経路積分による遷移確率の計算法

 経路積分法による量子化についての本格的な解説は、この手法の開発者であるファインマン自身の著作に見いだされる。

R.P.Feynman and A.P.Hibbs : "Quantum Mechanics and Path Integrals" (McGraw-Hill,1965)

 計算法の概要は、下の図で示される。

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 実用的な計算を行うためには、いくつかの点に注意する必要がある。

 まず、出発点と到達点を固定して確率振幅T(Qi,Qf)を計算しても、実用上はあまり意味を持たない(そもそも“確率”が何を意味するかがはっきりとしない)。非相対論的な量子力学の場合は、q=Qfを変数と見なし、

    ψ(q)=T(Qi,q)

をQiから出発した質点がqに存在している確率振幅、すなわち、波動関数として扱うのが一般的である。

 また、式にはあらわに記載していないが、確率の値を求めるには、全体を規格化しなければならない。特に、場の量子論の場合は、規格化が新たな問題を引き起こすことになるが、物質概念に関する哲学的な議論とは無縁なので、ここでは省略する。

 経路積分による表式は、確定的な記述が可能でない領域も含んでいる。こうした事態は、非相対論的な量子力学においても知られていた。例えば、二重スリットによる電子線の干渉実験において、電子銃をから打ち出されるときと、蛍光面に到達するときの電子は、鋭いピークを持ち(ある地点に電子が存在するといった)古典的な解釈が可能な状態になっているが、その中間は、どのような道筋を通って進んだか、古典的な用語法で語ることはできない。経路積分法によれば、中間状態は、さまざまな道筋を辿っていく電子の状態に適当な重みを付けて重ね合わせたものになっており、二重スリット実験の場合は、2つのスリットのそれぞれを通過した状態が足し合わされている。これは、中間状態が全く不明という訳ではなく、古典的な確定記述はできないものの、重ね合わされた量子状態として実現されたと見なすべきだろう。

 なお、経路積分法を用いると、ニュートン力学と量子力学の関係が明確になる。ニュートン力学では、質点が実際に運動する経路は、Sが最小になるように一意的に決定される(最小作用の原理)。これに対して、量子力学の場合は、Sが最小でないような経路も、確率振幅に寄与するという形で物理的な意味を持つ。ただし、exp(iS)はゼロの回りの振動関数なので、Sが大きくなるにつれて、プラスとマイナスの項が打ち消しあい、確率振幅への寄与は急激に小さくなる。すなわち、ニュートン力学は、量子力学に現れる多数の経路のうち、寄与の小さいものを全て無視し、最大の寄与を与える最小作用の経路だけで運動を近似した理論なのである。



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