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否定の章
 〜《超科学》に見られる方法論的欠陥〜



 超能力にせよUFOにせよ、不可解な現象を《超科学》によって解明しようと真剣に打ち込んでいる人は、正統的な科学者がこの問題について積極的に発言しないことに苛立ちを感じているようである。《超科学》の研究者に言わせれば、科学者がこうした態度をとるのは、硬直したアカデミズムに固執する保守主義的性向の現れであり、既存の科学では理解できない現象に直面して自分の立脚していた世界像が崩壊することを畏れているからだということになる。実際、こんにちの《超科学》は、正統科学との対決を通じて「打たれ強く」なっており、多くの科学者が超能力やUFOに関して漠然と抱いている不信感に対しては、毅然として再反論を突きつけるだけの準備を整えている。このような状況だけを見ると、たとえ学説としての正当性が直ちに認められないとしても、少なくとも専門的な学術雑誌において正統科学と論争を戦わせる場は設けてほしいとする《超科学》研究者の主張はもっともだと思われるかもしれない。
 しかし、超能力やUFOに関する限り、筆者は拒絶的な態度を示す“正統派”科学者の側に与したい。その理由は、この種の議論の(全てではないにせよ)多くに方法論的な欠陥が見られ、結果的に学問としての有効性が認められないからである。正統派と異端派の間に感情的な確執が生じているとすれば、それはむしろ、自説の欠陥を看過している《超科学》の側に非があると言いたい。本章では、この点について、具体的な例を挙げながら論じていく。


©Nobuo YOSHIDA