20世紀の宇宙像

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概要

 今世紀の科学は、それまで空想の助けを借りなければ語り得なかった宇宙の全体像を描き出すことに成功しつつある。こうした新しい宇宙像は、科学者の間では常識として受容されているが、日常生活へのインパクトが乏しいためか、広く一般の人に共有されているとは言い難い。本講義では、アインシュタインからホーキングに至る宇宙論研究の展開を縦糸に、現代の神話とも言うべき科学的世界観の一端を紹介したい。ただし、単なる科学的知識の提供にとどまらず、人類中心主義的な宇宙観がアインシュタインの理論によってどのように転換されたか、あるいは、実際の科学者たちがどのような方法論に依拠して研究しているか−−といった文化的な論点を織り込んでいく。
1.相対性理論〜「流れる時間」への懐疑
 1905年にアインシュタインによって提唱された特殊相対論は、ニュートン以来、科学者の間に盲信されてきた絶対空間/絶対時間という概念に変革を迫るものであった。これに対して、ベルグソンやマッハなど一部の哲学者は、猛然と反発する。
2.宇宙原理〜アインシュタインのコペルニクス的転回
 ブルーノの無限宇宙論をほとんど唯一の例外として、ヨーロッパの伝統的な宇宙像は、すべて人類を宇宙の中心付近に置くものだった。1916年の暮れ、アインシュタインは、こうした思想を打ち砕く新たなアイデアに到達する。
3.膨張する宇宙〜動的世界観の復活
 1920年代、ウィルソン山天文台を中心に、宇宙に関する新しい観測データが次々と獲得される。その中の1つ、スペクトルのずれに関する奇妙なデータに対してハッブルが与えた解釈は、なぜか、ほとんど論争を巻き起こさずに学界に受け入れられた。
4.ビッグバン理論〜何が空想を科学にするか
 戦後、ガモフとホイルという二人の型破りの科学者が、物質の創造に関して壮大な議論を繰り広げるが、多くの科学者は、あまりにも空想的な彼らの主張に関心を払わなかった。事情が変わるのは、1964年にある発見がなされてからである。科学者たちは、どのような理由から態度を豹変させたのか。
5.無からの創造〜科学が神話になるとき
 1970年代にはいると、ミクロの極限を論じる素粒子論が、宇宙の神秘を解明する切り札として登場してくる。1982年、ホーキングは、宇宙の始まりに「何も変わったことはない」とする奇妙な理論を提唱する。

参考書としては次ようなものがある。
 
《宇宙論に関する最先端研究者の著作》
『宇宙創成はじめの3分間』(S.ワインバーグ著、ダイヤモンド社)
素粒子論と宇宙論が結びつくきっかけを作った名著。豊かな学識と透徹した世界観に支えられた説得力のある記述は、いまだに古びていない。
『ホーキング、宇宙を語る』(S.W.ホーキング著、早川書房) 一般人の間にも宇宙論ブームを巻き起こした世界的ベストセラー。ホーキング自身の量子宇宙論を含む概説書だが、意外と読みにくい。
『皇帝の新しい心』(R.ペンローズ著、みすず書房) 型破りの学者による型破りの著書。きわめて難解だが、科学の限界と可能性について示唆に富む。宇宙論は第7章で論じられる。
《相対論に関する入門書》あまりにも数が多いので、ごく一部だけを紹介する。
『特殊および一般相対性理論について』(A.アインシュタイン著、白揚社)
パイオニアの話はわかりにくい……
『G.ガモフ コレクション  1.トムキンスの冒険』(白揚社)
科学解説の達人ガモフによる奇想天外な物語。一部にはすでに古くなった記述も見られるが、とにかく面白い。
『相対性理論が驚異的によくわかる』(M.ガードナー著、白揚社)
『サイエンティフィック・アメリカン』の連載で人気を集めた著者が、特殊〜一般相対論をわかりやすく語る。イラストも豊富。
『アインシュタインは正しかったか?』(C.M.ウィル著、TBSブリタニカ)
相対論の実験的検証について解説する。「もちろん、正しかった」と言いたいのだが、意外と……
《科学者やジャーナリストによる宇宙論(特に宇宙創造について)の啓蒙書》
『銀河の時代 上・下』(ティモシー・フェリス著、工作舎)
歴史的な記述も含めて、宇宙論の展開を教養豊かに語る。文系学生向き。
『宇宙創造とダークマター』(リオーダン/シュラム共著、吉岡書店)
現代宇宙論の最大の謎であるダークマター問題を中心に、宇宙の初期状態について解説する。内容はかなり高度。
『宇宙はどこからやってきたか』(ジョン・グリビン著、TBSブリタニカ)
宇宙初期の相転移や量子効果について啓蒙的に解説する。量子力学や素粒子論の入門書としても有用。
『時の始まりへの旅』(H.R.パージェル著、地人選書)
素粒子論研究者が専門知識を傾けて宇宙の初期状態を論じる。やや難解。
『宇宙は語りつくされたか?』(アラン・ライトマン著、白揚社)
宇宙についての平易でいささか平板な啓蒙書。
《日本人科学者による著作》
『宇宙はわれわれの宇宙だけではなかった』(佐藤勝彦著、同文書院)
インフレーション宇宙論の提唱者の一人である佐藤が、自説を自信たっぷりに解説する。眉に唾を付けて読むべし。
『量子宇宙をのぞく』(佐藤文隆著、講談社ブルーバックス)
佐藤−富松の解を発見した一般相対論の非凡な研究者の手になる平凡な啓蒙書。
【注意!】近年、『アインシュタインは間違っていた』とか『ホーキング理論の大ウソ』と題された現代物理学批判の著書が出版されていますが、その中には理論的根拠を欠いた不適切な内容のものが多いので、気をつけてください。


©Nobuo YOSHIDA