人間は、随意筋を動かす過程で、主意的に行動していると感じることが多い。まず、意識の俎上で行動プランを決定し、しかる後に行動に移すという立場である。しかし、現代的な神経科学は、こうした見方を否定する実験結果を提出していることに注意すべきであろう。
被験者の報告に基づく古典的な実験では、「好きなときに指を動かすように」と指示された被験者が「指を動かそう」という意志(intention)を自覚する(aware)のは、実際に指が動く200〜250ミリ秒前だという結果が得られていた。しかし、この実験だけでは、自覚された衝動に基づいて行動が開始されたかどうか、はっきりしない。そこで、1990年代後半から、神経興奮や脳血流量の変動をリアルタイムで測定する機器を利用した実験が行われるようになる。こうした実験で明らかになってきたのは、随意運動に先立って自覚される意志は、行動を引き起こす原因ではなく、無意識的に遂行された行動内容のプランニングに由来する派生的なものであるという事実である。
随意運動を引き起こすきっかけになるのが、前頭前野に発生する準備電位である。こうした準備電位は、実際の行動の1〜2秒前から立ち上がり、行動後にもしばらく持続する。行動しようとする衝動を自覚するのは行動の250ミリ秒ほど前なので、準備電位が上昇し始めてから1秒ほどは、無意識的に行動を準備していることになる。脳血流量を測定する実験によれば、衝動の自覚にかかわっているのは、頭頂間溝(intraparietal sulcus)および前補足運動野(pre-supplementary motor area )という領域であるらしい。実際、頭頂葉に傷害を受けた患者の中には、随意運動に先立つ意志の自覚がないまま行動を開始するケースもある。すなわち、随意運動の実行を決定するのはあくまで無意識的なプロセスであり、自覚される意志は、決定された内容の提示であると見なされる。
上の議論から示されるように、意志と行為が単純な原因と結果の関係にないとするならば、われわれが意志と呼ぶものが情報処理の過程でどのような役割を果たしているのか再考を余儀なくされる。この点に関する私の見解は、意識の「制御論的アプローチ 」についての論考を参照されたい。
【参考文献】D.M.Eagleman, 'The Where and When of Intention,' (Science, 303(2004)1144-)
©Nobuo YOSHIDA
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