(03/09/26更新)
○人間
○客観的世界
○主観的世界
○物理的世界
○外界
○構図
○求心性
○並列性
○求心的
○並列的
○実体論
○真空
○予言
○局所
○物理現象
○古典スキーム
○力学的エントロピー
○秩序パラメータ
○ハウスドルフ次元
○紫外発散
○高次元φ空間
○高次元過程
○構造物
○位相空間
○カオス
○因果律
○量子揺らぎ
○「部分空間」
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○人間
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この論考では、「人間」という概念は了解事項として扱い、改めて厳密な定義を
試みることはしない。その理由は、「人間」とは何かを厳密に定義しようとする
と、外延の曖昧さに起因する不毛な議論に陥りがちだからである(概念的区分を
混乱させる例としては、ホモ・サピエンス以外のホモ属や類人猿、地球外知的生
命体、初期胚や胎児、深昏睡状態の患者、脳死者、人工知能などが考えられる)。
意識が成立するメカニズムを議論する場合は、典型的な意識主体の特質に基づく
モデル的考察を通じてはじめて建設的な立論が可能になるので、外延の曖昧さを
黙殺し「人間」についての日常的な解釈をそのまま援用するのが、学問的にみて
正当な方法論である。こうした論拠から、ここでは、理念型として、生物学で人
間(ホモ・サピエンス)と呼ばれる種の平均的な個体を想定することにする。さ
らに、了解済みの前提として、人間は、活動時に意識を有しており、概念を利用
して状況を分節し、統語論的な構造を持つ述語命題を生成する能力を持っている
──すなわち、「何がどうなっているか」を考えることができる──と見なすこ
とにする。
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○客観的世界
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科学的記述によってモデル化されていると期待される諸存在(対象および事象)
の総体。この定義は、「科学とは何か」という点についてコンセンサスが形成さ
れていることを踏まえてのものだが、日常的な意味で「客観的に存在する世界」
と考えても大きな誤りではない。ただし、科学的な記述は、あくまでモデルであ
って近似ではない点に注意されたい。例えば、絶対的な時間・空間を前提とする
ニュートン力学の体系は、《客観的世界》のモデルとしてある適用範囲内で有効
だが、現実の世界とは似ても似つかぬ構造をしている。
「物理的世界」「外界」と同義。
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○主観的世界
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意識内表象の総体。意識される知覚、情動、想念などのすべてをあわせたものを
指す。日常的には、表象と認識は明確に識別されていないが、《主観的世界》を
考察するときには、精神現象学的に両者を厳密に区別し、表象だけをその構成要
素と見なさなければならない。表象はまちがいなく現実的(リアル)なので、
《主観的世界》もまた、現実的な存在である。ハムレットという人物は(主観的
にも客観的にも)実在しないが、「ハムレット」という語の音韻的イメージ、お
よび、これが引き起こすさまざまな情動や想念は、《主観的世界》の実在である。
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○物理的世界
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《客観的世界》と同義。
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○外界
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《客観的世界》と同義。
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○構図
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議論の対象となっている世界内において、全ての構成要素が相互の連結によって
作り上げるコンポジションの全体的な傾向性。《主観的世界》の場合は、さまざ
まな表象の間の連結は、現象学的な直観を通じて把捉することができる。一方、
《客観的世界》に関しては、世界そのものが意味論的連結によって構成されてい
るので、知識ベースのシソーラス的構造が、ここで謂う構図に該当する。
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○求心性
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世界そのものが、構成要素の連結によって単称的な中心−周辺という階層性を示
している状況。《主観的世界》の構図が示す特性である。「求心的な」世界では、
全ての要素は、唯一の〈自己〉見られる内容として、己れの身体的知覚と結び付
き己れの気分に支配されている。
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○並列性
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主観的には世界の中心に位置しているはずの〈自己〉を方法論的に消去した結果、
もろもろの事物が「中心」を失って、意味論的に体系化された知識ベースの中に、
言わば“デモクラティック”に配置された状況。《客観的世界》の構図が示す特
性である。こうした状況は、日常生活の場でも、冷静に対象を理解しようとする
局面で頻繁に見られるが、科学的な記述において、その特性が最も厳密に把持さ
れている。
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○求心的
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「求心性」を見よ。
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○並列的
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「並列性」を見よ。
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○実体論
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世界についての記述においてリアリティを客観的に保証するための方法論。「実
体」に相当する概念を措定し、そこから現象に適合する性質を演繹的に(すなわ
ち、定義にあらわに含まれていない内容を生成するような形で)導くことができ
る場合、有効な実体論的記述と見なされる。例えば、コンピュータに関する実体
論的な記述は、CPUやメモリなどのハードウェアに関するものである。これに
対して、“国家”は社会学的な記述を行う上で有用な機能的概念であるが、その
定義に行政の実務をあらかじめ含めておかなければ国政に関する記述が展開でき
ないので、実体論的な概念とは言えない。
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○真空
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原子論を採用している場合は、真空は、原子の存在しない空間として定義される。
しかし、場の理論において、場は物理現象が生起し得る全ての領域に偏在すると
考えられるので、真空は、「場すら存在しない虚空」ではなく、場の強さが0の
領域と見なされる。さらに、場の量子論になると、量子効果に由来する零点振動
があるため、真空のエネルギーや真空分極なども考えなければならない。
ちなみに、アリストテレスが言及する「真空」は、事象が生起する「場所」の対
立概念として用いられているので、上で謂うところの「虚空」に近い。一方、ガ
リレオの弟子であったトリチェリが、17世紀に水銀柱を利用してガラス管内に作
ったのは、原子で構成されている空気を排除した「真空」である。
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○予言
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科学的方法論においては、理論的なモデルと間接的なデータを組み合わせて検証
可能な予測を提出することを予言(prediction)と呼ぶ。直接的なデータがない場
合は、過去の事象を「予言」することもあり得る(この点で、予報とは異なる)。
例えば、白亜紀−第三紀境界層に蓄積されているイリジウムの濃度から、白亜紀
末に地球に衝突したと考えられる小惑星の半径を推定することも「予言」の一種
である。少数の間接的データから多くの検証可能な予言を引き出す理論は、高い
予言能力(predictive power)を持つものとして科学者の注目を集めやすい。非科
学的な予言(prophecy,omen)とは全く異質である。
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○局所
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日常的な用語法の場合、局所とは(「局所的な豪雨」のように)相対的に狭い範
囲を漠然と意味するが、基礎的な物理法則を扱う理論では、「理論的に許される
最も狭い範囲」を指す。特に、連続場の理論において、局所とはある1点に限定
される。この場合、局所(的な)相互作用を表す項は、場の量φ(x)とその有限
階数の微分(通常は1階微分)しか含まないとされる。格子上に力学変数を配す
るような離散的な理論の場合は、ある点とその近接点を併せたものが局所の範囲
である(例外的に、近接していない点を局所に含めることもある)。ただし、物
理学的な記述でも、基礎法則を論じていないコンテキストでは、単に“狭い範囲
”を指すことも少なくない(「局所的な“構造物”」など)。
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○物理現象
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哲学的には、「現象」とは「実体」と対置される概念だが、物理学では、一般に、
多自由度系が少数パラメータを使って近似的に表されるような過程が実現されて
いるとき、この過程全体を「現象」と呼ぶ。緩和過程や超伝導などは、こうした
意味で「現象」の一種である。
多自由度系の構成要素を、「現象」の背後にある「実体」と見なすことも不可能
ではないが、科学者の間に「実体」の方が「現象」より本質的だという認識はな
い。
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○古典スキーム
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19世紀までの古典物理学が描く世界像は、「空虚な空間内部に存在する諸々の物
質的存在が、外部からの力を受けて、時間の流れに従って運動する」という形式
にまとめられる。これを、「空間−時間−物質−力」を基本概念とする『古典ス
キーム』と呼ぶ。
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○力学的エントロピー
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力学系とは、決定論的(因果的)に時間変化する系を記述するための数学的な枠
組みとして考案されたもので、可微分多様体Mとその上のベクトル場Xによって
定義される。こうした力学系における力学的エントロピーは、特定の解軌道に沿
った軌道密度として数学的に与えられる。ただし、エントロピー増大の法則を導
くためには、いくつかの先験的な仮定(エルゴード仮定など)を置かなければな
らない。この仮定の下で、低エントロピー状態を通過する解軌道に沿って、揺ら
ぎを均した上で系の時間変化を見た場合、エントロピーが単調に変化している確
率が圧倒的に高くなることが示される。ただし、現実の物理的システムは環境と
相互作用しているので孤立系ではなく、また、量子論的な効果によって因果的で
もないため、こうして定義されるエントロピーが現象の記述にどれほど有効であ
るかについて、一般的な主張を行うことは困難である。
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○秩序パラメータ
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多数の自由度を含むシステムの全体的な振舞いは、少数のパラメータによって記
述できるケースがある。これらは「秩序パラメータ」と呼ばれる。例えば、強磁
性体の磁化を扱うとき、平均磁化M(スピン系の場合は、各スピン成分の総和)
を使うと、系の自由エネルギーがMと温度の関数として表され、温度をキュリー
温度以下に下げたときに系全体が自発的に磁化する過程を、自由エネルギーが極
小になるという条件を付けたときのTに対するMのレスポンスという形で記述す
ることができる。このように、温度があまり高くなく、緩やかに変化する環境内
に置かれている多自由度凝集系では、一般に、いくつかの自由度の(陰伏的なも
のも含めた)関数として定義される秩序パラメータが、系全体の振舞いを規定し、
それ以外の自由度は、これらに従属するように変動する。
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○ハウスドルフ次元
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数学的な抽象空間に存在する図形に関して定義された次元。多くの座標軸にまた
がるような複雑な図形についても定義される。数学の教科書では、フラクタル図
形との関係で非整数次元が取り上げられることが多いが、本論文では、主に次元
数が巨大になるケースを想定しているので、整数/非整数の差は重要ではない。
ハウスドルフ次元を数学的に定義するには、ごく大雑把に言えば、半径がε以下
のn個の球で図形全体を覆い尽くすようにしたとき、ε→0の極限をとっても、
n×(εのd乗)がある値以下に抑えられるようなdの最小値を考えなければな
らない。ただし、整数次元だけを扱う場合は、対象とする図形をあたかもゴム製
であるかのように変形していったときに、ユークリッド幾何学での何次元の図形
にできるかを考えれば充分である。
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○紫外発散
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場の量子論を使って質量や電荷を計算すると、短距離での寄与を求める積分が無
限大になってしまうこと。初期の「くりこみ理論」(朝永−ファインマン−シュ
ヴィンガー)では、無限大から無限大を差し引いて有限な値を得るというかなり
乱暴な方法によって最終的な計算結果に無限大が現れないようにしていたが、
1960年代に開発された「有限くりこみ」の手法では、有限な数値だけを使って散
乱行列の近似値を得ることが可能になっており、数学的に正当化できない計算法
がまかり通っている訳ではない。しかし、いまだ実験が行われていないような短
距離の極限で、場の量子論が有効性を喪失するという問題は、さまざまな解決法
が提案されてはいるものの、いまだ克服されておらず、場の量子論が抱える根本
的な困難が残されたままである。
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○高次元φ空間
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場の量子論における場の変数が張る空間。次元数は、考えている領域の物理的自
由度に等しく、最も単純なフォーマリズムでは時空点の個数に等しいので、一般
にきわめて巨大な値になる。数学的には、複素数体上のヒルベルト空間を考える
ことが多いが、ノルムの正定値性などの必要以上に厳しい要請が課せられるため、
ここでは数学的な制限を付けずに、単純にφ空間と呼んでいる。「関数空間」と
いう言い方もあるが、現実と関わりのない抽象的な空間というイメージが伴うた
め、あえて避けることにした。次元数に関して、場の量子論の教科書では、しば
しば「無限次元」が前提とされているが、これは、有限よりも無限の方が理論的
取り扱いが容易なための便宜的措置あり、現実的なモデルを考えるときには、有
限次元でかまわない。
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○高次元過程
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「高次元φ空間において具現化された量子過程」を簡約化した表現
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○構造物
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その内部で状態Ψ[φ]が定義されている高次元φ空間において、比較的少数の次
元数を持つ部分空間内部で状態Ψが明瞭なピークを示す場合、これを“構造物”
と呼ぶことにする。例えば、孤立したベンゼン分子が存在するとき、6個の炭素
原子の相対位置を示す部分空間において、炭素原子が正六角形を形成しているこ
とを示す領域に状態のピークが現れるが、これは、原子の幾何学的配置を表す部
分空間での“構造物”に該当する。なお、この名称は、他に適当な呼び名がない
ことによる暫定的なもので、将来的には変更されることもある。
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○位相空間
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力学系の変数の状態を表す空間の意味で、phase space の訳語。相空間、状態空
間とも言う。古典的な力学系の場合、一般化座標{q}とその共役運動量{p}
を直交軸とする座標として定義される。力学的状態の時間変化は、位相空間内部
の軌道(位相軌道)で表される。より一般的には、系の状態を定める任意の状態
変数を直行軸とする空間を意味する。なお、これとは別に、解析的な構造が定義
された topological space を「位相空間」と呼ぶこともあり、しばしば混乱の
元となる。例えば、ジャック・ラカンの論文にしばしば現れる「位相空間」は、
topological space を指す。
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○カオス
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数学的には、決定論的な方程式から生じる不規則運動を指す。1963年にローレン
ツが気象モデルに現れるカオスを発見して以来、コンピュータによる計算機実験
の結果に基づいて、初期条件に敏感に依存する解が存在する例が続々と見つかり、
1980年代には、世界的な“カオス・ブーム”が学界を席巻した。流体の不安定性
や電子装置の不規則な発振など、多くの物理現象がカオス理論の手法で解析され
ている。量子論的なカオスに関しては、膨大な研究論文が執筆されているが、ま
だ不明な点が多い。
J.グリック著『カオス』(新潮文庫)などを参照のこと。
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○因果律
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因果律という概念は、哲学と物理学の間で意味を異にしている。この論文におけ
る因果律とは、「結果」には必ず「原因」が先行するという意味での哲学的な因
果律ではなく、「ある時刻の状態を定めれば、別の時刻の状態も決定される」と
いう物理学的な因果律である。ニュートン力学やマクスウェル電磁気学などの古
典的な物理学理論においては、一般に、因果律が成り立っている。因果律が成立
するシステムでは、《法則的決定論》が成り立っており、初期条件が与えられれ
ば、その後の時間発展は一意的に決定される。ただし、決定論は必ずしも因果律
を含意するわけではない。拡がった時間軸上で状態が決定されているシステムで
は、因果律の成否にかかわらず、《事実的決定論》が成り立つ。
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○量子揺らぎ
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量子系において、ある物理量が確定した値を取っておらず、波動関数によって示
されるような拡がりを持っていること。正統的な量子論解釈は、この拡がりの持
つ物理的な意味に触れていないが、この論文では、φ空間内部において実際に拡
がりを示す状態があるものとして扱っている。
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○「部分空間」
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高次元φ空間内部の“構造物”を定義する秩序パラメータによって定義される領
域。独立な基底が定義できる数学的な意味での部分空間ではなく、通常は、陰伏
関数を通じて陰(implicit)に定義される領域なので、カギ括弧を付けて表記した。
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©Nobuo YOSHIDA
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