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○科学研究における受容
科学とは何か?
  A.正当化された知識の体系
      論理実証主義者の見解、哲学的な世界観を内包
  B.問題解決のための方法論
      職業科学者の見解、哲学への志向を持たない
現代科学:科学を問題解決の「道具」とする
現代科学の成立:1930年代〜
  基礎理論の技術への応用が可能に
  アメリカにおける科学の発展(実用主義の土壌があり)
  科学の組織化(マンハッタン計画)
科学的方法論
  理論=モデル+使用法
    理論の3要件:体系性、連関性、有効性
    ここでは、「理論」と「科学的な学説」を同一視する
  モジュール化された小理論を多数提出
  大勢の学者の共同作業を通じて正当でない理論を淘汰
科学の動態
  (アイデア)→理論の提出(学会発表、論文)
         →受容(後続研究が現れる)
         →検討(データとの比較)
         →正当化(後続研究によるふるい分けで残る)
            →(定説)
  学界での「受容」は「正当化」以前になされる
科学における受容
  当該理論を引用する後続研究が現れる
  類型:短期忘却型、一時的流行型、長期定着型
  理論を受容しないときには黙殺(直接の批判はない)
  受容されたかどうかは被引用回数で評価可能
  受容の契機:
    正当性ではない
      (多くの場合、正当かどうかわからない)
    理論として機能するかに基づいて判断
      科学的方法論(仮説演繹法)に則っているか
      予言生成能力(predictive power)を持つか
      生成された予言とデータの比較は可能か
      他の理論との優劣はどうか
  受容に関する従来の見解
    T.クーン『科学革命の構造』
      パラダイム(*)転換の理論
      (*)科学的な発想法を規定する理論と手法のセット
    K.R.ポパー 『科学的発見の論理』
      反証可能性により科学と非科学を峻別
      フロイトやアドラーの精神科学を批判
  検証主義との比較
    検証主義
      決定実験を通じて1つの理論を正当化する
    多くの仮説は単一のデータでは棄却できない
  実例:大統一理論、占星術、超能力
課題:「なぜ、アルヴァレらによる恐竜絶滅の新説は受容されたか」

○恐竜絶滅に関する学説
恐竜の時代
  三畳紀(2億2500万年前〜):恐竜の先祖が分化
  ジュラ紀(1億9300万年前〜):竜盤目と鳥盤目に分かれる
  白亜紀(1億3600万年前〜6500万年前)
  白亜紀末に絶滅  
恐竜の繁栄
  かつては脳が小さく図体がでかいトカゲの仲間と思われた
  現在では、史上最も成功した生物と見なされる
    (恐竜はは虫類と鳥類の中間種と考えられる)
  環境に適応して多様化(多様性を喪失した生物は滅びやすい)
    ニワトリ大〜クジラ大、陸〜海〜空(近縁種を含む)
    肉食〜草食、2本足〜4本足
  恐竜は敏捷だった
    根拠:ディノニクスの鈎爪、足跡から推定される歩行速度
  恐竜は温血動物だった
    根拠:肉食/草食比率
  恐竜は社会性を持っていた
    根拠:マイラサウルスの巣作りの跡
恐竜の絶滅
  地球規模の大絶滅は5回以上起きている
  6500万年前、陸海の生物の約半数が消滅(白亜紀末の大絶滅)
    体重25kg以上の大型動物すべて
    アンモナイト、大半の二枚貝、プランクトン
    短期間かどうかは不明
    小型哺乳類、鳥類、ワニなどは生き残る
恐竜絶滅の諸説
  漸変説:ライエル流のパラダイム
    種の老化、気候・環境の緩やかな変化、哺乳類の登場
    食糧事情の悪化、形態異常、代謝異常、病気・寄生虫
    古生物学者の間で支配的(要因は特定できず)
  激変説:キュビエ流のパラダイム
    超新星爆発(1962 シンデヴォルフ)
    隕石の衝突(1970 マクラーレン)
    彗星の衝突(1979 ユーリー)
    磁極の逆転、火山の大噴火など
    多くが学界で受容されず
  激変説が受容されなかった理由
    (1)観察データが不備
    (2)仮説と帰結が論理的に近すぎる
      (「天変地異があったから生物が滅びた」?)
    (3)絶滅シナリオが描けていない
      (なぜ恐竜とアンモナイトが一緒に滅びたのか)

○アルヴァレらのアステロイド衝突説
激変説の一種であるにもかかわらず短時日のうちに受容
  従来の激変説の欠陥を克服
    (1)充分な観察データを提出
    (2)仮説演繹法により論理的に実証
    (3)いろいろな予言や絶滅シナリオを提出
     →科学的に機能する理論として受容される
【コメント】実際の授業では、アルヴァレらの論文のコピーを配布して、 いかなる観察データを使用したか、ロジックはどのように組み立てられているかなどを 具体的にみていった。 さらに、科学論文の書き方一般についても講義した。 この議論が本講義の眼目なのだが、ここでは、論文の概略を簡単に記すにとどめる。
(0)絶滅に関する学説史、これまでの学説の欠陥の説明
(1)観察データの提出
  データ:白亜紀と第三紀の境界層にイリジウムが濃縮
  データの信憑性
    最新の中性子励起法を使用
    複数箇所(イタリアとコペンハーゲン)で調査
    上下の地層にわたる分布をチェック
      →信憑性は高い
(2)仮説演繹法
  仮説:白亜紀末における巨大アステロイドの衝突
  帰結:白亜紀末の地層における元素組成の変化
  仮説→帰結の検証
    チェック項目
      イリジウムの割合を隕石と境界層で比較
      他の微小元素についても調査
    結果
      ニッケル以外は組成分布が一致
      ニッケルが例外的である理由の説明
  同一の帰結をもたらし得る他の仮説
    化学変化による濃縮
      ←そのような化学変化はない
    組成の異なる泥土の流出
      ←土壌学的にありそうもない
    超新星爆発
      ←確率が小さい
      ←イリジウムの濃度が異なる
      ←イリジウムの同位体比が異なる    
(3)予言と絶滅シナリオ
  衝突したアステロイドの半径を予言(*)
    (*)科学的な予言は未来に限らない
    4つの異なる推定方法でクロスチェック
    4つの結果が一致したことから妥当性が高い
  絶滅シナリオ
    衝突によって粉塵が成層圏を覆う
      (クラカタウ火山噴火の例に基づく)
      →太陽光線を遮断
      →光合成能が減退、植物が枯死
      →食物連鎖系が崩壊
    一部生物は絶滅を免れる
      種子や胞子、根茎を持つ植物
      残った植物体や死体を食べる動物
      冬眠できる動物

○アステロイド衝突説の受容
(1)肯定的受容
  データの精密化
    他の地域で微量元素の分布を調査
  異なるデータの収集
    マイクロテクタイト、衝撃を受けた石英、すす
    ユカタン半島でクレーター発見
  新しいシナリオの考案
    水蒸気の増加による地球温暖化
    窒素酸化物の増加に伴う酸性雨
(2)否定的受容
  衝突説と矛盾するデータの探索
    アンモナイト化石の地層ごとの分布を調査
      →短期間での絶滅とは考えにくい
       (アルヴァレ陣営からの再反論あり)
  対抗仮説=火山噴火説の提出
    イリジウムの濃縮を説明できる
    白亜紀末にデカントラップで大噴火があったことも判明
    衝突説との間で論争に
(3)発展的受容
  白亜紀末以外の絶滅もアステロイドの衝突によると主張
  周期的に隕石や彗星が多くなる理論を提唱
    銀河面に対する太陽系の傾き
    アステロイドを引き連れた伴星の存在


©Nobuo YOSHIDA