質問 いわゆる「人間原理」というのがどうも理解できませんし、納得できそうもありません。どう考えればよいのでしょうか?【現代物理】
回答
 人間原理とは、「宇宙が観測されているようなものであるのは、観測者たる人間が存在するからだ」という考え方ですが、論者によって内容が随分と異なっているので、注意が必要です。最も弱い解釈については、多くの科学者が賛同していますが、最も強い解釈に同意する人は、ほとんどいないでしょう。
 弱い人間原理の例としては、ディッケが行った宇宙の年齢に関する議論があります。
 現在の宇宙は、ビッグバンから140億年弱経過した時点にありますが、なぜ太陽型恒星の寿命とほぼ等しい「百数十億年」であって、「十数億年」でも「千数百億年」でもないのでしょうか。その理由としてディッケが注目したのが、物質の存在比です。ビッグバンの直後、宇宙には水素とヘリウム(および、ほんのわずかのリチウムとさらに少ないベリリウムやホウ素など)しかありませんでした。地球型生命に不可欠の元素である炭素・窒素・酸素などは、恒星の内部における核融合によって合成され、恒星の寿命が尽きる頃の質量放出や超新星爆発によって外部にまき散らされ、初めて宇宙空間に存在するようになったと考えられています。充分な量の炭素・窒素・酸素などが作られるためには、数の多い太陽型恒星の第1世代が終焉を迎えるまでの時間が必要になります。ビッグバンから十数億年の時点では、こうした元素が少ないために、知的生命は存在するとしてもごくわずかしかいないはずです。
 銀河が誕生して100億年以上経過すると、他の銀河と衝突するといった外部からのエネルギー供給がない限り、新しい恒星はほとんど生まれなくなります。このとき、太陽型恒星を含む大質量星の大半はすでに燃え尽き、薄暗い赤色矮星だけが残っているでしょう。知的活動を行う高度な生物は、短波長光が生み出す高分子化合物を利用していると考えられるので、赤色矮星の周囲を回る惑星には、知的生命はほとんど存在していないと予想されます。このように考えると、現在の宇宙の年齢が十数億年でも千数百億年でもなく百数十億年であるのは、「宇宙は何歳か」と考える能力を持った人間が存在することの帰結だとも言えます。こうした考え方が「弱い人間原理」と呼ばれる立場の1つの例ですが、比較的真っ当な見解ではないでしょうか。
 より強い人間原理としては、「この宇宙は、たくさん存在する宇宙の中で人間の存在に適した初期条件を満たしているものだ」という主張があります。
 例えば、ビッグバンの際にあまり勢いよく膨張を始めると、天体が形成されないうちに物質密度が低くなりすぎて、銀河も恒星も存在しない空虚な宇宙になってしまいます。逆に、膨張の勢いが弱いと、あっという間に宇宙全体が潰れてなくなってしまいます(この辺りの議論は、宇宙定数の有無や宇宙の幾何学的な構造によって大きく変わります)。少なくとも数百億年の寿命を持ち、安定した天体形成が可能になるためには、ビッグバンのエネルギーなど最初の状態を決めるパラメータが一定の範囲になければなりませんが、「なぜパラメータはその範囲にあったか」と問うても、なかなか答えは出せません。この謎に解答する1つの方法が、ビッグバンで始まる宇宙はたくさん存在していると仮定して、強い人間原理を適用するというものです。宇宙の多重生成に関する完成した理論はありませんが、マザーユニバース内部の相転移によって次々と宇宙が生まれるという仮説が提出されています。仮にデタラメな初期条件で宇宙がたくさん作られるとすると、宇宙の大多数は、天体が形成されずにスカスカだったり、すぐに潰れてしまったりして、知的生命を宿すことができません。この宇宙が「長寿命の安定した天体が存在できる」という特殊な初期条件を満たしているのは、そうした宇宙だけが知的生命による観測対象になるからだとも考えられます。
 現在の素粒子論によれば、微細構造定数(電子の電荷と関連する量)や素粒子の質量比などの物理定数は、ごくわずかな基本定数を別にすると、宇宙初期の相転移によってダイナミカルに決まると考えられています。したがって、こうした定数が知的生命の発生に適した値になっている(例えば、炭素は絶妙のエネルギー準位を持っていて、生体物質の構成要素となる炭素原子鎖を作ることができる)のも、「強い人間原理」を使って説明できるかもしれません。
 強い人間原理を正当化するためには、初期条件の異なる宇宙がたくさん生成されるという理論を確立する必要があります。しかし、こうした理論は、現時点では、まだ完成にほど遠い状況です。強い人間原理に関しても、「考慮に値する1つの立場」と見なされているにすぎません。多くの科学者は、強い人間原理に則った宇宙観は、検証も反証もできないという意味で科学的な理論ではないと考えています。
 さらに強い人間原理としては、基本的な物理定数や時空の次元数、さらには理論の形式なども宇宙ごとに異なっており、知的生命が発生できるような宇宙だけが観測対象となるというものもあります。しかし、ここまでくると、どんな宇宙が存在可能なのか制限が付けられないので、まともな議論はほとんどできません。時折、酔狂な科学者が知的なゲームとしてこうした問題を取り上げるだけです。
 「宇宙は知的な観測者を生み出すようにデザインされていた」という究極的な(と言うか妙に歪められた)人間原理もあります。この主張は、しばしば量子力学の非正統的な解釈と結びつけられて、「量子力学的な観測によって知的生命の存在に都合の良い宇宙が選択された」という形で表現されます。しかし、これはもはや根拠のないドグマであり、非−科学的な議論と言わざるを得ません。

【Q&A目次に戻る】

質問 変な質問なのですが、人がガンで死ぬとはどういうことなんでしょうか? 例えば、胃ガンの場合ですが、胃は切除してもなんとか生きていけるといいます。そんな「どうでもいい」臓器に「できもの」ができたくらいでなぜ命に関わるのですか?また、「肝臓ガンで死ぬ」といった場合、肝臓が機能を失って死ぬのでしょうか? そうだとしたら肝臓ガン細胞はどのようにして正常な肝臓の細胞を死に至らしめるのですか? 毒素でも出しているんでしょうか?【その他】
回答
 ガンが恐ろしいのは、無秩序な増殖と転移をいつまでも繰り返すからです。増殖速度が遅く転移しない「できもの」は良性腫瘍と呼ばれており、生命を脅かすものではありません。
 正常な細胞分裂は、分裂するタイミングがきちんとコントロールされています。しかし、ガン細胞は、遺伝子が異常を来しており、周囲の状況とは無関係に勝手に増殖を続けます。この結果、正常な細胞に供給されるはずの栄養を横取りし、さらに、血管を圧迫して血液の供給を悪くするため、生存に必要の機能が充分に維持できなくなります。また、ガンの典型的な症状である疼痛も、異常増殖したガン細胞が神経を圧迫するために起こります。ガンに罹ると、当初はあまり症状が現れず、ガンが進行するにつれて、痛みに苦しめられながら徐々に身体が衰弱していくのは、このためです。
 ガンを「悪性腫瘍」たらしめる最大の特徴は、浸潤や転移を起こす点です。無秩序に増殖した結果、ガン組織の内部では一般に血液の流れが悪くなっているため、原発巣の単一組織だけならば、酸素や栄養が充分に供給されずに増殖が頭打ちになるはずです。しかし、ガン細胞は、周囲の正常な組織に侵入したり(浸潤)、血管やリンパ管を通って他の部位に定着・増殖したり(転移)する能力を持っており、次々に新しいガン組織を作りだしていくので、増殖にブレーキが掛かりません。
 正常な細胞には、不必要になったりウィルスに感染したりしたときに、自らを死に至らせる「アポトーシス」という機構が備わっています。ところが、ガン細胞では、アポトーシス関連の遺伝子に異常があるなどの理由で、このメカニズムがうまく働いておらず、自死することがありません。また、染色体の末端には細胞分裂のたびに短くなるテロメアと呼ばれる領域があり、一定回数だけ分裂を繰り返すとテロメアが短くなりすぎて細胞は増殖できなくなりますが、ガン組織では、テロメア修復酵素が活性化しているため、テロメアは短くなっていません。こうしてガン細胞は「不死」となり、いつまでも増殖を続けることができるのです。

【Q&A目次に戻る】

質問 あるテレビ番組でスパイウェアを用いて個人情報を盗み出すという方法を見ました。実際、家のパソコンでもスイッチを入れた途端にエラーが発生したことが2度あり、1回目はソフトを破壊され、全てを最初からやり直すことになりました。コンピュータ・ウイルスでしょうが、この番組を見て、スパイウェアではないかという気もしました。どうでしょうか。また、携帯電話でもこんなものが発生するのでしょうか。何か対策はありますか。【その他】
回答
 スパイウェアとは、コンピュータのユーザが知らないうちに立ち上がり、操作内容や訪れたウェブサイトなどの情報を勝手に送信するソフトの総称です(広義のスパイウェアには、「ポップアップ広告を表示させる」「広告サイトにアクセスさせる」といったアドウェアも含まれます)。もともとは、マーケティング会社などが顧客調査の目的で利用していたソフトで、鬱陶しいけれども実害はありませんでした。他のソフトをインストールする際にセットで組み込まれていることが多く、まともな会社が作ったスパイウェアの場合は、使用規約の中にその旨が記されているはずです(もっとも、規約など読まないユーザが大半でしょうが)。しばしばスパイウェアに分類されるクッキーには、サイト内で入力した情報を記録しておき、次に訪れたときにわざわざ入力しなくても済むという“便利な”機能も備わっているので、そのまま利用し続けた方が都合の良いこともあります。
 しかし、こうした合法的なスパイウェアに用いられる技術は、個人情報を盗み取る非合法なソフトに転用することも可能です。最近では、スパイウェアをメールに添付して送りつけ、うっかり添付ファイルをクリックしたユーザからインターネット決済用のIDとパスワードを搾取して、自分の口座に不正に送金するという事件も起きました。こうした犯罪目的のスパイウェアが増加しているので、不正ソフトが組み込まれないような注意が必要です。
 スパイウェアは、ユーザに気づかれないように情報を送信するためのソフトなので、パソコンの誤作動やファイルの破壊を引き起こすことは通常はありませんが、スパイウェアにバグがあったり他のソフトと相性が悪かったりすると、パソコンを異常終了させる場合もあります。もっとも、立ち上がってすぐパソコンが異常終了した件に関しては、コンピュータ・ウィルスの感染、ドライバや常駐ソフトの不具合、ハードウェアの故障など、さまざまな原因が考えられます。スパイウェアやウィルスについては、有償・無償の検出・削除ソフトが数多く提供されているので、まず、こうしたソフトを使って感染の有無をチェックしてください(スパイウェア検出ソフトの中には、まともなソフトを誤ってスパイウェアと指摘する場合もあるので、削除前にきちんと確認することが必要です)。
 携帯電話の場合は、技術的な理由でパソコンに比べて不正ソフトが開発しにくいため、直ちにスパイウェアを心配しなければならないというほどではありません。しかし、携帯電話に感染するコンピュータ・ウィルスも発見されており、安心しきって良いわけではないので、セキュリティ情報に気を配ることは必要でしょう。

【Q&A目次に戻る】

質問 数学の証明で、背理法という方法がありますが、これは、「真であるか偽であるかのいずれかである」ことを前提にしていると思われます。ゲーデルの不完全性定理は、この前提を崩すものではないのでしょうか? ゲーデルの不完全性定理がどういうものか、背理法はそれでも正しく機能するのか教えてください。【その他】
回答
(私は論理学の専門家ではないので、以下の議論は、聞きかじりに基づく素人の話だと思ってください)
 背理法とは、「命題Aは真か偽のいずれかである」ことを前提とし、さらに、「命題Aが真のときAの否定は偽である(真偽を逆にしても良い)」という排中律を元にした証明法です。これに対して、ゲーデルの不完全性定理とは、「真か偽のどちらであるかを証明できない命題がある」ことを意味しています(思い切り単純化した言い方ですが)。「証明はできないが真か偽のどちらかである」と考えれば、不完全性定理は排中律や背理法には抵触しません。むしろ、不完全性定理を展開する際に、背理法による証明が積極的に利用されています。
 記号論理学では、命題の真偽というのは、本質的な意味を持っていません。アリストテレス論理学では、「事実と一致するかどうか」によって真か偽かが峻別されると見なされました。しかし、この判定基準を厳密に適用することは、現実問題として不可能です。例えば、「三角形の内角の和は180°である」という命題が事実と一致するかどうかは、今なお明らかではありません(誤差範囲内で180°になるとしか言えません)。記号論理学で重要なのは、ある命題が事実と一致するかという結論が出せない問題ではなく、その命題が、与えられた公理系の内部で証明できるかどうかです。真偽とは、単に、規則的に割り振った0か1の真偽値でしかなく、「Aは真か偽のどちらかである」という性質は、Aが命題であるために必要な性質(命題の定義の1つ)にすぎません。
 ヒルベルトは、完全な公理系では、真なる命題は必ず証明できる(偽なる命題はその否定が証明できる)と考え、この信念に従って、数論の体系を確固たる基盤の上に築き上げようとしました。この「ヒルベルト・プログラム」の達成を困難にしたのが、ゲーデルの不完全性定理です。不完全性定理によれば、「自然数論を含む…(いくつかの条件省略)…公理系の内部には証明も反証もできない命題が存在する」ことになり、「真=証明可能」というヒルベルトの信念は、正しくないことが示されました。つまり、「証明できないが真である」命題も存在するわけですが、そうした命題(自己言及文が例として挙げられます)が、人間にとって何か役に立つものだとは考えられません。形式的な記号論理学は、益体もないクズ命題を無数に生成できるものだと言ってしまうと、身も蓋もないでしょうか。
 ちなみに、排中律や真偽値の2値性を否定する立場もあります。最も有名なのが、ブラウワによる直観主義論理学で、無限の対象を扱うときには、排中律は成り立たないとされます。直観主義論理学では、「¬Aが真だと仮定すると矛盾が生じる」ことが示されても、「Aが真である」という結果は導けません。

【Q&A目次に戻る】

質問 ダウジングで水脈を見つけることができたりしますが、どのようなメカニズムなのでしょうか?【その他】
回答
 ダウジングとは、ロッドや振り子を使って、地中の水脈・鉱脈のような目に見えないものを探し出す方法で、探索物の近くに来るとロッドや振り子が動き出すそうです。ベトナム戦争の際にアメリカ軍が地雷を発見するために利用したという報告もあり、全くのインチキとして一笑に付すことはできません。
 ロッドや振り子が動くこと自体は、いわゆる「不覚筋動」の結果として説明できます(不覚筋動という用語は一般的ではなく、少し意味が異なりますが、観念運動 Ideomotor action という言い方もあります)。不覚筋動とは、意識されないまま脳が指令する筋肉の動きであり、コックリさんや自動書記のような現象も、その現れと考えられます。問題は、“何が”不覚筋動を引き起こしているかです。次の3つの可能性を指摘しておきましょう:
  1. 探索物と関連づけられる外的な要因はない。すなわち、不覚筋動は探索物と無関係に生じており、ダウジングによって何かが発見できるのは偶然にすぎない。 これは、ダウジングの有効性を否定する立場です。ダウジングのように研究機関による体系的・定量的な研究が少ない分野では、失敗事例は報告されず成功事例だけ喧伝される傾向にあるため、その効果が過大評価されていると考えられます。科学者立ち会いのもとで行われたいくつかの実験(例えば、J. T. Enright, "Testing Dowsing" in Skeptical Inquirer magazine (January/February 1999) )では、ダウジングの有効性は必ずしも検証されていません。
  2. 探索物に由来する物理的なシグナルが知覚される。 これは、科学的にダウジングを擁護する立場であり、物理的なシグナルとして磁場(あるいは電場や電磁波)を挙げる研究者もいます(例えば、ユタ州立大学のチャドウィクとイェンセン)。確かに、強い磁場なら間接的に感知できる場合もあるので、ダウザーたちが地下水脈による地磁気の変化を感じ取ったという主張も、一応の考慮には値します。しかし、計測器による磁場や電場の測定値とダウジングの間にはっきりした相関があることを示すデータはなく、今のところ、疑わしい仮説の1つでしかありません。
  3. 探索物と関係のあるさまざまな事象を総合して判断している。 地形や植物相、歴史的状況などを総合して、水脈・鉱脈の存在を推定しているにもかかわらず、その過程は意識されず、判断結果だけが不随意的な筋肉運動として発現されるというものです。無意識のうちになされる総合的判断には、“人の気配”や“鉄砲の手応え”を擬似的な知覚として感じるといったケースがありますが、ダウジングの場合には、擬似的な知覚すらなく、本人にも何のことかわからないうちに、身体が反応していると考えられます。この仮説は、ダウジングの有効性を否定するわけではありませんが、その神秘性をいっさい剥ぎ取ってしまうと言えるでしょう。
 個人的には3番目の仮説にシンパシーを感じていますが、結論を下すには、データがあまりに少ないというのが現状です。

【Q&A目次に戻る】

質問 別の回答で「中性子星や白色矮星も、有限の温度を持っているので、熱放射を行って」とありますが、中性子(星)のemissivityはいくらなのでしょうか? 原子・分子・イオンなどの熱振動でエネルギーが放射されるのは、電荷があるからで、電荷のない中性子は熱運動してもエネルギー放射は起きない( emissivity = 0 )ように思うのですが。クォーク(udd)がプラズマのように電離しているのでしょうか? emissivity は、熱運動物質のミクロな電荷双極度の反映ではないのでしょうか?【現代物理】
回答
 超新星爆発によって誕生してから数千年までの中性子星では、(周囲を取り囲む残骸物質が内側に落下する際に生じるX線放射のような)非熱的な放射が圧倒的なパワーを持っていますが、時間が経って大人しくなると、熱放射が重要になってきます。
 比較的若い(誕生後10万年以内の)中性子星を冷やすのは、電磁波ではなく、主に、ニュートリノの放射です(素粒子の定常的な放射も、熱放射に含まれます)。ニュートリノ(ν)は、中性子 (n)、陽子(p)、電子の間の次のような反応で生成されます(これ以外にも、中間子が関与する反応や、ニュートリノ・反ニュートリノが対生成される反応もあります):
  n → p + e + ν (正確には反ニュートリノ)
  p + e → n + ν
中性子星の内部で作られたニュートリノは、他の物質とほとんど相互作用することなく、外部へとエネルギーを“持ち逃げ”するので、中性子星は急速に冷えていきます。温度が下がるにつれて、ニュートリノは生成されにくくなり(上の反応によるニュートリノの放射率は温度の8乗で変化します)、代わって、電磁波の放射が相対的に大きなウェイトを占めるようになります。
 中性子星と言っても、星全体が純粋な中性子物質からできている訳ではありません。大きく分けると核(core)と殻(crust)の二重構造になっており、さらに、核は内核と外核に、殻は内殻と外殻に分けられます。内核に関しては不明な点が多いのですが、おそらく中性子すら潰れてしまったクォークマターの状態になっているでしょう。外核は、中性子の海の中に陽子と電子が散在しているような状態だと考えられます。内殻には、通常の原子核よりも中性子の多い中性子過剰核と、そこから飛び出した単独の中性子が支配的ですが、外殻になると、通常の原子核と電子で構成されています。誕生以来、中性子星の内側に蓄えられていた熱は、熱伝導によって核から殻へと伝えられ、最終的には、外殻における電子とイオンの電磁気的な相互作用が生み出す電磁波として、星の外部へと放射されます。
 最近10年の間に、X線観測衛星の Chandra や XMM-Newton によって、数百光年以内の距離にある大人しい中性子星の熱放射が観測できるようになっています。例えば、RX J0720.4-3125 と呼ばれる中性子星からの軟X線は、約90万度の黒体放射のスペクトルとほぼ一致しています。

【Q&A目次に戻る】

質問 自分で地球が動いてることを実感したいのですが。別の回答に、洗面台の渦の向きは、加わる力が小さすぎて自転とは関連しないとあり、残念でした。フーコーの振り子もありますが、コマをモーターで高速回転させて(いわゆるジャイロでしょうか)空中に自在支点で吊っておき、取り付けたレーザーポインターで離れた壁に照射した輝点の動きを見れば良いかなと漠然と考えてます。【古典物理】
回答
 地球の自転を日常的なスケールで観測するのは、そう簡単なことではありません(簡単ならば、早くから地動説が広まっていたはずです)。巨大なスケールで見ると、台風のような大規模な大気の流れや、打ち上げ時のロケットの軌道などに、自転の影響が現れていますし、精密測定が可能ならば、約0.3秒の日周光行差(地球の自転により生ずる恒星位置の見かけのズレ)や緯度による重力変化なども、地球の自転を使わなければ説明が難しい現象です。
 フーコーの振り子は、初めて地球の自転を実証した実験装置として知られていますが、空気の抵抗や支点の振動の影響を小さくするために、振り子の長さは10メートル以上、おもりの質量は数十kgという巨大なものが一般的です。上野の国立科学博物館には、長さ20メートルの振り子が常時展示されています。
 実用的な製品で地球の自転を実感させてくれるものに、ジャイロコンパスがあります。ジャイロコンパスとは、ジャイロ(高速で回転する円板を回転軸が自由に動かせる支持枠にはめ込んだもの)に、常に北を向くための装置(指北装置)を取り付けたものです。ジャイロ自体は、角運動量の保存則によって回転軸の向きを保持しようとしますが、ジャイロコンパスの場合、適当なトルクを加えることにより地球の自転を補償するような歳差運動をさせています。こうした動作を観察すれば、地球の自転を実感できるはずです。もっとも、ジャイロの動きを外から観察できるようなジャイロコンパスを目にする機会は、まずないでしょう。
 質問にあるように、剥き出しのジャイロが向きを変える様子を観測できれば、地球が自転していることの直接的な検証になります(回転板の表面を反射鏡にしてレーザーを反射させれば、わずかな回転でも測定できるはずです)。実は、ジャイロ(ジャイロスコープ)を発明したのは振り子で有名なフーコーであり、振り子の実験を行った翌年の1852年に、ジャイロを作って自転の影響を示そうとしました。しかし、振り子と違って運動を持続させるのが難しかったためか、実験は失敗に終わったようです。実際、自転の効果が見えるほど長時間にわたって安定した回転を維持するためには、摩擦の少ない支持枠に質量の大きい回転板を取り付け、さらに、何らかの駆動装置を働かせなければなりません。現在でも、こうした装置を作るにはかなりのコストが掛かるため、実用的でない大型のジャイロが一般向けに制作されることは、ほとんど期待できません。
 ちなみに、最先端技術の分野では、超伝導を利用したSQUIDジャイロなるものが製作されており、地球の自転はもとより、相対論的な補正も計測できるところまできています。

【Q&A目次に戻る】

質問 科学の回廊で「携帯電話から発射されるマイクロ波に対して、コンクリートやモルタルのような建材は、ほとんど遮蔽効果を持っていない」と書かれていますが、携帯の900MHzの特殊な事例でしょうか? 普通は、コンクリートは電波にとって遮蔽物なのですが?? また、携帯もガラスなどのないコンクリートの中では遮蔽されることの方が多いと思われますが??【その他】
回答
 物質が電磁波を吸収する割合は、周波数によって大きく異なっています。コンクリートの場合、種類や状態(乾燥の度合いなど)によって電気特性が大きく異なるので、はっきりしたことは言えませんが、波長が数メートルから数センチの電磁波に対して、吸収係数はだいたい 1〜10程度の大きさです。ただし、吸収係数とは物質中を進む電磁波が吸収されて減衰する割合を表す物理量で、吸収係数をκとすると、波長λの電磁波が物質内部を距離x だけ進む間に、元の強度に対して
  exp (-κx/λ)
に変化します(式を見やすくするため、通常の定義と4πだけ異なっています)。仮にκ=1 とすると、波長30cm のマイクロ波は、厚さ3cmのコンクリートを通過する間に強度が90%に減衰します。波長によって吸収率が変わらないとすれば、同じコンクリートによって、波長3cm の電磁波は強度がおよそ1/3 になりますが、波長3m の電磁波は1%しか減衰しません。
 実際のコンクリートの場合は、もう少し複雑な現象が起きます。コンクリート表面での反射に加えて、小石などの粗骨材の境界面でも散乱が生じます。電磁波を吸収させるためにカーボンビーズなどを混合すると、吸収係数が数十倍に向上します。
 モルタル(セメントや石灰を砂とを混ぜて水で練った素材)やコンクリート(モルタルと同じ材料に砂利を加えたもの)は、マイクロ波に対してごくわずかの遮蔽効果しか持たないため、壁に密着させた精密機器が、隣の部屋で使用された携帯電話による電磁干渉で誤作動することもあります。ただし、構造材として使われるコンクリートには、通常は鉄筋が入っており、マイクロ波は、この鉄筋で散乱されてしまいます。鉄筋コンクリート造の建物内部で携帯電話が通じにくくなるのは、そのせいです。

【Q&A目次に戻る】

質問 学校の先生にこう云われました、「君らは最初に不確定性原理を習うから駄目なんだ。今は顕微鏡で原子が見えるんだよ」と。実際、原子を並べて文字を描いたという写真が何年か前にありました。また、最近では量子ドットといって、電子を狭いところに閉じ込める技術があり、さらには、光子の数をカウントする装置まであるようです。ハイゼンベルクの不確定性原理はどうなってしまったのか、本当に気になります。【現代物理】
回答
 不確定性原理と呼ばれる関係式は、いまでも物理学の基本法則であることは間違いありません。ただし、「人間による自然理解には原理的な限界が課せられる」といった不可知論的な主張の根拠として利用されることはなくなり、量子論的な揺らぎが満たす関係式として、肯定的に理解されています。
 質問にある量子ドットとは、金属の微小な粒子や半導体基板上の島状の領域に電子を閉じこめたもので、現在では、ようやくナノメートル(10億分の1メートル)のサイズにまで小さくすることができました。しかし、不確定性原理のせいで、これより小さい領域に電子を閉じこめるのは、かなり難しくなっています。
 例として、境界が無限に高いポテンシャルの壁となっている半径aの球の内部に電子が閉じ込められる場合を考えましょう。 この場合、
  Δx 〜 a
となります。一方、シュレディンガー方程式を解くと、エネルギー(球内部のポテンシャルをゼロとする)は離散化されて、
  E = h2ξnl2/8π2ma2
と与えられます。ただし、ξnlは、l次元球ベッセル関数のn番目の根で、l=0 のときは、
  ξn0 = nπ
となります。固有値の関係として E = p2/2m が成り立つので、
  Δp ≧ h/2a
となり、不確定性原理は満たされています。
 ここで、より狭い領域に電子を閉じ込めようとすると、(分母に a があることからわかるように)電子の運動エネルギーが大きくなります。現実の量子ドットは深さが有限の“ポテンシャルの井戸”ですから、電子があまり大きな運動エネルギーを持つ場合は、内部に閉じ込めておけません。現在の技術でせいぜい原子サイズの量子ドットしか作れないのは、そのためです。
 ちなみに、原子内部の電子が原子核に飲み込まれずにいるのも、これと同じ理由です。原子構造が安定しているのは、実は、不確定性原理の直接的な帰結と言えます。
 原子や量子ドット内部の電子の位置が確定できないのに対して、結晶内部の原子は、電子顕微鏡で観測すると、まるで特定の位置で静止しているように見えます。ナノテクによって、1個1個の原子を移動することも可能になってきました。こう言うと、不確定性原理が破られているようですが、そうではありません。原子の位置とは、中心部にあって全質量の99.9%以上を占める原子核の位置と考えることができます。原子核は、電子に比べて数千倍の質量を持つので、狭い領域に閉じ込めたため不確定性原理により運動量が大きな値を持ったとしても、運動エネルギー p2/2m はかなり小さな値になります。逆に言えば、それほど深くないポテンシャルの井戸でも、狭い領域にトラップすることが可能なのです。原子核は、周囲のイオンや電子が作り出す電磁的なポテンシャルに捉えられており、電子に比べて質量が大きいために、電子軌道の拡がりに比べると、定まった位置に存在するように見えますが、不確定性原理にはちゃんと従っています。
 光子の個数をカウントする場合でも、不確定性原理が破られることはありません。光子の個数は通常は確定していませんが、光電効果のように大きなエネルギーを交換する過程では、光子1個の状態を使って計算しても精度の高い近似となるので、あたかも1個の光子が飛んできたかのように記述することが許されます(厳密には、光子が1個から無限個までのさまざまな状態が重ねあわされたものとして計算しなければなりません)。ただし、その場合でも、光子は位置の固有状態にはなり得ないので、「光子がどの位置にあるか」を議論するのは無意味です。
 1920年代にハイゼンベルグによって不確定性原理が提唱された当時は、まだ物理的な内容が充分に理解されておらず、晦渋な哲学的議論が横行していました。しかし、現代では、不確定性は量子系の基本的性質として、明確に表現されています。

【Q&A目次に戻る】



©Nobuo YOSHIDA