量子力学の正統的な解釈として、教科書などで採用されているのが、いわゆる「確率解釈」である。例えば、電子の波動関数をψ(q)とすると、電子がqという位置座標を持つ確率は、|ψ(q)|2で与えられることになる。
こうした解釈は、1個の電子の運動のような単純な過程を考察するときには、きわめて有用である。しかし、量子力学は、あらゆる物理的現象を説明する基礎理論だとされているので、現実にはただ1度しか起こり得ないような状況──個人がある局面に置かれているというような──に対しても適用できなければならない。古典的な確率は、一定の初期条件で多数回繰り返して実現できるような偶然現象に対して定義されるものなので、1回限りの事象における確率をどのように解釈すべきか、いささか厄介な問題となる。
この問題は、量子過程Θrを考えることによって、形式的には解決できる。各量子過程Θrには、経路積分の積分値としての確率振幅が伴っている。この振幅の絶対値の平方wrを全量子過程に関して規格化する(Σwr=1)と、wrは、量子過程の全体集合Θを母集団として、そこから1つの量子過程Θrが“選ばれる”ときの確率となる。
上の解釈によると、母集団から「自然な」選択が行われる場合は、古典確率に則った確率解釈が妥当する。量子力学が適用される部分系において、(誤差として許容される範囲内で)同一の状態ψが繰り返し現れるような量子過程Θrを考える。具体的には、ψとして、二重スリットに向かって電子銃から電子が1個発射される状態などを想定すればよいだろう。このとき、ψが引き起こす“結果”──二重スリットの背後に置かれたスクリーン上のある位置に電子が到達する──は、統計的なばらつきを示す。母集団からの選択が「自然である」とは、この統計的な分布が、同じ状態ψを含む量子過程Θrのアンサンブルにおける分布と一致するという「エルゴード“的”条件」が満たされていることを意味する。アンサンブルにおける“結果”の分布は、確率wrの定義から明らかなように、量子力学が与える確率分布に従っている。従って、「エルゴード“的”条件」が満たされている場合は、1つの量子過程の内部において繰り返し生起する事象に関して、量子力学に基づく確率予測が妥当するのである。
この解釈の便利な点は、1つの量子過程の中ではユニークな状況であっても、量子過程のアンサンブルにおいては、同じ状況が充分に多数用意されることにある。かくして、可能な歴史のアンサンブルの中で特定の結果が実現されている割合を調べることによって、例えば、「1941年までの世界史を前提とする条件付き確率として求めた場合、ナチスが連合国に対して勝利を収める確率は何パーセント」という結果が得られるはずである。ただし、複雑系の時間発展は、わずかな差異が急激に成長するようなカオス的様相を呈するので、確率計算に当たって、系の状況を簡略化することができない。つまり、シミュレーションをするためには、世界を丸ごと“創造”しなければならないことになる。原理的に確率が与えられるとは言っても、現実には何の意味も持ち得ないのである。
©Nobuo YOSHIDA
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