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§3.焼却・埋立処理の弊害

 かつては、固形廃棄物については、環境中に拡散してさまざまな影響を及ぼす気体や液体と異なり、伝染病の防止のために生ゴミなどの可燃ゴミを焼却をした上で、1箇所に集めて埋立処理すれば良いと考えられてきた。焼却処理はまた、ゴミの体積を減らして埋立地の不足を補う、一部の有害な有機化合物を無害化する──などの効果もある。こうして、日本では長年にわたって、固形廃棄物の焼却・埋立処理が進められてきた。しかし、プラスチック類を中心とするさまざまな化学物質が増えるにつれて、これまでの処理方法の弊害が目立ってきている。特に、焼却温度が充分に高温にならずに不完全燃焼の状態になると、かえって焼却炉内部で有害物質が生成されてしまうという問題が深刻である。ここでは、近年マスコミを賑わしているダイオキシン問題を中心に、従来のゴミ処理法が引き起こした弊害を見ていきたい。

■プラスチック廃棄物
 近年、プラスチック廃棄物の増加が大きな問題になっている。2001年のプラスチック廃棄物は1017万トン(重量比で都市ゴミの10%)。うちリサイクル53%(再生利用15%、ゴミ発電17%、熱利用焼却14%、その他(油化・高炉原料など))、埋め立て+単純焼却47%。通産省の「廃プラスチック21世紀ビジョン」では、21世紀初頭までに90%のリサイクル達成が目標とされていたが、実現できそうもない。
リサイクルに関しては、「リサイクルの現状と今後」を参照。

 現在、プラスチックを含む固形廃棄物は、中間処理場で資源回収し、破砕または焼却した後、最終処分場に埋め立てている。しかし、ゴミの増加に対して最終処分場は逼迫している。近年、最終処分場の新規建設数が周辺住民の反対などで減少傾向にあり、このまま推移すれば、2010年に埋め立て許容量がゼロになる。例えば、名古屋市は、伊勢湾奥の藤前干潟を埋立処分場にする計画を立てていたが、日本有数の渡り鳥飛来地であるために市民団体が反対、環境庁(当時)によるアセスメントにより、ゴカイや二枚貝などの底生生物も多く海水の浄化作用を担っていることが確認され、1999年に計画は白紙撤回された。処分場が不足した名古屋市は「ゴミ非常事態」を宣言、市民にゴミ減量・資源化分別を呼びかけた結果、埋立処分されるゴミの排出量が大幅に抑制されたという。
 また、ゴミの体積を減少させるために圧縮処理を行うことがあるが、この施設が建設された杉並井草地区では、圧縮の際に放出される化学物質が原因だと思われる健康被害が報告されている。
 不法投棄も多く、全国の海岸に漂着するプラスチックゴミは年間1〜2万トンになる(2000年、環境庁調べ)。レジ袋やペットボトルなどは市街地で投棄されたものが多いが、韓国・中国・ロシアから海流に乗って流れ着いたゴミもある。こうしたプラスチックゴミが海洋生物に与える悪影響も小さくない。海中を漂う海草類を食べる習性のあるアオウミガメが、間違えてビニル袋を飲み込み、消化管に詰まらせて死亡した例が報告されている。
 環境中に投棄されたプラスチックによる被害を抑制するために、生分解性のある 植物性プラスチック の開発が進められている。植物性プラスチックとは、植物(トウモロコシの茎や葉など)の糖質から製造したプラスチックで、再生可能な資源を原料し、地中のバクテリアの作用で分解する「生分解性」があるため、環境負荷が小さい。農場で使用される種苗ポットを植物性プラスチックで作れば、ポットのまま土に埋めて使用することができる。また、環境中に放出される可能性のある釣り糸や漁網、レジャーシートなどをこれで作るというアイデアもある。現時点では、石油性プラスチックに比べて種類が限られる上、コストが高いという欠点があるが、量産化が実現すれば価格は抑制される。2015年までに全プラスチックの10%を生分解性のものが占めるという予測もある。

■焼却処理とダイオキシン
 プラスチック類の中には、ポリプロピレンやポリエチレンのように燃やしてもほとんど問題を生じないものもあるが、焼却の際に有毒物質を作り出す物質も少なくない。ウレタン樹脂・ABSなどは下手に燃やすと有毒な青酸ガスを発生することが知られているし、塩化ビニルや塩化ビニリデンなどの塩素を含有するプラスチックを可燃ゴミと一緒に焼却すると、猛毒のダイオキシンが生成される。日本では、伝染病予防のために明治時代から廃棄物の焼却処理を積極的に押し進めてきたが、現在では、この方針が裏目に出た形になっている。
 このほか、プラスチック類には、用途に応じて多様な有機物配合剤が添加されており、圧縮などの廃品処理の過程でこれらが漏出して環境を汚染する危険性が指摘されている(例えば、塩化ビニルの柔軟剤として用いられるフタル酸エステルには環境ホルモン作用があると言われる)。
 プラスチックのような固形廃棄物に起因する環境汚染にはさまざまな種類があり、その中には深刻な状況に至っているケースも少なくないが、メディアへの露出度が高く多くの人に知られている代表例として、ここではダイオキシンに注目しよう。
 猛毒物質として知られるダイオキシン類は、塩素系プラスチックの焼却や農薬などの製造過程で生まれる化学物質で、日本では、全体の半分程度が一般廃棄物の焼却施設から、1/3程度が産業廃棄物の焼却施設から排出されている。日本は、先進国中で最もダイオキシン汚染が進行していると言われ、1995年の国別排出量で見ると、2位のアメリカを50%近く、ヨーロッパ諸国を5倍以上上回り、抜きんでて多い。特に、ゴミ焼却場の周辺は、欧米の基準では農業生産に不適当だと考えられるほどの土壌汚染が見られる。
L14_fig16.gif  1970年代に世界で最も優れた脱硫技術を開発し、大気中のイオウ酸化物の大幅な削減に成功した日本が、なぜダイオキシン対策の面で欧米諸国に遅れを取ってしまったのか不思議な気もするが、発生源になっているのが世間の動向に疎く対応が遅い役所の管轄下にあるゴミ処理施設だったことに加えて、国民の間で、欧米ほどダイオキシンに対する恐怖感が強くなかったという事情が考えられる。1976年にイタリアのセベソで農薬工場が爆発してダイオキシンが周囲に飛散し、住民200人が皮膚炎を発症するなどの健康被害を受けたほか、ニワトリやウサギ数千匹が死ぬという事故が起きた。これをきっかけに、ヨーロッパではこの物質に対する反感が高まり、その後、ゴミ焼却場周辺でダイオキシン濃度が高くなっていることが判明して、焼却処理に反対する住民運動が盛り上がっていく。一方、アメリカは、1960年代のベトナム戦争の際に、密林に隠れるベトコンに手を焼いて、ダイオキシンを主成分とする「枯れ葉剤」を散布したところ、現地住民の間に奇形児の出産が相次ぐという結果を招いている。欧米が早くからダイオキシン対策を進め、プラスチックの焼却処理を抑制してきたのに対して、こうした恐怖体験を持たない日本では、90年代にはいるまで問題が看過されてしまったようだ。このことは、各国の都市ゴミの焼却率の差異に如実に現れている。
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 ダイオキシンとは、ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン(PCDDs)、ポリ塩化ジベンゾフラン(PCDFs)の総称(コプラナーPCBも含めてダイオキシン類ということもある)で、2個のベンゼン環が酸素原子を介して結合したものに複数個の塩素原子が付いた化学物質である(上図)。 L14_fig08.gif 塩素の付き方によって多数の異性体が存在し、毒性も大きく異なるが、最も毒性が強いのが、図の2,3,7,8の位置に対称的に塩素が付いた2,3,7,8四塩化ジベンゾパラジオキシン(2,3,7,8-TCDD)で、他のダイオキシンの毒性は、この物質の何倍になるかという毒性等量を使って表す。報道などで見られる「ダイオキシンの量」とは、ダイオキシンの各異性体の量に、この毒性等量を掛けて足しあわせたものである。

◇ダイオキシンの毒性
 動物実験や疫学調査により、ダイオキシンの毒性についてのデータが集められているが、今なお不明の点が多い。ダイオキシンは、水に溶けにくく脂肪との親和性の高い物質で、口や皮膚から吸収されると、体脂肪に蓄積されて体外にあまり排出されないため、急性毒性による中毒だけではなく、長期的な影響が懸念されている。
急性毒性
人工化学物質の中では最も毒性が強く、青酸カリの1000倍、サリンの10倍になるとも言われるが、動物の種類による差が大きい(モルモットの致死量の100倍もの量をハムスターに投与してもピンピンしている)ため詳細は不明である。
慢性毒性
動物実験や事故で被曝した人間の症例では、体重減少・皮膚の変化・肝障害などが観察される。
発ガン性
他の発がん物質による発がん作用を促進するプロモーション作用が見られる。
催奇形性
妊娠中のマウスを使った実験で口蓋裂・水腎症などの奇形が生じたが、人間への影響は必ずしもはっきりしない。ただし、ベトナム戦争中にダイオキシンに曝露された妊婦から生まれた子供にさまざまな先天性形態異常が観察されたことから、危険性が大きいと考えられる。
環境ホルモン作用
動物実験ではダイオキシンに内分泌攪乱作用があることが確認されている。ネズミを使った実験では、妊娠中に摂取したダイオキシンの一部が胎児に移行し、ごく微量でも、甲状腺機能や生殖器の形成不全をもたらすことが観察された。人間の場合、不妊症の原因になる子宮内膜症や乏精子症とダイオキシンの関係も疑われているが、結論は出ていない。胎児段階での甲状腺機能の攪乱は知能の発育を妨げるという説もあり、深刻な影響をもたらす危険性がある。

◇日本人のダイオキシン摂取
 日本人が摂取するダイオキシン類の9割が食物経由で、そのうち6割を魚介類が占める。これは、ゴミ焼却場から出たダイオキシンが海に到達した後、水に溶けず油と混じりやすいという性質のために海水中に拡散せずに生物の体脂肪に蓄積され、さらに、食物連鎖を通じて大型魚に濃縮されているためである。日本の近海魚のダイオキシン濃度は外国産のものの10倍程度になる。
 日本人が1日に摂取しているダイオキシン量が体重1kg当たり何ピコグラム(ピコ=1兆分の1;以下単位省略)になるかは、継続的に調査が行われている。1998年に厚生省が行った地域別調査によると、最高2.72(関西)〜最低1.22(中国/四国)、全国平均は2.00となった(下図)。この値は、前年の2.41から減少しており、「排出源対策などの効果が現れた」(厚生省)と見られる。環境省による2001年の調査結果では、大気・土壌・食事からの平均摂取量は1.78になっている。
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 一方、大阪府下で行われた調査(摂南大学・高山ら、1997)によると、摂取量は厚生省の調査よりも多い3.26となっている。ダイオキシンの摂取量は、居住地域や生活習慣によってばらつきが大きく、魚介類を平均の2倍食べる人は、平均3.32ほど摂取すると推定される。また、ゴミ焼却施設の周辺では、肺から取り込む量が通常より多くなることが知られている。
 ダイオキシンの耐容1日摂取量(TDI;人が生涯にわたって毎日摂取し続けても健康に影響がでない量)をいくらにすべきかは科学的に完全に結論が出されたわけではないが、一つの目安として、世界保健機関(WHO)が体重1kg当たり1〜4ピコグラムにするように提案している(1998)。究極的には1ピコグラムを目指すべきではあるものの、データの不確定性や国情の違いがあるため、数値に幅を持たせてある。この提案を受けて、日本では、それ以前は厚生省が10ピコ、環境庁が5ピコという基準を示していたのを改め、ダイオキシンのTDIとして4ピコという値を採用した。WHOが示した基準値の最も大きい値を採ったため、上に示した調査データは、全て安全基準の範囲内に収まっている。

◇環境中のダイオキシン規制
 ダイオキシンによる環境及び健康被害を防ぐため、先進各国は、それぞれの考えに従ってダイオキシンに対する環境基準を設定し排出規制を行っている。我が国でも、2000年からダイオキシン類対策特別措置法を施行して規制を強化した。日米欧の排出規制・環境基準を比較してみよう。

【各国のダイオキシン規制】
焼却炉排出規制 大気・土壌中の指針 食品基準 許容摂取量
日本 100-5000(新設)
1000-10000(既設)
大気0.8
土壌1000(住宅地)
なし 4
オランダ 100 土壌 10(放牧地)
  1000(住宅地)
6(乳製品) 1(提案中)
米国 100-300(新設) 土壌1000(住宅地) なし 0.01(提案中)
(単位:焼却炉規制/大気=1立方メートル当たりピコグラム、土壌=1グラム当たりピコグラム、食品=脂肪1グラム当たりピコグラム、許容摂取量=1日に体重1kg当たりピコグラム)

 日本の場合、ゴミ焼却施設周辺の土壌汚染は、かなり進んでいることが判明している。例えば、環境庁が1998年に行った調査では、大阪府能勢町の焼却施設周辺の土壌からは、平均63ピコ(単位は上の規制値と同じ)のダイオキシンが検出されている。これは、日本の1000ピコという基準(住宅地)を大幅に下回ってはいるが、オランダでは放牧が許されない値である。また、ドイツでは40ピコ以上の土壌では農業が(食物中にダイオキシンが移動しにくい作物に)制限されており、能勢町の値はこれに引っかかることになる。能勢町と対比させるために大阪府下で調査された別の地区でのダイオキシン濃度は、平均7.4ピコで、これでもドイツの基準では、食物生産は禁止されないものの食物中のダイオキシン濃度の増加が見られた場合には生産中止となる値だ。また、能勢町周辺では、最大で8500ピコに汚染された地域も見つかっている。こうしたデータを見ると、ゴミ焼却施設からのダイオキシンの排出規制を進めることが必要だと言わざるを得ない。

◇ゴミ焼却施設のダイオキシン対策
 ダイオキシン類は、250-400℃の温度範囲で塩素化合物が反応すると発生するが、800℃以上の高温になると分解してしまう。従来の焼却炉では、燃焼後に緩やかに冷やされる過程でダイオキシンが生成しやすいが、すでに一部で稼働している新型炉では、(1)高温の排ガスを噴霧加水によって150度以下に急冷、(2)排ガス中の塩化水素や硫化物を消石灰粉末によって除去、(3)バグフィルターにより微粒子を濾過──などの方法で、ダイオキシンの排出を抑制することができる。環境庁が実施した排出実態調査によれば、全連続式・バグフィルター使用の焼却炉では、従来のものに比べてダイオキシンの排出を95%以上減らすことができる。
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 ダイオキシンを抑制し、あわせてエネルギー問題を解決する一石二鳥の方法として期待されているのが、ゴミ発電である。これは、廃棄物を圧縮・乾燥して固形燃料(RDF)に加工、専用の炉で高温焼却し、その際に発生する熱を利用して発電を行うシステムである。ゴミが水分を含んでいると温度が下がって不完全燃焼が起こりやすいが、圧縮・乾燥が充分に行われていれば、その心配はない。ただし、2003年に三重県のRDF貯蔵施設で、乾燥が不十分だったRDFが発酵して可燃ガスが発生、爆発・火災事故を起こしたことから、技術的に未完成だという見方も出ている。
L14_fig28.gif  ゴミ焼却施設で対策を推し進めた結果、ダイオキシンの排出量は確実に減少している。年間排出量は、1997年には7348-7602グラムだったものが、2001年には1743-1762グラムに減っており(環境省報道発表資料より)、廃棄物処理法の改正などで排出削減を進めた効果が現れたと見られる。このペースでいけば、2003年3月までに1997年比で90%減らすという目標は達成確実である。ただし、この値は、年に1回、焼却炉が安定稼働してから測定するという国の基準に沿ったものであり、炉内が低温になって不完全燃焼したときに発生するダイオキシンの量を正しく表しているか、疑問視する向きもある。また、ダイオキシン規制を推進した結果、基準を達成できない多くの焼却施設が廃棄処分されるが、その内部に残されているダイオキシンの処理が適正に行われるという保証はない。




©Nobuo YOSHIDA