◎電磁汚染

【「科学の回廊」目次に戻る】



 最近、電磁波が健康に悪影響を及ぼすのではないかという懸念が拡がってきている。もしこれが事実であるならば、電磁波源は身の回りに満ちあふれているので、フロンや環境ホルモンと同様に、便利さに目が眩んでいる使っているうちに、危険な状況を作り上げてしまった例だと言える。ただし、リスクの大きさは、環境ホルモン以上に判然としない。

電磁波とは何か
 電磁波とは、電磁場の周期的な変化が伝わる波のことで、波長の短い順にγ線、X線、紫外線、可視光線、赤外線、マイクロ波、電波(超短波〜超長波)、超低周波、静電場・静磁場となる。このうち、紫外線より波長の短いものについては、細胞傷害性があることが知られており、被曝によって健康被害が生じる。例えば、健康診断に用いられるX線照射も、照射時間・照射回数を制限したり、生殖器に悪影響がないようにシールドするなどの方策が講じられている。また、家庭で用いられる電気機器からの漏出に関しては、厳しい規制がある。パソコンのディスプレイからもわずかにX線などが発生しており、女性の流産との関係が疑われたこともある。
 可視光線については、長時間にわたって見続けたときに眼精疲労やドライアイ症候群をもたらしたり、明滅する光線が光感受性発作の引き金になる(1997年に、TVアニメの『ポケット・モンスター』を見ていた子供たちが、次々と発作を起こして倒れたという事件がある)こともあるが、肉体に直接的な悪影響を及ぼすことはないと考えられている。ただし、イベント会場で使われるレーザー光線のような小光径のスポットが同じ部位にコンマ何秒かにわたって照射され続けると、発生する熱で周辺の細胞が壊死する可能性はある。また、赤外線は、物体を加熱する効果のある電磁波で、きわめて強力な場合には、熱効果で健康を損なうこともあり得るが、日常的に曝露するレベルで健康問題を生じることはないだろう。
 議論が紛糾するのは、マイクロ波以上の波長の電磁波が健康にどのような影響を与えるかについてである。この領域の電磁波は、さまざまな電気機器が(通信などの目的で、あるいは非意図的・付随的に)ほとんど無制限に放出しているため、健康被害があるとなると、社会的な影響がきわめて大きい。
ka_fig11


電磁波問題のきっかけ
 電磁波問題のきっかけになったのは、1979年、社会病理学者のN.ワルトハイマー博士(米コロラド大)が、疫学調査に基づいて、強い磁場を日常的に浴びる送電線付近子供の間で、小児ガンの発生率が通常の2.25倍になっていると発表したことである。彼女の調査報告については、専門家の間で疑問視する見方が強く、発表当時は、必ずしも大きな話題にならなかった。しかし、1989年、有力雑誌の"The New Yorker"が、送電線とVDT(ビデオ・ディスプレイ端末)による健康被害の問題を大々的に特集したことから、アメリカ国内で社会的な話題となった。

高圧線電磁波とガン
 ワルトハイマーの報告以降、高圧送電線が発する超低周波の影響について、いくつかの研究が行われているが、結論は一定していない。
 1992年、スウェーデン・カロリンスカ研究所のアールボム博士やフェイチング博士を中心とするグループは、高圧送電線から300m以内に住む50万人を対象に疫学調査を行い、2mG(ミリガウス;磁場の単位)以上の地域で小児白血病の発生率が2.7倍になると発表した。一方、アメリカ物理学会は、カリフォルニア工科大学のハフェマイスター博士らの研究をもとに、「約千の研究結果を検討したが、ガンとの因果関係を明確に証明するものは何もない」との見解を示した(1995年5月)。全米科学アカデミーも、同様の結論を出している。
 一連の議論で、特に説得力があると見なされているのが、1997年7月にアメリカ国立ガン研究所が提出した調査報告である。この研究では、以前の調査に見られた弱点が改善された。例えば、送電線の配置から推定していた被曝線量を、被験者に24時間モニターできる磁場測定器を取り付けることによって、正確に測定したデータが用意された。こうした地道な研究に基づき、送電線が発する超低周波と小児白血病の間には因果関係が存在しないという結論が導かれている。磁場の強度が4-5mGの領域では、やや白血病が増大するようなデータもあったが、症例が少ないので、統計的な誤差と見なされた。
 これで決着がついたと思いきや、1998年6月、アメリカ国立環境衛生研究所の諮問委員会が、送電線からの電磁波は、発ガンの原因になる「可能性がある」と発表して、話は再び混迷することになる。同研究所は、電磁波と疾病の関係を調べた9つの疫学調査と、マウス・ニワトリ・培養細胞を使った実験結果を参考にした。それによると、動物や細胞を用いた実験では、電磁波の影響は観察されなかったが、疫学調査では、送電線近くに住む子供の間で白血病の発症率がわずかに上昇していた。このため、28人の専門家から構成された諮問委員会での議論はかなり紛糾したが、最終的な投票の結果、19対9で発ガンの可能性を認める報告書がまとめられた。ただし、1999年6月に提出された報告書では、「疫学調査では小児白血病の発生率がわずかに増大するというデータがあるものの、動物実験などで影響が確認できなかった」とし、「発ガンの原因となる可能性は否定できないが、因果関係は薄い」と結論している。
 この問題に関して、日本では、通産省・資源エネルギー庁が、外国のデータを元に「有害な影響は認められない」とする報告書をまとめている(1993年12月)。また、日本電気学会は、91-98年に日欧米で発表された論文を分析し、「影響を示唆する研究のほとんどが、データに一貫性が無いか統計的に有意でない」として「現段階で電磁波が健康に影響するとは言えない」と報告した(1999年1月)
 世界保健機関(WHO)はこの問題に決着をつけるため、96年度から5年計画で総額330万ドルをかけ、電磁波の人体への影響を洗い直すプロジェクトを立ち上げた。このプロジェクトは、2001年現在、なお進行中である。

携帯電話の脳への影響
 電子レンジでの加熱にも使われるマイクロ波は、熱を発生する作用が大きい。昔の電子レンジの中には、シールドが不完全でマイクロ波が漏れ出すものがあり、それが原因で使用していた人が白内障になったというケースも報告されているが、最近の製品は、安全対策を講じているので、通常の使用法の範囲では危険はないと考えられている。ところが、携帯電話は電子レンジの帯域に近い超短波を、基地局まで届かせるために、コードレス電話などとは比べものにならないほど強力な出力で放出している。しかも、頭部に密着させて使用するため、この超短波をまともに受ける脳の温度が上昇して悪影響がでるのではないかという不安がある。90年代前半には、携帯電話が原因で脳腫瘍が悪化したという訴訟がアメリカで起こされたが、因果関係が明らかになった訳ではない。
 米国規格協会(ANSI)と電気電子学会(IEEE)は、1992年版規格で、100kHz-450MHzで1.4 W以下の機器による熱効果は、生理的な発熱より小さく無視できるとしている(通常の携帯電話の送信出力は0.6〜1 W)。ただし、この指針は、身体から2.5cm以内の距離に放射源が維持される場合には適用できない。また、米携帯電話工業会は、過去40年間に発表された電磁波に関する数千件の調査研究を分析し、有害性を示す証拠は1つも見つからなかったとして安全性を主張している。モトローラなどの携帯電話の大手メーカーは、サルを使った動物実験などによる実験を行っているが、さらに、向こう数年間に業界全体で年間300万ドルから500万ドルをかけて、安全性を確実なものにする予定だという。このほか、2000年にイギリスの専門グループが、「携帯電話の有害性を示す証拠はないが、潜在的な危険性を完全には排除できない」とする報告書をまとめている。
 日本では、国際非電離放射線防護委員会の定めた規格に基づいて1997年にガイドラインが策定され、「生体組織に吸収されるエネルギー量が体重1kg当たり2W以下」(アメリカでは1.6W以下)という基準が業界の自主規制として適用されている。郵政省は、2001年に、この規制値をベースに法規制を導入する予定である。
 なお、脳に対する影響とは別に、携帯電話が、強力な電磁波によって電子機器を誤作動させることが判明しており、人命にかかわる事態になりかねない病院や飛行機の中では使用が禁止されている。ペースメーカーの動作も異常になるので、近くに心臓病の人がいるかもしれない人混みの中で使用するのは、止めるべきである。1995-96年に郵政省からの委託を受けて電波産業会が228機種のペースメーカーを対象に行った検査によると、最も電磁波の強い800MHz(最大出力0.8 W)の携帯電話を1cmの距離まで近づけたとき、37機種に影響が現れたという。うち1機種は、15cmの距離で影響を受けた。このため、指針では余裕を見て22cmまで離すべきだとしている。また、この調査後に cdmaOne など新方式の携帯電話が登場し、再調査が待たれている。

OA端末と出産障害
 OAやパソコンに使われるVDT(ビデオ・ディスプレイ・ターミナル)は、超低周波から放射線にわたる電磁波を放出している。80年代末には、これを日常的に使用している女性の間で、流産や早産などの出産障害が多発しているという報告が出され、社会的な議論になった。この問題に関しても、さまざまな意見が錯綜して、明確な結論は出されていない。
 1995年、アメリカの医学関係者がまとめた『性と生殖の障害』では、規制いっぱいのX線を発するVDTがあったとしても、放射線の影響を受けやすい妊娠前期に胎児が被曝するX線総量は、妊娠期間中の許容範囲よりはるかに低いとして、VDTの発するX線が妊娠の障害になることはないと結論されている。また、米国立職業安全保険局が91年に公表した調査によると、日常的にVDTを扱ってきた882人の電話交換手には、VDT作業と流産との間に因果関係は見られないという。
FIG1  一方、VDTの後方や側面には、アメリカの推奨基準を越える低周波電磁波(数十Hzのパルス磁界と数十kHzのパルス電界)が放出されており、「スクリーンからは50cm以上離れて座る。また隣接するVDTの後方あるいは横から1メートル以内で作業しないこと」が推奨されている。オフィスでパソコンを載せた机を平行に並べていると、背後のVDTが発する電磁波に後頭部を直撃されることになるので、パソコンが背中合わせになるように配置するのが良い。

メーカーの動向
 電磁波が健康にどのような影響を与えるかは、まだわかっていない。しかし、消費者の間に不安感が拡がっていることを受けて、電気機器メーカーは、自主的な規制を強化する動きを見せている。
 1990年12月、スウェーデンでは低周波の電磁界に対して、MPR−IIと呼ばれる規格を制定した。これは、(当時の)WHOの基準が「人間が何らかの自覚症状を訴える強度を目安にしている」──例えば、磁場の基準は幻覚症状を訴える値の半分とする──のに対して、「技術的に実現可能なことに根拠をおく」基準だという。日本を含む外国のメーカーも、この基準に準拠する製品を製造する動きを見せている。
ka_fig12

【「科学の回廊」目次に戻る】




©Nobuo YOSHIDA