◎ 現代科学と時間 ――ホットトピックを中心に――

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 私が考えるに、現代の時間論における最大の問題は、いまだに時間の本性が明 らかになっていないという点にある。このことは、「拡がった時間」vs「流 れる時間」という(いささか素朴な)対立図式で捉えるとわかりやすいだろう。 すなわち、一般相対論では、時間は、時空多様体の1つの次元として定義されて いるのに対し、日常的な体験では、刻々と更新し続ける現在のみがリアリティを 持つとされる。「時間」がこのように全く異なるアスペクトを有している にもかかわらず、現代科学には、この二面性を統合するための基礎理論が欠落し ている。
この問題は、物理学的には、非平衡量子系の時間発展の理論が未完成だという 点に如実に現れている。Griffiths(1984)によって、観測されていない量子系 でも古典確率に従う時系列を扱うことが可能になる理論が建設されてはいるが、 これはあくまで形式的な枠組みであって、現実的な多自由度系における統計的な 振舞いを議論することは困難である。そもそも、エントロピーのような基本的な概 念ですら、非平衡量子系では厳密には定義されていない。当然のことながら、 Prigogine 流の「軌道不安定性に起因する構造変化」というパラダイムの妥当性 については、不問に付されてしまう。

 一方、心理学的には、意識の何たるかが未解明であることが、理論展開の障害 になっている。われわれが「現在」として認識する世界は、構成要素となる知 覚情報が数百ミリ秒程度の範囲にわたっていることに加えて、過去の記憶と未来 への予想を孕みつつ、間断なく変化するという複雑な時間構造を持っている。 こうした時間構造は、随意運動の場合に限って言えば、ある程度は神経心理学的 な説明の枠組みが与えられている。すなわち、意識の座と見なされる前頭前野 には、運動野から随伴発射されたフィードフォワード制御の指令内容と、その時 点での身体状況をコードする求心性入力とが、ある時間幅を伴って集められるた め、運動プログラムとしての身体イメージと現実の知覚情報とのずれが、意識に おける時間の複雑さをもたらしているという訳だ。しかし、この説明とて、時 間に対してさまざまな関係性を持つ情報の中で、なぜ、特定の構造を持つ部分だ けが意識され他が除外されるか、あるいは、より哲学的に表現すれば、なぜ脳は 「流れる時間」なる虚構(?)を創作するか、という最も本質的な点について、 明らかにするものではない。

 このように、現代科学は、「時間問題」の核心に迫っているとは言い難い状況 にある。実際、各分野の学者に漫然と「時間」について質問すると、どう しても、既に明らかになっている科学的知見を縷々述べ立てるだけで終わってし まうだろう。こうした点をふまえながら、現代科学における時間についての ホットトピックを、思いつくままに挙げていきたい。

【閉じた時間的曲線とタイムパラドクス】
 一般相対論では、時空はダイナミックに変化できる多様体として定義されてお り、アインシュタイン方程式にさえ従っていれば、時間が過去から未来へと向か う線形的な構造をとっていなくてもかまわない。時間が円環構造をなす可能性を 最初に指摘したのは、膨張宇宙模型で有名なFriedmann(ただし、アインシュタ イン方程式の解ではなかった)であり、さらに、数学者のGodel が提出した自転 する宇宙の模型や、Kerrによる自転するブラックホールの解にも、閉じた時間的 曲線(Closed Time-like Curve;CTC)が現れることがわかっている。近年ま で、CTCは数学的な虚構にすぎず、現実に存在することはないと考えられてき たが、1990年代に入ってから、物理学的に興味あるテーマとして真剣に考える科 学者が現れてきた。例えば、重力理論の教科書で有名なThorneらは、ワームホー ルを利用したタイムマシンの可能性を指摘し、御大Hawking も、これに対して批 判的な議論を展開した。また、かつてはSFの中だけの話題だったタイムパラド クスについての議論も、まじめな学術誌で取り上げられている。例えば、Deutsch は、量子力学的な多世界解釈を使ってタイムパラドクスを回避する方法を考え ている(ただし、学界に受け入れられている訳ではない)。CTCは、もし存在 するならば、「過去はすでに過ぎ去り、未来は未だ来たらず、ただ現在のみが現 に在る」とする素朴な時間観を根本から否定するものである。

 【派生物としての時間】

 時間は空間と共に、世界を構成する基本的な要素と見なされてきた。ニュート ン力学においては、「時間−空間−物質(原子)−力」という4つの要素を運動 法則を通じて結びつけることにより、数学的な体系化を実現している。絶対時間・ 絶対空間の考えが否定された相対論成立以降の物理学でも、多様体に姿を変えた とはいえ、時空が世界を構成する基本要素であるという事実は揺るがなかった。 ところが、素粒子論の一つの流派である(超)弦理論(あえて最先端とは言わな い)においては、時空は必ずしも基本要素ではない。例えば、1987年頃からWitten によって始められたトポロジカルな場の理論では、計量を有する距離空間という 概念が排除され、異なった現象を識別するのに意味があるのはトポロジカルな保 存量だけとされている。言うなれば、「拡がった」時空というイメージが否定さ れ、弦の相互作用が世界の拡がりを二次的に形作っていくという理論である。今 世紀前半の素粒子論研究者は、時空の1点が持つアイソスピンのような自由度を 仮想的な内部空間として取り扱う方法を発見したが、弦理論においては、逆に、 「内部」こそが現象が生起する真の場であって、「外部」の拡がりの方がむしろ 「ヴァーチャル」だと言える。もし、この考えが正当ならば、時間や空間を(物 自体の構成要素ではなく)先験的カテゴリーと見なすカント流の認識論が、思わ ぬ形で復活したと言えるかもしれない。弦理論自体は、数学的迷宮の隘路に入り 込んで身動き取れぬ事態に陥っているようだが(異論はあるだろう)、時空を派 生的なものと考える理論には、哲学的な興味も尽きない。

【宇宙の境界条件】

 宇宙の始まりを、神秘的な創造の瞬間としてでなく、「時空多様体の時間的な 端」として捉えた最初の例は、1931年のEddingtonの講演(The End of the World) だろう。当時はまだ、特異点の困難はもちろんビッグバンのアイディアも提出さ れておらず、Lemaitre が論じたような原子宇宙からの進化を念頭に置いたもの だが、それでも、「その時刻から時間が流れ始める」という了解不能な形式では なく、拡がった時空の(時間的な)端として「最初の瞬間」を扱う手法は、相対 論的な時間概念の特色を明確に示している。その後、特異点の困難もあって「時 空の端」がどのようなものかを解明する理論にあまり稔りあるものは見られなか ったが、1983年にHawking とHartle が、「無境界仮説」に基づいて宇宙の初期 状態を数学的に定義する可能性を提示してから、再び議論が活発になってきてい る。Hawking-Hartle の理論自体は、学界で必ずしも高い支持を得ているわけで はないが、そこに盛り込まれた一つの見識は、注目に値する。すなわち、通常の 理論形式では、ある時刻に与えられる個別的な事実としての「境界条件」と、任 意の時間で成立する普遍的な「物理法則」とを截然と区別するが、Hawking らは、 境界条件をもある種の法則性から導き出そうとしたのである。その結果、「世界 がなぜ斯くあるか」を決める特別な時刻(=創造の瞬間)は存在しなくなり、端 も含めた時空多様体の全領域を、物理法則が支配することになる。さらに言えば、 宇宙の端に見られる法則性は、熱力学的な「時間の矢」をも定める。Penrose は、アメリカでベストセラーとなった『皇帝の新しい心』(みすず書房)の中で、 ビッグバンとビッグクランチの相違は、前者がワイル曲率の極小状態であるのに 対して後者が極大状態になることだと述べ、ワイル曲率の差こそ重力場のエント ロピーの大小を決める決定的な要因なので、宇宙論的な時間の矢は、宇宙の両端 の境界条件によって定まると説いている。Hawking-Hartle の与えた宇宙の初期 状態も、ホワイトホール特異点がなくエントロピーがきわめて小さい状態なので、 時間の矢の向きを与えていると考えられる。ただし、ビッグバンとビッグクラン チの非対称性は説明できない(Hawking 自身もこの非対称性を気にしていたよう で、宇宙の両端がエントロピー極小となり、宇宙が最も大きくなった時刻でエン トロピー極大になるようなモデルを提案したが、後に理論的に問題があることが わかって撤回している)。

【観測者のいない量子系】

 古い量子力学の教科書を繙くと、波動関数の時間発展には、シュレディンガー 方程式に従うなめらかな過程と、観測によって波動関数が突然に収縮する非因果 的な過程の2種類があると書かれている。しかし、こうした人為的な区分は、こ んにち改められつつある。既に1960年代から論じられてきたように、きわめて多 数の自由度を含むシステムは、いわゆるdecoherence によって、互いに量子論的 な干渉を起こさない状態に分岐していくと予想される。さらに、1984年になって、 Griffithsは、完全に分岐した状態の時系列は、古典確率に従うと見なせること を示した。Omnes は、「ヒルベルト空間から常識へ」(1989)という大論文でこれ らの先行理論を統合し、量子力学の諸概念に再検討を加えている。それによれば、 量子系の状態を表現する命題は、Griffiths流の時系列を使って、ある時刻tに おける位相空間の領域Cという形式で表現することが可能になる。こうして、量 子力学を曖昧なものにしていた「意識を持った観測者」や「非因果的な波束の収 縮」といった了解不能な概念を、理論から放逐することに(ある程度まで)成功 したのである。ただし、Omnes (ないし、これを発展させたGellMann-Hartle) の理論には、見方によっては致命的とも言える欠陥がある。すなわち、理論を数 学的に定義するために特定の基底ベクトルを採用するが、これを使って状態を表 すとき、どうしても、O(ε)の誤差を無視することになる。ところが、多自由度 系の長時間発展を扱うとき、こうした誤差は積み重なっていくので、必ずしも無 視できないと考えられる。特に、カオス的な振舞いを示すシステムの場合、分岐 していく状態が位相空間内部に占める領域はきわめて細い枝状に拡がっていくは ずであり、O(ε)の量の扱いには慎重さを要する。こうした点も含めて、時間発 展に関する理論形式の一元化が可能かどうかは、物理学の基礎に関わる重大な論 点である。

【複雑系のカオス的遍歴】

 遠平衡にある非線形系は、チューリングパターン、カオスやソリトン、リミッ トサイクル振動など、複雑で多様な現象を示す。しかも、線形系のようにある安 定状態に収斂して終わるとは限らず、外部からの微小なパラメーター変動に応じ て、リズミックな振動からカオス状態へ、また再び振動へと系が時間的に遍歴す ることもある。こうした多様な現象を統合的に解明する理論はいまだ発展途上だ が、個別的には、いくつかの興味深い研究がされている。

 a.脳における認知過程にカオス的な振舞いが重要な役割を演じている(素早い レスポンスや未知の事象に対する逡巡など)ことは、嗅球の脳電位図の変動パタ ーンに関するFreeman による先駆的な研究によって明らかにされた。日本では、 津田一郎が脳におけるカオスを論じている。

 b.生体の各パーツで見られるリズミックな現象が、周期が一定となる単純な繰 り返しではなく、微妙な変動を示すカオス的なものであることは、神経軸索 や心臓を元に研究されている。

 c.このほか、生物個体のサーカディアンリズムや個体数の時間変動、非線形の 化学反応や工学的振動など、概周期的な現象に内在するカオス性についての研究 は、さまざまな分野で行われている。

 d.個体発生や細胞の増殖のように、いくつかの段階を経て時間的に発展してい くプロセスについては、いまだに伝統的な研究手法が主流ではあるが、これらを 複雑系のカオス的遍歴という観点から統一的に論じる視座が、金子邦彦 によって提出されている。

 e.量子系のカオス的振舞いというきわめて興味深いジャンルに関しては、散乱 過程についての Gutzwillerらのすぐれた仕事があるものの、【観測者のいない 量子系】で述べたような困難もあって、一般の人にアピールするほどの進展は ないように思われる。

【心理的時間】

 心理学においては、認知心理学的な手法に基づいて、時間知覚や時間評価につ いての研究が行われている。心理的現在を中心とする数秒以下の時間についての 知覚は、提示された刺激の時間的な弁別能を測定する実験に基づいて、かなり明 確な認知過程のモデルが提出されている。一方、数分以上の時間の評価に関して は、興味深いデータは数多くあるものの、実験・観察の制約上、強固な理論がで きているとは言い難い。

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©Nobuo YOSHIDA