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§2.ネットワーク犯罪


 ネットビジネスが普及するにつれて、それに関連した苦情も急増中である。国民生活センターのまとめによると、電子商取引を巡る相談件数は、1997年度から2000年度までの間に、265件→544件→1055件→2215件と、年を追って倍々に増えてきている。ネットワークには、利便性だけでなく多くの危険性が隠されていることも忘れてはならない。


電子商取引のトラブル


 電子商取引の場合、取引相手と相対交渉をしておらず顔が見えないため、信用度の低い業者と関わって、注文を出したにもかかわらず商品が送られてこなかったり、カタログと異なる商品が送られてくることがある。また、販売する側も、代金が不払いになるリスクを負う。通常の商取引の場合は、苦情を言う相手がはっきりしているが、ネット上では相手がアドレスを変更して姿をくらましてしまうケースも少なくない。特に、ネットオークションでは、代金を支払った後で品物を配送するのが一般的であるため、匿名メールやフリーメールなどを使って架空口座に入金させてから連絡を絶つ詐欺が多い。また、複数のIDを使って自分で自分の商品に入札し、価格を釣り上げるなどのテクニックも見られる。



ネットを利用した著作権侵害


 こんにちでは、情報技術を利用して音楽や写真をデジタルデータに変換することがきわめて容易になっている。このため、CD収録曲をコンピュータで再生できるファイル(mp3というフォーマットが用いられることが多い)にして無断で配信したり、写真集からスキャナーで読み込んだ画像をウェブページで勝手に使用するなど、著作権を侵害する行為が頻発している。著作権(Copy Rights;©マークを使って主張される)とは、音楽・絵画・映画・小説などの著作物を制作した段階で(申請・登録などを行わなくても)自動的に発生する権利で、作者に無断で作品を複製することは、一部の例外を除いて著作権法の違反行為に該当し処罰(罰金・懲役)の対象となる。著作権の適用外となるのは、家庭内での私的使用(録画しておいたTV番組を自分で見るなど)や教育目的での複製である。

 著作権保護を容易にするために、 電子透かし の技術が開発されている。これは、デジタル著作物に一種の“透かし”を埋め込んで著作権の帰属を明確にし、コピーが行われた場合は、日時や回数などを記録するものである。音楽ファイルを有料で配信する場合に、著作権侵害に当たらないことを主張する上で欠かせない技術である。しかし、膨大な違法コピーを一掃する技術は存在しない。

 2002年にプロバイダ責任法が施行され、著作権者は、ネット上で権利を侵害している加害者の身元を開示するようプロバイダに請求することが可能になった。とは言え、(米大手映画会社のような)資本力のある大企業でない限り、著作権者が個々の違法コピーを探し出して法的措置を講じるのは、現実問題として困難である。


【事例1】ナップスター騒動

 インターネットにおける著作権問題の深刻さを浮き彫りにしたのが、「ナップスター」と呼ばれるソフトである。これは、私的使用のためにハードディスク上に複製してある音楽ファイルを、ナップスターのユーザ間で交換することを可能にするものだ。ユーザがセンターサーバにアクセスして好きな楽曲の検索を行うと、他のユーザが所有している音楽ファイルの一覧が表示される。

L15_fig14.gif  例えば、右の画像は"Celine Dion"の検索を行っているところである(ちなみに、この画像ファイルは米Napster,Inc.のページから無断でコピーしてきたものだが、ナップスター社はインターネット上でのコピーは著作権侵害に当たらないと解釈しているので、訴えられる心配はないだろう)。ここで、欲しい音楽ファイルのダウンロードを指示すると、見ず知らずのナップスター・ユーザのパソコンからファイルがコピーされて送られてくる。インターネットに常時接続している場合は、自分のパソコンにある音楽ファイルが気がつかないうちに他人にコピーされることも起こり得る。無料でCD並の音質を持つ音楽ファイルを手に入れられる便利さが評判になり、ナップスターは世界中で6000万人以上のユーザを獲得するに至った。

 しかし、どんなに便利だと言っても、ナップスターは著作権侵害に当たる不正コピーを行うソフトだ考える人が多い。個人的な視聴の範囲ならばCDの楽曲をハードディスクにコピーすることも合法的だが、そのファイルを不特定多数のユーザの間で交換することは、たとえ各ユーザが金銭の授受なしに個人的に行っていることだと言っても、もはや私的使用の域を逸脱していると言わざるを得ない。こうした著作権侵害が横行すると、作曲家・作詞家・演奏家などの著作権者が正当な報酬を得られず、作品制作意欲が減退して音楽活動が衰退することもあり得る。実際、アメリカでは、ナップスター利用者の多い大学周辺でのCD売り上げが減少したとの報告もある。全米レコード協会が、ナップスターを開発し検索サービスを行っている米ナップスター社を著作権侵害で提訴したのは当然のことだろう。審理に当たった北カリフォルニア州連邦地裁は、2001年3月に著作権を侵害している曲について、ファイル無料交換サービスの停止を命じる判決を出した。ナップスター社は、同じ技術を用いて音楽ファイルの有料交換を行うサービスを立ち上げたが、著作権者の意向で交換できない曲が多くユーザは激減、同社は2002年に破産法を申請して事実上倒産した。

 しかし、騒動はこれでは終わらなかった。ナップスターの成功を見て、見ず知らずのインターネット・ユーザ同士が簡単にファイル交換を行える同様のソフトが続々と開発されてきたのである。グヌーテラに代表される新しいタイプのファイル交換ソフトは、センターサーバを介さず、ユーザ同士で自動的に情報交換を行い、欲しいファイルをダウンロードできるというものである(下図)。WinMXやカザアと呼ばれるソフトは、音楽だけではなく、映像やゲームソフトまでも探索してダウンロードする機能を持っており、ネット上で著作権を保護することは年を追うごとに難しくなってきている。

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 こうした風潮に対して、アメリカでは、全米レコード協会が実力行使に踏み切った。2003年、インターネットで音楽ファイルの無料交換を大量に行っていた個人をデジタル・ミレニアム著作権法に基づく開示請求などによって特定、261人を相手取り著作権侵害訴訟を起こしたのである(その後も提訴は続けられている)。提訴された人の多くは、高額の賠償金を支払うよりも数千ドルの和解金を支払う道を選んでいるが、その中には違法行為と知らずにファイル交換をしていた12歳の少女もおり、「弱い者いじめ」という批判も少なくない。著作権使用料は、ネット接続料やパソコン価格に組み込んで、多数のユーザから広く薄く徴収すべきだとの意見もあり、議論はいまだに決着していない。携帯音楽プレーヤーの普及に伴い、無料で音楽が試聴できるシステムも拡がってきており、コピー防止を行わない音楽配信を行う会社も現れた。


【事例2】ウィニー問題

 日本では、ファイル交換ソフト「ウィニー」が人気を集め、2006年には約40万人が利用していたが、著作権侵害や個人情報流出の元凶となった。コンピュータソフトウェア著作権協会と日本音楽著作権協会は、ウィニーによる被害相当額は合計99億4千万円に達するとの資産を発表した。企業がウィニー対策を強化したため利用者は頭打ちとなったが、代わって「シェア」など新たなファイル交換ソフトが開発されている。

 ウィニー開発者である東大助手は2004年に著作権法違反幇助罪で逮捕され、2006年の京都地裁では罰金150万円の有罪判決が出された(控訴中)。ウィニー開発者に著作権侵害がなされるという強い認識があったと認められたからだが、技術開発が萎縮するとの声も一部にある。




©Nobuo YOSHIDA