◎アルヴァレらによる恐竜絶滅の新説はなぜ受容されたか?

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 白亜紀末期に、恐竜をはじめとする多数の生物種が絶滅した原因は何か。この謎は、多くの人にロマンを感じさせ、これまで、科学的・非科学的とを問わず、さまざまな説を考案させてきた。大きく分けると、全地球規模の外因性の破局(磁極の逆転、超新星爆発、巨大火山の噴火、隕石の衝突など)が起きて短期間に大絶滅が起きたというキュビエ流の激変説と、生態系や気候環境の小さな変化が積み重なって恐竜たちは次第に生存不適格になっていったというライエル流の漸変説があり、どちらかと言えば後者が学界の主流をなすとも言えたが、定説として支持される学説はなかった。

 ところが、1980年にアルヴァレら4人の学者(L.W.Alvarez, L.Alvarez, F.Asaro, H.V.Michel)がアメリカの有力な科学雑誌'Science'誌上に連名で発表した論文"Extraterrestrial Cause for the Cretaceous-Tertiary Extinction"は、恐竜絶滅に関する論争に、決定的な影響を及ぼすことになる。この論文で、かれらは、6500万年前に地球に衝突した小惑星が、地球の気候を激変させて、恐竜やアンモナイトをはじめとする多数の生物種を絶滅に追い込んだと主張した。いささか突拍子もないこの「小惑星衝突説」は、いまや、恐竜絶滅に関する最も有力な仮説と目されるに至っている。

 多くの科学者から軽視されていた激変説を復活させ、慎重居士の多い学界でかくも強い支持を得るに到ったのはなぜか。この問い答えることは、見かけ以上に、科学というものの本質に深くかかわっている。


 はじめに、科学研究における「受容」と「正当化」という基本概念を説明しておく。

 古典的な見方によれば、科学とは「正当化された知識の体系」だとされる。しかし、この見解は、基礎科学の分野で、学術雑誌に発表される研究論文の大半が、正当化されていない学説を実証しようとするものであるという事実と相容れない。ある学説を正当化されたものとして扱うのは、当該学説を研究対象するジャンルではなく、そのジャンルを応用する別部門の科学者・技術者である。例えば、結晶化学を研究する学者にとって、量子力学は、理論物理学の研究者がすでに正当化しているので安心して使うことのできる「道具」であり、これを使って、いまだ完成されていない結晶理論について検討を加えていくのが、結晶化学者としての研究の本分である。こうした研究活動を通じて正当化された結晶理論は、今度は、鉱物学者に「道具」として利用されることになる。すなわち、科学研究とは、学説を正当化するプロセスとして捉えることができる。

 こんにちでは、このようなプロセスとしての科学研究は、研究組織に属する多数の職業科学者によってシステマティックに行われる。ここで、膨大な成員による共同作業がスムーズに行えるように、研究を遂行する仕方には明確なスキームが定められている。このスキームは、次のようにまとめることができる。

  1. 学説の提出 : 論文や学会発表の形で科学的な学説が提出される。理想的な学説は、それに基づいてさまざまな命題を生成することができる機能モジュールの形をとっている。
  2. 学説の受容 : 提出された学説に基づく後続研究が始まる。
  3. 学説の検討 : 後続研究の集積を通じて、提出された学説の正当性が検討される。このとき、検討対象となる学説が明確になるように、後続研究の結果を論文にする場合は、依拠している学説を参考文献の形で明示することが要請される。
  4. 学説の正当化 : 提出された学説を実験・観測によって検証する後続研究が減り、代わって、信頼できる「道具」として使用する(他ジャンルの)研究が増えてくると、当該学説は正当化されたと見なされる。正当化は、長期にわたって漸進的に行われるのが一般的だが、稀に「決定実験」にパスする形で短期間で実現される場合もある。


 ここで重要なのは、正当化に先立って「学説の受容」という段階がある点である。研究に携わる職業科学者の大部分は、新しい学説を提出するだけの独創性を持ち合わせておらず、先に提出された学説を受ける形で研究を行っている(例えば、ある学説で重要な役割を果たす結晶の3次元構造の解析を試みる)。このとき、どの学説に基づいて研究を行うかが、職務上の成功・不成功をかなりの程度まで決定するので、学説を受容するかどうかを決める際の評価は、きわめてシビアである。一方、学説を提出する側からしても、受容されなければ学術研究として意味をなさない。特に、アメリカの一流大学のように、業績が論文の被引用回数で査定される組織では、論文が受容されるかどうかが学者生命をも左右する。こうして、学説の受容を巡って、科学研究における最も重大な局面が訪れるのである。

 さて、ここで、「アルヴァレらの小惑星衝突説がなぜ受容されたか」という問いに戻ろう。1980年に彼らの論文が発表されるや、直ちに数多くの後続研究が行われたことから、その学説が学界で短期間のうちに受容されたことは、疑い得ない事実である。問題は、それがなぜ起きたかである。

 「正しい学説だったから」というのは、答えになっていない。何よりも、「小惑星衝突説」は、現段階では有力ではあるが正当化はされていない仮説の一つにすぎず、将来的に観測データによって反証されて廃れてしまう可能性も充分にあるのだ。そのとき、「あの間違った仮説がなぜ熱狂的に受け入れられたか」という形で問われても、同じ文言で答えられなければならない。

 「宇宙に原因を求めた斬新さで耳目を引いた」という解答も、誤っている。そもそも小惑星衝突説は、アルヴァレらのオリジナルな学説ではない。1970年にマクラーレンという学者が、「隕石の衝突によって恐竜が滅びた」という学説を提唱しているが、このときは学界から黙殺されている。このほかにも、「超新星爆発説」(シンデヴォルフ、1962)、「彗星衝突説」(ユーリー、1979)など、小惑星衝突説に負けず劣らずユニークな学説が提唱されているが、いずれも受容されることなく消えてしまった。

 「学界に受容する素地が形成されていた」という主張も、事実とは合致しない。アルヴァレらの論文が発表されるまでは、どちらかと言えば、ライエル流の漸変説が支配的で、気候・環境の緩やかな変化、哺乳類の登場、植物相の変化などの要因が複合して、生態系が少しずつ変化して大絶滅に到ったのではないかと考えられていた。

 このように見てくると、小惑星衝突説が受容された理由を説明するには、論文で採用された論法に着目しなければならないことがわかる。


 恐竜の絶滅というイベントは、実は、きわめて多岐にわたる一連の事態の一部であり、総合的な視点からの説明を必要とする。かつては、恐竜は、脳が小さく図体がでかいトカゲの仲間と思われていた(dinosaurとは「恐ろしいトカゲ」という意味である)が、現在では、史上最も成功した生物と見なされている。特に重要なのは、恐竜とその近縁種がきわめて多様化していた点である。大きさもニワトリ程度からクジラに匹敵するものまでさまざまで、生息域も陸海空に及ぶ。多数の草食恐竜と少数の肉食恐竜に分化し、営巣習慣のあるものや集団で狩りをするものもいた。これらが、6500万年前の白亜紀末にいっせいに絶滅したのである。さらに、恐竜だけではなく、体重25kg以上の大型動物のすべてと、アンモナイト、大半の二枚貝、多くのプランクトンも、同時期に絶滅している。しかし、小型哺乳類、鳥類、ワニなどは生き残ることができた。

 アルヴァレら以前には、こうした「選択的な絶滅」をうまく説明する学説はなかった。「なぜ、恐竜とアンモナイトは一緒に滅びて、鳥とワニは生き残ったのか」がわからないのである。特に、超新星の爆発や火山の大噴火が絶滅の原因だとする激変説は、「天変地異が起こったから多くの生物が滅んだ」といういささか直截的にすぎる説明しかできず、説得力が乏しかった。また、どの理論にも、裏付けとなる観測データが欠けていた。

 アルバヴァレらの論文では、彼らの小惑星衝突説が、こうした従来の諸説の欠点を克服した有効な学説であることを、強く印象づけるような論法が採られている。具体的には、次の3つのステップによって、学説の正当性をアピールしている。

 (1)信頼できる観測データの提示
 (2)仮説演繹法に基づく学説の検証
 (3)さまざまな予測と総合的な絶滅シナリオの提出

以下では、これらを順次説明していこう。

(1)観測データの提出

 アルヴァレらは、全地球規模で異変があったことを示す証拠として、白亜紀と第三紀の境界層にイリジウムが濃縮しているという観測データを提出した。

 イリジウムのような微量元素の測定には、しばしば大きな誤差が伴う(例えば、試料を扱うときにプラチナの指輪が接触しただけで、データが全く信用できないものになる)ため、細心の注意が必要である。この点では、実験物理の専門家として世界的に高い評価を得ていたノーベル賞受賞者のルイ・アルヴァレが研究グループに加わわっていたことが、大いに幸いしたようだ(本当のことを言えば、ルイ・アルヴァレは、地球に降り注ぐ宇宙からの塵の量を微量元素分析で調べようとして、古生物学上の大発見をしたのだが)。アルヴァレらのグループは、は、次のような手順を踏むことにより、観測データの信憑性を高めることに成功した。

 (a)測定には、精度がきわめて高い最新の中性子励起法を用いた。

 (b)イタリアとデンマークの複数の箇所で調査を行い、イリジウムの濃縮が地域的なものでなく地球規模であることを確認した。

 (c)上下の地層にわたるイリジウムの分布をチェックし、統計的に予想されるパターンに合致していることを示した。

(2)仮説演繹法

 イリジウムの濃縮というデータを説明するにあたって、アルヴァレらは、最も典型的な科学的推論の形式である「仮説演繹法」を援用する。仮説演繹法とは、可能性のある仮説をすべて枚挙した上で、個々の仮説ごとに、「その仮説が正しい」と仮定すればどのような帰結が導かれるかを論理的に推論し、その帰結と実験・観測データを比較することによって、仮説の正当性を検証するというものである。

 ここで検証されるべき仮説として掲げられたのは、「白亜期末に小惑星が地球に衝突した」というものである。イリジウムは、地球表面では少ないが、小惑星の内部には比較的高い濃度で存在していることが、隕石の元素分析結果から知られている。したがって、この仮説によって、「イリジウムが多い」という定性的な結果は説明される。問題は、イリジウムおよびそれ以外の元素について、白亜紀−第三期境界層と小惑星との間で組成の定量的な一致が見られるかどうかである。

 アルヴァレらは、境界層における微量元素の成分分布を測定し、ニッケル以外の元素で、相対濃度が小惑星由来の隕石のものと一致していることを示した。また、ニッケルについては、海水中での化学変化により濃度が変化するので観測データとの不一致が生じると論じた。

 論文では、さらに「小惑星衝突」以外の可能性が列挙され、これらは観測データと一致しないとして順次反証されていく。

 まず、地球表面でのプロセスによってイリジウムの相対濃度が高まる可能性を考察する。こうした事態が生じる原因として、イリジウムが化学反応を通じて濃縮されるか、イリジウムの乏しい泥土が流出したという仮説が示されるが、それぞれ、化学的・土壌学的な見地から反駁される。

 次に、太陽系外の出来事が境界層の元素組成を変化させた可能性を取り上げる。太陽系外から地球に物理的な影響を及ぼし得るものとしては、超新星爆発がある。最近6500万年の間に地球近傍で超新星爆発が起こる確率は、10億分の1以下ときわめて小さいが、それでも、1回限りのイベントとしてあり得ないことではない。しかし、超新星で生成される元素の成分分布を計算すると、イリジウムの濃度と同位体の存在比が境界層で測定されたものとは異なるため、この仮説は「データによって」反証される。

 アルヴァレらは、イリジウム濃縮の原因を、「地球表面」および「太陽系外」に求める仮説を反証することによって、「太陽系内」に原因があるとする「小惑星衝突説」の正当性を傍証した。ただし、これで、境界層の組成変化を説明し得る仮説がすべて枚挙された訳ではない。「地球内部」の原因を考察していないからである。イリジウムのような重い元素は、45億年前に地球が固まる過程で地底深く沈み込んでしまったので、マントルの方が地表よりもイリジウムを多量に含んでいる。したがって、マントル深部からプリューム(マグマの塊)が上昇して起きるタイプの火山噴火の場合、溶岩中に多量のイリジウムが含まれている。実際、白亜紀末にインドのデカン高原で大規模な火山噴火があったことが判明しており、このとき多量のイリジウムが大気中に放出され、白亜紀−第三期境界層に沈殿した可能性もある。この「火山噴火説」は、1980年代に、「小惑星衝突説」の対抗仮説として一部の学者に熱狂的に支持される。

(3)予測と絶滅シナリオ

 「白亜期末に小惑星が地球に衝突した」という仮説に関して、アルヴァレらは、いくつかの科学的な予測を行う。その中で、最も説得力があるのは、小惑星の直径についての予測である(ちなみに、科学でいう予測'prediction'は、過去の出来事に対しても適用される)。まず、イリジウムの濃度と境界層の厚さからそこに含まれるイリジウムの総量を推定し、これから小惑星の質量と直径を計算する。その結果、直径約10kmという値が導かれる。次に、地球と軌道が交差している小惑星に関して天文学者が行った計算をもとに、直径10km以上の小惑星が地球と衝突する確率は1億年に1回程度であることを紹介する。この確率が「1000億年に1回」というものであったら、小惑星衝突説の信憑性はかなり低下するが、1億年に1回の出来事が6500万年前に起きたというのは、見事すぎるほどの一致である。さらに、2つの(やや信頼性の乏しい)計算で小惑星の直径を求め、すべての結果が10km程度の値になることを示す。これは、小惑星衝突説が、理論的にきわめて整合性の高いものであることの証左となる。

 自説の足場を固めた上で、アルヴァレらは、小惑星衝突によって何がどのように変化して大絶滅がもたらされたかという「シナリオ」を提出する。こうした「シナリオ」−−他には、ビッグバン直後の宇宙の状況を時系列に従って与え、元素の起源などを説明した例などがある−−を提出することは、ともすれば還元主義的になりがちな科学に総合的な視点を取り戻すものとして、学界では、きわめて優れた業績として高く評価される。

 アルヴァレらは、小惑星の衝突によって粉塵が成層圏に吹き上げられたはずだと主張する。さらに、クラカタウ火山が噴火したときのデータを元に、成層圏中の粉塵が1年以上も停留することを示す。この粉塵は、太陽光線を遮断し、気温の低下と光合成能の減退をもたらす。光合成ができなくなると、まず、陸生植物と海洋の植物プランクトンが死に、これらに支えられた食物連鎖システムが崩壊する。ただし、一部の生物は、このカタストロフィを乗り越えることができる。すなわち、根茎や種子・胞子を持つ植物、残った植物体や死体を食べる小動物、冬眠できる動物である。この範疇に入らない恐竜やアンモナイトは絶滅し、小哺乳類、鳥類、ワニなどの一部爬虫類は生き延びることができた。


 アルヴァレらの小惑星衝突説は、このように、データと論理が結合して信憑性の高い学説を形作っていたため、多くの学者(ただし、古生物学者よりはむしろ地球物理学者や天文学者)の間で、熱狂的に受容された。これは、科学において支配学説の転換が起きた最も「派手な」ケースだが、一般の学説転換においても、より地味で小規模な形で同様のことが起きている。

 小惑星衝突説の受容は、次の3つのタイプに分けることができる。
  1. 肯定的受容(アルヴァレらの議論の正当性を認めて次のような研究を行う)
  2. 否定的受容(衝突説を反駁しようとするもので、黙殺せずに議論の俎上に載せるという意味で、これも受容の一種である)
  3. 発展的受容(小惑星衝突をコロラリーとして含む仮説を提唱する)

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©Nobuo YOSHIDA