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第II章 科学的実在論の限界





 《実在》の問題を議論するとき,人はしばしば「何かあるものが存在する」 という形式の存在命題を用いる。しかし,前章で示したように,人間が存在を 認識する過程で,<観念>の措定やコンテクストへの配置などの認識論的な操 作が行われる以上,この命題は,対象の安定性や空間の空虚さなどを(無意識 的に)含意することになり,認知のフィルターに曇らされない《実在》の状態 を記述するには不適当となる。このため,《実在論》を展開するに当たっては,「存 在命題を用いるべからず」という強い制約を受け入れねばならない。このよう に言うと,「何が存在するか」について口を閉ざしたままで,はたして《実在》 について何か意味のあることが語れるかどうか,疑問に思われる向きもあるだ ろう。本章では,この疑問に答えて,科学的方法論の下に存在命題を回避した 実在論――すなわち,科学の体制によって《実在》を指示するという《科学 的実在論》の可能性を示す。

©Nobuo YOSHIDA