質問 中性の水がpH 7であること、つまり、水素イオンの濃度が10-7であることに、何か物理的な意味があるのでしょうか。これは、例えば、有機液体の導電性が宇宙線による電離で変わるという話と関連はないのでしょうか。また、温度の影響はどうでしょうか。【古典物理】
回答
 水のpHは、次の反応の平衡条件によって決まります。
  H2O(liq) <--> H+(aq) + OH-(aq)
(正確に言えば、ヒドロニウム・イオンH3O+と書くべきですが、簡単のためH+としておきます)
右向きの矢印で表される水分子の自己イオン化は吸熱反応であり、右辺の方が高いエネルギーを持っています。陽子を基準とする自由エネルギーの値(T=298K)は、
  ΔG(H2O) = -237.2[kJ/mol]
  ΔGaq(OH-) = -157.3[kJ/mol]
  ΔG(H+) = 0
なので、イオン化におけるエネルギーの変化は、
  ΔG = 79.9[kJ/mol]
と求められます。この値が熱エネルギー(常温で1モル当たり RT〜2.5[kJ])に比べて圧倒的に大きい場合には、熱ゆらぎによってイオン化が起きることはないため、宇宙線などの寄与も考慮しなければならないのでしょうが、たかだか30倍程度でしかないので、熱的なゆらぎの効果だけを考えれば充分です(水のpHに対する宇宙線の効果は無視できます)。自己イオン化係数をKとすると、化学平衡に関する公式より、
  ln K = - ΔG/RT = -32.2
  ∴ K = CH+ COH- = 1.00×10-14
水素イオン濃度は、
  CH+ = 10-7[/mol]
となるので、常温での水のpHは7.00 となることがわかります
 水のイオン化は熱エネルギーが与えられると進行するので、高温になるほど水素イオン濃度が上がる、すなわち、pHが低下します。純水のpHと温度の関係は、下表のようになっています。
温度0℃10℃20℃25℃30℃
pH7.477.277.087.006.92

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質問 定圧比熱はなぜ定積比熱よりも大きくなるのですか?【古典物理】
回答
 定圧比熱Cp が定積比熱Cv よりも大きいことは、統計力学の一般的な定理として証明することができます。
 理想気体の場合、この不等式は簡単に理解できます。シリンダーに1モルの理想気体を封入して加熱することを考えると、熱力学第1法則から明らかなように、圧力を一定に保ったまま1度上昇させるのに必要な熱量は、体積を一定に保ったままのときに比べて、ピストンを外に押し出すときにする仕事pδV の分だけ大きくなります。1モル理想気体の状態方程式 pV=RT を使えば、定圧過程で1度上昇させるときには pδV=R となるので、2つのモル比熱の差は、
  Cp - Cv = R
となります。
 固体や液体を含む一般的なケースでの証明には、統計力学おける熱力学的諸量の定義と偏微分の初等的な公式についての知識が必要になります。ここでは、式変形の概要だけ書いておきますので、詳しくは、統計力学の教科書(例えば、ランダウ=リフシッツ『統計物理学』(岩波書店)§16)で勉強してください。
  qa_188.gif
定圧膨張率βと等温圧縮率κを使って書き直せば、次のようになります。
  qa_189.gif
最後の式は、ネルンスト=リンデマンの公式と呼ばれることもあります。
 気体の振舞いを一般化しようとすると、定圧比熱が定積比熱より大きいのは、物質が熱膨張するからだと思ってしまいがちです。しかし、これは正しくありません。例えば、液体の水は、0℃〜4℃の間で(分子間隔の増大よりも近接分子数の増加の効果が上回って)熱を加えると収縮することが知られています。しかし、上の公式で膨張率は2乗の形で現れることからわかるように、加熱によって収縮する物質でも、定圧比熱は定積比熱より大きくなります(圧力を加えると物質は必ず圧縮されるので、等温圧縮率は常に正になります)。
 もっとも、液体や固体で実験的に定積比熱を測定することは、きわめて困難です。常温では、定積比熱と定圧比熱の間に数%程度の差があるので両者をきちんと区別するのが好ましいのですが、通常の文献には、定圧比熱の値しか載せられていません。

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質問 応力の定義とは何ですか?【古典物理】
回答
 応力とは、一般的には、巨視的な理論において、固体の内部で相互に作用する近接力のうち、平衡状態からの変位に応じて発生するものを指しています。と言っても、少しわかりにくいかもしれません。こうした“わかりにくさ”が生じるのは、「巨視的な理論」が、固体の構成粒子間に作用する量子論的な力を正しく評価していないからです。
 例えば、2つの原子層を一定距離に保つためには、両者の間にある相互作用が働いていなければなりませんが、巨視的な理論で、その大きさを評価することはできません。原子層の間に小さな切れ目を入れて、それぞれの部分から相手に及ぼす力を考えようとしても、切れ目を入れた瞬間に電子分布が変化して、相互作用が変わってしまうからです。そこで、固体が熱平衡状態にある場合は応力ゼロの基準状態とし、そこからのずれを積分で均して応力を定義するのが一般的です。この考え方は、固体が結晶の配列を乱さずに弾性変形すると仮定するならば、自然なものです。厳密に言うと、固体は完全な熱平衡状態にはなく、内部にはしばしば巨大な格子欠陥(結晶が整然と並んでいない部分)があるため、それに起因する相互作用をどこまで取り込むべきかという曖昧さが残りますが、多くの実用的なケースでは、こうした不定要素は無視することが許されます。
qa_190.gif  固体内部の微小な面素dsj(添字は、この面に対する法線方向のベクトルであることを表します)を考えましょう。この面を挟んで相互に作用しあう応力には、面に垂直な法線応力(圧力または張力)と、平行な接線応力(ずれ応力、剪断応力)があります。これらをまとめてFkと書くことにすると、dsjとFkは必ずしも同じ向きにはならないので、単位面積あたりの応力は、2つの添字を持つ2階のテンソルσkjで表されることになります。すなわち、
  Fk = σkjdsj (繰り返された添字については和をとるものとします)
σkjは応力テンソルと呼ばれ、弾性理論で単に「応力」と言えば、このテンソルを指します。
 ちなみに、応力は英語でstressと言います。精神医学で使われるストレスという用語は、工学的な発想を精神の分野に移植したもので、外部からの刺激(ストレッサ)に対して精神内部に生じる平静な状態からのズレを意味しています。

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質問 なぜ地球の中心核の主成分は鉄なのですか?【その他】
回答
 宇宙に存在する物質のうち、ヘリウム(およびリチウムなどの軽い元素の一部)はビッグバンの瞬間に生成されましたが、それ以外の大部分は、恒星内部での核融合によって作り出されています。温度・圧力などの制約のため、恒星で生成できる最も重い元素は鉄であり、恒星が年を取ると、その内部にはしだいに鉄がたまってきます。こうしてできた鉄が最後に超新星爆発によって放出されるので、宇宙空間には、リンより重い元素の中で鉄が最も多量に存在しています(元素の宇宙存在度に関しては、別の回答をご覧ください)
 原始太陽系において、こうした物質が凝集して微惑星となり、さらにこれらが合体して惑星を形成します。当初は衝突の際に放出されるエネルギーによって溶融状態となりますが、内部で核融合を起こせず、熱源が放射性崩壊のエネルギーしかない惑星は、しだいに冷え固まっていきます。この過程で、密度の違いによる分離が起こり、鉄やニッケルなどの重い物質が中心部に沈み込み、その外側には酸化ケイ素を主成分とする岩石の層が、さらに最外殻には水素などの軽い物質の層ができあがるのです。これが惑星の基本的な構造となります。惑星の中心核に鉄が多いのは、重い元素の中ではもともと最も多量にある物質だからです。ついでに言えば、太陽に近い水星〜火星までの惑星は、太陽風によって外側の流体が吹き飛ばされてしまうため、岩石層がむき出しの「地球型惑星」になります。

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質問 電場や磁場は空間の何がどう変化するのですか? もしくは空間自体がどう変化するのですか?【古典物理】
回答
 古典物理学の範囲では、空間「の中」に電場E(x)や磁場B(x)といった相互作用を媒介する“場”が存在し、その変化が電磁気的な現象を引き起こすと見なされています。しかし、“場”とはそもそも何なのか、この段階では答えられません。19世紀には、場の代わりに、エーテルという特殊な物質が空間を満たし、その歪みや渦が電磁気的な現象を引き起こしていると考えられていましたが、研究を重ねるにつれて、電磁気現象を媒介する“何か”──取りあえず、電磁場と呼んでおきます──には、物質的な性質がほとんどないことが明らかになってきました。何よりも、電磁場のない空間を想定することができないという著しい特徴があります。電磁気的な現象が起きていない空間には、電磁場が存在しないのではなく、E(x)=0 、B(x)=0 という強度ゼロの場が存在しているのです。実際、物質が何もない真空中でも光は伝わりますが、光は電磁場の振動ですから、光が伝わる以上、もともと電磁場が存在していたはずです。光すら通さない真の“虚空”は、物理学的にはあり得ません。
 現代物理学は、19世紀までの科学者が予見できなかったような場と空間の深い関わり合いを明らかにしてきました。まず、一般相対論によると、かつては単なる“入れ物”と考えられてきた空間も、重力場という一種の“場”であることが判明しています。また、素粒子論では、物質を構成する粒子も(電子場・クォーク場など)物質場の特殊な状態であると見なされます。しかも、ある地点には、重力場・物質場・電磁場などが全てセットで与えられており、例えば、電子場の欠けた(すなわち、電子はどうしても入り込めないような)場所はないと考えられています。とすると、電磁場や物質場は、空間「の中」に存在するのではなく、何らかの形で重力場と結びつけられて、空間と一体化していると推測するのが自然です。
 電磁場と重力場を結びつける初期の試みとしては、カルツァ=クラインの理論が有名です。この理論では、空間には、縦・横・高さの3次元の他にもう1次元あり、この余分な次元における重力場が電磁場として振舞うとされます。カルツァ=クライン理論にはいろいろな欠点があり、そのままでは現実的でありませんが、最近の超ひも理論などでは、この考えを発展させて、空間次元が3次元よりも大きいという前提の下で、重力場や電磁場、物質場などを統一しようという試みが模索されています。あらゆる“場”が統一された暁には、空間の拡がりは、実は、統一的な場が作り出していることになります。もっとも、現時点では、まだ統一理論は完成しておらず、場と空間の関係は曖昧なままに残されています。

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質問 スティーブン・ホーキングの写真に2つのブラックホールがつながっている図がありましたが、これは何でしょうか。ブラックホールに入っても出ることができるということなのでしょうか。【現代物理】
回答
qa_012.gif  その図は、おそらく「アインシュタイン=ローゼンの橋」と呼ばれるワームホールの一種を描いたものでしょう。1930年代に、アインシュタインとローゼンは、一般相対論の運動方程式には、2つのシュヴァルツシルト・ブラックホール(回転していない電気的に中性のブラックホール)をつなぐ時空の解が存在することを見いだしました。この解は、宇宙の異なる地点を結びつけるものであり、SFに登場する“ワープ航法”を可能にすると考える人もいました。しかし、その後の研究は、通路としてのワームホールの利用が限りなく困難であることを示しています。
 何よりも、こうしたワームホールは、巨大な重力で即座に潰れ、2つのブラックホールは連結部を失ってしまいます。理論的には、負の質量を持つような特殊な物質が存在すれば、それを支えにしてワームホールの崩壊をくい止めることもできるはずですが、そうした物質が存在する可能性はほとんどありません。
 さらに、通常のワームホールは、両端がブラックホールなので、一方の端に進入しても他方から飛び出すことは困難です。理論的には、ブラックホールと“ホワイト”ホール(ブラックホールの時間を逆転した解で、物質を飲み込むかわりに吹き出している)をつなぐワームホールも可能ですが、ビッグバンに始まって一方向的に進化してきた宇宙では、形成されるべくもないでしょう。シュヴァルツシルト解以外のブラックホールをつなぐワームホールも、“ワープ”には使えそうもありません。

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質問 リングや筒状の物体が温度上昇した場合の形状変化について、肉厚・長さ・温度分布などの条件により異なると思いますが、一様にΔt℃上昇したパイプの直径の計算式を教えてください。【技術論】
回答
 通常の物体の場合、温度分布が一様でなかったり、膨張率の異なる素材が組み合わされたりしているために、一般に、熱膨張によって不均等なひずみや内部応力が発生します。しかし、単一素材から成る物体が完全な一様性を保ったまま膨張する場合は、原子間隔が一定の割合で増加するだけなので、物体全体のスケール(縮尺)を変換したのと同じことになります(下図)。従って、長さの単位を持つ量は、線膨張率をαとしたとき、全てαΔtの割合で増加すると考えればよいでしょう。
qa_187.gif
 ただし、パイプのような物体では、高温の流体を内部に流すといった状況が考えられるので、温度の内外差を無視できないケースが多くなるはずです。

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質問 完全導体でできた平行平板コンデンサーに直流電圧をかけた静電界はその電極間だけステップ関数で電界が変化するので電極の位置で電界は微分できません。この静電界はマクスウェルの方程式を満たすのか疑問があります。【古典物理】
回答
 マクスウェル方程式は電磁気学の基礎方程式として確立されたものですが、実は、数学的に完全ではありません。もし点電荷が存在するならば、電荷に近づく極限で電場は無限大になって場のエネルギーは発散してしまいますし、電荷が連続的に分布しているならば、ある電荷が自分をソースとする電場から作用を受けない(自己加速されない)ことを保証するのが難しくなります。こうした問題を議論するには、厳密には、電荷を持つ素粒子の量子論的な性質にまで言及しなければならないのですが、実用上は、マクスウェル方程式を微小な領域で積分した形に修正すれば充分です。実際、領域内部の電荷は外部の電荷が作る場からしか作用を受けないと仮定すれば、自己加速は起きませんし、場のエネルギーを計算するときも、領域内の電荷が作る場とそれ以外の場を区別しておけば、無限大に悩まされることもありません。
 もっとも、積分形に修正したマクスウェル方程式は、あまり使い勝手が良くありません。そこで、積分した微小領域を形式的に無限小にして、見かけ上は微分演算と同等になる方法が考案されました。これは、超関数と呼ばれる特殊な関数を使うものです。最も有名な超関数は、物理学者のディラックが考案したδ関数で、
qa_186.gif   xが 0以外のとき、δ(x) = 0
  積分領域が x=0 を含むとき、∫dxδ(x) = 1
という性質を満たしています。δ(x)の値は x=0 では定義されておらず、積分値だけが与えられているので、通常の関数ではありませんが、イメージとしては、x=0 に鋭いピークを持つパルス状の関数を思い浮かべれば良いでしょう。δ関数をはじめとする超関数に関しても、形式的に微積分を考えることができます。-∞からxまでδ(x)を積分すると、x<0ならば積分値は0、x>0ならば1になるので、δ(x)の不定積分はステップ関数θ(x)であり、逆に、ステップ関数の微分がδ関数になります。
 平行平板コンデンサーの場合、コンデンサー内部にできるステップ関数状の電界を微分すると、面に垂直な軸方向にδ関数で表される面電荷の分布が得られます。このように、超関数を使うことを許せば、場の量が不連続であっても、微分形のマクスウェル方程式を満たすことが可能になります。
 本当のことを言えば、平行平板コンデンサーの電界は、金属製の極板近傍でかなり複雑な振舞いを示しています。金属の自由電子は、ほんのわずかに表面から飛び出していますし、金属結晶の原子核近くになると、原子内電磁場が圧倒的に強くなります。ステップ関数で表される電界は、こうした複雑な振舞いを積分によって均してしまった近似的な表式にすぎません。しかし、これほど粗い近似であっても、超関数が使えるように拡張したマクスウェル方程式を適用すれば、この電界強度を微分することによって、極板表面に電荷が集まっているという状況を近似的に再現することが可能になるのです。

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質問 地球の中心温度はどのようにして測るのですか?【その他】
回答
 マントルや核の温度を直接測定する方法はありません。間接的な測定データと理論を組み合わせて推測しています。
 地球の内部から放出される熱量は、海水温がほぼ一定の深海の底に温度計を突き刺し、海底表面から深さ数メートルまでの間の温度勾配を測定すれば、熱伝導率を使った温度勾配と熱流量の関係式より求めることが可能です。上部マントルに関しては、こうした熱流量の測定値と、地震学から得られる物質状態のデータを組み合わせて、かなり信頼できる温度分布の推測値が得られています。しかし、下部マントルや内外核になると、シミュレーションに用いるモデルに不確定要素が多くなり、必ずしも確実な値は得られていません。
 地震波の観測データより、地球の内核は固体、外核は液体であることが判明しています。地球物理学の知見より、マントルや核での圧力分布はほぼ判明しているので、その圧力の下での融点がわかれば、温度も推測できるはずです。高圧下での溶融実験は技術的にかなり難しく、限られたサンプルでしか行われていませんが、それによると、鉄の融点は、内核−マントル境界付近の圧力の下では4000K、外核−内核境界付近では6000Kになります。したがって、核が鉄のみから構成されているならば、外核は4000K〜6000K、内核は境界層付近で6000K程度のはずです。実際には、軽元素が多量に含まれているので、融点はこれよりかなり低い値になり、内核は、中心部でも5000K程度だろうと推測されていますが、1000度程度の誤差があるかもしれません。

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質問 人類はかつて可視光だけを認知していましたが、電磁波を観測する機器の進歩に理論的限界はあるのでしょうか。また、波長∞(周波数0)の電磁波は存在するのでしょうか。存在するとすればどのような性質を持っているのでしょうか。
また、「闇は存在しない。存在するのは貴方の認知能力の限界である」などという格言がありますが、物理学的に「闇」は定義付けられているのでしょうか。【古典物理】
回答
 一定波長の電磁波とは、空間を伝わっていく電磁場を、さまざまな波長を持つ電磁波の重ね合わせとして表したとき、その1つの成分(フーリエ成分)を意味します。したがって、電磁場の時間変化が測定できるならば、数学的な変換によって、そこに含まれる任意波長の電磁波成分を求めることが可能なはずです。ただし、周囲の物体が電磁的干渉を起こすような環境では、電磁場の変動が波の形で伝播しなくなる──例えば、「波長×振動数=光速」という関係が成り立たなくなる──ので、電磁“波”を観測したとは言えないでしょう。地上付近における通常の観測では、大地や電離帯からの干渉があるため、波長が数千kmのELF波(超低周波)あたりが限界です(地殻から放射されるELF波は、人工衛星を用いてようやく観測することができます)。もっとも、充分に広大な真空領域が拡がる宇宙空間に観測機器を持ち出し、何らかの工夫によって電磁ノイズを避けることができるならば、長波長側には原理的な観測限界はないと考えられます。
 波長を無限に大きくする極限まで考えると、電磁波は、周波数0 という時間とともに変動しない波となり、実質的に、静電場・静磁場と区別できなくなります。宇宙空間の中で緩やかに変化する電場・磁場の中で、「波長×振動数=光速」という関係式を満たす成分を“超々長波長”の電磁波だと見なしても良いかもしれませんが、理論的には、あまり意味のある議論にはなりません。
 そもそも、長波長の電磁波は、最も単純なエネルギーの形態なので、宇宙空間にいつまでも瀰漫し続けるものなのです。ビッグバン以来の宇宙膨張が永遠に続くとすると、遠い遠い未来においては、天体が凝集してできたブラックホールもホーキング効果で全て蒸発し、物質を構成する陽子や中性子も崩壊し尽くして、宇宙空間に残るのは、物質のなれの果てであるニュートリノと、きわめて長い波長を持つ微弱な電磁波だけになります。ごく微弱な電磁波が残存してはいるものの、こうした世界こそ、まさに、科学が予想する「闇」と言って良いのではないでしょうか。

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質問 確か18世紀頃から「全てはエネルギーである」とする「エネルギー論」がありましたが、このエネルギー論は現在ではどのように定義付けされているのでしょうか。個人的には「光、時空間、熱、音、生命、経済、精神、物質…etc、存在する全てはエネルギーで、形態が異なるだけである」と形而上学的に結論付けているのですが…。【古典物理】
回答
 運動エネルギーに相当する概念は、mv2という量が運動の大きさを表す基準になるという観点から、17世紀にライプニッツらが議論していますが、仕事をする能力としての一般的な「エネルギー」概念が重視されるようになるのは、熱を仕事に転換する蒸気機関が発明された産業革命の時期と一致しています。科学史的には、まず、ワットが「物体に加えられた力×移動距離」として仕事量を定義し、さらに1807年に、ヤングが仕事を行う活力を表す概念としてエネルギーという言葉を使用します。その後、ジュール、マイヤー、ヘルムホルツらによって、19世紀半ばまでに、熱や化学結合などさまざまな形態をとりながらも全体としては不変な量として、「エネルギー」という概念が確立されます。
 こうしたエネルギー論の背後には、ギリシャ哲学につながる自然観があるように思われます。「エネルギー」の語源となったギリシャ語の「エネルゲイア」は、仕事を意味する "ergon" に接頭語の "en" が付加されて、「仕事をしている状態にある」ことを表します。アリストテレスは、この考え方を哲学的に洗練し、潜在的な本質が現実化された状態(=現実態)を「エネルゲイア」と表現しました。18-9世紀のエネルギー概念を眺めると、熱のような目に見えない“活力”が具体的な仕事に転換するという発想が伺えます。
 ところが、現代物理学におけるエネルギーの定義には、こうした哲学的な発想は全くありません。ネーターの定理と呼ばれる数学的な定理によると、ある変換に対して物理法則が変化しないならば、それに対応する保存量(常に一定に保たれる量)の存在が導けます。したがって、(ほとんどの物理学者が信じているように)物理法則が時間によって変化しないならば、この定理によって、「時間の移動」という変換に対応する保存量が存在することになります。エネルギーとはこの保存量のことであり、それ以上の深遠な意味はありません。また、その定義から明らかなように、(物理学で援用される狭義の)エネルギーは、物理現象に固有の概念であり、社会や精神には適用できません。潜在的な本質とも現実化の過程とも無縁な「単なる保存量」というのが、現代的なエネルギー概念の基本的性格です。
 エネルギーの値は常に一定になるので、変化の様相を記述するには不向きです。実際、遠い未来に宇宙が熱死状態になったとしても、全宇宙のエネルギーの総量はビッグバン直後から変化していません。変化しているのは、エントロピーや自由エネルギーと呼ばれる量なのです。ゾンマーフェルトが熱力学の20世紀前半に著した熱力学の教科書で感慨深げに語っていますが、物理学において19世紀にはエネルギーが主役でエントロピーが脇役だったのに、20世紀には立場が逆転し、エネルギーはむしろ脇に回った感があります。

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©Nobuo YOSHIDA