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§4.都市環境

 外敵からの防御としての意味合いが強かった古代の都市に対して、近代的な都市は、産業活動に有用なものだけを集めた人工的環境として成立している。その結果、市場価格で評価した単位面積あたりの生産性は、農村部などと比較してきわめて高くなったが、その一方で、都市周辺に生息する生物の多様性は著しく減少し、また、東京などの大都市では、植生の喪失とエネルギー消費の増大に伴うヒートアイランド現象が顕著になる。日米欧では、20世紀後半から周縁都市を含む都市圏が拡大したが、現在では飽和状態に達しており、開発途上国における都市化が顕著になってきている。ここでは、生産性を高めようとした結果、都市環境が悪化してきたことを指摘する。


■生物多様性の喪失

L9_fig20.gif  都市部では、森林や湿地のような植生が豊かな自然環境に適応した生物種は生息できない。特に、食物連鎖の終端に位置する捕食者は、昆虫を食べる一部の鳥類以外は全くと言っていいほど見られない。生息可能な大型動物は、ほとんど人間および人間に飼われている動物に限られ、わずかに、野良猫が都市環境に適応した“野生”動物として生き延びている。代わって、自然環境では死体を食べて分解を促進する「掃除屋(スカベンジャー)」の役割を果たしていたネズミ・ゴキブリ・カラスなどが、人間が出す生ゴミを餌にして増殖、他の生物種を圧倒している。中でも、近年の東京におけるカラス(ハシブトガラス)の増加は異常であり、1985年の推定7000羽から2002年には3万5400羽に急増している。食糧が豊富で天敵のいない都市環境にうまくなじんでいる上、生ゴミ中心の高カロリー食が繁殖力を増強しているように思われる。


■有機物循環の中断

 都市では、植生が少なく土壌表面が人工物(舗装・建造物)に覆われているため、植物体(落ち葉など)と土壌生物による腐葉土の形成が行われない。有機物が補給されない状態が長期間継続するため、地力の低下は避けられない。将来、(世界的飢饉など)何らかの事情により都市部で農地を開墾する必要が生じたとしても、作物の育成しない痩せた土壌しか残されていないだろう。また、街路樹などわずかな植生が残されている場合でも、落ち葉が土に戻されることはなく、清掃作業によって回収しゴミとして焼却されるため、労力とコストが必要になる。

 伝統的な農耕を行っている農村部では、生ゴミや屎尿が肥料として利用されるため、人間の営みを含む形で循環型社会が実現されているのに対して、近代化された地域では、いずれも廃棄物・汚物として回収され人工的に処理される。少量の生ゴミは、土に埋めると細菌によって短時間で分解され、悪臭を発することもないが、都市部では、大量の生ゴミがいっせいに排出されるので、効率的に回収・処理しないと、悪臭や生活害虫の発生など都市型公害の原因になる。近年では、コンポストを利用して自宅で生ゴミ処理を行う家庭が見られるものの、まだ、ごく少数に留まっている。食材の残り(野菜くず・魚の内臓など)は肥料に加工することも可能だが、残飯は塩分・油分を多量に含有しており、これらを除去しない限り、土壌を汚染するので肥料としては使えない。


■ヒートアイランド現象

 都市化に伴う熱放出の増加や土地表面の水分量の減少により、都市部の気温が郊外に比べて島状に高くなる現象を「ヒートアイランド現象」と呼ぶ。東京・大阪などの大都会では、ここ20年ほどの間にヒートアイランド化が急速に進み、都市環境の悪化を招来している。

L9_fig21.gif  地球温暖化の効果が、最近100年間で0.6℃の気温上昇に留まっているのに対して、大都市の年平均気温は、2〜3℃上昇している。統計によると、最高気温で+1℃、最低気温で+2〜3℃となっており、最低気温の上昇が顕著である。都市部の住民が高温にさらされる時間の増加は著しく、夏期における30℃以上の延べ時間は、最近20年の間に、東京・名古屋で約2倍、仙台で約3倍に達している(表)。こうした現象は夏場のエアコン使用に拍車を掛け、結果的にヒートアイランド化を促進するという悪循環を生んでいる。


○ヒートアイランド現象の原因

地表面被覆の人工化
  1. 人工的土地利用の増加 : 土壌表面に日光を吸収し水分の蒸発を妨げる覆いを作ったことが、ヒートアイランド現象の大きな要因である。名古屋を例に取ると、、1974年から94年の間に山林田畑が9ポイント減少しており、主に住宅と道路に転用された。水分保有量の比較的多い木造建築が減少したことも、熱汚染の要因の一つとなっている。アスファルトやコンクリートは、日光を吸収した後、そのエネルギーを熱作用の大きい赤外線に変えて放出するため、効率的に温度上昇をもたらす(夏の盛りにアスファルトの道路を歩いていると、赤外線で内部まで加熱された“人間石焼きイモ”になってしまいそうだ)。地表面が土ならば、水分を多量に含有していて蒸発の際に気化熱を奪うので、地表1m付近で測定される標準気温に比べて地面近くの方が気温が低いのに対して、舗装化された場合は、地面に近いほど温度が高い。このため、乳児をベビーカーに乗せて夏の都会に繰り出すのは、熱中症の原因となって危険である。
     河川や貯水池が地表から姿を消したことも、ヒートアイランド化の要因となっている。かつての江戸は、その名の通り(「江」=河、「戸」=入り口、すなわち河口の意味)、河川を利用した運河が無数に張り巡らされ、東洋のヴェニスといった趣を呈していた。しかし、明治期以降、こうした運河の大半は暗渠となって、人の目から覆い隠された。地表の不透水化によって雨水は速やかにコンクリートで固められた暗渠に誘導され、短時間で海に流されてしまう。このため、日光を受けて蒸発し気化熱を奪うことができず、温度調節の役割を果たすことができない。水路を暗渠化したことで(橋まで迂回する手間が省けて)陸運は便利になったが、その一方で、熱汚染という新たな環境問題が引き起こされたわけである。
  2. 植生の減少 : 植物は、土壌内部の水を吸い上げて葉の気孔から蒸散させているが、その際に気化熱を奪うことにより、温度の低下をもたらしている(暑い夏の日に、木陰にはいるとほっとするほど心地よいのは、単に日射が遮られるからではない)。都市部では、葉を茂らせてさかんに光合成を行う高木が少ないため、こうした自然の温度調節が充分に機能していない。近年の緑化率の変化を見ると、都心部では公園の整備により低下は小さいが、市街地の拡大に伴って大都市周辺での植生の減少が進んでいる。都市整備の一環として公園やビル屋上に草木が植えられることもあるが、葉の少ない低木は、ヒートアイランド現象の緩和にあまり効果がない。
熱放出の増大
○ヒートアイランド現象の影響
  1. 健康被害 : 都内での熱中症患者は90年代に増加し、夏日・熱帯夜の日数と有意な相関が認められる。熱中症はひどくなると生命に危険を及ぼすが、そこまでいかなくても、労働能力の低下を招くため、産業にとってもマイナスである。
  2. エネルギー消費の増大 : 東京電力管内の夏期の最大消費電力は、気温が1℃上がると(主にエアコン稼働率が上昇するため)約166万kW増加する。このエネルギー消費に伴う熱放出は、さらに温度を上昇させるという悪循環をもたらす。
  3. 大気汚染 : 海風・陸風が弱まって空気が停留し、光化学オゾン濃度などが上昇する。
  4. 生態系への影響 : 都市部でのサクラの開花日は、年々早まる傾向が見られる。また、都市部が亜熱帯化し、マラリアを媒介するハマダラカなど生活害虫の北上が懸念される。
  5. 集中豪雨 : 都市部で増加している短時間の集中豪雨(熱帯のスコールを思わせる)は、ヒートアイランド現象に起因するものだという説が有力である。



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