基礎研究と知的財産

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概要

 日本は、1980年代に自動車や半導体を中心とするいわゆる「ハイテク製品」の輸出を大幅に伸ばし、自他共に認める技術大国となったと言える。ところが、1990年代に入ると、日本の科学・技術の基盤の脆さが目につき始める。半導体の分野では、高付加価値製品の代表格であるMPUはインテルの事実上の独占を許しているし、強かったはずのメモリでも、韓国の追い上げに苦しんでいる。また、こんにち、技術的に最も成長が期待されている情報通信やバイオテクノロジーの分野では、アメリカの圧倒的な強さを前にして、日本企業は影が薄い。
 こうした日本の苦境は、何に起因しているのだろうか。一言でいえば、現在進行しつつある技術革新が、ソフトに重きを置く情報集約型のものであり、日本が「カンバン方式」やQC運動の名の下に伝統的に培ってきた品質改良重視の技術戦略とは、必ずしも相いれないためである。アメリカでは、80年代の製造業不況の時期にも基礎研究への投資が続けられ、それが結果的に90年代の再生を可能にした。これに対して、日本は、既存の製品を「いかに(HOW)」改良するかに重きをおく余り、今後「何を(WHAT)」作っていくべきかが、十分に見きわめられなかったのである。
 日米の技術戦略の違いは、特に、知的財産権の扱いに如実に現れている。アメリカでは、新しい産業を生み出す基盤技術(generic technology)を手厚く保護するのに対して、日本では、改良特許が高く評価される。このことは、日米での特許紛争に対する判決にも現れている。
 この講義では、こうした観点から、日米の科学・技術力や知的財産権の差異をみていく。内容は、次の通り:
第1章.「ハイテク大国」の実態
○研究開発の流れ(サイエンス・プッシュ型/マーケット・プル型R&D)
○日米の技術格差(特許出願・取得件数、技術貿易収支、分野別技術力比較)
○日本における基礎研究の現状(論文の被引用回数、企業/大学での研究)
○技術者を取り巻く環境
第2章.知的財産を守る
○知的財産権とは何か(知的財産権の分類、特許の目的や実用)
○特許紛争の実例I(光ファイバー特許、基本特許を重視するアメリカ)
○特許紛争の実例II(集積回路特許、改良特許を重視する日本)
第3章.21世紀へ向けて
○知的財産としてのソフトウェア(特許と著作権の適用について)
○「国際規格」を巡る争い(次世代TV/携帯電話など)


©Nobuo YOSHIDA