還元論と全体論

 現行の素粒子論における「標準模型(standard model)」は、理論で取り扱う対象として、物質粒子(クォークやレプトンなどのフェルミオン)と力の粒子(光子やグルーオンなどのゲージボソン)の場を想定し、これらが局所的な相互作用を通じて変動する過程を正準形式と呼ばれる理論の枠内で記述するように定式化されている。物と力を適当な対称性をもとに統一したり、点粒子のかわりに紐状の粒子を導入するといった標準模型を拡張するアイデアも提出されてはいる(あまり成功していない)が、「粒子の場が行う局所的な相互作用」という基本的な枠組みに、変更は加えられていない。こうした点を取り上げて、物理学が描き出す世界においては、「あらゆる現象は特定の時空点での粒子同士の相互作用に還元される」、あるいは、これを一般化して、「全体は単純な部分の機械的な合成にすぎない」と見なす還元主義的な解釈が妥当すると考える物理学者は多い。

 上述の意味での“物理学的還元主義”に対比されるものして、緊密な構成を持つシステムを全体論的に取り扱う科学理論にも触れておくべきだろう。認知心理学においては、人間が外界を認識するときの情報処理のような複雑かつ精妙なプロセスに関しても、実験データに裏打ちされた現実的なモデルが提案されており、それなりの成功を収めている。具体的には、提示された文章を被験者が理解する際の反応潜時の測定などによって、統語論的な操作の心理的実在性が確認されている。また、立体的な図形を認知する過程についても、心理的操作の対象となり得る視覚的なイメージを心の中に描いていると仮定するモデルによって、数量的な実験データを説明することができる。こうした実績は、全体として統一された機能を実現するシステムを理解するに当たって、最も単純な“素”過程に分割する還元主義的アプローチではなく、(統語論的操作や視覚的イメージといった)複合的な概念を用いた全体論的な手法が、科学的に見て有効であることを示唆している。

 ただし、全体論的な科学理論の有効性が確認されたとしても、そのことによって、全体論と還元論の対立が、科学内部で解消される訳ではない。たとえ、システム全体に関わる複合的な概念が理論内部で用いられ有効性を獲得したとしても、それは単に記述の便宜のために導入されたにすぎないと見なす立場もあり得るからである。実際、“物理学的還元主義”の観点からすると、物理現象は所詮は素粒子レベルでの基礎物理過程から構成されるものであり、素粒子が偶発的に集まって何らかの構造を作り上げたとき、これを仮に全体論的な呼称で呼んでいるだけだと解釈することも可能である。一般に、秩序システムを論じるに当たって、物理的な対象や法則に言及せずに記述のレベルで新しい概念を付け加えていく論法を採用している限り、当該概念が便宜的な虚構ではないかという懸念を拭うことは難しい。

 全体論的な立場にとって不利なことに、空間的/時間的に隔たったさまざまな物理的過程の中から、特定のまとまりを《全体》として抜き出す操作は、しばしば、理論的な根拠を欠いたアドホックな仮定によってしか規定できない。例えば、中枢神経系におけるさまざまな現象の中で、《意識》を担う──あるいは、司る、実現する、その他どのような表現を用いても同断である──過程を特定する科学的な根拠はいまだ見いだせず、ニューロンを通じて伝達される情報内容を確認した上で、前頭前野での神経活動と《意識》を結び付けているだけである。このとき、個々の神経興奮を物理学的還元主義の立場から見ると、膜電位や神経伝達物質などの空間的配置や時間的変動の記述から始めて、これらを構成する分子やイオンの運動、さらには、電子とか電磁場といった“素”過程にまで遡及的に語られる。少なくとも数cmの空間的拡がりと、数百ミリ秒の時間的継続を持つ物理的過程を、統合された単一の《意識》として抜き出す契機は、そう簡単に見いだせそうにはない。

 その一方で、素粒子レベルへの還元が19世紀的な原子論のように単純に遂行できないことも指摘されている。素粒子は古典力学的な質点と同様に大きさを持たない点状の物体としてイメージされることがあるが、これは必ずしも妥当ではない。量子化した場の振舞いを素粒子の運動と解釈できる代表的なケースは、高エネルギー散乱現象であり、このとき、散乱前後の漸近的な状態は、(個数が確定している、個々の粒子状態にエネルギー・運動量を割り当てられるなど)粒子が持つべき運動学的な条件を満たしている。これとは逆に、強磁性体など自由度間の相互作用が強く、自由ハミルトニアンの固有状態を摂動論のベースに選ぶことが実用的でない場合は、粒子描像は実態にそぐわなくなる。わかりやすく言えば、素粒子とは、場の状態をエネルギー固有関数で展開したときの1つの表現であり、その背後にあるのは、量子化したスピン波などと同じように、各時空点に配された物理的自由度が相互作用しながら変動する過程である。したがって、あらゆる物理現象が素粒子の運動として表記されるとしても、それはあくまで該当する現象を特定の表現を使って記述しているにすぎず、物理的な基礎過程が「空間内部を運動する素粒子」という形式をとっている訳ではない。

 このように、還元論と全体論を巡っては、物理学的にさまざまな議論があるものの、科学的な方法論の範囲で満足のいく解答は、いまだ得られていない。こんにち必要とされているのは、物理学的な知見を踏まえた哲学的なアプローチである。



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©Nobuo YOSHIDA
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