質問 システム危機について詳しく教えてください。どうして起こるのか、起こるとどうなるのかなど。【その他】
回答
 システムと一口に言っても、物理的システムやシステム・オペレーションなどさまざまな意味で使われていますが、ここでは、原子力発電所や化学プラントのような巨大な人間−機械系を想定して話を進めることにします。
【参考】巨大システムの危機
 こうしたシステムは、多くの要素を組み合わせることによって特定の機能を実現するために設計されており、通常の状況で運転が続けられている間は、甚だしい設計ミスでもない限り、目的通りに動くと期待されます。ところが、何らかの事情で正常な状態からはずれると、しばしばコントロールが取れなくなってシステム全体がカオス的状態に陥っていくことがあります。
 こうした状況が発生するのは、複雑なシステムになると、その内部にどうしても不安定な箇所が含まれてしまうからです。「不安定」とは、正常な状態から僅かなずれが生じると、システムの特性としてそれが拡大する傾向を示すことです。有名な例は、路線バスの運行間隔で、等間隔で運転しているバスの1台が何かの拍子に遅れ始めると、待ち時間が長くなって乗客数が増えるため、乗降時間が余分に掛かるようになって遅れが拡大、一方、その次のバスは、待っている乗客が減ってスムーズに走れるようになるため予定より早く進み、さらに次のバスは、前のバスに乗り損ねた客が増えて遅れ始め……と連鎖的に運行時間が乱れてきます。こうしたことから、乗降客の多い路線バスの間隔は「不安定」になります。
 システムのどこかに不安定性があると、最初は小さな異常だったものがどんどんと成長し、設計段階では予想もつかなかったトラブルに発展していきます。特に、膨大な物質・エネルギー・情報のやりとりを行っている巨大システムの場合、局所的な異常がドミノ倒しのようにシステムのさまざまな部分に波及していくという現象が見られます。通常のシステムは安全装置を備えていますが、これらは、「内部のガス圧力が高まったときには逃がし弁を開けてガス抜きをする」「給水系の流量が減ったときには補助ポンプで補う」というように、正常状態からの僅かなずれを補正するためのものであることが多く、異常が拡大してシステム全体に波及してくると、こうした“局所的な”安全装置はうまく作動しなくなります(その典型的な例は、「スリーマイル島原発事故」に見られます)。
 システムのオペレータは、ある程度は安全教育を受けているはずですが、異常が拡大してカオス的状況に陥ったときには、瞬時にシステム全体の状態を把握することが困難になり、不適切な操作を行うケースが多くなります。場合によっては、自動的に立ち上がった安全装置を切ってしまったり(「スリーマイル島原発事故」・「チェルノブイリ原発事故」)、コンピュータと人間が互いに譲らず争ってしまう(「中華航空機事故」)ことにもなります。人間のこうした対応は、時に「操作ミス」として断罪されますが、巨大システムの複雑さに人間が追随できなかったケースとして、個人の責任ではなくシステムの問題として捉えるべきです。
 人間の介入によるトラブルの拡大を防ぐため、コンピュータを利用した自動制御が採用されているケースもあります。しかし、制御プログラム自体は人間の手になるものなので必ずどこかに見落としがあり、人間が適切なサポートをしていなければ安全を確保することはできません。実際、コンピュータをはじめとする情報処理装置に起因するトラブルは、各所で報告されています(「反抗するコンピュータ」)。
 システムの安全性を保つ対策はいろいろと提案されていますが、不安定な部分系を含む複雑なシステムである場合、そのカオス化を回避する抜本策はあり得ないと考えた方が良いでしょう。

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質問 宇宙のはじめ(ビッグバンの前)は、小指の先っぽほどだったと聞きました。じゃあ、その小指の先っぽが、人間には計り知れないほど大きくなり、今なお広がっていて、しかも、想像を絶するエネルギーを秘めている、そのエネルギーはどこからきたんですか? その小指の先っぽの中に最初から詰まっていたんですか?【現代物理】
回答
 宇宙がきわめて高温・高圧の爆発状態から始まり、現在なお膨張し続けているという壮大なビッグバン理論は、1946年にロシア出身の物理学者ガモフが提唱したものですが、なかなか他の物理学者の賛同を得ることはできませんでした。その理由の1つは、「最初の大爆発のエネルギーはどこからきたのか?」という謎に答えられなかったためです。物理学者たちは、今なお完全な解答を得ている訳ではありませんが、大まかに言って、次のような考え方を提示しています。
 まず、宇宙の始まりは、無秩序な爆発状態ではなく、きわめて高いシンメトリーを持つ虚空の状態だったと考えられます。これは、物質も出来事もないエネルギー零の状態で、ある意味で完璧な世界だと言えるかもしれません。しかし、この状態は実は不安定であり、次の瞬間には、ちょうど過冷却の水が氷に変化するように、よりエネルギーの低い状態へと変化していきます。こうした変化は空間の各点で不均一に起こりますが、エネルギーの低い状態に変化した場所では(空間がエネルギー零の状態からマイナスの状態に落ち込んだことにより)余剰のエネルギーが生まれてきます。このエネルギーが物質場を励起状態(excited state)へと導き、場の励起としての物質が誕生します。こうして、エネルギー零の虚空の状態が、負のエネルギーを持つ空間と、正のエネルギーを持つ物質に分離したのです。物質が持つエネルギーは人間の基準からするととてつもなく巨大で、直ちに高温・高圧のビッグバン状態となり、激しい勢いで膨張する世界となったと考えられます。
 このシナリオは、必ずしも全ての物理学者に受け容れられている訳ではありませんが、かなり“ありそうな”話として流布しています。今の段階では、信じるか信じないかは、個人の信念の問題かもしれません。

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質問 電気と磁気にはそれぞれプラスとマイナスがありますよね?また、電磁波と電磁場という言葉もあります。そこで疑問があります。
  1. 電磁波と電磁場とは何が違うのか?
  2. 電気・磁気のプラス・マイナスはそれぞれ独立した存在なのか、それとも連続的に変化しているものなのか?
  3. 光についての説明で、よく電場と磁場の直交した図がでてきますが、それぞれのプラス・マイナスはあるのでしょうか?
【古典物理】
回答
 まず、基本的なことを押さえておきます。物質を構成する基本的な要素である陽子や電子は、それぞれ、+eと−eの電荷を持っています(eは電気素量と呼ばれる量で、1.6×10-19クーロンです)。電気的に中性の物質には陽子と電子が同数含まれていますが、両者のバランスが崩れて電子が過剰ないし過小になると、プラスあるいはマイナスに帯電します。 qa_fig81.gif 電場とは、電荷の周りに生じるベクトル場で、プラスの電荷からマイナスの電荷に向かう電気力線よって表されます(右図)。電場は、空間の各点で向きと大きさを持つベクトル量であり、座標を定義したときに限り、各成分の正負が与えられます。右図の場合、2つの電荷を結ぶ直線上において、電場のx成分は、電荷の間では正、外側では負になっています。
 磁気に関しては、磁荷のような量は存在せず、電荷が運動したときや電場が変化したときに、その周囲に磁場が誘導されます。磁場もベクトル場なので、空間の各点で向きと大きさが与えられており、座標を定義すると、その成分が正負の符号付きで求められます。
qa_fig82.gif  アンテナなどの内部で電荷が往復運動すると、それに応じて振動する電磁場が生じ、周囲に広がっていきます(右図;図には書いていませんが、画面に直交する向きに磁場も生じています)。このように、振動しながら伝播する電磁場を電磁波と言います。特に、波長が数百ナノメータ(数分の1ミクロン)の電磁波は、光と呼ばれます。波長がきわめて長い(振動数がきわめて小さい)電磁波は、ゆっくり変化する電場・磁場と実質的に同じものです。
qa_fig83.gif  電磁波の成分は、通常は進行方向に直交する座標で表します(偏光しているときは、偏光面内に座標を取るのが一般的です)。単色正弦波と呼ばれる最も基本的な電磁波の場合、電場(あるいは磁場)は、次のように周期的に正負が変わる式で表されます:
  E=Asin{ωt−kx+φ}
   (A:振幅、ω:角振動数、k:波数)

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質問 アニメ『不思議の海のナディア』のファンサイトで、主人公ナディアの持っている“ブルーウォーターは閉鎖された熱エントロピー世界を持っていて、物凄いエネルギーを発する”という説明を読みましたが、「閉鎖された熱エントロピー」とはどういう状態のことなのでしょうか? 漫画だろうがアニメだろうが、ちょっとした事からでもそれをきっかけとして、色々な知識を持てたらいいなと思っているので、よろしくお願いします。【その他】
回答
 近年の漫画やアニメの中には、科学用語を積極的に取り入れて作品にリアリティを与えているものが少なからずあります。『不思議の海のナディア』も、庵野秀明監督の趣味が反映されているのか、随所に(“対消滅”や“縮退”といった)科学的な概念が散りばめられており、ファンもこれを歓迎して、新たな説明を考案しては楽しんでいるようです。ただし、こうした科学的説明は、あくまで「擬似的」なものであり、厳密に正当化できない場合が多いことも、また心得ておいてください。
 さて、ご質問にある「閉鎖された熱エントロピー」ですが、これは、熱力学におけるエントロピーという概念を、超科学的な不思議な力の説明に借用したものだと思われます。エントロピーとは、簡単に言ってしまえば、系の「無秩序さ」の程度を表す量で、閉鎖された系では、時間とともに増大していく──すなわち、秩序が失われていく──性質があります。質点系などでエントロピーを定義する場合は、力学的な量を用いた方が数学的に厳密な定式化ができますが、温度や熱量が与えられるような熱力学的なシステムでは、熱量ΔQが流入したときのエントロピーの増加分ΔSとして、しばしば次の式が用いられます:
  ΔS=ΔQ/T (T:絶対温度)
これが、熱力学的なエントロピーと呼ばれる量の変化です。例えば、温度0℃の氷1gと0℃の水1gとでは、温度が等しいので触ったときの温感に差はないのですが、氷を融かすのに80calの融解熱を加えなければならないので、0℃の水の方が氷よりも80cal多いエネルギー(潜熱)を持っており、エントロピーも、
  80/273 [cal/K] ( 0℃=273K,Kは絶対温度の単位)
だけ高くなっています。エントロピーの差異は、H2O分子相互の結合の仕方が異なっていることに起因しています。このように、外から見てもあまり差異が感じられないのに、ミクロな内部状態の違いによって巨大なエネルギーを秘めているという状態に、ブルーウォーターの不思議さをなぞらえて、上の表現を使ったのでしょう。
 もっとも、『不思議の海のナディア』に登場するブルーウォーターは、古代に地球に飛来した宇宙人が持つオリハルコン製の宝石で、超科学的な機能を実現する光コンピュータの部品だという設定になっており、あまり科学的な裏付けはなされていません。

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質問 地球は自転をしているのだから、ヘリコプターで上昇すると、その間に地上が動くように思うのですが、何も変化ないですよね。あれって、どうしてなんですか。等速直線運動って聞いたことがあるのですが、よくわかりませんでした。【古典物理】
回答
 大地が猛烈なスピードで動いているという事実は、確かに、素朴な直感とは相容れないものです。天体観測などを通じて地球が球形であることを発見した古代ギリシャの賢人たちも、星々が一斉に頭上を回っているのを目にしながら、地球の自転というアイデアを拒否していましたが、その理由として、もし地球が自転しているのなら、雲や鳥が西に流されていくはずなのに、そうならないことを挙げていました。
 この問題を物理学的に解明したのは、16-7世紀のイタリアの科学者ガリレオです。古代ギリシャのアリストテレスの自然学によれば、物体は、力を受けなければ静止しているとされていました。しかし、ガリレオは実験によってそれを否定し、力を受けない物体は、最初の運動状態を持続して同じ速度で動き続けることを見いだします。この性質を「慣性」と言います(正確に言えば、ガリレオは円運動が持続されると考えていたのであり、真の「慣性」を発見した栄誉はニュートンに帰せられます)。無重力状態にあるスペースシャトル内部で物体を軽く押したとき、その後に何の力を加えなくても、まっすぐに宙を動いていくのも、慣性の現れです。地表での自転速度は毎秒数百メートル(値は緯度によって異なる)にもなりますが、地表付近にある全ての物体が、何の力を加えなくとも(慣性の法則に従って)この速度で動き続けるので、地球の自転が実感できないのです。逆に、地球が突然急停止すると、地表の物体は秒速数百メートルで動き続けようとして東に投げ出される格好になります。H.G.ウェルズの好短編『奇跡が起こせた男』(1898)は、奇跡によって自転を止めたときに何が起きるかを描いたファンタジーです。
qa_fig78.gif  地上で慣性の法則を実感するには、一定の速度で進行している電車が適当でしょう。時速180km(=秒速50m)で動いている電車内で、床から1.2mの高さからボールを落とした場合、床に落下するまで約0.5秒の間にボールは列車の進行方向に25mほど移動しているはずですが、電車の中では、下に向かってまっすぐ落ちていくように見えるはずです(右図)。これは、ボールから手を離した後も、慣性によって進行方向の運動がそのまま持続されて、電車と一緒に動いていくからです。ところが、電車が停止しようとして減速している場合は、宙にあるボールは元の速度のままで前方に進もうとして真下より前よりの位置に落下します。

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質問 なぜ質量の間に万有引力が働くのですか?質量とは、もともと慣性の大きさとして定義されたものだったと思います。つまり、「動かされにくいもの=加速するのに大きな力を必要とするもの」が質量の大きさとして定義されていると思うのです。その「加速されにくい」ことと、万有引力、つまり、「二つの物質の間に力が働く」という考え方に、どういう根拠があって結びついたのでしょうか?それとも、「実験結果がそうなっているから」という風に考えないと駄目なんでしょうか?【古典物理】
回答
 古典力学の中で、質量は2通りに定義されています。1つは、運動方程式:
  f=mi
  (f:外力、a:加速度)
の比例係数として定義される物体固有の量miで、慣性の大きさ(=動かされにくさ)を表すことから、慣性質量と呼ばれます。もう1つは、万有引力の法則:
  F∝mg/r2
  (F:万有引力、r:2物体間の距離)
に現れる量mgで、万有引力(重力)の大きさを決めることから重力質量と呼ばれます。歴史的には、“重さ”(=地表付近で加わる重力)を元に物質の量を表すという考えがあったので、まず重力質量が定義されたとも考えられますが、“重さ”と“動かされにくさ”はしばしば同一視されており、近代以前に2種類の質量が截然と区別されることはありませんでした。
 物理学的に質量が明確に定式化されたのは、ニュートンの『プリンキピア』(1687)においてです。そこでは、第1ページで慣性質量が(密度と体積の積として)定義され、これを使って運動の法則が議論されています(質量の定義に密度を持ち出すのは順序が逆のような気もしますが、ニュートンは、金や水など物質毎に固有の密度が定まっていると考えたのでしょう)。『プリンキピア』では、重力質量は基本的な概念として扱われておらず、後半の章で、惑星運動などの現象論を元に、「重さ(=各物質に作用する重力;重力質量×重力加速度)は質量(=慣性質量)に比例する」という“命題”を導き出しています。ニュートン自身、この命題が常に成立するという理論的な理由を見いだせず、実験による検証を余儀なくされています。支点から重心までの距離が等しい振り子の周期は、重さが質量に比例する(=重力質量と慣性質量が等しくなる)ときに限って等しくなります。ニュートンは、丸い木箱に金・銀・鉛・ガラス・砂・塩・木材・水・小麦を入れて重りにしたときの振り子の周期を(吊す糸の長さの等しい)標準振り子と比較し、全てのケースで周期が一致することから、物質の種類によらずに重さが質量に比例することを確認したのでした。
 重力質量と慣性質量が等しい(物質の種類によらず両者の比を1と置ける)かどうかは、ニュートン以降の物理学者にとって、実験的に確認し、理論的に根拠づけなければならない大きな課題となりました。両者が等しいかどうかは、次のような実験で確認することができます。一定の加速度aで運動している系では、全ての物体にmiaという大きさの慣性力が働いており、例えば、一定の加速度で動いている電車内に吊したおもりは、 qa_fig79.gif
  θ=arctan {mia/mgg}
だけ傾きます。もし、物質によって慣性質量と重力質量の比が異なるならば、さまざまな種類のおもりを吊したときに、傾きが微妙に異なるはずです(右図)。こうした性質を利用して、19世紀に何人かの物理学者が慣性質量と重力質量の比を調べています。その中で最も説得力があったのは、1896年にエトヴェスが行った実験です。この実験は、地球の重力と(自転による)遠心力の比が物質によって違うかどうかをねじれ秤を使って測定するもので、エトヴェスは、mg/miの値が、木とプラチナの間で10-9の精度で一致することを見いだしました。
 この結果を受けて、慣性質量と重力質量は物理的に同じものだという認識が物理学者の間に広まりますが、両者の同一性を理論的に根拠づけるには、アインシュタインの天才が必要でした。彼は、1911年に特殊相対論を拡張するに当たり、慣性力と重力はそもそも同じものであるという発想に基づいて、2種類の質量を区別する必要のない新しい重力理論を構想します。 qa_fig80.gif 1914年に大枠が完成された一般相対論は、きわめて難解な数学的理論ですが、ごく大ざっぱにまとめると、重力を時空の歪みと捉えることによって、重力作用の本質を明らかにするものだと言えるでしょう。太陽の周りを惑星が周回するのは、太陽から重力が作用して進行方向が曲げられるのではなく、太陽質量によって歪められた時空の中を惑星が進んでいくと結果的に楕円軌道を描くことになるいう訳です(右図)。
 一般相対論において、質量mは、物質と時空を結びつける結合定数の役割を果たしています。例えば、密度ρ(単位体積あたりの質量)を持ち4元速度uμで運動している媒質と、時空の歪みを表すアインシュタインテンソルGμνの関係は、
  Gμν=−κρuμν
  (κ:重力定数)
という式で表されます。物質と時空は質量mを介して結びついているので、物質の周りに生じる時空の歪み(=重力)がmに比例することになる一方、時空内部での物質の運動も同じmという量によって規定されることになります。こうして、重力質量と慣性質量の区別はなくなり、時空と物質の関係を表す量として両者が統一されたのです。

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©Nobuo YOSHIDA