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結語



 ここまでの議論を通じて、量子力学の基盤にある理論の概要が少しずつ浮かんできたように思われる。それでは、さらに進んで量子力学を乗り越えた理論を科学的に構築するためには何をしなければならないのだろうか。ポイントは2つある。第1に、不確定性関係の起源と想定される時空構造を何らかの形で数学的に定式化しなければならない。この問題は、相対論的な理論における同一時空点での交換関係の特異性の処理とも絡んで、短距離極限での時空の振舞いという最先端物理学の呂域にそのままなだれ込んでいく。第2のポイントは、量子論的な波動性を媒介する場の性質を具体的に明らかにすることである。これは、場の量子論を含めた量子力学それ自体の基本的書き換えを要求するので、今のところは方針すら定まっていない状況である。
 ここでは期待を込めて、重力が量子力学の基盤を明らかにする鍵だと主張したい。重力は時空構造に直接関与し、また、さまざまな自由度を組み込める点で多くの可能性を秘めており、さまざまな方面から研究の鍬を入れてみる必要がある。現在は、重力理論を量子力学の枠組みに押し込める試みがいろいろとなされているが、逆に、重力の中に量子力学を解消してしまう方途を模索しても良いのではなかろうか。

 最後に一言。本論文では、一貫して量子力学の正統的解釈に反する異端の説を述べてきた。その理由は、筆者が量子力学を評価していないからではなく、むしろこれを人類が編み出した最高の科学的成果として高く評価していることにある。逆説的に聞こえるかもしれないが、正当性があまねく認められている理論ほど、その著うっこくのために多大の努力を必要とするものである。なぜなら、科学とは、所詮、人間が認識活動を行うための道具にすぎず、知的能力の限界点まで常に更新していかなければならない以上、完璧に見える体系の中の瑕瑾をもとに次世代の理論を構想することが科学者の義務となるからである。筆者も、ささやかながらこの義務を自覚していたことを述べ添えておきたい。

©Nobuo YOSHIDA