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§3.抗菌医療

■病原体としての微生物

 「病気とは何か」「人はなぜ病気になるのか」といった問いかけは、あらゆる民族においてなされてきた。インドのアーユルヴェーダや中国の中医学(漢方医学)などのように、壮大な体系を作り上げたケースも少なくない。

L9_fig08.gif  そうした中で、19世紀後半から20世紀にかけて、ヨーロッパから始まって次第に世界を席巻していく一つの病気観があった。それが「病気外因説」であり、きわめて単純化して言えば、「元々体外にあった病原体が体内に侵入すると病気が発症する」という考え方である(右図)。この考えを広めた最大の功労者は、フランスの微生物学者ルイ・パスツールである。彼は、自然界に膨大な数の微生物が棲息しており、これらがさまざまな現象を引き起こしていることを、具体的な実験を通じて示して見せた。例えば、それ以前は食物の内因的な変化によって起こると考えられてきた「腐敗」が、実は腐敗菌が付着して初めて生じることを、菌が侵入できないように工夫したフラスコ内部では食物が腐敗しないという実験によって、明確に実証した。さらに、ヒツジの間に流行した炭疽病の病原を研究、弱毒化した菌による免疫法を開発し、微生物と病気の因果関係を人々に強く印象づけた。


 パスツール流の「外因説」に対立する考え方としては、「病気は体内のバランスの乱れに起因する」と見なす「病気内因説」があり、クロード・ベルナールらによって主張された。内因説的な見方は、身体を構成する3つの要素(トリドーシャ)のバランスが崩れると病気になると見なすアーユルヴェーダをはじめ、多くの民族医学で採用されている。現代医学の観点からすると、内因説と外因説のいずれにも一理あり、これらを相補的に組み合わせることによって、さまざまな疾病を総合的に理解できる。例えば、高血圧や糖尿病などのいわゆる生活習慣病は、特定の病原体が存在する訳ではなく、内因説的に体内バランスの乱れを想定した方が理解しやすい。一方、伝染性疾患に関しては、病原体の感染を考えて対策を講じる方が効果的である。

 病気の内因説と外因説は、互いに相補的な役割を果たすもので、一方だけを正当化することはできない。しかし、19世紀後半のヨーロッパ社会で急務とされたのは、社会的施策によって疾病の予防・治療を行うことであり、この目的を実行に移すにあたって、駆逐すべきターゲットが明確な外因説の立場をとった方が効果を上げやすい。実際、病気が病原体の侵入によって生じることがはっきりすれば、上下水道の整備や沼沢地の干拓、食物の加熱滅菌の励行、産院や病院での消毒の徹底などを通じて、病気を予防することが可能になる。特に、発疹チフス(シラミ)やマラリア(ハマダラカ)など、動物によって媒介される伝染病の場合は、一般市民も明確な目的意識を持って駆除に参加することができる。また、ジェンナーの時代には手探りで実行していた予防接種も、何をワクチンとして使えばどの病気が予防できるかという方法論が確立され、組織的な実施が可能になる。このように、主として病気の予防に多大な貢献をもたらしたことから、ヨーロッパ近代医学においては、病気外因説に基づく病原体への対策が、第一義的に考えられるようになった。

 病原体概念を学問的に明確にしたのは、結核菌やコレラ菌を発見したコッホである。1882年の『結核の病因論』で、(1)特定の疾病の病変部から常にある細菌が見いだされる、(2)この現象は当該疾病に限られる、(3)その細菌を純粋培養した後に健康な動物に接種すると同じ疾病を再現する──という3つの条件が満たされるならば、その細菌が当該疾病の原因と見なされることを論じ、この考えに基づいて、結核の病原体が結核菌であるとの結論を導き出した。その後、多くの伝染病で病原微生物が同定されたことは、周知の通りである。

 19世紀の段階では、病原体と目される微生物は、ある種の細菌や寄生虫に限られていたが、こんにちでは、数多くの病原微生物が見いだされている。その一部を表にしておく:

病原体の種類と主な疾病
ウィルス(DNA/RNAウィルス) 天然痘、インフルエンザ、ポリオ、狂犬病、流行性肝炎、エイズなど
リケッチア 発疹チフス、つつがむし病など
細菌(球菌、桿菌、ビブリオ、マイコプラズマ、スピロヘータ) 結核、細菌性赤痢、ペスト、コレラ、梅毒、淋病、破傷風、敗血症、サルモネラ症など
真菌 カンジダ症、放線菌症など
寄生生物(原虫、寄生虫) マラリア、アメーバ赤痢、睡眠病、住血吸虫病など
その他(プリオンなど) 狂牛病、クロイツフェルト=ヤコブ病など

 「病気=病原微生物の侵入」という単純な発想は、20世紀初頭までにかなり一般的なものになっていた。例えば、バーナード・ショーは、1906年に発表した『医師のジレンマ』という戯曲に登場する医師に、「病気とは何か。病原菌が住み着いて増殖することである。では、治療法はどんなものか。菌を見つけて殺すだけだ」と言わせている(もちろん、ショー自身は、こうした素朴な考え方を皮肉っているのだが)。この発想は、「個別的な問題点を摘出して技術をもって解決する」という近代的な技術主義の方法論と通底するものであり、医師のみならず一般の人にも受容されていく。さすがに、これほど単純な発想は過去のものとなったが、それでも、病原微生物を排除することで病気を治療しようという方法論は、医療の現場では未だに根強く残っている。


■微生物と人間の相互作用

 病原微生物の侵入によって病気が発症するという単純な「病気外因説」は、20世紀中葉から、さまざまな形で批判されるようになる。その急先鋒となったのが、細菌学者ルネ・デュボスである。彼は、病気は病原微生物によって生じるという考え方を、生存競争の厳しさを過大評価する「血なまぐさいダーウィニズム」に由来すると指弾し、こうした一種の偏見が、社会から微生物を一掃しようとする攻撃的な態度を招いたと論じた(ルネ・デュボス『健康という幻想』1960)。

 デュボスも指摘するとおり、人間と微生物の関係は、敵対的な生存競争に終始するわけではない。多くの微生物は、人間と共生の関係を築き上げている。例えば、腸内には大腸菌や腸球菌など膨大な細菌が棲息しているが、これらは、腸壁に緻密な細菌叢を形成して、有害細菌が体内(腸管の内側はトポロジー的にみて体外に当たる)に侵入するのを防いでくれる良性の常在菌である(ただし、体が弱ったときには悪さをすることもある)。「不潔だから手を洗いなさい」とは母親が子供に対して口癖のように言う台詞だが、抗菌剤を用いて掌のガード役の常在菌を殺してしまうと、ふだんは細菌叢に入り込めないバクテリアが付着して増殖するため、手を洗う前よりもかえって細菌が増えることがあると知るべきである。そもそも人間のような多細胞生物の身体自体、膨大な微生物の寄り合い所帯と言えるかもしれない。白血球の一種であるマクロファージは、アメーバのように血管内を動き回って、異物を見つけると飲み込んでしまう。細胞内器官のミトコンドリアも、元々は固有の遺伝子を持つ別個の生き物であり、進化の初期段階で共生しているうちに細胞内に取り込まれて一器官の役割を担うことになったのだ。

 社会の文明化に伴って野生生物を狩猟・採取して食する機会が激減した結果、現代人は、自分が自然の生態系に属していることを失念しがちである。確かに、食卓に上る食物の多くが人間によって飼育・栽培されているものであり、食物連鎖のチェーンから離れて独自の環境の中に生きる術を確立したように思われるかもしれない。しかし、いかに日常世界を人工物で飾り立てたとしても、人間だけが孤立して生きていけるものではない。少なくとも、自分たちが微生物と共生している存在であることは自覚すべきだろう。仮に人間を無菌状態で育てたとすると、免疫機能が低下して、かえって健康な生活が送れなくなってしまう。幼少時には、泥まみれになって微生物と接しながら成長した方が身体に良いと言われる所以である。

 人間のような生物個体は、きわめて複雑なシステムとして一つの内部環境を構成しており、これを囲む外部環境と絶えることのない相互作用を続けている。内部環境は定常性を保とうとして、外部環境からの摂動に適切に反応していく(下図)。こうした内部−外部環境のバランスが崩れたとき、病気と呼ばれる状態が実現する。体内に常在していない微生物の侵入は、そうしたアンバランスな状態を生み出す契機になるが、「微生物の侵入」=「病気の発症」という単純な図式は成立しない。例えば、結核という病気は結核菌が侵入しなければ決して発症しないが、結核菌が体内に入ると必ず結核になるという訳ではなく、多くの感染者は、体内に菌を保有したまま日常生活をつつがなく送り続ける。同様の現象が、AIDSをはじめとする多くの感染症で見られる。感染症ではないが、ガンの場合も、発ガン物質や放射線の曝露によってDNAが傷害されガン化のきっかけが生じるても、実際に細胞がガン化するまでには、DNA修復機能の低下といった内因的な要素が複雑に絡んでくる。病気もシステム論的な観点から解釈する必要があるのだ。

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 こうした内部−外部環境の複雑な相互作用を理解せずに、外部に存在する微生物を一方的に悪者と決めつけてこれを殲滅しようとすると、たとえその意図に疚しいところがなくとも、微生物環境全体が変化し、場合によっては、人間に好ましからざる影響を及ぼすこともある。 まさに、ミクロ世界の環境問題である。


■抗生物質の開発

 患者の体内に侵入した病原微生物を排除するための医薬品として、これまで最も効果を上げてきたと言われるのが、抗生物質である。抗生物質(antibiotics)とは、もともとは、微生物その他の生物が産生する物質の中で、微生物の生育を阻害するものを意味していたが、近年は、化学合成される物質も含めて、一般に微生物の生育を阻害する物質を指すことが多い(後者の意味では、抗菌剤という用語の方が妥当かもしれない)。

 最初の抗生物質は、イギリスの細菌学者フレミングによって1928年に発見された(厳密に言えば、19世紀末から各種の抗菌剤が報告されていたが、医薬品としての有効性が確認されていなかった)。彼は、ブドウ球菌を培養していたシャーレに偶然に入り込んだアオカビの周囲で細菌が死滅していることを見つけ、アオカビが分泌している抗菌作用のある物質を同定した。これが有名なペニシリンである。ただし、この段階では、化学的に合成して大量生産することが難しく、商品化は行われていない。

 抗生物質の商品化は、1935年、ドイツのファーベン社によるスルホンアミド系抗生物質(サルファ剤)の製造・販売に始まる。同種の薬剤は、肺炎、産褥熱、腸管と尿路の感染症、淋病の治療に用いられたが、アレルギー反応や下痢などの副作用も多く、必ずしも全ての患者にとって福音となったわけではない。

 抗生物質が治療薬として威力を発揮するようになるのは、フローリーとチェインがペニシリンの薬理効果を動物実験と臨床試験を通じて実証してからである。1941年には、ペニシリンを作るカビだけを工業的に培養する技術が完成し、1944年頃から大量生産が可能になった。サルファ剤よりも副作用が少なく薬効の大きいペニシリン系抗生物質は、1940年代に抗生物質の主流を占めるようになり、肺炎、産褥熱、髄膜炎などの多くの感染症に用いられた。特に、第2次世界大戦が激化するにつれて増加した傷病兵の敗血症、および、出征兵士が頻繁に罹患する性行為感染症(淋病、梅毒)を治療する目的で大量に使用されたことから、需要が急増した。

 さらに、1944年になると、結核に対して特効的な薬効を持つ抗生物質・ストレプトマイシンがワクスマンによって開発される。戦後の結核の減少は、主として、栄養状態の改善とワクチン(BCG)の普及によってもたらされたもので、ストレプトマイシンの寄与は必ずしも大きくないが、それでも、不治の病として懼れられてきた病気(有効な治療法が全くないことから、戦前は、気胸療法などの乱暴な処置が行われ、結核よりも医者に殺されたに等しい患者も少なくなかった)が治療可能になったという事実は、人々に抗生物質の奇跡的な力を印象づけるのに充分だった。

 その後も、テトラサイクリン、メチシリン、バンコマイシンなど多くの抗生物質が次々に開発され、医療現場で利用されている。


■抗生物質の弊害

 第二次大戦後、抗生物質への信頼は高まる一方であったが、それとは裏腹に、こんにち、さまざまな弊害が表面化している。

 弊害を生み出すもとになっているのが、抗生物質に対する過大評価である。抗生物質は、一部の細菌感染症にしか効果がなく、ウィルスや寄生生物の感染症には無力である。にもかかわらず、あたかもあらゆる病原微生物を狙い撃ちする『魔法の弾丸』(発射されると目標に向かって自分で飛んでいく弾丸)であるかのように喧伝されており、非適用疾患に処方されることも少なくない。

 抗生物質の過大評価は、あるアメリカの専門医が語ったとされる次のような言葉に如実に現れている:「(1938年から)15年の間に、150万人の命が抗生物質によって救われた…抗生物質がなければ、100万人は肺炎とインフルエンザで、7万6千人は産褥熱で、13万6千人が梅毒で、9万人が虫垂炎で死んでいただろう」。しかし、現実には、抗生物質はウィルス感染症であるインフルエンザには全く効果がない(現在でもインフルエンザの患者に抗生物質が処方されることがあるが、これは、肺炎などを併発したときのための予防策である)。また、虫垂炎の合併症や産褥熱による死者数の減少は、抗生物質が普及する以前から始まっており、患者の健康管理と病棟の衛生状態が改善されたこと(特に、医者や看護婦による手指消毒の徹底)が主たる要因であることが知られている。

 一般に、欧米における感染症の減少は、主として公衆衛生と栄養状態の改善に起因するもので、時期的にも、抗生物質の普及に先立って生じている。

 また、現代人を苦しめる疾病の多く──ガン、高血圧、脳血管障害、心臓血管障害、高コレステロール血症、糖尿病、胆石など──は、そもそも病原体が特定できず、抗菌医療が有効でないことも、忘れてはならない。

 抗生物質は強力な薬理効果を持つ医薬品であり、有害な副作用が必ず存在する。中には、急性毒性を持つものもあり、さまざまなアレルギー反応、発疹、下痢、頭痛などを引き起こす。アナフィラキシー(アレルギー性ショック)などによる死亡例も報告されている。しかし、こうした直接的な毒性よりも深刻なのが、抗生物質の過剰使用による微生物環境の変化である。


■体内細菌叢の交代

 細菌は人間に害悪をもたらすものばかりではなく、ブドウ球菌や連鎖球菌、大腸菌などのように、体内や皮膚表面で繁殖して人間と共存共栄している「常在菌」も少なくない。例えば、400〜500種いると言われる良性の腸管内細菌は、消化吸収を助けるほか、他の菌が体内に侵入するのを防ぐ防護壁の役割も果たしている。抗生物質の中には、こうした良性細菌を殺してしまうものがあり、不用意な使用は、かえって健康を損ねる危険が伴う。少なくとも動物実験では、抗生物質によって食中毒に罹りやすくなることが判明しているほか、最近増えていると言われる過敏性腸症候群の原因の一つだと主張する学者もいる。また、手指を殺菌作用のある石鹸で不用意に洗浄すると、常在菌が死滅するので一時的に細菌数は減少するが、すぐに大気中から無数のバクテリアが付着し、人間と共生している無害な細菌の取って代わって増殖するため、意に反して“不潔な”状態になることも考えられる。


■耐性菌の増加

 抗生物質の不適切な使用による弊害の中で最も恐れられているのが、抗生物質の効かない細菌──いわゆる耐性菌の増加である。1930年代、すでに多くの淋菌がスルホンアミド系抗生物質に耐性を示しており、50年代には、ペニシリンをはじめ多くの抗生物質に耐性菌が見られた。最近では、検出される細菌の多くが何らかの薬剤耐性を持っていると言われる。

 耐性菌が生まれるメカニズムは、次のようなものである。

 ある微生物環境──例えば人間の腸内──に抗生物質を投与した場合を考える。このとき、全ての細菌が死滅するわけではなく、中には、抗生物質に対して抵抗力があって生き残る細菌もいる。こうした細菌たちは、(一部の共生関係にあるものを除いて)もともと限られた養分を取り合う生存競争のライバルだった訳で、生き残った細菌にとっては、抗生物質のおかげでライバルたちが死に絶えてしまい、自分の種が増殖できる生活圏が拡がったことになる。言うなれば、生態系に「隙間」──あるいは、その細菌に特別に用意された「ニッチ(niche; 壁龕)」──が生じたのである。このようにして、抗生物質に耐性のある細菌が、どんどんと増えてくることになる。

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 ある種の細菌が抗生物質に対して耐性を示す機構はさまざまである。具体的には、(1)抗生物質を分解する酵素を産生する;(2)抗生物質に結合して機能を阻害する物質を産生する;(3)抗生物質が作用する組織の化学構造を変化させる;(4)抗生物質を細胞外に排出するポンプ機能を実現する;(5)抗生物質が細胞内に進入できないように細胞膜を変化させる──などがある。突然変異などによってこうした機能を身に付けた耐性菌は、抗生物質が存在しない環境下では、余分な機能にエネルギーを割いているため生存競争に不利になっており、大きな勢力を持つことはない。しかし、病院のように抗生物質が定常的に存在している環境では、他の細菌より生存率が高くなり、ダーウィン的な選択・淘汰の原則に従って、勢力を伸ばしていくのである。

L9_fig11.gif  こうしてある程度まで増えた耐性菌が、さらに外部の環境中に拡がっていく過程には、細菌特有の遺伝子の振舞いが関与している。耐性菌に抗生物質に対する抵抗力を与えているのは、一般にある遺伝子の機能である。高等動物の場合、こうした耐性遺伝子は、親から子へと垂直的な移動しか行わない。しかし、細菌では、接合の際のプラスミド交換やベクターによる運搬などを通じて、遺伝子が細菌同士の間を水平的に移動することがある。場合によっては、(連鎖球菌からブドウ球菌へというように)異なる種類の細菌に遺伝子が伝えられる。この水平移動によって耐性遺伝子は多くの細菌に効率的に伝えられ、突然変異による場合を遥かに上回るスピードで耐性菌が増えることになった。
 水平遺伝による耐性の伝播は、いくつかの細菌から耐性遺伝子をもらって複数の抗生物質に対して耐性を持つようになった「多剤耐性菌」の発生を可能にする。水平遺伝のメカニズムは比較的最近になるまで知られておらず、多くの臨床医は、たとえ耐性菌が現れたとしても、複数の抗生物質を併用すれば簡単に駆除できると考えていた。一つの細菌に突然変異が重なって、いくつかの抗生物質に対する耐性を併せ持つようになる確率は、きわめて小さいと予想されたからである。ところが、実際には、医者たちの予想を遥かに超える勢いで多剤耐性菌が生まれてきている。


 こんにち、これほどまでに耐性菌が増加した背景には、抗生物質の乱用や不適切な使用がある。一説によれば、使用される抗生物質の半分は、処方の仕方が不適切だとされる。次のようなものが、その例である:

  1. 細菌感染のリスクを回避するための予防措置として投与 : 日本では、術後の院内感染を予防するために、手術を行う患者に対して、ほとんど慣習的に抗生物質を処方している。術後経過を見ながら、院内感染が認められた場合に限って適切な抗生物質を投与するだけで充分である。
  2. 非適用疾患(ウィルス感染症、胃腸障害など)への投与 : インフルエンザの場合、乳幼児や高齢者のように細菌感染を併発する懼れのある患者以外に抗生物質を処方するのは、無意味である。また、食中毒患者への投与は、腸内の細菌叢を乱すためしばしば危険が伴う。非適用疾患への抗生物質の投与は、患者側からの要請で行われることが少なくないが、医者は、きちんと説明をした上で不要な薬剤の処方を断るべきである。
  3. 広域抗生物質の多用 : セフェム系など「広域(broad-spectrum)」と呼ばれる抗生物質は、多種類の細菌を殺す能力を持っており、感染した細菌の特定ができていない患者に対して用いられる。しかし、常在菌を含む多くの細菌をいっせいに殺して生態系に大きな隙間(ニッチ)を作るため、耐性菌にとって特に有利となる。 →患者(patient)に感染している細菌を特定して、その細菌に効く抗生物質を選択する。
  4. 過少投与 : 薬剤耐性は必ずしも完全ではないので、充分な量の抗生物質を投与すれば細菌を駆逐することができるにもかかわらず、中途半端に服用を中断すると耐性菌が生き残ってしまう。結核の場合、最低でも6ヶ月は抗生物質を飲み続けなければならないにもかかわらず、治療開始後1ヶ月程度で症状が劇的に改善されるため、勝手に服用するのを止めてしまい、耐性を持つ結核菌を増やす結果につながる。アフリカ・南アジアなどの貧しい国では、「薬代が高い」「病院が遠い」などの理由で服用を中止することが少なくない。
  5. 家畜への投与 :  L9_fig22.gif 多くの畜産業者が、(1)家畜の疾病を予防するため、および、(2)腸内の常在菌を殺して栄養分の吸収を良くする目的で、飼料に大量の抗生物質を混ぜている。日本では、年間使用される1700トンの抗生物質のうち人間用は30%程度でしかなく、残りの大半が動物(家畜・魚・ペット)用である(右図; 2002年12月15日付日本経済新聞より)。この結果、家畜の体内に耐性菌が発生、調理過程で生き残ったものが人間に伝染する危険性がある。欧州では、バンコマイシンと化学構造の良く似た抗生物質を家畜向けに大量に使用したため、バンコマイシン耐性腸球菌が発生し、人間に感染して被害をもたらした。日本では、人間用の医薬品と同じ化学構造を持つ抗生物質を家畜に投与することは禁止されている。EUでは、家畜の飼料に抗生物質を混ぜることを禁じる規制を2006年に導入する予定だが、畜産業者から反対の声が上がっている。

■感染症の再流行

 耐性菌が増加した結果、一時は撲滅可能かと思われていた細菌感染症が、近年、再び増加傾向を見せている。

 特に懸念されているのが、結核感染者の増加である。こんにち、毎年約800万人が結核を発症、300万人近くが死亡しているが、その多くが、複数の抗生物質が効かない多剤耐性菌によるものである(こんにち使用されている11種類の結核用抗生物質のうち10種類にまで耐性を持つ結核菌も発見されている)。結核患者は、比較的貧しい国に多いが、欧米や日本でも、ホームレスなどの間で感染率が高まりつつある(日本では、食生活が乱れている若い人が発症することもある)。 WHO(世界保健機構)は、21世紀初頭には、結核が成人の死亡原因の第1位に躍り出ると警告を発している。

 さらに、日本でも、黄色ブドウ球菌や緑膿菌などの耐性菌による院内感染が増加している。一般に、病院は多種類の微生物が棲息する一方、抗生物質もふんだんに使われる環境であり、病院内部で耐性を獲得した細菌が術後の弱った患者などに感染しやすい状況にある。日本では、80年代にMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)による院内感染が連続して発生し、死亡者も出て大きな社会問題になった(ブドウ球菌中のMRSAの割合は、1986年に25%だったが91年には70%に急増している)。このときは、衛生管理の不徹底ということで病院側を糾弾するマスコミの論調が目立ったが、実際には、抗生物質の不適切な使用こそ責められるべき点だった。

 もともと黄色ブドウ球菌は、鼻や喉の粘膜で繁殖しやすい細菌で、健康な人間にとってはほとんど害がないものの、体力が弱っている患者が感染した場合は、しばしば致死的な経過を辿る。これを防ぐために用いられるのが各種の抗生物質であり、人類はこれを武器に黄色ブドウ球菌と半世紀にわたって死闘を繰り広げてきたが、近年は、どうも人類の側が押され気味である。

 1940年代には、最初の抗生物質であるペニシリンによって、ブドウ球菌を殺すことができた。50年代になると、黄色ブドウ球菌の側がペニシリンへの耐性を獲得するが、人類は、テトラサイクリンを開発して応戦する。60年代には、テトラサイクリンに対する耐性菌が生まれてくるものの、人類の側も、メチシリンやバンコマイシンのようなきわめて強力な抗生物質を開発、対細菌戦に勝利を収めたかに見えた。70年代に入って、メチシリン耐性菌(MRSA)が現れ院内感染による死亡事故を引き起こしたときには、「史上最強の抗生物質」と謳われたバンコマイシンを投入することにより、危機を乗り切ろうとした。

 バンコマイシンは、細胞膜を構成するペプチドグリカンに結合して、その合成を阻害する。このため、細菌側が基本的な生化学物質を変更しない限り、バンコマイシンに対する耐性は生じないと予想された。実際、ヨーロッパでは、30年以上にわたって使い続けたにもかかわらず、耐性菌はほとんど発生していない。ところが、人類は、抗生物質を不適切に使うことによって、この最後の切り札を失いかけている。不適切な使用法とは、

  1. 抗生物質を家畜の餌に混ぜると、腸内細菌叢が変化して栄養の吸収が効率的になり、短期間で出荷可能なまでに成長することから、ヨーロッパの家畜業者が、バンコマイシンと化学構造の似た抗生物質を多量に使用していたこと
  2. 80年代にMRSAの登場と特許期間の終了が重なって、それまであまり使用されていなかったバンコマイシンを増産し、必ずしも必要のない患者にまで乱用して、耐性菌の増加を促したこと

の2つである。この結果、1986年にはフランスでバンコマイシンに耐性のある腸球菌(VRE)が発見され、98年には、日本国内で最初の死亡例が報告された(輸入肉に混入していた菌による)。97年の調査では、MRSAの3.7%がバンコマイシンに耐性を持つことが判明している。厚生省は2000年度から院内感染の発生動向を定期的に調査して対策作りを目指すという。

 最近では、院内感染だけではなく、保育園など市中で耐性菌がはびこっていることが報告されている。宮城県内の保育園・幼稚園で2001年に行われた子供363人、職員39人を対象とする調査では、5.5%の人からMRSAが検出された。また、多くの小児科で、抗生物質で治りにくい中耳炎やとびひが目立つようになってきたという。

 人類と耐性菌の抗争は、イタチゴッコのようでありながら、細菌優位の傾向が目立ち始めている。ただし、必ずしも悲観的になる必要はない。耐性菌は、抗生物質に抵抗するために通常の細菌にはない機能(抗生物質を分解する酵素の産生など)を備えており、これが生育上の負担となっていいる。耐性菌がはびこっているのは、抗生物質がコンスタントに使用されている状況下で、他の細菌よりも環境適応度が高くなっているからに他ならない。したがって、抗生物質の使用を適切にコントロールし、微生物環境に安易に放出することをなくせば、耐性菌であることのメリットはなくなり、他の細菌との生存競争に敗れていつかは消滅するはずである。


■抗菌グッズと耐性菌

 近年、清潔志向の現れとして抗菌グッズの使用が増えている。抗菌剤(塩化ベンザルコニウムなど)を含む石鹸・洗剤が売り上げを伸ばしているほか、抗菌剤をしみ込ませたおもちゃ・乳幼児用椅子・まな板・マットレスカバーなども多量に出回っている。しかし、こうした抗菌グッズも、使用法によっては、細菌叢を変化させ、耐性菌を増加させる危険性が高いので注意しなければならない。これらの抗菌グッズは、効力を維持するために揮発しにくい薬剤を使用しているため、抗菌剤が常に存在するという耐性菌に適した環境を作り上げてしまうからである。

 常識的に考えてわかるように、(静養中の病人がいるような)特に滅菌・殺菌を必要とする環境にない限り、日常的な清掃には、抗菌剤が添加されていない石鹸や洗剤で充分である。また、古くから使われている塩素系漂白剤・アルコール・アンモニア・過酸化水素水などは、病原体を死滅させた後で速やかに揮発するので、長期にわたって残留し良性の細菌を殺したり耐性菌を増加させることはない。無闇に抗菌剤を用いることは、かえって微生物環境を人間に好ましくない方向へ変化させることになる。


 抗生物質の発見以来、人間は、微生物環境を制御できるという過大な自信を抱くに至った。しかし、これが奢り以外の何者でもないことは、耐性菌の逆襲が雄弁に物語っている。人間は、生態系をコントロールできるほどの力を持ってはいない。むしろ、微生物が形成している生態系の中に、自らもどっぷりと浸かっていることを思い知るべきである。




©Nobuo YOSHIDA