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第1章.夢の物質を目指して


§1.PCBの光と闇
 PCBは、近代技術主義の栄光と挫折を象徴する物質である。1960年代まで は、技術者の夢を実現した理想的な物質と思われながら、しだいにその恐ろしさ が認識され、いまでは疫病神のように忌み嫌われる。この評価の急変自体が劇的 であるが、それ以上に興味深いのは、PCBの場合、技術者が理想的と考えたま さにその性質が、環境汚染の元凶になったという皮肉な事実である。この物質を 開発し利用していた技術者は、いったい何を見落としていたのかを考えてみよう 。
 最初にPCBの合成に成功するのは、シュミットとシュルツという2人のド イツ人化学者で、1881年のことである。この時代になると、科学の成果を応用し て技術的開発を行うという手法が徐々に根付いてきている。化学者たちも、この 辺りの事情を了解して、様々な性質を持つ新素材の開発に熱意を見せていた。特 に、肥料や染料などの製品化に当たって、基礎的な科学研究が重要な役割を果た した。ただし、PCBの場合、合成した当初は、その有用な性質が充分に理解さ れなかったため、工業的に利用されるようになるのは、1920年代に入ってからで ある。本格的な工業生産は、1929年、アメリカで始まる。
 PCB、すなわちポリ塩化ビフェニールとは、ビフェニル (C65−C65) における水素原子のいくつか(2〜5個)が塩素原子で置換されたもので 、次のような「好ましい」性質を持つ。
  1. 化学的に安定している。空気中に放置しても酸化されにくく、加熱・冷 却してもあまり変質しないので、長期にわたって使用する工業用オイルとして理 想的である。
  2. 不燃性を持つ。通常の油と異なって火災の原因にならないため、高い安 全性が要求される装置に利用できる。
  3. 各種の薬品に対して耐久性を示す。特に、酸・アルカリに侵されない。
  4. 電気を通さないので、絶縁材として利用可能である。
  5. 水にほとんど溶けない。雨などがかかる屋外で使用しても流出しにくい
  6. 他の油や有機溶媒に対して高い親和性を示す。化学樹脂に混合して加工 するのに好都合である。
こうした性質を生かして、PCBは、さまざまな分野で用いられるようになっ た。代表的な例を表にまとめておこう。
用 途 製 品 と 使 用 場 所
絶縁油(トランス用) ビル、病院、地下設備、電車、地下鉄、船舶などのトランス。
絶縁油(コンデンサー用) 家庭用(冷暖房機、洗濯機、ドライヤー、電子レンジ、 冷蔵庫など)、安定器用(蛍光灯、水銀灯など)、モーター用に利用される各種コンデンサー。
熱 媒 体 各種化学工場、食品工場、合成樹脂工場、製紙工場などの行程の加熱と冷却。集中暖房やパネルヒーター。
潤 滑 油 高温用潤滑油、作動油、真空ポンプ油、切削油、極圧添加剤。
絶縁用可塑剤 電線やケーブルの被覆、絶縁テープ。
難燃用可塑剤 ポリエチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ゴムに混合。
その他の可塑剤 接着剤、ニス、ワックス、アスファルトに混合。
塗料・印刷インキ 難燃性塗料、耐薬品塗料、耐水塗料、耐蝕性塗料、印刷インキ
そ の 他 陶器・ガラス器の着色、農薬の効力延長剤、紙などのコーティング
 多彩な応用例からもわかるように、これほど有用性の高い化学物質も稀であ る。PCBがいっとき「夢の油」と呼ばれたのも納得がいく。
 こうしたPCBの栄光に翳りが見えるのは、1960年代に入ってからである。
 このころ、欧米各地で魚の大量死や野生動物の繁殖力の低下などの問題が表 面化していた。当初は、DDTやBHCなどの有機塩素系殺虫剤か、その分解生 成物が原因ではないかと疑う人が少なくなかった。これらの殺虫剤は、昆虫特有 のはしご状神経系を麻痺させるもので、人間には無害と思われていたため、戦後 の一時期、大量に使用された。日本人の中にも、占領軍によって持ち込まれたD DTを、伝染病予防の目的で、頭から全身が白くなるほどかけられた経験を持つ 人がいる。ところが、後になってわかったことだが、この種の有機塩素系殺虫剤 は、自然界では分解されにくいため、しだいに環境中に蓄積してしまう。たとえ 少量であっても、長期間接触し続けると、短期間の観察ではわからなかった変異 原性が表面化してくるのである。欧米で起きている動物の異変も、殺虫剤を大量 使用したツケが回ってきたのではないかと思われた訳である。
 この考えに疑念を持ったのは、スウェーデンのヤンセンという学者である。 彼は、大量死した魚を分析して原因物質を追求していたが、なかなか検出するこ とができないでいた。どうしたら原因が突き止められるか、そう考えて調査を続 けているさなか、動物の異変に一定のパターンが見られることに気がつく。大量 死や繁殖力の低下が見られるのは、サケや川カマスのような川魚、および、これ を食べるオジロワシなどであり、魚を食べないオオジカに異変はない。この観察 事実は、原因となる物質が食物連鎖を通じて動物間を伝播していることを示唆す る。とすれば、食物連鎖の終着点であるオジロワシにこそ、原因物質が最も多量 に蓄積しているのではないか。こう考えたヤンセンは、オジロワシの体の分析を 行い、1966年、PCBの検出に成功する。実は、サケや川カマスの大量死もPC Bが原因だったのだが、あまりに微量で、当時の技術では検出できなかったので ある。こうして、PCBの環境毒性が認識されるようになり、1970年代にはいる と、欧米や日本で相次いで使用や生産が禁止される。
 かつて「夢の油」と讃えられたPCBが、なぜ環境を破壊する原因物質に変 貌したのか。「PCBは実は毒だったから」と答えるのは簡単だが、それだけで はすましては、ある重要なポイントを看過することになる。
 すでに述べたように、PCBは化学的な安定性が高く、それゆえに、工業的 な応用が可能だったとも言える。ところが、人間にとって好ましいこの性質も、 自然界から見ると、物質循環の流れに組み込まれない異端者の証にほかならない 。自然に存在する物質は、さまざまな化学変化による分解と合成の連鎖の中に置 かれている。ところが、PCBは、分解されにくいことを目標として人類が作り 上げたものであり、自然界に放出されると、この連鎖からはずれて、いつまでも 環境中に残留し続けることになる。欧米で使用禁止になってすでに四半世紀以上 を閲しているというのに、いまだに、世界各地からPCBが検出されているとい う現状が報告されている。
 もっとも、単に分解されないだけなら、環境中で拡散され薄められて、さし て悪影響をもたらさないはずである。PCBが生態系にダメージを与えたられた のは、生体濃縮というメカニズムが働いたからである。
 地球上の生物は、水を利用して物質輸送を行う。人間などの大型動物の場合 、体内に毒物が入ってきたときには、血液によって肝臓まで運んで各種酵素によ り分解するか、あるいは、腎臓で濾しとって尿として排出する。ところが、口や 皮膚から体内に侵入したPCBは、水には溶けにくいが油とはよく混ざるという (上述の(5)と(6)の)性質のため、いつまでも血液に溶けていることができずに 、すぐに体脂肪の中に入り込んでしまう。こうして、河の水に油滴となって混入 しているPCBは、水を口から取り込む魚の体脂肪内にしだいに濃縮され、さら に、この魚を常食するワシの体内に蓄積されていく。環境中では検出不可能なほ ど微量であっても、ある種の生物体内から驚くほど高濃度のPCBが検出される ことがあるのは、こうした機構による。ここでも、人間がさかしらにも「理想的 だ」と思った性質が、裏目に出ていることがわかる。
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 PCBの毒性を示す事件として、日本人が忘れてならないのは、1968年に 起きた「カネミ油症事件」である。日本では1954年から鐘ヶ淵化学などでPCB の生産が行われており、カネミ倉庫で食用油を作る際にも、加熱して油を脱臭す る過程でPCBが熱媒体として使用されていた。ところが、パイプが部分的に腐 食していたため、PCB(および、その副生成物質であるPCDF)が食用油に 混入してしまい、これを食べた人たちに中毒症状が現れた。主な症状は、皮膚の 黒ずみ、吹き出物や目やに、食欲不振、脱力感、呼吸器障害などで、若い女性は 、容貌の変化に悩み傷つき、顔を隠して受診していたという。さらに悲惨なのは 、患者の母親から生まれた子供である。PCBは胎盤を通じて胎児の体に濃縮さ れるので、誕生の時点で顕著な胎児性油症を示す(死産のケースもある)。また 、母乳からもPCBが移行するため、「黒い」子供が産まれるたびに母親の症状 が軽くなるという皮肉な結果にもなった。ただし、こうした症状のかなりの部分 は、PCBよりも副生成物のPCDFに起因する。PCBの毒性は、主として、 肝臓をはじめ肺・腎臓・副腎の障害として現れた。史上最大の食品公害として知 られるこの事件の被害者は、1975年時点で、死者29人、認定患者1291人、届出患 者14000 人以上に上る。
 PCBの恐ろしい点は、こうした急性毒性だけにとどまらない。生体濃縮に よる長期曝露を通じて、変異原性・発ガン性などが現れ、徐々に生体を蝕んでい く。こうした時限爆弾のような慢性毒性は、PCBが禁止されて四半世紀を経た 今なお、地球の環境を脅かし続けている。
 1988年、北海やバルト海で約18000頭ものアザラシが大量に死ぬという事件 が起きた。TVには、海岸に死屍累々といった有様で横たわるアザラシの姿が映 し出され、人々に衝撃を与えた。この大量死の原因が、完全に解明された訳では ない。一応、ジステンパー・ウィルスによる伝染病の蔓延が直接の原因であると 言われているが、このウィルスは、かくも多くのアザラシを死に至らしめるほど 激越なものではない。むしろ、アザラシの免疫機能が低下しており、これが、さ もなくば一過性で終わったはずの流行病が死病に変じたと考えた方が良さそうで ある。そして、PCBをはじめとする塩素系の化学物質こそ、こうした免疫力の 低下を招いた張本人だと主張する学者は多い。
 PCBが疑われる理由は、海棲哺乳類が選択的に悪影響を受けているためで ある。88年の事件は、死亡したアザラシの数が多かったために特に注目されてい るが、このほかにも、アザラシやイルカなどが多数死ぬ事件は、たびたび起きて いる。なぜイルカやアザラシは、PCBに弱いのか。いくつかの理由が挙げられ る。第一に、これらの動物は、フェノバルビタール型薬物代謝酵素を持っていな い。この酵素は、本来は陸生植物が持っているニコチンやストリキニンなどのア ルカロイドを分解するためのものだが、わずかにPCBを分解する作用がある。 したがって、酵素を持たないアザラシやイルカは、ヒトやイヌに比べてPCBへ の抵抗性が小さい。第二に、海棲哺乳類は、皮下にぶ厚い体脂肪組織を持ってい るが、これが有害な塩素化合物の貯蔵庫になる。第三に、イルカやアザラシは哺 乳類で子供に母乳を与えるが、その中に人間よりもはるかに多くの脂肪分を含ん でいる(人間の数パーセントに対してアザラシは30〜50%)ため、子供がPCB に汚染されやすく、もともと抵抗力が弱いところにさらにダメージが加えられる ことになる。
 延々とアザラシの死骸が続く光景は、ほとんど黙示録的であるが、これが、 人類の夢の結末であることを、われわれは心に銘記すべきかもしれない。


§2.無毒なればこそ
   今世紀前半の工業の発展は、数多くの有害な物質を産み出してきた。戦後にはいると、各地で公害が多発するようになり、人間に対して毒性を持つ物質の規制が進められるようになる。この過程は、図式的にたいへんわかりやすい。昔は、公衆衛生の概念が曖昧だったために、毒でも平気で使っていたが、しだいにその危険性に対する意識が高まり、毒を社会から排除するようになったという訳である。しかし、世界はそれほど単純ではない。化学的な毒性がない(小さい)にもかかわらず、さまざまなの物質が人類を脅かしている。「毒性がない」からこそ安全だと考えた技術者は、何を見落としていたのか。ここでは、毒がないのに危険な物質の代表例であるフロンを例に考えてみよう。
フロン(クロロフルオロカーボン;商品名フレオン)
L16_fig7.gif  フロンとは、炭素、塩素、フッ素からなる化合物の総称で、多くの種類がある。フロンという呼称は日本独自のもので、諸外国では、クロロフルオロカーボン(塩化フッ化炭素)の頭文字をとってCFCs(終わりのsは種類が複数あることを示す)とか、デュポン社の商標のままフレオンとか呼ばれている。かつて「今世紀最大の発明」ともてはやされたこの物質が、いまや、オゾン層破壊の元凶として、世界的な規制の対象になっているとは、何とも皮肉な話である。
 フロンは、1928年、GMの技術者トマス・ミッジリによって合成された。彼が、この物質を開発したのは、当時の冷蔵庫が持っていた欠陥を克服しようという明確な目的があった。
 冷蔵庫を冷却するためには、適当な冷媒を気化させて気化熱を奪うのが一般的だが、この頃使われていた冷媒は、アンモニア、塩化メチル、二酸化イオウなどの有毒物質ばかりであり、冷蔵庫から漏れた冷媒によって、一家全員が中毒死するという悲劇も起きている。家庭で一般的に使用される製品に有毒物質が含まれるというでは、あまりに危険が多い。このため、毒性のない冷媒の開発が急がれていた。歴史的なエピソードとして有名な話だが、ともに天才的な物理学者として知られるアインシュタイン(若い頃に特許局で働いていたこともあって、発明に興味を持っていた)とシラード(当時は研究所助手で、研究費の不足を補うため特許使用料を欲していた)もこの問題に関心を持ち、新しい原理に基づいて作動する冷蔵庫を案出して、共同で特許を取っている。
 ミッジリの研究は、彼らほど斬新なものではないが、化学的に安定な物質を冷媒として使用することによって冷蔵庫の安全性を高めようとする真っ当至極なものであった。周期律表を参照しながら研究を続けた結果、フッ素化合物こそ望む性質を有する物質であるとの確信を得、さらに研究対象をしぼって、遂にフロンへと到達する。その完璧なまでの無毒性に自信を持った彼は、公開実験で自らフロンガスを吸い込んで、安全性をアピールして見せた。
 フロンの有用性に気がついたデュポン社(アメリカ)は、直ちにフレオンという商品名で量産化に乗り出す。なにしろ、毒性が全くない上に、気体としても液体としても利用できる物質なので、まもなく、冷蔵庫以外にもさまざまに利用されるようになる。

フロンの特性と用途
 工業的に利用されるフロン(フロン11、フロン12など)には、次のような性質がある。
  1. 化学的に反応しにくい
  2. 生物に対する毒性がない
  3. 熱に対して安定で分解しにくい
  4. 不燃性を持つ
  5. 腐食性がない
  6. 揮発性で気化しやすい
  7. 加圧により液化しやすい
  8. 無色・無臭である

 こうした性質をもとに、フロンは、次のようなさまざまな用途で使われていた。(括弧内は規制前の世界での頻度である)
  1. 洗浄溶媒(LSIやOA機器の洗浄、ドライクリーニングなどに使用)(19%)
  2. 冷媒剤(ビル空調用の大型装置や家庭用冷蔵庫、自動販売機、エアコン、カーエアコンなどに使用)(20%)
  3. 発泡剤(スポンジのような多孔質の樹脂の製造で利用)および断熱材(ポリウレタンフォームやポリスチレンフォームの内部に閉じこめて使用)(19%)
  4. スプレー噴射剤(ヘアースプレーや虫よけスプレーなどに使用)(25%)

 日本では、半導体工場で洗浄用に用いられることが多い。半導体はわずかでもホコリや不純物が残っていると不良品になりやすいので、丹念な洗浄が必要となるが、通常の水には、さまざまな不純物が溶け込んでいるので、洗浄剤としては好ましくない。また、多くの有機溶剤は可燃性物質で、工場で大量に使用するには危険性が伴う。これらに比べて、合成されたフロンには不純物がほとんど含まれず、化学的に安定で半導体基盤や金属・プラスチック部品を腐食することもない。また、表面張力が小さく僅かな隙間にも入り込む上、使用後は速やかに蒸発して後に残らないので、洗浄剤としてきわめて優秀である。不燃・無毒なので安全性も高い。高品質の日本製半導体は、フロン洗浄なくしてはあり得ないと言われたほどである。

フロンによるオゾン層の破壊
 フロンが安全であると信じられた根拠は、生物に対する化学毒性が全くない点である。通常、毒性がある物質は、生体内部で、生化学物質と何らかの好ましくない化学反応を起こすものである。例えば、一酸化炭素は、赤血球のヘモグロビンと結合して酸素運搬を阻害するので、脳の低酸素状態を引き起こして中毒症状をもたらす。これに対して、フロンは化学的に安定なので、直接吸い込んでも、肺内部で何の反応も起こさないまま吐き出されることになる。これほど「安全な」物質なので、ガスの形で大気中に放出しても、何ら差し障りはないと考えられていたのである。
 フロンの環境に対する危険性が初めて指摘されるのは、1974年、アメリカのローランドとモリーナによって、成層圏オゾンを破壊するという警告が出されたときである。オゾンは酸素原子が3つ結合した分子で、それ自体は生物にとっては有毒なガスだが、10〜50km上空の成層圏内部で層をなしており、太陽から降り注がれる有害な紫外線を遮るバリアとなる。紫外線は、細胞傷害性があり、特に、染色体上の遺伝子を傷つけ、生物の繁殖力を低下させたり、皮膚ガンを発症させる作用がある。このため、オゾン層の破壊によって紫外線が地表に降り注ぐようになると、次のような被害が発生することが予想される。
  1. 人間の健康 : 皮膚ガン、白内障、抗体異常の増加
  2. 農作物 : 不稔率の増加、病虫害に対する抵抗力の衰弱
  3. 水中の生態系 : 植物プランクトンの減少とこれに連なる食物連鎖系の崩壊
 この説が発表された当時、本気にする人は稀であった。オゾンは成層圏で定常的に生成されているものであり、フロンが少々増えたくらいではびくともしないと考えられたのである。当時は、PCBをはじめ、人工的な物質による環境汚染に対する関心が高まっており、さまざまな物質に対して、勇み足気味に環境毒性を指弾する意見が次々と発表されていたので、学者の間でも「またか」という意識があったのかもしれない。また、オゾンの量が減少しているという報告も、どこからもなかった。
 ところが、1985年に事態は一変する。イギリスの南極調査班がハレーベイ基地上空におけるオゾン層を測定したところ、春期オゾン層が7年間で40%以上も減少したことを発見したのである(実は、日本の調査隊も、これより以前に同様の発見をしていたのだが、発表が遅れて、イギリス隊に先を越されたのである)。オゾンが極端に減少している領域(明確な境界を持つわけではない)は「オゾンホール」と呼ばれ、ここを通って南極の地表に達する紫外線量が増加していることは、近年の観測によって確かめられている。
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 人間が大量に使用しているとはいえ、自然界の大気の量と比較すると微々たるものにすぎないフロンが、なぜオゾン層を破壊することができるのか。そこには、科学者の予想を超えたメカニズムが作用していた。
 化学的に安定なフロンは、大気の下層では光分解もせず水にも溶けないため、しだいに大気中の濃度が高まり、成層圏へと拡散していく。高度25〜35kmに達すると、さしものフロンも強力な紫外線を吸収して分解され、塩素原子(Cl)を放出する。この塩素原子は、オゾン(酸素原子が3つ結合したもの、O3)を次のような化学反応によって分解する。
  Cl + O3 → ClO + O2
 ただし、この反応だけで終わるならば、少量のフロンが少量のオゾンを分解するという、自然界にとってはさしたる影響もない些事で済むはずである。問題は、酸素と結合した塩素原子(一酸化塩素)が、付近にうようよしている遊離酸素や、別の一酸化塩素と反応して、また元の塩素原子に戻ってしまうことである。
  ClO + O → Cl + O2
 ここで自由になったClが再びオゾンを分解し、また酸素原子を離して自由なClに戻り・・・という過程をいつまでも繰り返すことになる。こうして、たった1個の塩素原子が、数万個のオゾン分子を、次から次へと分解していくのである。化学的には、フロンから放出された塩素が触媒となって、それ自体は変化せずにオゾンを分解していくことになる。オゾンがいかに大量にあろうとも、これではたまったものではない。現在では、南極上空におけるオゾン層の減少が主としてフロンに起因することは、ほぼ確認されている。
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 なお、特に南極でオゾン層の減少が顕著である理由は、かなり専門的になるので詳しくは説明しないが、極成層圏雲内部の氷の結晶が、上記の化学反応を引き起こすために重要な役割を果たしているためと推定されている。また、オゾンを殺菌などのために人工的に生成することは可能である(多くの工場からは公害物質としてオゾンが排出されている)ものの、生物に悪影響を及ぼさないように成層圏に機械を打ち上げて大量のオゾンを生成することは、技術的に困難である。
 こうした事態に対して、紫外線をカットするメラニン色素が少ない白人を中心に、危機感が高まってきた。特にオゾン層破壊の効果が大きい「特定フロン」については、1989年に発効したモントリオール議定書によって、先進国では、95年までに全廃されている。その効果が現れ、大気中の濃度が減少傾向を示していることも報告された。また、「特定フロン」に代わって半導体洗浄などに利用されている「代替フロン」も、特定フロンほどではないが、オゾン層破壊の効果があるため、2020年までに全廃することが決まっている。このため、破滅的な事態は回避されたと思われるが、それでも、オゾンホールが消滅する水準まで塩素濃度が低下するのは、21世紀半ば以降になると予想されている。
 安全な物質のチャンピオンと思われたフロンにして、この有様である。しかも、次に見るように、毒性がないにもかかわらず危険だという物質は、フロンだけにとどまらない。われわれは、安全と危険の基準について、根本的に見直すことを迫られているのかもしれない。
毒性のない(小さい)物質が持つ危険性
二酸化炭素
 二酸化炭素は、人間に対する化学毒性を持たないため、これま で、排出規制の対象になることはなかった。1850年から1985年までの 間に、森林を農地に転用したことにより115Gt、化石燃料の燃焼(およ び他の工業活動)によって200Gt(いずれも炭素原子換算)が大気中に 放出されている。放出された二酸化炭素の多くは、光合成のために植物 に吸収されたり、海水に溶け込むが、一部が残留することになる。 1980年代では、年平均7Gtもの二酸化炭素が放出され、半分近くが大 気中に蓄積されていると考えられている。
 これほど大量の二酸化炭素を放出しながら、多くの学者がその 悪影響を看過してきたのは、化学反応をもとに環境毒性の有無を判定し ていたためである。実際、有害とされる化学物質も、高温で二酸化炭素 と水蒸気に分解できれば、完全にクリーンになったと見なされ、排気塔 から自由に排出することが許されていた。
 ところが、近年になって、二酸化炭素は、化学毒性ではなく、 物理的な性質を通じて環境を破壊することが判明した。地表に到達した 太陽光線は、いったん地面に吸収された後、波長の長い赤外線となって 宇宙空間に放出される。このエネルギー収支に基づいて、大気温度が熱 力学的に決定される。ところが、大気中の二酸化炭素は、他の気体分子 よりも赤外線を吸収し、周囲の空気を暖める性質がある。このため、エ ネルギー収支の微妙なバランスが崩れて、地球規模で気温が上昇するこ とになると予想されている。
 こうした地球温暖化がどの程度の規模で起き、どれほどの影響 を与えるかは、必ずしもはっきりしていないが、海面上昇や降水量の変 化を通じて、多かれ少なかれ人間社会に打撃を与えることは確実であ る。
アスベスト(石綿)
 アスベストとは、主にケイ酸からなる繊維性鉱物を綿のように ほぐしたものである。基本成分が岩石と同じものなので、化学的にきわ めて安定で不燃である。また、形態が繊維状をしているので、隙間に多 量の空気を含んでおり、密度が小さく保温性が高い。このため、断熱 材・保温材として建築物に使用されることが多かった。
 アスベストの危険性は、アスベスト鉱山に従事する労働者に肺 の病気が多いことから、かなり以前から囁かれてはいたが、充分に認識 されてはいなかった。なにしろ、岩石と同じ成分である。アスベストに 中毒するようなら、土埃を吸っても中毒してしまい、人間は地上では生 きられないはずだ・・・
 だが、アスベストの毒性は、むしろ、化学的な安定性に由来す るものだった。壁や天井に断熱材として吹き付けられたアスベストは、 そのままでは環境中に放出されることはないが、表面が剥離したり傷つ いたりすると、そこから外部に飛散する。形状がきわめて細い繊維状で あるため、そのまま空気中に漂い、呼吸の際に体内に入り込んで、最終 的には繊維が肺胞に突き刺さった状態になる。人体は大概の物質を分解 する能力を持っているのだが、アスベストは、岩石のように頑丈なの で、酵素などでは分解することができず、そのまま肺を傷害し続ける。 この結果として引き起こされるのが、アスベスト症と呼ばれる肺の病気 である。さらに、長期にわたってアスベストに曝露されると、特殊な肺 ガンを発症することが知られている。
 フロンの場合は、化学的に安定である故に大気中に貯留するこ とになったが、アスベストは、同じ理由で体内にとどまり続けて悪影響 を及ぼすのである。
プラスチック
 プラスチックは、可塑性を持つ高分子有機化合物の総称で、開 発は19世紀後半から進められていたが、産業化されたのは、重合技術 が進む1920年代以降である。プラスチックの中には、ポリ塩化ビニル など化学的な毒性を有するものもあるが、近年は、消費者への配慮もあ って、化学毒性のない(きわめて小さい)ものが開発されている。
 プラスチックの長所は、(可塑性があって加工が容易なことに 加えて)金属や木材のように腐ったり錆びたりしない点である。言い換 えれば、生物による代謝や空気中の酸素による酸化をされにくいことで あり、化学的な安定性の現れでもある。
 ところが、とみに顕著になってきたように、こうした分解され にくい物質は、廃棄物としてゴミ問題を引き起こすことになる。生体反 応を起こさないから毒性もなく腐食もしないので産業上の応用という点 では実に好都合だったのだが、その同じ性質が、結果的に別の懸案を生 み出したわけである。最近では、わざわざ、微生物に分解されやすいプ ラスチックが開発されてきている。


§3.環境リスクという視点
 PCBやフロンなどの例を見てくると、技術者たちの犯した共通 の失敗が明らかになってくる。簡単に言ってしまえば、長期的・広域的 視野が欠落し、環境リスクへの配慮が欠けていたということになろう。 ただし、開発に当たった技術者を直ちに批判することはできない。彼ら は、従来品よりもすぐれた性能を持つ素材を開発することに全力を傾注 し、充分な成果をあげたのだから。ここで取り上げられた素材は、いず れも19世紀末から今世紀前半にかけて製造されるようになった(二酸化 炭素は工業活動の結果として排出された)ものだが、この時期は、まだ 、研究・開発(Research & Development)の体制が整っておらず、好ま しい性質を闇雲に追い求めることに手一杯で、その副作用にまで目が行 き届かなかったことはやむを得ないのかもしれない。
 当然のことながら、科学・技術の水準が向上し、研究・開発も組 織化されているこんにちにおいては、過去の事例から教訓を引き出し、 十全な対策を講じねばならない。ここで得られた教訓とは、長期的・広 域的視野を持つリスク評価の重要性だろう。もちろん、フロンによるオ ゾン層破壊のように、製造を開始した当初の科学技術の知見では予想も されないような事態が発生するケースもあるだろう。だが、たとえ事前 に予想できなかったとしても、生産を続けている限りは製品のリスク評 価を継続して行うことによって、かなりの程度まで、リスクの軽減をは かることが可能になると思われる。
 もっとも、リスクがあるとわかったからといって、単純に当該製 品を斥ければよいというものでもない。PCBにせよフロンにせよ、最 も好ましいと思われた性質が、裏を返せば、環境に多大な害悪をなす現 況となっていた点に注意していただきたい。これらは、たまたま害悪が 利益を上回っていたので、社会的な規制の対象になったが、常にそうな るとは限らない。良い例が自動車である。自動車は、日本だけで年間1 万人を越える事故死者を出すほか、排ガスに含まれる汚染物質、特に窒 素酸化物が大気汚染を増悪している。にもかかわらず、その経済的な役 割がきわめて大きいため、社会で許容されているという現状がある。リ スクを排除するだけでなく、諸々の要素を総合的に勘案するバランス感 覚が必要なのである。
 現実の社会では調整しなければならない要素が数多く存在するが 、最も単純化された議論として、「利便性と安全性を秤にかける」とい う考えを取り上げてみよう。具体的には、縦軸に安全性の裏返しである リスクを、横軸に利便性を表す経済的な便益をとって、どの領域ならば 社会的に許容されるかを考えてみればよい。リスクとは、被害の重大度 とその発生確率の積として定義され、ガンのような潜伏期間の長い疾病 を惹起する場合には、生存期間を含めた評価が必要になるはずだが、こ こでは単純に年間死亡確率をとることにする。
 常識的に考えれば、この座標軸上に右肩上がりのグラフが描かれ 、それより下が社会的に許容される範囲となるはずである(便益が大き ければ、少々のリスクも許容されることになる)。ただし、リスクは無 制限に容認されるわけではなく、社会的に合意されたある上限が存在す ると考えられる。日本では、病気による死亡率(年間100分の1程度) あたりが、許容されるリスクの上限となるだろう。一方、これを下回れ ば、ほとんど社会的に問題とされなくなるのが、自然災害による死亡リ スクで、およそ年間100万分の1程度となる。
 現代日本で総合的に見て最も危険な製品といえば、間違いなく自 動車であるが、このリスクが許容される範囲の上限付近に位置すること になる。原子力発電所のリスクは、自動車を下回ると考えられるが、自 動車と異なって火力発電所という代替物があるため、許容すべきかどう かの判断は難しい。
 このように、安全性と利便性を秤にかけて調整することによって 、より安全で豊かな社会を実現できれば、実に喜ばしいことなのだが、 このほかに考慮しなければならない要素も多く、単純に評価できないの が現状である。さらに、長期的・広域的なリスクを論じようとすると、 あまりに不定性が大きくなって、議論が混迷する。例えば、フロンは、 リスクがきわめて低くて完全に許容範囲に入っていると思われたのだが 、科学者のあずかり知らぬところで害悪を生んでおり、実際のリスクは 予想以上に高かった。
 環境リスクの評価がきわめて難しいという例として、最近話題に なっている電磁汚染の問題を挙げておこう。電化製品や送電線から放射 される電磁波が健康に悪影響を及ぼさないかどうかは、数十年間にわた る論争を経て、いまだに結論が出されない難問である。ここ数年、いく つかの研究成果は上がっているが、「被害が発生している証拠はない」 という程度のデータしか集まっていない。電磁波が第二のフロンになら ないか、あるいは、単なる杞憂で終わるのか、科学的にはいまだはっき りしないわけだが、この段階で、どのような対策をとるべきか、一考し てみる価値はあるだろう。


【第1章の参考文献】
環境問題を扱った著作は文字通り汗牛充棟。全体的な視座を持った著作として 、次の4冊を挙げておく。
  L.R.ブラウン編『ワールドウォッチ 地球白書』(ダイヤモンド社)
  J.ベリーニ著『ハイテク地球汚染』(ダイヤモンド社)
  市川定夫著『エンバイロンメントロジー 環境学』(藤原書店)
  『講座 文明と環境 第11巻 環境危機と現代文明』(朝倉書店)
最後に挙げた講座は、環境問題を論じるに当たって歴史的な見方を提供してく れる。有害物質のリスクアセスメントについては、
  松原純子著『リスク科学入門』(東京図書)
  J.V.ロドリックス著『危険は予測できるか』(化学同人)
が詳しい。PCBによる食品公害(カネミ油症事件)・環境汚染を解説したも のとしては、
  NHK取材班『地球汚染2』(日本放送出版協会)
  川名英之著『ドキュメント 日本の公害 第3巻 薬害・食品公害』(緑風出版 )
が専門的知識のない人にも読みやすい。後者のシリーズは、他の公害問題につ いても詳しい。
フロンとオゾンホール、アスベスト問題、二酸化炭素と地球温暖化などについ ては、専門的な解説書がある。以下に、参照が容易なものを掲げておく。
  富永健ほか著『フロン 世界の対応 技術の対応』(日刊工業新聞社)
  アスベスト問題研究会編『アスベスト対策をどうするか』(日本評論社)
  北野康/田中正之編著『地球温暖化がわかる本』(マクミランリサーチ研究所 )
技術史に関しては、
  C.シンガーほか編『技術の歴史』(筑摩書房) などがあるが、有害物質に関する記載は乏しい。
《考えてみよう》
高度産業化の過程で直面する諸々の困難を克服するために、技術者は科学を利 用してさまざまな対応策を考案してきた。特に、安全性や耐久性を高めるには、 化学的に安定な素材を開発して従来品と置き換えていくことが最善の方法とされ 、PCBやフロン、アスベストなどが使われるようになった。しかし、近年、こ うした「化学的な安定性」が、逆に環境や生体に対してはマイナスに作用するこ とが判明してきている。新素材を開発する技術者たちは、何を見落としていたの か。有用性と危険性についての評価はどうあるべきか。


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