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第2章.身近な危険−事例研究

 §1.横行する欠陥商品
 ○高機能を追求するあまり危険性が派生したケース
 ・AT車の暴走:80年代後半から、AT車の暴走(急発進、急加速、止まらない)が多発し、年間100件を越す事例が報告された。原因の多くは、ドライバーの操作ミスだが、電子制御装置の誤作動の可能性も指摘されている。仁田周一教授(東京農工大)の実験では、オート・クルージングのアクチュエータの間近で10kVの静電気放電を飛ばしたところ、スロットル・バルブが全開になったが、事故との関連は不明。
 ・カラー・テレビの発煙/発火:テレビ受像器からの発火は、1970年代半ばに多く起こり、その後減少していたが、80年代末から再び報告されるようになる。原因は、バブル期に高機能化を追求して多くの電装品を搭載したため、回路から過剰な熱が発生して、付着したゴミなどに引火したことにある。
 ○ユーザーの通常の行動を予見できなかったケース
 ・石油ファンヒーターによるCO中毒:1985年から86年にかけて、石油ファンヒ ーターの使用中に中毒を起こした事故が多発。2つのメーカーの製品がもとで、合計7人が死亡した。原因としては、次の点が考えられる:(1)石油を強制燃焼させるための空気取り入れ口が上向きだったため、たまったホコリが穴を塞いで不完全燃焼を起こしやすくなった。(2)閉め切った部屋で、換気せずに長時間ファンヒーターを使い続けた。
 ・異なる洗剤を連用して塩素ガスが発生:家庭の洗面所を清掃中、塩素系の洗剤を使い切ったので、他メーカーの酸性タイプの洗剤に切り替えて清掃を続けたところ、化学反応によって塩素ガスが発生し、主婦が死亡した。2つのタイプの容器は外見が類似しており、警告表示も見にくかった。この後、「混ぜるな危険」という警告文字が採用された。
 ○特異体質の可能性を看過したケース
 ・TVゲームによるてんかん発作:1993年、イギリスで14歳の少年がTVゲームの最中にてんかんの発作を起こし、吐瀉物を喉に詰まらせて死亡、大衆紙のサンに「任天堂が息子を殺した」と大見出しで掲載され、反響を呼び起こした。同様の事例は、88年頃から各国で報じられている。もともと光過敏性てんかんの患者だった人が、緊張した条件下で15Hz程度の光刺激を長時間にわたって受けたことにより、発作を誘発されたらしい。任天堂やセガは、欧米向けの製品にはいち早く警告表示を付けたが、国内製品に警告を付けたのは93年に入ってから。
 ○現代科学ではいまだ危険性が解明されていないケース
・電磁波のバイオエフェクト(【参照】科学の回廊−電磁汚染
・環境ホルモン(【参照】化学物質−環境ホルモン

§2.取扱説明書の詭弁
 ○表示の欠陥
 ユーザーに危険性を周知させるに足る警告表示がない場合は、欠陥品と見なされ、メーカーは賠償責任を負わされる。
 ※陪審員にアピールしやすいこともあって、アメリカではPL訴訟の過半で争点となる。
 ユーザーの合理的な判断の根拠となるように、危険性の程度を明示する。
 危険(DANGER) :(指示に反すると)死亡または重傷を負う危険性がある。
 警告(WARNINIG):軽傷または物損の危険性が高く、重傷の可能性もある。
 注意(CAUTION) :軽傷または物損の可能性がある。
 ○取扱説明書はどう書くべきか(省略)
§3.クスリのリスク
 ○医薬品開発(図省略)
 前臨床試験(細胞試験、動物実験)
 臨床試験
 第1相:ボランティア対象、安全性の確認
 第2相:少数の患者対象、有効性と安全性の検証
 第3相:多くの医療機関で投薬、投薬方法など検討
 モニタリング
 ○薬害の実例
 ・ソリブジン:帯状疱疹の新薬「ソリブジン」(日本商事)は、1993年の9月に販売されてから1ヶ月の間に副作用により15人の死亡者を出した。原因は、フルオロウラシル系抗ガン剤と併用したとき、ソリブジンがフルオロウラシルの代謝を阻害して体内濃度を高め、血液障害を引き起こすことにある。この種の抗ガン剤は帯状疱疹を併発しやすいため、結果的に多数の死者をもたらした。添付文書には、「フルオロウラシル系の抗ガン剤との併用を避ける」と記載されていたが、「注意すれば使ってもよい」という意味に解釈した医者が半数を超え(大橋靖雄・東大医学部教授によるアンケート結果)、中には、添付文書について「あんなものは生命保険契約書の約款と同じ。だれも読まない」と言う医師もいる(日本経済新聞1993.12.17.)。 この事件を重くみた厚生省は、94年から「医薬品添付文書の見直しなどに関する研究班」を設置、他の薬剤と併用したときの具体的な危険性を明示する新しい表示法に改めさせる方針。
 ・塩酸イリノテカン:中国産の植物喜樹から抽出されたカンプトテシンを主成分とし、今世紀最後の抗ガン剤と言われる。臨床試験段階で死者が20人に上ったため、「骨髄機能抑制など重い副作用が起きることがあり、ときに致命的な経過をたどることがあるので頻繁に臨床検査を行うなど患者の状態を十分に観察すること」との警告欄を設けた。しかし、発売後も重い血液障害がある患者に投与するなど、不適切な使用法が相次ぎ、これまで65件の副作用報告が寄せられ、このうち4人が白血球の急激な減少などの副作用によって死亡したと見られる。
 ○潜在的な危険性
 ・耐性菌の増大:厚生省が305の大規模病院を対象として行った調査によると、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の検出率は、1986年の25%から89年には40%、91年には60〜80%と増加。また、肺炎球菌の中で、ペニシリンに耐性を持つものは48%、14種類の抗生物質のうち、すべての菌に有効なものはバンコマイシンのみであった。原因は、第3世代セフェム系などの抗生物質の過剰使用にあると言われる。
 ・医家向け医薬品の大衆薬への転用:解熱鎮痛成分の「イブプロフェン」を含む総合感冒薬「エスタックイブ」(エスエス製薬)など、これまで医家向けにしか認められていなかった成分を含んだ大衆薬が人気を集めている(日本経済新聞、1994.2.24.)。93年度までに、解熱鎮痛から水虫治療、下痢止めなど広い範囲にわたって、累計37の成分が認可された。厚生省が「軽い病気なら近くの薬局で薬を買って治したいという国民のニーズがある」(古沢康秀・薬務局審査課長)と判断したもの。製薬会社は、「万が一、用量を超えて使っても大丈夫なように配慮している」(西川徹・大正製薬企画部長)というが、同時に消費者に対しても「注意書きを必ず読み、用法・用量を守って使ってほしい」と訴えている。

 §4.(悪)夢の化学物質
 ○化学汚染の事例
 PCB(ポリ塩化ビフェニル)
 ビフェニル(C6H5-C6H5)のHのいくつかが塩素Clに置換されたもの
 特性:(1)化学的に安定;(2)不燃性;(3)絶縁性;(4)不溶性(水に溶けない)
 用途:絶縁油(トランス、コンデンサー用)、熱媒体、潤滑油、可塑剤、塗料
 1881 ドイツで合成に成功(シュミットとシュルツによる)
 1929〜アメリカで工業生産開始
 当初は「夢の油」と呼ばれ、多くの分野で利用される
 1960〜欧米で環境汚染が問題に(生体内に濃縮され遺伝毒性を示す)
 1971〜世界的に生産が規制される
 フロン(クロロフルオロカーボン;CFC)
 特性:(1)化学的に安定;(2)熱に対して安定;(3)無毒;(4)圧力により液化しやすい
 用途:冷媒、断熱材、スプレー用、洗浄剤
 生体への毒性はないが、オゾン層を破壊することが判明
 分解せず水にも溶けないため、大気中に長期にわたって滞留
 高度25〜35kmで紫外線によって分解され塩素ラジカルを発生、オゾンを破壊する
 アスベスト(繊維性ケイ酸)
 特性:(1)化学的に安定;(2)不燃性;(3)保温性;(4)密度が小さい
 用途:断熱材、保温材
 肺の細胞に突き刺さって繊維症をもたらす
 その他:水道水の化学汚染、海洋および大気汚染、高圧線からの電磁波など
 ○環境中の低レベルの危険因子の問題
 リスクアセスメント(危険性の評価)の問題
 ・慢性的暴露による毒作用の量−反応関係は不確定要素が多い
 (科学的モデル/動物実験/疫学的調査の限界)
 ・それ以下では安全性が保証されるしきい値は一般にない
 ・環境中での危険因子の分布は一様ではない
 ・多くの因子が相互作用するので影響が単一ではない
 ・受容可能な安全基準をどこに定めるかコンセンサスがない
 バランスのとれたリスクマネージメント(危険管理)が必要に


©Nobuo YOSHIDA