近代文明と環境問題

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有用性の追求が持つ問題点


概要

1.要旨
 20世紀に確立される近代的産業主義は、産業にとって有用なものを取り入れ、無用なものを排除するという形で、生産の効率化を図ってきた。この手法は、技術革新の成果を積極的に活用することによって、経済発展をもたらす一方で、目先の有用性を優先させるあまり、「全体」に対する視座を欠き、長期的・広域的なリスクへの配慮を疎かにするものだった。この結果、当初は科学技術の偉大な勝利と思われながら、後になって、長期的な安全性や環境への影響などの面で、さまざまな弊害が表面化してきたケースが少なくない。この講義では、20世紀前半に産業の発展に寄与したものの、大規模な利用によって環境破壊を引き起こすことが判明した技術ないし方法論を紹介し、これらを導入した科学者・技術者が何を見落としていたかについて歴史的な検証を試みる。


2.講義展開
序章.近代的産業主義の成立

産業のための有用性という観点から対象を選別する産業主義の方法論が、いつ頃どのような形で成立したかを見る。

第1章.化学物質の使用

 変質しにくい有機溶媒(PCB)や化学反応を起こさない冷媒(フロン)など、19世紀末から20世紀初頭にかけての化学研究は、理想的とも思える新素材の開発に成功した。しかし、産業に利用する際には好ましい性質も、自然界においては、分解されないまま蓄積され環境汚染を引き起こす原因となる。こうした物質は、どのようにして開発され産業の中で利用されたか、また、何がきっかけとなって危険性が認識されるに至ったかを考える。

§1.PCB(「夢の油」としてのPCB、生体濃縮による被害)
§2.フロン(化学毒性と環境毒性の違い、触媒効果の恐ろしさ)
§3.プラスチック(便益とリスクの相克、廃棄物問題の起源)


第2章.人間と生態系との関わり

  近代文明は、形質の改良によって人間の役に立つようになった生き物を利用し、それ以外の生物を生活圏から排除しようと努めてきた。この動きは農畜産業において顕著であり、育種やバイオテクノロジーによって有用な形質を持つ種を選択する一方で、「害虫」や「雑草」は化学物質を使用して駆逐してきた。この結果、農業生態系から生物的多様性が失われ、人間の支援を受けて単一種が支配的になるという脆弱な環境が生まれてきている。さらに、体内環境においても、必要以上に寄生虫やバクテリアを駆除しようとしたために、アレルギーの多発や耐性菌の発生という現代的な問題を抱え込むことになった。

§1.文明化と生物的多様性の喪失
§2.農業生態系(「害虫駆除」という発想の貧困、土壌生物の受難)
§3.抗菌医療(抗生物質の作用機序、耐性菌の発生)
§4.利用される生命(育種から遺伝子組み換えへ)


第3章.近代的土地利用の功罪

 近代的な資本主義社会においては、土地は生産を行うための資本財として捉えられ、土地生産性を高めることが社会を豊かにすると考えられてきた。こうして、農地には灌漑施設によって水を供給し、大量の化学肥料を投入して単位面積あたりの収量を増やす近代農法が積極的に採用される。また、産業に利用されていない土地は経済的に無価値であると見なされ、経済発展のために森林や湿地を開墾・干拓することが政策的に奨励されてきた。しかし、生産性を重視する土地利用法は、必ずしも豊かさを保証しないことが判明しつつある。

§1.土地生産性の低下(近代農法の功罪、インド・パンジャブ州の現状)
§2.森林破壊(森林の経済的価値、コスタリカ破産の原因)
§3.湿地干拓(湿地の生態系、干潟干拓の結果)


終章.全体系への視点

 産業主義を超克するために、人類の置かれている状況を全体として見渡す視点の重要性が唱えられている。


©Nobuo YOSHIDA