質問 元素の宇宙存在度の持つ特徴と、そうした特徴が生じた理由を教えてください。 また、太陽系と宇宙のその他の場所で元素の宇宙存在度は違うのですか?【現代物理】
回答
 宇宙における元素の存在比をグラフで表すと、下図のようになります(縦軸は対数目盛で表した存在比、横軸は原子番号順に並べた元素です)。このグラフから、いくつかの特徴が読みとれると思います。
宇宙存在度のグラフ
 まず、基本的なことを説明しておきます。原子の中心部にある原子核は、何個かの陽子と中性子が密に結合したものです。陽子の個数を「原子番号」、陽子と中性子を併せた個数を「質量数」と言います。陽子と中性子は、原子核内部である種の階層構造を形成しており、陽子と中性子がこの構造にうまく適合するような特定の個数になると、原子核の安定性が増すことが知られています。8とか20といった数がこうした「マジック・ナンバー」で、陽子と中性子が共に8個の酸素(O)や20個のカルシウム(Ca)は特に安定性が高く、質量数が同程度の他の原子核に比べて存在しやすくなっています。このほかにも、陽子と中性子が共に偶数の原子核(偶−偶核)の方が一方が奇数のものより安定で、共に奇数の原子核は逆に不安定になりやすいこと、質量数が小さい原子核では陽子と中性子はほぼ同数になるが、質量数が大きくなるにつれて中性子の割合が高くなること−−などの性質が解明されています。こうした性質の背後にある物理法則については、原子核理論の専門書をお読みください。
 一般に、原子核同士(あるいはバラバラの陽子と中性子)を結合させて、質量数のより大きな原子核を作るためには、(いわゆるクーロン・バリアーを乗り越えるために)巨大なエネルギーが必要です。このため、元素合成のプロセスが進行するのは、原子核同士が頻繁に高速で衝突するような高温・高密度の状態が実現されていなければなりません。宇宙史の中で、こうした条件が整って元素合成が行われるのは、(1)ビッグバン、(2)恒星内部、(3)超新星爆発という3つのステージに限られます。宇宙における元素の存在度は、この3つのステージにおける温度や密度などのパラメータと、原子核が従う物理法則の兼ね合いによって定まります。
 以下、元素の宇宙存在度が持つ特徴を思いつくままに挙げてみましょう。
 太陽系は、銀河系におけるごく平均的な恒星系なので、その物質組成も、銀河系での平均値を示唆していると考えられます。ただし、銀河系中心部のように巨大ブラックホールが存在する(と予想される)特殊な領域では、物質組成も自ずと太陽系のものとは異なっているでしょう。ただし、この問題に関しては、まだ、十分な観測データが得られていないので、確定的なことは言えません。

【Q&A目次に戻る】


質問 巨大科学・有効科学とは、それぞれどのようなものを指すのですか。そして、これらが科学の発展に及ぼす功罪についてどのようにお考えですか。【技術論】
回答
 科学研究は、さまざまなルートからの投資によって必要な資金を調達し、それを使って得られた成果を社会に還流するという形で、社会と関わりを持っています。通常業務の範囲で行われ、論文発表でケリがつくような小規模研究の場合は、その有効性が社会的に問題になることは余りありませんが、数百億円もの巨費を投じる国家的プロジェクトともなると、研究のコストパフォーマンス(投資効率、かかった費用に対する成果)を評価しなければなりません。厳密に言えば、コストパフォーマンスの評価にあたっては、有限な資源である人材や施設の配分、あるいは、環境汚染などのマイナスの効果についても考慮する必要がありますが、ここでは、簡単のため、投資した資金とポジティブな研究成果だけを考えることにします。
 ここで難しいのが、経済的なメリットが直ちに現れないような研究成果をどのように数値化するかという点です。企業で行われる研究・開発の場合、一般に明確な目標が設定されている(「家庭用壁掛けTVで利用できる単価20万円以下のプラズマ・ディスプレイの開発」のような)ため、コストパフォーマンスは、開発された製品の売上げと投資の比をもとに、正確に算出されます。しかし、自然科学の基礎研究においては、その成果が往々にして人類の科学的知識の増大にとどまるため、経済効果を考えると、投資効率は余り芳しいものではありません。また、将来的には実用化可能なものであっても、その基盤技術を開発するのに、長い年月と巨額の先行投資が必要な場合には、短期的なコストパフォーマンスは、著しく低いものになります。企業家の発想では投資に値しないと見なされるでしょうが、長い目で見ると、こうした分野の研究へ資金を投じることにメリットが見いだされるケースもあるはずです。
 このように、短期に資金を回収するという観点からするとコストパフォーマンスが低く、民間企業が名乗りを上げないような分野への研究投資は、主に政府が行うことになります。大学や国立研究所などで行われる政府主導の研究には、予算が百万円にも満たない小規模なものも多数ありますが、中には、百億円以上の巨費を投じるビッグ・プロジェクトもあります。こうした研究が、しばしば「巨大科学(big science)」の名で呼ばれることになります。単に投資額だけを考えるならば、民間企業も負けず劣らず大規模な研究・開発を行っています(家電業界がコンソーシアム方式で次世代型情報家電を開発しようとする場合など)。しかし、こうした研究・開発は、全体としては巨額の資金を費やすものであっても、詳細に見ると、単体でも利益を生むような要素技術の集積であり、たとえ所期の目的が達成できなかったとしても、企業が丸損する心配はそれほどありません。これに対して、政府主導の「巨大科学」では、短期的にはとうてい利益を上げられそうもない遠大な計画の下に全体が組織化されており、プロジェクトの一部門が独立に利益を上げることは期待できません。プロジェクト全体が「一丸となっている」ところが、「巨大さ」を強調される所以でしょう。
 こうした「巨大科学」が計画を全うし、科学・技術の発展に寄与できるかどうかは、充分なデータに基づく緻密な事前計画、進捗具合に関する内外からの適切な評価、状況の変化に弾力的に対応できるトップの判断力の有無にかかってきます。
 「巨大科学」の挫折例としてしばしば引用されるのが、アメリカにおけるSSC(Superconducting Super Collider;超伝導超大型粒子加速器)計画です。SSCは、素粒子の基本構造を探るためにテキサス州ダラスに建設が予定されていた装置で、完成した暁には、周囲87kmにも及ぶトンネル内に超伝導磁石を並べた巨大マシンになるはずでした。しかし、構想段階で44億ドルと見積もられていた建設費が、建設開始時には82億ドルに膨れ上がり、最終的には100億ドルを超すと予想されるようになると、基礎物理学の一分野に過大な資金を割くことに対する批判が高まり、1993年、すでに工事の20%が終わっていたにもかかわらず、米議会は建設中止を決定しました。SSC計画は、副次的に超伝導磁石や真空ポンプの技術改良を促進する効果があるものの、第一義的には、自然界の基本法則を解明するという実益の乏しいプロジェクトであるため、コストパフォーマンスが低い(1兆円もかける価値がない)と判断された訳です。計画段階でのコスト意識の薄さも問題視されました。
 同様の事情は、米国防総省によるSDI(Strategic Defense Initiative;戦略防衛構想)ついてもあてはまります。これは、ソ連から発射された大陸弾道ミサイルを、衛星軌道上からビーム兵器で迎撃しようという壮大な計画で、レーガン政権時代から10年間にわたって100億ドルの資金を投じた研究・開発がなされましたが、完成品を何一つ作り出せないまま1993年に打ち切られました。こうしたシステムを実現するためには、ビーム兵器や観測装置の性能を一気に数十倍に引き上げねばならず、初めから非現実的な計画だったとの批判があります。
 こうした挫折例がある一方で、順調に成果を上げている「巨大科学」もあります。1990年にNASAが打ち上げたハッブル望遠鏡は、当初は鏡面の設計ミスもあって期待した精度の観測が行えませんでしたが、1993年にスペースシャトルを利用した改修が行われ、現在では、可視光での観測を中心に貴重な天体データを収集しています。このミッションも、5億ドルの資金を投じた一種の「巨大科学」ですが、銀河系内部の星雲から深宇宙の銀河群に至るまで、これまで誰も目にしたことのない鮮やかな映像を次々に提供し、ふだん科学に関心のない人にも宇宙のロマンを感じさせてくれるため、実生活に直接に役立つ成果は何もないにもかかわらず、成功したケースとして評価されています。
 また、1993年に国際的な研究プロジェクトとして始まった「ヒトゲノム計画」は、人間の染色体上にある全ての遺伝子情報を解読し、遺伝子が関与する多くの疾病の予防や治療に役立てようとするものです。計画段階では、DNAを解析するのに時間がかかりすぎる上、遺伝子の個人差も大きく、計画の完遂は困難だという批判もありました。しかし、解析装置の改良が進められ性能が飛躍的に向上した結果、現在では、着々とデータが集められています。ヒトゲノム計画の場合、全遺伝子情報の解読が果たされなくても、遺伝病の原因遺伝子が特定されれば、その段階で遺伝子診断が可能になるほか、個々の遺伝子のデータが医薬品の開発や医療技術の改良に利用でき、将来的には遺伝子治療の実現も見込まれています(ただし、治療法の開発以前に診断だけが可能になることから、社会差別が起きることが懸念されています)。このように、短期的にも医療面での応用が期待できることから、民間企業も積極的に参入しており、「巨大科学」というよりは民間ベースの研究・開発に近い様相を呈しています。
 SSCやSDIが槍玉に挙げられていた1993年頃は、「巨大科学」は現代の「ポトラッチ」(ホスピタリティを示すために財を浪費する風習)だとして、科学社会学的な観点から厳しく指弾する意見が多く提出されました。日本でも、核融合や高速増殖炉(後に事故を起こして計画が見直される)のように、技術的な障碍が多く欧米で規模が縮小されているにもかかわらず、予算が計上され続けたケースに対する批判が高まりました。これらは、技術面での状況判断を誤り、目標水準をあまりに高く設定した結果、プロジェクト全体が硬直化してしまったものと言えるでしょう。しかし、巨額な投資を必要とする研究にも、成果を上げている例が多々あるので、一概に「巨大科学」を批判すべきではないと考えられます。今後は、環境・情報・バイオなどの分野で、科学・技術のさまざまな領域と関わりを持ち、相互の有機的な連携を通じて研究・開発を進めていく「分散型巨大科学」が普及することが期待されます。

【Q&A目次に戻る】




©Nobuo YOSHIDA