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§1.エネルギー問題の現状

 人間が利用できるエネルギーには下のような種類があるが、いずれも、資源の分量が限られる・環境や安全の面で問題がある・コストが高くなる──などの問題を抱えている。
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■化石燃料
 20世紀の消費型社会を支えてきたエネルギー源は、石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料だった。化石燃料は、エントロピーの小さい良質のエネルギーを含んでおり、化学素材の原料として多様な用途を持つにもかかわらず、発電事業など多くの産業で、これらを燃焼させて熱という「屑エネルギー」に変換するという実にもったいない使い方をしている。こうした“無駄遣い”が災いして、こんにち、化石燃料に関しては、次のような問題点が浮上しており、現在のように大量消費を続けることは、もはや許されない段階にまで来ている。
◇資源の枯渇
 石油や天然ガスの埋蔵量は有限であり、確認されているものを現在のペースで使い続けると、21世紀の半ばには枯渇してしまうと予想される(下表)。未知の海底油田の発見や無駄に放出されている天然ガスの利用法の開発が進めば、もう少し長く使い続けられるとの見通しもあるが、いずれにせよ、21世紀の終わりまでは保ちそうにない。また、採掘が進んで元々の埋蔵量の半分以上を汲み出してしまった油田から原油を取り出すには、圧力を加えて押し出すなどの余分な作業が必要になるため、採掘コストがかさみ原油価格の上昇につながると予想される。石炭に関しては、200年分の埋蔵量があると言われるが、イオウ含有量の少ない良質のものは限られており、環境汚染の元凶になる懸念もある。
石油石炭天然ガス
埋蔵量1兆195億バレル1兆316億トン141兆m3
石油換算埋蔵量2720億トン14400億トン2143億トン
採掘可能年数43年231年61年

 原油不足が現実のものになると、オイルサンド(粘度の高い石油を含む砂)なども利用されるようになると予想されるが、加熱処理によってオイル分を抽出するため、コストがかさむ上に大気汚染を引き起こす。深海底に膨大な量が沈殿していると言われるメタンハイドレート(水分子とメタン分子が結合したもの)が利用できるようになれば、燃料不足は一気に解消されるが、数百メートル以上の深海にある不安定な資源を(安いコストで)採掘する技術が開発されるまでには、まだ数十年以上を要するだろう。
◇環境汚染
 化石燃料の燃焼は、地球温暖化を促進する二酸化炭素の放出を伴う。1997年に地球温暖化京都会議で締結された京都議定書では、2010年までに先進国が放出する二酸化炭素の量を1990年比で6〜8%削減することが定められているが、その実現のために、化石燃料の使用を抑制することは不可欠である。また、汚染防止技術が不充分な施設で石炭や石油を燃やすとイオウ酸化物や窒素酸化物が大気中に放出され、これが大気中の水蒸気と反応して酸性度の強い雨(酸性雨)を降らせる。酸性雨は、1970年代後半から、北欧・北米で樹木の枯死や湖沼の生態系の破壊をもたらした。近年では、電力需要の急増に伴って石炭火力発電が盛んに行われるようになった中国で、酸性雨の被害が深刻化している。

■核エネルギー
 原子核の中には膨大なエネルギーが秘められており、これを利用できるようになれば、人類は無限の力を手にすると思われた時代もあった。しかし、現実には、核エネルギーの利用にはさまざまな問題があり、必ずしも人類の発展に貢献しないという現実が明らかになっている。
◇核分裂
 ウランやプルトニウムの核分裂で解放されるエネルギーを産業に利用できる形で取り出す技術は、1950年代に原子力発電として実用化された。しかし、安全性に対する懸念や、放射性廃棄物の処理問題などが浮上して、欧米では原子力に対する逆風が強まっている(詳細は後述)。
◇核融合
 水素などの軽い原子核をヘリウムに変換する過程で膨大なエネルギーを得る核融合は、太陽を地上に出現させる技術として20世紀半ばから『夢のエネルギー』として期待されていた。しかし、プラズマを高温・高圧状態に保つことが技術的に難しく、実用化へのハードルが当初の予想よりも遥かに高いことが判明し、もはや次世代エネルギーの候補ではなくなっている。1985年からアメリカ・EU・ロシア・日本の国際共同プロジェクトとして熱核融合実験炉の建設が模索されてきたが、実用化が難しいにもかかわらず費用がかかりすぎることもあって資金と技術力が最も豊富なアメリカが1998年に撤退したため、21世紀中の実用化は困難だという見方が強まった。将来的には、月の土に多量に含まれるヘリウム3を燃料とした“クリーンな”核融合が期待されているが、これも(たとえ実現するとしても)22世紀のエネルギー源でしかないだろう。

■再生可能エネルギー
 有限な化石燃料とは異なり、人類が持続的に使い続けられる再生可能エネルギーも存在する。ただし、多くの場合、化石燃料よりもコストがかさむことは避けられない。
◇物理エネルギー
水力 : 太陽の熱で海水が蒸発して内陸部で雨となり、河川の流れが形成されると、その途中にダムを造って発電することができる。元々が太陽エネルギーであるだけに、半永久的に利用し続けることができる。大型ダムは周辺の環境破壊をもたらす危険性もあるが、小型ダムは水資源の有効利用にも通じるので、今後とも有力なエネルギー源となる。火力発電よりややコストが高い。
太陽光・太陽熱 : 太陽からの放射エネルギーを直接利用する技術も開発されている。太陽光は、太陽電池によって電気エネルギーに変換することが可能である(詳細は後述)。将来的には、人工的な光合成によって化学エネルギーに固定する方法も開発されるだろう。太陽熱は、通常は温水を作るなど限られた形でしか利用できないが、砂漠のように遮蔽物のない広大な土地がある場合は、太陽熱発電も実用的である。
地熱 : 地熱は、地球内部で放射性元素が核崩壊することによって生成された熱エネルギーが地表まで達したもので、地震や火山のエネルギーと同様に半永久的に供給される。利用できる地域が火山地帯の一部に限られる。
海洋 : 海洋には、太陽からの放射熱や地球の自転によって潮汐・波力・温度差などの形で利用可能なエネルギーが存在しており、これらを産業用に取り出す技術も開発されている。ただし、いずれも、地域が限られる上に、施設の建設コストがかさむ割には少量のエネルギーしか得られないため、実用化は進んでいない(小規模な波力発電は無人灯台や標識ブイの電源として利用されている)。
◇バイオマス
 光合成によって太陽の放射エネルギーを化学エネルギーに変換した植物体から産業で利用するエネルギーを取り出す技術は、持続可能な発展を実現するために特に重要である。例えば、廃材・間伐材などから得られる木材チップを燃やして発電する事業は、植林と並行して行えば半永久的に継続することができる。この場合、木材チップの燃焼の際に大気中に放出される二酸化炭素は、植えられた樹木が成長する過程で再び植物体に固定されるため、地球温暖化に寄与しない。また、植物体を燃焼させずにメタノールを抽出する技術も開発が進んでいる。化石燃料を使った火力発電並にコストを下げることに成功すれば、バイオマス発電は次世代エネルギーの重要な柱となると期待される。



©Nobuo YOSHIDA