質問 フォールトトレラント型電子計算機について教えて下さい。【技術論】
回答
 簡単に言えば、「障害(fault)に耐える(torelant)」、つまり、一部に何らかの故障やエラーが発生しても、システム全体が停止することなく必要な処理を継続するコンピュータのことです。米タンデム社が1975年に「NonStopシステム」として製品化したのが、世界最初のフォールトトレラント・コンピュータだとされています。
 具体的なフォールトトレラントの手法には、次のようなものがあります。
  1. CPU・内部/外部記憶装置・信号伝送路・電源ユニットなどを多重化し、障害発生時にはコントローラが自動的に正常な装置に切り替えて処理を継続する。現実には、障害が発生するとシステムに重大な影響を与える電源やハードディスクなどの一部の装置だけを二重化していることが多い。
  2. ハード・ソフト障害を常時監視するソフトを起動しておき、障害が起きたときには、共有資源の管理や業務アプリケーションの引き継ぎを自動で行う。
  3. ハードディスクやメモリにおけるエラーを検出し、誤り訂正技術によって自動的にこれを訂正する機能を組み込む。
 より詳細な解説は、専門書(当麻・南谷・藤原著『フォールトトレラントシステムの構成と設計』(槙書店)など)を参考にしてください。

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質問 原子力開発反対の立場からの論点の一つとして、「原子力発電は、ウラン採掘から精製、原発の建設まで、膨大な石油エネルギーを消費するので、代替エネルギーになっていない」という主張を眼にします。(言われてみれば確かに、天然ウランから、ウラン235を濃縮するには相当大きなエネルギーを必要とすると思います)。もしこれが事実であるなら、原発はナンセンスになってしまいますが、この点について実際にどのような検討結果があるのか、データがあれば具体的に教えていただきたいと思うのです。原発はそれを稼働し、維持するのにどのくらいのエネルギーを消費するのか、原発が発生するエネルギーはそれをどのくらい上回っているのかを、是非ご教示戴きたいと思います。【環境問題】
回答
 原子力発電において、施設の建設やウラン燃料の加工までを含めたトータルの発電プロセスでどれだけのエネルギーを消費しているかは、非常に重要な問題です。アメリカでは、原子力発電が地球温暖化を引き起こさないことを実証するものとして業界が発表したデータに、核燃料プラントの建設の際に放出される二酸化炭素などが含まれていないとして批判が寄せられました。
 残念ながら、全発電プロセスに投じられるエネルギーを完全に明らかにしたデータは見あたりませんが、『ライフサイクルアセスメントの実践』(環境庁企画調整局環境研究技術課監修、化学工業日報社)にかなり詳細な分析がありますので、ここで、その一部を紹介したいと思います(§5.5 ケーススタディ3 −電力供給における資本財の取扱等−)。
 一般に、発電を行うために投入されるエネルギーは、次のように分類されます。 これを全て加算すれば発電に必要な全エネルギーが計算できるはずですが、原子力発電の場合、発電所以外の核燃料サイクル(ウランの採掘・製錬・転換(*)・濃縮・成形など)の設備エネルギーについては、データが入手できないとのことです。また、放射性廃棄物の処理に要するエネルギーも考慮されていません。入手可能なデータを用いて、採掘・製錬・転換・濃縮・成形の運用エネルギーと、輸送・発電の設備・運用エネルギーを見積もると、通常の原子力発電所(出力100万kW、耐用年数30年、発電効率33.5%)では、各段階で投入されるエネルギーの割合が、次のようになります:
(*)濃縮可能な六フッ化ウラン(UF6)に転換する。
原子力発電における投入エネルギーの割合
採掘製錬転換濃縮成形輸送発電
運用0.1%2.9%1.6%85.0%0.6%0.0%5.9%
設備------3.9%
(出典:『ライフサイクルアセスメントの実践』)

この表からわかるように、原子力発電では、ウラン燃料の濃縮にきわめて大きなエネルギーが必要になっています。
 耐用年数を30年として1kWhの電力を生産するのに必要な投入エネルギーを求めると、原子力発電の場合は約0.03kWh、石油火力では0.025kWhとなります。発電プラントごとに比較すると、
   LNG火力>原子力>石炭火力>石油火力>中小水力
の順で投入エネルギーが大きくなっています。

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質問 月には核融合の際にほとんど放射能を出さない物質があると聞いたのですが、本当でしょうか?H3とかいう物だったと思いますが、それが採取できるようになれば、かなり安全にエネルギーが生み出せると思うのですが、そんなに都合よくいくのですか?【技術論】
回答
 確かに、月面探査を行ったアポロやルナの試料から、月の表土には、核融合の燃料になるヘリウム3が多量に含まれていることが判明しています。月には大気がないので、太陽風(太陽から宇宙空間に放出されている荷電粒子の流れで、主に陽子と電子から成るが、ヘリウムも4%程度含まれる)が直接表面にぶつかってきますが、このとき、表土に含まれているイルメナイト(鉄・チタン・酸素の化合物)の微粒子表面にヘリウムが吸着され、次第に蓄積していきます。特に、太陽風を長く浴びてきた月の裏側の古い表土(いわゆる「海」の領域)に、大量のヘリウム3が存在すると考えられています。月全体の埋蔵量はまだはっきりとしていませんが、表層3メートル中に100万トン程度含まれているではないかと見積もられています。
 月面表土からヘリウム3を採取する技術はまだ確立されていませんが、原理的には、表土を加熱してヘリウムを取り出し、そこから同位体であるヘリウム4を分離すれば、核融合燃料となるヘリウム3が得られるはずです。
 ヘリウム3を使った核融合は、現在研究が進められているDT(重水素−三重水素)核融合と較べて、中性子を(ほとんど)放出しないという著しいメリットがあります(下図)。
qa_fig27.gif
電磁気で運動を制御できない中性子は、炉壁に衝突してその部分を脆化したり放射能を帯びさせたりする上、運動エネルギーを電気エネルギーに変換するのが難しい(DT核融合で放出されるエネルギーの80%が中性子の運動エネルギーとなるが、その2/3以上が利用できない)ことから、核融合発電における厄介者とされています。中性子を放出しないことは、ヘリウム3核融合の最大の利点です。
 また、DT核融合の燃料となる三重水素がβ崩壊する放射性物質であるのに対して、ヘリウム3は放射能を持たない安定核種ですので、この点でもヘリウム3核融合の方がクリーンだと言えます。
 ヘリウム3核融合の長所をまとめると、次のようになります:
(UW Fusion Technology Institute homepageより)

 こう書くと良いことずくめのように見えますが、ヘリウム3核融合の最大の問題点は、技術的にきわめて難しく、実現まで相当の日時を要するということです。はるかに容易だと見られるDT核融合ですら、実用炉が作られるのは早くても数十年先(アメリカ・日本・EU・ロシアと共同で進めてきた核融合の国際研究ITERがアメリカの脱退で頓挫しそうなため、21世紀中は無理だという声もある)だと言われていますから、ヘリウム3核融合が実用化するとしても、21世紀後半から22世紀まで待たなければならないでしょう。

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質問 これからの科学技術のあり方について教えて下さい。
回答
 あまりに大きな問題なので、1つのポイントに絞ってお答えします。
 20世紀の科学技術は、力で自然をねじ伏せようとするものでした。その結果、生活の機能性・利便性は向上しましたが、強引なまでの技術の行使は、さまざまな環境問題として人類に跳ね返ってきています。自然界に存在しない化学物質を合成して利用してきたものの、化学汚染やゴミの氾濫に苦しめられることになりましたし、「第3の火」と期待された原子力は、炉内で作り出される膨大な高レベル放射性廃棄物の処分法も決まらないまま、多くの国で見限られようとしています。地球という閉ざされた環境の中で有限な資源を利用している限り、人間は自然と共存する道を探らなければならないのです。
 21世紀の科学技術は、総合的な視座から「自然との調和」を目指すものでなければならないでしょう。例えば、医療技術にしても、抗生物質のように病原体を抹殺しようという発想で開発した医薬品は、微生物環境を混乱させて耐性菌を生み出すといった反作用をもたらすことになります。これから必要なのは、むしろ身体というきわめて複雑なシステム全体を総合的に捉え、「未病を治す」という理念を実現する予防医療です。現代医学・生理学では、ウィルス学や分子遺伝学のようにターゲットがはっきりしている分野が突出して進歩していますが、その一方で、「健康を保つためにはどうすれば良いか」という総合的知見は意外に欠落しているものです。自然と調和する科学技術は、身体から生態系、地球環境に至るまで、世界を総合的に把握する視座を備えているべきでしょう。
 ここで重要になってくるのが、情報の流動化です。従来、科学技術情報は大学や企業などに占有されることが多く、一般の人がアクセスしにくいという状況がありました。科学者・技術者も、通常の研究・開発の現場では、狭隘な目的意識にとらわれて現象の限られた側面にしか注意が行き届かず、「木を見て森を見ず」という結果に陥りがちです。こうした弊を改めるには、専門科学者−学際科学者−応用技術者−一般市民の間で科学技術情報が頻繁にやり取りされ、新しい技術を導入したときのさまざまな副作用や市民の反応を専門家にフィードバックするルートを確立することが必要でしょう。

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©Nobuo YOSHIDA