質問 今、小学校では、たとえば長方形の面積を「たて×よこ」と教え、単位面積いくつ分という考え方で量概念を育てています。決して「縦の長さ×横の長さ」ではありません。単位で考えると、cm2×倍数=cm2という考えです。cm×cm=cm2という考え、つまり、長さに長さをかける(ある長さが垂直に移動した範囲が面積となるという考え方)は、論理的には間違っているのでしょうか。【その他】
回答
 面積は、確かに(長さ)×(長さ)の《次元》を持っています。しかし、「面積=長さの積」という関係は、必ずしも成り立ちません。
 エジプトなどの古代文明において、面積の単位は、もともとは「1日で刈り取れる畑の広さ」のように「長さ」とは独立したものとして定義されることが多かったのですが、どの文明でも、長さと面積の関係はかなり早い段階で発見されており、「全ての長さを2倍にすれば面積は4倍に、長さを3倍にすれば面積は9倍になる」ことが理解されていました。こうした量の間の「べき法則」は、現在では、《次元》という概念を軸にまとめられています。すなわち、全ての物理量は「基本量の次元の積として表される固有の次元」を持っており、次元解析によって多くの物理的な情報を得ることが可能なのです。一般的には、長さL[m]、質量M[kg]、時間T[s]、電流I[A]が基本量として採用され、あらゆる単位は、次元に応じてこれらを組み合わせることで与えられます(MKSA単位系; 基本単位が長さに統一される自然単位系もあります)。例えば、加速度の次元は L1T-2で、単位は [m/s2] となります。長さa [m]の糸に質量m [kg]の質点を取り付けて重力加速度g の重力場内で振り子運動させた場合、a [m],m [kg],g [m/s2]から時間の次元を作るには、
  a 1/2 g -1/2
という組み合わせしかないので、周期τ[s]は
  qa_184.gif
という式で表されることがわかります(単振り子の場合、係数のk は、無次元量である最大振れ角をパラメータとして含む楕円積分で与えられます)。
 面積は、L2 という次元を持っており、MKSA単位系での単位は[m2] となります。しかし、これは、面積が長さの積で定義されるという意味ではありません。実際、粘性流体の粘度(粘性率)は、[kg/m/s] という単位で表されますが、粘っこさが「質量÷長さ÷時間」で定義されると考えるのは無意味です。面積の場合も同様に、次元と定義を分けて考える必要があります。 qa_185.gif
 現代数学における面積の定義は、大ざっぱに言うと、図形を覆う微小な部分を考え、各部分の面積の和として与えるというもので、基本的な考え方は、小学校で教えている内容と合致しています。例えば、右の図形Eの場合、全体の正方形を1辺a の正方形に分割、Eに含まれる正方形全体の面積をA、Eと共通部分を持つ正方形全体の面積をB としたとき、a →0 の極限でAB が一致するならば、その極限値がEの面積となります。ただし、このやり方では面積が決まらないケースも出てきますし、微小な正方形の面積をどう定義するかという問題も残ります。こうした問題を解決する方法として、より一般的な「ルベグ測度」という概念が20世紀初頭に導入されました。ルベグ測度論では、正方形の面積も、1辺の2乗として求められるのではなく、適当な有界集合に対して定義された測度として与えられます。詳しい説明は、測度論の教科書を参照してください。

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質問 「卵が先か鶏が先か」という命題がありますが、答えはどっちなのでしょうか。個人的には「卵も鶏も同じ生命体の異なる形態でだから答えは同時だ」と考えているのですが、生物化学的に何らかの答えがあるのでしたら、教えてください。【その他】
回答
 この問いに対する回答は、「卵」と「鶏」の定義に依存します。実際に存在している個体として考えた場合、「ある卵」を産んだ「ある鶏」は「その卵」より先ですし、「卵一般」「鶏一般」という抽象的概念を措定するならば、時間的先後関係を問うことは意味がありません。ここでは、「n世代/2n世代」という生物学の概念を使って、少しトリッキーな議論をしてみましょう。
qa_183.gif  有性生殖を行う動物の場合、体細胞が(性染色体を別にして)1対の相同染色体を持っているのに対して、精子や卵子のような生殖細胞は、減数分裂によって染色体数が半分になっています。これは、配偶体と胞子体の間で世代交代が繰り返されるある種の植物ほど明確ではありませんが、形式的に、n世代と2n世代の交代と考えることができます。n世代は、染色体の交差によって父方/母方由来の遺伝子がシャッフルされた遺伝子のセットを持っており、他の生殖細胞と合体(受精)することによって、新たな遺伝子の組み合わせを持つ2n世代の誕生を可能にします。2n世代では、淘汰圧に晒されることによって生存に有利な形質を持つ個体が選択され、次のn世代が作り出されます。ここで、「(未受精)卵」と「鶏」をn世代と2n世代の象徴的な存在だと解釈すれば、「卵が先か鶏が先か」という問いは、「n世代と2n世代のどちらが先か」という進化学的な問いに置き換えられます。
 現存の動物では2n世代の方が目立っていますが、進化の歴史を遡っていくと、初期の生物は無性生殖で増殖するn世代のみであり、2n世代は、おそらく偶然にn世代の細胞が融合して生まれたと考えられます。したがって、n世代と2n世代が交互に現れる世代交代のそもそもの始まりはn世代の個体であり、「卵」と「鶏」という象徴的な言い回しを用いれば、「(未受精)卵の方が鶏より先だ」と言えるのです。
 もちろん、これは「卵が先か鶏が先か」という問いの《正解》ではありません。あくまで1つの回答例といったところです。

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質問 ある漫画で、月に大量に埋没されているというヘリウム3を核融合発電によって石油に替わる新たなエネルギー資源にする、という話があったのですが、仮に核融合発電が実現可能であるとして、わざわざ月に核融合発電所を造るメリットなどあるのでしょうか。地球上でも水素は(海水から取り出すなどして)いくらでもあるので、地球上に造れば良いような気がするのですが。ちなみにその漫画によると、月で発電した電力はマイクロ波に変換して地球に送るそうです。この人体への影響も心配です。【現代物理】
回答
 ヘリウム3を使った核融合に関しては、別の回答で解説しています。要点だけを言うと、海水に含まれている三重水素を核燃料とする核融合に比べて、ヘリウム3を燃料にする方が、電磁気による制御が難しい中性子がほとんど発生しなくなるというメリットがあります。中性子は、核融合で発生したエネルギーを外部に逃がしてしまうだけでなく、炉壁に衝突して中性子脆化を引き起こすため、中性子の発生数が少ない核融合方式は、たいへん好ましいわけです。
 月の裏側の表土には、大量のヘリウム3が存在すると考えられており、100年以上先の遠い将来、これを燃料として使用する核融合炉が建設される可能性は、ないとは言えません。ただし、
  1. 建設資材や労働力を調達するのが難しく、建設コストがきわめて高くなる
  2. 月の裏側は隕石の衝突確率が高く、その場合の事故対策を講じる必要がある
  3. 発電した電力を利用地に送ることが難しい
といった問題を解決しなければなりません。特に、地球で消費する電力を月面で生産しようとする場合には、3番目の問題がネックとなります。
 宇宙で作った電気をマイクロ波で地球に搬送するというアイデアは、もともとは、太陽発電衛星(Solar Power Satellite; SPS)として1970年代にアメリカで構想されたものです。その後、エネルギー危機が去ったこともあって研究は下火になっていましたが、地球温暖化が深刻になってきた1990年代に入って、再び脚光を浴びました。SPS構想では、静止軌道上にある衛星において、太陽電池で作った電力をマイクロ波のエネルギーに変換して大型アンテナで送信、これを複数に分散された地上局で受信することになっています。マイクロ波によるエネルギー搬送の基礎的な実験はすでに地上で行われており、日本では、1994-95年に、5kWの電力を2.45GHzのマイクロ波を使って42mの距離を伝送することに成功しました。しかし、100万kw程度の大電力を宇宙からマイクロ波で送信することが安全性と経済性の面から見て適当かどうかについては、まだ答えが出ていません。マイクロ波には細胞傷害性はありませんが、物質を加熱する作用があり、周波数とエネルギー密度によっては、生物体内で高熱を発生する可能性もあります。従って、マイクロ波が照射される領域に人間が入り込んでも悪影響が出ないようにするためには、エネルギー密度を、せいぜい、携帯電話の使用時に頭部が受ける10W/m2程度に抑える必要があります(常時被曝する周辺住民がいる場合は、もう少し低い値にすべきです)。もちろん、エネルギー密度をあまり低くすると、わずかな電力しか送れないことになり、わざわざ宇宙で発電する意味がなくなります。
 高度36000kmに位置するSPSの場合でも、安全性を保ちながらコスト的に見合うマイクロ波送信を実現することは、現在の技術では不可能であり、さらなる技術開発が必要とされます。ましてや、38万kmの彼方の月からエネルギーが拡散しないようにマイクロ波を送信するには、人類にとって未知の技術を開発しなければなりません。

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質問 3月に開始されアメリカの勝利に終わったとされるイラク戦争ですが、このイラク戦争が日本の科学技術史に与えた、あるいは今後与えると思われる最大の影響は何であるとお考えですか。【その他】
回答
 戦争が科学技術の流れを変えた例は、第2次世界大戦中に行われた核開発をはじめ、数多くあります。しかし、今回のイラク戦争に関しては、直接的な影響はあまりなさそうです。
 イラク戦争の趨勢を決定する上で、アメリカ軍が用いた精密誘導爆弾が大きな役割を果たしたことは、間違いないでしょう。ただし、これらが開発されたのはかなり以前であり、比較的新しいGPS誘導兵器も、1999年のコソボ紛争のときにすでに使用されています。実戦用に大量に配備したことが戦果につながったのであり、技術面でのインパクトは必ずしも大きくないでしょう。こうしたハイテク兵器の有効性が日本の防衛政策をどこまで左右するかは判然としませんが、1つ言えるのは、低速の戦域ミサイルを迎え撃つ地対空ミサイルの命中精度が格段に増していたことで、アメリカが推進するミサイル防衛システムの開発に日本が荷担する口実ができた点でしょうか(実戦は、軍事産業にとって最高のプレゼンの場のようです)。
 イラク戦争の技術的側面で特に驚かされたのは、センシング技術の向上です。人工衛星を利用した電話の盗聴や物陰に隠れた兵隊の検知など、従来技術の延長線上にあるとは言え、驚異的な水準に達しています。こうした技術は、砂漠で自軍の位置を確認するために開発されたGPSが今ではカーナビに利用されているように、将来的には民生に転用されることが期待されますが、軍事的な利用価値が高いので、すぐに技術の詳細が公開されることはないでしょう。
 アメリカ側が戦争を正当化する根拠とした大量破壊兵器がイラクで発見されれば、社会的な影響は少なくないかもしれません(例えば、核兵器が発見されれば、電力会社が計画しているプルサーマル計画への影響は避けられないでしょう)。しかし、現時点ではこうした兵器は見つかっておらず、今後の成り行きもはっきりとしていません。

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質問 知能を生成する生物(私たちを含む)がいますが、知能はどうして生まれたのでしょうか?【その他】
回答
 知能の最も基本的な機能は、環境の変化を予測することだと思います。原始的な生物は、周囲に存在する栄養分などを直ちに個体の維持・増殖に利用していますが、こうしたやり方では、栄養分が豊富な時期に急激に個体数を増やし、結果的に生息環境の悪化を招いて自滅するといった危険もあります。より計画的・戦略的にリソースを利用する方が、種の存続という観点からすると好ましいわけです。環境が日周変化のように周期的な変動を繰り返しているだけならば、遺伝的に決定された行動パターンによって対処することも可能です。しかし、非周期的な変動に対して適切な応答をするには、予測に基づくプランニングが必要となります。これが、“知能”が生まれる契機です。
 “知能”というと、普遍的な思考能力を思い浮かべるかもしれませんが、多くの場合、定型的な情報処理を組み合わせていくだけの単純な能力でしかありません。これは、人間の知能に関しても同様です。われわれの思考は、実は、決まり切ったパターンに従っているのであり、どんなことでも自由に考えられると錯覚しがちなのは、パターンの組み合わせがきわめて豊富にあるからです。 qa_181.gif 例えば、視覚情報に基づく予測として人間をはじめとする動物が用いているのが、「視認された図形が連続的に大きくなる場合は、その図形で表される対象が近づいてきている(右図)」というものです(「近づいている」と意識するかどうかは生物によって異なります)。さらに、その図形が捕食者を表すテンプレートと合致する場合は、逃避行動を取るという方針が立てられます。こうした定型的な情報処理を行うのは、進化の過程で発達した中枢神経系です。“中枢”と呼んではいますが、実際には、予測を行うための補助機関であり、より生存率を高めるような戦略を生み出せる(中枢神経系を備えた)生物が選択されてきたのです。

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質問 万有引力列車は原理的に可能かどうか、教えてください。【その他】
回答
 重力(万有引力)を利用した乗り物は、古くからSFに登場していましたが、現在なお実現していません。これは、原理的に不可能だと言うのではなく、コストなどの現実的な問題が大きいからだと考えられます。
 トンネル内部を真空にして空気抵抗をなくし、磁気浮上方式などによって摩擦を限りなく小さくした乗り物があれば、同じ高度にある2地点を移動するのに動力源は必要なくなります。最初に下降する過程で重力の作用により加速され、後はトンネル内をなめらかに滑っていき、出発点の高度に戻った地点で(エネルギー保存則により)運動エネルギーがゼロになって自然に停止するからです。 qa_180.gif 速度が最高になるのは高度が最も低くなった地点で、出発点との高度差をh とすると、
  最高速度 v = (2gh)1/2
になります。h=1000[m] ならば v = 140[m/s](およそ時速500km)と、燃料を使わずにかなりの高速に達することができます。
 SFでは、こうした乗り物は、しばしば東京−ロサンジェルス間のような長距離を結ぶ列車として描かれています。直線で移動する場合、理論的には地球上どこへでも40分ほどで到達できるはずです。しかし、実際には、大陸周辺の海底にはプレートの沈み込み帯があり、いかなる人工物も破壊してしまうので、これは不可能です。実現できるのは、大陸内の比較的近い2都市をトンネルでつなぐものでしょう。トンネルの形状をサイクロイド曲線にすると最も短時間で目的地に到達できることが知られていますが、出発直後は自由落下になるので、並の絶叫マシンも及ばない「恐怖の乗り物」になってしまいます。
 万有引力列車を実現するには、乗り越えなければならない多くの障害があります。最大の問題は、長いトンネル内部をいかにして真空状態にするかです。空気が残っていると、狭いトンネルの中で大きな風圧が発生するため、充分に加速することができず、莫大な燃料を使って後半の上り坂を登る必要が生じます。これでは、万有引力列車を走らせる意味がありません。また、事故や故障のために地下深くで立ち往生したときの対応策を講じておかなければなりません。建設・維持コストや安全性を考慮すると、近い将来、本格的な万有引力列車が建設されることはないでしょう。

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質問 これからの夏、日焼けしすぎに気をつけなければならないですね。そこで質問です。日差しでは日焼けが起こりますが、なぜ赤々と燃える火では日焼けは起こさないのですか?【その他】
回答
 日焼けは、紫外線が皮膚に照射されたことによって起きる生化学的な反応であり、光線にどの程度の紫外線が含まれているかが症状を左右します。
 日焼けを引き起こす効果が特に強いのは、UV-Bと呼ばれる波長290〜320nmの紫外線です。UV-Bは、表皮を通り抜けて真皮上部に到達し、そこで活性酸素種を作り出してDNAを傷害するなどの害をもたらします。こうした害を防ぐため、生体にはいくつかの防御機構が備わっていますが、その一つが、紫外線を浴びると皮膚が黒くなるサンタン(suntan)という反応です。表皮のケラチノサイト(keratinocyte)と呼ばれる細胞にUV-Bが到達すると、それが引き金となってa-MSH(melanocyte stimulating hormone)などのサイトカインが分泌されます。これらのサイトカインは、色素細胞(melanocyte)の細胞膜にある受容体と結合し、黒色色素メラニンの合成を促す細胞内シグナルを作り出します。この結果、光を遮る効果のあるメラニンが多量に作り出され、真皮に到達する紫外線を減らすのです。
 こうした一連の反応の端緒となる光化学作用は完全には解明されていませんが、特定の高分子がUV-Bの光子を1個吸収し、量子論的な遷移によって立体構造が変化することだと考えられています。光子1個あたりのエネルギーEは、アインシュタインの関係式E=h/λ(λ:波長)で与えられるので、UV-Bなどの紫外線は、可視光線や赤外線ではエネルギー障壁を越えられないような大きな構造変化を引き起こすことが可能なのです。赤々と燃える炎は、5800度に達する太陽表面と比べて温度が低く、(温度とスペクトルの関係を示すプランクの放射公式を当てはめればわかるように)UV-Bなどの紫外線はわずかしか放射しないため、その光をいくら浴びても、サンタンや紅斑などの日焼けの症状が現れることはないのです。

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©Nobuo YOSHIDA