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古典スキームの終焉

 19世紀までの古典物理学が描く世界像は、「空虚な空間内部に存在する諸々の物質的存在が、外部からの力を受けて、時間の流れに沿って運動する」という形式にまとめられる。内容の詳しい説明は後に回すとして、とりあえず、これを、「空間−時間−物質−力」を基本概念とする『古典スキーム』と呼ぶことにしよう。

 厳密さを求めなければ、こうしたスキームは、人間が外界を認知する際の基本的なフレームに合致しているもので、科学に限らず、日常生活をも含めた多くの局面で採用されていると見なせる。それだけに、ともすれば、これこそ現実の世界と直接的に対応した形式であり、世界を科学的/客観的に記述する唯一の表現を与えると誤解しかねない。 しかし、現代物理学の領域では、この古典スキームは、20世紀前半にすでに根本的な修正を受けており、世界を記述するための不可欠の枠組みではなくなっている。より積極的に言えば、古典スキームにとらわれている限り、最新の物理学の成果まで取り入れた現代的な世界像を獲得することは困難である。例えば、「ある場所に置かれた物質的存在としての脳に生起する膜電位の時間的変動が、すなわち意識である」とする発想は、こうした古典的スキームの桎梏から脱しておらず、そのままの形では、さまざまなジャンルにわたる現代科学の知見と共立的(consistent)な関係を保つような基礎命題とはなり得ない。

 本章では、現代物理学で古典スキームがどのように修正されたかを解説する。この作業は、次章以降において、《客観的世界》のアスペクトの変更を行うための準備であり、こんにち流布している科学的知見に新たな何かを付け加えようとする意図はない。解説内容の要旨は、各サブセクションの冒頭に枠で囲んで提示するので、それに異存がなければ、本文は読まなくても差し支えない。



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©Nobuo YOSHIDA