質問 先日、NHKの教育TVでアトム・ファクトリーというすごい映画を見ました。特殊な電子顕微鏡で見ながら金の針先同士を接触させ、少しずつ引っ張ると、金の原子が1個ずつ並んだフィラメントができるというものです。解説によると、このときこのワイヤには電気が流れないと言っておりましたが、何故でしょうか?【現代物理】
回答
 ご覧になった金原子のフィラメント(ワイヤ)は、おそらく筑波大学の木塚チームが作り上げたもので、最大10原子長程度のワイヤが観察されています。接触させた金の針をゆっくりと引き離したとき、数%の確率で原子が1個ずつ列をなして並ぶ原子ワイヤが形成されるとのことです。通常の金の結晶では原子間隔が0.29nmなのに対して、原子ワイヤでは、両側から引き延ばされるため、原子間隔が0.34nm以上になっています。
 原子ワイヤは、当初は電流が流れないと思われていましたが、条件によって伝導性が生じることがわかりました。オームの法則が成り立つような金属導線の場合、コンダクタンス(=電流/電圧)は、断面積の滑らかな関数となります。しかし、原子ワイヤともなると、電子が存在できる領域が個々の原子周辺の狭い範囲に限られ、エネルギー準位の間隔が増して量子効果が顕著に現れるため、全く異なる様相を呈します。実際、金の電極をゆっくり離しながら測定を行うと、原子ワイヤが形成される過程でコンダクタンス(電圧が一定のときの電流)が階段状に減少していき、最終的にコンダクタンスがゼロの絶縁状態になることがわかります。
 原子ワイヤのコンダクタンスは、量子輸送現象に関するランダウアの公式によって与えられます。この公式によると、コンダクタンスG は、
  G = (2e2/h)ΣTi
で与えられます。ただし、e は電気素量、h はプランク定数で、Ti は、i番目のチャネルの透過確率を表します。ワイヤの長さが数ナノメートル以下で、電子の平均自由行程より短い場合は、電子が全く散乱されないバリスティック伝導となり、Ti は近似的に1に等しくなるはずです。したがって、G は、
  G0 = 2e2/h
の整数(チャネル数)倍に量子化されると期待されます。実験でG が階段状に変化することは、こうした量子化が起きていることを窺わせます。ただし、グラフが平坦になる領域でのG/G0 は、必ずしも整数になっていません(引き離した最後の段階では、0.3〜0.8程度)。どうも、Ti を1と置く近似が良くないようです。
 量子力学に基づく計算によると、Ti は、原子間隔、伝導領域の形、ワイヤの全長などにも依存します。4原子の金のワイヤの場合で計算すると、
  原子間隔0.30nm以下  G = G0
  原子間隔0.32nm以上  G = 0
となりますが、実際の金属ワイヤでは、原子間隔が一定でないこともあって、理論計算からずれた結果になったと思われます。ただし、ワイヤを構成する原子数が少ないときには、理論との一致がかなり良くなります。
【参考文献】木塚徳志「金原子1個ずつならぶネックレス」(パリティ 17巻(2002)3月号、p21)

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質問 『ローレライ』という映画を、ご覧になっていたら教えていただきたいことがあります。クライマックスで、原子爆弾を搭載したB29を大砲で撃ち落とすシーンがあります。原爆は、起爆することなく、海中深く沈んでいきます。素人目でみると、「あんな衝撃を受けたら、原爆は爆発するのでは?」と思ってしまうのですが。実際のところどうなのでしょうか?【その他】
回答
 火薬のような爆発物は、熱や衝撃をきっかけとして急激な化学反応を起こし爆発します。このため、弾薬庫で爆発が起きたときなど、その熱や衝撃が2次爆発(誘爆)を引き起こすことがあります。これに対して、原子爆弾は、化学反応(原子の外殻にある電子を介しての反応)ではなく、核分裂(原子の中心部にある原子核の分裂)によって爆発を起こすものであり、少々の熱や衝撃では起爆しません。特に、プルトニウム爆弾の場合は、いかにして爆発させるかが原爆開発の最大の難問だったと言えます(『ローレライ』は観ていませんが、広島・長崎に次ぐ第3の原爆とのことなので、プルトニウム爆弾だと仮定します)。
 ウラン235やプルトニウム239の原子核に適当なエネルギーの中性子をぶつけると、核分裂を起こすと同時に2〜3個の中性を放出します。この中性子のうち、平均して1個以上が他の原子核にぶつかって再び核分裂を引き起こすことができれば、分裂する原子核の個数がネズミ算式に増えていって、短時間で膨大な核分裂が起きるようになり、巨大な爆発となります。ただし、こうした“拡大する連鎖反応”を引き起こすためには、核燃料の密度や形状を工夫しなければなりません。プルトニウムの場合は、密度が一定値以上になると拡大連鎖反応が始まりますが、単に衝撃を加えて密度を増しただけでは、一部で発生した反応によって燃料がバラバラに吹き飛ばされてしまい、大規模な爆発には至りません。このため、アメリカにおける原爆開発プロジェクト(マンハッタン計画)では、プルトニウムの周囲を取り囲むように火薬を配置し、これを一斉に爆発させてプルトニウム全体を一瞬のうちに圧縮する方法(爆縮法)が考案されました。プルトニウムを爆発させるには、この起爆装置の回路が正常に作動して、爆縮用の火薬に同時に着火する必要があります。原爆搭載機を撃ち落とした場合、起爆装置は機能しないはずなので、小規模な核分裂反応が起きる可能性はあっても、原爆自体が爆発することはまずありません。
 プルトニウムはきわめて毒性の強い物質なので、B29が地上に落ちた場合、周辺の核汚染が心配されます。しかし、深い海に墜落してくれれば、プルトニウムは比重が大きい(19.8)ため、たとえ容器が破損して外部に漏れても、大部分は海底深く沈んで深刻な汚染は引き起こさないでしょう。

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質問 ニュートン力学や相対性理論において、時間を反転させたものを考えても、元の法則と同じものになります。結局、物理法則からは時間の方向(どちらが過去でどちらが未来か)を定めることはできません。しかし、われわれは日常生活で、時間は一方向に流れているものと感じられ、過去と未来ははっきりと区別できます。例えば、過去の情報はいろいろと得られますが、未来のことはまるで不確かです。そうすると、われわれは、エントロピーの増大する方向を、時間の流れる方向と感じているのだと思われます。そこで思ったのですが、エントロピーが時間とともに減少するような系を、人工的に作り出すことは、原理的に可能でしょうか。もし可能だとして、その系を外から観察すると、時間が反転しているように感じられ、中の住人は未来予知ができるように見えるのでしょうか。量子論まで考えると、時間反転に関しては対称ではなくなりますが、このことは上記とはあまり関係ないと思っています。【現代物理】
回答
 こんにち知られている基礎的な物理法則は、全て時間反転に対する不変性を持っています(量子力学の場合は、時間反転とともに、空間反転と粒子・反粒子の入れ替えを行えば、不変になります)。したがって、質問にあるように、時間の向きを決めているのは、基礎物理法則ではなく、エントロピー増大則という統計的法則だと考えられています。ただし、基礎物理法則と矛盾しないからと言って、時間が逆流している人工的な系を作ることは、きわめて困難です。
 エントロピー増大則とは、ある時刻のエントロピーが平衡状態に比べて充分に小さい場合、(時間の向きを問わず)その点から離れる力学的な軌道の圧倒的多数で、エントロピーが増えることを意味します。つまり、何らかの理由でエントロピーがきわめて小さくなる状態があったとすると、その時刻を出発点として、熱力学的な時間の流れが生じることになります。問題は、いかにしてエントロピーのきわめて小さな状態を実現するかです。
 この宇宙の場合、エントロピーが極小の状態になっているのは、ビッグバンの時点(あるいはその直前の量子状態)です。このとき、物質分布はほぼ一様になっていますが、重力は常に引力となるので、こうした物質分布は、通常の物理過程では実現できない不自然な状態であり、力学系として評価したときのエントロピーは、きわめて小さな値になります。ビッグバンの時点で、なぜこうした状態が実現されたかは必ずしも明らかではありませんが、この宇宙における時間の流れは、ビッグバンによって完全に規定されているのです。宇宙のエントロピーは、まず、重力によって物質が凝集する過程で増大し、その後、物質が集まってできた恒星内部での核融合によって光が生み出されると、恒星から宇宙空間に向かって光が放射される過程で、さらなるエントロピー増大が引き起こされます。一方、この光の流れが惑星の表面に到達すると、光を吸収し熱を放出する過程で部分的なエントロピーの減少が起きます。人類の文明を含めた地球上の全ての生命活動は、宇宙全体でエントロピーが増大していく最中に部分系に生じたエントロピー減少過程の産物であり、宇宙規模で定められた時間の向きをどうこうすることはできません。
 エントロピーが自然に減少する系を作るためには、時間的な未来においてエントロピーがきわめて小さくなっている状態を用意する必要がありますが、これは、人間にはできないことです。おそらく、時間が未来から過去に戻るような閉曲線があったとしても、不可能だという点は変わりないでしょう(「科学の回廊」−「タイムパラドクス!」参照)。人間にできるのは、せいぜいコンピュータ・シミュレーションか、外向き球面波を反射によって内向き球面波に変えるといった擬似的な(エントロピーの減少を伴わない)時間の反転だけだと思われます。

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質問 宇宙が減速膨張から加速膨張しているという話で、理解不能なことがあります。宇宙の年齢が137億年と考えるビッグバン理論では、137億光年先は当然宇宙の137億年前の姿を表しており、ちょうどそこで後退速度が光の速度に達しているはずですね。それで背景放射の温度も説明されているはずだと思うのですが。ところが宇宙の膨張が減速したり加速したりしていたら、宇宙の誕生から現在が137億年たっていたとしても、137億光年先の場所はずっと光速度で遠ざかっていたわけではなく、光の速度を超えていたり逆に光速度以下になっていたりしたことになるので、ちょうど137億光年先に宇宙の誕生期がくるのは奇跡的なことになると思うのです。光速度で遠ざかるのは、宇宙ができてから時間が経過した後の場所であったり、逆に後退速度が光速度に達する前に宇宙の誕生が見られたりするのでは?そうだとすると背景放射の温度の説明はどうなるのでしょうか。いくら考えても私には背景放射の温度を考え直さなくてもよい理由がわからないのです。【現代物理】
回答
 巷には、宇宙の年齢が137億歳だとか、背景放射の温度が2.7Kだといったことを紹介する記事が溢れていますが、こうした数字がどのようなデータに基づいて導かれたかをきちんと解説していないため、いろいろと誤解が生じるようです。
 宇宙の年齢を求める際に利用できるデータは、主に、遠方の天体の赤方偏移(スペクトルにおける波長の伸び)です。このデータと天体までの距離の推測値を、相対論的な宇宙模型に当てはめることによって、137億歳という宇宙年齢が割り出されます。一方、背景放射に関しては、線スペクトルを調べる方法が使えないため、赤方偏移の値は直接的にはわかりません。データとしては、全天から一様に放射されるマイクロ波の連続スペクトルがあるだけです。これとプランク分布の公式とを比較すれば、2.7Kという温度が導かれますが、いつどこで放射された光かを示すデータはありません。ビッグバン理論に基づく理論的計算を行って、初めて、宇宙ができて数万年後の「宇宙の晴れ上がり」の時期の名残だと言えるのです。宇宙年齢が137億歳ならば、結果的に137億年前に放射された光だとわかりますが、背景放射だけを見ている限り、「137億」という数字に意味はありません。
 宇宙論の研究者は、遠方の天体の位置について、あまりはっきりとしたことを言いません。距離の値が宇宙模型によって異なるためですが、こうした態度が、かえって一般の人を混乱させる結果にもなっているようです。また、光が1年間に進む距離として定義された「光年」という単位も、宇宙膨張を考えるときには、間違いやすいものです。光が通過している間にも空間がどんどん膨張するため、100億光年彼方の天体から光が到達するまでの時間は100億年ではないからです。経過時間を考えず、1光年=10兆キロメートルと単純に考えた方が良いでしょう。
 全ての銀河で同じように時間が経過する「宇宙時間」を用い、天の川銀河に固定した空間座標で記述した場合、赤方偏移の大きい光は、百数十億年前に、数十億光年の距離にあって超光速で遠ざかっている天体から放射されたことになります。「超光速で遠ざかる」天体の光が地球に到達するのは不思議に思えるかもしれませんが、これは、初期の膨張速度が現在よりもずっと速く、万有引力の作用でしだいに遅くなったために、途中で、膨張によって遠ざかる効果よりも光が光速で近づいてくる効果の方が大きくなったためです。空間が平坦なまま膨張するという最も単純な模型を使って計算すると、赤方偏移が8の天体は、光を放射したときには、天の川銀河(の祖先)から30億光年の距離にあって光速の4倍で遠ざかっていたことがわかります。この光は、どんどんと膨張する空間を通り抜けなければならないため、到達までに(30億年ではなく)130億年ほどかかり、ようやく今になって地球に到達したわけです。この間にも、元の天体は遠ざかり続け、今では300億光年弱の所にまで離れています。現在の宇宙の地平線は、地球から約160億光年の距離にあるので、現時点でこの天体から放射された光が、いつか天の川銀河(の残骸)に到達することはないでしょう。ただし、これらの数値は、計算に用いた宇宙模型に依存しています。減速膨張が加速膨張に転じたという昨今の主張が正しければ(私は疑っていますが)、数値がいろいろと変わってくるはずです。

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質問 非線形波動や非線形数学など、「非線形」という言葉がよくでてきますが、「非線形」とは、もともとどういう意味なのですか? 調べてみても「直線じゃ無いもの」など、抽象的なことしか分からなかったので、解答お願い致します。【その他】
回答
 「線形(線型)」という言葉は、「線形動物」のように「線の形」「線状の」という意味で用いられることもありますが、数学や物理学で用いられる場合は、「1次式で表されるような関係」を意味します。おそらく、“linear algebra”のような数学用語を「線形代数」と直訳し、そこから一般化されて用いられるようになったのだと思われます。「非線形」は、「線形」の否定です。
 最も単純な線形関係は、比例の関係です。例えば、フックの法則では、バネの伸びy がバネを引く力x に比例し、y=kx という式で表されますが、これをグラフで表すと直線になるので、「線形」であることは直観的に納得できると思います。これに対して、x2 や log x のような x の1次以外の項が含まれると、グラフは直線にはならず、非線形の関係になります。
 直線のグラフで表されるような比例関係を一般化したのが、数学的な線形関係です。これは、フックの法則における「kを乗じる」という操作を、微分などの演算で置き換えた式で表されます。例えば、電荷密度ρ(x) と電気的ポテンシャルφ(x) の間には、
  Δφ = -4πρ (Δ:ラプラシアン)
という線形関係があります。φもρも関数なので、直線のグラフで表すことはできませんが、「ρが2倍になるとφも2倍になる」といった比例関係が存在します。さらに、電荷密度がρ1のときのポテンシャルがφ1、ρ2のときφ2になるならば、電荷密度がρ12のときのポテンシャルは、φ12で与えられるという「重ね合わせの法則」が成り立ちます。一般に、「重ね合わせの法則」が成り立つような関係を、線形関係と言います。
 非線形の系では、重ね合わせの法則が成り立ちません。斉次的な波動方程式で記述される線形波動の場合、波φ1とφ2がそれぞれ波動方程式の解ならば、その重ね合わせφ12も解になります。したがって、遠方から伝播してきた2つの波が交差するときも、すれ違っているときに振幅が2つの波の和になるだけで、何事もなかったかのように通り過ぎていきます。しかし、非線形波動では、重ね合わせの法則が成り立たないので、交差する際に相手を乱して、元の波形とは異なった波になります。
 原因と結果が線形関係にある場合、「小さな原因からは小さな結果しか生まれない」と言えます。フックの法則が成り立つならば、小さな力でバネを引っ張ったときには、少ししか伸びません。しかし、非線形の場合は、原因となる入力が小さくても、その影響が少しずつ成長して、最終的には巨大な結果を引き起こすことがあります。

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質問 種の進化にとって最適な陸地の形は、どのようなものでしょうか。多数の島か、平らな大陸か、山脈の多い地形か。最適の意味もどのように定義して良いかわかりません。【その他】
回答
 進化という観点からすると、個々の生物にとって快適な環境が好ましいとは限りません。さまざまな適応戦略を採っている多様な生物群が存在し、その中から生存率の高い生物種が生き延びていくような環境の方が、進化を促すと考えられます。したがって、特定の種が安住できるような落ち着いた環境ではなく、時間的・空間的に変化に富んだ環境が、進化の母胎となるでしょう。時間的な変化には、潮の満ち干のような短期的な変化から、雨季と乾季のような季節変化、あるいは、大規模な洪水や山火事のような何年かに1度の割合で起きるものがあります。こうした変化に対して、生物はさまざまな仕方で対処していきます。洪水や山火事が起きると、特定の環境でしか生きられない種が大きな打撃を受ける一方で、それまでは片隅で細々と生きていた種が急速に増殖することもあります。空間的な変化は、高低差や水流の有無、土壌の違いなどがあります。ただし、島嶼部では、陸生生物の多くが海に阻まれて移動できないため、進化は袋小路に入り込むことが多くなります。
 時間的・空間的変化がきわめて大きく、その結果として地球上で最も豊富な生物多様性を生み出したと言われているのが、アマゾン川流域の浸水林です。この地域では、川の水位が年間で10メートル前後も上下し、低地の氾濫原は半年以上にわたって水に浸されてしまいます。さらに、アマゾンの河口付近では、潮の満ち干によって塩分濃度が大きく変化します。こうした環境に適応するため、生物たちは実に多様な姿を見せています。例えば、ヤシの仲間は、乾燥地と浸水林でそれぞれ独自に適応しており、浸水林のヤシは、根が水に浸かっても枯れることはありません。また、ふだんは地上で生活している節足動物が雨期には林冠部に集まり、過酷な生存競争を繰り広げるため、他の地域にはない生き残り戦略が見られます。こうして生まれた多様な生物群は、地球規模の変動によって、種そのものを変化させていきます。多くの学者が信じるところによれば、氷河期になると、パッチ状に生き残った植物群落の中に閉じこめられた生物は、それぞれ異なった種に進化し、こうして誕生した新種が、間氷期になって甦った熱帯林に放散していきます。定期的に洪水が起きる環境は、生物にとって過酷なように見えますが、実は、生命の豊かさを生み出す源泉となっているのです。

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質問 物理学や宇宙論の本を見ると、単位系にCGSが使われています。しかし、CGS単位系は、地球上で人類が使い始めたもので、宇宙規模では一般的でないように思います。ちなみにプランク長(Lp)、プランク質量(Mp)、プランク時間(Tp)を単位とすると、
  光速   c = 1・Lp・Tp-1
  重力定数 G = 1・Lp3・Mp-1・Tp-2
となり、ハッブル距離は c/H0=8.16×1060・Lp となって、この方が議論をする上でずっと便利だと思うのですが。このような試みを基礎にした宇宙の階層構造論議はあるのでしょうか。【現代物理】
回答
 宇宙規模の現象を扱う物理学で、プランク長やプランク質量を単位として使うことはほとんどありません。その理由は、次のようなものです。
 プランク長などは、プランク定数hと重力定数G、光速cを組み合わせて作られることからもわかるように、量子効果と関係するものです。例えば、プランク長は、重力の量子効果が大きくなる、あるいは、時空を滑らかな多様体として扱えなくなるような長さのスケールだと考えられています。しかし、宇宙論で議論される宇宙の膨張や銀河の形成などには、量子効果が直接関与することはありません。アインシュタイン方程式やニュートン方程式で、ほぼ完全に記述されてしまいます。これらの方程式には、長さや質量の基準がないため、無理にCGS単位を用いず、実用的に見て便利な量を基準にするのが一般的です。長さの場合、太陽系のスケールでは天文単位、銀河のスケールではパーセクや光年を使うと、数値があまり大きくならず、直感的にイメージしやすいので、天文学者や宇宙論研究者に好んで用いられます。
 宇宙論の分野でプランク長が出てくるほとんど唯一の例は、ブラックホールのエントロピーです。ベッケンシュタイン=ホーキングの理論によると、ブラックホールのエントロピーは、プランク長を単位として表した地平面の面積の1/4倍になります。こんなところにプランク長が出てくるのは、ブラックホールの温度がホーキング放射という量子論的な効果によって決まるからです。
 プランク長とプランク時間は、それぞれ長さと時間の最小ユニットだと考える学者もいるので、「このユニットが10の何十乗個集まったときに特定の構造が現れる」といった性質があるならば、プランク長やプランク時間を基準に取ることに意味があるかもしれません。しかし、原子スケールで見ても、最小ユニットが一定数集まったことに由来すると思われる構造は見いだされません。また、プランク質量は、バクテリアの質量よりも大きい準巨視的な量であり、これを基準とすることに物理的な意味があるとは考えにくいものです。
 理論的には、単位系を構築するに当たって、長さ、質量、時間という3つの基準を揃えなければならないということはありません。相対論では、長さ(空間的距離)と時間は互いに座標変換で結びつけられるものであり、光速cを1と置いて両者を同じ単位で表す方が自然です。素粒子論研究者は、さらに、h/2π=1 と置く自然単位系を好んで用います。また、一般相対論の研究者は、しばしば、G=1と置く幾何学単位系を利用します。いずれの場合も、プランク長が自然界における唯一の基準量となります。

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質問 水素燃料電池は、水素の燃焼による発電なので無公害だとよく言われますが、水素取り出し原料の確保+水素の取り出し+輸送+保守などの全過程を考慮した場合、環境面でもエネルギー面でも有利なのでしょうか。【環境問題】
回答
 燃料電池は、水素と酸素の化学反応(燃焼ではありません)によって電気を作り出す装置であり、次世代のクリーンな発電装置として期待されていますが、本当に環境負荷が小さくなるかどうかは、詳しく調べる必要があります。
 発電効率だけを考えた場合、燃料電池は、必ずしも大型の火力発電所と比べて有利だというわけではありません。現在、火力発電所におけるエネルギー利用効率は、37%程度だとされています。これに対して、2004年に東京ガスが開発した家庭用燃料電池の発電効率は31%にすぎません(東京ガスのパンフレットより)。しかし、大型の火力発電所はエネルギー消費地から離れたところに建設されるため、廃熱を利用する方法がほとんどないのに対して、家庭用燃料電池から発生する熱は、給湯用に利用することが可能です。熱の利用まで含めると、燃料電池のエネルギー利用効率は71%となり、火力発電を大きく上回ります。燃料電池で電気1kWhを発電したときには、熱1.3kWh が回収され利用可能になりますが、このとき発生する二酸化炭素は、従来システム(火力発電+従来型給湯器)でこれと同じ量の電気と熱を作る場合に比べて、40%少なくなると見積もられています。ただし、燃料電池の環境性能を発揮するためには、お湯を余らせないように運転することが条件となります。
 家庭用燃料電池で使う水素は、都市ガスから取り出すことができます。都市ガスに関しては、すでに供給のためのインフラが整備されており、新たにパイプラインなどを敷設する必要がないので、インフラ整備に伴う環境負荷はほとんどありません。また、都市ガスの主成分はメタンであり、大気中に放出される窒素酸化物やイオウ酸化物の量も少ないので、大気汚染への寄与も小さくなります。ただし、現在の装置は寿命が短く、数年でスタックを交換する必要があるため、スタック製造の際の環境負荷まで考慮すると、果たして環境にとってプラスになるかどうかは、微妙なところです。まずは、技術改良によって寿命を延ばすことが必要でしょう。
 自動車の動力源としての燃料電池になると、さらに問題が難しくなります。現在、ガソリン車で用いられている内燃機関のエネルギー効率が20%程度であるのに対して、燃料電池は30%以上、最大で55%になるので、水素を取り出す過程まで含めても、二酸化炭素排出量などは通常のガソリン車よりかなり改善されるはずです。ただし、ハイブリッド車と比べると、圧倒的に優れているというほどではありません。ちなみに、ホンダの4人乗りコンパクトカー・FCXモデルでは、市街走行でガソリン換算の燃費が26km/Lとなっており、ハイブリッド車(シビックハイブリッド)の20km/L より23%ほど改善されただけです。
 最大の問題は、水素供給のためのインフラを新たに整備しなければならないという点です。トヨタやホンダの燃料電池車では、改質器を搭載せず、高圧水素タンクに水素ステーションから水素を供給するという方式が採られています。燃料としては、天然ガス・ナフサ・LPGなどから取り出された水素や、工場の副産物として、あるいは、水の電気分解によって作られた水素が使われます。この水素を供給するシステム(パイプラインやタンクなど)を新たに建設するためには、莫大なエネルギーを投入しなければなりません。しかし、この投入エネルギーを相殺するほど燃料電池車が普及するかと言えば、2010年の導入段階に入っても価格が1台2000万円以上になると予想されることを考えると、あまり期待できません。燃料電池車に関しては、技術改良とインフラ整備の進め方をうまく調節しないと、環境優良車とは言えなくなることもあり得ます。

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質問 電磁波は、最も長い波長だとどのくらいの長さまで観測されているのですか。実際の観測上はいくつですか。理論上はいくつですか。波長が長いほどエネルギーが弱くて、光の性質が単純に表われるような気がするのですが。波長が無限大の電磁波も存在する可能性がありますか。【その他】
回答
 真空中を伝播する電磁波の場合、波長λと周波数νの間にλν=c (c:光速)という制限が付くだけで、理論的なλの上限はありません(宇宙の年齢が有限なので、無限大の波長はあり得ませんが)。ただし、観測される電磁波の波長には限界があります。
 電磁気学の教科書では、電磁波の振動部分を正弦関数 sin 2π(νt-x/λ) などで表しますが、実際の電磁波が、こうした単純な式に従って空間中を伝播しているわけではありません。通常の観測は、特定の地点での時間変化を測るものなので、時間の関数として得られた電場・磁場のデータをフーリエ変換して周波数成分を求め、この周波数から波長を求めることもあります。しかし、周期的に変動する電磁場があるからと言って、その波長の波が伝播してきたとは言えないケースは少なくありません。例えば、50Hzの電力で動いている家電製品の場合、周囲に50Hzで変動する電場や磁場が生じており、単純に計算すると6000kmの波長に対応しますが、実際には、さまざまな遮蔽効果によって電場や磁場は急速に減衰し、マクスウェル方程式に従って空間を伝播することはありません。空間を伝播するという電磁波の特性を人間が積極的に利用しているのは、せいぜい波長数百kmの極超長波までで、軍事的な長距離通信に用いられているようです。
 一部の文献には、観測された中で最も波長の長い電磁波として、地磁気脈動が上げられています。地磁気脈動とは、地球周辺の磁場が周期的に変動する現象で、周波数は数Hzから1mHz以下、これに対応する波長は10万km〜数億kmとなります。しかし、地磁気脈動は、主に磁気圏におけるプラズマの運動によって生じる磁気流体力学的な現象であり、電磁波と呼んで良いか疑問です。空間中を伝播する極超長波の観測例としては、雷から放射された3〜60Hzの電磁波が、電離層と地表面の間を通って地球を何周も回るシューマン共振と呼ばれる現象が知られています。この場合は、波長はたかだか10万kmです。
 なお、質問に「波長が長いほどエネルギーが弱い」とありますが、これは、必ずしも正しくありません。しばしば、光子のエネルギーを hν = hc/λ (h:プランク定数)と表しますが、光子描像が適用できるのは、コンプトン効果や光電効果などの限られた現象であり、長波長の電磁波の場合、一定のエネルギーを持った光子を考えることは適切ではありません。

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©Nobuo YOSHIDA