質問 群れをなして飛ぶ渡り鳥は、V字形の特徴的な編隊を作って飛びます。そこで、次のようなレポートを作成しました。
 大型の鳥が飛ぶと翼の先端から後方に渦状の乱気流が発生する。その乱気流の斜め後方には上向きの気流があるため、後ろを飛ぶ鳥は上向きの気流に乗ると、エネルギーの消耗が少なくてすむ。このため、V字型や斜め一列に繋がった編隊飛行をする。
 先端を飛ぶ鳥はエネルギーの消耗が大きく疲れるため、ときどき後方の鳥と交代する。つまり、先端を飛ぶ鳥はリーダーではない。
 このような、群れでフォーメーションを作り、能率良く行動する動物は他にもたくさんいる…(後略)
 このレポートを教官に見せると、まだまだ詳しく書けると言われましたが、なかなかこれ以上進みません。【古典力学】
回答
 ハクチョウ、ガン、カモなどの中〜大型の水鳥は、V字あるいは斜め一列の編隊飛行を行いますが、これは、飛翔に要するエネルギーを節約するためです。一般に、羽ばたいて揚力を作る飛行生物は、体重が重くなるほどエネルギーに余裕がなくなり、省エネ飛行が必要となって、編隊を組むようになります。これに対して、エネルギーに余裕のある小型の鳥や昆虫、自然の上昇気流を利用して滑空飛行を行う大型陸鳥やカモメなどは、編隊飛行を行いません。
qa_265.gif  羽ばたき飛行では、翼を少しねじりながら打ち下ろして、内翼で揚力を、外翼で推進力を作り出します。羽を引き上げるときには、少し畳んで抵抗を小さくしているので、鳥の後方には、周期的に強くなる下降気流が生じることになります。一方、翼の先端から伸びる曳航渦をはさんだ外側には、下降した空気を補給するための上昇気流が生じています。したがって、鳥の斜め後方に付けると、この上昇気流を利用することができ、揚力を生み出すためのエネルギー消費が少なくて済みます。
 編隊飛行をすることによる省エネ効果は、乱流が生じないなどの仮定を置いた簡単なモデルで計算されています。参考文献にあるモデルによると、編隊を組む個体数を n、鳥同士の横の間隔を s と置いた場合、n が大きく s が小さいほど、省エネ効果は大きくなります。n が大きいほど効果が大きいのは、上昇気流を利用できない先頭の個体の割合が相対的に小さくなるためです。先頭にいる鳥はエネルギー消費量が大きいので、ときどき後方の鳥と交代しています。また、計算上は、エネルギー節約効果は図の s/b の関数となり、上昇気流が曳航渦の近傍で最大になることから、s/b が小さいほどエネルギーの節約になります。ただし、実際には、曳航渦のすぐそばでは気流が乱れているので、必ずしも s=0 がベストポジションというわけではありません。さらに、このモデルでは、鳥からの距離が大きくなったときの後方気流の変化が考慮されていないので、前後間隔の最適値は求まりません。計算によると、n=10 、s=0 の場合、約20%の省エネ効果があるとされます。 qa_266.gif
 2001年には、フランスの研究チームが、モモイロペリカンの心拍数を測定することにより、V字型の編隊を組んで飛行すると、エネルギー消費量が11-14%少なくなることを見いだしています ( H.Weimerskirch et al., 'Energy saving in flight formation,' Nature 413 (2001) 697- )。
【参考文献】東昭 著『生物の動きの事典』(朝倉書店)

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質問 「放射性物質が体に悪影響を及ぼす」という認識が生まれたのはいつ頃かご存知ありませんか。「キュリー夫人にその認識はなかった」と書いてあるページを見かけたこともありますし、フェルミの有名なバケツの実験でもその認識があったとは感じられません。ノルマンディー上陸作戦に参加した連合軍の兵士には、急性の放射能による症状が見られた場合はすぐに報告するようにと達しがあったようですが。【環境問題】
回答
 放射線が生体に影響を及ぼすことは、比較的早くから知られており、1896年にベクレルによって放射能が発見された数年後(1900年前後)には、放射性物質に直接触れると火傷のような傷害をもたらすことが報告されています。しかし、科学者がその深刻さを認識し始めるのは、ようやく1920年代後半になってからであり、それまでは、ラジウムにせよX線にせよ、その扱いはきわめて杜撰でした。さらに、一部の科学者が警鐘が鳴らし始めた後も、充分な対策は行われず、相当数の放射線障害患者を生み出したと推測されます。
 特に、ラジウムに関しては、「健康に良い」という誤った知識が蔓延し、1920年代から30年代にかけて、かなりの被害をもたらしました。原子核の知識のない一般の人にとって、ラジウムは、「謎のエネルギーを発する神秘の物質」であり、当時は珍しかった女性科学者が発見したこともあって、現在の観点からすると異常な人気を集めたわけです。ラジウム入りのヘアトニック、顔面クリーム、果ては、健康飲料まで販売されています。また、いくつかの病院では、ラジウムを塗布したり飲用したりしてさまざまな病気を治療する試みが行われました。
 ラジウムの深刻な危険性が最初に指摘されたのは、1924年のことです。この年、ラジウム入りの蛍光塗料で時計の文字盤に文字を書く作業をしていた女性従業員の間に、顎の病気が多発していることが報告されました。その原因は、筆先を整えようと舐めた際にラジウムを飲み込んだためだと考えられています。1925年には、マリー・キュリーの同僚研究者2人が悪性貧血などで相次いで死亡したため、彼女の指示により、ラジウムなど放射性物質の危険性を指摘する調査報告書が作成されました。マリー・キュリー自身も1934年に放射線被曝が原因と見られる再生不良性貧血で亡くなっています(彼女の実験ノートは、ガイガー計数管が振り切れるほど汚染されていました)。さらに、1927年には、ショウジョウバエを使った実験で放射線が突然変異を引き起こすことが見いだされ、生物学者を中心に遺伝的な悪影響が懸念されるようになります。
 こうした報告を受けて、X線およびラジウム防護委員会は、1936年に「1日当たり0.1レントゲン以下」という被曝基準値を設けました(0.1レントゲンという放射線量は1ミリシーベルトとほぼ等しく、現在の一般人向け国際基準の1年分です)。しかし、一般人はもちろん科学者の間でも危機感は乏しく、ラジウムを用いて原子核の研究を行っていた物理学者たちも、「素手で扱うのは危険だ」という程度の認識だったようです。
 アメリカ政府は、1941年から原爆開発を目標とするマンハッタン計画に着手しますが、放射線被曝に対する防護策はかなりお粗末でした。1942年にフェルミが世界初の原子炉を建造したときには、臨界時に発生する中性子線の防護をきちんと行っていません。プルトニウム製造のために1944年にハンフォードに建設された工場の作業員は、自分たちが何を扱っているか、どの程度の危険があるのかを知らされておらず、硝酸プルトニウムの蒸気を吸い込んでしまうという事故も起きています(当時は、プルトニウムの代謝に関するデータがなく、末期患者に少量投与する人体実験も行われました)。
 科学者たちが、放射線の真の恐怖を正しく認識するのは、ヒロシマ・ナガサキの惨状が伝えられてからでしょう。

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質問 エネルギー保存則について、3つ質問します。
  1. エネルギー保存則は人間が便宜上定めたものにすぎないと思いますが、定着していく過程を教えてください。
  2. 不確定性原理はエネルギー保存則をやぶると考えていいんでしょうか? トンネル効果の説明に使われているようですが、原子レベルでどういったことが起こっているんでしょうか?
  3. 宇宙論でもエネルギー保存則が絶対であるかのように論じているのを見かけますが、未知なる領域に対しても成立している保証はないと思います。成立していると考えられる根拠はあるんでしょうか?
【古典物理】
回答
  1.  力学的な過程で保存される量が存在することは、ニュートンによって力学の体系が完成された直後から多くの学者によって指摘されました。当初は、デカルト学派による「mv の保存」と、ホイヘンスらによる「mv2 の保存」という2つの説が対立していましたが、前者は運動量の保存として、後者は力学的エネルギーの保存(運動エネルギーの変化=外力による仕事)として、正しく解釈されるようになります。
     熱エネルギーを含めたエネルギーの保存則(熱力学第1法則)は、19世紀半ばに、3人の科学者がほぼ同時に発見しました。
     ドイツの医師マイヤーは、船医として東インド諸島に向かう途中、熱帯では人間の静脈血が高緯度地方よりも赤いことから、暖かい環境では代謝量が少ないことに気がつきました。この発見を元に、彼は、「太陽からの熱、筋肉の運動、食物の代謝は、同一の物理的実体の異なる現れであり、全体として一定に保たれる量が存在する」と考え、1842年に論文にまとめます。彼の議論は形而上学的で実証的な根拠に欠けており、論文もいったんは不受理になりましたが、後に、エネルギー保存則を最初に提唱したものとして評価されます。
     一方、イギリスの物理学者ジュールは、水中で回転子を回転させたときの機械的な仕事量と発生する熱量が比例することを実験的に検証し、1843年の論文で「熱の仕事等量」という概念を発表します。彼の議論はマイヤーと違って経験主義的であり、熱と力学的エネルギーの関係を実験によって明瞭に示しているものの、全エネルギーの保存という概念には到達していません。
     また、ドイツの生理学者・物理学者のヘルムホルツは、1847年に出版した著書で、筋肉の活動には生気のような非物理的な“力”(当時は、エネルギーの代わりに“力”や“活力 (living force)” という語が用いられていました)が関与していないというアイデアから出発して、熱や電磁的エネルギーも含む全エネルギーの保存について述べています。
     全エネルギーが厳密に保存することは、20世紀になってから、「ネーターの定理」を使って証明されました(この定理の名称は、ドイツの女性数学者ネーターに由来します)。ネーターの定理とは、簡単に言うと、システムに対称性(ある変換を施してもシステムを支配する法則が変わらないという性質)があると、これに付随して保存量が存在することを主張するものです。全エネルギーの保存則は、「時間が経っても物理法則が変わらない」ことから導かれます。ついでに言えば、「場所を移動しても物理法則が変わらない」ことから運動量の保存則が導かれます。
  2. qa_264.gif  不確定性原理は、エネルギーの保存則に関して、いくつかの制限を付けます。ある対象のエネルギーが厳密に定義できるのは、その対象が定常状態(時間が経っても変化しない状態)にある場合だけであり、遷移中のシステムで個々の対象のエネルギーを決定することはできません。例えば、トンネル効果によってニュートン力学では越えられないポテンシャル障壁を通過している途中では、粒子の運動エネルギーは決められませんし、粒子の運動エネルギーとポテンシャル・エネルギーを足すと一定値になるということも言えません。もし、途中の粒子のエネルギーを測定しようとして別の粒子と相互作用させたとすると、その過程で外部からエネルギーを持ち込むことになり、もともとのエネルギー保存則が無意味になってしまいます。ただし、エネルギー保存則が破れたわけではなく、単に、粒子とポテンシャル障壁を分けて考えられなくなるだけで、システム全体のエネルギーは保存されていると考えてかまいません。
  3.  最初の回答にあるネーターの定理が示しているように、「宇宙全体を支配する物理法則は時間が経っても変わらない」ことを前提とすれば、宇宙の全エネルギーは保存します。
     これまでに宇宙のエネルギーが保存されていないと主張した科学者は、決して少なくありません。最も有名なのは、定常宇宙論を展開したイギリスの天体物理学者ホイルです。彼は、ハッブルの法則に従って銀河が互いに遠ざかっているにもかかわらず、宇宙の姿は永遠に変わらないと考えました。このアイデアを正当化するために彼が主張したのは、銀河が遠ざかって生じる“隙間”に真空から物質が湧き出てくるという説で、明らかにエネルギー保存則を破るものです。また、イギリスの理論物理学者ディラックは、時間が経つにつれて物理定数が少しずつ変わっていくという理論を提唱しました。しかし、こうした“斬新な”説を他の学者に認めさせるには、かなり強力な証拠を示さなければなりません。そうした証拠がないので、現在、多くの宇宙論研究者は、「物理法則は変わらない」という最も無難な考えを支持しています。もちろん、そうではないというデータが出てくれば、とても面白いのですが…。

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質問 「ラプラスの悪魔」という決定論は、今どういう評価をされているのでしょうか。もう古い考えとなっているのでしょうか。スパコンを用いた地球シミュレータは、このラプラスの悪魔であるように思いますが、いかがでしょうか。【古典物理】
回答
 ラプラスの悪魔(デーモン)とは、ある時刻における全世界の状態(原子論の場合は全原子の位置と運動量)を知る能力と、その情報をもとに、その後に何が起きるかを完全に予測する能力を併せ持った仮想的な存在のことです。ニュートン力学やマクスウェル電磁気学のような古典的な物理学では、ある時刻の状態が決まれば、その後の(あるいは、その前の)状態は物理法則を通じて完全に決定されますが、こうした「古典物理学的な決定論」を具象化した存在が、ラプラスの悪魔なのです。
 こんにち、多くの論者はラプラスの悪魔を否定的に捉えているものの、その根拠は、必ずしも同じではありません。とりあえず、思いつく根拠を並べておきます:
  1. ある時刻の世界の状態は確定していない(したがって、未来も一意的に定まらない)。
  2. 世界の状態は確定しているが、その全てを知ることはできない。
  3. ある時刻の状態が確定していたとしても、未来の状態はそれによって決定されない。
  4. ある時刻の状態がわかったとしても、未来の状態を計算することはできない。
私は、3番目と4番目の主張が、それぞれ異なる方向からラプラスの悪魔を否定する論拠になると考えています。以下、順番に説明しましょう。
  1. 1番目の考え方は、主に、量子力学の不確定性関係をもとに主張されます。原子論の立場からすると、不確定性関係によって、原子の位置と運動量は同時に確定していないことになります。ハイゼンベルグは、こうした観点から「古典物理学的な決定論」を論駁しています。ただし、「オブザーバブル(観測可能量)の固有状態になっていない」場合でも、「物理状態としては確定している」と考えることも可能であり、決定論を論駁する根拠としては弱いと言えるでしょう。
  2. 2番目の考え方は、科学的認識論の観点から論じられるものです。世界の状態について知るためには何らかの測定を行わなければならないが、対象に介入する測定行為は対象の状態を変えてしまう、あるいは、測定装置ないし測定者の状態そのものは測定できない−−という論点から、未来を予測するのに必要なあらゆる状態の知識は得られないと結論されます。ただし、決定論の要件は、観測可能性によらず状態が決定されるかどうかということなので、原理的な反論にはなっていないと考えられます。
  3. 3番目の考え方は、決定論が依って立つ因果法則そのものを否定するもので、最も原理的な立場と言えるでしょう。具体的には、量子力学の1つの解釈として「互いに干渉しない歴史」を考えるという議論があります。この場合、「過去から未来にわたる歴史」が(量子力学的な状態として)確定していたとしても、「ある時刻の状態が過去ないし未来を一意的に決定することはない」とされます。ただし、原理的な因果法則は成り立っていないが、充分に良い近似の範囲内で因果法則に支配されるというケースも考えられるので、次の主張と併せて、初めて、原理的にも現実的にもラプラスの悪魔が存在できないという結論が得られます。
  4. 4番目の考え方は、プラクティカルな観点からすると、最も有効な論拠だと言えます。カオス理論が明らかにしたように、現実的なシステムは、わずかなゆらぎに対してきわめて敏感に応答します。このため、ゆらぎを均した近似的なモデルを使って計算すると、計算結果と現実の出来事のずれは時間の経過とともに大きくなり、具体的な予測はほとんど当たらなくなります。例えば、地球シミュレータを使って100年後の気象を計算すると、台風の発生・発達などについてシミュレーションができます。しかし、この結果は、あくまで台風の発生頻度や平均強度のデータを得るのに利用できるだけであって、いつどんな台風が日本に襲来するかという予報には使えません。完全な未来予測を行うためには、全てのゆらぎの効果を厳密に取り入れて計算する必要がありますが、そのためには、世界で起きる全ての物理現象を計算機内でシミュレートしなければなりません。しかし、それは、世界をもう1つ創造するのと実質的に同じことです。あるいは、われわれが生きているこの世界が、ラプラスの悪魔の頭の中にあるのかもしれません。
 ラプラスの悪魔に対する議論は、これ以外にもいろいろとあるでしょう(例えば、量子力学の多世界解釈に基づく議論)。いずれにせよ、ラプラスの悪魔は、いまだに、科学的にも哲学的にも充分に興味深い話題だと言えます。

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質問 ひもは、何故切れるのですか? 引っ張っても切れないものは、出来ないのですか?【その他】
回答
 日常的に使われるひもは、フィラメント状の高分子を何本も束ねあわせて作っています。代表的な合成繊維であるナイロンは、アミド結合(-CO-NH-)によって単量体が鎖状につながった高分子を、数多く束ねて紡糸したものです。個々の高分子は大きな引っ張り強度を持っていますが、高分子同士は弱い分子間力で結びついているにすぎません。このため、強く引っ張ると、高分子同士の結合がはずれてひもが切れてしまいます。
 フィラメント状の高分子を紡いで作るひもを切れにくくするには、(1)個々の高分子の重合度を上げて分子長を充分に長くする、(2)高分子の配向度を高めて分子同士が強く結びつくようにする−−という2つの方法があります。例えば、東洋紡が開発した「ダイニーマ」と呼ばれるポリエチレン繊維は、この両方の性質を改善することにより、比重 0.97 と水に浮くほど軽い繊維ながら、強化ピアノ線に匹敵する 3GPa(ギガパスカル) 以上の強度を実現しているそうです。
qa_263.gif  最近では、ナノテクノロジーによって全く新しい素材が開発されています。特に期待されているのが、カーボンナノチューブです。これは、シート状のグラファイト(純粋な炭素が蜂の巣のように並んだ結晶)を丸めてチューブにしたもので(右図)、比重 1.4 程度の軽さで、引っ張り強度が数十GPa になると予想されています。さらに、フィラメント状の高分子と異なり、限界強度以上の力を加えても、チューブがくびれて長く伸びる大ひずみ弾性変形を起こすだけで、破断には至らないと考えられています。したがって、充分に長いカーボンナノチューブを集めてひもを作ることができれば、通常の力では切ることのできない最強のひもとなるはずです。実現性は乏しいものの、これを、宇宙エレベータ(静止衛星と地上を結ぶエレベータ)のロープとして使おうという計画もあります。
 現在、長さ数百ミクロン程度なら大量のカーボンナノチューブを合成できるようになっていますが、ミリ単位にまで成長させるのは、技術的にかなり難しいようです。切れないひもを作るには、もう少し時間がかかりそうです。

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質問 現在の学説では、太陽と地球は同じ星間物質から生まれたということですが、太陽の内部構造を説明した図を見る限り、水素、ヘリウムなど核融合に必要なもの(及びその結果生成されたもの)のみが説明されていて、ケイ素など地球型惑星を構成している物質の描かれたものがありません。比重の重たい物体は、回転の中心に集中するので、比重の高い物質がもっと太陽にあってもおかしくないと思います。太陽系生成時にあったと思われる水素、ヘリウム以外の物質はどこへ行ってしまったのでしょうか?【現代物理】
回答
 太陽の元素組成は、光球のスペクトルや太陽風の測定を通じて分析されており、中心部に関しては正確にわかっていませんが、平均すると、現在の太陽は、核融合(水素からヘリウムへの変換)による変化分を別にして、50億年前の原始太陽星雲の組成をほぼ保持していると考えられます。水素・ヘリウム以外の元素は、原子数比で0.1%程度ですが、これは、初期宇宙の組成に比べると、かなり大きい値です。ビッグバンから数億年の間に形成された第1世代の星では、まだ、恒星内部での核融合が進んでいないため、重い元素の比率は、これよりはるかに小さくなります(2005年には、すばる望遠鏡を用いた観測により、太陽に比べて鉄の含有量が25万分の1の天体が発見されました)。逆に、太陽よりずっと若い恒星では、重い元素がより多くなります。
 太陽の内部構造を説明した図に、水素やヘリウム以外の構成要素が描かれていないとありますが、これは、含有量が少ないので省略しただけでしょう(あるいは、正確な組成がわからないので、あえて書かなかったのでしょうか)。中心部で行われている核融合反応には、CNOサイクルと呼ばれる過程があり、炭素(C)・窒素(N)・酸素(O)が一種の触媒として作用していることが知られています。太陽ではCNOサイクルよりもppチェーンと呼ばれる核反応の方が主流となっていますが、太陽より高温の恒星では、CNOサイクルの方が重要です。もし中心部に炭素などが存在しないとCNOサイクルが始まらず、観測されているエネルギーを作り出すことはできません。CNOサイクルとppチェーン以外の核反応についても反応確率が計算されており、恒星のエネルギー源にはほとんど寄与していないことが確認されています。
 太陽の組成は、地球型惑星とはずいぶん異なっているように見えますが、実は、揮発性の成分を除いて比較すると、かなり似通っていることがわかります。逆に言えば、地球型惑星の組成は、本来の原始太陽星雲の組成から揮発性成分が抜けてしまったものなのです。
 惑星は、原始太陽の周りに形成された円板状のガス雲の中で成長したと考えられています。火星より内側の軌道では、温度が高いために、水・アンモニア・メタンなどは気化しており、惑星の“種”となる固体成分はケイ素や鉄などが中心となります。こうした岩石は量が少ないために周囲の気体を集めるほどの重力が生み出せず、比較的小さな岩石惑星が形成されます。一方、木星や土星は、大量の氷を核にして周辺のガスを集めたために、巨大なガス惑星に成長しました。天王星や海王星も氷を核に成長し始めましたが、ガス雲の密度が低いために巨大惑星になり損ねたと推測されます。

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質問 冷たい風は、分子運動論で説明するとどうなるのでしょうか? 暑い、寒い、の皮膚感覚は、皮膚に衝突する気体分子の運動エネルギーの大小の違いと習った覚えがあります。強く吹く冷たい風は、気体分子の振動(ランダム方向の運動)は小さく、集団として一様な方向に運動している場合と考えていいのでしょうか? 強く吹く冷たい風が皮膚に当たった場合、暑いと感じてもいい気がします。【その他】
回答
 風の速度は、気体の温度とは関係ありません。気体分子の平均速度を v とすると、分子運動論より次の関係式が成立します:
  mv2/2 = 3kT/2
  (m:分子の平均質量、k:ボルツマン定数、T:絶対温度)
この式に数値を代入すれば、分子の平均速度は、秒速500m程度になります。一方、通常の風の速さは秒速数メートル程度なので、両者は切り離して考えることができます。
 風が当たったときに冷たいと感じる理由は、次の2つです:
  1. 体の周りには体温から気温まで変化する温度勾配が生じているが、風が吹くと、皮膚のそばにある体温に近い空気が移動して、より低温の空気が肌に触れることになるため。
  2. 風が吹くことによって皮膚近くの水蒸気の密度が低下し、汗の蒸発が促されて気化熱が奪われるため。
 蒸気風呂などで温度が体温以上で湿度が100%近い空気をあおいでみると、体に当たっても涼しくないことが実感できるでしょう。

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質問 アメリカで始まった金融工学の流れは、Econophysics(経済物理学)という新たな学問領域を形成するに至っているそうです。経済物理学とは、複雑系、臨界現象などの概念や統計物理学の考えと手法を用いて経済現象を分析しようという試みだそうですが、市場の予測や意思決定に利用することに終始しているように見え、個人的には全く期待していません。しいて申し上げるならば、戦争がなくなり福祉と平和が理想的に実現されるためには、法・制度や経済現象はかくあるべきというような指南を強く打ち出す体系が、物理や数学あるいは工学的基礎に基づいてつくることができるならば素晴らしいことでしょうし、そのようなものにお目にかかりたいものと願うのですが。 理想的な社会のあり方とそこへの移行のし方を何がしかの数式の類で表現することはできないものでしょうか?【その他】
回答
 昨年暮れに出版された『物理学者、ウォール街を往く』(エマニュエル・ダーマン著、東洋経済新報社)では、素粒子論から金融の分野に転身した著者の体験をもとに、物理学の手法が経済問題に対してどのように適用できるか、さらには、物理学的アプローチのどこに限界があるかが語られています。理論物理学者は、偏微分方程式から位相幾何学に至るさまざまな数学を使いこなし、有効性の高いモデルを構築する技能に長け、簡単なコンピュータ・プログラミングもできるので、金融工学の分野でも、一定の成果を上げることが可能です。しかし、こうした能力によって全ての経済問題を解決できるわけではありません。
 簡単に言えば、物理学とは、世界が単純な法則に従っていることを基本的な前提とし、この法則を近似的に表す数学的なモデルを使って現象を記述していく学問です。物理現象に見られる複雑さは、単純な法則に従う構成要素が数多く組み合わされたことに起因するものであり、それゆえに、もともとの単純な法則の名残であるさまざまな性質(エネルギー保存則など)を有しています。しかし、社会現象は、その構成要素である“個”自体が複雑な存在であるため、モデルの有効性も自ずと限られてしまいます。
 例えば、株式オプションの公正価格を決定するのに用いられる「ブラック=ショールズ・モデル」は、経済学の分野で最も成功した理論の1つに数えられていますが、このモデルが適用できるためは、経済構造が比較的安定していることが条件となります。環境変化やイノベーションによって大規模な構造変動が起きる過程では、モデルの予測能力は著しく低下します(ブラック=ショールズ・モデルに関しては、別の回答でも触れています)。実際、変動期には、情報が意図的に操作されたり、異なる行動指針を信奉するグループが対立したりするため、大数の法則が成り立たず、統計法則に依存する数学的モデルはうまく機能しなくなります。
 理想的な社会を実現するための改革は、こうした構造変動を引き起こす可能性が高いため、モデルに基づく物理学的なアプローチが通用しない過程に相当すると考えられます。仮に、民族間の経済的不平等を解消し国際紛争を回避するための資源の最適配分法が考案されたとしても、それを実現するための(税制などの)施策が数学的に導けるような経済モデルが作れるとは思えませんし、そもそも、資源の配分が最適かどうかについて相対立するクレームが寄せられることは想像に難くありません。
 ダーマンは、『物理学者、ウォール街を往く』の中で金融の理論について次のように述べていますが、これは、経済物理学という仰々しい呼称の学問に対する批判として受け取っても良いでしょう:
 クオンツ(計量アナリスト)が「資産価値」に関する新しいモデルを提示する際には、他の誰かによって創造された価値の構造をあたかも自分が予測できるかのように振る舞っている。…(しかし)正直者であれば、…自分はただの見せかけ師で、自分が本当の意味で正しいということなどあり得ないことは即座にわかる。

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質問 最近、検証して頂きたいなと気になっている本があります。それは、『環境にやさしい生活をするために「リサイクル」してはいけない』(武田 邦彦著、青春出版社)という本です。出版されるや、リサイクルに関心がある人などの間で物議を醸している模様です。大まかな論旨は、「銅や鉄、アルミといった金属類のリサイクルと異なり、紙やペットボトルのリサイクルは、コストが高くつき、かえって石油などの天然資源を浪費してしまう「無用なリサイクル」であり、最終的に地球環境に悪影響を与えてしまう」といった感じです。確かに、コストがかかるということは、人や資源を多く使用しているということであり、全ての場合には当てはまらないだろうが、私には割合にもっともらしく思えましたが、どうなのでしょうか?【環境問題】
回答
 プラスチックと紙のリサイクルが必ずしもうまくいっていないことは、現在の段階では事実です。しかし、だからといって「リサイクルしてはいけない」と主張するのは暴論でしょう。適切なリサイクルのシステムさえ確立されれば、リサイクルしないでいるよりも環境負荷を減らせることが確実だからです。
 プラスチックと紙のリサイクルが抱える問題として、次の2点が指摘できます:  リサイクルの失敗例として上げられるのが、一般家庭からの廃棄プラスチックを油化しようとしたケースです。新潟市のプラスチック油化センターの場合、リサイクル用に回収されるプラスチックのうち30%は、油化不適物として埋立処分されています。油化不適物には、他の素材とプラスチックが組み合わされた製品、薬品容器のように危険物が含まれるもの、ローラに絡みつきやすいビデオテープなど機械を破損するものが含まれます。プラスチック油化センターでは、こうした不適物を手作業で取り除いているため、膨大な手間がかかります。残ったプラスチックは専用のプラントで油化されますが、できた油の2/3は機械を動かすための燃料として事業所内で消費されるので、結局、回収プラスチックの15%(重量比)程度しか製品化できないそうです。製造コストは通常の油の6倍程度になり、商品としての競争力は全くありません(NHKスペシャル『ゴミ大国・日本』より)。プラント建設のための資源消費を考えれば、リサイクル事業自体が環境にとってマイナスになっていると考えられます。
 このように、全てのプラスチックをリサイクルしようとすると、どうしても無理が生じます。逆に言えば、リサイクルを成功させるには、廃棄プラスチックを適切に分別し、リサイクルに適したものだけを回収する必要があります。現状では、リサイクルに適したプラスチック材は、PETやポリスチレンなどに限られます。
 これは、紙の場合も同様です。コーティング紙や窓付き封筒、糊や留め具の付いた雑誌などは、リサイクル効率を低下させてしまいます。「新聞紙だけ」「牛乳パックだけ」というように排出段階で紙の種類を限定するのが好ましいやり方です。こうした分別が完全に行われている場合は、再生品の質も高くなって商品価値が確保できます。
 飲料容器のような小さな製品に関しては、消費者が分別・搬出することも可能ですが、大型製品の場合は、メーカが拡大生産者責任に基づいて「リサイクルしやすい製品」を作ることが重要です。
 リサイクルしやすい製品の代表例として知られているのが複写機です。複写機はリース契約によって供与され、新製品が登場すると古い製品はメーカによって回収されるので、メーカは、自分自身のために、あらかじめリサイクルしやすいように作っているのです。再使用するパーツが簡単に取り外せるようになっているほか、プラスチックは、ポリプロピレン、ABS樹脂など数種類に限られており、素材別にすぐに分離できるように設計されています。このため、複写機は、重量比で98%以上という驚異的なリサイクル率(燃料や助燃材として用いる熱リサイクルを含む)を実現しています。最近では、「家電リサイクル法」「パソコンリサイクル法」などによって、使用済みの製品がメーカに返却されるようになったため、リサイクルしやすいように設計された製品が増えています。専門技術のあるメーカが、再使用パーツや鉄とともにプラスチック材をシステマティックに回収するようになれば、リサイクル効率が充分に高くなって環境負荷の低減に貢献できるはずです(ただし、リサイクル事業単体で黒字化することはかなり難しいようです)。今後は(メーカからは反発を食らうでしょうが)リサイクル法の対象製品を拡大することが望まれます。
 分別回収が困難なプラスチックは、無理に素材リサイクルしない方が良いでしょう。トウモロコシやサトウキビの茎や葉などから作る生分解性プラスチックを使えば、これまで農業廃棄物として処理されていたものを製品として利用することになる上、最終的にはバクテリアによって自然分解されるので、リサイクルしなくても環境負荷は小さくなります。再使用できない石油系プラスチックは、せめてゴミ発電の燃料にしましょう(熱リサイクル)。高温で完全燃焼させる焼却炉を用いれば、ダイオキシンなどの有害物質はほとんど発生しません。
 分別とともに考えなければならないのが、回収における負担を軽減することです。
 廃棄物を回収するためだけにトラックを走らせるとすると、リサイクルしないよりも多くの資源を消費することになりがちです。しかし、排出者が回収拠点まで運ぶようにすれば、環境負荷はかなり抑制できると期待されます(厳密には、ライフサイクルアセスメントを行って確認する必要があります)。トラックの半分近くは空の状態で走っていると言われているので、スーパーなどを回収拠点とし、商品を運んできたトラックが帰りに廃棄物を積んでいけば、無駄なエネルギー消費が防げます(ただし、衛生上の問題が生じないように工夫する必要があります)。
 大切なのは、効率的にリサイクルするためのシステムを作ることです。現状でリサイクルがうまくいっていないからと言って止めてしまうのは、あまりに知恵がありません。

 「リサイクルしてはいけない」の武田氏が上げている論点について、さらに補足しておきます。
 まず、「紙資源は、計画的に植林が行われている針葉樹から作られているので、大量に消費しても森林破壊にはつながらない」という指摘がありますが、これは、現時点ではともかく、将来的には正しいと言えません。森林の育成には50年ほどの期間が必要であるため、植林事業が行われている森林面積の1/50が年間伐採面積の上限となるからです。今後、開発途上国での紙消費が増えてくることを考えると、早い段階でリサイクルのシステムを確立すべきです。現在、日本はすでに消費される紙の半分以上が再生紙となっており、バージンパルプも大部分が廃材・間伐材から作られています。今後は、雑誌類も、綴じ方を改良してそのままでリサイクル可能にしてほしいものです。
 「素材リサイクルされるプラスチックには有害物質が混入しやすい」という問題は、廃棄物の管理をきちんと行うことで回避できます。全てのプラスチックをゴミとして回収、これを破砕してペレットにしていたのでは、何が混じるかわかったものではありません。しかし、大型製品はメーカが回収して分解し、飲料容器などは製品ごとに排出されたものをまとめて回収することにすれば、危険物が混入する可能性は小さくなります。
 「ペットボトルから作られた再生品は新品より多くの石油を使っている」というのは事実かもしれませんが、ペットボトルの素材リサイクルが環境負荷の低減に寄与していないのは、環境問題に関心のある人には周知のことです。「ペットボトルのリサイクル」とは、製品としてのリユース−−すなわち、一度使ったボトルを洗浄して再使用することであり、そのためのシステム作りを急ぐ必要があります。現状では、「どうせ破砕される」という意識があるせいか、ボトルの中にタバコの吸い殻を入れたりする不心得者がいますが、ボトルとしての再使用が一般的になれば、ビール瓶のリサイクルと同様に、排出者もそれなりの注意を払うはずです。
 「家電製品は、寿命が来るまで使った方が環境にとってプラスになる」というのは正論です。しかし、使い終わった後にリサイクルする必要がないと主張する根拠にはなりません。
 武田氏の主張は、単純なコスト計算に偏っており、資源の消費量や環境汚染の定量的な評価に基づくものではありません。また、コスト計算には、システム化による人件費の抑制や、予想される石油価格の高騰が充分に考慮されていません。部分的には正しい分析が行われているものの、総論としては同意できない内容になっています。

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©Nobuo YOSHIDA