◎2000年問題

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 プログラムの不良が原因となってコンピュータが誤作動するケースとして、現在、特に大きな注目を集めているのが、表記の問題である。
 これは、本来は(19XX年という)4桁の西暦年号を、コンピュータ内部で「下2桁」だけで(XX年というように)扱ってきたことが原因で発生するトラブルである。例えば、1999年12月31日は(年−月−日の順で処理する場合は)「991231」という数列で扱われるが、年が明けると「000101」に変わり、1900年と区別が付かなくなってしまう。この“タイムスリップ”によって、コンピュータが異常な処理をしたり、システム全体がダウンしてしまうことが懸念されている。
 コンピュータの利用が進んだ60年代から70年代当時は、ハードウェアが非常に高価だったため、メモリやディスクの使用量を削減することが重要課題だったため、西暦を下2桁で表すことは、必要に迫られて慣習化された。その後は、使用するプログラム数が増えて変更に多大なコストが必要になる(年号が2桁だということを前提として作られているプログラムもあるため、大幅な手直しをしなければならない)、ソフト資産の継承のため仕様を変更できない−−などの理由で対応が遅れた。1990年代にはいると、さすがにコンピュータ技術者は事の重大さを認識して、対策の必要性を訴えるようになるが、後ろ向きの出費になるため、なかなか経営者・管理者の同意を得られず、多くの企業・自治体が、90年代も終わり近くになるまで対策を先延ばしにしていた。このため、98〜99年に2000年問題対策がいっせいに動き出すことになったが、古いプログラムを修正する能力を持ったソフト・エンジニアは数が限られるため、かなりのバックログを抱えたまま2000年の正月を迎えそうな状況である。
 日本では、1992年にJIS(日本工業規格)が西暦年号を4桁で扱う規格を採用したが、90年代半ば過ぎまで、2000年問題に対応していないソフトが販売され続けたというのが実状である。
 古いプログラムを修正しないまま使い続けて、2000年の1月1日以降に日付データを使った計算(利息計算や年次集計)を行うと、処理結果に誤りが生じ、内容によっては企業に多大な損害を与える。すでに、アメリカで104歳のおばあさんに幼稚園の入園通知が送られてきた(1893年という出生年がコンピュータでは93年として処理されたので、1993年生まれの4歳児と扱われてしまった)ケースや、ドイツでクレジットカードが使えなくなった(有効期限が2000年のカードが1900年に期限切れになっているものとされた)ケースが報告されている。

■予想されるトラブル
  1.  個々の企業や自治体がスタンド・アロンで使用しているコンピュータのソフトが誤作動して、決済や振込、記録などの業務に支障をもたらす。例えば、前月21日から当月20日までの労働時間で給与を算出している企業の場合、2000年対策がなされていないコンピュータを使うと、2000年1月の給与は、コンピュータ内部では1900年1月20日までの労働時間をもとに計算されることになるので、1999年12月21日以降の労働分が参入されずに不当に少ない金額になる可能性がある。また、貸付金利を計算するとき、1900年まで単純に遡ってしまってマイナスの値を出す事態も考えられる。消費税を自動的に加算するプログラムの場合、1900年時点では消費税が導入されていないので、税率0%として請求書を発行することになるかもしれない。
  2.  通信(自動交換システム)・エネルギー(制御系の監視システム)・交通(管制システム)・物流(POS(販売時点情報管理)システム)・金融などのネットワークが、一部の未対応コンピュータの誤作動によって破綻する。コンピュータ間で頻繁にデータ交換が行われているネットワークの場合、加入している1台のマシンが異常なデータを発信しただけで、ネットワーク全体がおかしくなることもあり得る。例えば、2000年対応になっていないコンピュータが、100年分のマイナス金利を振り込もうとしたとき、「金利は常にプラスである」ことを前提にプログラムされている受け手側のコンピュータが異常を来す可能性もある。あるいは、物流の2つの基地の間で、製造日と間が開きすぎている不良品として返品を指令するコンピュータと、チェックしても問題は発見できないとするコンピュータが、コンフリクトを引き起こすかもしれない。重要なネットワークの破綻は、社会生活に与える影響が大きいため、特に注意を要する。
  3.  家電製品や産業機械に組み込まれたマイコンの中で年月日を参照するものが誤作動して、機械が異常な動作をする。ビデオデッキのタイマーはマイコンのカレンダー機能を利用しているため、2000年対策を施されていないデッキでは、2000年1月1日以降は望んだように予約録画できなくなる。アメリカで特に問題視されているのがマイコン制御のエレベータである。平日と日曜日とで運転の仕方を変えている(人が少ない日曜日は1基だけ動かすというように)場合、1900年と2000年では日付と曜日の対応が異なるため、平日に1基しか動かないということもあるだろう。また、保守・点検を行った日付を入力している機器では、2000年になった途端に、「過去の保守・点検の記録がなく、このまま運転するのは危険である」とマイコンが判断して急停止するかもしれない。
     組み込みマイコンのケースでは、製品全体が年月日と無関係の動作をしていても、内部でカレンダー機能を利用していることがあるので、注意する必要がある。例えば、スイッチをオンにして10分後に再びオフにするようなマイコン制御が行われている機械の場合、リアルタイム・クロック(発振回路を利用して年月日を含めた現在の時刻を刻み続ける時計)からスイッチがオンになった時刻を読み込み、そこから10分後の時刻になったときにオフにするという仕組みになっていることがある。このため、外から見ると年月日とは無関係に動いているので2000年問題とは無縁のように思われるにもかかわらず、時間的な制御を行っている途中で「99年」から「00年」に変わったときに誤作動する危険性がある。幸い、多くの産業機械は大晦日から元旦にかけて停止しているので、大半のユーザがトラブルに遭遇しないまま年を越すことになるはずだが、原子力発電所や溶鉱炉などのように、正月休みといえども操業を停止できない機械については、慎重に管理する必要がある。特に、自動点滴装置などの医療機器は、誤作動したときの人的被害が大きいため、厚生省が注意を呼びかけている。
  4.  2000年問題によるトラブルのために産業界の生産活動が停滞し、景気後退が1年以上続くと予想するエコノミストもいる。99年の年末までは、コンピュータ・システムの改修や非常食の備蓄のために一時的に需要が増えるが、年明けにはその反動で冷え込むことにもなりそうだ。ただし、経済的にはそれほど深刻な事態にはならないと考える人も少なくない。
     また、トラブルを起こした会社への訴訟が頻発することも懸念される(すでにアメリカでは、2000年問題を起こす危険性があるシステムを無償で交換することを求める訴訟が起きている)。損保会社は、2000年問題に起因する損害は、「予測不能な事故」ではなく、技術的に対応ができるようなシステムの欠陥であるため、損害保険の対象にならないと表明している(2000年問題に特化した保険も発売されているが、契約前の審査が厳しいため、加入者数は少ないようだ)。このため、損失を被ったユーザが、賠償請求の矛先をメーカやソフト制作者に向けてくることも予想される。ソフトに関しては、契約書にある免責条項によって損害賠償を免れる可能性が高いが、コンピュータ・システムやマイコンが組み込まれた機器を製造したメーカは、PL法で謂うところの「欠陥品」を納入したとして賠償に応ぜざるを得ないケースも出てくるだろう。こうした事態に備えて、多くのメーカがユーザの注意を喚起する広告を打ち、2000年問題対策を講じるように勧めているが、「年号は元号で処理しているので関係ない」などの理由で応じないユーザも少なくない(ちなみに、表示が元号であっても、コンピュータ内部では西暦で処理し、ユーザ・インターフェース部分で西暦の下2桁から88を引いて平成に直しているだけの場合が多いので、2000年問題は避けられない)。


■2000年問題への対応策
 2000年問題対策にかかる費用は、全世界で3000-6000億ドルと見積もられる。2000年対策に最も力を注いでいるアメリカでは、産業界全体で1500-2250億ドルが費やされ、75%の企業が99年6月までに対応を終えているが、中小企業を中心に、対策のメドの立たない会社も5%ほどある。アメリカの場合、寡占を排し産業の自由化を進めてきたため、電力や通信などの社会生活に重大な影響を与える分野でも、中程度の規模の会社が大きな役割を果たしている。こうした企業が十全な2000年対策を講じていない場合、電気や電話のようなライフラインがストップする可能性もある。米国政府は、トラブルに備えて数日分の水や食糧を備蓄するように国民に勧告している。
 日本の場合、対策費用は総額で2兆2千億〜2兆7千億円に達する。98年頃まではアメリカ・カナダ・イギリスなどと比べて対策が遅れており、欧米の企業から懸念が表明されていた。しかし、99年に入ってから急ピッチで対策が進められ、大企業が寡占している重要分野に関しては、年内に対策が完了する予定である。電力の場合、重要な制御系システムのプログラムは99年3月までに85%を修正し、11月までの全システムのテストを終了する予定であり、ガスに関しても、99年6月に模擬テストを終了している。また、通信・交通・銀行も大手は対策が間に合いそうである。しかし、長引く不況の中で中小企業や地方自治体の対策は大幅に遅れており、かなりの分野で、未対応のまま2000年を迎えることになりそうだ。99年6月現在、中小企業の制御系システムで対応済みのものは50.3%にすぎず、検討中21.9%、未検討12.5%となっている。
 2000年が目前に迫る中、不測の事態に備えた安全計画も策定されつつある。

■その他の問題
 いわゆる2000年問題以外にも、年号に係わるコンピュータのトラブルは少なくない。2つだけ例を挙げておこう。
(1999.10.06.執筆)


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