前ページへ 次ページへ 概要へ 表紙へ



第1章.量子力学の概念構造



 量子力学を演繹的に構築する上で、最も根幹的な地位を占めるのが、系の《状態》という概念である。古典力学では、物理系を構成する粒子(または微小部分)が任意の時刻で持つ位置と運動量を指定すれば、他の力学的変数を含めて運動が完全に記述されると見なされていた。これに対して、量子力学では、不確定性関係のためにすべての力学的変数を各時刻で一意的に定められないため、力学変数の正確な値ではなく、その定量的な〈拡がり〉まで含めた、より一般的な運動の記述法が必要となる。こうした状況の下に論理的に要請されるのが、量子力学における《状態》の概念である。  量子力学的な《状態》概念の要諦は、その確率解釈にある。すなわち、ある物理系の状態が与えられるとは、その系を乱さないように測定を行ったとき、特定の結果がどのような確率で得られるかを予測できることを意味する。もちろん、各地るを定めるもの以外にも、物理学的に可能な《状態》概念はいろいろと考えられる。例えば、量子力学の黎明期にも見られたように、シュレディンガーの波動関数を粒子のそのものの拡がりと見なすことも、解釈の上では不可能ではない。それだけに、《状態》の内容を確率の指定に限定する解釈は、科学理論としての量子力学の特殊性を示唆する。

(以下、省略)



©Nobuo YOSHIDA