地球温暖化対策として、環境省は化石燃料に課税する環境税(炭素税)の導入を検討している。この問題について、簡単に検討したい。
環境省が検討している炭素税の案は、次のようなものである。
この炭素税の是非に関して、以下では、4つの論点に絞って検討する。各論点が否定されれば炭素税は不要、全て肯定されれば必要と考えられる。前の2点は炭素税導入を肯定する側から、後の2点は否定する側からの議論を中心に、それに対する反論を加えるという形で述べる。
二酸化炭素を中心とする温室効果ガスの排出を削減しなければならないという論拠としては、次のようなものがある。ただし、それぞれの論拠に対して、反論もある。
■IPCC(気候変動に関する政府間パネル)によると、二酸化炭素などの温室効果ガスの影響で、過去100年で平均気温は0.6±0.2℃上昇、2100年までにさらに1.4〜5.8℃上昇する。こうした地球温暖化はきわめて深刻な地球規模の環境問題であり、早急な対策が必要である。国連環境計画(UNEP)は『地球環境概況2000』で、専門家200人の意見をもとに、21世紀に深刻になる環境問題の第1位に地球温暖化を中心とする気候変動を挙げた。
←【反論】地球温暖化問題は過大評価されている。最大の問題とされる農業への打撃も、灌漑施設の拡充や高緯度地方の開墾によって克服可能である。また、地球は前回の氷河期が終了してから一貫して温暖化しており、必ずしも温室効果ガスによって気温が上昇しているわけではない。
■京都議定書で、日本は2012年までに温室効果ガスを1990年比で6%削減することを義務づけられているが、2002年時点で8%増となっている(ドイツ19%減、アメリカ13%増)。このままでは、議定書の目標が達成できず、国際的な非難を招きかねない。
←【反論】京都議定書は、途上国に削減義務を課さない不公平な内容で、アメリカ・オーストラリアは離脱、ロシアは排出権の取引に利用しようとしている。日本は、GDP当たりの温室効果ガス排出量の少なさでは世界トップクラスであり、京都議定書を守るためだけに、経済的に重荷となる炭素税を課すべきではない。
炭素税を導入することにより、(1)価格効果(価格上昇により消費抑制)、(2)税収の活用(集めた税金を温暖化対策に充当)、(3)アナウンス効果(温暖化対策の重要性をアピール)−−の3つが期待される。
←【反論】2004年末に原油高でガソリンが20円ほど上がっても消費量はそれほど減らなかった。価格効果を過大評価しているのではないか。
←【再反論】価格効果が現れるまでにはタイムラグがある。エネルギー価格が1%上昇すると、消費量は1年後に0.2%、7〜8年後に0.5%程度減少する。(中央環境審議会報告)
←【反論】ここに掲げられた数字は根拠が乏しい。政府は2004年度に総額1兆2580億円を温暖化対策に投じているが、効果が上がっていないという批判も根強い。林野庁は森林整備の予算を確保するため環境税に賛成しているが、林道整備に使われるだけだとの見方もある。
←【反論】補助金政策は、トップダウン方式につきまとう非効率性・非柔軟性を避けられない。日本は、人口530万人のデンマークのように小回りは利かない。
「(環境税導入に際して)環境対策の財源確保を目的とすると、補助金のばらまきにつながりかねない」
(石弘光・政府税制調査会会長、2005年2月12日付け日本経済新聞朝刊第二部より)
炭素税と環境教育プログラムを組み合わせ、「環境によい商品ならば、少し高くても買う」という消費者行動を刺激することができれば、高い効果が得られる。
化石燃料の価格上昇は、人々の行動に少なからず影響を与えると考えられる。
「仮に電気やガソリンの値段が上がった場合、あなたは節約への気持ちが強くなると思いますか。」
⇒「節約する気持ちが強くなる」87.0%
(環境省の電話世論調査(2004年10月))
「平均的な世帯で毎月460円程度(*)の光熱費が上がるような温暖化対策税が導入された場合、光熱費全体が増えないようエネルギーを節約する」と答えた者79.8%
(*)炭素トン当たり3400円の炭素税を導入した場合の1世帯当たりの月額負担額
(内閣府国政モニター調査(2004年4月))
日本経団連は2004年12月9日、日本商工会議所などと合同で「『環境』に名を借りた新税反対総決起大会」を開催、次のような決議を採択した。
「現在、地球温暖化対策の目標達成の方途として「環境税」導入が提案されているが、同税は次のとおり根本的問題がある。
1.「環境税」では、CO2排出が増大している民生・運輸部門への効果は期待できない。他方、厳しい企業経営環境下、コストの価格転嫁は困難であり、地域経済や雇用に及ぼす影響は甚大である。とりわけ中小企業の経営環境への影響は軽視されるべきでない。
2.「環境税」の導入はわが国産業の国際競争力に大きな打撃を与える。これにより、エネルギー効率の高い日本から効率の低い中国等へ生産が移転し、却って地球全体の温室効果ガスの増大を招く。(→■炭素リーケージ)
3.「環境税」は、既存予算の使途の徹底的な見直しもないまま、国民に対し新たな税の負担を求めるものであり、まさに「環境税」ありきの考えである。」
(日本経団連タイムス No.2750 )
経団連は、2005年2月15日にも、「地球温暖化防止に取り組む産業界の決意」で環境税に対する反対意見を表明している。
「実質的な企業課税となる環境税は、わが国産業の国際競争力に大きな影響を及ぼすばかりでなく、産業界が更なる温暖化対策を進める上で不可欠な、研究開発や設備投資の原資を奪うものである。温暖化対策予算としては、毎年1兆円を超える予算が充てられており、財源を新たに求める必要はなく、既存予算の効果的・効率的活用を考えるべきである。」 (経団連ホームページ「政策提言/調査報告」より)
←【反論】環境省の試算によれば、税収を全て温暖化対策に利用する場合、税額が炭素1トン当たり2400円でGDP は年率で0.01%減、3600円ならば0.03%減と予想される。影響が軽微にとどまる理由は、次の通り:
1. 税収を環境優良企業に環流している。
2. 製造業の工場生産額に占めるエネルギーコストは2.1%で、課税による生産コストの上昇は限定的である。
3. 日本社会全体の省エネが大きく進み、経済構造が高度化される。 (中央環境審議会報告
)
既存のエネルギー課税と整理・統合を進めなければ不公平になる。揮発油税など既存税目の一部を環境税に振り分ける案もあるが、自民党道路族などが反対している。
※石油石炭税は、輸入段階で税金を課す方式で、税額は炭素量に比例しないが、石炭の場合、炭素1トン当たりおよそ1070円の課税に相当。使途の40%は省エネや天然ガスの利用促進に使われる。
※ガソリンは、小売価格の56%が揮発油税などの税金で占められる。炭素1トン当たり7万円相当。
炭素の量に応じた一律課税は、特定の産業に不利になる。電力は非課税ないし低税率とする国も多い。オランダは、品目ごとに細かく税率を変えている。ドイツでは、国内の石炭産業に配慮して石炭を非課税にした。
重い環境税が課された場合、エネルギー多消費型産業が制約のない開発途上国へ移転され、結果的に、温室効果ガスの総排出量が増える可能性がある。
このほか、(1)先進国での消費が減少して化石燃料の国際価格が下落する、(2)環境税のない国が相対的に経済発展する−−などの理由で、途上国での温室効果ガス排出量が増加する。
←【反論】炭素リーケージの程度に関して、さまざまなシミュレーションがある。IPCCの試算では、京都議定書の達成を目標として、先進国が税導入等の温暖化対策を講じ、排出量の削減をした場合、開発途上国の排出量の増加は、先進国における排出削減量の5〜20%程度で、先進国の削減努力を相殺するほどではなく、全体としては削減が進む。 (「地球温暖化防止のための税の論点」)
事業者に二酸化炭素の排出枠を割り当て、これを超えた場合は罰金等を科す方法。
日本は二酸化炭素の削減費用がアメリカ・EUよりも高く、低率課税では費用が節税分を上回るので、排出削減のインセンティブにならない。排出量を減らせば多額の罰金が回避できる量的規制の方が効果が高い。
←【反論(1)】排出枠を誰にどれだけ割り当てるか決められない。
←【反論(2)】「水質汚染や大気汚染などのように原因と被害がはっきりしている場合は規制しやすい。しかし温暖化問題は不特定多数の人がかかわる。全員が被害者であり加害者。税を使い価格メカニズムを活用する方が排出削減の効果を上げやすい。広く負担を求められるからだ。」(石弘光・政府税制調査会会長、2005年2月12日付け日本経済新聞朝刊第二部より)
EUでは、2005年から、加盟25カ国がそれぞれの削減義務に応じて電力会社や製造業など1万3000社に排出枠を割り当て、これを超えると、二酸化炭素1トン当たり40ユーロ(約5600円)の罰金を科す制度を導入した(2008年から100ユーロに増額)。
日本では、2002年に東京都が、大手事業者に排出枠を割り当てる「地球温暖化阻止!東京作戦」を推進しようとしたが、事業者側から「エネルギー使用量の統制につながり計画経済となる」と猛反発を受け、結局断念した。
環境省は、大規模な事業所や工場を対象に温室効果ガスの排出枠を設定し、2008年までに削減を義務づける方針。
量的規制によって定められた排出枠の過不足分を売買する取引。
「排出量取引は排出総量に一定の制限を設けることができ、かつ市場メカニズムを活用して費用対効果のより高い対策の実施を促進することが期待できる」
(環境庁「我が国における国内排出量取引制度について」(2000年6月30日))
←【反論】経団連や経産省は、日本の実状にあわないとして反対の姿勢を表明している。
「排出量取引制度は、実質的にエネルギー使用量を政府が決定・管理するものであり、公平な制度構築は不可能である。またわが国企業の削減ポテンシャルを考えても認められるものではない。」
(経団連「地球温暖化防止に取り組む産業界の決意」)
EUでは、域内での排出権取引制度が始まっている。取引価格は需給バランスによって変動するが、現在、二酸化炭素1トン当たり7-9ユーロ程度で、罰金よりも安いため、排出枠を超過した企業は、排出枠の余剰がある企業から購入している。
環境省は2005年度から限定的な国内排出権取引を実施する方針。取引参加者は、温室効果ガス削減のための補助金を受けられるが、それに見合う排出枠も設定される。
先進国が途上国で温室効果ガスの排出削減事業を実施し、その成果を先進国の削減分として獲得することを認める制度。途上国にとっても投資と技術移転の機会となる。
先進国間で温室効果ガス削減事業を実施し、その削減分を実施国から投資国に移転。
←【反論】国内での温室効果ガス排出削減にはつながらず、大量消費の体質を改められない。
©Nobuo YOSHIDA