◎「発掘!あるある大事典」の捏造に思う

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 生活情報番組「発掘!あるある大事典2」(以下、「あるある」と略す)で放送内容に捏造があることが発覚、番組の打ち切りに至ったケースは、科学に対する信頼性を損ないかねない重大な問題をはらんでいる。この番組では、科学的方法論が適切に援用されておらず、テーマの設定も検証実験のやり方もきわめて杜撰でありながら、アメリカの大学教授が登場して(日本語の吹き替えを通じて)解説するなど、科学の権威によって正当化が行われたかのような情報提供が行われており、科学の素養を持たない一般視聴者を惑わす内容になっていた。週刊誌などで「あるある」の捏造疑惑が大きく取り上げられのは、2007年1月7日放送「食べてヤセる!!! 食材Xの新事実」における納豆ダイエットの内容。その後の調査で、「有酸素運動の新理論」をはじめ、複数の回で似たようなデータ捏造が行われていたことが判明したが、ここでは、納豆ダイエットの回について、番組制作に当たってどのような問題があったかを検証していきたい。

 「あるある」は、関西テレビが日本テレワークに制作を委託した番組。中核となる情報VTRの制作は、日本テレワークから再委託された9つのプロダクション(うち1つは日本テレワーク自身)が請け負っており、典型的な孫請け構造の制作体制になっている。孫請け会社は、継続的に仕事を獲得するために少々無理な制作条件に応じなければならず、捏造してでもといった気運が醸成されたことは想像に難くない。

 ゴールデンの時間帯に放送される看板番組であったにもかかわらず、「あるある」の制作条件はかなり厳しかった。約3200万円という番組予算は決して少ないものではないが、その大半はスタジオ収録時に出演するゲストのギャラなどに使われ、肝心のVTR制作には880万円しか回されていなかった。これは、リサーチを含む予算としては、必ずしも充分なとは言えない。予算不足以上に制約となったのが、制作期間の短さである。企画が提示されてからVTRを納入するまでの期間は2〜3ヶ月。その間、関西テレビと日本テレワークのプロデューサが出席する会議でプレゼンを行い、双方からの要望に応えていかなければならないため、実質的な制作期間はさらに短くなると考えられる。本格的な検証実験を行う時間的余裕は、ほとんどなかったと言える。

 1月7日放送分のテーマをダイエット食品にすると決定したのは、前年8月に開かれたテーマ会議(関西テレビと日本テレワークの担当者が出席)の席上。コンスタントに視聴率が稼げることから、「あるある」では(まだ紹介していないことがあるのかと思えるほど)頻繁にダイエットの話題を取り上げていた。驚くべきことに、この会議では「短期ダイエットプログラム・最強食材X」というテーマだけを決めて、具体的な食材選びは制作会社に任せるとした。情報番組で情報内容の決定を孫請け会社に丸投げしたという事実は、発注側(関西テレビ・日本テレワーク)にいかに責任感が欠落していたかを示すものである。そもそも、「それを食べるだけで短期間で健康にやせられる」という食材が存在しないことは、生理学・栄養学の常識である。消化吸収の悪いものばかり食べていれば体重は減少するが、健康を保つのは難しい。「最強食材X」というテーマ自体がいかにも非現実的だが、孫請け会社は「このテーマでは制作できません」と言える立場にはなかった。

 孫請け制作会社の1つであるアジトにVTR制作が発注されたのは9月後半になってから。アジトのリサーチ担当者は、発注後に大急ぎでインターネットや健康情報誌などを調べまくったという。大手制作会社ならば、ブレーンとなる大学教授などから詳しい情報を得られたはずだが、アジトにはそれだけの つて がなかったようだ。また、いずれにしても、専門家に尋ねれば「そんな食材は存在しない」とあしらわれただけだろう。こうした調査を続けているうちに、大豆タンパクに含まれるβコングリシニンに内臓脂肪を減らす効果があるという怪しげな情報にたどり着く。これをもとに、アジトの担当ディレクタ(以下、Aディレクタと呼ぶ)は納豆をテーマとする企画案を作成、10月27日の企画会議で関西テレビ・日本テレワークのプロデューサらに対してプレゼンを行い、了承された。

 11月初めになって、Aディレクタらは、情報を提供してもらっていた研究団体から「体重減少効果があるという実験はサプリメントを使用したもので、納豆にβコングリシニンが含まれるかすら明確でない」と報告され、愕然とする。この時点で、納豆にダイエット効果があるという根拠はなくなったのだが、すでに納豆をフィーチャする番組の企画を練っており、食材リサーチからやり直す時間的余裕もなかったため、あくまで納豆にこだわることにした。この頃、Aディレクタは、DHEA(副腎皮質で作られるホルモンの一種)を「若返りホルモン」として紹介しているテレビ番組のビデオを見せられる。そこで、「納豆を食べるとDHEAが増える」という(何を根拠とするのかはっきりしない)発言があったのを手がかりに、βコングリシニンからDHEAへの方向転換を思いつき、インターネット検索で得た断片的な知識をもとに「納豆に含まれるイソフラボンが体内のDHEAを増やし体重減少をもたらす」という仮説まででっち上げた。納豆にイソフラボンが含まれるのは事実だが、これがDHEAを増やすというのは、前述のテレビ情報に基づく憶測である。また、「DHEAの増加が体重減少をもたらす」というのは、ネズミを使った実験の結果にすぎず、人間に当てはまるかどうかはわからない。Aディレクタは、自分がでっち上げた仮説を検証する内容のロケ台本を作成したが、そこには、専門家が質問に答えて「イソフラボンを含む食品がDHEAを増やすのに最適な食材だ」と発言するインタビューまで含まれていた。

 スタジオ収録(=VTR納入期日)を24日後に控えた11月23日の構成会議で、Aディレクタは、このロケ台本をもとに、どのような情報VTRを制作するかを関西テレビ・日本テレワークのプロデューサらに説明した。10月の企画会議ではダイエット成分が「βコングリシニン」だったのに対して、このときの説明では、短期間でやせられるといった内容が共通していながら、ダイエット成分の部分だけ「DHEA」に置き換えられていた。しかし、肝心のダイエット成分が以前の企画書と異なっている点、あるいは、まだ行っていないインタビュー内容がシナリオ風に書き込まれている点に関して、誰も疑問の声を上げなかったという。

 「あるある」では、以前から(おそらく番組に箔をつけるために)外国人の専門家を登場させていた。このときも、アジトに委嘱された在米コーディネータが、DHEAの研究を行っていたテンプル大学のショーツ教授を探し出してコンタクトを取った。しかし、教授は、コーディネータに対し、自分が行ったのは、化学的に合成されたDHEAをネズミに投与したときに体重減少効果が見られるという実験だけだと明言する。さらに、特定の食物によって体内のDHEAが増加するという仮説は、にべもなく否定した。コーディネータからこうした内容のファックスを受け取ったAディレクタは、アメリカでの取材に成功しなければ番組が成立しないとの危機感の下に渡米し、教授に3時間にわたって話を聞いたものの、期待したコメントは得られなかった。落胆したAディレクタは、「番組を面白くわかりやすくする上で仕方のない選択」(本人の談話)として、教授のインタビュー映像に「体内のDHEAを増やす食材がありますよ、イソフラボンを含む食品です」というロケ台本通りの日本語吹き替えをボイス・オーバーの形で付け加えた。

 さらに、ロケ台本に従って、応募してきた一般人の被験者8人に2週間2パックの納豆を食べ続けてもらうという実験が行われた。この実験では、納豆を食べた参加者の体重が実際に(最大3.4キロも)減少したと報告されており、関西テレビも体重に関する捏造はないとしている(コレステロール値・中性脂肪値・血糖値に関しては、実際に測定していないにもかかわらず、値が低下するという虚偽の報告が付け加えられた)。ただし、いくつかの点からして、実験は科学的とは言えない。何よりも、被験者の数が少なすぎる。体重は体調などによってかなり変動するため、8人では誤差が大きくて信頼できる結果にならない。また、被験者にバイアスが加わっている点にも注意する必要がある。ダイエットに成功するとテレビ画面に大写しされるはずなので、それを願って納豆摂取以外の食事制限などを試みた人がいたかもしれない。そうでなくても、実験遂行のために食生活がいつもより規則正しくなるので、もともと太り気味の人(応募者にはそういうタイプが多い)がやせたとしても、それほど不思議ではない。科学的な実験を行うためには、偏りのないように選んだ数十人程度の2つのグループを用意し、一方には効果を調べたい成分を含む食品を、他方には含まない食品を同じ量だけ摂取させ、体重変化の統計を取らなければならない。

 このほか、納豆摂取後の血中イソフラボン濃度変化を示すグラフをでっち上げるなど、主に担当ディレクタ個人の編集作業によって複数の捏造が行われた。


 今回の捏造事件で何よりも問題としなければならないのは、最初の段階で結論を押しつけている点だろう。「ダイエット番組は高い視聴率が期待できるので、それだけ食べていれば短期間で健康的にやせられる食品を特集しよう」という企画が先行し、そうした食材が実際に存在するか誰も疑問に思っていないのである。科学的素養があれば、そもそも企画に無理があることがすぐわかるし、たとえ企画通りに番組制作をスタートさせたとしても、期待に沿うような食材など存在しないことが早い段階で明らかになるはずだ。望ましい仮説でも、冷徹な事実を突きつけられれば撤回しなければならないというのが、科学的方法論の基本ルールである。しかし、「あるある」のケースでは、ノーと言えない立場の孫請け会社が制作を請け負っていたので、どんなに無理な企画でも、発注側が望むような内容のものを作らざるを得なかった。現場のディレクタが行った個々の捏造行為よりも、こうした体制をこそ批判すべきである。

 今回の捏造問題では、制作局である関西テレビが非難の集中砲火を浴びているが、科学的に見ておかしな内容の番組は、「あるある」以外にも少なくない。「マイナスイオンは健康に良い」「アポロ11号は月面に着陸していなかった」といった程度ならば、まだ制作サイドの無知を笑って済ませられるかもしれない。しかし、中には、ディレクタが明確な意図を持って番組制作を主導した結果、取材過程で得られたはずの“意図に反する”データをあえて黙殺したのではないかと思えるケースもあり、科学的に議論の余地のある題材を扱うとき、デリケートな問題を引き起こしている。「南極棚氷の崩壊や世界的な異常気象は地球温暖化の現れである」「タミフルは深刻な副作用があるので危険だ」「北朝鮮の脅威に備えるためミサイル防衛網の整備が必要である」「劣化ウラン弾はイラクやコソボの民衆に健康被害を与えている」−−企画段階で用意した結論に到達しようと急ぐあまり、意図にそぐわないデータから目を背ける態度をとったとすると、それは、「あるある」と同じたぐいの捏造に荷担することにもつながりかねない。

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©Nobuo YOSHIDA