質問 最近、不思議な事があり、自分で調べてもどうも良く分からないのです。それは「水中にできるシャボン玉」です。「米村でんじろう」という方をご存知でしょうか? 私の知りうる限りでは、この方が発見(開発?)されたようです。その内容は、まずビーカに「150mlの水」を用意し、それに家庭用合成洗剤「ママレモン」を3滴たらし、泡立てないようにゆっくり混ぜます(泡立てないことが非常に重要だと聞きました)。次に、ストローを1本用意し、先ほどの液体に一端を水溶液中に沈め、もう一端を手で握ります。握った親指で水溶液中ではない一端を蓋をします。そのまま水面上に持ち上げるとストローに水がはいったままになります。水面より少し上で、親指を離します。水が流れ落ちます。なんと、水中にシャボン玉ができます。この現象、親水基・疎水基を考慮しても、さっぱりで理解できません。【その他】
回答
 この現象については、今回の質問で初めて知りましたが、キーワードを「水中 シャボン玉」としてインターネットで検索すると、多くのページがヒットします。現象自体は、かなり以前から知られていたようです。
 別の回答で解説したように、通常のシャボン玉が安定している理由は、界面活性剤の分子によって膜弾性が生じるからです。膜が薄く引き延ばされるように変形すると、界面の面積が増えて界面活性剤分子の密度が低下するため、これを元に戻そうとする作用が働くというものです。それでは、空気の薄い層で囲まれた水中シャボン玉が球面の状態で安定化するのは、なぜでしょうか。
qa_249.gif  ちょっと考えると、これは、いかにもありそうにない不思議な現象です。通常のシャボン玉の場合、界面活性剤が含まれているのは薄い膜の内側なので、分子数が限られており、変形によって表面積が増えても界面に分子が供給されることがありません。しかし、水中シャボン玉では、空気層の両側は界面活性剤を含む溶液であり、表面積が増えると溶液内部からどんどん分子が現れてくるので、膜弾性が生じないように思われるからです。そこで、改めて水中シャボン玉を作ったという実験の報告を読むと、水に混ぜる洗剤の濃度がきわめて重要であり、条件がわずかに変わるだけで、水中シャボン玉ができなくなると記されています。これから想像するに、濃度が適切な値になるように加える洗剤の量を調整し、さらに、溶液をかき混ぜないといった条件を整えると、活性剤分子の大部分が溶液表面にちょうど良い密度で分布し、溶液内部にはあまり含まれないような状態が実現されるようです。この状態でストローに少量の溶液を取り込み、再び滴下すると、2つの溶液の表面は疎水基が突き出た状態になっているため溶液が混じり合わず、両者の間に薄い空気の層が形成されると考えられます。この層が引き延ばされるような変形をすると、溶液の内部からは活性剤分子がほとんど現れないため、部分的に分子密度が低くなってしまいます。これは、分子の分布が偏ったエントロピーの低い状態なので、自然に元に戻ろうとする作用が働いて、膜の厚さを復元するというわけです。
 この考えが正しいとすれば、水中シャボン玉を作るのにちょうど良い洗剤の量は、水の体積よりも表面積によって決まるはずです。洗剤の量を一定にしておいて、水の量や容器の形を変化させたとき、水中シャボン玉のできやすさがどのように変化するかを調べれば、実験的な検証になるでしょう。

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質問 量子力学で運動量演算子は px=(-ih/2π)∂/∂x のように位置 x の微分演算子で表されますが、エネルギーは E=(+ih/2π)∂/∂t のような時間微分演算子です。前者から後者を演繹できるものなのでしょうか、それとも無関係なのでしょうか? 【現代物理】
回答
 粒子系の量子力学における運動量とエネルギーの表式が似ているのは、偶然ではありませんが、一方から他方が導かれるといった直接的な関係で結ばれているわけではありません。
 粒子の運動量pが位置xの微分の形で表されるのは、粒子の生成・消滅のない非相対論的な量子力学の場合です。粒子が複数ある場合、運動量p と位置x は、個々の粒子ごとに与えられる個別的な量であり、粒子がn個あるときには、n組の運動量pi とxi を考える必要があります。これに対して、時間t は、全ての粒子に共通している座標です。この点を見ても、(非相対論的な)量子力学が、空間と時間を統一した4次元時空における現象を扱う相対論とは、かなり異なっていることがわかるでしょう。粒子の位置x と時間t を統一的に扱うような理論の枠組みは存在せず、x の微分として運動量p が表されるからと言って、エネルギー(正確に言えばエネルギーを固有値とするハミルトニアン)が時間の微分になることが導けるわけではありません。
 実は、相対論的な量子力学である場の量子論において、エネルギーと運動量を結びつける本来の関係式が存在しているのです。この理論では、座標全体をわずかにずらす演算子を考えることができます。時間方向に座標をずらす演算子がハミルトニアンH であり、この条件を式で表すと、
  H = (+ih/2π)∂/∂t
となります。全エネルギーが一定値を取る場合は、系の波動関数は、このハミルトニアンの固有状態となり、固有値がエネルギーの大きさとなります。非量子論的な相対論力学では、系の全エネルギーは4次元ベクトルPμ(μ=0〜3)の第0成分、全運動量はPμの第1〜3成分となっています。量子化するとPμ は演算子になりますが、それでも、4元ベクトルは一定の変換則に従うという相対論の要請は満たさなければなりません。Pμ の第0成分(ハミルトニアン)が時間微分になるということは、Pμ の他の成分も座標の微分で表されることを意味します。したがって、次の関係式が成り立ちます。
  Pμ = (-ih/2π)∂μ
μは、μ=1〜3 のときは空間座標x,y,z による微分、μ=0 のときは、時間t による微分の符号を変えたものです(時間の符号が逆になるのは、相対論で時間と空間が“直交”していることを示しています)。ここで重要なのは、∂μ が時間や空間の「座標」による微分であり、「位置」の微分ではないことです。位置は、個々の粒子が持つ物理量ですが、座標は、系全体を記述するための枠組みで、同じものではありません。
 それでは、非相対論的な量子力学における位置と運動量の関係は、どこから出てくるのでしょうか。ごく大ざっぱに言えば、非相対論的な量子力学とは、場の量子論の近似的な理論であり、座標x 付近の場が1粒子に対応する励起状態になっていることを、「位置x に粒子がある」と表現しているのです。もともとの場の量子論では、空間座標全体をずらす演算子として全運動量Pμ (μ=1〜3)を定義していますが、非相対論的な量子力学の範囲では、粒子を独立した存在として扱っているので、個々の粒子の位置をずらす演算子を考えることが可能になります。これが、粒子の持つ運動量p であり、場の量子論の定義を反映して、位置の微分として表すことができます。
 形が似ているとは言っても、個々の粒子が持つ物理量である位置・運動量と、系全体の性質を表す時間・エネルギーは、はっきりと区別して考えなければなりません。例えば、位置と運動量の間には、ハイゼンベルグの不確定性関係
  Δx・Δp≧h/4π
が成り立ちますが、時間とエネルギーの間に、これと同等の不確定性関係はありません。共鳴状態のエネルギー幅ΔE と寿命τのなどの間に似たような不等式は成り立つものの、物理的な解釈は、位置・運動量の不確定性関係とは大きく異なっています。

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質問 位相共役鏡について教えてください。【現代物理】
回答
 位相共役鏡とは、プローブ光を入力すると位相共役光を発生する装置のことです(単純な鏡ではありません)。
 位相共役光とは、プローブ光に対して、式の上で位相共役になっているような光のことです。例えば、+z軸方向に伝播するプローブ光の電場成分が、次の式で表されるものとします(太字はベクトル):
qa_248.gif   Ep = Re{A(x,y) exp(i(ωt-kz))}
これを位相共役鏡に入射したときに得られる-z方向に伝播する“反射波”が、
  Ec = Re{A*(x,y) exp(i(ωt+kz)) } (“*”は複素共役を表す)
と表されるならば、EcEpの位相共役波であると言います。式の形から直ちにわかるように、
  Ec(r,t) = Ep(r,-t)
となっており、位相共役波は、元の波の時間を反転した波だとも言えます。
 時間的な変化を表す exp(iωt) の部分を別にすれば、位相共役波は、元の波に対して、位相の符号が逆になっています。この性質は、光学機器で位相を補正する上で、たいへん役に立つものです。
 図(動画)のように、光が透明な物体を透過した後、鏡に反射して元に戻ってくる場合を考えます。透明体の中では屈折率に応じて位相速度が遅くなるため、透過した部分の位相が遅れて波面がゆがみます。これを、通常の鏡で反射させて同じ経路を逆行させると、再び透明体を通過する際に位相がさらに遅れて、ゆがみがひどくなってしまいます。しかし、位相共役鏡で反射させた場合には、位相の遅れていた部分が逆に位相の進んだ波となり、再び透明体を通過することによって、位相の変化がちょうど打ち消されて元の波形に戻ります。
 この仕組みは、多モード光ファイバで光学像を伝送する際に利用できます。ファイバ内ではモードごとに位相速度が異なるため、どうしても像がゆがんできますが、途中で位相共役鏡に反射させ、再び同一特性の光ファイバを通過させると、像のゆがみが補正されます。
 位相共役鏡を製作するには、非線形媒質を利用したかなり複雑な装置が必要になります。いくつかの方式がありますが、代表的なものは、「光誘起屈折率結晶」に、プローブ光Epの他に2種類の光EfEbを入力し、EpEfの干渉によって媒質内部の原子核分布を変化させて回折格子を作り出し、これを使ってEbをブラッグ反射させ、Epと逆向きに伝播する位相共役光Ecを発生させるというやり方です。
 位相共役鏡の具体的な構造に関しては、この分野の専門書をお読みください。
【参考文献】左貝潤一著『位相共役光学』(朝倉書店)

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質問 ブラックホールについての質問です。体の一部が事象の地平面を越えたら、その越えた部分が特異点に向かって引き伸ばされると聞きました。そこで、もし瞬間移動が可能で事象の地平面内に無傷で進入できた場合はどうなってしまうのですか? やはり、引き伸ばされてしまうのですか? それとも、瞬間移動は不可能なので答えは出ませんか?【古典物理】
回答
 「事象の地平面を越えた部分が引き伸ばされる」というのは誤りです。実際には、ブラックホールの中心部にある特異点に近づくと、体の各部分に加わる重力の大きさに差が生じ、中心に近い部分ほど強い重力で引っ張られるため、体が引き伸ばされてしまうのです。各地点の重力の差によって生じる力を、潮汐力と呼びます。事象の地平面付近では、重力はかなり強いものの、宇宙船で近づいていく場合は、この重力に引っ張られて自由落下に近い状態で進んでいくため、ちょうど地球軌道を周回するスペースシャトル内部で無重量状態になるのと同じように、内部の乗組員に重力は感じられません。宇宙船内部で感じられるのは、重力ではなく潮汐力ですが、事象の地平面付近の潮汐力は、ブラックホールの質量が大きいほど弱くなります(大ざっぱに言って、ブラックホールの質量がn倍になると、潮汐力はn2分の1になります)。銀河系の中心にあるような超巨大ブラックホールの場合、事象の地平面付近では、潮汐力はほとんど感じられないほど微弱になります。
 宇宙船で巨大ブラックホールの事象の地平面を通過したとしても、乗組員には、何かが起きたという実感はないでしょう。ただし、外部から観測している人には、宇宙船がゆっくりと掻き消されていくように見えるはずです(ゆっくり消えるのは、事象の地平面のすぐ外側で発した光が、ブラックホールの重力に引っ張られて、なかなか離れられないためです)。もちろん、ひとたび事象の地平面の内側に入ってしまうと、そこから脱出することは決してできません。自由落下している限り重力自体はあまり感じられないものの、特異点に向かって引っ張り込まれるために、確実に潮汐力が増大していき、やがては体が引きちぎられてしまいます。
 最近、ブラックホールに落ちた宇宙飛行士の苦しみを和らげるためのアイデアが、物理学者によって提出されました(日経サイエンス、2004年1月号トピックス)。中心に足を向けて落下していくと、つま先の方が急激に引っ張られて、両脇腹がくっつくまで体が引き伸ばされ、スパゲティ状態になってしまいますが、この間の時間は約0.1秒なので、激しい痛みを感じる可能性があります。そこで、ゴットとフリードマンが提案したのが、腰の周りに巨大な輪をまとうという方法です。こうすれば、この輪の重力が足に作用する力を弱め、頭に作用する力を強めるため、体のスパゲティ化が始まる時間が0.1秒遅くなり、体が引きちぎられるのに要する時間は1/26に短縮するので、「何が起きたかわからないうちに死ねる」そうです。ただし、この輪は、1京トンを超える小惑星並の質量がなければならないとか。物理学者とは、実にバカバカしいことを大まじめに考える人種です。

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質問 避雷針のように尖ったところに雷が落ちやすいのはなぜですか?【古典物理】
回答
qa_247.gif  落雷とは、負に帯電した雷雲の底部から地面に向けて電子が移動する現象です(稀に、地面から雲に向かって電子が移動することもあります)。このとき、まず、雲から地面に向かって、先駆放電と呼ばれる小規模の放電が、20〜50メートルずつ断続的に(約5マイクロ秒放電してから約50マイクロ秒行き先を探すというようにして)伸びていきます。稲妻がジグザグの形になるのは、このためです。先駆放電が地表付近に到達すると、こんどは、プラズマ化している先駆放電路を通って強い主雷撃(帰還雷撃)が流れます。避雷針は、地面に到達する最終段階で先駆放電を誘導し、他の建物や人間に落雷するのを防ぐためのものです。
 接地されている導体は、電位が等しくなります。地表と雲の間の等電位面を描くとわかるように、より高く突き出した導体の周囲では、等電位面の間隔が狭く、電気力線が集中します(このとき、突端部には正電荷が集まっています)。この結果、突端部の周りでは電荷に作用する力がより大きくなるため、数十メートル先まで先駆放電が近づいたときに、この力によって避雷針の方向に絶縁破壊が生じます。避雷針は、必ずしも突針である必要はなく、建物の屋上に水平に張られた導線であっても、同様の効果があります。

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質問 正月の特番で「この世で最も高価な物は何?」という質問の答えは、カリホルニウム252でした(100g 7兆円?とか)。作るのが難しいから高価になると言ってましたが、そんな高いものを作って何に使用するのでしょうか? 作り方も教えてください。【その他】
回答
 カリホルニウム(californium)とは、原子番号98の超ウラン元素(原子番号がウランの92を超える元素)で、自然界には存在しない物質です。1950年にシーボーグらによって発見されました。密度15.1g/cm3、融点900℃の金属だということはわかっていますが、多くの化学的・物理的性質は不明です。カリホルニウムには数種類の同位体がありますが、主に利用されているのは、質問にもあるカリホルニウム252です。この同位体は、高い頻度で自発核分裂し、その際に平均3.8個の中性子を出すので、1マイクログラムでも1分間に1億7千万個の中性子を放出する高レベルの中性子源となります。これをカプセルに封入したものは、原子炉における核分裂のトリガー、中性子励起法を利用した元素の同定、地層中の水や油層の探索(中性子が水素原子によって散乱されやすいことを利用)、医学診断と治療などに利用されます。
 カリホルニウム252は、原子炉内でウランが中性子捕獲と放射性崩壊を繰り返す過程で生成されます。強い放射能を持つ危険な物質なので、一般人が購入することはできませんが、オークリッジ国立研究所などで生産されたものが、研究所や企業向けに販売されています。価格に関しては、販売カタログなどが入手できなかったので、はっきりしたことはわかりません(インターネットのいろいろなサイトを調べたところ、マチマチの価格が紹介されていました)。比較的信用できるデータ(原子力百科事典ATOMICA)によると、中性子を1秒間に106個放出する装置の価格が30数万円となっているので、カリホルニウム252の1マイクログラム当たり約10万円、100グラムで10兆円となります(これには、カリホルニウムの原価に加工・流通コストが上乗せされています)。異常に高価な物質ということになりますが、利用する際には、マイクログラム単位でパッケージにしたものを使うので、バカ高いというわけではなく、他の中性子源と比べてもお手頃な価格と言えます。

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質問 エネルギー問題を考える際にあまり議論されていない項目に、エネルギーの質の問題があります。20年くらい前でしょうか、ソフトエネルギー・パスという本がはやったことがあります。私が覚えているのは、低質のエネルギーですむものには、質の低いエネルギーで済ませて、質の高いエネルギー源はそれが必要な所だけに使おうという主張でした。この点をどのようにお考えでしょうか?【技術論】
回答
 「ソフトエネルギー・パス」は、アメリカの環境学者ロビンスが提唱したもので、主に電力の供給に関して展開された議論です。従来、大規模な火力・原子力発電所によって大量に電力を生産し、これを高圧送電線を介して消費地である都市部に供給するという方法が政策的に推進されてきたのに対して、今後は、「ソフトエネルギー」を中心にすべきであるといった内容でした。ここで、「ソフト」とは、「再生可能・分散的・相対的にローテク・穏やか(エネルギー密度が低い)」などの意味合いで用いられており、太陽・風力・水力・バイオマスなどの自然エネルギーが想定されていました。
 特にロビンスが強調したのは、最終需要のエネルギーの質に見合ったエネルギーを供給すべきだということです。火力発電所の場合、発生するエネルギーの37%程度が電気的エネルギーとして供給され、残りは発電所からの排熱および送電ロスとして失われています。しかし、消費者に供給された電力のかなりの部分が、暖房・給湯などの目的で再び熱に変換されて利用されており、電気という質の高いエネルギーを使うのは、いかにももったいないやり方です。100℃以下の熱を利用する場合は、消費地の近くで作られる熱エネルギーをそのまま供給する方が無駄がないと考えられます。大規模な発電所は、事故や環境汚染の危険性があるため大都市近郊に建設することが難しいので、小規模な発電システムによる熱電併給(コジェネレーション)や太陽熱の利用を進める必要があります。また、産業分野では、高温になるプラントからの廃熱を低温のプラントで利用するような熱の段階的利用も有効です。
 ロビンスが著書を執筆した1970年代には、効率的な熱電併給を実現するための技術が整っていませんでしたが、その後、急速に技術開発が進められました。特に、デンマークでは、熱電併給でない火力発電所の建設が制限されているほか、地域暖房の半分以上がこのシステムでまかなわれています。日本での導入実績はヨーロッパの環境先進国に比べるとまだわずかですが、技術改良によるコストダウンに伴って、産業用・民生用の小型熱電併給システムを利用するケースが確実に増えています。
 「利用される質に見合ったエネルギーを供給する」というロビンスの主張は、理念としては真っ当なものです。ただし、それを実現するためには、技術の裏付けがなければなりません。例えば、今年から一般向けのリースが開始される家庭用燃料電池は、熱電併給を行うことによってエネルギーの利用効率こそ70%を越える数値を達成したものの、技術的にまだ未熟な面があり、肝心の燃料電池の寿命が数年程度と見られています。これでは、メンテナンスや部品交換の手間を考えると、決して魅力的な製品とは言えません(しかも、リース代が光熱費の節減額を上回ります)。さまざまなバイオマスも熱電併給を含む効率的なエネルギー供給に利用可能だと言われていますが、施設の建設・運営の環境負荷と産出されるエネルギー量を見比べると、必ずしも「環境に優しい」とは言えません。技術の改良とそれを後押しする政策がうまくかみ合って、初めてロビンスの理想論が実現できると考えられます。

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質問 インジウムという元素は、半導体や最新のエレクトロニクスの場面でよく利用されているようですが、この元素の約96%が天然放射性同位体である115Inです。半減期は非常に長いものの、ほぼ全量に近い割合で放射性同位体が含まれているようなものを実用品として使うのは難があると思います。時が経つに連れどんどんβ壊変してスズに変わってしまい、予定している性能が得られなくなるはずですが。それとも、この性質がハイテク領域に一役買っているのでしょうか。【技術論】
回答
 質問にあるように、自然界に存在するインジウムは、4.3%が安定な113In、95.7%が放射性同位体の115In です。115In は、半減期4.41×1014年=1.4×1022秒 で115Sn に崩壊します。
 確かに、インジウムの大部分は放射性崩壊する物質ですが、半減期がきわめて長いため、その影響は限られています。放射能濃度(1gの物質中で1秒間に崩壊する原子核数)は 0.36[Bq/g] 程度で、労働安全衛生法の電離放射線障害防止規則における放射性物質の範疇にも入りません(放射能濃度74[Bq/g]以上が要件です)。インジウムは、はんだなどの低融点合金として、あるいは、金属反射鏡のコーティング材として利用されることもありますが、10年間経ってもインジウム原子が40兆個に1個の割合でスズに置き換わっているだけなので、材質としては全く問題ありません。
 それでは、高純度が求められる半導体の場合は、どうでしょうか。一般に、半導体におけるドーピング濃度は、1015〜1019[cm-3] 程度なので、年単位で使用すれば、半導体チップに含まれるインジウム原子の一部は確実にスズに変わっていると考えられます。しかし、現在のエレクトロニクスでは、さずがに、そこまでの精度は要求されていないようです。シリコン半導体の場合、イレブン・ナイン(99.999999999%)の純度が要求されていますが、β崩壊で生じる不純物の割合はそれよりも遥かに少ないため、その影響を無視してもかまわないと思われます。ただし、将来、微細化技術がさらに進み、原子1個1個の挙動が重要になった場合には、放射性同位体による材質の劣化を真剣に考える必要があるかもしれません。
 なお、人工的に作られた放射性インジウムは、医療分野で利用されています。例えば、半減期2.81日でγ崩壊する111In は、塩化インジウムの形で患者に投与し、どこに移動するかを調べるのに用いられます。

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©Nobuo YOSHIDA