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§3.環境ホルモン(内分泌撹乱物質;Endocrine Disruptors)



 ここ数年、人間が作り出した最も危険な化学物質の一群として注目を集めているのが、「環境ホルモン」と呼称されるものである。これらは、環境中に放出された後、生体内に侵入してホルモンと類似の作用をしたり、ホルモンの働きを阻害することによって内分泌機能を混乱させる。ゴミ焼却場から排出され大きな社会問題になったダイオキシンもその1つであり、他にPCB、DDT、フタル酸エステルなど、環境ホルモンではないかと疑われている化学物質は、現在約70種類にもなる。
環境省は、67種類の物質を環境ホルモンとして指定していたが、生物への影響が不分明であるため、2004年に指定制度を廃止、約千種類の化学物質の中から内分泌攪乱作用のあるものを洗い直す作業に着手した。

 環境ホルモン問題に対して、世界で最初に警鐘を鳴らしたのは、生態学者T.コルボーンらが執筆した "Our Stolen Future" である。ゴア米国副大統領が序文を書いたことでも知られるこの著作は、五大湖周辺をはじめ世界各地で見られる野生生物の異変が、主として、化学物質による性ホルモン作用の攪乱に起因することを力説し、欧米でベストセラーになった。日本では、NHKが1997年11月に放映した『NHKスペシャル 生殖異変』の中で、環境ホルモンが生殖機能に異変をもたらし、生物種の存続を脅かしかねないことを視聴者に印象的づけ、論争に火がつけられた格好になった。
 「環境ホルモン」という呼び方は、科学者には概して不評である。もともとは、(外因性)内分泌攪乱物質とかホルモン類似物質など、いくつかの呼称が混在していた。これをNHKの『サイエンス・アイ』という科学番組で取り上げるに当たり、一般人にも受け入れられやすい名前として、「環境中に存在する物質で、ホルモンに良く似た構造をしているため、体内に侵入すると内分泌機能を混乱させる」という意味を込めて「環境ホルモン」という用語を使ったのである。この呼び名では、「内分泌を混乱させる」という一番肝心なことに触れていないというのが、科学者に不評を買った理由である。しかし、一度聞いたら忘れられないインパクトを残す言葉なので、ほとんどのマスコミが採用している。
 環境ホルモンが恐ろしいのは、きわめて微量でも、生物種に致命的なダメージを与えるという点である。例えば、船底に貝類が付着しないようにするために船底塗料に混ぜて使っていた有機スズ化合物は、一部が海水中に溶け出すものの、貝の致死量の千分の一以下に希釈されるため、海洋生態系に悪影響はないと考えられてきた。ところが、これほどの低濃度であっても、有機スズ化合物は、ホルモン類似物質としてある種の貝の性ホルモンの働きを乱し、遺伝的にはメスとなるはずの個体にオスの生殖器を形成させてしまう。日本近海に生息するイボニシやバイガイなどの巻き貝は、個体数が激減していることが報告されているが、これは、有機スズ化合物の環境ホルモン作用により、オスばかりになって正常な繁殖が行えなくなったためだと推測されている。
 化学物質を処理するために、古くから採られていた手法は、十分に薄くして(液体は河川や海に、ガスや粉塵は大気中にというように)自然界に放出し、後は自然の浄化作用に期待するというものであった。しかし、これまでの節で見てきたように、こうしたやり方がうまく機能しないケースも多々ある。PCBやDDTは、水に溶けず油に対する親和性があったため、川や海に捨てても水中で薄く拡がることなく、却って動物の体脂肪中に濃縮されて、さまざまな障害を引き起こした。また、フロンガスは、大気中に拡散して十分に希薄になったのだが、化学的に安定なために自然分解されずに成層圏まで上昇し、触媒サイクルを通じて、ごく微量のフロン分子が大量のオゾンを破壊するという結果を生んだ。そして、環境ホルモンも、十分に希釈して悪影響をなくしたつもりでいたにもかかわらず、内分泌攪乱という科学者が予想もしなかったメカニズムによって、生物に多大な影響を与えるのである。
 現在なお、環境ホルモンの効果は完全に解明されていない。これは、環境ホルモンが、非常に微量で作用することに加えて、(1)胎児期に曝露した効果が成長した後に顕在化するなど、その影響が時間的に遅れて現れるケースがある、(2)生体濃縮を起こす物質の場合、食物連鎖を通じて生態系全体に作用が及ぶ−− などの理由により、内分泌攪乱の定量的な評価が難しく、生態系に異変が現れても、それが特定の物質に起因する現象であると立証しにくいためである。環境ホルモンではないかとが疑われている化学物質の多くが、きわめて有用なものとして産業で広く利用されており、生態系や健康への悪影響が解明されていない段階での規制に対して、業界からの反発が強い。
 しかし、効果がはっきりしていないからと言って放置していると、場合によっては取り返しのつかない事態に至りかねない。特に、子供への悪影響を心配する声は強い。脂肪に親和性がある場合、母親が食事を通じて体内に蓄積した環境ホルモンは、胎盤を通じて胎児に、母乳を通じて乳児に移行する。ホルモン作用に対する感受性の高いこの時期に内分泌が攪乱された場合、きわめて深刻な影響が派生することが予想される。このため、市民団体・環境団体は、早期の規制を求めている。その一方で、センセーショナルに危機感を煽る報道が、人々をいたずらに動揺させている面があることも否めない。環境ホルモンが母乳を通じて乳児に移行することを恐れて、授乳を止めるべきか保健所などに相談に訪れる若い母親もいることが報告されているが、現状では、栄養面などから見て母乳のメリットの方が大きいので、ほとんどのケースで授乳を控える必要はないと考えられる。

環境ホルモンの作用



 環境ホルモンとは、環境中に存在する化学物質の中で、生体内に侵入してホルモンと類似の作用をしたり、ホルモン機能を阻害したりするものを指す。
 ホルモンとは、内分泌腺から分泌されて特定の器官・組織に作用する生化学物質で、発生過程での組織の分化や、生体機能の調整において重要な役割を果たす。代表的なホルモンには、成長ホルモン、インシュリン、副腎皮質ホルモン、性ホルモンなどがあり、これらの異常は特有の疾患を引き起こす。例えば、血糖値をコントロールするインシュリンが過剰になる(不足する)と高血糖症(低血糖症)になる。これらのホルモンは、血液によって目標の器官・組織の細胞まで運ばれ、そこで、細胞内部あるいは細胞表面に存在する受容体(リセプター)に結合する。受容体はホルモンと結合することによって構造が変化し、一連の生化学反応を引き起こす。多くの場合、DNAの特定部位に構造変化を起こした受容体が結合し、これがトリガーとなって遺伝子が活性化され、組織形成や代謝を行うタンパク質の産生が始まる(下図)。正常な生体内では、ホルモンの分泌は、フィードバック機構に基づいて、成長段階や身体の状況に応じて適切にコントロールされている。
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 環境ホルモンが、どのような作用によって内分泌機能を攪乱するのか完全に解明されたわけではないが、それぞれの物質に応じて、生体内ホルモンの合成、分泌、体内輸送、結合、作用そのもの、あるいはクリアランスなどの過程を乱すものと考えられる。中でも良く知られているのが、生体内ホルモンと類似した構造を有する環境ホルモンが、標的細胞の受容体と結合することによって生じる作用で、これには、ホルモン類似作用とホルモン阻害作用がある(下図)。
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ホルモン類似作用
環境ホルモンがホルモン受容体と結合し、細胞に不必要で異常な機能発現を引き起こす。フロリダのミシシッピーワニの場合、エストロジェン(女性ホルモン)と類似した構造を持つDDTが、受容体と結合してホルモン作用を引き起こしたため、遺伝的にはオスであるはずのワニがメス化し、生殖器官の形成不全が生じた。PCBやノニルフェノールなどにも、こうしたエストロジェン作用があることが知られている。
ホルモン阻害作用
環境ホルモンが受容体に結合するもののホルモン作用は引き起こされず、その状態のまま生体内で分泌された正規のホルモンの結合を阻害し、正常な機能に影響を与える。

 環境ホルモンとされる物質には、性ホルモンを混乱させるものが多く、エストロジェン作用、エストロジェン阻害作用、アンドロジェン(男性ホルモン)作用、アンドロジェン阻害作用などが知られている。このほかにも、PCBやダイオキシンによる甲状腺ホルモン攪乱、DDTなどによる副腎皮質ホルモン攪乱などの報告がある。

環境ホルモンの種類



  1. 産業化学物質(原料、副生成物を含む)
    ポリ塩化ビフェニル類(絶縁油、可塑剤、熱媒体)
    絶縁油などとして用いられたPCBは、発ガン性や毒性が強く先進国では1970年代前半に使用中止になっているが、難分解性のため依然として環境中に蓄積されており、五大湖周辺をはじめ、世界各地で野生生物の繁殖力・免疫力低下の原因になっていると言われる。
    ポリ臭化ビフェニル類(難燃剤)
    ヘキサクロロベンゼン(有機合成原料)
    ビスフェノールA(樹脂の原料)
    哺乳ビン・給食用食器などに多く用いられるポリカーボネイト食器から溶出するとして、近年、大きな問題となっている。ポリカーボネイト食器は、軽くて壊れにくい上、耐熱性があって煮沸消毒ができ、汚れも落ちやすいので、食中毒予防の面からも最適だとして、従来使用されていたメラミンやポリプロピレン製のものに代わって給食用食器として日本全国で使用されるようになった。しかし、溶出効果の大きい溶剤を使うと、原料のビスフェノールAが微量に溶け出すことが判明し、危険性を指摘する声が上がるようになった。ビスフェノールAにはマウスに対してエストロジェン作用を示し、前立腺の肥大をもたらすという報告もある(確証されてはいない)。市民団体・環境団体が使用規制を求めている一方、生体での蓄積性が乏しく、速やかに体外に排出されるため、危険性は小さいという説もある。
    有機スズ化合物[トリフェニルスズ、トリブチルスズ](船底塗料、漁網の防腐剤)
    貝の付着を防止するため船底塗料に混入されていた有機スズ化合物が、日本近海のイボニシやバイガイなどの巻き貝にインポセックス(メスの生殖器異常による産卵障害)を引き起こしていることは、ほぼ立証されている。日本をはじめとする多くの国で使用が規制されているが、規制のない国でトリブチルスズ含有塗料を塗布した大型船が世界中で就航しているため、日本に寄港する船舶からの溶出が続いている。
    スチレンダイマー、スチレントリマー(スチレン樹脂の未反応物)
    カップめんの容器などに使われるポリスチレンから溶出したとのデータが提出され、大きな問題になった。これに対して、業界団体(日本即席食品工業協会)は、1998年5月に大手新聞の1面を使って意見広告を出し、「カップめんの容器は、環境ホルモンなど出しません」とアピールした。この意見広告の論拠は2つある。第1に、容器からスチレンダイマーやスチレントリマーが溶出したというデータは、溶剤を用いて実験した場合のもので、熱湯を使用した試験では溶出は認められない。第2に、マウスを使った実験では、スチレンダイマー/トリマーに環境ホルモン作用が認められず、OECDが掲げた環境ホルモンのリストにも入っていない。この主張に対しては、環境団体などからの批判もあり、一部のメーカーでは、ポリスチレンの容器を紙に代えるなどの動きも見られる。
    フタル酸エステル類(プラスチック軟化剤)
    玩具などに広く使用されているポリ塩化ビニルには、軟らかくする目的でフタル酸エステル類などの軟化剤が添加されている。こうした軟化剤は、塩化ビニルに化学的に結合していないため、長期にわたって少しずつ放出され続けることになり、玩具を舐めたときに子供の体内に吸収される危険がある。フタル酸エステル類は、急性毒性は低いが、長期的曝露によって肝臓や腎臓に障害を与えたり、生殖器官に悪影響を及ぼす可能性が指摘されている。このため、環境団体のグリンピースは、「おもちゃから塩化ビニルを追放しよう」というキャンペーンを行っている。その一方で、フタル酸エステル類は、体内で分解・代謝されるため、微量(欧州の暫定基準で1日体重1kg当たり50μg以下)ならば人体への悪影響はないという説もある。
    アルキルフェノール類(界面活性剤原料)
    イングランドの河川では、工場から排出された合成洗剤の反応生成物であるノニルフェノールが、ローチなどの魚に精巣の形成不全をもたらしているという報告がある。
  2. 農薬
    DDT、ディルドリン、マラチオン、クロルデンなど(殺虫剤)
    ウンカやハエ、カに対して高い効果を示す殺虫剤のDDTは、北米やヨーロッパで野鳥の生息数を激減させた原因物質であり、先進国では使用禁止になっているものの、インドをはじめとするいくつかの国では、マラリアの蔓延防止のために使われている。残留性が高く食物連鎖を通じて生体濃縮するため、いまだに被害が持続している。
    アトラジン、シマジン、ニトロフェンなど(除草剤)
    ジネブ、ジラム、マンネブなど(殺菌剤)
  3. 医薬品
    DES(合成ホルモン)
    世界で初めて人工的に合成された女性ホルモンであるDESは、かつて流産予防効果があるとされ、500-600万の妊婦が服用した。その後、流産防止効果がないことがわかり、さらに、産まれた子供に子宮頸部ガンなどを引き起こすことが判明、薬害として欧米で大きな社会問題となった。胎児期にDESに曝露された人に、成人してから環境ホルモン作用の影響が現れるかどうかは、はっきりしていない。
    ピル(経口避妊薬)
    長期にわたってピルを服用した場合、本人だけではなく子供の世代にも環境ホルモン作用を及ぼすという説が提唱されているが、実証はされていない。
  4. 非意図的生成物
    ダイオキシン類
    塩化ビニルなどの有機塩素化合物を焼却したときに非意図的に生成され、ゴミ焼却場から排出されるダイオキシンは、きわめて強力な急性毒性・発ガン性・催奇形性を有するが、こうした影響が表れないほどの低濃度であっても、環境ホルモンとして作用する。性ホルモンの攪乱のほか、甲状腺ホルモンや副腎皮質ホルモンの作用も乱し、知能や行動の異常をもたらすと考えられている。
    ベンゾピレン
  5. 天然物質(大豆の植物性エストロジェンなど)


野生生物への影響



生 物 場 所 内分泌撹乱作用 推定原因物質
イボニシ 日本 雌のインポセックス 船底塗料由来の有機スズ化合物
サケ属 五大湖 甲状腺の過形成 未特定の甲状腺腫誘発物質
カダヤシ フロリダ 雌の雄化 製紙工場の排水、化合物は未特定
ローチ、ニジマス イングランド 精巣発育遅延 ノニルフェノールか?
ミシシッピーワニ フロリダ 外性器形成不全、精巣機能不全、孵化率低下、個体数減少 湖内に流入したDDTなどの有機塩素系農薬とされる
ヤマシギ、ハイタカ、ミサゴ、ミヤマガラス、ヨーロッパヒメウなど イギリス、北アメリカ 産卵数減少、繁殖期遅延、産卵失敗、破損卵増加、卵の小型化、孵化率低下など 野外観察および毒性試験よりDDTと推定される
セグロカモメ 五大湖 甲状腺異常 DDT説もあるが断定できない
ハクトウワシ 五大湖 低孵化率 PCB、DDTの可能性あり
アジサシ、カモメ 五大湖 オスの生殖器以上 PCB、DDTの可能性あり
カワウソ、ミンク 五大湖 繁殖激減 PCBの可能性が高
フロリダピューマ フロリダ オス:精子数減少、メス:不妊 有機塩素系農薬?
ゼニガタアザラシ オランダ 個体群の激減 PCBの可能性が高い
シロイルカ カナダ・ケベック 個体数激減、卵巣異常、不妊 PCB、ダイオキシンの可能性
バンドーイルカ 米国東海岸 大量死 特定できず


動物実験の結果



 ダイオキシン、PCB、DDTなどについては、動物実験によって低容量での内分泌攪乱作用が確認されている。しかし、この結果を野生生物や人間に外挿することは、容易ではない。ここでは、近年報告された実験結果のいくつかを、解説抜きで掲げる。
◇メダカを孵化から3カ月間、ノニルフェノール50μg/l(イングランド下水処理場からの排水に含まれる量よりやや高い濃度)の中で飼育したところ、雄の50%で精巣と卵巣の両方を持つ個体が出現した。
◇ラットを用いてDES(100μg/l)を妊娠中から生後22日まで飲み水に入れて投与し、90-95日齢で精巣重量および精子形成を調べたところ、精巣重量が有意に低く、一日当たりの精子産生も10-21%減少した。
◇DDT代謝産物のメトキシクロール1mgをマウスの出生日から10日間投与し、10日齢で調べた結果、雄マウスではテストステロン量が低く、雌マウスでは生殖腺附属器官の重量増加、子宮と輸卵管の上皮における異形細胞が見られた。
◇ラットに1日あたり0.01μg/kgのダイオキシンを食ベさせると、妊娠率が低下した。また、妊娠15日目のラットに1μg/kgのダイオキシンを投与すると、妊娠18-21日齢の雄胎仔の血中テストステロンが減少、出生後も黄体形成ホルモンの増加、精子数の減少など雌性化が認められた。


人間への影響



 環境ホルモンが人間の健康に影響を及ぼしているかどうかについては、今なお議論が分かれている。
精子数の減少
1992年にデンマークのスカケベック博士らのチームが、1938-90年にかけて精子数が40%以上減少したと報告、この原因として、男性が胎児期および出産後に環境ホルモンに曝露されたことが示唆された。さらに、精子の運動率の低下や精子奇形率の増加が、英仏の研究者より相次いで報告された。しかし、精子数の測定方法が一定していないことや、不適当な統計方法を用いている点が指摘され、フィンランドやアメリカでの研究でも、精液中の精子濃度の変化は認められないという報告がなされたことから、近年のヒトの精子数の減少や精子の質の低下を示すデータの信憑性を疑う意見もある。
子宮内膜症
強い月経痛をもたらし、不妊症の原因にもなる子宮内膜症の報告数が増加している。子宮内膜症の病因については未解明な点が多いが、アカゲザルを用いた研究では、ダイオキシンと子宮内膜症との関連が示唆されている。人においては、不妊女性のうち子宮内膜症を有する44例中8例で血液中にダイオキシンが検出されたが、子宮内膜症を伴わない場合は35例中1例のみとなり、子宮内膜症患者の方がダイオキシン検出率が高い。しかし、両者に相関がないという報告もあり、また、PCBとの関係も否定されていることから、現時点では、子宮内膜症と環境ホルモンを関連付ける十分なデータはないと言える。
特定事例の調査
流産や妊娠合併症の予防のためにDES(合成ホルモン)を服用した女性からの出生児(男子)や、ダイオキシンに曝露されたベトナムからの退役軍人に、精子数の減少、運動率の低下や精子形成障害が認められたという報告があるが、いずれのケースにおいても、これを否定する研究がある。ただし、その機構は不明確ながら、PCB、DDT、カドミウム、鉛などによってヒト精子形成障害や精子数の減少が起きることは、確実視されている。


化学物質の総合的管理



 環境ホルモンのように、従来の毒性検査(培養細胞や実験動物を用いた細胞毒性・致死性・発ガン性などのチェック)では危険性が解明できないにもかかわらず、きわめて低濃度でも種に対して致命的な影響を及ぼしかねない化学物質の存在が明らかにされたことから、個々の物質に対して安全基準を設定し排出濃度をこれ以下に抑制させるという従来のやり方を改め、化学物質を総合的に管理する必要性が唱えられるようになった。具体的には、化学物質排出移動登録制度(PRTR)などが整備されつつある。
 PRTRに関しては、「「持続可能な発展」のための技術−低レベル環境汚染」を参照のこと。
【環境ホルモンに関する参考文献】
T.コルボーンほか著「奪われし未来」(翔泳社)
T.Colborn et al."Our Stolen Future"の翻訳。
デボラ・キャドバリー著「メス化する自然」(集英社)
D.Cadbury "The Feminization of Nature:Our Future at Risk"の翻訳。
環境ホルモン汚染を考える会編著「環境ホルモンの恐怖」(PHP研究所)
井口泰泉著「生殖異変 環境ホルモンの反逆」(かもがわ出版)


《考えてみよう》
厚生省の「内分泌かく乱化学物質の健康影響に関する検討会 中間報告書」(1998年11月)では、環境ホルモンについて考えるときに、次の3点を念頭に置く必要があると述べています。これらを足がかりに、環境ホルモン問題を自分なりに論じてみなさい。(以下引用)
1)内分泌かく乱化学物質問題には、多くの検討すべき問題が存在していること。
内分泌かく乱化学物質を問題とした報告は、しばしば、再現性試験の結果、その再現性が認められないことが報告されている。また、試験管内で見られた実験結果が実験動物での試験結果と矛盾する場合も多く報告されている。内分泌かく乱化学物質問題を適切に解決するためには、科学的に十分信頼できる調査研究が必要である。
2)内分泌かく乱化学物質は、国境を越えた問題であること。
この問題は、化学物質が世界中に流通するとともに、環境中に放出された物質は国境を越えて拡散するため世界共通の課題である。世界が共通の枠組みの中で統括的にこの問題に取り組み、円滑な問題解決に努めるべきである。
3)内分泌かく乱化学物質問題は、世代を超えた問題になり得ること。
内分泌かく乱化学物質の一部は、難分解性あるいは蓄積性のある物質であることが判明している。難分解性のものは、環境中に残留し次世代に、また、蓄積性のあるものは母から子に移行し次世代に引き継がれて行く。次世代に負の遺産を残さぬよう問題の把握に全力を尽くして行く必要がある。



©Nobuo YOSHIDA