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第2章.人間と生態系の関わり


 近代文明においては、人間を生態系から切り離して別格扱いし、他の生物を利用する対象として捉える発想が支配的だった。しかし、自然界における生態系は、人間がこれまで想像していた以上に複雑であり、技術による介入によって完全にコントロールしたり、人工的環境の下で再現することの困難さが明らかになってきている。


 人間が制御しきれないという生態系の特徴は、次のような点に現れている。

  1. 開放系 : 生態系は、水・物質・エネルギー・生物自身が出入りする開放系であり、その境界は一般に便宜的に定められる。
  2. 非定常性と不均一性 : 生態系は一定の状態にとどまるものではなく、(森林の場合は山火事や土砂崩れなどの)外的な契機によって攪乱され、その後、自律的に平衡状態に向かって遷移する。適度な頻度で攪乱が起きることによって単一種の支配が妨げられ、生物的多様性が保たれる。
  3. 間接効果 : 生態系内部では共生・寄生・競争などの多様な種間関係が絡み合い、間接効果が複雑に波及する。一般に、こうした効果はカオス的な振舞いを示し、そのの厳密な予測は不可能だと言ってよい。

 生態系が人間の予想を超えた振舞いを示すという事例は、すでに数多く報告されている。この章の各論で取り上げるものも含めて、そのいくつかを列挙しよう。

 生態系がしばしば予測不能な振舞いをすることから、その保全には、そうした特性に応じた方法論が必要となる。近年に提唱されているのが、「順応的管理(adaptive management)」と呼ばれるもので、不規則に変化する事態に柔軟に対応していくために、次のような方法論が考案されている。

 この章では、具体的なケースをもとに、生態系を外部から制御することの困難さを示し、人間が生態系から切り離された別格的存在ではなく、生態系の中に埋め込まれた存在であることを明らかにする。



【第2章の参考文献】

【生物的多様性の現状】 【耐性菌問題】 【生物との共生】
《考えてみよう》
 近代文明は、人間を別格的な存在として生態系から切り離し、他の生物の中で役に立つものを取り出して利用しようとしているが、こうした考え方をどう思うか。漁業という形で野生の魚を捕獲して食べるのは環境破壊に通じるので、牛や豚のような家畜を飼育して食肉として利用するのが良いという主張は妥当だろうか。人工照明の下で野菜を水栽培する「野菜工場」は都市部で最適な農業なのだろうか。都市と生態系を調和させることは現実問題として可能かどうかも考えてみよう。
 現代の若者には、微生物を忌み嫌い、抗菌グッズを使って遠ざけようとする人が多いが、人類にとって微生物とは悪者なのだろうか。人類と微生物の関係をもう一度問い直してみてほしい。


©Nobuo YOSHIDA