◎周期的空間における双子のパラドクス

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 特殊相対論における「双子のパラドクス」は、初学者向けの演習問題としてよく知られている(「双子のパラドクス」とその解決法を知らない人は、以下の文章を読む前に自分で勉強していただきたい)。双子の一方が亜光速宇宙旅行をして帰還した後、「時計の遅れ」という相対論的な効果によって若さを保っているのはどちらかという問いに対して、通常は、旅行者の方だと即答される。目的地に到達してから引き返す際に、地球にとどまっている側には生じない加速度の影響を受けるからである。それでは、空間が周期的境界条件を満たしている宇宙で双子の一方がロケットで旅に出て、加速度なしに宇宙を一周して帰還した場合、どちらが若くなるのか。これが本稿で考察する“パラドクス”である。

 はじめに、通常のミンコフスキ時空における「双子のパラドクス」を復習しておこう。AとBという双子のうち、Aが地球にとどまるのに対して、Bは亜光速ロケットで地球から遠方のP地点に旅立ち、そこから直ちに地球に引き返してくる場合を考える。簡単のため、天体の重力や回転運動は無視し、BはP地点での折り返し過程以外は速度vの等速度運動をしているものとする。Bが等速度運動をしているとき、Aに結びつけられた慣性系において、Bの時計は (1-v2/c2)1/2 の割合で遅れていく。しかし、Bに結びつけられた慣性系から見ると、Aの方が速度vで運動しており、それに伴う相対論的な効果によってAの時計が遅れていくはずである。それでは、Bが地球に戻ってきたときにはどちらの時計が遅れているのか──というのが「双子のパラドクス」だが、実際には、BはP地点付近で加速度運動を行い、宇宙旅行全体を通じてBに結びつけられるような慣性系は存在しないために、パラドクスは成立しない。 ka_fig20.gif Aから見たBの運動は図1のようになり、Pで停止するために減速を開始する地点Qまでは、Bにとって確かにAの方が若い。だが、Bが加速度運動をしている間に、各瞬間にBと結びつけられる慣性系の同時刻面は図のように変化し、Bから見てAは急速に歳をとることになる。QからRまでの減速・加速がごく短い時間でなされたとすると、宇宙旅行中にBが過ごした時間は、Aが地球で過ごした時間に比べて、
  (1-v2/c2)1/2
の割合で短くなっている。
 上の議論から明らかなように、双子の片割れが若さを保つ秘訣は、彼が加速度運動をしたことにある。これは一般相対論の効果であり、重力場内部で時計の進み方が遅くなることと関係している。こうした「ウラシマ効果」を実現するためには、宇宙の彼方まで遠大な旅行をする必要はなく、同じ点の周囲を亜光速で円運動するだけで充分である。

 それでは、宇宙がミンコフスキ時空ではなく、空間の1つの次元が周期的境界条件を満たしている場合に、「双子のパラドクス」はどうなるかを考えてみよう。
 x座標に関して周期 L という周期的境界条件を課すには、 (t,x,y,z) と (t,x+L,y,z) を同一視すればよい。 ka_fig21.gif 例えば、辺に平行にxy座標を描いた画用紙をx軸方向に筒状に丸めて2辺を糊付けしてしまうと、画用紙上の2次元の世界で周期的境界条件が実現されたことになる(図2)。このとき、画用紙に皺がよらないことからも明らかなように、1つの座標軸方向に周期的境界条件を付け加えても、空間は平坦なままである(実際には、平坦性を保ったまま3軸ともに周期的にできる)。すなわち、空間の歪みや重力場を扱う一般相対論を援用することなく、特殊相対論の範囲内で議論することが可能なのである。
 こうした周期的境界条件は、全く現実性のない仮定というわけではない。実際、何人かの宇宙物理学者は、宇宙空間が周期的な構造を持っていると考え、ちょうど合わせ鏡のように、同じ銀河の像が一定の間隔で繰り返し現れることはないかを調べている(*)。今のところ、宇宙空間が周期的だという仮説を積極的に支持するデータはないが、宇宙が有限であると主張する上で役に立つ仮説だと考えられている。
(*)J.P.ルミネほか「無限の宇宙は錯覚か」(日経サイエンス、1999年7月号p.62) ただし、宇宙物理学者が想定しているのは、双曲的空間が単連結でないトポロジーを持つというかなり複雑なケースである。
 ここでまた、A,Bふたりの双子に登場してもらおう。Aに固定された慣性系で見ると、宇宙空間は、
  (t,x,y,z) ≡ (t,x+L,y,z)
となるような周期性を持っているとする。この宇宙において、Bは、一定速度vでAから離れていき、(t軸とx軸から成る)円筒を一周して再びAと出会うような亜光速宇宙旅行を敢行したとする。さて、再会した双子の年齢はどうなっているのだろうか。
ka_fig22.gif

 答えを言ってしまうと、実は、Bの方がAよりも若いのである。これは、Bに結びつけられた慣性系での同時刻面を考えるとわかりやすい。出発するとき、AとBは局所的な座標系でこそ同一地点にいるが、宇宙旅行のグローバルな行程を考えると、後に再会するAは、Bから見てLだけ離れた地点にいることになる。したがって、出発時のBからすると、再会する予定のAは、その時点(=Bにとっての同時刻)ですでに、目の前にいるAよりも歳をとった存在なのである。その後、Bが等速度運動を続けていく過程で、相対論的な効果により互いに相手の時計が遅れているように見えるが、再びAとBが出会ったときには、Bから見て出発時点からAが歳をとっていたために、Bの方が若くなっているわけである。奇妙な出来事ではあるが、パラドクスではない。
 この結果は、互いに等速度運動をする慣性系だけを扱っているにもかかわらず、AとBの間に相対性が成り立っていないことを意味する。「すわ、相対論は間違っていたのか」と驚く必要はない。原因は、「(t,x,y,z) と (t,x+L,y,z)を同一視する」という周期的境界条件が、相対論的な不変性を破っていることにある。この境界条件を満たすような慣性系で時間座標は一意的になるが、それ以外の慣性系では、同一の時空点に異なった時刻が割り当てられている(上の例で、出発時のAがBから見て2つの時刻を持つように)。時間座標が一意的になる慣性系において時間の経過が最も速くなるとしても、相対論的には何の不思議もない。
 なお、局所的な相対運動だけを議論する場合には、グローバルな周期的境界条件を考慮する必要はない。相対性が破れるように見えるのは、周期的座標を一周するような過程──正確に言うと、関与する運動の世界線(上の例では、AとBの軌跡の和)が閉曲線になり、これを連続的に変形しても1点に縮小できないような過程──があるときだけである。したがって、宇宙空間が実際に周期性を持っているとしても、地球の近傍で観測する限り、さまざまな慣性系は同等であると見なしてかまわない。

 ここで議論した「周期的空間における双子のパラドクス」は、あまり面白味のない初等的な例に過ぎないが、物理学理論をもう少しひねってみると、なかなか興味深い問題も浮上してくる。例えば、最新の理論では、空間は実は3次元よりも大きな次元数Nを持っており、N-3次元の空間は小さく丸まってしまったと考えられている。通常は、こうした“小さな空間”は、重力の量子揺らぎが問題になるような極小の領域なので、その内部で物質の運動を考えたりはしない。しかし、何らかの理由でこの空間が数ミリメートルといった拡がりを維持できたとすると、どんなことが起きるだろうか。余分な次元で微小な回転をすることによって、物質ごとの時間の進み方がバラバラになるのだろうか。

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©Nobuo YOSHIDA