質問 以前に読んだ量子力学の本に、「爆弾検査問題」というのがありました。量子の「重ね合わせ」を応用し、実際に爆弾を爆発させなくとも不発弾を検出する方法が思考実験として記述されていました。2枚のハーフミラーと2台の検出器A,Bなどを含んだ装置上で爆弾に向け光子を1個づつ発射させ調べるのですが、不発弾の場合、光子は波の干渉によって常に検出器Aを反応させ、正常な爆弾の場合は、爆弾が観測装置として働いて「重ね合わせ」は起こらず、検出器AかBを反応させるというものだったと思います。なんで正常な爆弾が観測装置になるのか、全部の不発弾を発見できるわけじゃないし、実際に爆発するのも何個かあるなあという不明瞭な感じだけが残りましたが、昨年インターネットを覗いていたら、ハーフミラーの枚数などを工夫すると爆発させることは限りなくゼロに近づけられるという説明がありました。この思考実験は実証されているのでしょうか? だとすれば、なぜ正常な爆弾が観測装置となるのでしょうか、光子はどうしてそれを判断するのでしょうか? また、実用化できるのでしょうか。【現代物理】
回答
qa_299.gif  量子力学の議論には、しばしば読む者を混乱させるような言い回しが出てくるので、何を意味しているのか正確に捉える必要があります。「爆弾検査問題」の場合、「爆弾」とは、状態の違い(爆発するかしないか)が巨視的に明らかな対象を大仰に表現したもので、生きているか死んでいるかによって状態が区別できる「シュレディンガーの猫」と同じです。また、「観測装置」とは、デコヒーレンス(脱干渉)によって量子力学的な重ね合わせ状態から混合状態に変化させる装置を意味しており、実際に何かが測定できるか、あるいは、観測を行う人間がいるかどうかは、問題とされません。こうした点を踏まえながら、「爆弾検査問題」とは何かを簡単に説明します。
  1. 爆弾検査問題の元になっているのは、1927年の第5回ソルヴェイ会議で繰り広げられたボーア=アインシュタイン論争の際にアインシュタインが提案した思考実験です。電子や光子を二重スリットに照射する実験を行うと、それぞれのスリットを通過した電子ないし光子の干渉によって後方のスクリーンに明暗の縞模様が生じます。ボーアは、この現象は量子力学的な対象に見られる粒子・波動二重性のうちの波動性の現れであり、この性質が表面化しているようなセットアップのとき、粒子性を示す力学的変数を同時測定することは不可能だと主張しました。これに対して、アインシュタインは、スリットを可動式のものに取り替え、通過後のスリットの動きを調べることで電子・光子がどの向きに曲げられたかがわかるので、どちらのスリットを通過したかという粒子の位置について情報が得られると論じましたが、論争に参加していたパウリとハイゼンベルクが、電子・光子から運動量を受け取ってスリットが動く際に干渉条件が破れて縞模様が消失することを示し、アインシュタインの主張を論駁しました。
     ただし、その後の計算によって、スリットを可動式にすれば常に干渉縞が完全に消失するわけではなく、固定状態からスリットを少しずつ動きやすくし、そこから得られる情報を増していくと、縞模様がだんだんとぼやけていくことが明らかになりました。
  2. アインシュタインが提案した思考実験を、50%ずつの確率で光が透過/反射するハーフミラーを使った実験装置で行うことも可能です(ハーフミラーを使う場合、実験で照射するのは光子に限られます)。
    qa_300.gif

     図の装置で、ミラー1を固定式/可動式のいずれかにすると、1. と同じ議論が成立して干渉が起きたり起きなかったりします。さらに、可動式にした場合、このミラーに光圧が加わったときに爆弾が爆発する(「猫が死ぬ」でもかまいません)ようなセットアップにすることもできます。ここで、ミラー1は、(a)完全に固定されている、または、(b)きわめて敏感で光子1個がぶつかっても起爆装置が作動する−−のどちらかに限られているとします。ここで、(a)の状態を「不発弾」と呼ぶことにすれば、不発弾のときには干渉が起き、(正常な)爆弾のときには起きないという対応関係がつきます。爆弾の存在によって干渉が起きなくなることから、量子力学のジャルゴンを使えば、爆弾が「観測装置」ということになりますが、これは単なる言い回しであって、誰が何を観測するかを気にする必要はありません。
     現実には、干渉は起きるか起きないかの二者択一ではなく、ミラー1の動きやすさ(ないし他の条件)に応じて干渉の強さが連続的に変化しますが、ここでは、2つのどちらかしかないという理想化された実験を想定します。
  3. 経路長とハーフミラーの特性をうまく調整すれば、干渉が起きているときには光が検出器Aの方向にだけ進み(干渉縞の明線に相当)、検出器Bの方向には進まない(干渉縞の暗線に相当)ようなセットアップにすることができます。このとき、不発弾ならば(干渉が起きているので)Aだけで、爆弾ならば(干渉による明暗が生じないので)AとB同じ割合で光子が検出されます。この装置に1個の光子(厳密に言えば、1光子状態が充分に良い近似になるような波束)を照射した場合、出てきた光子がAで検出されれば不発弾か爆弾かは判定できませんが、Bで検出されれば確実に爆弾であることが判定できます。さらに、爆発が起きていれば光子はミラー1で反射される経路を、起きていなければミラー2で反射される経路を通ってきたことがわかります。これが、爆弾検査問題と言われる思考実験です。
     ここで、爆発が起きずにBで光子が検出されたとすると、近づいてもいないのに爆弾だと判定できたことになり、不思議に思えるかもしれませんが、これは、「爆弾か不発弾かどちらかしかない」という厳しい制約を課したためであって、別におかしなことではありません。現実には理想的な実験は困難であり、爆弾のときにも弱い干渉が起きる(あるいは、不発弾のときにも干渉が完全でない)可能性があるため、1個の光子で確実な判定はできません。
  4. 爆弾と不発弾の出現確率がともに50%の場合、(光子がBで検出されて)爆発なしに正常な爆弾だと判定できる確率が12.5%、爆発したので爆弾だとわかる確率が25%、爆発しなかったが(光子がAで検出されて)爆弾か不発弾かわからない確率が62.5%となります。これでは、あまり精度の高い検査とは言えません。そこで、爆発させずに爆弾を選び出す確率を高めるために、偏光面の回転を利用することが提案されています。
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     光の偏光は、2つの成分の重ね合わせとして表されます。最初に入射する光子を水平方向に偏光させておき、偏光面を小さな角度θだけ回転させる回転子Rを通過させると、通過後は、水平偏光の成分に少しだけ垂直偏光の成分がが重ね合わされた状態になります。実験3. のハーフミラーの代わりに、水平偏光の成分を通過させ垂直偏光の成分を反射するスプリッタを使うと、Rを通過したことで生じた垂直偏光の成分だけがミラー1のある経路に入り込みます。
     ミラー1につながっているのが正常な爆弾ならば、1個の光子を照射したときに2つの事態が起こり得ます。1つは、光子がスプリッタで反射されてミラー1のある経路に入り込み、そこで爆発して実験がおシャカになるというものですが、回転の角度θが充分に小さければ、この事態が起きる確率はきわめて低くなります。もう1つは、光子がスプリッタを通過していくというもので、最終的に出てきた光子は(スプリッタを通り抜けたことから)水平に偏光しています。
     一方、ミラー1が固定された不発弾ならば、スプリッタで水平成分と垂直成分が分かれた後に、2つの経路を通った光が再び合流(干渉)し、入射したときと同じく偏光面が水平から角度θだけ回転した光として出てきます。すなわち、爆弾のときは水平偏光のまま、不発弾のときはθだけ偏光面が回転するわけです(ごくわずかな確率で爆発が起きます)。この光を再び同じ装置に入射させると、不発弾のときに限って偏光面がさらにθ回転します。これをN回繰り返した後に偏光状態を調べると、水平偏光のままなら爆弾、偏光面がNθだけ回転していれば不発弾だと判定できます。この方法を使えば、かなり高い(100%まではいかないがそれに近い)確率で、爆発させずに爆弾か不発弾かを見分けられます(たまに爆発が起きますが)。
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 理想的な爆弾検査実験を遂行するのは無理ですが、部分的にそれと近いものを行うことならば可能です。現実の実験では、ミラーに取り付けられた爆弾の代わりに、特定のエネルギー準位にある原子などが用いられます。

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質問 今年のセンター試験で重力による表面波の式が出題されていました。波の速さをv、波長をλ、重力加速度をgとすると、
 v2 = gλ/2π  
になるというものですが、参考書を見るとこの公式だけが出ていて、導く考え方や内容の解説は全くされてません。こういう式があることを覚えておけばいいかなと思っていたのですが、もう少し踏み込んで内容を理解したいと思うようになりました。この公式のわかりやすい説明はありますか?【古典物理】
回答
 この公式をきちんと導くには、大学レベルの流体力学の知識が必要となりますが、センター試験の出題に関する質問なので、ここでは、高校レベルの知識で何とか理解できる程度の解説をしてみましょう。
qa_298.gif  まず、単振動の基本知識をおさらいしておきます。単振動は、変位や速度が三角関数で表される振動で、振幅がA、角振動数がω(振動数をνとすると ω=2πν)のとき、次のような式で表されます(t=0 での位相は省略)。
  変位 A sin ωt
  速度 Aω cos ωt
  加速度 - Aω2 sin ωt = 力/質量
 重力による水の表面波でも、水中の各点が単振動をしていると考えられます。波が伝わる水平方向にx軸、鉛直上向きにz軸を取り、表面に波が立っていないときの水面が z=0 だとしましょう。波の波数をk(波長がλのとき k=2π/λ)とすると、波の伝播に伴う位相の変化を考えて、上の式の ωt は ωt-kx で置き換えられます。また、波の速度vは、 ωt-kx=(一定) という式を立てれば明らかなように、v=ω/k となります。
 ここで、表面波を観察することで得られる知識を利用します。表面波が伝わっているとき、浮かんでいる小さな物体を見ると、上下動だけではなく、進行方向にも振動しており、全体として円を描くような運動をしていることがわかります。こうした円を描く運動は水中でも起きていますが、水深が増すにつれて、円の半径は急激に小さくなっています。そこで、水中での速度の式として、次のようなものを仮定してみます。
  速度のx成分 vx = A f(z)ω sin (ωt - kx)
  速度のz成分 vz = A f(z)ω cos (ωt - kx)
 ここで、f(z)は |z| が大きくなると急激に小さくなる関数で、f(0)=1 とします。f(z) を求めることは高校物理の範囲を超えますが、流体力学の基礎方程式を解くと、f(z)=ekz と求められ、f(z) の勾配は kf(z) で与えられます(*1)
 ここで、水の表面の座標を h(x,t) とします。h は z方向に(近似的に)単振動する動きとなり、その速度は、vz の式で z の値として h を代入したものになります。従って、h を求める方程式は、かなり複雑なものになりますが、h は充分に小さいと見なせるので、f(z) の引数は h ではなくゼロとすることが近似的に許されます(*2)。つまり、h は、vz の式で z=0 と置いたものが単振動の速度の式になるような変位となり、
  h = A sin (ωt - kx)
と表せます
 他の物理量にも、振動の影響が現れます。圧力 p の場合、表面波がなければ、水の密度がρ、重力加速度が g のときの静水圧 -ρgz になりますが、表面波が存在するときには、深くなるにつれて f(z) で減衰するような振動の項が加わるはずです。そこで、圧力 p を次のように表すことにします(*3)(この振動項が速度のz成分をもたらす力になることを考慮して、三角関数は sin にしました)。
  p = -ρgz + B f(z)ω2 sin (ωt - kx)
 B は未知の定数ですが、運動方程式のz成分を使えば求められます。単位質量の水に加わる力は、鉛直方向の圧力勾配(p を z で微分したもの)と重力ρg の和に負号を付けたものなります。上の圧力の式より、この和は、
   -B×{f(z) の勾配}×ω2 sin (ωt - kx)
に等しくなります。これが、速度がvz で与えられる単振動の加速度×質量(=ρ)に等しいのですから、{f(z) の勾配}=kf(z) であることを使って、
  B = ρA/k
となります。水の圧力 p が水の表面 z=h でゼロになるという条件式を立てると、
  0 = -ρgA sin (ωt - kx) + (ρA/k) ω2 sin (ωt - kx)
となります(右辺第2項では f(h)=1 という近似を使いました)。
 これから直ちに、
  ω2 = gk
あるいは、k=2π/λ、v=ω/k を使って書き換えれば、
  v2 = gλ/2π
が得られます。

 なお、センター試験の出題は、
  v2 = gpλq/2π
という関係式を示し、p と q の数値を求めさせるという設問です。これは、v[m/s]、g[m/s2]、λ[m]の次元解析だけで答えられるもので、単位の大切さを知っている受験生を選び出す良質な問題です。
(*1)2つの速度成分の関係(一方が cos のとき他方が sin になること)と f(z) の式は、渦なし条件(rot v = 0)と非圧縮条件条件(div v = 0)から導けます。
(*2) f(h) = 1 + O(h) の O(h) を落とす近似です。
(*3)この式は、非圧縮性流体のオイラー方程式で速度の高次項を省略して積分したものです。

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質問 光子1個を鏡に垂直に打ち放し、光子が反射して戻って来るまでに、光子を垂直に反射できるようにまた鏡を用意します。光子は2枚の鏡の間を光速で往復しますが、鏡を徐々に近づけていき、最終的に完全に重ね合わせたらどうなりますか? 多分どうもならないでしょうけど、単純に言えば、鏡に挟まれているので光速でない光子になるんじゃないかと。でもやはり「微視的な世界では鏡の表面が完全に一致することはあり得ない」とか「光子はビー玉のように物体として存在するものではなく、光子自身が波として打ち消しあって消える」というようになってしまうのですかね? 自分の素直な考えとしては「消える」ことはないと思うのですが…【現代物理】
回答
 別の回答でも述べましたが、光子は1個、2個と数えられるような粒子ではありません。光がいかにも粒子のように振舞うのは、コンプトン散乱や光電効果などごく一部の現象に限られています。質問にあるように、2枚の鏡の間に電磁波を閉じ込める場合、光の粒子性はほとんど表に現れません。鏡の間に電磁波を閉じ込める装置は、空洞共振器として知られており、このときの電磁波は、鏡の面が腹や節となる定常波となります。
 空洞共振器の内径を小さくしていくと、定常波の波長や振幅が変化し、電磁場によるエネルギー密度も変わります。鏡が近づくにつれてエネルギー密度が大きくなり、それとともに、エネルギー密度に比例する放射圧(光が鏡面に及ぼす圧力)も高くなっていきます。したがって、内側に光を閉じ込めた状態で鏡面を完全に密着させることは、力学的に不可能です。また、鏡面が原子サイズにまで接近してくると、鏡の表面で完全に反射されるという条件が満たされなくなり、内側に侵入する電磁波によるエネルギーの散逸も考慮する必要が生じます。

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質問 
(1) ホーキング放射は、事象の地平線付近で対生成によって生じる正・反粒子の一方が地平線の内部に落ち込み、もう一方が外に出て行くことで起きるとされていますが、事象の地平線のすぐ外でも、光速でなければ抜けられないほど重力が大きく作用しているはずです。それならば、外へ抜け出た筈の粒子もすぐに吸い込まれてしまい、理論は成り立たないのではありませんか?
(2) 2月に欧州原子核研究機構(CERN)が加速器LHCを稼働させますが、その実験課題の一つとして、マイクロブラックホールを1秒に1個のペースで作るという話が出ています。研究者は、ホーキング放射によって蒸発するため問題ないと考えているようです。しかし、本当に大丈夫なんでしょうか? たとえ理論上問題なかったとしても、機器の不調や人的ミスもあるでしょうし、成功したときには、より強力な実験が失敗するまで世界中で行われていくと思われます。このような実験はある意味で核実験より危険を孕んでおり、個人的にはやるべきではないと考えています。【現代物理】
回答
(1) ホーキング放射は、あくまで確率計算の結果から導かれたものであり、前提とする理論が正当だとすると、たとえ直観に反していても、必然的に成り立つと見なさなければなりません。
 ホーキングが行った計算は、まず、地平面のすぐ外側で生成される粒子の波動関数を考え、その遠方での漸近的な振舞いをもとに粒子がブラックホールから逃げ出す確率を求めるというものです。いくつかのもっともらしい仮定を起いて計算したところ、この確率がゼロでないという答えを得ました。この結果は、ブラックホールは物質を吸い込むだけであるという直観に反しており、ホーキング自身、にわかに信じられなかったそうです。しかし、量子論と相対論を結びつける理論を前提とすると必然的に導き出されるものなので、承伏せざるを得なかったのです。直観に合致しなくても理論的な必然ならば受け容れる−−これが多くの科学者の基本的な態度です。

(2) LHCでは、全長26.7kmのリング内で加速させた陽子と反陽子を14兆電子ボルトのエネルギーで衝突させる実験が行われます。この実験の主目的は、標準模型における要でありながら未だ発見されていないヒッグス粒子と、超対称性を持つ理論(超××理論)で存在が予想される超対称性粒子の探索ですが、それ以外の余禄として、もしかしたらマイクロブラックホールができるかもしれないというかすかな期待もあります。ちなみに、LHCで発見が期待されるもののオッズ(研究者300人を対象にした調査の結果)で見ると、ヒッグス粒子は2-1、超対称性粒子は5-1、マイクロブラックホール(および余次元の現象)は14-1、何もないが7-1でした。
 マイクロブラックホールがLHCで生成されるには、まず、空間が3次元より高い次元数を持つことが必要です(この時点で物理学者の過半数が眉につばを付けます)。さらに、目に見える3次元以外の空間次元(余次元)での現象は、これまでの実験で発見されていないものの、ほんの少しエネルギーを上げる(つまりLHCで実現されるエネルギー領域になる)と観測可能になることも必要です(これを聞くと大半の物理学者が肩をすくめます)。2番目の条件は、階層性問題という素粒子論の謎を解く鍵になると主張する人もいますが、この問題の解法は他にもいろいろと考案されているので、あまり重視されていないのが現状です。仮にこれらの条件が満たされているとすると、余次元の次元数が2のときその拡がりは最大で0.1mmになり、LHCでは、毎秒1個程度の割合で、質量が陽子の1000倍程度のマイクロブラックホールが生成されることになります。
 それでは、このブラックホールに危険性はないのでしょうか? 大半の物理学者が、そもそもブラックホールなど生成されないと思っているので、はじめから心配していません。仮に生成されたとしても、それは、量子論と相対論を結びつける理論が正当だったことの証となるわけであり、従って、ホーキング放射の予想も当然正しいと考えられます。もし、ホーキング放射が起きずにマイクロブラックホールが成長していくとすると、宇宙には小さなブラックホールがたくさん存在しているはずですが、今のところ、そんなものは見つかっていません。こうしたことから、物理学者は、マイクロブラックホールについて(大半は野次馬として)面白がりこそすれ、全く懸念を持っていないのです。

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質問 「加速度を時間微分したものを『躍度(やくど)』と呼び、これが大きいほど機械や人体への負担が大きくなる」という話を耳にしました。私はこれまで「人体が感じるものは力であり、加速度が慣性力として感じられる」ものだと信じてきましたが、われわれは躍度を直接感じることはできるのでしょうか? それとも、あくまで「加速度(あるいは慣性力)の変化率」として感じることしかできないのでしょうか?【古典物理】
回答
 躍度(英語では jerk )という概念は、物理学者の間でもあまり馴染みがありませんが、制御理論などで注目されているようです。人間(あるいはその他の生物)が実際に躍度を知覚しているかどうかはわかりませんが、そうした機能のある生体センサーを想定することは可能です。例えば、粘性流体の中に異なる抵抗を持つ粒子が入っているというモデルを考えましょう。この粒子は、容器壁にバネでつながれており、加速度に応じて平衡点の位置が変化するものとします。加速度が急に変化した場合、それぞれの粒子は新たな平衡点へと移動しますが、粘性抵抗の違いのせいで平衡点に達するまでの緩和時間に差が生じるので、2つの粒子を弱いバネでつないでおいて伸びの変化を検出すれば、躍度を感知するセンサーになります。現実の生体では、リンパ液や上皮組織などの安定する位置が慣性力によって変化するので、それぞれの位置情報を伝えるシグナルの差を取るような神経ネットワークがあれば、躍度が直接的に感じられるはずです。
 ただし、われわれが躍度を実感しているかどうかは、難しいところです。例えば、停止していた電車が急発進するときにつんのめるような感じがありますが、これは、躍度を実感したと言うよりは、体のバランスが一瞬とれなくなって、大急ぎで筋出力の調整を行っているときの感覚だと思われます。ジェットコースターなどの絶叫マシンの場合、人間は一定の加速度が作用している状態にすぐ順応してしまうので、時折、急加速を行うような設計になっていますが、慣性力が急激に変化するときの生理的な不安感・恐怖感が躍度の感覚に由来するのかどうか、私には判断が付きません。

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質問 プランク長のサイズ以下でも物理法則が破綻していないというのは、物理学者の信仰にもとづくものでしょうか? それとも確固たる事実なのでしょうか? また、破綻しているかもしれないと考えている人はいないのでしょうか?【現代物理】
回答
 プランク長以下の領域で何が起きるかを確言できる物理学者はいません。そもそも、プランク長とは、万有引力定数の平方根を自然単位系(c=h/2π=1 となる単位系)で表したものであり、ミクロの極限で重力がどのような振舞いをするかがわかっていない以上、プランク長の領域で何か特別なことが起きるかどうかもはっきりしていません。プランク長は幻想だという説もあれば、プランク長以下のサイズは物理的に存在しないという考え方もあります(空間が連続的な多様体ではなく相互作用のネットワークによって張られているとすると、拡がりの最小単位があっても不思議ではないのです)。
 何が起きるかは判然としませんが、おそらく大部分の物理学者は、それでも物理法則は破綻しないと考えているはずです。この領域での法則は、方程式で規定されるタイプのものではないでしょうが、その代わりとなる何らかの法則性を見いだせるのではないでしょうか。これは、1つの信念です(信仰と言いたければ言ってもかまいません)。物理学は、まるでデタラメに起きているかのような事象に対しても、大数の法則など統計的な分布法則を発見してきました。物理現象が人間に認識可能なものである限り、物理学者たちは、物理法則の概念を拡張して何らかの理論を構築する試みを止めないでしょう。
 もっとも、ミクロの極限の世界が、全く人間に認識できないものだとしたら、法則を考えることすらできません。それは物理学者にとっての悪夢であり、人間知性の敗北を意味します。

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©Nobuo YOSHIDA