な使用法を突き止めることが重要だろう。
【参考】医薬品の安全性
光ディスク特許、発明対価として3500万円を認定(02/11/30)

 光ディスクの読み取りに関する特許を巡って、元社員が日立製作所に「相当の対価」である9億7千万円を求めていた訴訟で、東京地裁は、約3500万円の支払いを命じる判決を出した。この金額は、裁判で認められた特許の対価としては過去最高金額となる。
 知的財産に関する裁判が相次ぐ中で、今回のケースは、特許は会社に帰属することを前提とし、「(発明者は)相当の対価の支払いを受ける権利を有する」という特許法の規定に基づいて、その金額を主たる争点とする点に特色がある。判決に当たっては、ライセンス料を元に日立の利益を2億5千万円と認定、うち発明者(複数)の貢献度を20%程度として原告の取り分を算出した。ただし、利益の中には海外でのライセンス契約分は含まれておらず、その結果、対価も原告の主張からは大きく隔たった金額となった。原告・被告とも控訴する方針のようだが、二審では、対価の算出に当たって海外分をどのように扱うかも大きな争点となろう。
【参考】知的財産を守る
量子暗号、実用化に近づく(02/11/16)

 三菱電機は、量子暗号による情報の伝送距離で世界最長の87kmを達成、米ロスアラモス研究所の持つ48kmという記録を大幅に更新した。既存の光ファイバ網を利用すれば、すぐにも実用化可能だという。
 送信者から受信者へ光子パルスによって特定のメッセージ(記号列)を送る場合を考えよう。ここで、直線偏光の向きが縦横いずれになるかによって1ビットの情報を伝えることにしていると、途中で光子をキャッチした後で同じ偏光状態の光子を発生させれば、送受信者に知られることなく盗聴ができてしまう。こうした事態を避けるために、量子暗号では、例えば「個々の光子は50%ずつの確率で直線偏光/円偏光のどちらかになる」ことだけを取り決めておく。受信者が適当な偏光状態を仮定して光子を測定し、その後で送信者から正しい偏光状態についての情報を入手すれば、メッセージの半分を得ることができる。完全なメッセージを得るには、この作業を繰り返せばよい。このとき、途中で誰かが盗聴すると、量子力学の法則(no-cloning定理)によって復元が困難な形で偏光状態が変わるので、偏光状態についての情報を得た時点で「盗聴された」ことがすぐに判明する。つまり、量子暗号は、ばれないように盗聴することが原理的に不可能なのである。現在広く利用されている公開鍵暗号は、開発中の量子コンピュータが完成した暁にはたやすく解読できるようになることが知られており、こうした「盗聴不可能な」暗号は、セキュリティ確保の上で是非とも必要だとされている。
【参考】ネット上の悪意
遺伝子治療で白血病に?(02/11/03)

 フランスの医療チームが行った遺伝子治療の副作用として白血病が発症したケースが見いだされ、波紋を呼んでいる。報告によると、X染色体異常に起因する重度の免疫不全症の子供10人に対して、マウスのモロニー白血病ウィルスから作られた“運び手(vector)”を利用して治療用遺伝子を造血幹細胞に送り込む治療を施したところ、うち一人がT細胞の異常増殖など白血病の症状を示したという。これは、運び手のウィルスが白血病を引き起こす自分自身の遺伝子を造血幹細胞に挿入した結果だと推測される。こうした事態が起こり得ることは多くの研究者が予測していたが、その確率はきわめて低いと考えられてきた。
 遺伝子治療は、1990年代前半までは“未来の医療”として大いに期待されていたが、その後、ADA欠損症など数少ないケースでしか治療効果が上げられず、副作用による死亡例もあったため、90年代末には臨床研究を急ぎすぎたことに対する批判の声も高まった。最近では、副作用に充分に配慮した方法に限って治療に用いられるようになっていただけに、今回のケースは関係者に大きな衝撃を与えたようだ。遺伝子治療が大きな可能性を秘めていることは確かだが、いかなる副作用がどの程度の確率で生じるかなど、まだ未知の部分も多い。臨床に応用する場合は、あくまで実験的な治療であることを患者に正しく理解させることが必要である。
【参考】遺伝子治療ほか
賢い遺伝子操作マウス誕生?(02/10/23)

 東京大学の研究チームは、NMDA受容体の輸送に重要な役割を果たしているKIF17というタンパク質を、遺伝子操作によって通常よりも多量に産生するようになったマウスが、空間知覚に基づく一連の課題を遂行する際に、通常よりも優れた学習や記憶の能力を発揮することを見いだした。NMDA受容体は、学習や記憶の基礎過程となるシナプス結合の強化に関与するタンパク質で、すでに、プリンストン大学の研究チームによって、NMDA受容体を過剰に発現する遺伝子操作マウス(ドギーマウス)の学習/記憶能力が通常より増強されていることが実証されている。今回の発見を手がかりにして、痴呆症や記憶障害の治療法が開発される可能性もある。
 通常のマウスの場合、NMDA受容体は幼い個体で多く産生され、年とともに減少していくが、これは、学習/記憶能力を単純に増強するだけでは個体の生存率は向上しないことと関連している。幼少期には多くの事柄を学んで記憶し、成熟した後には、それまでに蓄積した記憶を整理して実地に役立てるようにするのが、生存する上で好ましい戦略である。NMDA受容体の発現パターンは正にこの戦略と合致しており、適応進化の結果だと推測される。「賢いマウス」の誕生は、ともすれば、遺伝子操作によって人間の知能を増強するという夢を抱かせるが、知能が生物にとっていかなる役割を果たしているか、正しく認識することが必要だろう。
【参考】科学の回廊−アルジャーノンに花束を
化学物質の規制強化へ(02/10/19)

 環境・経済産業・厚生労働の3省は、人体への毒性が認められる化学物質に対する使用制限を規定している「化学物質審査規制法」を改正し、生態系の保全を目的とした化学物質の審査・規制の枠組みを導入する方針を固めた。近く3省合同で検討会を設置、年内に報告書をまとめ、次期通常国会に改正案を提出する見込み(2002年10月18日付け日経新聞より)。
 化学物質の排出を規制する法律としては、2001年から施行されている日本版PRTR(汚染物質排出移動登録制度)とも言うべき「化学物質排出管理促進法」や、PCB問題を契機に制定された「化学物質審査規制法」などがある。前者は、人体や環境に対して悪影響が予想される化学物質の排出・移動に関して報告を義務づけるもので、公的な監視を通じて自主規制が進むと期待されるが、排出量そのものを制限する規定ではない。また、後者の場合、現行規定では、「人の健康を損なうおそれがある化学物質」による環境汚染の防止が目的とされており、毒性のない物質は対象外とされていた。しかし、2001年には、メダカを用いた実験でノニルフェノールに雄を雌化する環境ホルモン作用(内分泌攪乱作用)があることが確認され、細胞毒性がほとんどなくても、生態系に深刻な打撃を与え得ることが判明している(魚に対するノニルフェノールの影響は、イギリスで実際に観察された)。このため、“毒性”という尺度だけを用いた規制では不十分であり、環境への影響を含めて潜在的な危険性を持つ物質を広く規制する必要性が指摘されていた。すでにEUでは、2005年頃から化学物質の規制を大幅に強化する方針が固められており、日本も、こうした世界的な流れに従うことになったと言える。
【参考】低レベル環境汚染
小柴氏にノーベル物理学賞(02/10/09)

 スウェーデン王立アカデミーは、2002年のノーベル物理学賞を、「天文学に新しい領域を拓いた」との理由で、小柴昌俊・東大名誉教授ほか2名に授与すると発表した。日本人の受賞は3年連続11人目で、物理学賞は、1973年の江崎玲於奈氏以来のことである。
 小柴氏に賞をもたらした素粒子観測装置「カミオカンデ」は、1983年に建設されたもの。当時は、原子に高エネルギー素粒子をぶつけてバラバラに壊し、飛び散った破片のデータを多数集めて内部構造を推定するという加速器実験が流行していたが、小柴氏は、金食い虫である大型加速器に頼らず、自然に生起する素粒子反応を観測しようと思い立つ。ただし、興味深い現象はごく稀にしか起きないため、宇宙線などの影響によるバックグラウンドを徹底的に排した高精度の観測を行わなければならない。これを実現するため、カミオカンデは、(1)地下1000メートルの廃坑に設置して宇宙線をシャットアウトする、(2)水槽に3000トンもの水を蓄え、内部で起きる素粒子反応の個数を増やす、(3)水槽の内壁に1000個の光電子増倍管をびっしりと取り付け、飛び出してくる光を確実にキャッチする──という独創的な装置となった。カミオカンデを建設した当初の目的は、大統一理論が予測する陽子崩壊を検出することだった。成功すれば素粒子物理学史上最大の発見の1つになったはずだが、(理論の方に問題があって)所期の結果は得られず、小柴氏も「ノーベル賞を取り損ねた」と愚痴をこぼしていた。だが、転んでもただは起きず、太陽や超新星爆発で発生する天体ニュートリノが厚い岩盤を貫いてカミオカンデに達することを利用して、水槽内で稀に起きるニュートリノ反応から天文学的なデータを得ることに目標を切り替える。1987年には、大マゼラン星雲に現れた超新星から飛来したニュートリノの観測に世界で初めて成功、当時からノーベル賞級の業績と言われていた。
 現在では、カミオカンデの後継機であるスーパーカミオカンデが稼働しており、小柴氏の弟子に当たる研究者が、これもノーベル賞級と言われる「ニュートリノ質量の確認」などの業績を上げている。
 (ちなみに、筆者は在学中に小柴氏の講義を受講しています。相対性理論と矛盾する自説を学生の前で吹聴したなどという昔の出来事は、ノーベル賞学者の名誉のために黙っていよう…)
【付記】上の小さな字で書いた部分について質問がありましたので、簡単に記しておきます。
 小柴氏が問題としたのは、高エネルギー素粒子実験において、加速した素粒子を標的原子に衝突させたときに発生する多数粒子の角度分布がどのようになるかです。当時(1980年頃)はまだ、高エネルギー反応で生じるシャワー現象(多数の粒子が吹き出すように発生する現象)について理論的に分析することが困難であり、内外の物理学者が実験データと一致するような半経験的な仮説をいろいろと提案していた段階でした。小柴氏は、物理学専攻の学生(学部シニア〜大学院)や教官が出席する一般セミナーで、そうした仮説の1つを披露したのですが、それは、相対性理論に適合するように反応の確率はローレンツ不変な形をしていなければならないという理論家の“常識”とは異なり、標的粒子が静止している系でだけ簡単な形に表されるものでした。理論が専門の教授がその点を指摘すると、小柴氏は、「相対性理論をそれほど大切にする必要はない」という意味のことを笑って答えていました。確かに、実験家が用いる経験則にはローレンツ不変性がないものもありますが、それらはいずれも低エネルギー近似が適用されるケースであり、高エネルギー反応で相対論が成り立たないという話は聞いたことがなかったので、「実験家はおおらかだ」と思った記憶があります。考えてみれば、プランクが実験に合致するように放射公式をひねり出したことが量子論誕生の契機になったわけですから、こうした常識からの逸脱も、時には必要なのかもしれません。
青色LED、会社側に特許帰属の判決(02/09/21)

 青色発光ダイオード(LED)の発明者として知られる中村修二氏が、開発時に勤務していた日亜化学工業に対して起こした特許帰属訴訟に対する中間判決として、東京地裁は、特許は会社側に帰属することを認めた。争点となったのは、(1)職務発明か自由発明か、(2)特許権の譲渡を認めた契約は有効か──という2点。前者に関しては、会社の指示に反して研究開発を続けた成果ではあっても、会社の設備を使い、勤務時間中に開発したものなので、職務発明に当たると認定。また、後者に関しては、社内規定に基づく黙示の合意があり、中村氏も譲渡証にサインしているので、日亜化学への特許権の譲渡契約は有効であると結論づけた。今後は、特許権の譲渡に際して「相当対価の支払いを受ける権利」があるという特許法の規定もとに、報酬額を巡る争いとなる。
 今回の中間判決は、技術者にとっては残念な内容ではあるが、法的には妥当なものと言わざるを得ない。「社内発明の特許は会社に譲渡する」という規定は日本ではごく一般的なものであり、社員にその意味するところが周知徹底されていなかったからと言って、これを無効と見なすと、社会的に大きな混乱を引き起こす。むしろ問題とすべきは、「相当の対価」の額だろう。世紀の大発明を行った中村氏が2万円しかもらわなかったというのは笑い話にもならないが、それではいくらが適当かと言われると、判断に迷う。今回の訴訟で中村氏が要求している20億円という金額は、現在の年間売り上げが数百億円、今後さらなる拡大が予想される青色LEDの市場価値を考えれば、妥当なものかもしれないが、国内企業によって支払われた特許の報奨金が最高1億円というこれまでの状況と比較すると、やや突出しているとの感じも受ける。日本弁理士会などでは、正当な対価を割り出す知的財産価値評価機構を設立しようという動きもあるが、今後しばらくは、特許権を巡る試行錯誤が続くことになりそうだ。
【参考】知的財産を守る
パソコン乗っ取り、NASAにハッカー攻撃?(02/09/16)

 愛知県の会社員が所有するパソコンが、外部から何者かに無断で操作され、NASAにハッキングを行うのに利用されていたことが判明した。事件が起きたのは8月23日。NASA・ジェット推進研究所のコンピュータに、妨害目的と思われる接続要求が、2〜3秒間に数百回も繰り返された。NASAはログを解析して発信源を突き止め、「業務に重大な障害が生じる恐れがあった」という警告のメールをインターネット接続業者に送信、業者から連絡を受けた会社員が警察に相談していた。犯人は、複数のコンピュータを経由して、常時接続の状態にあった会社員のパソコンに侵入、これを遠隔操作してNASAへの攻撃を仕掛けた模様。
 一般家庭にまでブロードバンド回線を用いた常時接続が普及したことは、インターネット・セキュリティに深刻な影響を及ぼしている。2001年、ブロードバンド大国である韓国やアメリカを中心に CodeRedII と呼ばれるウィルス(ワーム)が流行、ネットワークに接続しているコンピュータに次々と感染した。当時は、接続要求の輻輳によるシステムの機能低下が主に問題とされたが、CodeRedII の恐ろしさはそれだけにとどまらない。システムファイルの一部を書き換えてコンピュータへの侵入路を開き、外部からの乗っ取りを容易にするという機能を備えていたのである。これを利用すれば、テロリスト(ないし愉快犯)が、一般市民の所有するパソコンを遠隔操作して、身元を隠したままサイバーテロを遂行することも不可能ではない。自分はテロとは無縁だと思っている人も、パソコンをブロードバンド回線に常時接続した状態でセキュリティ対策を充分に施さないまま放置しておくと、ネットワーク全体に重大な危険をまき散らす加害者になりかねないのである。
【参考】IT社会の脆弱さ
原発トラブル隠しの波紋広がる(02/09/03)

 東京電力が柏崎刈羽原発など3原発の点検記録を書き換え、トラブルを国に報告しなかった問題で、同社の南社長は社員がトラブル隠しに関与していたことを認め、自身を含む4首脳が辞任すると発表した。
 今回の明らかになった原発トラブルのうち、特に問題となるのが、炉心隔壁(シュラウド)のひび割れである。炉心隔壁は、沸騰水型原子炉の炉心部で冷却水の流れを整えるための構造物で、核物質の閉じこめとは直接の関係がないので、微細なひび割れがあっても直ちに重大な事故につながることはない。しかし、経年変化や大地震によって亀裂が拡大して隔壁自体が変形するようなことがあると、原子炉の動作に悪影響が生じかねない。このため、定期点検の際に補修を行うのが望ましいが、原子炉の停止期間が長引いて数億円のコスト増につながるというデメリットがある。トラブル隠しを行った東電社員は、おそらく、そこまでして危険性の小さいひび割れを修理する必要はないと判断したのだろう。だが、1つ1つは無視できるほどの小さなインシデントでも、それを見過ごすのが習慣となると、いつしかに大きなアクシデントにつながるというのが、これまでの数々の事故から得た教訓のはずである。危険性の程度を明らかにした上で、トラブルの内容と補修スケジュールを発表するというのが、必要な措置であった。
 原子力発電に対する批判は少なくないが、太陽光発電などの代替エネルギーが高コスト・容量不足などの問題を抱えている以上、膨大な電力需要に応えるために、あと数十年は原発と共存していかなければならない。安全性を確保するためには、危険情報を常に開示することが不可欠の要件となる。
【参考】原子力
農水省、体細胞クローン牛の安全性を“確認”(02/08/14)

 農水省は、体細胞クローン牛の生物的特徴について「一般の牛と差は認められない」とする調査結果を発表した。この調査は、農水省の外郭団体である畜産生物科学安全研究所が行ったもので、それによると、血液・肉・生乳の成分が一般の牛とほぼ同一であり、餌としてラットに与えた場合にも異常が生じなかったという。厚生労働省は、この調査結果の提供を受け、クローン牛を食用などに用いても安全かどうか、近く結論を出す予定。
 羊のドリー以来、世界各地でクローン動物が誕生しているが、その健康に関しては、遺伝子の機能に異常が見られるという報告が数多く集まっている。こうした異常は、大半のケースで胚の段階から出産直後までの間に致死的な結果をもたらす。生き残って成長した個体も、何らかの欠陥(心配疾患・免疫不全など)を抱える場合が少なくない。心肺系の疾病ならば食肉に直接的な影響はないかもしれないが、免疫不全で細菌感染を起こしやすくなっている個体は、食用には不向きである。また、代謝異常によって有害物質が体内に蓄積される危険性も、絶無とは言えない。何よりも、病弱であることが確認されている動物を食用とすること自体、食の安全に厳しい目が向けられている現状に違背する。体細胞クローン牛を食用とすることは、クローン動物における異常の発生率を現在の数十分の一以下に低減する技術的改善がなされるまで、見送るべきであろう。
【参考】クローン技術
ポリオウィルスを人工的に合成(02/07/14)

 ニューヨーク州立大学の研究グループは、ポリオウィルスを人工的に化学合成することに成功したと発表した(Science Online)。彼らは、すでに解読されているウィルスのゲノム(遺伝情報)を元にオリゴヌクレオチドを集めてウィルスのcDNAを合成、これからRNAポリメラーゼの働きでウィルスのRNAを作成し、これを細胞抽出液に浸けることによって、in vitro(試験管内)でRNAの周りにタンパク質のエンベロープを持つ完全なウィルスを作り出した。合成されたウィルスが感染力を持つことは、マウスを使った実験などで確認したという。
 今回の成果によって、「生命の人工合成」という人類の長年の夢がにわかに現実味を帯びてきた。ウィルスは代謝能力を持っていない“生物もどき”に過ぎず、バクテリアのような真の生命体を人工合成するまでには、まだまだ乗り越えなければならない障碍が多い。しかし、遺伝情報だけを使って、実際に病原体としての能力を持つ機能個体を作り出したことの意義は、きわめて大きい。人工微生物によって医薬品などを生産するバイオ工場を実現する道を切り開いたと言えよう。その一方で、特定の機能を持つ微生物が兵器として生産される危険性も生まれたことになり、バイオ規制のあり方が重大な問題となってくる。
核のゴミ捨て場、ネバダに(02/07/11)

 米議会上院は、ネバダ州ユッカマウンテンに高レベル放射性廃棄物の最終処分場を建設するというブッシュ大統領の決定を承認した。下院はすでにこの決定を支持しており、世界ではじめて核のゴミ捨て場が選定されたことになる。現在、使用済み核燃料などの放射性廃棄物は、原発敷地内などに暫定的に保管されているが、米国だけで年間2000トンずつ増加しており、半永久的に埋設する最終処分場の建設が急務となっていた。
 数万年間にわたって強い放射能を持ち続ける高レベル放射性廃棄物は、究極の嫌われ者でもあり、各国ともその処理に頭を痛めている。外貨獲得を目指すロシアが核廃棄物の処理ビジネスに名乗りを上げており、核燃料1トンあたり150万ドル程度で受け入れると表明しているものの、核拡散防止の観点から懸念を表明する向きも多い。日本では、遅くとも2030年代には最終処分場の操業を始める必要があり、調査・建設期間を考慮すると、あと数年で候補地を絞り込まなければならないが、放射能汚染や風評被害を懸念する地方自治体の反発にあって、選定作業は難航している。
【参考】核燃料サイクルと放射性廃棄物
自動車リサイクルに向け法整備進む(02/07/08)

 自動車メーカに使用済み自動車の再資源化を義務づける自動車リサイクル法が成立した。施行は2004年末の見込み。処理費用は利用者の負担となり、新車は購入時に、使用中の車の場合には車検の前までに支払うことになる。
 この法律によって、テレビやエアコンなどを対象とする家電リサイクル法に続き、自動車もリサイクル時代を迎える。リサイクル料金が上乗せされて新車の価格が高くなるため、消費に冷や水が浴びせられると懸念を示す向きもあるが、それよりも、廃車料金を惜しむ不心得者が車を不法投棄する心配がなくなることを評価したい。さらに重要なのは、この法律がリサイクル率を高めることへのインセンティブを生み出すという点である。リサイクル料金を利用者から徴収することが決められているとは言っても、価格を抑制したいという販売店からの強い要求があるため、実際に掛かっている処理費用と同額を課金するのは難しい。支払いと処理の間にかなりのタイムラグがあることも手伝って、おそらくは、かなり低めの料金設定となるだろう。となると、「リサイクル費用の安い=リサイクルしやすい」自動車を作ることによって、損を出すまいと努力するはずである。複写機の例が示しているように、メーカが「リサイクルしやすい」製品を本気で作ろうとした場合、リサイクル率はきわめて高くなる。当初は安い料金でリサイクルしなければならないメーカにとって大きな負担となるが、長い目で見ると、無駄をなくして自動車産業を活性化させる好機と言って良いだろう。
【参考】拡大生産者責任
杉並病、ゴミ施設との因果関係を認定(02/06/27)

 東京都杉並区井草のゴミ圧縮施設(杉並中継所)の周辺住民数百人が、1996年の操業以来、悪心・発熱・体の痛み・皮膚の黒ずみや炎症など多様な症状を訴えているいわゆる「杉並病」問題に関して、国の公害等調整委員会は、操業開始から5ヶ月間に発症した事例に関して、原因物質の特定を行わないまま、ゴミ圧縮処理との因果関係を認める裁定を下した。
 これまでの公害認定では、毒性のある化学物質を特定し、「安全なレベルを超える濃度でこの物質に接触したことが健康被害の原因である」と認定されるのが一般的だった。しかし、研究が進むにつれて、化学物質と健康被害の関係はそれほど単純ではないことが明らかにされつつある。実際、最近とみに注目されている「化学物質過敏症」では、個人の体質や生活史(それまでにどのような化学物質に曝されてきたか)に応じて、病気のトリガーとなる物質の種類や量が大幅に異なっている。大半の人には何の影響ももたらさないごく微量の化学物質が、過敏症の人には激越な症状を引き起こし得るため、安全基準を設定してこれを守りさえすれば被害が防げる──ということにはならない。杉並中継所の場合、プラスチック類を圧縮する際に、膨大な種類の化学物質が大気中に放出されており、その中のいくつかが、(少なくとも一部の)健康被害をもたらしていると考えるのが自然である(操業開始当初は、排水を公共下水道に流しており、ここから原因物質が気化した可能性もある)。化学物質の扱いに関しては、ごく微量なものも含めて、総合的に管理・監視していく必要がある。
【参考】低レベル環境汚染
リサイクル事業でキャノン・リコー提携(02/06/23)

 キャノンとリコーは、複写機の外装材に使用するPCおよびABS樹脂の共同リサイクルに乗り出す。使用済み複写機の外装材をリコーのリサイクル拠点に集め、分別後に提携先の樹脂メーカに搬送、新品の樹脂に混ぜて再利用する。1社単独で運用する場合に比べて、コストを1割削減できるという(6月21日付け日本経済新聞)。
 複写機は、パソコンなどの他のオフィス用電気製品に比べてリサイクル率が際だって高い。いくつかの工場では、事実上のゼロエミッションが実現されている。その理由は、大型複写機が専らリース契約で貸し出されていることにある。新製品にリプレースされた旧製品はメーカに返却されるので、分解および再使用/再資源化が容易なように作っておかないと、自分たちが負担大きくなってしまうというわけだ。2001年から家電リサイクル法が施行され、冷蔵庫やテレビなどが使用後にはメーカに送り返されるようになったが、こうした製品はリサイクルされることを前提として設計されていないため、分解に手間がかかる割に、部品の再使用や(鉄以外の)素材の再資源化は難しい。循環型社会を実現する鍵は、いかにしてメーカに「リサイクルしやすい」製品を作らせるかにあると言えよう。
【参考】リサイクルの現状と今後
カネミ油症患者にダイオキシン蓄積(02/06/06)

 昨年、福岡県でカネミ油症事件患者81人の血液を調べたところ、ダイオキシン類の一種である「ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF)」が、血液中の脂肪1グラム当たり平均で235ピコグラム(1ピコグラム=1兆分の1グラム)、最高で1771ピコグラムも検出された。これは、一般人の15ピコグラムと比べてきわめて高い値である。
 1968年に起きたカネミ油症事件では、加熱用の熱媒体として使われていたPCBが食用油に混入し、これを摂取した人々にさまざまな中毒症状が現れた。当初は、PCB単独の中毒と思われていたが、その後の調査で、加熱による副生成物としてPCDFも混じっていたことがわかり、現在では、症状の多くがPCDFによるものとされている。PCBや他のダイオキシン類と同じく、PCDFも化学的に安定な上に脂肪に対する親和性が強く、ひとたび体内に入ると、体脂肪中に蓄積されたまま分解・排出されずに長年にわたって身体に悪影響を与え続ける。PCBの生産が禁止されてすでに30年になるが、生産第一主義が残したツケは、いまだに暗い影を投げかけている。
【参考】PCB
米カリフォルニア大、ヒトクローン胚づくりを進める(02/05/26)

 米カリフォルニア大学サンフランシスコ校医学部で、人間のクローン胚づくりが進められていたことが明らかになった(現在は中断中)。ヒトクローン胚は、拒絶反応のない再生医療を実現するために欠かせないもの。2001年11月にアドバンストセルテクノロジー社などのグループが作成したと発表したが、細胞が早期に死んでいるので、実質的に実験は失敗に終わったとの見方が多い。このため、再生医療に利用できる段階まで胚を成長させることが、研究者にとって大きな課題となっている。その一方で、人間に育つポテンシャルを持ったクローン胚を作り出すことに対して、批判的な意見も少なくない。米下院では、2001年7月に、再生医療研究用も含めてヒトクローン胚の作成を禁止する法案が通過しており、現在は上院で審議中である。
 ヒトクローン胚の研究には、次のような問題が伴う。
  1. ヒトに育つ可能性を持った生体組織を作成し、破壊することは許されるか。
  2. クローン胚の研究にヒトの卵子を利用することは許されるか。代わりにウシの未受精卵を用いたキメラ胚を作ることはどうか。
  3. クローン胚の研究はクローン人間づくりを助長することにならないか。
こうした倫理的問題に「正解」というものはないが、世間に公表しないまま研究を遂行する前に、こうした問題を徹底的に論じておくことが必要だろう。
【参考】人体改造時代の幕開け
異種移植に向け動物実験に着手(02/05/13)

 大阪大学などの研究グループは、遺伝子操作によって超急性拒絶反応を抑制したブタの心臓や膵臓をサルに移植する動物実験に着手した(5月13日付け日経新聞より)。すでに多くの国で臓器移植は通常医療として実施されているが、移植用臓器はどこでも極端に不足している。「動物からヒトへ」という異種移植は、こうした臓器不足を解消する決め手になる可能性がある。すでに、PPLセラピューティクス社(英)が超急性拒絶反応を引き起こすタンパク質を持たないクローン豚の作成に成功しており、日本の研究チームも、遅ればせながら、この分野への参入を目指す。
 異種移植における最大の課題は、超急性拒絶反応の克服よりも、むしろバイオハザードをいかに避けるかにあるとされる。AIDSや梅毒のように、動物から人への感染が大きな被害をもたらした伝染病は少なくない。異種移植によって動物(主にブタ)の細胞内にあったレトロウィルスなどがレシピエントに移って活動を始める危険性は、決して小さくない。バイオテクノロジーは驚くべき医療を可能にしつつあるが、その成果にばかり目を奪われてリスク評価を怠る愚を犯してはならない。
【参考】動物の遺伝子操作
最高裁、中古ゲーム販売を認める(02/04/26)

 家庭用テレビゲームの中古販売が著作権法侵害に当たるかどうかを巡って争われていた訴訟の上告審で、最高裁は、販売差し止めを求めたメーカの上告を棄却、これによって販売業者の勝訴が確定した。今回の判決では、テレビゲームが「映画の著作物」であると認められた一方で、作品の譲渡や貸与を著作者が制限できる「頒布権」は、「製品が譲渡されたら消滅する」と判断された。
 ゲームソフトの著作権に関して議論が紛糾する一因は、ソフトメーカが頒布権という特殊な権利をソフト保護に利用しようとしたことにある。著作権法26条に定められた「映画の著作物」の頒布権は、本来は、上映館に一定期間貸与される劇場用映画フィルムの勝手な使用を制限するための規定だった。その後、著作権者にきわめて強い権限を与える頒布権の規定は、ビデオ化など映像の2次利用に際して幅広く適用されるようになり、「映画の著作物」の範囲もテレビドラマやCM映像などに拡大されていく。しかし、個人的な遊技用に限定されたゲームソフトに対してこの規定を適用することには、やはり無理があると言わざるを得ず、たとえ多額の費用を掛けて制作した映像表現を含んでいるとしても、「(いつまでも消滅しない頒布権が付属する)映画の著作物」ではないとするのが法律の素直な解釈だと思われる。
 とは言え、新作ゲームソフトの発売直後に一部ユーザが放出した中古品が市場に出回るという現状を、おいそれと容認するわけにはいかない。中古品といえどもパッケージを除けば新品と同一品質であり、著作権者への利益環流がない状態での中古品の大量販売は、ソフトメーカの経営を圧迫して新作開発の意欲を低下させるからである。ビジネスソフトの場合は、「貸与・譲渡ができない」と明記されたライセンス契約があり、パッケージが開封された段階でこれに同意したことになっているが、ゲームソフトでも、新作発売後数ヶ月は譲渡できないような契約の仕組みを考えるべきだろう。
【参考】ソフトウェアと著作権
再生医療に期待と不安(02/04/20)

 日本再生医療学会の初の総会が開催され、新たな研究成果が次々と発表された。再生医療とは、人工的に培養した細胞によって損耗した組織を補完する医療で、将来的には、臓器を丸ごと再生して移植することも考えられている。従来、希望通りの組織や臓器を作り出すことが難しかったが、今回、胚性幹細胞(ES細胞)から膵臓や肝臓の細胞を作り出すことができたという報告もあり、注目を集めた。
 再生医療への期待が高まる一方で、ブームの過熱を不安視する見方もある。再生組織・臓器の元になる細胞としては、ES細胞が最適だとされるが、個体発生の出発点となる初期胚から採取されるものだけに、倫理的な問題が伴う。成人の体性幹細胞から特殊な細胞を導くことができれば倫理的な問題はクリアされるが、こうした試みに成功したという報告に対して、懐疑的な生物学者も少なくない。「ES細胞から分泌される因子を作用させたところ、マウスの骨髄細胞が多能性(さまざまな組織に分化する能力)を獲得した」という報告の場合、詳細に調べた結果、多能性を持つ細胞は骨髄細胞とES細胞が融合したもので、染色体数が2倍になっており、健康な組織になるかどうか疑問であることが判明した(Science, 295(2002)1989)。現時点では、細胞がどのようなメカニズムで分化していくか完全に解明されておらず、移植した細胞がガン化したり転移したりしないという保証はない。ブームに煽られて性急に臨床試験を始める研究者が現れないように、常識人が学界の動向を見守る必要がある。
【参考】人体改造時代の幕開け
みずほ銀行、システム障害続く(02/04/09)

 第一勧銀・富士銀・興銀が統合・再編して誕生したみずほ銀行で、4月1日に営業を開始して以来、コンピュータシステムのトラブルが続いている。主な障害は、一部ATMの使用不能・二重引き落としや二重振り込み・口座振替の遅延・入金通知の遅れなどで、銀行の基幹業務である決済で1週間以上も機能不全が続いたことは、メガバンクの信用を著しく失墜し、今後の経営にも影を落とすことになろう。
 トラブルの原因は完全に突き止められていないが、異なるシステムを無理矢理統合しようとしたことに起因するようだ。もともと、第一勧銀は富士通、富士銀は日本IBM、興銀は日立と異なるメーカが開発したシステムを利用していたが、経営統合に当たってシステムを一本化するだけの時間的余裕がないため、各システムを中継コンピュータでつないでその場をしのごうとしていた。しかし、営業開始が年度始めの月曜日に当たり決済件数が膨大になって中継コンピュータの処理が追いつかず、プログラムミスも重なってシステムが破綻した。
 「異なるシステムを中継コンピュータでつないで、リアルタイムで処理を進める」という素人目にも危ういシステムがうまく動かなかったことは、必ずしも開発を担当したSEたちの責任とは言えない。ITの急速な普及に伴ってどの企業でも優秀なSEが不足しており、ソフト開発に全般的な遅れが生じている状況を考えれば、なおさらである。コンピュータは逐次処理を行うので、開発要員の頭数を揃えれば良いというものではなく、能力の落ちるプログラマが担当した箇所が最も弱い鎖の環となって、システム全体を危うくする。みずほ銀行のケースでは、事前に開発担当者から「このままではシステムがうまく機能しないおそれがある」というリスク情報が発信されていたはずである。その情報が経営陣に届かなかったか、あるいは、届いても正当に評価されなかったか−−いずれにせよ、問題は会社のリスク管理の甘さにある。1986年に起きたチャレンジャー号のケースでは、現場の技術者が発したリスク情報を、中間管理職が(早期打ち上げにこだわるトップの意向を尊重して)握りつぶしたことが、大事故につながった。リスク情報を正しく活用することが、企業にとって重要な課題である。
【参考】チャレンジャー号爆発事故
小惑星、2880年に地球と衝突か?(02/04/06)

 米ジェット推進研究所などの研究チームは、直径1kmほどの小惑星1950DAが、2880年3月に地球に衝突する可能性があると発表した。衝突の確率は0.33%以下と小さいが、相対速度14km/sと予想される1950DAの直撃は10000メガトン(広島原爆の100万倍)の破壊力を持っており、6500万年前に恐竜を絶滅させた直径10kmの小惑星の衝突に比べると小さいものの、文明の存続にかかわる脅威となる。軌道計算には、太陽・惑星・(地球の)月・3つの巨大小惑星(Ceres, Pallas, Vesta)からの重力の効果が考慮されているが、他の小惑星からの重力の影響・太陽の質量変化・太陽風の影響・惑星質量の不定性・ヤルコフスキ効果(熱せられた面からガスが吹き出して軌道が変わる効果)が正しく評価されておらず、衝突確率が大きく変わる可能性もある。
 もちろん、900年近く先の1950DAの衝突に怯える必要はない。地球と軌道が交差する小惑星や彗星は数多くあり、今回の研究は、これらの天体に関する「衝突予報」の1つと考えるべきである。数百平方キロにわたって樹木をなぎ倒した1908年のツングースカ大爆発は、直径60mほどのケイ酸塩鉱物から成る小惑星(またはエンケ彗星のかけら)の衝突によることが判明しており、天体衝突の危険性は決して侮れない。現在、NASAを中心に、地球に衝突する可能性のある小惑星・彗星の探索が続けられており、早期に発見できた場合には、近くで爆弾を爆発させて軌道を変えてしまう計画である。ただし、直径数百メートル以上の小惑星ともなると、50年以上前に「衝突予報」が出されなければ、被害を防ぐのは難しくなる。
【参考】アルヴァレらによる恐竜絶滅の新説はなぜ受容されたか?
家電リサイクル法、まずまずの1年(02/03/30)

 メーカにリサイクルを義務づける「家電リサイクル法」が施行されてから1年になるが、大きなトラブルは発生しておらず、家電のリサイクル体制はほぼ順調に軌道に乗ったと見て良いだろう。排出時にユーザが2500-5000円(運搬費込み)のリサイクル料金を負担するという方式に対して、当初、不法投棄の激増をもたらすのではないかと懸念する向きもあったが、施行後10ヶ月の不法投棄は前年に比べて18%増に留まっており、恐れたほどではない。これは、リサイクル料金が5000円を超えないように、通産省(当時)がメーカを“強く”指導した成果と考えることもできる。料金が低く抑えられたために、リサイクルに掛かる費用の一部は、法律の趣旨に反してメーカ負担となったが、これがかえって「リサイクルしやすい」製品を開発するためのインセンティブになっている。
 大手家電メーカは、すでに、部品のリユースや素材リサイクルを推進するためのリサイクル工場を建設しており、現在、どこも予想を3割から10割上回るの廃家電が集まってフル操業の状況である。旧製品はリサイクルすることを想定していない設計のため、解体が手間のかかる手作業となり、リサイクル事業そのものはほとんどのメーカで赤字になっているが、インバース・マニュファクチャリングの手法が普及すれば、“静脈産業”としてペイするようになると期待される。
【参考】リサイクルの現状と今後
卓上核融合は泡と消えるか?(02/03/20)

 卓上サイズの装置で簡単に核融合を実現できるとした米オークリッジ研究所のタルヤルカンらの論文が、物理学界に波紋を広げている(Science, 295(2002)1808/1868)。恒星内部で生じている核融合を地上で引き起こすには、通常、トカマクや高出力レーザーなどの巨大装置を用いて高温高圧の状態を作り出さなければならない。ところが、タルヤルカンらは、水素原子を重水素で置換したアセトンの溶液中に14MeVの高速中性子を照射し、その際に生じた泡が潰れるときの衝撃を利用して、重水素同士の核融合を引き起こしたという。液体中の泡が潰れる際に高温高圧状態になり、場合によっては、音ルミネッセンス(sonoluminescence) と呼ばれる発光現象を引き起こすことは、以前から知られている。したがって、泡が潰れる際のエネルギーがうまく重水素に集中することがあれば、核融合も不可能ではない。
 ただし、データの信憑性は必ずしも高くない。タルヤルカンらは、重水素同士の核融合に特有の2.45MeVの中性子の発生を確認したと主張しているが、提出されたデータを見る限り、系統的エラーの探索が不十分で、照射した高速中性子が減速されたものを誤って捕捉した可能性が排除できない。アメリカでも、多くの物理学者は実験結果を疑問視しており、1989年の「常温核融合」の空騒ぎを思い出させるという声もある。しかし、ミクロの泡が消えるときのエネルギーの分布はいまだ充分に解明されておらず、頭ごなしに否定することも、また困難である。事実ならば未来のエネルギー源として大いに期待できるだけに、慎重な追試が望まれる。
コペンハーゲンの真実(02/03/13)

 1941年9月、ボーアとハイゼンベルグの間にどのような言葉が交わされたかは、科学者の良心について思いを巡らす人にとって、真に重大な問題である。核物理学において常に指導的な立場にあった物理学者ボーアは、ナチスの占領下にあったデンマークで、すでに原爆開発の指導者となっていたかつての僚友ハイゼンベルグと再開する。二人は数回対面し、少なくとも1回は内密に語り合ったとされるが、どちらもメモを残しておらず、何が話されたかはつまびらかでない。戦後、ハイゼンベルグは、このときの会談について、ナチスは原爆開発が可能な状況にあること、しかし、自分は何とかしてサボタージュしようとしていることを密かに知らせようとしたが、婉曲な表現をボーアが誤解してうまくいかなかったと書いている。この文を読んだボーアは、ハイゼンベルグに宛てて手紙を書いたものの、投函することのないまま1962年に死を迎える。
 ボーアの死後、2012年まで封印されることになっていたこの手紙は、ボーアとハイゼンベルグの対決を描いた『コペンハーゲン』という芝居が大当たりを取り、世間の関心が高まったこともあって、予定よりも10年早く公開された。それによると、ハイゼンベルグは、ナチスが核兵器開発中であることをボーアに強く印象づけたものの、その開発を食い止めようとしているという素振りは全く見せなかったらしい。これを信じるならば、ハイゼンベルグは、ナチス協力者と原爆開発の失敗者という二重の汚名をそそごうとして、「ボーアの誤解」という作り話を編み出したとも考えられる。
 もっとも、ボーアが“実際に”誤解していた可能性もある。アメリカに亡命したボーアと接触したベーテの記憶によると、コペンハーゲンでの会談で、ハイゼンベルグは主に原子炉の開発について話をしたらしい。このとき、ハイゼンベルグは原子炉の構造をスケッチして見せたのだが、応用分野に疎いボーアは、その設計図を原爆のものと勘違いしたという(J.バーンスタイン「理論家ボーアの大いなる誤解」(日経サイエンス、1998年7月号p.97))。ただし、原子炉は原爆の燃料にも毒物兵器にもなるプルトニウムの製造に使えるので、ハイゼンベルグが核の平和利用について話したとは限らない。
 結局、手紙が公開されたものの、コペンハーゲンの真実は藪の中でしかないようだ。
【参考】原子核物理学
与党、自然再生推進法案を提出へ(02/03/05)

 与党3党は、干潟や湿原の修復など自然環境を昔の姿に戻す事業の促進を目指す法案を、今国会に提出する方針を固めた(3月5日付け日経新聞より)。自然環境を復元しようという動きは、地方自治体やNGOの間に少しずる広がってきているが、法律成立後は、国家事業として積極的に支援されることになる。
 資本財として利用しにくい湿地は、そのままでは「価値のない」土地であり、人間に役立つようにするために開拓が必要だと見なされることが多かった。しかし、最近の研究によれば、湿地は水質の浄化などの役割を担っており、その機能を人工物(浄水場など)で代替しようとすると、莫大な費用を要することが判明している。マーケットで売買されないため市場経済に直接寄与することはないが、良質な環境を維持するのに必要なストックとして、国家経済のバランスシートに記載されるべき貴重な財産なのである。すでに膨大な湿地が失われており、いかにも遅きに失した感があるが、ようやく貴重な財産を保全しようという動きが本格化してきたようだ。
【参考】湿地干拓
アルツハイマー病遺伝子により受精卵を選別(02/03/03)

 家族性アルツハイマー病の遺伝子を持つ女性が、遺伝子診断によって病気の遺伝子を持たない受精卵を選び出してもらい、これを使って妊娠・出産していたことが、アメリカの医学雑誌に発表された(2月27日付日経新聞より)。出産したのは30歳の女性で、遺伝子の異常により40歳までにアルツハイマー病を発症する確率が高いとされていた。この遺伝子を持つ子供は同様の疾患を患うことが予想されるため、医師団は、体外授精によって得られた複数の受精卵の遺伝子を検査、病気の遺伝子を持たない受精卵を選び出して子宮に移植し、健康な赤ちゃんの出産にこぎ着けた。
 今回のようなケースには、複雑な倫理的問題が絡んでくる。重篤な疾患の遺伝子を持っている夫婦が健康な子供を得る確実な方法として歓迎する人がいる一方で、優生思想に通じると危惧する向きも少なくない。現在、遺伝子診断による受精卵の選別は、アメリカの一部の医療機関で治療法のない難病に限って実施されているだけだが、近い将来、この状況は大きく変わってくるだろう。すでに不妊治療として広く普及している体外授精の場合、複数の受精卵を用意してそのうちの数個を子宮に戻すという方法が採られており、胚を傷つけることなく簡便に遺伝子診断ができるようになった暁には、もしかしたら着床前に遺伝病のチェックを行うことが一般的になるかもしれない。そのとき、「この受精卵は乳ガンになる確率が20%」「こちらは高血圧の確率が60%」といったデータを手にした医師は、どのような決断をすることになるのだろうか。
【参考】ヒトゲノム解読と遺伝子診断
遺伝子組み換え作物の安全性(02/02/25)

 アメリカ科学アカデミーの専門委員会は、遺伝子組み換え作物認可の際に米政府が行う環境影響評価が不十分で、今より厳しい審査を行うべきだとの勧告を発表した(2月22日付日経新聞より)。
 科学アカデミーは、2000年にBtコーン(殺虫物質を分泌するトウモロコシ)などの組み換え作物に関して「食べても安全」とする見解を発表している。また、日本の厚生労働省も、主にアレルギーを引き起こさないかという点を中心に、食品としての安全性を審査している。しかし、科学者たちが最も懸念しているのは、むしろ外来遺伝子が生態系に与える影響の方であり、この点に関する科学的知識が著しく不足していることから、遺伝子組み換え作物の育成に対して規制を強めるべきだとの意見も少なくない。今回の科学アカデミーの勧告は、分泌された殺虫物質が害虫以外に影響を与えないか、耐性を持つ昆虫が発生しないかなど、環境への影響が充分に評価されていない点を指摘したもので、沈静化の傾向にあった組み換え作物の安全性を巡る議論に再び火を付けそうな内容である。
【参考】遺伝子組み換え作物
米、京都議定書の代替案発表(02/02/15)

 ブッシュ米大統領は、地球温暖化防止のための「京都議定書」に代わる二酸化炭素排出削減案として、「地球気候変動戦略」を発表した。先進国に対して総排出量の削減を求めている京都議定書に比べると、GDP当たりの排出量削減を目標としている点に特色がある。ここで掲げられている「2012年までにGDP当たり排出量を18%減らす」という数値目標は、今後10年間で30%以上のGDP増加が見込まれる米国にとって、二酸化炭素の総排出量増大を容認するものであり、環境よりも経済を優先した形になっている。
 現在、国別の二酸化炭素年間排出量は、米国−中国−ロシア−日本−インドの順になっており、1国で全体の1/4近くを排出するアメリカに対する風当たりは強い。しかし、GDP当たりに換算すると、分母の大きいアメリカの寄与は低下し、生産効率の低い開発途上国に大きな改善の余地があるという結果になる。逆に、国民1人当たりの排出量を見ると、膨大な人口を抱える中国やインドは上位に入らず、環境先進国と言われる北欧諸国が意外に二酸化炭素を出していることがわかる。とはいえ、こうやってデータを弄んで自国に好都合な対策を主張している限り、国際的な合意は望めないだろう(GDP当たりの排出量では世界のトップクラスにある日本は、本音で言えばアメリカ案にすり寄りたいところだが、日本で議決された議定書を反古にしたのでは、EUなどからの非難は免れがたい)。これまで二酸化炭素を排出し続けてきた責任を取る形で先進国が率先して総排出量を削減するという京都議定書の目標は、シンプルで国際的にも受け入れやすいものである。また、クリーン開発メカニズムが認めれているので、開発途上国の排出削減にも貢献できる。それだけに、まず京都議定書に決められた目標の達成を目指すべきである。アメリカ国内にも、その動きに同調する人が増えてほしいものだ。
【参考】地球温暖化
クローン動物は健康か?(02/02/12)

 体細胞クローン技術によって生み出された動物の健康を巡って、議論が錯綜している。クローン動物は、遺伝子機能のオン/オフが適切に行われているか、細胞の寿命を決めるテロメア領域の長さが回復しているか──など不明な点が多く、子孫まで含めて健康でいられるかどうかを疑問視する学者も少なくない。今年1月、世界最初の体細胞クローン動物であるドリーが6歳の羊には珍しい重い関節炎に罹っているというニュースが報じられ、この懸念は一層高まったようにも見える。ただし、生物学的に確定した結論は出されていない。
 クローン牛に関しては、比較的多くのデータが集まっている。米ACT社ほかの研究者が行った調査(R.P.Lanza et al., Science 294(2001)1893)によると、クローン胚を子宮に移植された247頭の雌牛のうち110頭が妊娠し、うち80頭が途中で流産している。流産率73%という数字は、通常の人工授精の場合の7-24%に比べてかなり高い。また、誕生した30頭のうち6頭は、循環器系の異常などで早期に死亡した。しかし、生き残った24頭は正常に成長し、さまざまな健康診断や行動観察の結果、完全に健康だと報告されている。
 一方、クローンマウスに関しては、通常より短命になっているという報告もある。国立感染研究所の小倉らが精巣細胞から作成したクローンマウスについて寿命を調べたところ、12匹中10匹が生後800日目までに死亡したという(to be published)。同じ条件で飼育した通常のマウスの場合、800日目までに死んだのは7匹中1匹であり、寿命に有意な差があった。免疫力の低下が影響しているのではないかと疑われている。
 クローン動物に健康異常をもたらす要因として、1対あるうちの片方だけが機能する "imprinted gene" の発現がうまくコントロールされていない可能性が指摘されている。しかし、東工大と感染研のチームがクローンマウスを使って行った研究によると、異常の主因ではないかと疑われていた Igf2 および H19 遺伝子に関しては、正常に機能していることが確認された(K.Inoue et al., Science 295(2002)297)。
 クローン技術の安全性に関して、あと数年データを積み重ねていかないと、確実なことは何も言えないだろう。
【参考】「クローン技術」
ネット競売に法規制の網(02/02/08)

 警察庁は、これまで法的な規制のなかったインターネットオークションについて、開設を届け出制にしたり盗品売買の防止措置義務を課すなど、一定の法規制をかける方針を打ち出した。
 ネットオークションは、簡単に物品が売買できる手軽さから利用者が増えている一方で、代金を騙し取る詐欺のほか、盗品・児童ポルノ・偽ブランド品の販売などの犯罪行為も増加している。すでに、大手のオークション業者は、クレジットカードによる身元確認やエスクロー(第三者預託)制度の導入により詐欺の防止を図っているが、直接商品を扱わずに売買の場を提供しているだけなので、盗品販売まで根絶するのは難しい。今回の規制案は比較的緩やかなものであり、どこまで実効性があるかは判然としないが、これまで野放し状態だったネットオークションに法規制の網をかけることは、それなりの意義があるだろう。
【参考】ネットワーク犯罪
未受精卵から幹細胞を作成(02/02/01)

 カニクイザルの未受精卵を単為生殖の技術によって発育させ、得られた胚から幹細胞を作成する実験に、米バイオベンチャーのACT(アドバンスト・セル・テクノロジー)社などのグループが成功した。ACT社は、2001年11月にヒトクローン胚を作成したと発表したことで知られる(ただし、細胞が早期に死んでいるので、科学者の間ではこの実験は失敗だったという声が強い)。
 幹細胞は、適当な刺激を与えることによってさまざまな組織に分化する能力を持っており、特に、ほぼすべての組織に分化できるES細胞(胚性幹細胞)は、損耗した臓器を新しい“バイオ部品”で置き換える「再生医療」の分野で決定的な役割を果たすと期待されている。これまでES細胞は、不妊治療のために用意されたものの母胎に戻されなかった受精卵を胚盤胞の段階にまで成長させた後、その内側から採取していた。こうしたやり方に対して、人間に成長する可能性を持った生命の源を破壊するものだとして、倫理的な批判が寄せられていた。今回の手法を元に未受精卵からES細胞が作成できるようになると、受精卵やクローン胚を利用する場合に比べて、倫理的な抵抗感が低減できるかもしれない。しかし、受精する前であっても、卵子が生命の源であるという点に変わりはなく、これを操作することに対しても、倫理的な検討が必要であろう。
【参考】「人体改造時代の幕開け」
セレーラ社のベンター社長退任(02/01/24)

 米バイオ・ベンチャーの雄セレーラ・ジェノミクス社のクレイグ・ベンター社長が突然退任したことについて、憶測が広まっている。セレーラ社は、高速DNA解読装置を駆使し、設立後わずか2年の2000年6月に、1990年から続けられてきた国際共同研究の「ヒトゲノム計画」を出し抜く形でヒトゲノムの解読を完了、世間を驚かせた。その後、解読された遺伝子データを製薬会社などに有償で提供するバイオビジネスを展開していたが、最近になり、今後の経営戦略を巡って、セレーラを傘下に置くアプレーラ社のホワイト会長とベンター社長との対立が深まっていたという。
 現在、アメリカでは、バイオテクノロジーがIT(情報技術)に続くジェネリックテクノロジー(産業の基盤になる包括的技術)として注目されており、新たなバイオビジネスも次々と登場しつつある。こうした中で、DNA研究者として抜群の能力を持つベンター氏は、小回りの利くベンチャー企業の特性を生かしてショウジョウバエからヒトに至るまでさまざまな種の遺伝子解読を進め、基礎研究の成果をそのまま経営資産とするビジネスを展開してきた。しかし、データが蓄積されるにつれて、この資産を元にどのようなビジネスに打って出るかという点で、研究者と経営者の間に溝が生じ始めたようだ。経営上の判断としては、グループ企業内部で医薬品開発を進めた方が有利だとされる。これに対して、医薬品開発の経験のないベンター氏は、あくまで得意な遺伝子研究の分野に集中したいと考えたようだ。
 セレーラを飛び出したベンター氏がこれからどのようなプロジェクトに着手するかは明らかにされていないが、彼の才能に惹かれて集まった研究者も多く、今後の展開によっては、セレーラから人材の流出が起きることも予想される。
【参考】「ヒトゲノム解読と遺伝子診断」
迷惑メール防止に「広告」表示義務化(02/01/10)

 経済産業省は、携帯電話などに一方的に送りつけられる迷惑メールを規制するため、特定商取引法に関する省令を改正し、広告メールには「!広告!」という表題を付けることを義務づける。ただし、ユーザが配信を希望したメールについては、義務化の対象外とする。違反者には、改善命令・業務停止命令などの行政処分を行う。このほか、送り主不明の広告メールも禁止し、正しいメールアドレスの表示を義務づける。
 現在、NTTドコモで取り扱われている携帯電話宛メールの90%近くは、出会い系サイトなどからの迷惑メールと推定されており、受信者に不便をもたらすだけではなく、トラフィックの増大によってメールサーバの障害にもつながる。このため、法改正を含む何らかの対策が望まれていた。今回の表示義務化により、メールソフトに機能を追加するだけで、「広告」表示のある全てのメールを読まないまま自動的に削除することが容易にできるようになるため、メールを利用する広告業者にとっては痛手となる。その一方で、私信を装って規制をかいくぐる業者の登場も予想され、メール広告が効果を持つと考えられる間は、いたちごっこが続くことになるだろう。
【参考】ネット上の悪意
臓器移植用のクローン豚を開発(02/01/04)

 英バイオ企業のPPLセラピューティック社は、人間に臓器を移植した際の拒絶反応を大幅に低減するクローン豚の開発に成功したと発表した。臓器移植に伴う拒絶反応は、特定のタンパク質(複数)に対する免疫系の応答によって引き起こされるものだが、こうしたタンパク質を作る遺伝子を「ノックアウト」という手法で機能しないようにすると、拒絶反応が抑制される。今回のケースでは、超急性拒絶反応を起こさないように遺伝子操作した豚の細胞から、クローン羊ドリーを作成したのと同様の技法でクローン豚5匹を作り出した。
 人間に移植するための臓器は、ドナーが限られることもあって大幅に不足している。これを補う方法として、動物から人間に臓器を移植する「異種移植」の研究が早くから進められてきた。最近では、人間の脳死体から肝臓を移植するまでのつなぎとして、豚の肝臓を用いた体外灌流による実験的治療が成功している。しかし、豚の細胞には生まれつきウィルスが潜んでおり、これが臓器を移植された人間に感染する危険性があることも、忘れてはならない。エイズのように動物から人間に感染して猛威を振るっている病気もあるため、安易に異種移植を進めると取り返しのつかない「バイオハザード」を招来することにもなるため、慎重に研究を続ける必要がある。
【参考】「動物の遺伝子操作」
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©Nobuo YOSHIDA