質問 加速器について質問します。素粒子は加速器で光速近くまで加速されますが、加速リング中に何秒くらい滞在するのですか。素粒子といえど、自由落下は質量に依存しないので、あまり長時間にわたって回転していると加速リングの壁に触れてしまうと思うのですが。その補正のメカニズムを知っていたら教えてください。【現代物理】
回答
 荷電粒子が加速器内部で回転している時間は加速器の種類によって異なりますが、高エネルギー研究所にある12GeV陽子シンクロトロンの場合、ブースターから注入された陽子は、加速リング内を0.8秒の間に50万回ほど回転します。また、放射線医学総合研究所にある重粒子線がん治療装置の主加速器(シンクロトロン)では、線形加速器から荷電粒子を注入した後、約1秒間で最大エネルギーにまで加速し、その状態を0.5秒程度保った後でビームを取り出しています。仮にリング内に粒子が1秒間滞在するとして、その間に自由落下を続けるならば、当然、リング壁に衝突してしまうはずです。
 でも、ご心配なく。加速器には、粒子を特定の軌道面に束縛する「集束作用」が働いています。構造の最も単純なサイクロトロンを例に説明しましょう。
qa_058.gif  右図に示したサイクロトロンの縦断面からわかるように、磁場が適当に湾曲していれば、磁場に垂直に作用するローレンツ力は荷電粒子を中心面に引き戻す向きに働くので、粒子はこの面から離れることはできないはずです。この条件を式で表すと、次のようになります。
 まず、中心面近くの磁場の動径成分が
  qa_059.gif
となることより、そこで作用するローレンツ力のz成分は、
  qa_060.gif
と求められます。サイクロトロン回転の条件式:
  qa_061.gif
を使えば、
  qa_062.gif
ただし、
  qa_063.gif
という関係式が得られます。これより、
  qa_064.gif
という条件が満たされる、すなわち、リングの外側にいくほど磁場が弱くなるならば、荷電粒子は、中心面をはさんで上下に(角振動数kωで)振動することがわかります。重力は、この振動中心をごくわずかにずらす効果しかありません。

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質問 2次元人は存在しないというのは本当ですか。【その他】
回答
 われわれが住んでいる宇宙は、空間が3次元で時間が1次元の世界ですが、次元数がこの値に限られるという理由はありません。実際、この宇宙の次元数はもっと高い(10次元あるいはそれ以上)のだが、余分な次元が小さく丸まってしまっているので、観測できるのは3+1次元だけだという学説もあるほどです。相対性理論のフォーマリズムでは、次元数は特定しないで、ベクトルならAμ、2階のテンソルならTμνのように表記し、μやνが0(時間)ないし1〜3(x〜z座標)の値を取るとして方程式を立てています。ここで、μやνの範囲を0から2にまで制限すれば、そのまま2次元世界(空間2次元、時間1次元)の物理理論になるのです。したがって、次元数の異なる世界について考えるのは、それほど難しいことではありません。
 それでは、空間が2次元の世界とは、いったいどんなものなのでしょうか。実は、2次元世界では、3次元世界のような面白い現象はあまり起きないと考えられます。3次元世界の場合、点光源から出た光は、球面状に広がっていくので、その強さは1/r2という逆2乗則に従って弱くなっていきます。この逆2乗則は、重力や静電気力でも成り立っています。ところが、2次元世界では、光や重力は円周上に広がるために、距離依存性は逆1乗則になるはずです。特に、1/rに比例するような重力は、逆2乗則のように急速に弱くならずに遠方に作用を及ぼし続けるため、2次元世界では、銀河や太陽系のような安定した回転構造は形成されないでしょう。また、電磁気に関しても、磁場が1成分しかないため、3次元では複雑だった公式の多くがトリヴィアルになってしまいます。
 2次元世界に人間のような複雑な構造体が形成されないことは、次のような考察からも明らかです。仮に、人体が柔らかいゴムでできているとすると、私たち3次元人の体は、口から肛門までの消化管をまっすぐに伸ばし、他の部分をつぶしてしまことによって、ドーナッツの形に変形できます。これが、人体のトポロジー(位相幾何学)構造です。 qa_057.gif ところが、2次元人が同じような消化管を持っていたとすると、体が2つの部分に分かれてしまいます(右図)。従って、2次元人が存在するならば、イソギンチャクのように口と肛門の区別がなく、窪みの形をした体腔で消化吸収を行わなければなければなりません。また、その体は、分子の1次元鎖で内側と外側に区分されることになりますが、これが、膜に見られる複雑な生体機能を司るとは考えられません。
 以上の考察から、2次元の世界には、知的生命はおろか、バクテリアのような単純な生き物すら存在しないと言えるでしょう。
 ところで、インターネット上で「2次元人」と言うと、アニメやゲームに登場する美少女にしか関心が持てないおたく達のことを指すようですね。この回答を書くためにネット検索して知りました。そこで、某サイトにあったディメンション・チェッカー(!)で私の「2次元人度」を検査してみたら、「2.28次元人」と出ました。かなりやばいような…

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質問 自由落下について質問します。
無限遠で静止していた静止質量m0の粒子が、地球の重力に引かれて落下する場合に、地球を質量Mの質点としてエネルギー保存則を適用すると、次式となります。
  m0c2=mc2 − GMm/r
    = m0(c2−GM/r)γ   …(1)
ここで、Gは重力定数、m=m0γは粒子の慣性質量、rは地球と粒子の距離、cは光速、γはローレンツ因子です。(1)式をv2について解くと、次式を得ます。
  v2 = (GM/r){2−GM/rc2}   …(2)
この式はシュヴァルツシルト半径の1/2で落下速度が光速になり、1/4でゼロになり、そしてr→0でv2→-∞と奇妙な結果になります。
これを回避するために(1)式右辺第2項の重力ポテンシャルの慣性質量が特殊相対論的に増大しないとすると、r→0でv→cとなります。しかし、これでは重力だけを特別扱いすることになるので納得がいきません。この矛盾を解決するためには、やはり一般相対論を用いなければならないのでしょうか?【古典物理】
回答
 質問にある「シュヴァルツシルト半径の内側まで自由落下が続く」という条件は、天体がブラックホールになっていることを意味しています。地球程度の質量の天体は、自分の重さを支えきれずに重力崩壊を起こすことはありませんが、外部から圧縮すればブラックホールになることも可能です。ブラックホール近傍の粒子の運動に関しては、一般相対論を適用しなければ、正当な結果は得られません。
 例えば、エネルギー保存の式として与えられている(1)は、この領域では使えません。一般相対論における重力場内部の粒子のエネルギーEは、重力テンソルの00成分を使って、
  E = mc2(-g001/2/(1-v2/c2)1/2  …(3)
と表されます(ただし、vは固有時間で測った速度)。質点の周りの重力場を表すシュヴァルツシルト外部解では、
  g00 = -(1-2GM/c2r)  …(4)
となり、(1)式は、
  2GM/rc2≪1
すなわち、
  r≫2GM/c2 = a (a:シュヴァルツシルト半径)
が成り立つような重力場が弱いときの近似であることがわかります。なお、(3)式には固有時間で測った速度が含まれているいるので、これに(4)を代入できるのは、固有時間に特異性がないr>aの範囲だけです。
 ついでに言えば、重力場以外の1/r型ポテンシャルが作用しているときには、粒子のエネルギーEは、
  E = mc2γ - k/r
となるので、r→0でv→cになるという正当な結果が得られます。

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質問 「マンハッタン計画の生産性」について、いくつか質問させて下さい。
  1. ウラン爆弾の爆発方式は、プルトニウムのものとどのように違うのでしょうか。
  2. ウラン235の濃縮は、最終的にどの方法が成功したのでしょうか。
  3. なぜウランとプルトニウムという2種類の爆弾が並行して作られることになったのでしょうか。
  4. 技術の生産性が低いという理由でマンハッタン計画を批判してもその有効性は低いのではないでしょうか。戦争とは技術の生産性を目的として行われるものではないのでしょうから。ここでの目的が技術の生産性の低さを批判することだとしたら、それはまた方向が違っているような気がいたしますが。
【技術論】
【参考】「科学の回廊−マンハッタン計画の生産性
回答
 1つずつ、簡単にお答えしていきます。
  1. ウラン爆弾の爆発方式は、プルトニウムのものとどのように違うのでしょうか。
    qa_056.gif  ウラン235は、臨界量に達すると比較的容易に爆発するので、臨界量以下の二つの塊に分けておき、火薬爆発によって一方を他方に激突させて臨界に到達させるという方法(砲撃法; gun method)を用います。当初は、プルトニウムも、同様な方法で爆発させられると思われていましたが、自発核分裂によってバックグラウンドの中性子が多く、砲撃法では、プルトニウム塊が合体する前に連鎖反応が起きてしまい、容器が破壊される程度の小さな爆発で終わってしまうことが判明したため、ネッダーマイヤーが考案した爆縮法が採用されました。
  2. ウラン235の濃縮は、最終的にどの方法が成功したのでしょうか。
     マンハッタン計画の最大の難関だったウラン235の濃縮は、いくつかの手法を同時進行させることで実現されました。質量分析器の原理を利用してウラン235を分離する電磁気法は、1943年11月から濃縮の最初の段階を行うαプラントが、1944年5月から核燃料となる高濃度ウランを製造するβプラントが稼働し始めますが、1945年の初めの段階では、爆弾製造に必要な量(数十キログラム)には程遠い数百グラムしか製造できませんでした。一方、気体の拡散速度が分子質量に依存することを利用した気体拡散法は、1942年に工場建設に着手したものの、技術的な難しさもあって完成まで時間がかかり、1944年の段階でまだ満足のいく濃縮度は達成できませんでした。このため、1945年3月から、ある程度まで濃縮したものを電磁気法のαプラントに送って濃度を高めてから、次にβプラントに送るという方法が採用されました。その後、1945年6月に気体拡散法の濃縮性能が高められ、直接βプラントに送るようになります。また、温度勾配を使ってウラン235を分離する熱拡散法の工場は、気体拡散法の開発の遅れを懸念したグローブズ将軍の指示で1944年6月に建設が始められ、1945年2月には早くも操業開始にこぎ着けますが、濃縮度が低いためにαプラントに送って前処理しなければなりませんでした。なお、当初検討された遠心分離法は、結局、ものになりませんでした。
     こうした経緯からわかるように、1945年8月までにリトルボーイを完成させるためには、3つのプラントを同時に運用することが必要だったかもしれません。しかし、完成期日を決めず費用対効果を最大にすることを考えるならば、気体拡散法と電磁気法βプラントだけで充分だったはずです。
    (この項は、山崎正勝・日野川静枝著『原爆はこうして開発された』(青木書店)を参考にしました)
  3. なぜウランとプルトニウムという2種類の爆弾が並行して作られることになったのでしょうか。
     ウラン爆弾とプルトニウム爆弾には、次のような長所と短所があります。
     起爆方法核燃料
    ウラン爆弾砲撃法で簡単に爆発させられる核燃料となる濃縮ウランを得にくい
    プルトニウム爆弾爆縮法という技術的に難しい起爆方法を採用せざるを得ない燃料プルトニウムは原子炉から容易に得られる

     計画段階では、2つの原爆のいずれが成功するか確証を持てなかったために、両方を並行して開発することになったわけです。なお、当初は、プルトニウム爆弾も砲撃法で点火できると考えられており、このタイプの原爆(thin man)が最有力と見られていましたが、1944年にその欠陥が明らかになり、ウラン爆弾の開発に一層の拍車がかかったわけです。
  4. 技術の生産性が低いという理由でマンハッタン計画を批判してもその有効性は低いのではないでしょうか。戦争とは技術の生産性を目的として行われるものではないのでしょうから。ここでの目的が技術の生産性の低さを批判することだとしたら、それはまた方向が違っているような気がいたしますが。
     他のどの国も(1930年までは世界最高の科学技術を誇っていたドイツですら)成し遂げられなかった原爆製造に成功したことから、マンハッタン計画は、第2次大戦後も技術開発のモデルケースと見なされることが(特にアメリカでは)少なくありませんでした。実現がかなり難しい目標をあえて設定し、資金と人材を湯水の如く使って決められた期日までに技術開発を遂行するという「巨大科学」の1つの方法論が、ここに集約されているとも言えます。アポロ計画や挫折したSSC(超伝導超大型粒子加速器)計画なども、マンハッタン計画に倣っていると考えられます。こうした「巨大科学」の模範が、実はかなり無駄の多いものだったことを正しく認識することは、技術の本質を洞察する上で有用だと思います。
     マンハッタン計画は、その副産物の多さでも注目されています。戦後、発電のために転用された原子力技術はもとより、計算アルゴリズムや各種の新素材も、原爆開発の過程で生み出されてきました。こうしたことから、軍事的な研究開発といえども副産物を通じて国民に利するものだという見方が生まれ、(アメリカにおいて)多額の軍事研究費を正当化する根拠にもなっています。レーガン政権時代に、SDI(戦略防衛構想)のための研究開発が決して無駄遣いでないと喧伝されたことを思い出してください。しかし、コストパフォーマンスを厳しく評価するならば、そうした結論は出てこないはずです。特に、研究データが科学者・技術者間で共有できなくなることのマイナスの効果は、すでにマンハッタン計画の時点から明らかになっています。
     現在、最も成功している開発手法は、近年、急速に発展しているバイオテクノロジーの場合のように、多くの企業がコストを考えながら要素技術を開発し、時に競争し時に協調しながら市場を広げていくというやり方ではないでしょうか。マンハッタン計画は、不可能を可能にした驚くべきケースであるにしても、決して見習うべき模範ではないことを銘記しなければなりません。

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©Nobuo YOSHIDA