質問 「光をコントロールすれば時間は止まる?」という記事をネットで見ました。本当に時間が止まるわけではないと思うのですが、解説お願いしたいです。【古典物理】
回答
 質問にあるのは、次の論文の話だと思います。
M.Fridman et al. : "Demonstration of temporal cloaking" (Nature 481 (2012) p.62-)
以前、「それで覆った物体が見えなくなる透明マント」に関して回答したことがありますが、今回の話はその時間版です。この「時間を消すマント」で物体を覆うと、ちょうどDVDでCMを飛ばすときのように、時間が一定の期間だけスキップして見えます。外部から見る限り、まるで途中の時間が消えてしまったようです。
 こうした現象は、光速をコントロールすることで実現できます。物体を見るために、連続的な参照光が照射されている場合を考えてください。この連続した光のある部分を境として、それより手前の光速が遅く、先の光速が速くなるように調節すると、光の途切れる部分が生まれます。この途切れている部分が通過しているときに物体に何かが起きても、見ることはできません。物体を通過した後に、光の途切れた部分の前後で光速を逆に調節し、手前で速く先で遅くなるようにすれば、途切れた部分がつながって連続的な光に戻ります。この光によって物体を観察すると、途中の時間がスキップされたように見える訳です。
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 媒質内部の光速を調節するには、波長と速度(群速度)の関係を与える分散関係を利用します。光が媒質内部を伝播する場合、伝播速度は波長によって変わるので、波長を変化させる光学素子と適当な分散関係を持つ媒質をうまく組み合わせれば、連続的な光の一部で速度を遅くしたり速くしたりできます。したがって、理論的には、途中の時間がスキップして見えるような「時間を消すマント」を作ることができるはずです。ただし、実際に行われた実験では、1兆分の1秒のオーダーのパルスを見えなくすることに成功しただけで、時間がスキップされたと人間が感じられるような「時間を消すマント」が作られるには、かなりの技術革新が必要となります。

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質問 最近、ウランやプルトニウムに代わる新たな原子力発電としてトリウムを用いた原発の研究があるそうですが。このトリウム原発とはどういったもので、従来の原発とはどのような違いがあり、トリウム原発は現在のエネルギー問題の解決法の1つとなりうるのでしょうか。【環境問題】
回答
 トリウムを利用した原子炉は1960年代から研究開発が進められたものの、トリウム資源の豊富なインド以外では積極的に採用する動きが見られません。これは、トリウムを使うメリットが最大限に発揮される「溶融塩炉」が技術的な困難のために開発できず、ウランを核燃料とする現行の原子炉に比べて経済的に有利とは言えないタイプの原子炉しか実用化されていないからです。ただし、トリウム炉は核兵器に転用できる核物質を生成しないという特長があるため、核拡散防止の観点から関心が高まっています。
私はトリウムを用いた原子炉に関してあまり詳しくないので、以下の内容は、高度情報科学技術研究機構が運営する原子力百科事典「ATOMICA」を参照しながら執筆しています。

 トリウム(元素記号Th)は原子番号90の元素で、地殻内部にはウラン(U)の5倍以上存在します。天然に存在する Th232 は核分裂しませんが、原子炉内で中性子を吸収して Th233 になると、ベータ崩壊によって核分裂性の U233 に変わります。
  232Th + n → 233Th → 233Pa → 233U
U233 は核分裂の連鎖反応(核分裂の際に放出される中性子が他のウラン原子核を分裂させるという過程が連鎖的に次々と続く反応)を起こすので、最初に中性子を打ち込みさえすれば、トリウムを燃料(の前駆物質)とするパワープラントが稼働する訳です。
 ここで興味深いのは、U233 が核分裂する際に放出される中性子が平均2.28個と比較的多いことです。この中性子のうちの1個で他の U233 を核分裂させ、残った中性子を Th232 に吸収させて U233 を作り出せば、核分裂によって失われるよりも多くの核分裂性原子核が生成される「増殖炉」が可能になります(増殖を引き起こす中性子はスピードの遅い熱中性子なので、熱中性子増殖炉とも呼ばれます)。地殻内部に豊富にあるトリウムを用いた増殖炉ができれば、エネルギーが枯渇する心配はほとんどなくなるので、当初は、トリウムを使った増殖炉の研究開発が熱心に進められました。
 しかし、この増殖炉開発の気運は、しだいに低下していきます。まず、Th232 の代わりに U238、U233 の代わりにプルトニウム(Pu)239 を用いた「高速増殖炉」の方が効率が良いことから、原子炉研究者の関心がこちらに集中したという事情があります(増殖を引き起こすのがスピードの速い中性子なので、高速 増殖炉と呼ばれます)。さらに、トリウムを用いた増殖炉を実現するためには、多くの技術的課題を解決しなければなりません。Th232 を U233 に転換する効率を高めるためには、トリウム塩を加熱溶融して循環させる溶融塩炉が最適ですが、放射能を帯びた500℃以上の大量の溶融塩を長期にわたって安全に循環させるシステムを作るのが難しく、結局、実用化できませんでした(溶融塩炉はオークリッジ国立研究所で建設され1967年から2年半にわたって運転されましたが、あくまで小型の実験炉にすぎません)。ちなみに、プルトニウムを使う高速増殖炉も、液体ナトリウムの循環システムがネックとなって開発が頓挫しています。トリウムを用いた原子炉として実用化されたのは、冷却材としてヘリウムガスを用いた高温ガス炉と、冷却材・減速材として重水を用いた重水炉で、いずれも増殖炉ではありません。
 全ての技術的課題が克服されて溶融塩炉が完成すれば、核燃料がはじめから溶けているのでメルトダウンを起こすことはなく、強い放射能を帯びた死の灰を運転中に除去できるので事故で飛散する危険性も小さくなります。このため、安全性の高い第4世代原子炉として期待する向きもありますが、いかんせん、技術的にあまりに難しく、数十年以内に商業用原子炉として稼働できるとは思えません。
 ただし、増殖炉でなくても、トリウムを用いることにはメリットがあります。現在使われている核燃料には、核分裂性の U235 の他に分離困難なまま残された大量の U238 が含まれており、これが原子炉内で中性を吸収すると Pu239 に変わります。プルトニウムは核兵器燃料に転用可能なので、世界各地にウラン炉が建設されると、多くの国が核兵器を保有するという核拡散の懸念が高まります。これに対して、Th232 はプルトニウムを生成しないので核兵器には使えません。局地核戦争の危機を回避するという観点から、トリウムの利用を再考してみても良いかもしれません。

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